追う者同士
「これ、かなりまずい」
港の入口付近の道路に停車していたマグメルのバンの中で、レイナは生温い汗を額から流しながら呟いた。
周囲の人間の考えている事を読み取る力、その有効範囲が湾港に及ぶギリギリの地点で、レイナはエリシアの身柄を確保している黒づくめの集団の動向をサーチする役目を担っていたのだが、自分達にとってとてもまずい状況が発生している事を読み取ってしまったのだ。
「どうした?」
「ラファエラ達が動けなくなったみたい。マヤの能力のせいで、ブライアンが危ない」
一緒に車内で待機していた仲間の問いに、レイナはざっくりとした説明だけしてから、これからどうするべきか考える。
(マヤは人を操れて、リュウはその力の影響を受けてる。嘘じゃなくて本気で言ってるようだから、つまりその気になれば今すぐにでもブライアンを攻撃出来るって事……?)
寄生虫みたいな嫌らしい奴め、と反吐が出そうになりながら、ひとまずブライアンに身の危険が迫っている事を教えるためにスマートフォンを取り出すレイナ。
「お、おい! 外にいるの、あいつ等じゃねえか!」
その時仲間の一人がそう叫び、レイナが窓の外に目をやると、車の前方に機関銃を手にする物騒な男達の姿が三人ほど確信出来、レイナ達の乗るバンの方へ怪しい視線を向けてきている。
「敵、これがマグメルの車だって、分かってる!」
すぐに仲間が車を発進させようとするが、それより早く相手の男達は銃をタイヤに向かって発砲しパンクさせてしまう。
「ま、まずっ……!」
命の危機を明確に感じ、車から脱出するべく急いで腰を上げたレイナは、直後に脳に流れ込んでくる情報のうちの一つが気に留まり、ヘッドホンに手を当てて詳しく読み取ろうとする。
(この車の事を知ってる、この車に私が乗っている事を知ってる? 誰……!?)
レイナという少女を知り、レイナを含むマグメルのメンバーがこのバンに搭乗している事を知った上で、こちらに迫ろうとしてきている者が近くにいる。
しかも銃を撃ってきた黒づくめの男達と違って、敵対心ではなく自分達に加勢しようという明確な意思を抱いて。
「突っ込んでくるぞ!」
仲間の声に視線を銃を持った男達の後方へ向けたレイナは、こちらに向かって猛スピードで接近してくる一台の紺色のスポーツカーの姿を捉える。
それは躊躇いなく黒づくめの男達との距離を詰め、彼等はレイナの乗るバンに意識を割いていたせいか轟音を立てるスポーツカーの突進を回避するのが遅れてしまった。
車体越しに伝わってくる、人が跳ね飛ばされた心地悪い音を聞くと同時、レイナのテレパスが感じ取っていた淡い期待が嘘ではない事が証明された。
「味方か!?」
「でも、誰だよ!」
予想の斜め上を行く出来事に狼狽する仲間を余所に、レイナはたった今武装した人間を撥ね、派手なブレーキ音を立てて地面を滑るようにバンの隣に停車したスポーツカーに乗る人物の正体を確認しようと車から飛び出す。
「ちょ……えっと、あなた!」
レイナが叫ぶとすぐに、スポーツカーの後部座席の扉が開いて、一人の少女が姿を現す。
「あら、またお会いしましたわね! えっと、レイナさん……でしたかしら」
セミロングの金髪を揺らし、軽やかかつ優雅な足取りで躍り出たその少女は、物騒な事態が発生したこの場に不釣り合いな上品な言葉を返してくる。
「あんた……なんでここにいるの……!?」
「ワタクシのお知り合いを探しにきましたの。このような危険な場所でレイナさんは何をなさっているのかしら?」
「あたしは、その、やる事があって……てか、今撥ねたのがどんな奴等か分かって……」
「大丈夫ですよぉヘッドホンちゃん、撥ねようと思って撥ねただけだからねぇ」
やつれたサラリーマンのような風貌をした運転席の男はへらへらしながらそう言って、人を撥ねた事に罪悪感を抱いている様子は欠片もない。
「よく分からないですけれど、あなた方も彼等と何らかの対立をしてらっしゃるのかしら」
「え、えぇ、まぁ……って、そっちも、なんだ。もしかして、さっきから向こうで撃ち合ってるのって、逆鱗なの?」
「ワタクシの同志達が、戦ってくれているのですわ。この方達のお仲間に連れ去られたワタクシの友人を救い出すために」
「友人って、一体どういう……あっ」
詳しく聞こうとしたところで、レイナは自らのテレパスによって気づいてしまった、マルグリテが探しにきたという友人の正体が、自分達マグメルもまたよく知る超能力者で、同じ名を冠する少女だという事に。
「しかし銃を持った危険な方々を相手にするなんて、レイナさんも中々変わった境遇の人間なのですね」
「……好奇心は得をしないって、言った筈。あんまり知らない方が良い」
「あらあら、それは肯定しているようなものでしてよ。ワタクシが逆鱗の人間である事を見抜いたあなたが、只者ではないと」
「っ、それってどういう……」
「う~ん、相手の素性を見抜くエスパーでも持っているのでしたら面白いですけれど……」
ズバリと言い当てられた気がして思わず目線を険しくするレイナ、一方マルグリテはそれに気づかないまま言葉を続ける。
「レイナさんの正体はまた次の機会に確かめさせていただきますわ、今は友人を早く助け出さなければなりませんの」
それでは、と言って急ぎの用、おそらくその友人とやらを探すためにマルグリテはスポーツカーの後部座席に戻ろうとする。
「……その人って、超能力者だったりする?」
マルグリテが探している人物の正体を知ったレイナは、不意に突っ込んだ質問を口に出し、呼び止めてしまう。
なぜそれを知っているのかという驚きで目を丸くするマルグリテは車内に片足を乗せたまま、すぐにその端正な美貌に笑顔を取り戻して、
「レイナさんは感が良いですのね。実はそうなのです、ワタクシは彼女の持つ超能力に見惚れたのです」
「だったら、物珍しさだけでその子を助けようとしてるの?」
自分はその人物を仲間として今まで接してきた、同時にその人物を単なる強力な超能力者として化け物やピエロ同然の扱いで遠巻きに見る者を嫌ってきた。このマルグリテという少女があの子と接触しようとしている理由は何か、あの子を助けようと行動を起こしてきたマグメルの一員として見極めなければ。
レイナはそんな使命感に近い意思に従うように、喋り過ぎだと仲間に止められるのを無視してさらに問う。
「その子を見世物のパンダとして好いているのなら、すぐに立ち去った方がいい。そんな半端な気持ちで接すると、その子の隠し持つ爪で引っ掻かれるから。あたしはそういう上辺だけの好意、嫌い」
「……否定はしませんわ。彼女が不可解な力を行使するのを目撃したのが、ワタクシが彼女と接触したきっかけなのですから」
マルグリテは堂々とそう答え、それが嘘偽りのない意思だと分かってレイナは余計に顔を不機嫌そうにしかめる。
しかし、マルグリテは「ですが」と付け加え、さらにこんな事も告白してきた。
「それ以前に、ワタクシが外の世界で出会った数少ない同世代の同性の方ですの。彼女は追われる身であり、純真な方でしたわ。恥ずかしながらワタクシは友人というものが少なくて……友人になってくれるかもしれない子の力になろうと思うのは、おかしいことかしら」
「……え、友人?」
「えぇ、ワタクシはしばらくの間全寮制の学園の中で育ってきました。そこでは健全な少女を装って、性格も言動も取り繕って過ごしていました。けれど実際のワタクシは、他人の不幸やオカルトな事に興味を抱く不謹慎な人間、その欲求に従っていたワタクシを彼女は毛嫌いせず、ワタクシが彼女の追手からの逃亡へ協力する事に感謝さえしてくれましたの。ワタクシは興味本位で接していると知っていたのに、ですわ」
突拍子もない言葉の数々も、相手の心情が読み取れるレイナにはマルグリテが嘘を言っておらず、彼女の言う超能力者の友人とどのような出来事があったかを断片的にだが理解出来た。
故にマルグリテがその超能力者の友人を好奇心の対象以上に、親身に関わりたい対象として友好的に想っている事にも気付いていた。
「……そう、なら、なんというか、頑張って」
そんな甘ったるい返しが来ると思っておらず、急に歯切れが悪くなってしまうレイナ。
「えぇ、レイナさんも、こんな危険なところにはいない方がよろしくてよ。ワタクシ達と違って、一般の方なんですから」
レイナ達が黒ずくめと敵対する勢力とは知らないまま、マルグリテはそんな言葉を残し、今度こそスポーツカーへ乗り込んだ。
「あーヘッドホンちゃん、そいつらまだ死んでないだろうから、早いとこ離れた方がいいよぉ。もう動けないだろうけどねぇ」
運転手の男が軽い感じで忠告を残した後、スポーツカーは野太いエンジン音を轟かせて銃声のする湾港の方へ風のように走り去っていった。
「お、おい、行かせて良かったのかレイナ。あいつら、色々勘付いてたみたいだったぞ!」
仲間の青年があたふたしながら尋ねてくるが、レイナは小さく首を横に振って、
「……大丈夫。あの人達、あたし達がマグメルだって事も、エリシアとあたし達が知り合いだって事も知ってないみたいだった」
マルグリテは国内随一のマフィアである逆鱗のボスの娘、その権限を利用してマグメルも敵対している黒ずくめの集団に攻撃を仕掛け、彼等に捕えられている一人の友人を救おうとしていた。
その友人こそ、レイナ達も黒ずくめから取り戻そうとしている超能力者の少女エリシアであり、マルグリテは彼女を一度黒ずくめに奪われ自身も危険な目に遭わされたらしい。その報復を名目に逆鱗の構成員を使ってエリシア奪還に動いている。
言葉も心も、マルグリテには嘘偽りが見当たらなかった。エリシアへの好奇心という下心さえ隠さず、より大きいエリシアへの友好的な感情に一種の嫉妬さえ覚えるくらいに。
(あたし達以外にも、エリシアを本気で想っている人って結構いるのね)
マルグリテだけではない、マグメルや黒ずくめからエリシアを逃がすために必死になっていた一人の少年もまた、マルグリテのように淀みのない単純明快な意思を秘めていた。
彼はエリシアに一目惚れしていた、テレパスで読み取らなくても態度で分かるくらいにはっきりと心を奪われていた、だから下手をすれば命の危機に晒される非日常な状況から逃げ出す事をしなかった。
そんな彼だからこそ協力を持ちかけた、辛い過去を抱える彼女を支え理解出来る人間だとレイナもラファエラ達他のマグメルの人間も思っていたからだ。
「ラファエラ達のところへ、それからブライアンに連絡を。通信じゃなくてSNSで!」
「ブライアンに? なんで」
「さっき言った、マヤの力のせいで危ないって!」
仲間に指示を出し、撥ねられた衝撃に悶える兵士らしき見てくれの男達を横目に走り出したバンの中で、レイナは顔を俯き気味にしながら、普段なら絶対に考えないであろう事を頭に思い浮かべていた。
(エリシアにとって、あたし達とああいう人達のどっちが、接しやすいんだろ)
異能が忌避される現代社会で孤立させないためにエリシアを追う自分達は、彼女にとって必要な存在なのだろうか。彼女のためにという想いは同じだが、彼女の意思を自分達は果たして尊重出来ているのだろうか。
今更考えてみてもどうしようもない疑問に頭を痛くさせながら、それでもエリシアとエリシアを助けようとする仲間達の危機を救うために、必要な情報を掻き集めるべく能力を行使させるのであった。




