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尽きない謎

 駅前で発生した小規模なパニックは、発火能力の持ち主である青年の確保によってとりあえずの落ち着きを見せた。

 未だにざわざわと野次馬達の声がその場から無くなる事はないが、仕事や用事を投げ出してまでずっと留まっているような暇人はこの街にはあまりいない、もうじき数も減ってくるだろう。

 現場となった交差点は警察による交通整理が行われ、普段と変わらない車の流れが戻ってきていた。

「あ、戻ってきましたね」

 道路脇に駐車した車の中から窓の外越しに眺めていたゴンは、正面の運転席に座る警察関係者の男の声を聞いてふと我に返る。

「遅れてすみません、引き継ぎに時間がかかっちゃいまして……」

「ご苦労様です。ナターシャちゃんもこれで、余所に面倒な現場を押し付ける手順が分かったんじゃない?」

「……横取りされるみたいなのでもうしたくないですけど」

「ダメだよそんな事じゃ、縦社会で生きていくためにはお世辞と妥協が必要だって言ってるじゃん」

 分かりました、と力なく運転席の男に返事をしたのは、ゴンの隣の席に乗り込んできた、羽織った黒いコートと綺麗に伸びた黒のポニーテールが凛々しい二十代前半くらいの若い女性で、会話からして彼女も運転席の男と同じく警察の関係者なのだろう。

「お待たせしました、では車内で申し訳ありませんが、聴取をさせていただきますね」

「は、はぁ……」

 数十分前、褐色の少女を初めとするマグメルの連中からエリシアを逃がそうと奔走していたゴンは、逃走の末に駅の駐車場に追いつめられる形となっていた。

 街中で平気で銃やナイフを持ち出す相手に命の危機を覚悟していたゴンだったが、そんな時乱入者が現れた。

 紺色の高級車がマグメルの人間を跳ね飛ばさん勢いで突っ込んできて、その最中にエリシアは乱入者によって車に乗せられ、あっという間にどこかへ連れ去られてしまったのだ。

 まさかの展開にゴンも褐色の少女や仲間の男達も混乱している内に、続けて別の乱入者がその場に登場した。

 それが今、ゴンが同乗する車にいる警察関係者の男女二人であった。

「とりあえず車出すよ、特事科はもうここでする事はないからね」

 運転手の男はそう言うと車を発進させ、現場検証を行っている他の警察や鑑識の人間を横目に駅前から離れさせていく。

「えぇと、ゴンさんでよろしかったですか?」

「あぁ、はい」

「私はナターシャ、アウロン市警刑事課・特異事件対策科の人間です。前にいるのは同じく特事科のジャンです、以後よろしくお願いします」

 警察である事を示すエンブレム入りの手帳を見せて、ナターシャと名乗った女性はそう身分を明かした。

「年齢や住所は確認させてもらった免許書通りと考えてよろしいですか?」

「はい」

「では職業は?」

「……昨日クビになりまして」

 自分と年のあまり変わらない国家公務員である警察の女性に、失業者の身である事を伝えるのが恥ずかしくなるゴン。

「あぁ……そうでしたか。それは失礼いたしました」

 ナターシャは僅かに申し訳なさそうな顔をするが、すぐさま話を本題の方へ切り替えていく。

「では早速、先程の駅の駐車場に私達が駆けつけた際、あなたと敵対行動を取っていた者達の正体と、なぜ彼等と敵対していたのか教えていただけますでしょうか」

 ポンポンと迷いなく質問を投げかける彼女の喋りは、まさに仕事を淡々とこなす公務員のイメージにピッタリだなとゴンは思った。

「えーっと、あいつ等はマグメルっていう、宗教団体の連中らしくて、俺はそいつ等から追われてる……」

 そこまで答えて、ゴンはハッとして言葉を止めた。

(ちょっと待てよ? あいつの事警察に話していいのか?)

 エリシアの素性についてゴンは殆ど知らない、だからエリシアがマグメルからあそこまで執拗に追いかけられる理由も分からない。

 マグメルが胡散臭い危険な連中なのはおそらく間違いないだろうが、そのマグメルから逃げようとしているエリシアも元はマグメルの人間だと口にしていた、だとすれば清廉潔白な被害者であるかどうかも疑わしくなってくる。

「どうかされましたか?」

 途中で言葉を詰まらせたゴンを不審に思ってか、ナターシャが眉を潜めながら尋ねてくる。

「い、いや……なんか、急に襲われたんですよ! 駅前で、外国人っぽい女の子と不良っぽい男共に!」

 直感でエリシアを警察に話すのはよくないと判断したゴンは、一応嘘ではないもののエリシアの名は伏せて説明する。

「……そうですか。失礼ですが、その際あなたは一人でしたか?」

「え、あ、はい? っと、それはどういう……」

「私は駅前での騒ぎの際、現場にいました。発火現象騒ぎ鎮圧のために行動していたんですが……駅前から走り去っていく複数の人物の姿を目撃しました。私とジャンさんが駐車場に駆けつけたのはその者達を不審に思い、追いかけたからです」

「……?」

「こちらも発火騒ぎの犯人を捕らえるのに必死だったので、はっきりとは確認していませんでしたが、逃げていく人数は二人だったように思います。男女一人ずつの」

 不意打ちで胸元を殴られたような、嫌な寒気が体を駆け巡った気がした。

 この女は、自分がエリシアと行動を共にしていたのを知っている。彼女の話を持ち出さないよう誤魔化して、逆に立場を悪くしてしまったかと後悔するゴン。

「あ、あぁ~っと……はぁ、はい、いました。もう一人一緒に逃げていた……女の子が」

 別に自分は犯罪を犯した訳ではないのだが、警察相手に嘘をつき貫く強い心臓を持ち合わせてもいないゴンはすぐに真実をナターシャに吐いてしまう。

「……その少女はあなたとはどのような関係でしたか?」

「どのようって……ん~……」

「ガールフレンドかい?」

「そーだったら良かっ……って、はっ!? ちち、違いますよ!」

 横合いから車を運転しているジャンがそんな言葉をかけてきて、ゴンは慌てて否定するもあからさまに狼狽してしまう。

 エリシアに一目惚れしていたせいでガールフレンドという言葉に過敏に反応し、それがナターシャには余計に怪しく感じたらしく、

「マグメルから追われていたのは、一体なぜですか? 存在を伏せようとした少女が何か関係しているのではないですか?」

 語気を強めて質問してくる彼女の瞳は相手の意識を釘づけにさせるような力強い光が灯っていて、目を離すとまずいという本能的な恐怖が湧き上がってくる。

 ナターシャに嘘は通用しない、ゴンはなるべく自分が被害者側の立場であり、マグメルが悪いんだというようなニュアンスで受け答えしようと心掛けるのであった。

「彼女は……あ、俺と一緒にいた子はマグメルから追われていたらしいんですよ。それで遠くに逃げたいって言ってて、俺はそれを手伝おうと駅まで送ってて……」

「あなたとその少女は顔見知りではないのですか?」

「いや、知ってましたよ? 会ったのは昨日ですけど」

 自分でも不審がられる話し方をしているのが分かって、焦りから嫌に冷たい汗がジワリと額に浮き上がる。

「……」

「あ、なんていうか、保護欲に駆られたって感じですよ。あの子、ボロいワンピース姿で何人もの男達に追われててあまりに可哀想に思えたんで……」

「……では、なぜ彼女がマグメルという組織の人間に追われていたのかは知っていますか?」

「あぁー……いえ、前は彼女もマグメルの人間だったってのは聞いたんですけど、それ以外は……」

 ちぐはぐなゴンの回答に、ナターシャはフンと一度鼻を鳴らして内容を記した警察手帳を眺める。

「あなたは正体の知れない勢力に追われている正体の知れない人間の手助けをしていたというのですか、中々神経が図太いお方なのですね」

 あからさまにゴンを疑っているのが喋り方や表情からもはっきり分かる。

 だがゴンは別に嘘はついていない、これ以上それっぽい理由を作って固めても、返って墓穴を掘るだけだろう。

「し、仕方がないじゃないですか! 女の子が訳の分からない奴等に追われてたら、何かヤバイ事に巻き込まれそうになってると思うじゃないですか……」

「だとしても、素性を知らない人間に協力するなど」

「あははは、もしそれが本当だとしたら、君はその子に惚れてるんじゃないかな」

 そこへジャンがまたもさりげなく言葉を挟み、しかも気付かれないように隠していた本心をズバリ言い当てられ、ゴンはもう一度取り乱す。

「いやいやいや何を言ってるんですか、そっ、んな訳が……!」

「ジャンさん、水を刺さないでください!」

「彼は何かを隠しているようには思えないけどね、単純な思考の若者の軽率な行動じゃないかな。若い時はそういう理由の説明できない行動に出るものだよ」

 一応ゴンが嘘をついていない事をフォローしてくれているらしい、勢いだけでエリシアを助けてしまったのを軽率だと一蹴されてしまったが。

「……本当に、マグメルの人間については何も知らないんですか?」

「は、はい。本当です!」

 ナターシャは半信半疑であろうが、とりあえず嘘の証言はしていない、そう自分に言い聞かせてゴンは気持ちを落ち着かせる。

「では、その少女は私達が駐車場に駆けつけた時になぜ姿が見当たらなかったのです? 追手の人間は立ち去る最中でしたが、まさか誘拐されたのではないですよね?」

「っ……それがその……その通りなんです」

「はっ、なんですって!? イタッ……!」

 ナターシャは車の中にも関わらず立ち上がってそう叫び、ガンッと後頭部をぶつけてしまった。

「ってて……あなた、なんでそれを早く言わないんですか! そんな大変な事案を……!」

「すっ、すいません! 色々動揺してて……」

「全く……連れ去った人間については何かを知っているんですか?」

「いや、それが全然分からないんです。急に車が突っ込んできたと思ったらあいつを乗せて……あ、でも連れ去ったというより、乗るように促していたように思います」

「促す? その少女は自ら車に乗り込んだと?」

「はい、多分」

「逃走の手助けをしていたあなたを放って、という事ですか?」

 はっきりと言われると、猛烈に虚しさが込み上げてきた気がした。

「そうみたいですね……まぁ、俺じゃどうやってもあいつをマグメルの奴等から逃がす事は出来なかったと思いますし……」

「つまり彼女は逃げ延びるために乱入者の車に乗り、あなたを切り捨てたと、そういう事ですか?」

 ゴンがあまり考えたくなかった事実をズバズバとナターシャは口にし、鋭利なトゲで何度も胸を穿たれるような苦しさと悲しさを感じてしまう。

「ナターシャちゃんやめておきなよ、好きな子に逃げられて彼はショックを受けてるんだから」

「……? そうなんですか? いやでも重要な点じゃないですか。第三勢力の介入という事ですよね?」

「あ、はい……」

「二つの勢力から狙われる少女、しかもマグメルと関係のある少女……ん」

 ナターシャは再度手帳を眺めると、口元に手を当てて小さく唸ってから、じろりと視線をゴンへ戻してこう尋ねた。

「その子って、エリシアって名前じゃありませんでしたか?」

「っ……!」

 今度こそ、ゴンはあまりの驚愕に背筋の凍る思いをした。

「なっ……んで知ってるんですか!?」

「なんでって、という事は本当にエリシアなんですか!?」

 互いが互いに大声で質問し合い、その必死な反応だけで両者共嘘をついていない事が分かった。

「いやーこれは驚いたね、まさかここでゼロ号の名前が出てくるとはね」

 ジャンは相変わらず軽い調子でそう言ったが、彼の声は若干だが真剣さが増していたような気がした。

「え、なんですか? エリシアについてどこまで知ってるんですか?」

「ん~……ナターシャちゃん、どうしようか」

「どうしようかって、私が決めるんですか!?」

「他の事件の情報の特事科以外の人間への公開は、公開する事で得られる捜査への利益と機密性の徹底を十分に精査し、必要と判断された場合のみ許される。クローネさんがいつも言ってる教えに従って判断してごらん」

「前から言ってますけど、それってつまり自分で考えて自分の責任で決めろって事ですよね。普通に無責任だと思うんですけど」

「社会人ってのは理不尽な責任を押し付けられるものさ、それに対処してこそ一人前に近づくんだよ」

「はぁ、喋りが上手ですねジャンさんは」

「刑事に必要なスキルだよ」

 ゴンを差し置いて職場の先輩らしきジャンと呑気に言葉を交わした後、ナターシャはまた一人で何かを思案するように目を閉じる。

「……」

「……あの」

「……んぁ~もう、分かりました! 独断させていただきます!」

 それからジャンに向かってやや怒り気味にそう告げてから、ゴンの方へと向き直ってきた。

「ゴンさん、あなたが出会った少女は、実は我々も行方を捜していた人物なんです」

「えっ、そうなんですか?」

 なんと、エリシアは警察にまで後を追われていたというのか。

 只者ではないのは薄々分かってはいたが、彼女の底知れなさに改めて驚かされるゴン。

「捜していたってのは、マグメルから守るためとか、そういう理由ですか?」

 エリシアがなぜ追われているのか、彼女の正体を知る上でそれは最も重要な事項であろうとゴンは考えていたため、自然とそんな質問が口をつく。

 なぜ追っているのか、という直球ではなくエリシアを保護する目的かどうかを尋ねるようなニュアンスになったのは、彼女があくまで訳の分からない危険な連中に追われる悲劇のヒロインであって欲しいゴンの願望が無意識に影響していたからだろう。

「いいえ」

 それに対しナターシャは迷いなく否定し、ゴンの淡い願望をあっさりと打ち砕いてしまう。

「私達が彼女を追っているのは、彼女がとある事件の渦中にいる可能性が極めて高いからです」

 そして付け加えられた彼女の言葉は、見え隠れしていたエリシアの抱える複雑な事情を明確に示すものであった。

「事件の渦中って、それこそ事件の被害者って事じゃ」

「違います」

 再度きっぱりと否定をしたナターシャは、エリシアを追手から守ってきたゴンに極めて落ち着いた声でもう一つ、事実を告げる。

「彼女は、アウロンで多発するテロ事件の主犯格の可能性があると見られているんです」

「……は、なんだって?」

 言葉の意味が分からなかったのではなく、なぜここでその言葉が出てきたのか、唐突過ぎて理解出来なかった。

 あの気弱で小動物のような少女のエリシアが、テロだの主犯だの、テレビの中でしか聞く事のないような物騒な存在であるかもしれないという事自体が、センスのない冗談にしか聞こえなかったのだ。


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