黒猫堂、万引きに遭う11
黒猫堂に戻ると、花屋の主人の前川が店の前に立っていた。
「前川さん。すみません。戻りました」
「おう。おかえり。さっきの走り、なかなかだったよ。そういえば了輔くん、昔はよく一等賞取ってきてたもんなー。まだまだ足はなまってなかったようだ」
前川はわっはっはと笑った。しかし神谷はまた返す言葉に困った風情で、頭を掻いていた。どうやら前川が黒猫堂の留守を預かっていたらしい。
「で、この子は?」
前川は少年のことを見つめた。どうやら前川は、神谷の追っていたのがこの少年だとはわかっていないようだった。当の少年は先程からずっと俯いたままで、帽子の鍔で顔を隠すようにしている。
「うちのお客人ですよ」
神谷はそう言うと、店内に少年を引き連れて入っていった。
「で、万引き犯はどうしたの? 捕まえられたんだよね?」
外に残された茜に前川がそう訊いてきた。茜は返答に一瞬詰まったが、神谷がああ言ったことを考えて、「さあ」とだけ答えておいた。
店内に入ると、神谷と少年は奥のレジカウンターの前で立っていた。茜は扉を閉め、二人に近づいていく。
「約束を破ってしまいましたね」
店内に響いたその声は、静かだった。怒っているわけではない。けれど、逆にそのほうが怖く感じられた。
「もうしないと、きみはその口で言ったはずです。それはこの店でなくとも同じ。未遂だからといって許されるわけではない。今度こそ、きみの罪は親御さんにばれてしまう」
少年は店内に入っても俯いたままで、顔をあげようとしない。
「むしろ、きみはそれを望んで、再び万引きという行為を繰り返してしまったのではないですか? 今回逃げる途中で盗品を道に捨てたことにしても、特に高価でもない中古のコミックを盗んだことにしても、商品そのものが欲しかったというよりも、その行為をするということに意味があったように思います」
茜ははっとした。確かにそうだ。少年の行為は悪質ではあるが、盗んだものへの執着はあまりないように思える。実際一度は盗んだはずのコミックは返しに来たし、野球の硬球はすでに店主の元に戻っている。
「きみは本当は誰に怒っているんでしょうか。誰に感情をぶつけたいと思っているんでしょうか?」
少年の口から嗚咽のようなものが漏れた。神谷が野球帽の上から少年の頭に手を乗せると、それは大きなものに変わっていった。




