黒猫堂、万引きに遭う6
日曜日がやってきた。天気は快晴。秋晴れの野球日和だ。
グランドからは賑やかな声が聞こえてくる。白いユニホームに身を包んだ野球少年たちが目に眩しい。応援の家族の姿も周りにたくさん集まってきていた。
なんとなく場違いなところに来てしまった気がして落ち着かない。応援の人たちの間を縫うようにして移動しながら、茜はグランド内にいる少年たちに目を凝らしていた。
すでに試合は始まっていて、今は五回裏の攻撃らしい。点数も二対二の同点だ。なかなかどちらも負けてはいない。
そんな試合の様子を眺めながら、茜の目的はしかしまったく別のところにあった。
茜はあれからまた情報を集め、この日の午前に燈月レッドホークスが他のチームと文月小学校のグランドで試合をすることを知った。そしてあの少年に会えると信じて、こうして休みの日にやってきたのだった。
しかし、ぱっと見ただけではグランドにあの少年がいるかどうかを判断することができなかった。なにしろみな同じユニホームと野球帽を被っているのだ。背が高いとか太っているとかすごく特徴のある人物ならともかく、あの少年は本当にどこにでもいそうな標準的な体格の持ち主だった。グランドにいる少年たちの多くに当てはまる。
(どこだどこだどこだ)
落ち着いて一人ひとりの顔を観察していく。ピッチャーではない。キャッチャーでもない。ファースト、セカンドと見ていって、サードに目を移したとき、カキーンといい音が響いた。相手チームのバッターが打った球が、レフト側に飛んでいき、そのポジションを護っていた少年がそれを追いかけていた。
その姿を見て、茜は目を見開いた。
(あの子だ!)
少年は球の落下点に入り、そのグローブに見事に球をおさめた。
試合は燈月レッドホークスの勝利で終わった。野球のことはあまりよく知らない茜だったが、なかなかの好試合に思えた。解散となり、野球少年たちがそれぞれの家族とともに帰宅の途につこうとしていた。茜は少年が一人になったときを見計らって、静かに近づいていった。
「きみ、ちょっといいかな?」
茜がそう言って呼び止めると、少年はきょとんとした顔をして振り向いた。茜のことが誰だかわかっていないようだ。
「誰だよあんた」
ふてぶてしい態度で少年は言った。しかし茜が次の言葉を発すると、途端にその表情は一変した。
「わたし、黒猫堂古書店の人間なんだけど」
ぎくりとした表情というのは、こういうのをいうのだろう。茜はそんなことを思いながら、少年の顔を見つめていた。
「今日、お父さんやお母さんは来てるの?」
少年はその問いに、ぶんぶんと首を横に振った。
「そう。でも、監督に事情を話せば親御さんと連絡を取ることも可能よね」
茜がそう言って、監督のいるほうに体を向けようとすると、少年が茜の腕をぐんと引っ張ってきた。見ると、少年は怯えたような表情を茜に向けている。しかしすぐに、その手を離してこう言った。
「……話せよ」
「え?」
「勝手にすればいいだろ。俺は別にばれたって痛くも痒くもない」
茜は混乱した。少年の表情は強張っている。少年の行動は、その言葉とは矛盾していた。勝手にすればいいと言いながら、最初は茜のことを止めたのだ。それは、本当は話して欲しくないという心の表れなのではないだろうか。この子はただ強がってこんなことを言っているのではないだろうか。茜は少年のその様子に、なんだか心苦しくなった。しかし、見逃すわけにはいかない。
「ねえ。そんなこと言ってるけど、本当はあのことを話されたらきみだって困るでしょう? いいの? そんなこと言って」
少年は沈黙したままだった。
「じゃあ、こうしましょう。あとで盗んだ本を持って、黒猫堂古書店まで来なさい。そして、そこできちんと謝罪するの。そうすれば、このことはあなたの家族には黙っておいてあげる。持ってこないようなら、そのときは全部話をする。どう?」
茜のその言葉に、少年はしばらく反応しなかったが、やがてゆっくりと頷いた。茜はそれを見届けると、試合の終わったグランドをあとにした。




