茜、陶器市に行く1
「今度、この商店街の通りで陶器市が催されるんです」
神谷了輔がそんなことを言い出したのは、十一月も半ば過ぎのことだった。秋も深まり、朝晩の空気が冷たく感じられるようになってきていた。黒猫堂古書店ではいつものゆるりとした時間が流れている。そんななかで陶器市などという、神谷とは縁もゆかりもなさそうな単語が本人の口から出てきたことに、松坂茜は少しばかり驚いていた。
「陶器市? ってあのお茶碗とかお皿とかいろいろ売り出すやつですか?」
客足も途絶えた午後の昼過ぎ、神谷と共に棚の本の入れ替えをしているときだった。
「そうですそうです。松坂さんも行かれたことあるんですか?」
「実家は隣町ですけど、向こうもそういうお祭りはよくやってましたからね。すごい昔に親に連れられていった記憶があります。子供だったから陶器なんてまったく興味ありませんでしたけどね」
「まあ、そうでしょうね」
神谷はそう言って苦笑した。
「でも今だったらもう少し楽しめるような気がします。一人暮らしの身なので、食器とかも最初自分で揃えましたからね。もらいものも多かったですけど」
「では、松坂さん料理も自分でされるんですか?」
「もちろん自炊してますよ。あんまりうまくはありませんけど。それでもいいお皿に乗せたりするだけでおいしそうに見えるから、不思議なものですよね」
茜はそんな話をしながら、『陶器市』という単語に自分がとても惹かれていることに気がついた。
「今度の土日にやるらしいですよ。松坂さん、せっかくですから行かれるといいかもしれませんね」
「でも、土曜は仕事だし、日曜だってこの店のバイトがあるじゃないですか。行きたいけど行けないですよ」
「バイトのほうは、その日はお休みしてもらっても構いませんよ。今のところ仕事が滞っていることもないですし」
神谷がそう言うので、茜はその言葉に甘えてみることにした。
「じゃあ、今度の日曜はその陶器市を見て回ることにします。でも、この通りを使ってやるってことは、このお店はどうなるんですか? 店の前とかに露店が並ぶわけですよね」
茜は疑問に思い、そう口にした。
「ちゃんと通常通り営業しますよ。露店のほうも今は商店街のお店自体閉めている店も多いですから、そういう店の前を中心に場所を構えると思います。逆にうちとしてはいつもは来ないようなお客さんに来てもらうチャンスだったりするんです。うちの存在をアピールするのにも、お祭りが催されるのはいい機会なんですよ」
「え。だったらますますわたしバイトに来たほうがいいんじゃないんですか? 神谷さん、一人で大丈夫ですか?」
茜が慌ててそう言うと、神谷はくすりと笑った。
「大丈夫ですよ。お客さんが増えたとしても、ほとんどは一見さんでしょうし、たいしたことはありません。それに祭りのメインは焼き物のほうですから、古本を目当てに来るお客さんはあまりいないと思います」
「そうですか……」
茜は気が抜けたように息をついた。そしてなんだか自分で自分がおかしく思えた。いつの間にか、自分は随分とこの店に入れ込んでしまっている。ただのアルバイトで、しかも契約期間が終了してしまえば去っていくところなのだ。それなのに、いつの間にか茜の頭の中はこの店のことでいっぱいになっていた。普段の派遣の事務の仕事よりも、こちらの仕事のが気になっている。ここにアルバイトに来ることが楽しみになってきている。
自分の気持ちに頭が追いついていかない。そんな自分が茜は不思議だった。




