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やめる責任

「……はっ!?」

 どれくらい気を失っていたのだろう、マルグリテは視界に映った車の天井を見て、タテワキのスポーツカーに乗ったままなのだと気づく。

「おっ、お目覚めですかぁ? お嬢様」

 運転席に座っていたタテワキに声をかけられ、仰向けの状態から体を起こすと、この車が今は走行しておらず見知らぬガレージに停まっている事を知る。

「外が騒がしいんでねぇ、落ち着くまでちょっと隠れさせてもらってんですよ。ここのガレージちょうど開きっぱなしになってたんで、無断でねぇ」

「そう、ですの。ええと、何がどうなったのでしょう」

「襲われて、連れ去られたんですよぉ、軍隊みたいな動きをする連中に、お嬢様が気に入っていた女の子をねぇ」

 タテワキに言われてようやく寝起きでぼーっとしていた頭が覚醒し、車内にいた筈の亜麻色の髪の少女がいない事に気が付いた。

「エリシアが、連れ去られたのですか!?」

「えぇ、信号待ちで身動きが取れない時を狙われたんですよぉ。どうやらワンさん達のとこから逃げてきた時からつけられてたみたいでしてぇ、映画の特殊部隊がよくやる煙幕撒き散らしての突撃でドア壊されて、あの子だけ引きずり出されちゃいましてねぇ」

 彼の言葉に釣られるように、マルグリテも当時の記憶を徐々にはっきりと思い出してきた。

 マルグリテは自身が気に入った超能力使いの少女エリシア、彼女を彼女の協力者とやらに会わせるためにタテワキの車を走らせていた。エリシアを追うマグメル、エリシアを厄介払いしたがる逆鱗のつまらない思惑から離れ、エリシアの意思を尊重するためにだ。

 そして親交のある構成員のベールとクロスからエリシアの協力者らしき男を発見したとの情報を受け、合流のために期待に胸を躍らせながら後部座席にエリシアと並んで座っていたのだ。

 渋滞気味の大通りの交差点で一旦車が止まった時、ベールとクロスが協力者に乗せてもらっているという灰色のコンパクトカーに似た車が見え、マルグリテは体を乗り出すようにして視線をフロントガラスの向こうへ向けた、その時であった。

 タテワキのスポーツカーの左側の窓が急激に真っ白な煙で染め上げられ、続けてドスンと車体を何かで殴りつける乱暴な音が数回響いたのは。

 音がしたのは後部座席の左側、そこはちょうどエリシアが座っている席に面している部分で、まずいと思った瞬間ドアが強引に壊されたのだった。

「そんな……それでエリシアはどこ、痛っ……!?」

 前のめりになって尋ねようとしたところで、マルグリテは自らの左頬にじんじんとした鈍痛が走るのを感じる。

 バックミラーで確認すると東洋と西洋の血が混じった美しい彼女の顔の左側だけが少し赤く染まり、僅かにだが膨らんでいるようにも見えた。

「大丈夫ですかぁ? 殴られたんですよぉ、お嬢様」

「殴られた? 私がですか? ……っ」

 そういえば、エリシアが襲ってきた連中に車から引きずり出されようとした時、それを止めようとして逆に一発拳で殴られたっけ、とマルグリテは左頬を擦りながら思い返す。

(だから気を失っていたのですね、ワタクシは)

 もう一度左側のドアに目をやると、端の部分が無理矢理何かでこじ開けられたようにへしゃげていて、既にロックなど不可能な状態になってドアとしての機能を失っている事に気付く。

 口調はいつも通りだが、なんとなくタテワキの後ろ姿から気落ちしている雰囲気が感じられる。彼が毎日メンテナンスを欠かさない程車好きであるのを知っているだけに内心どれだけショックを受けているのか考えるまでもなく、変に慰めないようにしようとマルグリテは嘆息する。

「面目ないです。あっという間の襲撃で、お嬢様への危害を防げずあの少女もまんまと奪われてしまってぇ……」

「……いいえ、タテワキが無事で良かったです……エリシアを連れて行った者達の行方については?」

「騒ぎが広がってサツに目をつけられるのだけは避けようと逃げるのに必死でしたのでねぇ……申し訳ないです」

 マルグリテやタテワキが問題を起こしたと警察に知られれば、あの手この手で何らかの罪状をでっちあげ、それをきっかけに社会の暗部であるマフィアの内部に介入しようとしてくるだろう。

 義理と結束で作り上げられた組織ほど、取るに足らない綻びから崩壊の道を辿るものだ。仲間に迷惑をかける事は自分への組織内での信用を失う事に直結する、警察につけ入る隙を与えるのはまさに愚行であり、それだけは避けねばならなかった。

 マルグリテもそれは理解している、今まで好き勝手に学園を脱出してもタテワキを利用して街を走り回っても、常に彼女の行動には逆鱗の後ろ盾が存在した。何かが起きても逆鱗の力で無かった事に出来る範囲内で、マルグリテは好き勝手に振る舞っていたからだ。別にカツアゲやスリといった悪さをしていた訳ではなく、単純に興味を引いた事柄に片っ端から足を突っ込んでいった訳なのだが。

 逆を言えば、度を過ぎればいくらボスの娘といえども庇いきれない事態を招くかもしれない、今はそれが現実のものになりかけている時だという事も彼女は気づいていた。

「……騒ぎになってますの?」

「そりゃもう、白昼堂々街中で車が襲撃されたんですからぁ。強盗やらテロやらでニュースもネットも盛り上がってますよぉ? アクション映画の撮影だってごまかせればいいんですけどねぇ」

「逆鱗が関与している事は?」

「まぁすぐに物騒なもんに繋げたがる奴のガセネタは無視するとして、一応自分の車が『自分』の持ってる車だって知ってる連中は少なくないと思いますからねぇ。んで自分がお嬢様についてるってのを知ってる奴ならこう考えるでしょう。お嬢様のお目付け役をしている奴の車が襲撃されたイコール逆鱗のお嬢様が乗る車が襲撃されたとねぇ。そういう情報は裏社会だとナゼカすぐに広がっちゃうんですよぉ」

「……っ」

 アウロンという街の暗部に暗躍する組織は逆鱗だけではない、国内外の大小様々なマフィアがこの街に支部や拠点を設け、いつ余所の組織がヘマをしでかし自分達の勢力を広げられるか、常に機会を伺っている。相手の名声を落とし、弱みを掴んで足並みを乱れさせ、いずれ無力化させるためのきっかけをどのような形で欲している。

 逆鱗は縄張りの支配の徹底や資金源の管理、仲間内での情報の機密性など多くの点に置いて他のマフィアより特にガードが高い事で有名であり、それだけに逆鱗の粗を見つければ多くの裏社会の人間が飛びついてくるのだ。

 そんな組織のボスの娘であるマルグリテは組織内で通常の構成員より数段も高い地位と知名度を持つ、ならばこそ常に自身の言動に注意しておかなければならない立場なのだ、本来ならば。

「はぁ、ワタクシの立場ならばなんとか許してもらえる、そんなギリギリのところでふざけているつもりでしたのに」

「はっはっは、許して貰えると分かりきった上で今まで学園から脱走したり事件事故の現場に関わったりしてたって認めましたねぇ」

「タテワキに甘えていたのも理解していましたわ。それでも、今回はやりすぎてしまったと言って過言ではないようですわね」

「かもしれませんねぇ。で、どうしますかぁ? お嬢様」

 自分が突っ走ったせいで物騒な事件に巻き込まれてしまった、仲間を巻き込んでしまった、その後悔がひしひしと感じられてきて、嫌な汗が額に浮かび上がってくるマルグリテ。

 今まで行動に伴う責任など考えた事もなく、考えようともしなかった。

 いや、考えてしまうとそれだけで行動する事に怯えてしまうような気がして、あえて考えないようにしていたのだ。

(……サイキック少女を目の前にして、やり過ぎてしまったのかもしれませんわ)

 一般の人間からすれば今更かよと突っ込みたくなるように憂うマルグリテ。

 調子に乗るな、そんな訓示を身を持って体験出来た良い機会になったと思う他ない、マルグリテはそう自分に言い聞かせようとする。

「今回の冒険はこれで終わりですかねぇ、お嬢様」

「え……?」

「無理矢理に助けておいて、また誘拐された子を放っておくだなんて、お嬢様はスッキリしないでしょお?」

 おふざけはここまでにしようとしたのを、まさかタテワキに先んじて咎められるなどとは思わなかった。マルグリテは驚いてバックミラー越しに彼を見やる。

「ですけど……」

「お嬢様がそれでいいのなら構いませんがねぇ。さっきまで楽しそうだったのに、ここでやめちゃうのは中途半端じゃないかなとねぇ」

「ワタクシにまだ、悪ふざけを続けろと?」

「おや、悪ふざけと自覚していたんですかぁ?」

 さらりと辛辣な返しをされて、マルグリテはぐっと口を紡ぐ。

「……気づいてしまったのですわ。ワタクシが動く事で伴う責任に」

「そうですかぁ。ですけどお嬢様、行動する責任と同じくらい、行動をやめる責任ってのも重いものなんですよぉ?」

 バックミラーを介して向けられたタテワキの表情は、いつもの飄々としたワイルドな空気に混じって何かを訴えかけようとする真剣な意思が混じっているように見えた。

「お嬢様と知り合う前、自分は元々銃とかヤクとかそういうヤバイ感じのを運ぶ仕事をしてたんですがねぇ、ある時魔が刺して、運んでたブツの正体を見てしまったんですよぉ」

「……ブツ、とは?」

「嫌なものですよぉ。この国は世界的に見ても人口爆発が著しい故に恵まれない子供も多く存在しましてねぇ。聞いた事くらいはある筈です、貧困層の親が養いきれない子供を人身売買組織に、って。その時自分を雇った相手はそういう連中だったみたいなんですよぉ」

 それ以上問い質さなくても分かる、タテワキが運んでいたブツとは人身売買組織にとっての商品、一言でいうと『人間』だ。

「覚悟はしてたつもりなんですが、いざ実物を見ちゃうとねぇ。手足と目をテープで縛られ麻袋に入れられた女の子を売り飛ばす手伝いをしてるって現実に耐えられなくて、仕事を放棄してどっかの孤児院にでも匿わせようと思ったんですよぉ」

「しかし、そんな簡単にはいかないのではなくて?」

「当然。雇い主は取引相手から商品が来ないからってクレームが来て大激怒したんでしょうねぇ。取引の情報がサツにでも知られたら一大事、仕事を投げた次の日には自分を消しにきましたよぉ。あの手の速さには驚いて呆れるくらいでしたねぇ」

 今まで知らなかったタテワキの過去が予想以上に物騒なもので、相槌も打たず息を呑むマルグリテ。

「約一日カーチェイスした末に車がスクラップになって、銃で撃たれたりナイフで斬りかかられたりしながら必死に走って逃げ続けました。けど利き足の脛を切られましてねぇ、全然動けなくなって最終的には追い詰められたです。で、さすがに逃げるのを諦めた時に助けてもらったのがその時たまたま通りかかったボスだったんですよぉ」

「え、お父様が……?」

 父とタテワキに親交があるのは知っていたが、まさかそんな出会いをしてたのかとマルグリテはまた驚かされる。

「どうやら自分がやらかした場所が逆鱗の縄張りの中だったらしくて、無用な騒ぎを起こした原因として身柄を拘束されて逆鱗の拠点に連れていかれたんですよぉ。で、自分をどう処分するかって幹部の皆さんが色々話し合っている中でボスが自分に近づいてこう言ってきたんです。『お前は良い奴だな』って」

「は、どういう事ですの?」

「追手の人身売買組織の連中から逃げている途中、自分は商品にされていた少女も連れていましてねぇ、ボスはそこを気に入ってくれたみたいなんですよぉ。ほら、ボスって女好きでしょう?」

 逆鱗のボスであるマルグリテの父は、とにかく女性に優しく甘い典型的な女好きで有名だ。イタリア人であるマルグリテの母に一目惚れするまではかなりの遊び人として名を馳せたらしく、幹部時代には先代のボスによく咎められていたくらいだという。

 女性は守るものだと公言しており、他のマフィアの中で売春やら人身売買やら女性を食い物にする商売をする組織に対しては明確な嫌悪感を示し、構成員にも決して手を出さないよう徹底している。そんな考え方が少女を守りながら追手から逃げたタテワキを評価する事に繋がったのだろう。

「けど同時に、社会的に公言出来ないような仕事をしていくつもりなら、どんな悪事でも途中で投げ出すなとも言われましてねぇ。表でも裏でも社会での行動には多くの人間が関わってくる、嫌気が刺して中途半端に投げ出せばその分のシワ寄せが自分にも相手にも降りかかって余計に面倒な事態を招くと。例えやってる事が世間から見て悪事でも、覚悟を決めたなら投げ出すなと言われまして、いやはやキッチリ説教受けちゃいましたよぉ」

「そう、でしたの。あのお父様が……」

「ですからお嬢様、もしあのエスパー少女を彼女の協力者と再会させる事に伴う不安と責任を恐れているのなら、それ以前に期待させておいて見捨てられる彼女の心情を察してあげた方がいいと思いますよぉ」

 そうだ、元々マルグリテが突発的にエリシアを保護して、彼女の協力者に会わせてあげようというお節介でワン達から逃げるように行動していたのだ。

 攻めてくるかもしれないと分かっていたにも関わらず、彼女を狙う連中に襲われ彼女の身柄を奪われ、おまけにタテワキの愛車も傷つけられて、ここまでやらかしておいて自分の我儘による行為を中断するなど、本当にただただ他人に迷惑をかけただけでしかなくなる。

 それじゃ誰もが損しかしていない、そんな現実的な理性で投げ出した結果のつまらない展開は、非日常でオカルティックな出来事を好むマルグリテには一番嫌いな結末ではないか。

(エリシアに聞くだけ聞いておいて、ここでサヨナラだなんて、礼儀知らずにも程がありますわね) 

 ワンの思い通りにさせてたまるかと拠点である中華料理屋から逃げ出した時、エリシアはマルグリテにありがとうと一言呟いた。

 だがマルグリテはまだ彼女に感謝されるような事は何も出来ていない、現にエリシアは今何者かによって誘拐されている。その状況を避けるために保護していたというのに。

「……タテワキ、しばらくこの車の修理はお預けでもよろしくて?」

「うーん、正直一刻も早くメンテしてあげたいんですがねぇ。まぁお嬢様がこれからしようとしている事を考えると、いちいち直してもまた傷つくだけだと思いますし、仕方ありませんねぇ」

「申し訳ありませんわ、代わりに普段絶対に見られないワタクシの姿を後で見せてさしあげますので」

 そう口にしたマルグリテの顔には不敵な笑みが浮かんでおり、興味を持った事件現場やいわくつきのオカルトスポットに臨む際の普段の彼女らしい表情になっていた。

「っ、あ! いたぞ! 早く来いクロス!」

「待てっつーの! おーいタテワキさーん!」

 そこへやかましい男二人の叫び声が飛び込んできて、マルグリテとタテワキは窓の外に目を向ける。

 バタバタと路上を駆けて近づいてきたのは、逆鱗に数多存在する構成員の中でも特に下っ端に属する、ベールとクロスという二人組の男達であった。

「おーお前等、やっと来たか。現在地メールで教えてやったのに、どれだけ時間がかかってんだよぉ」

「っ、アウロン全体の地図にマーカーで点を描かれただけの写真を送られても分かんないですから~」

「少しはネット活用しねーとやべーですよ? タテワキさんデジタルに弱いですし」

「分からないならメール返せよ、どうせ迷子になってたんだろぉ?」

 一応組織内での地位はタテワキの方が上だが、付き合いの長さから上下関係の感じられない砕けた雰囲気で話す三人。

 やがてベールとクロスは後部座席に座るマルグリテの存在にやっと気づき、慌てて背筋をピンとさせて、

「っ、マルグリテ様! お怪我はありませんか!」

「タテワキさんから襲撃を受けたと聞いて、急いで駆けつけてきました! 遅れてすいません!」

「いえ、構いませんわ。ところで、あなた方に探すように頼んでいた、ワタクシ達が保護していた少女の協力者らしき方はどちらに? 行動を共にしていたと聞きましたが」

 エリシアについて知っている旨の発言をしたという、駅の駐車場にてベールとクロスが見つけた青年。エリシアの協力者で、マルグリテが彼女のために探し求めていた人物を彼等が連れてきてくれたのかと一瞬期待したが、それはすぐに裏切られる。

「っ、申し訳ないんですが……そいつ、マルグリテ様を襲ったと思われる奴等を車で追いかけだしましてね~、けど返り討ちに遭ってクラッシュして離ればなれになっちゃいまして~」

「なーにが離ればなれだ、走って逃げ出したんだろーが」

「っ、そりゃお互い様だろ~が。情けね~逃げ方しやがって」

「だってしょうがねーだろ、あいつら銃持ってたんだぞ銃! しかも連射出来る奴! まぁお前の方が逃げ出すのは早かったがなー」

「っ、捏造してんじゃね~ぞ。俺はお前が逃げ出すのを見てから後を追ったんだぞ」

「はぁ!? おめーの方が俺より前走ってただろーが!」

「うるさいぞぉお前等、俺の車の前で唾を飛ばすなぶん殴るぞ」

 愛車を傷つけた者にだけは阿修羅の如き怒りをぶつけると噂のタテワキに注意され、ベールとクロスはすぐさま頭を下げ言い合いを止める。

「……そうですか、残念です。エリシアを連れ去った者達を追いかけて、お二人も危険な目に遭ったのですね。申し訳ありません」

「っ、なんでマルグリテ様が謝るんです。悪いのは襲ってきた連中ですよ」

「そーですよ、次あったら逆鱗に喧嘩売った代償を払わせてやりますよ!」

 ベールとクロスが強気な発言をする理由は大抵の場合特に存在せず、荒事が好きなだけで勝手にテンションが上がっているだけの事が多い。だが自分の我儘で仲間を危険な目に遭わせてしまった責任を感じているマルグリテには、その気楽さを見て少しだけ気持ちが楽になった。

「ありがとうございます、お二人の心意気はとても心強いですわ。やはり、ワタクシはこれ以上あなた方に迷惑をかける訳にはいきませんですわね」

「っ、何を言ってるんですマルグリテ様」

「遠慮せずなんでも仰ってくださいよ! 抗争ならどんとこいですから!」

 おそらくその時のベールとクロスは、マルグリテがエリシアを取り返すために行動に出ようと考えていると思っていたのだろう。

 実際それは間違ってはいなかった、マルグリテは連れ去られたエリシアを助け、彼女の協力者と再会させるという目的を諦めてなどおらず、なんとしても達成するという覚悟を抱いていた。

 ただそのために一つ、やっておかなければならない事があった。

 逆鱗の頭領の愛娘として、数多の配下の人間達の行動に影響を及ぼす立場の人間として、自分が取った行動のケジメが。

「謝りにいくんだよぉ、お嬢様は」

 マルグリテがこれからどうしようか分かっているタテワキがそう言うと、ベールとクロスは顔を見合わせてから、

「っ、謝る? 謝らせに行くじゃなくてですか?」

「そーですよ。マルグリテ様を襲った奴等をシメに行くんじゃないですか?」

「そりゃあ行くさぁ。無礼な連中をブッ飛ばして、連れ去られた少女を助ける。そのために謝りに行くんだよぉ。ワンさんになぁ」

 え、とベールとクロスが声を揃えて怪訝な表情を浮かべた。

 アウロンにおける逆鱗の活動全体を統括する組織の幹部の男の名がなぜマルグリテの謝る相手として出てくるのか、彼等が抱いた疑問に答えたのは他ならぬマルグリテであった。

「ワタクシは謝らねばならないのです。興味本位でエリシアを助け、逆鱗にとって面倒な事態を招いてしまった事、会合のために利用したお店の壁を壊してしまった事、あなた方二人に会合に出なくても良いと嘘をついてエリシアの大切な人の捜索に向かわせてしまった事を」

「っ、ん、今なんて言いました? マルグリテ様」

「嘘って、何の事なんです?」

「メールでお二人に送った文面に、エリシアの協力者を探せというのはワンさんからの命令だと書いてあったと思いますけれど、あれは嘘ですの」

 瞬間、ベールとクロスの顔がみるみるうちに覇気を失い青ざめていく。

 二人は元々マルグリテが学園を脱走した事を注意するために、ワンからの呼集命令を受けて街に繰り出した。本来なら仕事に厳格で怠慢を許さないワンの呼び出しを無視する気など起きる訳がないのだが、集合場所である中華料理屋に着く前にマルグリテ自身から非常事態というタイトルと共に次のような文で始まるメールを受け取ったのだ。

『急で申し訳ないのですが、あなた達にワンさんからの緊急のお願いをお伝えします。とある人物を見つけて、ワタクシ達のところまで連れてきていただきたいのです』

 その後にエリシアという少女を保護し、彼女の協力者がアウロン中央駅の駐車場に少し前までいたという事を伝える言葉が続き、マルグリテがエリシアから聞き出した協力者の風貌の特徴が示されていた。

 ベールとクロスは常にどっしりと構えてどんなハプニングが起きても冷静に対処するワンが、自身が呼集命令を発した後で緊急だと言う程の重要な任務を与えられたのだと思い、これは只事ではないと急いでメールに従って『エリシアという少女の協力者』とやらの捜索に向かったのだ。

 だがその命令はワンによるものではないと知った今、彼等は何を思うだろうか。

 命令無視といった規律を乱す行為を極度に嫌うあのワンが、集合しろという命令に従わなかった自分達にどういう印象を抱いているのだろうかと想像をしているに違いない。

 もしかしたら自分達はとんでもない規律違反をしてしまったのではないだろうか、そもそもなぜワンからの緊急命令がマルグリテからメールを通じて伝わってくるのだと疑問に思わなかったのか、そんな感情が脳裏に渦巻いているであろうベールとクロスはしきりに顔を見合わせたり何かを喋ろうと口をぱくぱくさせるも声が出ないままあたふたとする。

「ワタクシにはまだやりたい事があります。それを成し遂げるにはワタクシ一人よりもっと大きな力が必要です。そのためにワタクシは大仕事をしますが、お二人はどうされますか? ワタクシ達を襲撃した方々の追跡をお望みのようですので、わざわざワタクシについてくる必要はありませんが」

 マルグリテは当たり前のように問うたが、ベールとクロスは心の中でこう考えていただろう。

 マルグリテ様の仕業とはいえ、ワンさんの命令を無視しておいて、謝りもせずに平然としていられる程自分達は立場も肝も強い人間ではないと。

 結局、ベールとクロスもマルグリテと共にタテワキの車に乗ってワンの元へと向かう事となった。

 巻き込んだ身と巻き込まれた身という二つの立場の四人が、各々の目的のために同じ組織の幹部である一人の男に頭を下げるために。


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