令嬢の勝手
逆鱗のような大規模なマフィアの多くは、資金を稼いだり隠れ家を作る目的で複数の会社や建物を表向き合法に確保しているものである。
アウロンの活気に満ちた中心地から少し離れた、観光客などを寄せ付けず昔から馴染みの者だけを相手にする質素で閑散とした排他的な商業地区の中に建つ一軒の中華料理屋もまたその一つであり、この地域での逆鱗の安定した資金源且つ定期的に構成員達を集めて会合を開く事の出来る安全地帯でもあった。
今日は本来なら営業日であったが、親元である逆鱗のアウロン地区を任せられた幹部が緊急の呼集を開くと宣言した事で営業は問答無用で停止する事態になってしまった。店主は残念がったが、元々逆鱗の構成員の一人でもあるためこれくらいのハプニングには慣れていて、特に反発をする事もなく営業停止を受け入れた。
客の代わりに今日は強面の厳つい男達がフロアに整列し、一つの円卓に座る幹部の一挙手一投足に注目する。
「ん~……では、間違いないって事?」
「っ、そのようです。うちら逆鱗が保持している情報に、名前も容姿も一致します。お嬢様が見たという、能力の特徴にも。何より本人が、事件への関与こそ黙秘していますが、所属自体は認めました」
地味なスーツに身を包んだ短髪で表情が希薄な女性のぎこちない言葉を聞いて、この場で唯一席に座っている男は深く深く溜め息をついた。
「んん~……マルグリテ様、あなたは本当に厄介事を持ち込むのが好きなんですね」
白髪混じりの前髪を掻き毟りながら、茶色い背広を着た三十歳前後の男は、自分の所属する組織の中でも特に位の高い人間に対してとても面倒臭そうに声をかけた。
「ご迷惑をおかけしましたかしら? ワタクシはただ、暴徒に襲われていた少女を助けただけでしてよ」
「んんん~……マフィアとは関わり合いにならない事が、シャバの人間への何よりも勝る厚意だと思うんですがね」
一応敬語で喋ってはいるが、逆鱗のボスの娘であるマルグリテに対し、アウロン地区を任せられた幹部ワンはテーブルに肘をつき、彼女への敬意や礼儀など欠片も感じさせない態度を取っていた。
ワンはアウロンにおける逆鱗の資金源の確保・他組織との勢力争い・新たな市場の開拓・戦力の増強といったありとあらゆる目的のための活動を統括する頭領のような存在で、常にアウロン市内に居座っている分ある意味ボスよりもこの街の裏社会で顔が利く大物だ。
彼は立場上アウロンでの逆鱗関連の全てを監視し管理し指示して組織のためになる活動を行うべく幹部という役割を任せられた身であり、当然構成員達の行いに対して細かくうるさく指摘するのはよくある事であった。
今日構成員達が集められたのは、逆鱗の幹部ワンにとって気に障る出来事が発生したため、その報告と戒めを構成員に見せつけるためであった。かつて下っ端が組織の禁じる麻薬の密売に手を出したり、敵対組織に情報を流していた事が発覚した時などに文字通り『見せしめ』が行われた事もあり、構成員達は毎回怯えながらこの場にやってくるという。
「なんと、ワン殿は危害を加えられようとしているか弱き少女を見捨てる事こそが誇り高き逆鱗の者としてすべき行動だと言うのですか? あぁ、ワタクシにはそんな良心の痛むような行為、決して選ぶ事なの出来ませんわ」
本人は演技ではないのだが、目尻に指を添わせて泣くポーズをするマルグリテの仕草は実に胡散臭く、ふざけているように見えてワンはこめかみに浮かぶ血管の数をさらに増やす。
「ん~……! 本当に只の、我々のようにろくでもない世界に足を突っ込んでいない少女だとすれば、マルグリテ様の意見も間違いではないのかもしれませんが」
しかしですねぇ、と足を組み替えてから、ワンは切れ長の眼をマルグリテに向ける。
「その誇り高き逆鱗と敵対する組織と繋がりのある少女だとしたら、マルグリテ様の言い分は通用しないんじゃないですかね……」
「……? どういう事ですの?」
「んん~……アイギス。あの娘がどういう勢力に関係しているのか説明してやってくれ」
くいっと可愛らしく首を傾げて頭に疑問符を浮かべるマルグリテに、ワンは傍らに控える女性にそう指示を出す。
「っ、了解、です……」
アイギスと呼ばれた彼女はワンの秘書のような存在で、同時に彼のボディガードのような役割も担っている、逆鱗の中でも少々説明しにくいポジションの人間だ。
幹部級の人間に傍に仕える者は組織の中である程度実力と経験のある構成員の男が普通であり、女性が勤めてきた例は逆鱗の中では皆無だからである。
さらに彼女は別にワンの妻でも愛人でもない、逆鱗の他の人間とも大した交流を持っていないし構成員として活動してきた訳でもない、言ってみれば逆鱗との繋がりが薄い赤の他人の女であり、本来幹部級の人間の近くにいる事が許される立場にはないのだ。
そんなアイギスが彼の近くで彼の側近のように活動しているのは、言うまでもなく彼自身が傍に置く事を認めているからだろう。
「マルグリテ様が保護された少女は、先日逆鱗がアウロンにおいて正式に敵性勢力と認定した、……宗教組織マグメルの人間であり、先日トンフー地区にある、逆鱗管理下の賭場への襲撃を仕掛けてきた者達の一味として、確認されています」
人によってはイライラしそうになるくらいの遅い喋りでアイギスが告げた言葉に、マルグリテは両目を少しだけ見開かせて、
「マグ、メルですって……?」
「そうですよ、我々の可愛い構成員達十三人を負傷させ、酒場に偽装させていた賭場の存在をサツに嗅ぎつけられる原因を作ってくれた憎きマグメルの中心人物なんですよ……!」
なんてことをしてくれたんだと言いたげに、しかしボスの愛娘にそんな暴言など吐けないため目と態度で訴えかけるワン。
先月、逆鱗の資金調達を兼ねた組織の溜り場であるアウロン郊外にあるカジノで襲撃騒ぎが発生した。
敵対する他のマフィアや犯罪組織に喧嘩を売られる事は度々あるが、その時の事件は襲ってきた相手がいつもとは違うタイプの連中であった。
マグメル、近年世界各地で多発している超能力騒ぎの最中でいつの間にか現れた、超能力者によるより良い社会を築き上げる事を目標に掲げる新興の宗教団体のようなものである。
彼等はアウロン市内の企業や資産家を中心に多くのスポンサーを抱えており、短い期間で急速に経済力や影響力の面を成長させてきた。それが出来た理由は未だ特定されていないが、マグメルの人間による超能力が関係しているのではという説が意外にも有力であった。
エスパーなんてオカルトだ、そんな意見は今の時代必ずしも通用するとは限らない。科学や常識では説明出来ないレベルの超常現象が毎日確認されるこのご時世、その意見は決して的外れと笑う事は出来なかった。
超能力による社会の良化、聞こえは良いが内容ははっきりと見えてこないとてもアバウトな言葉である。そのグレーな意味合いを利用して、マグメルは様々な分野に超能力を使って陰から貢献し、見返りとして資金を受け取ったりマグメルの名を各所で宣伝してもらったりしてきた、これがアウロンの裏社会の人間には既に噂として定着している。
「ん~……ここ半年で相次ぐテロ事件、昨日も確かありましたよね、ブロッサムベンチャーのビル爆破、あれもマグメルの仕業って噂がもうちらほら上がってるんですよ。マルグリテ様もよく御存じじゃないんですかね、昨日の事件は」
マルグリテが昨晩クーロン学園を脱走し、爆発騒ぎ見たさに運転手のタテワキを呼んで現場にまで見に行った事は既にワンの耳にも入っている。
本当なら今日この場にマルグリテが呼び出された理由は昨晩勝手に学園を抜け出した事への説教であった、マルグリテもその事でワンに怒られるために学園に外出許可を貰ってここに来たのだが、その途中に偶然あの少女を発見してしまったのだ。
「エリシアが、マグメルの人間……? そんなまさか」
「んん~……マルグリテ様なら当然ご存じですよね」
マルグリテがオカルトマニアで、オカルトな話題に頻繁に出てくるマグメルを認知しているのを前提でワンは尋ねる。
「えぇ、勿論……」
「んんん~……ならお分かりでしょう、あなたが彼女を助けてしまった事の意味が」
敵である組織の人間を自分達の縄張りに連れ込んだ、その事実が知られれば敵対勢力との表だった交戦の可能性もあり得る。
本来逆鱗はマグメルと敵性勢力と認定はしたが、攻撃対象とはしていない。つまりは干渉するなと言う事だったのだが、マルグリテは気づかぬうちにガッツリとマグメルの人間に関わりを持ってしまったのだ。
裏社会での情報の散布は恐ろしく速い、逆鱗はマグメルの人間に手を出した、そんなデマが流れだしたら当の逆鱗の人間は無条件でマグメルの人間に警戒され危害を加えられかねないだろう。
「ん~……イメージってのは大事なんですよ、特に結束と体裁が大事な我々マフィアはね。お分かりですか?」
マルグリテは、「まぁ」と手の平を口元に当てて驚くリアクションを見せる、事の重大さが分かったのかとワンは片目を閉じて鼻を鳴らしたが、
「なんて巡り合わせなのでしょう!」
目を輝かせながら飛び出した彼女の言葉は、誰がどう聞いても後悔ではなく歓喜の感情を現したものだった。
「は……なんですってぇ?」
「あのマグメルの人間に、図らずして接触出来ていたなんて、これは奇跡ですわ! やはりあの時エリシアを助けたのは間違いではなかったのですね、あぁ素晴らしい!」
腕で抱いた自身の体をうねうねさせて嬉しさを表現するマルグリテ、組織の令嬢の気の抜けたリアクションに隣に立つタテワキは苦笑し、向かい合うワンは呆れたように口をあんぐりさせる。
「ん~あのですね……! マグメルの活動内容の詳細については今調べてる最中なんですよぉ、そんな時に下手にケンカ売って仲間が被害に遭うハメになったらどうしてくれると言ってるんですよ……!」
「っ……お嬢様、この辺でとりあえず謝っときましょう。でないとせっかく学園から出させてもらったのに、態度が悪いからって戻されちゃうかもしれないですよぉ?」
バンと手の平でテーブルを叩いて抑え込んでいた怒りを露見させるワンに、さすがにマズイと判断したタテワキが耳打ちするようにしてマルグリテに忠告する。
マルグリテは少しだけ面倒臭そうな表情をするも、あの規律に縛られた不自由な学園から一秒でも長く離れていたい気持ちを優先させるためにタテワキのアドバイスに従う事にする。
「ワタクシは大変な事をしてしまったのですね、本当に申し訳ありません皆様。ですが決して故意なのではなく、助けた相手が偶然マグメルの人間だっただけなのです。その点だけはどうかご理解いただきたいですわ」
くるりと体の向きを反転させて硬い表情のまま立つ構成員の男達の方を見ると、一般人なら見るだけで怯えるような威圧感を持つ彼等と相対しながらも特に気にする様子もなく、売ればお金を取れそうなくらいに可憐な笑顔を浮かべて謝辞を述べ、頭を下げるマルグリテ。
組織のボスの愛娘の天使のような笑顔と丁寧な謝罪に、構成員達は「いえいえお気になさらず」というような表情で頭を下げて応える。
「ワンさんにもご迷惑をおかけしましたわ、幹部の方の足を引っ張る事になって私、とてもお恥ずかしくて仕方がありません」
「んん~……猛省してくださいよ。ですがマルグリテ様は逆鱗にとって位の高い人間です、そんなあなたが他人と関わるという意味がどういうものなのかちゃんと……」
「ですので、マグメルの人間であるエリシアについてもっと知るために、彼女ともっとお話しさせていただいても構いませんかしら」
まるで最初からそっちを尋ねる事が目的だったかのように、マルグリテはワンの言葉から少し責めるニュアンスが弱まった途端にそう口にした。
マルグリテは幼い頃から逆鱗という一大マフィアのボスの娘として、礼儀正しく気品あるレディに育つよう父から愛のある教育を受けて育ってきた。故に言葉遣いや立ち振る舞いは西洋人の面影もある顔立ちと相まって年相応の女子よりも丁寧且つ優雅で、一見文句のつけようのないお嬢様だ。
だがその表向きのお嬢様という皮を一枚破れば、自身の目的のためには貪欲に積極的に行動したいという強くしたたかな感情が秘められている。
気になった事件の現場を見たいからと過去何度も門外不出の学園を平気で抜け出すのがその最たる例である、彼女は表面上はおしとやかでも、趣味であるオカルトに関する事象のためなら他人の裏をかいて好き勝手に行動する事を常に求める性質なのだ。
だから今この場でワンに指摘された、敵であるマグメルの人間を救ってしまった事の重大さも大して理解してはおらず、しかし得体の知れない超能力組織として注目されているマグメルの人間と関われる絶好の機会を逃してはならないという思いから、形式上仕方なくワンの御叱りを受け入れようと判断したに過ぎない。
ワンも内心は分かっているのだろうが、一応マルグリテは謝った上、あんまりしつこく言うと今度はボスにチクられるかもしれないと察して喉まで出かかった説教の言葉を押し留めたようだ。マルグリテが幼い頃にワンが会合の場での姿勢の悪さを指摘した際、後で親バカのボスに呼び出されてこっぴどく怒られた経験があり、それ以来引き際を弁えているらしかった。
「んんん~……あぁ、もういいですよ。あの少女は奥の宴会用の個室にいますから、勝手に会ってきてください。我々は構成員達を解散させて行きますから」
「うふふ、ありがとうございます。ワンさん」
眩しい純白なマルグリテの笑顔は、しかしワンの眼というフィルターを通すと中身のない薄っぺらい笑顔に見えていたに違いない。
ともあれなんとか説教の長期化を避けられたマルグリテは胸を撫で下ろすと、タテワキと共に自身が保護した少女のいる部屋へ早足で向かった。
「エリシア!」
中華風に装飾された赤い両開きの扉を開けて中に入ったマルグリテが名を呼ぶと、部屋の三分の一くらいの面積を占めるでかでかとした円卓を挟んだ向かい側に座る一人の少女がビクッと驚いたように頭を上げてこちらを見た。
「お待たせして申し訳ありません、色々としがらみの多い身の上でして」
「あ……いえ、はい……」
薄汚れたワンピースを着た地味な装いながら亜麻色の長い髪が美しい、エリシアという名の少女。マルグリテが先程アウロン中央駅近くで複数の人間に襲われているのを目撃し、衝動的に助けてしまった人物だ。
そしてワン曰く、逆鱗が敵性勢力と認定した宗教組織マグメルの関係者でもある人物だ。
彼女の傍には二人黒いスーツ姿の男が立ち、部屋の入口にも二人監視目的で待機している。エリシアもまた強面の男達ばかりのいる建物に入れられて困惑しているようで、見るからに警戒心を強めているようだった。
「安心してください、ワタクシ達は世間から煙たがられるアジアン・マフィアですけれど、女の子に酷い事をするような外道ではありませんわ」
「そう、なんですか……?」
「勿論でしてよ。ただちょっと目付きが悪い人が多くて、荒事に慣れているだけですわ」
ひとまずは敵でない事を伝えようと身振り手振りで表現しながらエリシアに近づいていくマルグリテ。
車で彼女をここまで運んでいる途中に聞き出せたまともな情報は結局エリシアという名前のみであった。駅前での騒ぎについて、渦中にいた彼女にいろいろと聞こうと思っていたのだが、かなり挙動不審でそれどころではない状態であった。
とはいえ彼女が何者かに襲われ、それをマルグリテが救ったのは間違いではない筈だ。だから少しぐらい教えてくれてもいいじゃないかという考えで、マルグリテは改めて質問する事を決めた。
「ところで、既にワタクシのお仲間から問い質されたかもしれませんけれど、あなたはマグメルの人間というのは本当なのでしょうか?」
「っ……それは」
「もしそうだとしたら、駅前での騒ぎのマグメルに関連するものだと捉えてよろしいのでしょうか。それにあなたはどのように関わっているのでしょうか」
「そっ……ん……」
どう答えればいいのか迷って言葉を詰まらせるエリシア。しかしマルグリテは攻めたてるチャンスと見てさらに続ける。
「こう見えてもワタクシは結構な権限を持っていますの、もし公に離せない厄介事を抱えているのでしたら、何か力になって差し上げられるかもしれませんわ」
マルグリテは駅前での騒ぎにエリシアが関わっており、その際発生した『不可思議な現象』を目撃した。彼女の抱えている事情の解決よりも、その事に関して細かく知りたいという、興味本位の方が実際は強いのだが。
「……言ってしまうと、迷惑がかかってしまいます……」
「ここはワタクシの仲間の本拠地、万に一つも敵の影など存在しませんわ」
逆鱗の資金稼ぎと地域民への信頼の確保、及び会合や緊急時の避難場として使用される事を前提に建てられたこの店は、言ってみれば逆鱗という勢力の拠点のようなものだ。逆鱗と敵対する人間が入る事は許されないこの場でなら、少なくともエリシアを襲っていた謎の連中に話の内容を聞かれる可能性はないだろう。
視線をせわしなく動かしてこじんまりとした体を震わせるエリシアは、しかしマルグリテの出す味方オーラに根負けしたようで、一分以上間を置いてから口を開いた。
「……さっきの男の人にも言ったように、私はマグメルにいました……少し前まで」
「少し前? という事は今は所属はしていないと言うのですか?」
「はい、でもあの人達は、私を追っていて……」
「なるほど、脱退を許さないと、そういう理由で追われているのですね。足を洗う事も許されないとは、あなたは何か組織内の秘密でも握ったりしたのですか?」
「……あの人達は、私をそういう目で見てきます」
「そういう目とは?
「……特別視、するんです」
エリシアは恐る恐る、口にしたくないという感情を声色に乗せながら、そんなことを言う。
「私は、普通じゃないから……」
それからどこか悲しそうな声で、自虐するような言葉を漏らした。
「う~ん、よく分かりませんが……」
しかしマルグリテはその抽象的な表現ではよく意味が理解出来ず、怪訝そうに眉をひそめて、
「でしたら、お互い様ではないですか。ワタクシも、マフィアという裏の世界の組織の人間です。マフィアの娘なんて、普通じゃないとは思いません?」
「あ……それは……」
「せめてワタクシにだけでも話してくれないでしょうか、お気に障らない範囲でよろしいので」
エリシアに優しく語りかけながら、監視の男達に目配せして離れろと指示を出す。
どうしようかしばらく悩んでいたエリシアだったが、やがて目を逸らさないマルグリテの顔にゆっくりと視線を動かして、
「……力が、あるんです」
「力とは、もしかして超能力という奴ですか?」
はい、と力なく首を縦に振るエリシア。
「車の中でもお話ししたと思いますけれど、ワタクシが駅前で見た『不可思議な現象』も、あなたと関係あるのでしょうか」
アウロン中央駅でエリシアに銃を向けていた褐色肌の少女、彼女が持っていた銃がひとりでに捻じれるようにして潰れたのを、マルグリテははっきりと目撃した。
ここ半年くらい、何か変な事が起きれば超能力の仕業と決めつけてきたマルグリテだが、今回ばかりは本当に超常現象と言っていいのではないのだろうかと思っており、エリシアの反応を伺う。
「……はい」
(キマしたわ! これは益々胡散臭くなってきましたわ!)
特ダネゲットに興奮で叫びそうになるのを必死で堪えるマルグリテ。いると信じながらも実際には都市伝説と変わらない不確かな存在だった超能力者に会えた事への感動で口元が綻びそうになりながら、マルグリテはさらに一つ質問を投げかける。
「そそ、そうなのですね! これは驚きましたわ!」
「……引きました、よね」
「い、いえ、これはそうではなくて、どちらかというと高揚感といいますか……」
このままではまた塞ぎ込んで喋ってくれなくなってしまうかもしれないと、慌てて取り繕うマルグリテ。
「えぇっと、マグメルから特別視されるくらいの力をお持ちというのでしたら、もしかしてマグメルが関与している疑いのある他の事件も手伝っていたりは……しないですわよね?」
さすがにそこまでは、とやや突っ込み過ぎた質問をしてしまった事の後悔を誤魔化そうとマルグリテは作り笑いをするが、エリシアは特に否定しようともせず、顔の俯く角度をさらに下へ動かしただけであった。
「まさか、当たりですの?」
「……っ」
否定したいようだがそれを言動に移せない、そんなエリシアの様子は良心の呵責から嘘をつく事に抵抗感を示す人間のそれであった。
つまり、マグメルがした疑いのある事件にエリシアも関わっている可能性があると言っているようなものだった。
先程ワンは、彼女が逆鱗管理のカジノを襲撃した人間に含まれていると説明していた。言い換えれば、エリシアがカジノを襲撃したという事にもなる。
(これは……とんでもない当たりを引いたかもしれません!)
超能力者であると認めた、素性が知れない謎の美少女。
嘘くさいもののあるかもしれない非日常に憧れてきたマルグリテにとって、今は非日常に触れられるまたとないチャンスだ。
エリシアが抱えるトラブルの複雑さなどつゆ知らず、単なる興味に突き動かされるように質問を続けるのだった。