無力なりに
「ふふ、よろしくてよ。後先考えない性格なのは、ワタクシと似ていますわね」
ゴンの要請にマルグリテは笑顔を幾分柔和なものに変えてから、承諾の意を示してくれた。
「まずはエリシアの身柄を確保している方々の発見と確保、ですわね。幸いワタクシ達は独自に動いてアウロンの至る所に目を光らせております、ワタクシの仲間にあなたから聞いた事を伝えておきましょう」
マルグリテはタテワキに、ゴンから聞いた黒づくめの連中と使っていた車の特徴を各構成員達に電話やメールで通達するよう指示を出す。
「安心なさってください。エリシアを見つけ次第、エリシアを捕まえている方々を制圧しろという旨の命令を出していますので、何かあればすぐに連絡が来る筈ですわ」
「あっ、ありがとうございます!」
「感謝は見つかってから受け取りますわ……ところで、あなたはどうされますの? 警察の方」
手早く味方にゴンの要望通りエリシアを助けるための指示を出したマルグリテは、会話の蚊帳の外になっていたナターシャに挑戦的な質問をしてみせる。
「くっ……ゴンさん、本当にエリシアを連れ去った連中に会ったのね!?」
獲物を見るようなギラギラとした目で尋ねられたゴンはビビリながら「はいっ!」と答える。
「だったら私も乗るわ! マフィアの手を借りるのは癪だけど、四の五の言ってられないもの」
「あら、ワタクシが協力するのはゴンであって、あなたではありませんのよ? 逆鱗の結団は警察のために発揮されるものではありませんわ」
「なんですって! 違法で稼いだ金で築き上げた協力なんて……!」
「でしたらあなたはお降り下さいまし。エリシアを辿る手がかりを知っているのはあなたではなくゴンなのですから」
「この……! っ、ゴンさん。相手は武装してるのよね? 本当なら由々しき事態ね、テロリストみたいに危険な集団が市内にいるのなら、機動隊の出動を要請出来る。それにあんた達逆鱗が怪しい動きをしている事を伝えれば、組織犯罪科にも動いて貰えるから、名前使わせてもらうわよ」
「ワタクシ達の行動を警察にリークするつもりですの? それは明確な妨害行為ですわよ?」
「詳しくは言わないわよ。何かをやろうとしてるかも、って思わせるだけで動く筈。あんた達逆鱗は常に罪に仕立て上げられる行為をしてないか警戒されてるから、尻尾を振れば警察は飛びついてくるわよ」
悪趣味な事をお考えなさりますね、とマルグリテが呆れたように言うと、ナターシャはフンと鼻を鳴らしてからゴンの方に向き直る。
「てことだから、私も協力する。でもエリシアはテロの容疑者だって事は疑ってないから、そこは譲らないから、取り戻した後は覚悟してよね」
「っ……分かりました。エリシアを取り戻すために出来る事はなんでもするって、決めてましたから!」
そうしてナターシャとも握手をし、協力関係を結んだところで、四人の乗る車はアウロンの中でも乱開発の影響で未完成のビルや建物が立ち並ぶスヤン地区へと差し掛かった。
「どこなの、君が私に電話してきた時にいた、マグメルと黒づくめの集団がいた場所って」
「えーっと……くそ、似たようなビルばっかで……あ!」
昼間の青い空を背に無機質なビルが乱立する景色の中に一つだけ、外壁の一部が爆発で吹き飛んだように崩れているものを確認して、ゴンはそこを指差す。
「おーし飛ばしますよぉ!」
それを見たタテワキはアクセルを踏み込んで自慢のスポーツカーを加速させる。
「うおお! すげえ加速! さすが日本産……」
「おっ、車とか分かる系かい? 嬉しいねぇ、お嬢様や部下の連中はかっこつけてヨーロッパ製ばっか好んでやがるんだが、やっぱ高い金かけるなら日本の質の高い車だよねぇ」
「ちょっと! 規制速度超えたら即通報するわよ! 交通関係は管轄じゃないけど、現行犯なら逮捕出来るから!」
「細かいお姉ちゃんだねぇ。お嬢様のおしとやかさを見習ったらどうだい? 真面目過ぎて同僚に煙たがられるタイプだよねぇ」
「う、るさいわね! いいから早く目的地へ行きなさいよ!」
協力者同士だが仲間ではない四人による不可解な会話とおかしな雰囲気に包まれた傷だらけのスポーツカーは、やがてマグメルと黒づくめの集団が衝突したビルの前へ到着する。
「うわ、大暴れした形跡がすごいわね。銃痕があちこち見えるし……」
「こんな街の中で命の取り合いだなんて、恐ろしいですわ」
「マフィアのあんたがよく言えるわね」
既にマグメルと黒づくめの連中の姿は見当たらない。代わりに騒ぎを聞きつけた野次馬がぞろぞろと集まり出してきている。
「くそ、もうどっか行ったのか!?」
「まぁドンパチした場所に留まる馬鹿はいないよねぇ」
タテワキの言うとおり、警察や衆人の目から逃れるためにどちらの勢力も現場から退避したのだろう。
だとしたら、今のゴンに彼等の居場所を知る手立てはない。
(あの時逃げ出してなければ……!)
せっかく掴みかけたエリシアへの道を自ら手放してしまった自分が情けなくて、握り拳を作った左手で助手席の扉を思い切り怒りをぶつける。
「おいおい、殴らないでくれよぉ! 高級車だって分かってるんだろぉ?」
「あ、すいません……っ」
注意され胸の怒りが冷えて落胆へと変わっていく中で、これからどうすればいいと考えるものの思いつかず、頭を抱えていると、
「おいてめぇ! どこ行ってやがったしコラ!」
激しく車体を蹴りつける衝撃と共に聞いた事のある口の悪い女の声、窓の外を見ると数秒前までそこにいなかった筈のマグメルの超能力者の褐色少女ラファエラが、怒りの形相でこちらを睨みつけていた。
「お前……いつから、てかどこに隠れてたんだよ!」
「警察が近づいてくるってレイナが言ったから一回逃げたんだし。てか面倒な連中連れてきてんだし!」
ラファエラの背後にはビル内での乱戦の際に見かけた他の能力者の姿も見え、おそらくレイナの力で車内のナターシャやマルグリテ達の素性を把握してるせいか既に警戒態勢に入っていた。
「ゴンさん、この子誰!?」
「えぇっと、さっき話した、マグメルの人間です!」
「何勝手にバラしてるし、てめぇ私達の邪魔でもしたいのかし!」
ヒートアップしたラファエラはもう一度車を蹴りつけて、右手に握っていた機関銃をちらつかせる。
「ちょっと待て! 敵じゃない、エリシアを助けるための協力者だって!」
「だからってサツとマフィアなんてヤバイ奴を連れてくる馬鹿なんていないし! とりあえず降りて来いし!」
警察が乗っていると分かっていながら、気にもせず機関銃を窓に突きつけ命令してくるラファエラに、車内の他の三人も黙っている訳がなく、
「あーワイルドな姉ちゃん、自分の愛車をこれ以上凹まさないでくれるかなぁ?」
「あなた自分が何やってるか分かってるの!? 今すぐその銃を手放しなさい!」
「まぁまぁ、なんて乱暴な方。マナーがなってませんわね」
「うるせぇし! つか誰だしてめぇら!」
思ったまま叫んでしまうラファエラでは埒が明かないと、超能力者達のリーダー格の青年が彼女の代わりに尋ねてくる。
「どこへ行ったかと思えば、胡散臭い人間ばかりを連れてきたな」
「すいません……でも、エリシアを助けるために協力してくれる人達なんです!」
「お前が嘘を言ってないのは、レイナの力で分かっているつもりだが……」
冷静であるリーダー格の男も怪訝そうに顔を歪め、気まずい雰囲気が漂うかと思ったが、
「お待ちになって! あなた、昨晩火災ビルの近くでお会いした方ではなくて?」
腰をやや上げて身を乗り出したマルグリテが突然そう尋ねると、リーダー格の男もやや驚いたように眉を動かす。
「あぁ、確かに会ったが……ったく、どこで繋がっているか分からないものだな」
「レイナさんはお元気ですの? まさかあなた達がマグメルだったなんて驚きですわ。しかし、ワタクシの素性を見抜いたり突然現れて消えたりしたあなた方ならば、超能力者である事も納得いきますわ」
「レイナは他にやる事が出来て今はここにいないんだし! てめぇ、なんでレイナの事知ってんだし!? 何者だし!」
また突っ掛ってこようとするラファエラを他のマグメルの仲間が抑える。
「手短に話そう。エリシア救出を手伝ってくれるのなら具体的に何をするつもりだ? こっちはエリシアを連れ去った連中が貿易港方面に向けて逃げた事までしか知らないぞ」
「港、ですね? 分かりました、確認しますわ」
リーダー格の青年の言葉にマルグリテは何か納得したように呟くと、スマートフォンを取り出してどこかへ連絡する。
「もしもし、マルグリテですけれど……えぇ、はい……」
一分も経たず電話を終えて、彼女はこう告げる。
「黒いセダンの集団が貿易港に向かっているのを確認した仲間がいるらしいですわ。それと盗聴器からも、港から船で運ぶという趣旨の発言を聞き取れているようでして、エリシアを連れ去った方々が海の方へ向かっている可能性は高いようですわ」
「え、今なんて言ったの? 盗聴器って……」
「エリシアと話をした時、彼女の服にこっそり盗聴器をつけさせていただきましたの。居場所は特定出来ませんけれど、拾った音が手がかりにならないかと思いまして。元々ワタクシ達がこのスヤン地区に向かっていたのも、盗聴器が拾った言葉にこの辺りの建物や特徴を指す言葉を聞いたからでしてよ」
「なんでそれを早く言わないのよ!」
涼しい顔で答えるマルグリテに、ナターシャはエリシアの行方に関する情報を伏せられていた事に憤慨する。
「先程の時点ではまだ音声の情報だけで、港に向かっていると断定出来るほどのものではありませんでしたので」
「こっの~……! 分かった、港ね。貿易港っていうと南部にあるあのでかいとこでしょ? 分かったわよ、信じてあげるわその情報!」
語気を強めながらナターシャもスマートフォンで誰かに電話をしようとする。
「どこにかける気だい、姉ちゃん」
「組織犯罪科の知り合いよ。正体不明の武装集団と逆鱗が抗争しようとしている、断定的な情報を流して動く準備をさせるの」
「おいおい勘弁してくれよぉ、それじゃうちの下っ端共がドサクサに紛れてパクられちまうかもしれないなぁ」
タテワキが苦笑いしながらそう牽制するが、それにマグメルのリーダー格の男が首を横に振って、
「いや、混乱した状況の方が向こうも動揺するかもしれない。エリシアを連れ去った連中は統率の取れたまともな兵士のようだったが、騒ぎで動きを乱れさせられれば、チャンスはあるだろう」
「ご心配なさらくても、逆鱗の人間が警察程度に捕まる事などありませんわ。エリシアを取り戻すためですもの、早く手配なさってくださいまし」
「言われなくたって呼ぶわよ! エリシアと一緒にあんた達の構成員も検挙させてやるから、覚悟してなさい!」
脅しともとれるような台詞を吐いてから、ナターシャは知り合いの警察関係者にエリシアを連れ去った黒づくめ達の尻尾を掴むための根回しを電話で行う。
ナターシャとマルグリテの小競り合いは他の人間からすればいい迷惑でしかないが、それでも警察とマフィアの逆鱗という二つの勢力の協力を得られたと言っても良い状況なのは好都合だ。
「ではこちらも独自に港へ向かいつつ、情報収集に努めさせてもらう。多方面から攻めた方が、相手も対応し辛いだろう」
「よろしくてよ。必要とあらば情報交換いたしましょう、くれぐれも意地を張って隠さないよう、お願いしますわ」
「あんたに言われたくないわよ!」
腹の内を知らない者同士、隔たりこそ感じられるものの協力関係を築いたマグメルと警察と逆鱗のこの場での代表者は情報をスムーズに取り合うために互いの連絡先を教え合う。
後部座席で行われているそれをゴンはしばらく開けずに乾いた口をムズムズさせながら、バックミラー越しに眺めていた。
「何ぼーっとしてんだし? お前」
それを変に思ったのか、窓の開いたドアに銃を持っていない方の腕をついてもたれかかってきたラファエラがそう尋ねてきた。
「いや、なんていうか……他の人間はエリシアを助けるために出来る事があるんだなって」
「は?」
「俺は、具体的にどうすればいいか全然思いつかなくて、なんか情けないなって……」
エリシアを助けたい気持ちは強い、何にでも誰にでも頼って助けたいと思って、運良くマルグリテやナターシャ、それからマグメルを引き合わせる事が出来た。
だが、ゴン自身がエリシアを助けるために出来る事はない。誰かに助けてもらうように頼む事は出来ても、自分自身に何か黒づくめの連中を特定したり倒したりする力はないのだ。
力がないから、具体的にどう動くべきかゴンは何の意見も挟む事が出来ず、ただただマルグリテ達の会話を黙って聞くだけになっていて、そんな自分の非力さを嘆いていた。
「馬鹿だしてめぇ、別に良いじゃねぇかし」
そんな心の陰鬱さを、ラファエラはあっさりと一蹴してみせた。
「協力してくれる奴等を見つけて会わせたんなら、それでいいし。さっきは逃げたと思ってマジで怒ったけど、てめぇが一応エリシアを助けたいって思ってるのはレイナも嘘じゃないって言ってるし、一般人のてめぇならそれで十分だし」
「十分って……」
「あぁ~ムカツクし。エリシアを連れ去る度胸はあるくせに、変にうじうじしやがって。結局てめぇはてめぇ自身がエリシアを助けたいって思ってんだし?」
「それは、まぁ、違わないけど」
「なら自分が出来る事を考えてろし、ただのフリーター風情のてめぇでも諦めてなけりゃこの後もどっかで役に立つ筈だし」
レイナのテレパスのせいでか、さらっと身分がバレている事に若干胸にダメージを受けるが、まさか乱暴者っぽいラファエラに気休めでも励まされるような言葉をかけるとは思わず、目を丸くする。
「お前、まともに喋れるんだな」
「はぁ!? てめぇナメてんのかし! エリシアが気に入ってるからって人がちょっとアゲてやったら……!」
「わー馬鹿! 銃を向けるなって!」
すぐに顔を赤くして銃を向けようとするラファエラを、ゴンは両手の平をひらひらさせて落ち着くように促す。
「っ……! 能力が無くても諦めないって気持ち、私には分かり辛いんだし。能力に頼らないと生き残れないような国で育った私には」
言われてゴンは思い出す、ラファエラは性格や治癒能力によってタフに見えるが、過去には戦争の起きた貧国でその力を利用され兵士として戦わされてきた悲運の少女だと。
「てめぇは私の過去を聞いた時哀れんだみたいだが、私は能力を持ってなかったらもっと酷い生き方をしてたと思ってるし。力がなくて死んじまう同年代の奴もたくさん見てきたし、だから能力を持ってて良かったって今は思ってるし。死にたくない、もっとまともなものを食いたい、そんな願いを叶えるために私は力を使って戦ったし」
だから、と一拍言葉を置いて、ラファエラは過去を思い出して虚ろにしていた目に光を戻し、ゴンを真っ直ぐに見つめながら、はっきりと言う。
「力を持ってなくても、何かに抗おうとする事が出来るてめぇは、まだ幸せだと思うし」
ラファエラはゴンにエリシアを助けるための力がない事は否定しなかったものの、助けようとする事を否定をもしなかった。
自分はまだ、エリシアを助けたいという気持ちを失ってはいない。自分自身に力はないと自覚しながらも、まだ諦めようとは思えない。
悩んだり嘆いたり出来る時点でまだ恵まれた立場にいる。迷っている暇があるなら、まだ悪あがきする事が出来るのだと、それすら許されない環境で生きてきたラファエラの言葉に教えられたような気がした。
「あー……ありがとな。気分が軽くなった」
「は、はぁっ!? 何感謝してんだし気持ち悪いし!」
謝意を伝えられるのに慣れていないのか、ラファエラは怒りとは違う色合いの赤で頬を染め、あからさまな動揺を誤魔化すように銃をこちらへ向けてくる。
「おいラファエラ、うるさいぞ」
「私は悪くないし! こいつが……!」
「リーダー、瞬間移動みたいな芸当が出来る奴があんたの仲間にいたよな? なら大通りの近くにあるデパートの立体駐車場まで連れてってくれないか?」
ラファエラが落ち着くのを待たず、ゴンはマグメルのリーダー格の男にそう質問を投げかけた。
「何? 何をする気だ?」
「俺の車、そこに残したままだろ。あんたらに誘拐されたせいでな」
結構派手に黒いセダンにぶつけられたまま放置している愛車が、今頃警察にレッカーでもされてないか心配でしょうがないが、このままマフィアの車に相乗りさせてもらったままでいる訳にはいかない。
何より、エリシアを連れ去った奴等と戦う力がないなら、せめてエリシアを探す事だけは自分の足でしたい。
「……分かった。手分けして探すって訳だな」
「待って、私も乗せて! 一般人だけで誘拐犯を追わせるなんて危険な事、させる訳にはいかない!」
ナターシャに行動を制限されないかと一瞬うざったく感じたが、警察の人が味方として傍にいると思うと少しは心強く思い、ゴンは承諾した。
「では各々の奮起を期待させていただきますわ。全てはエリシアを助けるために、ですわよ」
車からゴンとナターシャが降りた後、マルグリテがそう一言残すと、彼女の乗る青いスポーツカーはエンジン音を轟かせて急発進していった。
「じゃあ頼む、変なところに飛ばさないでくれよ?」
「一度で遠距離を移動するのは不可能だ。やってもいいが、愛車のボンネットの中に転移してしまうかもしれないぞ」
「笑えないからやめてくれよ」
「分かっている。フライン、頼むぞ」
リーダー格の男の言葉に従うように一人の少年が進み出て、ゴン達の傍に立つ。
「いいか、ちゃんと探せし! またビビッて逃げるなよ、分かったし!?」
「分かってるって! やれる事は、やってみるよ」
ラファエラに、というよりも決意を自身に言い聞かせるようにゴンは言った。
そしてフラインと呼ばれた少年が、ゴンとゴンの車が放置されているであろう立体駐車場のある方角を交互に見ると、
「いきます」
一言呟いた直後、ゴンは視界に映る景色がぐにゃりと歪み、体にかかる重力が突然消失したかのような浮遊感に襲われる。
それがテレポート能力によって自分が瞬間移動させられていると気づくと同時、目の前にいたラファエラ達の姿が見覚えのある灰色のコンパクトカーに変化した。
「え、えっ!? 何、何が起きたの!?」
一緒に飛ばされて状況が読み込めずに慌てふためくナターシャを尻目に、ゴンは愛車の運転席に乗り込みキーを入れてちゃんと車が生きている事を確認する。
「よーし動く! お前が壊れたら今まで働いて稼いだ金がパーになるところだった、本当に良かったぁ!」
「港へ向かうつもりなの?」
「はい。俺は直接目で見て探すぐらいしか出来る事がないんで」
「そう……私はまだ、エリシアはテロの犯人だと疑ってるわ。君とはそういう点でまだ、考え方が違ってる」
「え?」
いきなり何を、そう思ったゴンの車の後部座席に乗り込みながら、ナターシャは言葉を続ける。
「でも、一度逃げようと思った危険な事に挑もうとする君の覚悟はなんとなく伝わってきたわ。だから、君に協力する。警察の力、好きなだけ頼りなさいよ?」
「俺が逃げようとしてたら、協力してくれなかったんですか?」
「そしたら君を、テロリストを匿った共犯者として疑って連行させてもらってたかもしれないわね」
エリシアがテロの犯人だという彼女の推測は、目撃情報や状況証拠、なによりマグメルに所属していたという理由などが主と口にしていたが、ブライアンの話からそれがあながち嘘ではない事をゴンは知っている。
つまり捉え方次第では本当にゴンはエリシアというテロリストを匿ったとされてもおかしくない、そう思うとナターシャの冗談めいた言葉に笑って返す事は出来ず、誤魔化すように咳払いをするのであった。
「じゃ、じゃあ出しますよ!」
「えぇ、お願い!」
柱にぶつからないように注意しながら、逸る気持ちに呼応するように車は加速していき、港へ向けて走り出す。
もうこの時にゴンの心の中では、エリシアを連れ去った武装した連中に立ち向かう恐怖は殆ど陰を潜めていた。
エリシアを取り戻し、誰かに追われる苦境から救い出したい気持ちを叶えるために、胸の奥に燻り続けていた彼女を取り戻したい意欲が彼を突き動かし、不安よりも期待の方が強くなっていたからだ。
運転に集中する彼は、自身にしか聞き取れないか細い声で、自身の意思を改めて認識させるように、心の声を言葉にする。
「待ってろよ、エリシア……!」




