神谷、髪を切る6
昼の休憩時間に外に出ると、商店街の通りでばったり中川に出くわした。中川は買い物をしていたのか手にビニール袋を提げている。
「あれ? きみ了輔のとこのバイトの子だよね」
「あ、はい。そうです」
茜は思わず一歩身を引く。しかし中川はためらうことなくこちらに近づいてきた。
「この前は邪魔しちゃって悪かったね。あれから弥生ともなんとか仲直りして、とりあえず落ち着いたとこなんだ」
中川は人懐こそうな笑顔を向けてきた。そんな笑顔が茜にはつらい。
「ちょうどこれから、了輔のところに向かおうと思ってたところなんだ。一応あいつにも礼を言っておこうかなと思って。ついでに訊きたいこともあったし」
「訊きたいこと?」
「うん。弥生が絵本が欲しいって言ってたから、おすすめのがあったら教えてもらおうと思ってさ」
「そうですか。それなら今会えると思いますよ。……それじゃあ、わたしはこれで」
茜はそう言って、そこから立ち去ろうとした。しかし中川はすぐに茜の前に回り込んで立ちふさがってきた。
「ちょっと待ってよ。なんでそんな逃げるみたいにすんの? なんか俺、悪いことでもした?」
中川の声は少し不機嫌そうだ。茜はそのことをわかっていたが、どう説明すればいいのかわからなかった。
「ごめんなさい。そういうんじゃないんですけど」
中川の顔を見ることが怖かった。きっとわたしはこの人を不愉快にさせているのだろう。茜はそう思ったが、それをどうすることもできなかった。
「どういうこと? もしかして俺、嫌われてるの?」
「そういうんじゃないんです。でも、駄目なんです」
「駄目?」
怖いのだ。特にこういうタイプの男性を見ると、拒否反応が出てしまう。
「わたし、男の人自体が苦手なんです。だから……」
茜がそう言った途端、中川が奇妙な声を発した。
「あ、ちょっ。ごめん……っ!」
「え?」
茜が驚いて顔をあげると、中川は茜に向けて頭をさげていた。
「えっ。あの、やめてください。頭なんかさげないでください。他の人が見てますし」
茜は慌てて中川の頭をあげさせようとした。しかし、体に触れるなんてとてもできない。結局おたおたしていることしかできなかった。
ぷっと吹き出すような声が聞こえてきたと思ったら、頭をさげていた中川が仰け反って笑い出した。
「あっはっはっは! もう駄目だ。我慢できねー。男嫌いの女ってホントにいるんだ!」
どうやら中川は頭をさげていたのではなく、笑いを堪えていただけだったようだ。ごめんと言ったのは、笑ってしまうことに対しての言葉だったらしい。それを悟った茜は、いたたまれなくなって顔を紅潮させた。
「ああ、ごめんごめん。からかうつもりじゃなくて、驚きと納得でなんかおかしくなっちゃってさ」
嘘ではなく、本当にそうなのだろう。中川はなかなか笑いを止めることができないようで、なおもくすくすと笑い続けている。悪気はないのだろうが、酷い。本当に失礼だ。
「でもまあ、個人的に嫌われているわけじゃないってわかって安心した。一応俺、自称フェミニストだから、女の子を傷つけるようなことをするのって耐えられないんだよね。たとえそれがきみみたいな男嫌いな子でも」
充分先程の笑いで茜を傷つけたというのに、そうとは毛ほども思ってはいないらしい。つくづく脳天気な男だ。
「でも、了輔とは普通に話せるみたいだね」
中川はふと我に返ったように、そう言った。
「はい。神谷さんには恐怖や嫌悪感を感じたりはしません」
そうなのだ。茜自身も不思議に思っていたのだが、神谷には他の男性に感じるような拒否感は感じない。茜は男嫌いといっても、少年や老人に対してはさすがになにも思わない。それは、自分とはあまり関わりのない存在だからなのだと思う。だからもしかしたら、神谷もそういう存在と同じだからなんとも思わないのかもしれない。恋愛対象ではない、安全な男であるという意味で。
「まあ、あいつは男という以前に、変わり者だからな。特殊な男だからきみも大丈夫だったりするのかな?」
「自分でもその、よくはわからないんですけど」
「ふーん。ところできみ、名前なんて言ったっけ?」
「松坂茜と言います」
「茜ちゃんか。いい名前だね。てゆーか、今もしかしてお昼食べに行くところ?」
「あ、はい」
「じゃあ了輔のとこに行く前に、一緒にご飯でも行こうか」
この男は本当に先程の話を聞いていたのだろうか。茜は耳を疑うどころではなかった。
「絶対に、嫌です!」
茜はようやく中川を振り切って、その場を去ることに成功した。




