茜、陶器市に行く9
あの賑やかさが嘘のように、お祭りの終わったあとの商店街は静かだった。陶器市が終わった翌日に、茜は黒猫堂古書店を訪れた。この日はもちろん仕事をしにやってきたのだ。
店の扉を開けて中に入ると、ミケが珍しく茜に向かってやってきた。
「おはよう。ミケ」
茜がそう声をかけると、ミケはニャーと鳴いて答えてくれた。ようやく茜のことを認めてくれたのだろうか。しかし触ろうと手を伸ばすと、すぐに身を翻して奥へと戻っていってしまった。なかなかつれない猫である。
ミケに続いて奥へと入っていくと、神谷が母屋のほうから姿を現した。
「おはようございます。神谷さん」
「これはおはようございます。松坂さん」
神谷はさわやかに笑って見せたが、頭に寝癖がついたままだった。茜は心でくすりと笑う。そして手に持っていたトートバッグをのぞき、そこから白い包みを取り出した。それを神谷の目の前に差し出してみせた。
「これ、神谷さんにお土産です」
茜がそう言うと、神谷はきょとんとした顔をした。
「お土産、ですか?」
「そう。昨日の陶器市のお土産です」
「僕に? いいんですか?」
「昨日のお礼でもあるんです。昨日会ってもらった友達の珠恵もとても感謝してましたよ」
そう話すと、ようやく神谷はその白い包みを受け取ってくれた。
「ありがとうございます。それでは受け取らせていただくことにします」
「あれから神谷さんに教えてもらったものを探して、どうにか夕方までには彼女も頼まれたプレゼントを買うことができました。彼女のつきあっているっていう彼氏、仕事の関係で今遠くに暮らしてるんだそうです。いわゆる遠距離恋愛ってやつですね。それで、昨日の夕方に久しぶりに彼がこちらに来ることになっていたらしく、どうしても昨日のうちにプレゼントを用意したかったんだそうです。誕生日も近いということで、夜は二人でお祝いするんだって言ってました」
「そうでしたか」
「今朝LINEで報告が来たんですけど、見ます?」
「ええ」
茜はトートバッグから携帯を取り出し、そのLINEの画面を呼び出して神谷に見せた。
『茜。昨日はありがとう! 超助かったよ。
彼にプレゼント渡したら、すごく喜んでくれた! 教えてもらってホントよかった。最初に勘違いしてたことは、恥ずかしいから彼には秘密にしておくことにする。
でも昨日は茜と偶然会えて、すごく楽しかったし嬉しかったよ。またこんなふうに一緒に遊びたいね。
あの古本屋のお兄さんにもよろしく言っておいて!
それじゃ、またね~!』
メッセージの下には彼氏とのツーショット写真が添付されていた。二人の手にはそれぞれ、白の花模様があしらわれた三島のマグカップがあった。
「素敵なペアカップです。よかったですね。プレゼントも間に合ったようで」
「はい。本当に」
携帯をトートバッグにしまうと、ミケがカウンターの上に飛び乗ってきてそこで座った。その姿を見て、茜は神谷に言った。
「あ、神谷さん。さっきの包み、見てみてください。今すぐ」
「え? あ、はい」
神谷は手に持った包みを開いてその中身を確かめた。
「おや、これはなんと」
「ね。ミケにそっくりでしょう?」
それはあの猫の箸置きだった。ちょこんと座って目を細めている姿が、今のミケにとてもよく似ている。
「本当はそれ箸置きなんですけど、置物として飾っておいてもいいそうですよ」
「そうなんですね。しかしこれ、とてもいいですね。気に入りました」
神谷がそう言ってくれたので、茜はとても嬉しかった。もしかしたら珠恵も彼にプレゼントをあげたとき、こんな気持ちだったのではないだろうか。
とりあえずその箸置きは、カウンターの上のミケの隣にちょこんと置かれることになった。
実は茜はこれと同じものをもうひとつ家用に買っておいた。買ってから神谷とお揃いになってしまうという事実に気づいたが、それはそれでいいかと思った。でも本人には言わない。このことはわたしだけの秘密にしておこう。茜はそう思いながら、カウンターの上の猫と箸置きを見つめていた。
第四話終了です。お疲れ様でした!




