招待状6
その日は強い北風が吹いていた。ガラス窓を叩く風の音は嵐のように激しかった。
松坂茜は、昨日の電話のとおりに黒猫堂古書店に出勤してきた。白のダウンジャケットに身を包み、セミロングほどの髪は今日は軽くシュシュでひとまとめにしている。
「おはようございます。神谷さん」
「ええ。おはようございます」
昨日の電話の心許ない声が嘘のように、彼女は元気だった。神谷はそんな彼女の様子に少し驚いた。カウンター越しに挨拶を交わしたあと、彼女は軽く微笑んでみせた。
「昨日は突然休んじゃってすみませんでした。でももう充電も済ませて復活しましたから大丈夫。今日は昨日のぶんまで働かせていただきますので」
そう言う彼女は、いつもより元気過ぎるほどだった。神谷は不思議に思いながら、彼女に訊ねた。
「体調のほうは、本当によくなられたんですか? あまりご無理はなさらないほうがよいのではないですか?」
「いえ。本当に大丈夫ですから。昨日ぐっすり眠れたのがよかったみたいです」
「そうですか。それならいいのですが……」
なんとなく違和感を感じながらも、神谷はそう言った。確かに無理をしているというわけではなさそうだが、なんだかいつもと彼女の様子が違うように思えていた。
なにかあったのですか、と喉もとまで出かかったとき、店の外から車のエンジン音が聞こえてきた。すぐに店の扉が開き、ドアベルの音とともに「お届けものでーす」と威勢のいい声が辺りに響いた。
「あ、わたしが受け取ってきます」
松坂茜はそう言って、入り口へと走っていった。足取りも軽快だ。
「ありがとうございましたー」
受け取りを済ませると、運送屋の男に明るくそう言ってから、彼女は届いた荷物をカウンターへと運んできた。ひと抱えくらいの段ボールの箱は、彼女には少し重そうだった。
「結構重い。これ、そこに置いてもいいですか?」
彼女がカウンターの上にそれを置こうとしたとき、神谷はそれに気づいて慌てて手を伸ばした。間一髪、それは神谷の手によってキャッチされた。もう少し遅かったら下に落ちて、運が悪ければ壊れていたかもしれない。彼女はその様子を見て、慌てて言った。
「あっ、ごめんなさい。わたしなにか落としちゃいました?」
「いえ。大丈夫です。ちゃんとキャッチしましたから」
神谷がそう言って掌中のものを見せると、松坂茜はほっとして言った。
「ああ、その猫の置物がそこに置いてあったんですね。段ボール箱で見えていませんでした。すみません」
神谷はそんな彼女にかぶりを振ってから、その段ボールに貼られた荷札を確かめて、それをカウンターの奥の母屋のほうへと運んだ。そのついでに和室のところに用意して置いておいたショルダーバッグを肩から提げると、店のほうへと戻っていった。
「松坂さん。ではすみませんが、また僕は外へと出てきますので、店番のほうよろしくお願いします」
店内を眺めていた彼女の後ろ姿にそう声をかけると、彼女は「はい。わかりました」と言って振り向いた。
そのとき母屋のほうからミケが姿を現したが、カウンターのところにもたれかかっている彼女を見て、なぜか逃げるように再び母屋へと戻っていった。
神谷は扉を開けて外に出た。そして閉まりかける扉の隙間から、松坂茜の姿を見つめた。すぐにその扉は閉じて、その姿も彼の目の前から消えた。
神谷はそれから、急いで店の裏手に置いてある自転車を出した。そしてある場所へと向かってそれを走らせた。
そのとき彼は思っていた。
携帯電話が欲しくなるのは、きっとこういうときなのだな、と。




