茜、陶器市に行く3
茜は早々に、珠恵の求める品物を探すことの難しさを実感した。街のメインイベントとあって、この陶器市にはたくさんの陶器商がこぞって出店しており、その数は想像以上に多かった。さらに、そのひとつひとつの店が出している焼き物の種類も豊富である。ばら売りの商品などは、大きなワゴンに所狭しと並べられているし、バケツに入れられた均一の商品なども合わせたら、一店舗ちゃんと見るだけでも恐ろしく時間がかかる。
(これは見つけられないよ)
珠恵のほうを見ると、あちらもあちらで真剣に商品を探している。そんな姿を見ると、あきらめようとは軽々しく言えなかった。珠恵はどうしてもその探しているものが欲しいようだった。どういう事情かは知らないが、彼女にとってはそれがとても重要な意味を持つものであるらしい。
いくつかの店を見て回ったが、それらのどこにも珠恵の言う商品は見当たらなかった。
「はい。茜、お茶」
「ありがと」
珠恵が買ってくれたペットボトルのお茶を受け取り、茜は道の端っこに座ってそれを飲んだ。珠恵も横に座り、同じようにペットボトルのお茶をあおるように飲む。彼女もかなりばてている様子だ。
「はー。収穫なかったねー」
茜がそう言うと、珠恵はすまなさそうに言った。
「茜、ごめんね。こんなことにつきあわせちゃって」
「ああ、いいよ。まあ、暇といえば暇だったし」
「それにしても、白い象さんがついてるものって意外とないものだね」
「普通の象は白くないからね」
そんなキャラクターの心当たりをいろいろ探してみたが、やはり茜の記憶のなかにはなかった。
「彼、普段は渋い趣味の人だけど、そんなキャラクターが好きだったとはわたしも意外だった。まだまだお互い知らない部分があるんだなんて、ちょっと驚いたりしたよ」
「ふうん。そうなんだ」
人の趣味とは外見だけでは推し量れないところは確かにある。
「それにしてもあいかわらず茜っていいやつだよね。お人よしというか。あのころとちっとも変わってないんだねー」
茜はそんなことを言われるとは意外だと思った。自分はあのころと変わってしまったと、ずっと思いこんでいたからだ。珠恵は茜のそんな思いを知ってか知らずかこう続けた。
「なんか、なつかしいよ」
そう言った彼女はなんだかとても大人びて見えた。
「そういう珠恵は大人になったよね。最初見たとき誰だかわからなかったくらい。中身はそんな変わってないみたいだけど」
「なにそれ。喜んでいいのかどうか微妙なんだけど」
珠恵はそう言って、くすくすと笑った。
「そういえば、珠恵って今なにしてるの? 仕事とか」
「んー。あれだよ。旅行代理店で働いてる」
「へえ。正社員?」
「一応ね」
「いいなー。わたしは派遣の事務員だから、いつ切られてもおかしくないからさ」
高校時代の友達と、社会人の会話をしていることがなんだか不思議だった。自分自身はなにも成長していないような気がするのに、歳を重ねたぶんだけ自分のいる場所は変わっていく。学生だったときには思わなかったが、あのころの時間がどれだけ貴重だったかが社会人になった今になってよくわかる。
特別な高校生ではなかった。普通の、どこにでもいるような高校生だった。けれどあのころの自分を思うと、今よりもっと輝いていたように思う。
「茜、倉本先輩とは連絡取り合ったりとかしてるの?」
ぽつりとつぶやくように言った珠恵の言葉が、ずしりと茜の胸にのしかかった。茜は黙って頭だけを小さく横に振る。
「そっか。茜、倉本先輩と仲良かったから卒業してからも連絡しあってるのかと思ってた。先輩、どうしてるんだろう」
倉本先輩は、茜たちのあこがれの存在だった。その姿を見ているだけで幸せな気持ちになった。そんな先輩と茜が親しくなったのは、本当に偶然の出来事だった。そんな先輩との思い出の品であるあの本は、今は神谷の手元にある。アルバイトの契約期間が終われば、それは茜の元へと戻ってくることになっている。
茜にとってあの本は、輝かしい記憶の証。あの本が自分の元に戻れば、それは再び輝きを放ってくれるはずだ。
「まあ、それよりも今は陶器市で探し物よ。よし。休憩もしたし、またはりきって探そうか」
珠恵は立ちあがると、両手を上にしてぐっと伸びをした。彼女の頭上には、蒼天が広がっている。煌めく太陽が鋭い光をこちらへと投げかけていた。




