超能力者達の朝
「感づかれましたでしょうか」
捜査官二人の乗る車が道路の向こうへ消えたところで、従者の少年が怪訝そうに尋ねてきた。
「はは、苦し紛れに過ぎないです。あの様子だと証拠を掴んだ訳ではなく、単に噂を信じているだけのようでした、変に警戒しすぎないようにしましょう」
それを優しく笑って諭すように答えたのは、ノーネクタイノージャケットの涼しげなクールビズ姿が良く似合う青年ブライアンである。
彼は超能力者の保護と超能力の有効活用を掲げる宗教団体マグメルの幹部の一人であり、ここ国際都市アウロンとその周辺地域の信者をまとめあげ、活動の指針を決める事を任せられた組織内でも強い力を持っていた。
実のところブライアン自身は超能力を使えない、普通の二十代後半の成人男性である。
それでも彼が超能力ありきの組織の中で高い位を得ているのかというと、彼が組織のために働いた様々な活動の功績と彼の超能力への強烈な愛情とも取れる関心を抱いているからだ。
元々医学の道を進んでいた彼は医大を卒業後、国立の有名な病院にて外科医としての道をスタートさせたのだが、そこで経験したのは数名のベテラン医師を中心とした醜い派閥争いであった。
少しでも手柄を得るため自分達が手にした患者にあえて難しい手術をさせたり、適正より遥かに高い手術料を祓わせたり、後々様々な分野へのコネを見込める富裕層でなければ診察もろくにしなかったり、次期院長を狙う中年の医師をチップや情報の横流しなどで支援し取り入る若手の看護師達など医学界の汚れた面を見ているうちに、ブライアンは人命を救う医学界に気高さなど欠片もなく、醜い人の感情渦巻く縦社会でしかないと感じるようになっていた。
加えてどれだけ苦労しても必死になっても、救えない命がある事を多数の診察や手術を経験する事で実感するようにもなっていた。
そうして医学への希望を失っていたある日、彼は職場からの帰り道に命の危機に陥った。
端的に言えば車に跳ねられたのだ、深夜に街の少し中へ入った狭めの道を歩いているところへ、背後から暴走気味の乗用車が殆どスピードも緩めず衝突してきて、彼は言葉にならない凄まじい激痛を伴ったまま冷たいアスファルトの上に倒れ込んでしまった。
運転手が酔っていたのか、頭のイカれた連中が狙ってやったのかは今も分かっていないが、とにかく撥ねた車は止まる事なくその場から逃げていった。残されたブライアンは悲鳴すら上げる余裕もなく、暗闇で殆ど見えないものの確実に手や足や胴の裂けた肉から大量の血液が流れ出し、骨の各所は確実に砕けているのを無抵抗のまま感じていた。
そこへ、彼より少し年上くらいの女性がいつの間にか現れていた。
彼女が無言のまま彼の傷だらけの体に手をかざすと、信じられない事が起きた。もう助からないと思えるくらいに酷かった彼の体の負傷が、みるみるうちに治癒し始めたのだ。
最初は何が起こったのか分からなかった、自分は実は大した怪我を負ってはいなかったのではないかと錯覚したくらいだ。
だが道路は彼の体から出た多くの血で確かに濡れており、やはり数秒前まで大怪我をしていたのは間違いないと気づく。
そして、同時に彼は思い知ったのだ。
目の前にいるこの女性は、通常の人間には持ちえない奇跡とも呼べる力を持ち、それを駆使すれば常識を覆す事が出来ると。
医学の世界にいて今まで救いきれなかった人の命も、異能を駆使すれば助ける事が可能だと。
それ以降彼は超能力者を保護する活動が各地で広がっている事を知り、すぐに医者をやめて自分もそれに参加する事にした。
なぜなら超能力には常識では説明の出来ない力があり、使いようによっては人を救うための方法を無限に生み出す可能性があると直感したからだ。
その熱意はマグメルの他の幹部や信者も感心しており、組織に有益な『活動』を立案し実行する指示の適確さから常人ながらも高い評価を得ている理由にもなっていた。
彼の脇に仕える二人の少年少女もそれぞれ透視と念動力の超能力を持つが、二人共すすんで彼のボディーガード役を買って出たのだが、それもブライアンが超能力者に信頼されている何よりの証であるだろう。
「さて、持ち場に戻りましょう。私は昨日までに集まった支援金の集計と各部署への配当を考えなければなりませんので」
ブライアンは従者二人と共にマンション十階までエレベーターで上がってから、自室兼作業用として使われている彼の部屋へと向かう。
「ん? 何やら騒々しいですね」
自分の部屋まであと数メートルほどのところで、ブライアンはすぐ近くの部屋からバタバタと人の暴れるような物音が聞こえてきて足を止めた。
「ブライアン様、お下がりください」
そこに従者の少年が右腕でブライアンを庇うような形で前に進み出た。
彼は一定の距離の内ならいくつ障害物があってもその向こう側を見る事が出来る透視能力の持ち主であり、近くに不審人物が潜んでいたり死角から車両が迫っていたりといった不意に訪れる危険にいち早く気づき、ブライアンの身を守る役割を担っている。
その彼が下がれと言ったのだ、何かこれから目の前で起きるのは確かだとブライアンは一瞬だけ息を呑んだが、
(……この部屋は確か)
騒々しい音の止まない部屋に住む者が誰かを思い出し、すぐに緊張の糸を解いた。
次の瞬間、バン! と勢いよくドアが開かれて、中から二人の少女が取っ組み合うような形で飛び出してきた。
「いってててて……も~強情だしレイナは。たまには付き合ってくれてもいいのに~!」
仰向けになる形で廊下に倒れ込んだ方は、半袖のシャツとショートパンツという服装で褐色肌の四肢を露わにさせた茶色い短髪の少女で、名をラファエラという。
「っ……出たくないって言ってるし。エナジーメイトで十分だし」
その彼女の対面で前のめりに倒れていた少女の名はレイナ、黒みがかったセミロングの金髪を持つ、ラフで地味な寝巻を纏った欧米系の白人の美少女である。
「あ~! 肘擦り剥いちゃったし~! レイナが抵抗するからだし~!」
「……無理矢理連れ出されそうになったら、抵抗して当然だから」
耳が痛くなるくらい大きな声で叫ぶラファエラと、耳を澄まさなければ聞き取れないくらいの声で反論するレイナ、言い争いとも喧嘩とも取れる光景にブライアンは少し溜め息をついて、
「はは、朝から元気ですね。何かトラブルでもありました?」
「あっ、ブライアン! 聞いてよ~、レイナったら久しぶりに同じ時間に起きたから、一緒に外に食べに行こうって誘ってるのに、完全拒絶してくるんだよ~!?」
バッと立ち上がったラファエラは、慌てて彼に駆け寄り腕をぶんぶん振り回しながら訴えかけてくる。
「……あたしは朝はゆっくりしたい、頭が働かないうちから他人の前に出たくないし」
一方レイナは立ち上がるのも面倒なのか、冷たいコンクリートの廊下に膝をついたまま、面倒くさそうに片目を瞑る。
「またですかラファエラ。積極的な交友は大いに結構ですが、相手の意思を無視する事は迷惑でしかありませんよ」
「何言ってるしー! 私はただルームメイトとしてのスキンシップの一環を測ろうとしてただけだし~! ちょっとお茶しません的な軽い感じのつもりし~!」
「強引なナンパは印象が悪いですよ」
「ナンパじゃないし! 真剣なアタックだし~!」
ラファエラとレイナは共にマグメルの一員であり、同じ部屋で生活をしているのだが、ラファエラは活発なアウトドア派で家にじっとしていられないタイプであり、一方のレイナは平穏を好むインドア派で家の中でぼーっと過ごすタイプという正反対の生活リズムを持っている。
さらにラファエラはガンガン他人と接触していくタイプなのだが、逆にレイナはあまり人付き合いが得意な方ではなく喋りも苦手なため、余計に言動が噛み合わないのだろう。
夜更かししてようやく寝ようとしたレイナを無理矢理起こして趣味のテニスに付き合わせようとしたり、夕飯を食べ終えたにも拘わらず好みのアイスの新作を急に食べたくなったからと一緒に街に連れ出そうとしたり、ラファエラにとって善意ではあるのだがほぼ強制しようとするせいでよくレイナと揉めているのだ。
「ははは、朝から元気ですね。昨日の今日だというのに」
「当然だし~! 久しぶりに貰えたオフなんだから、やりたい事出来るだけやっておかないと!」
「……あたしは全然疲れてるままだから、ずっと布団の中にいさせて欲しいし」
正反対の反応をする二人は昨日、それぞれマグメルが掲げる超能力者保護及び超能力の社会的有効活用の活動に参加し実行していた。
どちらもまだ十代後半の少女でありながら、得ている超能力の効力から組織の中では『活動』実行ための人員の中でも中核を担う存在であり、昨日もマグメルにとって有益な影響をもたらすための重要な作戦に参加していたのだ。
「二人共トラブル続きで大変でしたね。特にレイナは、慣れない現場の騒ぎに巻き込まれて精神的にまだ落ち着けていないのではないですか?」
「……それなりには、平気」
まるでヘッドホンをつけているように耳に手をあてる仕草をするのは、彼女が気持ちを静めようとする時の癖のようなものだ。
レイナが昨日参加したのは、マグメルとの協力関係を反故にした勢力へのプロバカンダを兼ねた制裁活動。
対象になったのは約半年前からスポンサーになってもらったとあるIT企業の上層部であり、市場の流れやコンピュータ関連技術の発展を異能によって支援、具体的には予知や思考回路への干渉を行い企業の発展を手伝ってきたのだが、最近になってマグメルの異能は嘘であり、金を巻き上げるための詐欺行為ではないかと主張し出したのだ。
悪目立ちし過ぎないように注意を払った事で、彼等は能力によって達成した技術革新を自分達の独力によるものだと錯覚し出し、やがてマグメルへの資金提供は無駄だとの方針を取ったのだ。
同じように異能を利用したお陰で成功した企業や組織・個人は多数存在する、そんな中で勘違いして調子に乗る連中が湧くのを阻止するために、今回制裁に踏み切ったのだ。
具体的には協力関係解消を決定した上層部のいるオフィスを異能によって爆破、その後社内の協力者の身柄を確保し、犯行の痕跡を隠すというものだ。
普通に考えれば超能力を使ったテロでしかないが、マグメルは超能力によってより良い社会を築くためには超能力を認めない現社会の法に囚われていてはいけないという考え方を持っている。それに従うならば昨日の爆破事件はマグメルにとって理想の社会に近づくために必要な『活動』であり、罪を犯してなどいないと本気で信者達は思い込んでいる。
カルト教団が意味不明な理由によって猟奇的事件を起こす一種のモラル・パニックに近い状態とも呼べるが、この場にいるのは全員マグメルの一員であり、そのネジの外れた思想に染まった者ばかりのため、当然ながら活動に異を唱える者はいなかった。
レイナの持つ能力はテレパシー、周囲にいる人間の思考を同時に得る事が出来る。簡単に言えば一定の範囲内にいる老若男女数千人が今この時考えている事がなだれ込むようにして、レイナの望む望まないに限らず頭の中に入ってくるのだ。
これから学校面倒だな、今日の会議は正念場だぞ、暇だから友達でも誘ってゲーセン行きたい、今日の夕飯は何にしようかしら、入ってくる情報の大半がどうでもいい些細なものだが、その中にはマグメルが速やかに正確に活動を達成するために必要な情報もまた含まれている。警察や制裁対象に気付かれないよう彼等の思考を集中して探し出し、行動パターンが分かればそれを避けるように指示を出す。一人の少女に任せるには中々責任の大きい役回りだ。
「ごめんね~レイナ! 私の任務の方で急にテレポーターが必要になっちゃったばっかりに、危ない目に遭わせて~!」
「……別に、仕方ない事だし」
両手を合わせて頭を下げるラファエラに、レイナは素っ気なく言葉を返す。
能力の都合上レイナは現場まで行って体を動かす必要はない、近くで待機し情報収集に努め仲間に必要な情報を伝える、頭の回転に集中すればいいのだが、昨日の任務ではアクシデントが発生した。
彼女が待機していたマグメルのバンに、黒塗りのセダンが突然衝突してきたのだ。それもただの事故なのではなく、マグメルの車両だと分かりきった上で後ろからではなく横合いに向かって真っ直ぐ突進という作為的なものであった。
そしてぶつかってきた車に乗っていたのは、マグメルと敵対関係にある組織の武装した男達であり、レイナは彼等から逃れるべく奇跡的に大怪我を免れながらも激痛を伴った体で夜の街の路地裏を走り回った。
本来レイナのような作戦上重要な役割を持つ非戦闘員は緊急時に離脱すべく瞬間移動が可能な能力者を傍に待機させているのだが、その時は丁度別の任務で急きょ必要とされたため彼女の近くにはいなかった。運が悪かったとしか言いようがないのだが、辛くも敵に追いつめられ銃で撃たれそうになったところで何とか仲間の能力者が駆けつけ事なきを得た。
「あのアーミー野郎共! レイナの白い肌が傷物になっちゃったらどうするんだしこのやろ~!」
ラファエラは口でレイナを襲った連中を非難しながら、レイナに暑苦しく抱きついて頭をなでなでする。
「……っ、うざい! それにあたし的には、ラファエラの方に成果がなかった方がまずいって思ってるし」
「うっ! それを言うかし……」
胸を撃たれたようなオーバーなリアクションをして、レイナから飛び退きへたり込むラファエラ。
「仕方ないじゃ~ん! 非番だと思ってのんびりしてたら急に出る事になって、作戦もクソもなく向かったら奴等がちょうど捕まえようとしてたんだし~。割って入ってなきゃ完全にアウトだったし~!」
「誰もラファエラを責めてなどいませんよ。昨日は予想外な出来事の連続でしたからね、全てにおいて後手後手に回ってしまいました」
「く~悔しいし~! やっと掴んだチャンスだったってのに、また奴等に邪魔されちゃってし!」
バタバタ足を廊下に叩きつけて喚くラファエラが何度も口にする奴等とは、彼女達が昨晩の任務にて敵対したとある武装集団の事を指す。
ラファエラはマグメルのアウロン支部に所属する信者の中でも武闘派であり、他の攻撃的な能力を使う仲間と共に『活動』の実行を主に担当している。言ってみれば実際に手を下す立場を任せられている事になる。
彼女は元々このアウロンよりもさらに治安の悪い南米の貧国出身であり、スラムで生活してきた経験から多少の荒事では怯まない図太い度胸の持ち主で、自分が正しいと思った事なら容赦なくすぐに行動に移す事が出来る点を評価され、現場での活動を担ってきた。能力は自らの体にしか効果のない治癒の一種で攻撃力があるものではないが、肝の据わった者ばかりで組織されたマグメル内でも特に攻撃的なチームの長を務めており、武闘派能力者からの信頼も厚い。
昨晩は彼女のチームは特に活動する事もなく休日であったのだが、武闘派能力者の精鋭であるラファエラ達が出動しなくてはならないような、マグメルにとって大きな出来事が発生したのだった。
「……エリシア」
その渦中にいた人物の名を、レイナが霞むような声で呟く。
「今まで消息不明だった彼女の存在を確認し、尚且つ彼女の身に危険が迫っていたのです、冷静でいろと言っても難しかったでしょう」
「そりゃそうだし~! エリシアだよ!? ようやく見つけたあの子が銃撃戦の中にいたなら、後先考えず飛び込むし!」
「……発砲はラファエラがしたんじゃん」
「あ~悔しい悔しい! あとちょっとでエリシアを取り戻せたのに! 痛い思いまでしたのに大損だし!」
レイナに心の内を読まれた事は気にせず、ラファエラは昨日の任務の事を思い出してだんだん苛立ちを募らせていく。
ラファエラが任せられた任務は、最近までマグメルの一員だったとある人間の救出であった。
エリシアという名を持つその少女は、マグメルという組織の中でも特別な地位にある人間である。
「彼女が健在だという事実を確認出来ただけでも良しとしましょう。怪我をしてはいなかったのでしょう?」
「多分。なんか知らない男に車に乗せられて逃げてちゃったし~」
知らない男というラファエラの表現は昨日の任務直後にも聞いていたが、ブライアンは不安要素を感じていた。
ラファエラとレイナがそれぞれ遭遇した武装集団の正体については、マグメルは既に把握している。奴等とは過去に何度も小競り合いを繰り返してきた、警察とは別に自分達の活動を妨害してくる、超能力者を狙った過激派の組織だ。
そんな連中との交戦は常に覚悟しているが、問題はエリシアという少女の身柄が彼等とは別の人間の元へ渡ってしまった点であった。
「早く見つけて欲しいし、ブライアン」
「今情報班が調べていますが、いかんせん手がかりが少ないですからね。ラファエラがもう少しその人物の特徴を捉えていれば良かったのですが」
「……ラファエラ、銃を撃つ事ばっかり考えてたみたいだし」
「レイナ~! いちいち私の心読まないで欲しいし~!」
再びラファエラがレイナに抱きつき揉みくちゃにする。
昨日情報部の能力者から、エリシアが武装集団に追われているとの連絡を受け、ラファエラのチームは現場へと急行した。
その情報を捉えたのは『これからその場所でこのような出来事が起こる事象』を知る事の出来る未来視の能力者であり、逆を言えばその時が来なければ当事者がどこで何をしているのか分からないため、ラファエラ達は待機していたレイナの班からテレポーターを借りて、急いで現場へ向かった。
このアウロン支部にはテレポーターの数は比較的少ない。故に貴重であり、重要度の高い作戦を優先的に参加させられるのだが、ラファエラ達の受けた任務はまさに最上位の優先度とブライアン自ら指定したもの、つまりはそれがエリシアの救出であった。
武装集団の手に落ちる前になんとか現場に介入は出来、エリシアが健在である事を目視で確認もしたが、それでも彼女の身柄を保護するまでには至らなかった。
敵の銃撃があまりに徹底的で苛烈なもので、能力者でないながらも戦い慣れた連中を相手にラファエラ達も身を守るために応戦している隙に、その場にいた第三者がエリシアを連れてその場から離脱してしまったのだ。
「奴等の手に落ちるよりは良いのでしょうが、しかしどこぞの馬の骨とも知れぬ者の傍に彼女を置いておくのも気が気でなりません」
「あいつは二十歳ぐらいの男だった! エリシアに手でも出してたらマジぶん殴ってやるし~!」
「……ラファエラ、エロい事考えてるし」
そんな訳ないし~! とポカポカ殴りかかるラファエラと、それから逃れようと這うようにして部屋へ戻るレイナ。
騒がしい二人を穏やかに、しかしどこか冷ややかに眺めていたブライアンは、彼女達や従者に語るというよりも独り言のように、声のボリュームを僅かに下げて呟く。
「ともかく早く見つけ出さなければいけませんね。彼女はマグメルにとって偉大な存在であり、戦力なのですから」
異能の申し子、それが組織内で通っていたエリシアという少女の二つ名だった。
エリシアと同じような能力を使う信者は多くいて、エリシアのものより珍しい現象を引き起こす能力者も何人か組織にはいる、エリシアと違って何度も警察や武装した連中との戦闘を経験した荒事に強く組織の活動に貢献してきた人間も複数マグメルには揃っている。
それなのに彼女が特別視され、ラファエラ達武闘派の精鋭が何人も駆り出され、彼女の保護をどんな活動よりも優先すべきとブライアンが昨日即決した理由は別に複雑なものではなかった。
「お二人はとりあえず休んでください。何か力を貸して欲しい時にはまた連絡を入れますから」
「了解だし~! あーレイナ! 何戻ろうとしてるし、外出るよ外! 外食しようデートしよう! レイナの好きな甘いもの食べに行こう!」
「……うざいし! スパイス・チキンズがもうすぐネットでライブをやるんだから、放っておいて!」
「そんなの後でいくらでもユーホースで見れるし~! いいからいいから!」
任務の疲れを表に出さない二人のタフさに安心して静かに笑ってから、ブライアンは足早にその場を去っていく。
「リュウ、パオ。私はしばらく雑務の処理に集中しますが、エリシアに関連する情報が少しでも入ればすぐに伝えてください。然るべきと判断したら、新たな活動のプランを考えますので」
そして従者二人にそう告げ、一人で彼の自室のドアを早く開けて中へ入った。
「……彼女はジョーカーなのです。どこにいるのか分かっているか分かっていないかで、身の振りようがまるで変わってくるのですよ」
この国と海を挟んで隣り合う日本という国にはババ抜きというトランプの遊びがある。手札から同じ数字の揃ったカードを捨てていき、最後にペアのないババが残った者が負けというシンプルなゲームだ。
ババを誰が持っているかは表面上は分からない、手札を他人には見せてはいけないのが最低限のルールだからだ。相手の表情やリアクションを見て、こいつは今ババを引いたな、こいつはババを引かせたがってるなと予想し合ってカードを引く、ババ抜きは心理戦でもある。
マグメルにとって、エリシアを探し確保しようとするのはババ抜きによく似ている。彼女の身柄を求める組織はマグメルの他にも存在し、その目的はそれぞれ違っている。
どこにエリシアがいるのか、誰がエリシアを確保しているのか、互いに探り合い、牽制し合う。
ただ、彼女を狙う勢力全てに共通している点が一つだけあった。
それは、エリシアの力を自分達以外の奴等に使わせると取り返しのつかない事になるという恐怖に近い懸念を抱いている点であった。
「いつどこで暴発するか分からない、爆弾のようなものなのですから」
爆弾を爆弾と知らない者に管理を任せる事がどれだけ危険か。
複数の勢力によって狙われるほどの特殊な超能力者エリシア、彼女と関われば彼等の起こす騒動に巻き込まれてしまうという事実を、昨晩彼女を連れ去った第三者の少年は未だ理解していないだろう。
ブライアンは事の重大さを噛みしめるように、誰もいない玄関に突っ立ったまま呟いていた。




