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黒猫堂古書店物語  作者: 美汐
第三話 神谷、髪を切る
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神谷、髪を切る2

「了輔! 助けてくれ!」


 その叫び声に、神谷の膝の上で丸まって寝ていたミケが飛びあがった。そしてその珍客がこちらに近づいてくると、ミケは勢いよく逃げていってしまった。


「今、ちょっと逃げてる途中なんだ。そっちの奥に隠れさせてくれ!」


 茜が唖然としている間に、その人物は勝手にカウンターの奥から母屋のほうへとずかずか入っていった。


「えっ、ちょっとあの。神谷さんいいんですか?」


 神谷は頭をぽりぽりと掻いて、困ったように首を横に振った。


「それよりも、もうすぐ嵐がやってきます」


「は?」


 茜が神谷の顔をぽかんと見つめていると、しばらくして本当にその嵐がやってきた。


光司こうじ!」


 店の入り口のほうからそんな叫び声が聞こえてきた。振り向くと、ギャル風の女の人が仁王立ちで立っている。ホットパンツと踵の低いブーツの間からは、長くて白い足がむき出しになっていた。

 その女の人は店へと入ってくると、明るい茶髪を振り乱しながら、カウンターのほうへとずんずん近づいてきた。


「光司、来てるわよね!」


 もういきなりけんか腰だ。神谷はしかしそんな彼女にも動じることなく、淡々と受け答えた。


「光司くんは来ていませんよ」


「来ていない? 嘘ついてるんじゃないでしょうね」


「本当です。彼のことなんか見ていません。もし必要であれば、彼の姿を見かけたらご連絡を差しあげますが」


 いけしゃあしゃあと真顔で嘘をつく神谷に、茜は舌を巻くしかない。


「そう。ならいいけど。でもそれならどこに行ったのかしら」


 その女の人は、神谷の言葉を信じたようだった。そして、「じゃあ、見かけたら携帯に連絡ちょうだいね」と言い残して店を出ようとした。

 しかし出ていく前に、ふと足を止めた。なにやら棚の本を眺めている。すっと取り出したのは、小さい子向けの絵本だ。ぱらぱらとめくって、再び棚に戻した。そして今度こそ本当に店を出て行ってしまった。

 本当に嵐が過ぎ去ったあとのように、店内は一瞬しんと静まりかえった。茜は今の一連の出来事がなんだったのか理解ができず、しばらくその場で固まってしまっていた。ようやく緊張が解けたのは、神谷の元に戻ってきたミケのニャーという鳴き声が聞こえてからだった。


「な、なんだったんですか。今のは」


中川なかがわ光司くんの奥さんの弥生やよいさんです。どうやらまた夫婦間でなにかもめ事が起こったようですね。いつものことなんです。ちょっと彼の様子を見てきますので、松坂さん店のほうお願いします」


 神谷はそう言って短いため息を漏らすと、母屋のほうをのぞきに行った。どうやら神谷も訳知りのようである。中川光司という人物は神谷の友人なのだろうか。しかし、だからといって夫婦喧嘩を他人の家に持ち込んでくるなんて、はた迷惑な話だ。

 すぐに神谷は店のほうへと戻ってきた。そのすぐ後ろには中川の姿もあった。店内をうががうように見回している。奥さんがどこかに隠れていないか捜しているのだろうか。

 店内に神谷と茜以外の人の姿がないことを確認して、ようやく中川も落ち着きを取り戻したようだった。


「いやー。まいったまいった。弥生のやつ鬼のような剣幕で襲いかかってきやがんの。ああなったら手がつけらんねえから堪らず逃げてきたんだけど、こんなところまで追いかけてくんだからまったく恐ろしいぜ」


「いい加減、うちに逃げ込んでくるのはやめてもらいたいものだな」


 神谷が珍しく、ため口で他人としゃべっていた。


「いいじゃないの。俺とお前の仲だろ」


「仲とはどういう仲なんだ」


「やだなー。友達じゃないか。幼いころからの」


 中川はそう言って、神谷と肩を組もうとした。神谷はしかし、その腕を払い落とすようにして避けた。


「あのー、お二人は幼馴染みという間柄なんでしょうか?」


 茜がそう質問すると、中川が食い気味に答えた。


「そうそう! 俺の実家もこの近所でさ。お互いちびだったころから遊んでた仲なの」


「ようするに、腐れ縁というやつです」


 神谷がすかさず訂正を入れる。しかし幼馴染みとはいえ、なんというか対照的な二人ではある。

 中川は、見た目もノリも軽い。奥さんと同じく明るい茶髪で、ワックスで髪の毛をツンツンと立たせている。服装も柄物のシャツにパーカーを重ね着したラフな感じだが、神谷と比べるとやはりお洒落だ。耳にはピアス、腕にはブレスレットまで光っている。

 もてるんだろうな。というのが率直な感想だ。背も高いほうだし、顔もまあまあだ。しかし、左手薬指には指輪がきらりと光っている。それを見て、多くの女子がため息をついてきたのだろう。


(まあ、わたしには関係のないことだけど)


 と茜は冷めた目でそれを見ていた。


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