茜、陶器市に行く5
それから数軒見て回ったが、珠恵の求めるようなものはどこにも見つからなかった。茜と珠恵は昼食をとるために、商店街にある喫茶店に入っていった。その店は土日や祝日でもランチをやっている今どき豪気な店で、茜が最近ひいきにしている店でもあった。
「はー。やっばい。こんなに見つからないとは」
「思わなかったって?」
茜は珠恵の言葉尻をとらえて言った。
「いや、思ってたけど! 見つけるの難しいんじゃないかとは思ってましたけど!」
珠恵はやけになったようにそう言って、座っていた椅子の背もたれに思い切り背を預けた。
「他にはその人なにか言ってなかったの? 手がかりになるようなこと」
「うーん、手がかりになるかどうかわからないけど、気になることを言ってたな。島でどうとか」
「島? どっか旅行にでも行くの?」
「うーん、別にそういう話は聞いてないから。どっちにしろ陶器とは関係ないことだと思う」
「そうだね」
なんだか聞けば聞くほどわけがわからない。
「珠恵。考えたんだけど、電話とかで違うものじゃ駄目かその人に一回相談してみたら? これだけ探しても見つからないんだからしょうがないよ」
しかし珠恵は頑としてそれには頷かなかった。
「それは駄目。そんな電話したら、プレゼント自体を断られるだけだもん」
「そうなんだ」
茜は思わずため息をついた。
「でも、珠恵がここまで必死になるなんて、結構珍しいよね? 高校のときってもっと淡泊な感じじゃなかった? こういうことはあきらめが肝心、みたいなこと言うタイプだったような気がするんだけど」
茜がそう言うと、珠恵はふっと肩の力を抜いたように見えた。
「まあね。自分でも不思議だと思うんだけどさ」
珠恵は店の窓から見える、賑やかな外の通りを見つめていた。
「彼がそんなふうになにかを欲しいって言ったの、初めてなんだ。いつもわたしのわがままに文句も言わずにつきあってくれる優しい人なの。喧嘩しても謝ってくるのはいつだって彼のほうで。わたしに非があるのが明らかにわかってても、それでも許してくれる。そういう人なんだ」
「大人なんだね。その彼」
茜がそう言うと、珠恵はくすぐったそうに微笑んだ。
「そうなの。わたしが子供だから、余計それが際だって見えて。だから、見た目だけでも大人の女っていうのを意識してみてるんだけど、結局中身が変わんなきゃ、全然駄目だよね」
「だから、こんなに必死に探してるんだ。彼が欲しいって言ったものを」
「うん。馬鹿みたいだと思うけど、たまにはこっちが彼を喜ばせてあげたいの。なにかをしてもらうんじゃなくて、こっちがしてあげる。そういう関係でいたいって思うから。だからお金は払うって言われてたんだけど、これはプレゼントしようって思ってるの。日頃の感謝の気持ちで」
そう話す珠恵の顔は、恋する女の顔をしていた。照れくさそうにテーブルの上に両手で頬杖をついている。そんな珠恵がとても可愛いと茜は思った。
やがて茜たちのテーブルに、今日の日替わりランチの唐揚げ定食が運ばれてきた。メインの唐揚げに、ごはんとみそ汁のついた定食である。
「喫茶店なのに和な感じがまた斬新だね」
「うん。しかも安くておいしいの! 隠れた穴場ってやつ?」
「へえ? いつの間にそういう趣味ができたの? 穴場のおいしい店見つけるとか? もしかして茜も彼氏とかできた?」
珠恵が急にそんなことを言い出したので、茜は思わず手に取った割り箸を取り落とすところだった。
「か、彼氏となんて来てないよっ。それに今そんな人いないし」
「……茜。もしかして、いまだにあんたの男嫌いなおってないわけ?」
その言葉に、茜は固まる。沈黙がなによりの証拠だ。
「茜ー。もう二十四歳なんていい歳でしょ。彼氏の一人や二人いたっておかしくない」
「彼氏二人は駄目でしょ」
「だから、そういうことを言ってるんじゃなくてっ。わたしはあんたの心配をしてるの!」
珠恵はずいっと茜に顔を近づけてきた。そして声をひそめて訊いてきた。
「茜、まさかあんた処女?」
「な……っ」
なんてことを訊くのかと、言おうとして言葉にならなかった。代わりに茜は顔を真っ赤にした。
「え? まじで?」
「ちょっ。大きな声で言わないでっ。でも彼氏がいたことはあるんだからね!」
茜は慌ててそう言った。
「そっか。でも彼氏がいたことがあるにはあるんだ。それならちょっと安心した。ってことは、あんたの男嫌いはなおせる範疇のものなわけだ」
珠恵はそう言ったが、本当にそうなのか茜自身よくわからなかった。彼氏がいた時期もあるにはあるが、それも短い期間でしかない。茜にとってはそれも、あまり思い出したくない過去のひとつだ。
「まあ、それはそれとして、この店には結局誰と来たの?」
「もちろん一人でだよ!」
茜がそう言うと、珠恵はぷっと吹き出した。
「そういえば茜ってそういうとこあったよね。一人でご飯食べるの気にしないとこ」
「いいでしょ別に。わたしは食事は一人で味わうほうが好きなの」
むきになって茜がそう言うと、珠恵はますます愉快そうに笑い出した。
「茜。もしかしてラーメン屋とか牛丼屋にも一人で入っていったりしてるんでしょ」
茜は答える代わりに頬を膨らませた。いいじゃないか別に。
「あっはは。別に悪いとは言ってないでしょ! ていうか、ある意味すごい度胸」
「珠恵。知ってる? 今どきの牛丼屋さんは女性客を獲得するためにテーブル席を設けたり、メニューにも女性向けのものを増やしたりしてるのよ。わたしはそういう意味では店に貢献してるんだから」
「はいはい。その通り。よし。じゃあお腹も空いたことだし、とりあえずランチをいただくことにしましょうか」
珠恵にそう受け流されながら、茜はなおも言い足りなかった。




