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最初の脱落

(攻めてきてるのは逆鱗ね、昼間の報復にでも来たのかしら)

 他人の行動を支配出来る力によって、マグメルのアウロン支部リーダーブライアンの側近を操り、ブライアンにいつでも危害を加えられるとラファエラ達を脅迫し、後は手を出したくても出せない彼女達を嘲笑いながらエリシアを連れて立ち去ろうとしていたマヤは、ポーン小隊に攻撃を仕掛けてきた勢力の正体を『駒』の目を通じて知り顔をしかめる。

 エリシアの身柄をマヤが確保出来たのは、ポーン小隊が逆鱗の人間の車から彼女を奪取したからだ。 

 報復なんて見返りのない行為で馬鹿馬鹿しいと思うが、それで起こされた撃ち合いに巻き込まれるのはもっと御免だ。せっかく新たな逃走車の確保も兼ねて支配下の兵士を使い、ラファエラ達の情報収集係であるレイナの乗るバンを押さえようとしたのを、乱入してきた青いスポーツカーに邪魔されてしまった。

(仕方ない、走って逃げながら、その辺の車を盗むしかないわね)

 自分の目的、エリシアと共にこの場から立ち去るという目的を果たすためにはどのような事でもする、言うのは簡単だがそれを迷わず実行出来るからこそ、マグメルやポーン小隊を簡単に裏切り誰かの行動を操るという良心の呵責に駆られそうな行為を平然とやってのけられたのだ。

「じゃあ、私は行かせてもらうわね」

「あ、おい待つし!」

「追ってきたら、大事なあなた達のリーダー様の首を掻っ切っちゃうわよ?」

「くぅ~……てめぇずるいし!」

 マヤの能力が嘘ではない事は、彼女が数人の兵士を人形のように操っているのを見れば分かる。加えて離れた地点にいるレイナのテレパスでも既に確認出来ているだろう、だからこそラファエラ達はマヤに手を出せない。

 その状況を利用して今度こそこの場から立ち去ろうとするマヤ。見失わないよう追いかけようとしてくるが戸惑ってしまうラファエラ達を尻目に、捨て台詞もなく微笑を浮かべながら湾港から離れていく。

 レイナの乗るバンが来たらそれを奪おうと思ったが、その前に敵対者である逆鱗の人間の乗るスポーツカーと遭遇するのも面倒だと思って身を潜めるようにして走り、港から出たところで近づいてくる一台の灰色の乗用車の存在に気付く。

(あれは……ちょっとないわね)

 自らの駒を撥ねたスポーツカーに比べると幾分質素な中古品のそれは、事故でもしたのか車体の側面が凹んでおり、逃走に使うには目立ち過ぎる。

 何よりあんなボロ車に自らにとって気高き存在のエリシア様を乗せる訳にはいかない、近づいてくるその車はスルーする事にした。

「あいつらだ!」

 が、すれ違ってから数秒して、青年らしき人物の叫び声と共に灰色の中古車が急停止する音が後方から響いてきて、不自然に思ったマヤは足を止める。

 歩道に寄って駐車した訳ではない、車線の中央で堂々と停止し、窓から覗く乗員の顔は明らかにマヤ達の方へと向けられていた。

「何、あいつら……?」

 それを見てマヤが顔をしかめたのは、こちらを見ている人間の表情が銃武装した兵士達に驚いて狼狽しているものには見えなかったからだ。

 次の瞬間、車の運転席の扉が開いて、シートベルトをつけたままの運転手の青年がマヤ達に向かってこう叫んだ。

「エリシアーー!」

 なぜ通りすがった車のドライバーがその名前を知っているのか、なぜこの場でそんな慌てたように大声で呼ぶのか、マヤは意味が分からず目を丸くさせた。

 それから彼の顔を改めて目視したところで、彼の正体を能力の支配下の兵士の目を通して知っている事を思い出す。

「あれって……エリシア様を連れまわしてた奴じゃないの!」

 忘れる訳もない、昨日ポーン小隊がマグメルの連中と小競り合いしている隙にエリシアを車に乗せて奪っていった、名も知らぬ乱入者だ。

 あそこであいつに邪魔されなければ今日起きたエリシアを巡る勢力同士による余計な騒動を発生させずに済んだし、本当なら今頃既にこの街を離れてエリシアと共に高飛びしていただろうと、マヤは急激に湧き上がってきた怒りで無意識に強く拳を握りしめていた。

「んー!? んんんー!」

 その時、観念したと思ってやや大人しくなっていたエリシアが、テープで塞がれた口で何かを訴えるように声を発しながら、手足を封じられた体を芋虫の如く必死にうねらせて暴れ出す。

 それが青年の存在に気付いて助けを求めているのだと分かって、余計に心の中に苛立ちが募って気持ちの悪い気分になった。

「敵よ、撃ちなさい!」

 マヤの指示を受け、兵士達が灰色の中古車に向けて機関銃を発砲する。

 青年は慌てて運転席に戻り急発進させると、湾港関係者が利用する駐車場に逃げ込んでいった。

 ふらふらしながらもちゃんと運転出来ているあたり、銃弾で仕留められてはいないようだ。

「何しにここに……まさかエリシア様を追って? くそ、マグメルならレイナの力で分かってもおかしくないけど、逆鱗にしろなんでゾロゾロと集まって……」

 非常識な力を使うマグメルからの追跡には苦労すると思ってはいた、それでもポーン小隊の純粋な戦闘力とロウの超能力を奪う超能力によってなんとか対応出来、その隙に逃げ出す事も可能だと。

 だが逆鱗と青年、どちらもエリシアを一時保護した連中が偶然目の前に現れたとは思えない、エリシアがここにいる事を知ってやってきたに違いない。

 マグメルが逆鱗と青年に手に入れた情報を流したというのか。確かに青年の方は街中でポーン小隊がマグメルと交戦になった時、彼の姿もそこにあったとロウは言っていたが、逆鱗に関してはマグメルとはカジノ襲撃等の事件で敵対関係にあった筈で、協力関係を築く接点など存在しない筈だ。

 分からない、予定していなかった事象の連続に頭が痛くなり髪を掻き毟るマヤ。ともかく混乱する前にこの場を離れよう、近くに停めてあった車両を奪おうとするが、

「……は? なによあれ」

 兵士にドアをこじ開けさせようとした時、湾港から街へと延びる公道の向こう側に見えた新たな車の影に気が付き、マヤはその車の姿を確認したところで自分でもびっくりの素っ頓狂な声を出してしまう。

 先程エリシアを追う青年が乗っていた灰色のボロい中古車を見た時の驚きとは次元が違う、なぜなら一般の車両でも輸送トラックでもなく、普通なら市街地で目撃する筈もないフォルムをした車が何台も列をなして近づいてきていたからだ。

 警察車両、といってもパトランプと白黒の塗装をしただけのもののみならず、十人以上は乗り込めるであろうマイクロバスのような中型の車両も何台か見られ、それがテロなどの重大事件の鎮圧の際に出動が許される特殊部隊の人間を乗せているものだとマヤが気づいたのは、自分達の存在に気が付いたようにその車列が速度を落としてきた時であった。

「くっ……この騒ぎの収拾で来たっていうの? でも早過ぎる……!」

 やがてその警察車両の列はマヤ達の前方数メートルまで近づいたところで停止すると、予め決められていたかのような素早い動きで中型車両からぞろぞろと銃や盾を手にした特殊部隊の隊員達が飛び出し、あっという間にマヤ達を中心として前方百八十度の方位に展開してきた。

『そこの君達、今すぐ手にした銃を地面に置いて、両手を頭の後ろに回しなさい!』

 そして車列の中のどこかから、高圧的な男の声が拡声器による音割れしたやかましく響いてきた。

「もうっ……邪魔ばっかり……!」

『拘束している少女を離しなさい!』

 堂々と銃を持ち、少女を両手両足の身動きを塞いで運んでいるのを見れば誰だって危険な連中なのだと思うだろう。警察の奴等は皆ピリピリとしたプレッシャーを放ちながら、制圧に備えて瞳孔の開いた眼を一斉に犯罪者として認識したマヤ達に浴びせかけてきた。

 人質がいる以上警察の方もそう簡単には発砲してこない、マヤは警察の忠告を無視して貨物船のコンテナ運搬が行われているエリアに逃げ込む。

「警察が配備されてるって事は、退路も塞がれてる……? まさかそんな……」

 自分にとってそんな不運の連続が起きてたまるか、ともかく別の逃げ道を探し出さねば。念願のエリシア様をやっと手中に収めた矢先に、彼女を支配する願望の邪魔をされるなんて真っ平御免だ。

 逆鱗とポーン小隊が行う銃撃戦とその罵声に物騒な空気を感じ取り、港で働く一般人たちはあたふたしながら危険から逃れようと立ち去っていき、マヤ達の進路から離れていく。

(これだけ騒ぎになったら、隠れて逃げられじゃないの……!)

 銃撃戦が起こり、警察の特殊部隊が出動したとなるとすぐにその情報は人伝いやネットで広がって野次馬に嗅ぎつけられてしまうだろう。注目を浴びてしまえばこの湾港から密かに離脱するのは難しい。

 逆鱗、マグメル、警察、協力関係にない三つの勢力が同時にこの場に現れたのは偶然な筈がない。

 エリシアを巡る多くの人物の思惑と行動によって引き起こされたに違いない、直感でそう理解したマヤは口元を僅かに緩ませて、

(さすがはエリシア様だわ、やはりあなたは他の人間達とは何もかも違う、素晴らしい魅力を持っていらっしゃる……!)

 稀有で強力なサイコキネシスを持つ少女、ただ存在するだけで誰かを魅了し騒動を起こす、そんな魔女のように他人を惑わす素質を持つ彼女こそ、自分が支配するに相応しい人間だ。

 有象無象共の支配をとっとと解除して、エリシアだけをずっと操っていたい。歪んだ愛情に満たされたマヤは、一刻も早くその夢を実現させるために逃げ足となる車を探して走る。

「え、」

 その最中、マヤの前を走っていた配下の兵士の手にしていた銃が真上に吹き飛び、複数の破片と化して地面に落ち、思わず足が止まる。

 続けざまに他の兵士の銃も連鎖するように吹き飛んでれ、マヤを護衛しろと彼女の能力によって行動を矯正されていた兵士達は無言のまま体を硬直させる

 近くに銃を持った者の姿はいない、だが今のは確実に正確な射撃による妨害であった。

(まさか、ポーン小隊……!?)

 周囲を見回してみるが、本当に彼等の仕業だとしたら狙撃地点を確認出来る訳がない。彼等は某国が誇る暗殺や破壊工作といったダーティジョブのスペシャリスト、敵対者となった戦闘の素人のマヤには彼等の位置を割り出す事など出来ないだろう。

「この……ひゃあ!?」

 あっという間に護衛が武器を失ったところで今度はマヤの足下の地面に弾丸が撃ちこまれ、慣れない悲鳴を上げながら尻餅をついてしまう。

 本当に殺す気なら今の段階で地面ではなくマヤの体が銃撃されていた筈だ、わざと外したのは未だ彼女の力の支配下にある仲間の兵士が盾にされる事を恐れてだろう。

「あなた達! 私と離れないようにしなさい!」

 ポーン小隊が欲しいのもまたエリシア、彼女に流れ弾が当たるような状況で簡単に銃撃をしてくるとも思えない、マヤはふらつきながら立ち上がってエリシアを運ぶ兵士達の傍につきながら近くのコンテナの陰へ逃げ込む。

 本来なら神聖なる存在のエリシアを弾避けには使いたくはないが、全てはここを逃げ出して彼女と二人で生きていくため。無様な自身の状況に歯がゆい思いをしながら走るマヤ。

「あれ……?」

 気が付けば、自分の前と後ろにいた筈の配下の兵士達の姿が見えない、振り返ってみると彼女の後方数メートルにポーン小隊ジー班の面々が揃って見えたが、なぜか全員きょとんとした表情を浮かべていた。

 なぜここにいるのか、今何をしていたのか、どうしてエリシアを抱えているのか、口から漏れる言葉や仕草からそんな疑問が彼等の頭の中で渦巻いているのが分かる。

「……まさかっ……!?」

 嫌な想像が頭に浮かび寒気を感じたマヤは手をかざす素振りをしながら、行動を支配している筈の兵士達の体を動かそうとする。

 だがすぐに違和感に気が付く、人を動かしている時の、見えないが確実に対象との繋がりを感じられる操り糸が無い事に。

 何かの勘違いだと何度も力を使おうとするも、本来脳内に飛び込んでくる筈の数多もの人間の視覚や聴覚といった感覚はいつまで経っても押し寄せず、マヤの体全体に気持ちの悪い冷や汗が噴き上がってくる。

「嘘っ……嘘でしょ。そんな馬鹿な事って……!」

 常に余裕を含んだ態度のマヤの表情に焦りがみるみるうちに広がっていき、一瞬で凍てついた変化する。

「人の上に立つのは疲れただろう? もう休んでおけ」

「っ!? あなたは……!」

 そんな彼女の前にコンテナの陰から出て現れたのは、つい先ほど袂を分かった、マヤと別の目的でポーン小隊と協力してエリシアを手中に収めようとしていた青年、ロウであった。

 彼は自らの右手を見せつけるようにしながら、マヤの支配下であった兵士達に何かを告げていた。

「あなた、触ったのね、奪ったのね!? 私の力を!」

「お前を止めるにはこれが一番だ。エリシアを傀儡にされるのは困る」

「返しなさい……!」

 人を思うがままに操る能力、マヤはその力で人を使役し自分の望む結果をもたらして生きてきた。嫌いと思った相手を痛めつけるために見知らぬ相手を使って襲わせたり、自分への評価を探るために友人の聴覚を伝って会話を盗聴したり、万引きを目撃した相手の口封じをさせたり、そんな幼稚で自分勝手な真似から始まった彼女の癖は、もはや習慣であり生活の一部であった。

 いくら操り人形が傷ついても貶められても自分には何の害もない、だから好きな事を好きなだけさせた挙句、自身の都合で切り捨てるという非道な行為も簡単に出来た。力を持っているが故に、他人を支配する生き方に慣れてしまっていた。

 そのため今こうして能力を奪われ、何の取り得もないただの一般人になってしまった事に彼女は、体の一部がどこかへ消えてしまったかのような喪失感を覚え、柄にもなく取り乱してしまうのも無理はなかった。

 ロウに駆け寄って力を返してもらおうとするマヤだが、それを許さないとばかりに彼の前に兵士達が進み出て、機関銃の銃口を彼女めがけて突き付けてきた。

 マヤが盾として操っていた筈の彼等がマヤに向けて反抗的な行動を取っている、それ自体がマヤの能力喪失を象徴している構図であり、彼女の苛立ちをさらに加速させた。

「くっ……!」

「どうした、自分自身では交戦する事も出来ないか?」

「うるさいわね! この……!」

 力を取り戻すにはロウの手に触れなければならない、言い換えればただそれだけの事で能力が戻ってくる筈なのに、銃を持った男達と対峙するこの状況と今の自分は能力者ではないという事実が彼女の体を竦ませ、蛮勇を振り絞る事が出来ないでいた。

「目的のために他人を利用する、それを悪いとは言わないが、力に頼り過ぎると失った時に後悔するぞ」

「よくも抜け抜けと!」

「加えてお前は俺とポーン小隊を裏切り、隊員達を私物化した。協力関係が反故にされたらどんな対処を取るか、最初に教えられたよな?」

 ロウの無感情な声と、敵意と警戒心のこめられた視線を一時も逸らそうとしない兵士達の放つ強く静かな殺意に、マヤは初めて他人への恐怖というものを感じ、ひとりでに彼等から離れるために足を走らせていた。

 この時すぐに兵士達が発砲しなかったのは、ただ逃げるだけの敵をもったいぶって殺すための手加減などではない事を彼女は数秒後に知る事になる。

 傍にあるコンテナの角を曲がり、とにかく遠くに逃げようと走り出すマヤだったが、今度は自分からではなくひとりでに体の動きが止まってしまった。

「な、何よ次は!?」

「あーはっはっは! 誰かに行動を制限される気分ってどんなんだし!」

 続けて耳に入ってきた不愉快なまでに気持ちの良い笑い声の主は、隠れる事もせず大勢の仲間を引き連れて目の前に現れた。

「ラファエラ……!」

「ワイズの能力は近い範囲内にある対象に念力で干渉して動きを制御するんだし。てめぇみたいに人間くらいの大きさになると、動きを止めるくらいが精一杯だけど、それで十分だし」

 隣にいた若い少年の肩を一度ポンと叩いてから機関銃片手に近寄ってくるのは、マグメルの武闘派超能力者である褐色肌の少女ラファエラ。同じ武闘派の仲間を何人も背後に従え、カチコミにきた不良集団のように行儀の悪い歩き方でマヤに迫る。

「あなた達、何を……!」

「てめぇを探してたらレイナから、なんかてめぇが面白い事になってるって聞いてすっ飛んできたんだし。本当なら口も利きたくないけど、生憎ムカついた気分ってのは体で発散しないと収まらない性質の奴がうちには多いから、付き合ってもらうし」

「や、やめっ……!」

 逃げ出そうとするも体が動かない、まるで見えない操り糸に繋がれて空間に固定されているように、マヤが今まで何人も巻き込んでは使い捨ててきた傀儡のように、行動の自由が奪われてしまっていた。

 まさかの行動不能状態に切羽詰まった様子で顔を引き攣らせ汗でぐっしょりと濡らすマヤの目前まで来たラファエラは、手にした銃の先をマヤの頬に突き立てる。

「ひっ!?」

「あの野郎に力を奪われたんなら、さっきてめぇがしてたブライアンに何かしてやるっていう脅しも意味が無くなるし。違うし?」

「そ、それは……」

 ラファエラの言うとおりだ、マヤの他人を支配する能力は今は効果を発揮出来ない。ならば先程彼女がラファエラ達にエリシアを奪い取ろうとするのを制止するために発した、能力によって支配下に置いたマグメルの人間を使ってマグメルのリーダーたるブライアンに危害を加えられるという脅しも効かなくなる。

 ラファエラ達が数で圧倒しているにも関わらず先程対峙した時みすみすマヤを逃がしたのはその脅迫があったからで、逆を言えばそれが解決すればラファエラ達はすぐにでもマヤを攻撃する事が出来るという意味でもある。

「安心しろし、てめぇはもうエリシアを連れていないようだから用はないし、憂さ晴らししたらアジトに連れていくし。てめぇの危険な力も使いようがあるかもしれないからって、ブライアンからの命令がなかったら今すぐぶっ殺してたところだから、感謝して欲しいし」

 ニヤリと口が裂けるくらいに歪めて笑うと、ラファエラは引き金に指をかける」

「嘘っ、嘘でしょ!? やめて! 私はこんなとこで死にたくない! やめなさい!」

 撃たれる、そんな予想が頭を過ぎり恐怖で震える声で命乞いをしようとするマヤだが、ラファエラの動きに躊躇いはなかった。

 トリガーを引く直前、銃口が僅かにマヤの顔面から逸れるように向きを変え、一発だけ弾丸が空の方めがけて放たれる。

「ひゃああああああああ!?」

 間近で薬莢の炸裂する音と発砲の眩い光に驚くあまり、喉が裂けるくらいの金切声を上げてしまうマヤ。撃たれた訳ではないものの、誰かに危害を加えられるという事に慣れていない彼女の精神力は安定を保つ事が出来なかった。

「うっ……ぐ」

 目頭に涙を浮かべる彼女自身の意識はあっさりとそこで途絶えてしまう。

 こうして強力な超能力を持つエリシアを神格化し、彼女を自分の思うがままにせんと暴走したマヤという女性による誘拐はポーン小隊を裏切ってから僅か三十分以内に頓挫する結果となった。

 他人を利用するだけ利用しておいしいところだけかっさらおうとした彼女にとって、これが初めて誰かにその仕返しを食らう機会となったのだが、これで今までの他人を操る習慣を悔い改めるかはまた別の問題だろう。

 どちらにせよ、もう彼女の望むように事態が進む事はないのだから、そんなのどうでもいいのだが。


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