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06 兄ちゃんの進路

 ◇


 ヒビカを家で飼うようになって二ヶ月ほど経ったある日、暖かいベットの中で寝ていた俺は、冬の寒い深夜に目を覚ました。


 ――というか、起こされた。


「ん、ん~? 何だぁ?」

「ハッハッハ」


 グッスリ寝ていた俺の顔を、ヒビカが執拗に舐めてくるのだ。お陰で強制的に目が覚めてしまった。


「ん~……」


 眠い目を擦りながら体を起こすと、ベットから降りたヒビカが部屋の扉をカリカリと引っ掻いている。どうやら外に出たいらしい。

 俺は寝ぼけ眼でベットから降り、部屋の扉を少しだけ開いてやる。するとヒビカは何の躊躇もなく、その隙間から暗い廊下へと出て行ってしまう。


「ヒビカ~……?」


 俺も隙間から顔を出して廊下を伺うが、部屋の外は真っ暗で何も見えない。

 しかも眠くて意識もハッキリしないので、アストラルを感じる気にすらならなかった。


「……ま、いっか」


 ノブさえ捻ったままにしておけば、押しただけで扉は開く。これならヒビカが戻って来ても心配ない。


 俺はそのまま扉を閉めると、自分のベットに戻る事にした。今俺が使っているベットは二段ベットで、下の段では俺が、上の段では兄のゼオルが横になっている。

 去年までは両親と同じベットで寝ていた俺だが、六才になった今年からはゼオルと同じ部屋で寝るようになった。

 自分のベットに入る前に上の段を見上げれば、横になっているゼオルの肩が僅かに上下しているのが見える。


(……こんな時間だ、そりゃ寝てるか)


「……おしっこ」


 なんか夜中に意味もなく目を覚ますと、必ず尿意に襲われる気がする。

 いや逆か、尿意に襲われるから目を覚ますのか? 最初は寝ぼけていて気付かないだけで。あれ? でも今回はヒビカに起こされたんだよな。じゃあやっぱり起きたから尿意に襲われたのか?


(……どっちでも良いや、早くトイレ行こ)


「うぅ、寒っ」


 暖房の効いた部屋から廊下に出れば、冬の冷たい空気に一瞬で体表の温度を奪われる。


(まぁこの時期の気温は普通に氷点下だからな)


 幾ら今の俺が寒さに耐性があるからといって、この時期の――しかも深夜の気温ともなると流石に堪えるモノがある。

 だが、お陰で少しだけ頭が冴えた。早いとこトイレで用を済ませて、暖かい布団に戻るとしよう。


 俺は冷たい廊下をつま先立ちで移動すると、そのままトイレを済ませ、再び足早に自分の部屋へと向かう。

 廊下は暗かったが、窓から入る僅かな月明かりとアストラルのお陰で、今の俺ならこんな深夜でも問題もなく進む事ができる。


(しっかし、このアストラルを感じ取る感覚にも随分と慣れたな)


 赤ん坊の頃はあくまでモヤモヤとしか感じ取れなかったのだが、今では離れた場所の形や地形、ソレが人か動物か以上に、“誰か”なんて個人まで特定できるようになった。

 お陰で裏庭で飼っているキョロ鳥達も、外見は皆同じでも全員ちゃんと見分けが着くので、中々便利で重宝している。

 因みにキュウスだけは相変わらず肥えているので、わざわざアストラルで判別する必要はない。


「……ん?」


 そうして部屋へと戻る途中、両親の部屋から明かりが漏れているのが見えた。どうやらゼルガもイデアも二人ともまだ起きているらしい。

 仲が宜しくて大変結構。邪魔者はとっとと部屋に戻ろうと思ったのだが、何だか少し様子がおかしい。

 アストラルでは存在や気配は感じ取れても、話している内容までは分からない。なので気になった俺は、扉の前で少しだけ聞き耳を立てることにした。


 すると――


「――あの子も来年で十五よ。やっぱり自分からは言い出し辛いんじゃないかしら?」

「……ああ、そうだな」


(来年で十五才って事は、話の内容はゼオルについてか?)


 俺と兄のゼオルは八才年が離れてる。俺は今年六才だから、ゼオルは今年十四才――つまり来年で十五才になる計算だ。


「ねぇ、アナタからそれとなくあの子に言ってみたら?」

「無駄だな。あいつは俺が軍隊を嫌っている事を知ってる。しかも自分は長男だから、この宿を継がなきゃいけないと思ってやがるんだ。俺から言った処で、適当にはぐらかすのがオチだろうさ」

「でも、自分からは言わないけど、あの子ぜったい軍に入りたがってるわ」


(軍に? ゼオルが?)


「責任感の強い子ですもの、きっとこの国の為に戦いたいって、本気で想ってるのよ」

「……分かってる」

「アナタの気持ちも解るわ。昔、軍隊で実のお兄さんを亡くしたんですもの」


(……そうだったのか)


 前々から、父のゼルガが軍に好意的ではない印象を持っていることは知っていた。何かあるのだろうとは思っていたが、そんな理由があったのか。


「私だって本当はあの子を軍になんか入れたくない。でもあの子が本当に軍に入りたいなら、親の私達が応援してあげなくちゃ」

「分かってるんだよ、そんな事は。でもな、あいつは責任感がある上に賢い、そしてなにより優しい奴だ。俺達の事も、今のこの宿の状況だって気に掛けてる。それにイセアの件もある」


(え、俺?)


「まだ子供だが、イセアの情熱は本物だ。あの情熱は、多分この先も収まらない。将来ぜったい軍に入隊する。しかも、親の贔屓目を差っ引いてもあいつは間違いなく天才だ。あの歳でもう俺やお前が読めないような難しい本まで読んでやがるからな。入隊したら、きっとかなり上の地位に着くだろう」


(……スミマセン父上)


 俺が天才に見えるのは、あくまで前世からのオッサンの記憶を引き継いでいるからだ。なので情熱の方は否定しないが、特別頭が良い訳ではない。

 まぁ聖紋巨兵の操士を目指す以上、軍でもかなりの上位を目指さなければならないのは事実だが。


「それでゼオルまで入隊したら、家から子供が全員居なくなっちまう。そうしたらこの宿の働き手も減るし、跡継ぎだっていなくなる……ゼオルの奴は、そういった諸々の余計な事まで考えてやがるんだ」

「それは、確かにそうかもしれないけど、イセアが入隊するまでまだ時間があるわ。それに私達だってまだまだ働けるじゃない。宿の跡継ぎなんてもっとずっと先の話よ」

「……ああ」

「だったら、アナタからあの子に声を掛けてあげて。『私達の事は心配しなくて良い』って、『自分のしたいようにしなさい』って、そうすればあの子だって……」


 そんなイデアの懇願に、ゼオル少しだけ間を置いた後――


「……そいつはできない」

「どうして? アナタだって別に反対する積もりなんか無いんでしょ?」

「ああ、反対はしない」

「だったら――」

「駄目だ。俺からは話さない」


 と、彼女の申し出をキッパリと断った。


「アナタ……」

「今お前も言ったろ、“したいようにしろ”ってよ。結局の処、あいつの将来を決めるのはあいつ自身だ。親の俺達がどうこう口出しちゃいけねーんだよ」

「でも、このままじゃあの子は……」

「……もういい、寝るぞ。明日も早いんだ」


 そこで二人の会話は途切れてしまう。部屋の灯りも、目を瞑るように消されてしまった。


「……」


 俺も静かにドアの前から離れると、また月明かりだけになった廊下を歩く。自室の前まで戻る頃には、身体の熱は大分夜の冷気に奪われていた。

 俺は直ぐに暖房の効いた部屋の中に入ると、ゼオルを起こさないよう素早く自分のベットに潜り込もうとして――


「あれ?」


 何故か、さっき部屋から出て行った筈のヒビカが、俺のベットの上ですでに丸まって寝息を立てていた。


(コイツ、いつの間に戻ってきたんだ? つか、こんなに早く戻って来るなら何で外に出た?)


 強制的に起こされた身としては、何か色々釈然としない。なので、罰として湯たんぽの刑に処す事にした。

 俺はヒビカを抱きかかえると、そのまま一緒の寝床に引きずり込む。途中目を覚ましたヒビカだが、特に抵抗することなく一度だけ俺の頬を舐めると、また直ぐに瞼を閉じてしまった。

 ベットの中はすっかり冷め切っていたが、ヒビカのお陰で徐々に身体も温まり、俺もそのまま眠りの淵へと落ちて行く。


 先程聞いた両親の会話を、何度も脳裏に過ぎらせながら……。




 ◇


 翌日――


「必要な物は全部買えたな」


 俺は兄のゼオルと一緒に、町の市場へと買出しに来ていた。


「良いドライフルーツも買えたし。母さん甘いの好きだから喜ぶね」

「そうだな。よし、帰るぞ」

「うん」


 買った荷物を小さな荷車に積み込み、それをゼオルが牽いて後ろから俺が押す。


 ウチでは朝早くからヤッコの乳を搾り、キョロ鳥からは卵を回収している。家で使う分を確保したら、それぞれの余りをこうして市場に売りに来るのだ。

 そうして卵と乳が売れたら、その売り上げで食料やその他の消耗品を購入し、二人で家まで持って帰る。これが、ここ最近の俺とゼオルの日課だ。


「イセア、重くないか?」

「だ、大丈夫」


 行きより重くなった荷車を牽きながら、ゼオルは後ろの俺を気遣ってくれる。

 一応俺も頑張って押してはいるのだが、流石に歳が八つも離れていると腕力と体力に差があり過ぎる。なので、余りゼオルの助けになっている気がしない。


(まぁアレだ、これも体力作りの一環と思って頑張ろう)


 それと、こうして市場に買出しに来ることは、俺にとっても大きなメリットがある。


「ねぇ兄ちゃん。今日も寄って良いかな?」

「ハハ、またか。お前も本当に飽きないな。良いよ、ただし余り長くは寄らないからな」

「ありがとう兄ちゃん!」


 そうして俺達は進んでいた路から少し外れると、そのまま町の大通りへとやって来た。

 凡そ町の中心地。町を東西真っ二つに割る大通りの中間に、俺のお目当てのそれ等は、何憚る事なく堂々と鎮座していた。


「はぁー……」


 何度眺めてもこの光景には溜息が漏れる。今俺の目の前には、あの巨大ロボット――聖紋巨兵が置かれていた。


 巨大なトレーラーのような乗り物の荷台に、まるで王の前に跪く騎士のような格好で積まれ、その身体を何本もの太いワイヤーで固定されている。

 大通りには三台のトレーナーが並んで停まり、一台につき二体の巨兵が乗せられているので、通りには計六体もの巨兵が横一列に並んでいるのだ。

 動いている訳でも立っている訳でもないが、やはりこの巨体がこうして並ぶだけでも中々な迫力がある。


 偶に慣らしか何かで少しだけ動かしている時があるが、どうやら今日は動かさないらしい。

 しかも、そういう時は危ないからと傍に近づく事は許されず、遠巻きに眺める事しかできない。


(も、もどかしい! こうして直ぐ目の前にあるというのに、指一本すら触れる事ができんとは!)


 別に動かしてはいないのだから、ちょっとくらい触っても良いではないか。

 しかもこっちは子供なのだから、ちょっとくらい操縦席に座っても良いではないか。

 更にちょっとした弾みで、腕のや足の一本くらい動かしても良いではないか。子供なんだから。


(いや、流石にあかんな、自重しよう)


「う~ん」


 しかし前々から思ってはいたが、この聖紋巨兵というものは見た目がもの凄く無骨だ。有り体に言って“カッコワルイ”。


 これは、俺がロボット大国と言われた日本出身のせいなのかもしれない。

 余りロボットもののアニメやマンガに手を出した事はなかったが、そんな俺でもガ○ダムやマクロ○、○ヴァン○リオンなどの有名処は知っている。

 どれもこれもがカッコ良く、子供時代はその造形の多くに心惹かれたものだ。そんな俺の視点だからこそ、目の前にあるこの巨兵がカッコ悪く見えるのかもしれない。


(いや、でもなぁ……)


 幅広で短い逆円錐型の胴体に、太くて短い脚、そして長くて太い腕。表面には特に凝った装飾もなく、まるで“立って歩けて暴れて頑丈ならそれで良い”――なんて設計思想が伝わってくるようだ。

 見た目には拘らず、機能性のみを追及するならまだ解るのだが、この巨兵にいたっては無駄な部分も多いように感じられる。

 まぁあくまで素人目線なので、はっきりとした事は解らないのだが……。


 しかし巨兵の全部が全部、目の前のようなデザインではない。教会で読んだ本の中には、様々なデザインの巨兵が描かれていた。

 だが、矢張りそのどれもが見た目には拘っておらず、これといって目を引く造形はなかった。


 前の世界では古来より、剣や鎧などの装飾品は、自身の権威や権力を誇示する立派な手段ソースとして利用されてきた。

 それ以外にも味方を鼓舞したり、敵を威圧する目的でわざと凶悪な見た目にする事もある。だからこれらの巨兵も、もっと見た目に拘っても良いと思うのだが……。


(まさか、こっちの基準じゃあコレがカッコ良いとか言わないよな?)


「ま、まぁ、好みは人それぞれか……」


 だが、見た目はそれで納得するとしても、矢張り肝心なのはその“中身”だ。


 教会の本やラドック神父との会話の中で、聖紋巨兵が聖紋によって動いている事は既に判明している。

 更に聖紋巨兵を動かすためには聖紋やアストラルの他にも、《聖霊核》なる物が必要らしい事も発覚した。

 だが、あの躯体のどの部分にどんな聖紋が使用され、そしてどんな構造で動き、聖霊核がどんな用途で使われているかなど、その辺りの詳しい事情は全く判明していない。


 因みに、ラドック神父もそこまで専門的な知識は持っていなかった。

 まぁそれは仕方ない。俺だって車の免許は持っていても、エンジンの詳しい仕組みまでは解らない。

 しかもラドック神父は軍隊にはいたが、巨兵に乗った事はないという。専門家でもない限り、それ以上の詳しい説明を求めるのは酷だろう。


 そこで俺は前に一度、いかにも“巨兵の整備員”っぽい軍人を見付け、子供を装って――まぁ実際子供なのだが――それとなく巨兵の構造を聞き出そうとした事がある。

 しかし残念な事に、出てくるのは既に此方が知っている情報ばかりで、突っ込んだ部分まで聞き出す事はできなかった。

 矢張り一種の“軍事機密”的な扱いなのだろう。もしかしたら、一部の情報には戒厳令でも敷かれているのかもしれない。


「イセアは本当に巨兵が好きだな」

「うん。ボク、将来は絶対巨兵に乗るんだ」

「そうか、乗れると良いな」

「うん!」


 それは、ここで巨兵を眺めている時にする、俺とゼオルのお決まりのやり取りだった。

 ラドック神父との会話の時もそうだが、俺は人に巨兵が好きかと聞かれた時は、必ず巨兵に乗ると応えている。

 不言実行より有言実行。絶えず口にしていればやがて本当になると、前の世界で聞いた気がする。


(まぁ願掛けの類だな。やって無料ただなら損はなかろう)


「イセアは巨兵のどこがそんなに好きなんだ?」

「えっと……」


 そういえば、その手の質問は今迄された事がなかった。


(ふむ、“ドコ”がと聞かれるとまた難しい……)


「……あんな大きな物を自分で動かせるって処かなぁ?」

「敵をやっつけたり、国を守ったりする事じゃないのか?」

「だって、巨兵に乗らなくても敵はやっつけられるし、国を守る事もできるじゃないか」


 すると――


「そうか……それもそうだな」


(……うん?)


 その時、ゼオルの声音がこれまでとは明らかに違って聞こえた。


 俺は眺めていた巨兵から視線を外すと、隣に立っている彼の顔を見上げる。すると、まだ少年ながらも端整なその横顔は、どこか焦燥を噛み潰しているように見えた。

 妙に深刻そうな顔つきではあったが、今まで兄のそんな表情を見た事のない俺には、彼に何と声を掛けたら良いのかが分からない。

 そうして、どう声を掛けたら良いか悩んでいると、昨晩聞いた両親の会話を思い出した。


『あの子は軍に入りたがってる』


(……いつからだ)


 ひょっとしたら、俺とこうして買出しに来るようになった頃から――いや、それよりずっと以前から、彼は巨兵を見る度にこんな表情をしていたのかもしれない。

 巨兵にばかり気を取られて、今まで隣のゼオルがこんな表情をしている事に全く気が付かなかった。

 赤ん坊の頃から忙しい両親の変わりに――まさに朝から晩までという表現がピッタリな頻度で俺の面倒を見てくれた、ある意味両親よりも身近な存在であるにも関わらず……。


 その表情から、彼が何かに悩んでいる事は明白だ。だが、そんな彼に何と声を掛けたら良いのか、俺には皆目見当が付かない。

 情けない話だ。精神年齢という点なら、確実に二十歳以上は年上の自分が、僅か十四歳の少年に掛ける言葉が見付けられないとは……。


「さ、もう帰ろう。遅くなるとまた母さんが心配するぞ」

「う、うん」


 そうゼオルに促された俺は、結局何も言えないまま帰路に戻った。

 舗装された大通りから外れ、むき出しの土が人や馬車に踏み固められただけの道を、荷車を揺らしながら二人で歩いて行く。


 その途中――


「……ねぇ兄ちゃん」

「うん?」

「兄ちゃんは、軍隊に入りたいの?」


 それまでゼオルに掛ける言葉を捜していた俺だが、結局出てきた台詞は、昨晩盗み聞いた言葉の延長だった。


(まぁ、あんな会話を聞いた後じゃなぁ)


「……誰かに聞いたのか?」

「えっと、何となくそうかなぁ、って」


 兄に嘘を吐くのは気が引けたが、それよりも両親の会話を盗み聞いてしまった事の方が後ろめたく、つい適当な台詞で濁してしまった。

 ゴトゴトと鳴る荷車の音を聞きながら、俺は黙って荷車を牽く兄の言葉を待つ。


「……イセアは偶に鋭い時があるよな」

「そ、そうかな」


(……スミマセン兄上)


 俺が鋭いんじゃないんです、御両親が鋭いんです。


「父さんと母さんには言うなよ」


 そう前置きしてから、ゼオルはゆっくりと話し始めた。


「なぁイセア。お前は俺達の国が、今どんな状態にあるか知ってるか?」


(“俺達”の国、か……)


「まぁ、少しだけなら」

「ハハ、お前位の歳で少しでも知ってるなら十分だよ」


 今の俺にゼオルの表情は窺えない。しかし口では軽く笑っているものの、矢張りその声音は何処か焦燥が混ざっているように聞こえる。


「この国は――この《アディルファナ王国》は異常だ。“王族”は居る。“国民”も居る。でも肝心の“領土”が殆ど残ってない。昔あった広い国土は、その大半が今もフェイスレスに奪われたままだ」


 知っている。自分の暮らしている国の歴史だ。巨兵の事を調べるのと平行して、大まかな内容位なら既に把握していた。


「そう、だね」


 俺達の暮らしているアディルファナ王国は、この南大陸アウディオロの中央南部に領土を持った、この世界で最も南に位置する国だ。

 だから極点近くから出現するフェイスレスの襲撃を最も早くに受け、そして最も被害を被った国でもある。


 当時はまだ聖紋教会はなく、当然聖紋自体も存在しなかった。フェイスレスに対する撃退方法の無い状況では、人類に逃げる以外の選択肢はない。

 為す術もないまま領土を奪われ続けた国民は、徐々に国の北側に追いやられて行く。やがて多くの国民は国外に退去し、最早残り僅かな国土が奪われるのも時間の問題となった頃、残っていた王族も全て北側の国にへと亡命した。


 元の領土の十分の一以下にまで削られた国土に残ったのは、王の下知に逆らってでも己の国を守ろうとした僅か数千の兵士のみ。

 だがその兵達の覚悟を持ってしても、やはりフェイスレスの進行を阻む事はできなった。結果、領土の全てを奪われたアディルファナ王国は、名実共に滅亡の憂き目にあってしまう。


 だが現在、一度は滅んだアディルファナ王国は、曲がりなりにもこうして国家再興を果たしている。そしてそれは、一重に聖紋教会のお陰とも言えた。

 教会は人類にフェイスレスを撃退する力を与へ、アディルファナ王国の国家再興にも尽力してくれた。

 聖紋の力で攻勢に転じた元アディルファナ王国は徐々に前線を押し上げ、北側に亡命して生き残った王族は、取り戻した僅かな領土で再びの国家樹立を宣言し、それを聖紋教会と周辺国が承認した。


 ――と言うより、教会が周辺国に“承認させた”と言った方が正しいかもしれない。


 一度滅んだ国を再興させるなんて、普通ならまず考えられない。だが聖紋教会はその設立から僅か数年で、それが出来る程の技術と権力、そして多数の信仰を集めるまでになっていた。

 そして現在も、大陸南部より迫り来るフェイスレスとアディルファナ王国は、長きに渡る戦いを続けている。

 かつての王国領土を取り返し、フェイスレスをこの大陸から根絶するまで、この戦いは終わらないだろう。


「前、ウチの宿に泊まりに来た軍の兵士に聞いたんだ。まだこの国に帰ってこれず、北の国で生活しているアディルファナ国民がいるって。その人たちは随分肩身の狭い想いをしてるって」

「そう……なんだ」


 それはそうだろう。国一つがまるまる潰れ、そこに居た人間が大挙して隣の国に押し寄せる――つまりは“難民”だ。

 突然来たよそ者に、隣国の人間全員が優しい訳がない。寧ろ、厳しく接される事の方が普通だろう。

 他国から押し寄せた大量の難民なんて、地元民にとって良い影響より悪い影響の方が圧倒的に多い。諸手を挙げて歓迎される訳がない。


「だから俺は、そんな人達の為にも軍人に成りたい。軍人になってフェイスレスを倒して、奪われた国土を取り戻したい……と、思ってる」


 成る程、昔から正義感の強い方だとは思っていたが、そんな事を考えていたのか。

 ただ巨兵に乗りたいと考えている俺とはえらい違いだ。こういう人が国の為に戦ってくれるなら、周りの人間も心強いだろう。


 だが――


『跡継ぎだっていなくなる。ゼオルの奴は、そういう余計な事まで考えてんだ』


 そこでまた、昨晩の会話が脳裏に過ぎる。


「……なら、兄ちゃんは来年軍隊に行っちゃうの?」


 来年、ゼオルの年齢は十五になる。

 昨晩のイデアも言っていたが、実はこの十五歳という年齢は、俺達にとってとても大きな意味を持つ。


 “徴兵制度”


 俺たちアディルファナ国民は、十五歳になると半強制的に軍学校へと通わされる。

 期間は三年。そこでの座学や実地を経て、再び町で暮らすか、そのまま正式に軍に入隊するかが決まる。


 “半”強制というのは、その徴兵制度が絶対ではないという意味。性別が男で、重度の持病や疾患などのない健常者なら、まず間違いなく軍学校に通わされる。

 だが、戦闘に参加出来ない程の持病や疾患を抱えている場合、または実家が自営業で既にその家業を正式に継いでいる場合などは、徴兵を免除される場合がある。

 あと、軍に多額の寄付をすれば徴兵が免除されるなんて話もあるが、そういう人間は余りいないというのがラドック神父の言だ。


 因みに、女性の場合も志願さえすれば、軍学校には通う事ができるらしい。一昔前は男も女も関係なく、そして徴兵される年齢ももっと低かったという。

 だが、現在は聖紋によるフェイスレスへの対応策が確立され、領土を徐々に取り戻し、国内人口も少しずつ増えてきた事から、年齢の制限やその他の規制が大分緩くなったらしい。


 それが、丁度俺の父親の世代――つまりゼルガの世代に行われた。


 恐らく当時のゼルガは戦闘で長男である兄を失い、末子の彼が正式に今の宿を継いだ事で徴兵を免れたのだろう。

 だからゼルガ自身は未だ軍学校や戦場に行った事はなく、軍の事を快く想ってもいないのだ。


(まぁ俺の場合は、どんなに反対されても軍学校には通うつもりだが)


 それが、今の俺が巨兵に乗れる最も確実な道だからだ。寧ろ今からでも通いたい。あと九年も待たねばならないというのは、俺にとっては割と苦痛だ。


「…………いや」


 俺の問いに、しかしゼオルは首を横に振る。


「確かに軍には入隊したい。でも……俺はウチの宿屋を継ごうと思ってる」

「どうして……?」

「そりゃまぁ、父さんや母さんの事があるからな。イセアは、ウチの家計が今どうなってるか知ってるか」


(家計か……)


 そういえば余り気にした事がなかった。確かに年中客が入っているような人気の宿ではないが、でも飯も普通に食えてるし、そこそこの余裕ならあるのではないだろうか。

 それに、ウチにはキュウスやヤッコたち家畜が居る。お陰でこうして必要なモノも買うことができてるし、それほど深刻って訳ではないと思うのだが……。


「知らない。苦しいの?」

「いや、今はまだ大丈夫だ。だけど、これから先はどうなるか分からない」

「これから先……」

「ああ、ウチの宿は大通りから大分離れてるからな、わざわざこんな町の端っこまで来てくれる客なんて、大通り付近で宿が取れなかった人達か、夜静かに寝たいって人くらいなもんさ」

「……そうだね」


(まぁウチは辺り一面畑や牧草地だからな、町の中心より静かな事は間違いない)


「だから宿の売り上げなんてたかが知れている。今も昔も、ウチは家畜たちのお陰で持ってるようなもんだ」

「それなら――」


 ゼオルが家を出ても特に問題はないのではないか?


「でも最近、ヤッコの乳の出が悪くなってきてる。もうあいつもお婆ちゃんだからな、それも仕方ない」


(そうなのか……)


 ヤッコの乳搾りはゼオルの担当だ。ヤッコの体調不良とか、その辺の事は彼が一番よく分かっている。

 かくいう俺も、良く面倒見ているキュウスや他のキョロ鳥達の事はよく分かる。毎朝鳥達のアストラルをチェックしていると、体調の変化などにも直ぐ気が付くのだ。

 まぁこの世界には獣医なんて正式な職業はないので、老衰や病気で弱ったらまず助ける事はできないのだが……。


「ヤッコはあれでウチ一番の稼ぎ頭だ。もしあいつが居なくなったら、あいつの乳や毛や角なんかの稼ぎが全部無くなる。そうなったら、宿の売り上げやキョロ鳥だけじゃ家計を支えきれない……と、思う」


 多少自信なさ気だが、ゼオルの言い分にも一理ある。しかし――


「それなら、兄ちゃんが軍に入って稼ぐ方法もあるんじゃあ……」

「お前、本当そんな事までよく知ってるな。神父様にでも聞いたのか?」

「う、うん」


 軍学校に入学した連中は、ようは見習い軍人みたいなものだ。そして国軍ってのは、言ってみれば国営企業だ。

 例え学生だとしても衣食住は確保されているし、同時に給金も支払われる。


「いや、それでも駄目だ。軍学校に入れば確かに最低限の生活はできるし飯だって食える。でも、貰える給料は微々たるモンだ。学校を卒業して正式に入隊しても、やっぱり給料の額はそう変わらない」


 それも、確かにゼオルの言う通りだ。


 教会の助力により国家再興を成し遂げたとはいえ、この国は一度滅んだ国であり、フェイスレスから取り返した領土も未だ四分の一にも満たない。

 つまりは経済基盤と呼べるものがガタガタで、自国の産業と呼べる物が殆どないに等しい。なので物資や資源や食料などは、そのほぼ全てを隣国からの供給に頼っているのが現状だ。


(こんなんでよく国家再興なんて認められたな)


 そんな国の軍に潤沢な資金など在ろう筈も無く、軍に入れば必要最低限の生活は保障されるものの、給金の額など雀の涙に等しい。


「それなら父さん達の仕事を手伝って、今の宿屋を盛り立てた方がまだマシさ。父さん母さんにだって今まで散々世話になってきたんだ。これからは、俺が少しでも楽をさせてやらないと」

「……そっか」


 成る程、ゼオルの考えは理解した。自分の周りを気遣える、実に彼らしい選択だと思う――思うのだが……。


(……本当に、それで良いのか?)


「それに、ウチにはお前がいるしな」

「え? “俺”?」


(あ、やべっ)


 不意に名前を呼ばれ思わず素が出てしまった。


「ああ。だってお前、巨兵の操士になるんだろ?」

「う、うん。その積もりだけど……」


 どうやら特に気にはされなかったらしい。そんな俺の焦りとは裏腹に、ゼオルは尚も話を続ける。


「巨兵の操士って言ったら軍の中でも花形だ。当然、そこらのいち兵士よりもずっと給料が良い。そうすりゃあ、俺とお前であの家を支える事ができる。父さんや母さんだって、安心して歳を取る事ができるさ」


(い、いや、確かに巨兵の操士になる積もりは十二分にあるのですが、そんな狸の皮算用的な事を言われましても……)


 昨晩の両親の会話もそうだが、俺に対する家族の期待や評価が妙に高い気がする。


「そ、それなら兄ちゃんだって、軍隊に入って偉くなれば」

「俺は……駄目だよ。お前みたいに頭は良くないし、本だってほんの少ししか読めない。今のまま軍学校に入ったって、一兵卒が関の山さ」


(……本当にそうか?)


 ゼオルは俺の兄でありながら、俺なんかよりずっと優秀だと思う。

 そもそも俺の頭が良く感じるのは以下同文だが、ゼオルはその年齢の割りに周りが良く見えているし、咄嗟の機転も効く柔軟な思考の持ち主だ。

 更に、ゼオルは俺より本が読めないと言っているが、義務教育なんてないこの国では、彼と同年代でも字すら読めない人間は少なくない。

 そんな彼が、自分から人類の天敵に立ち向かい、そして自国の領土を取り戻そうとしているのだ。

 ただ巨大ロボットに乗りたいから――なんて理由で軍に入ろうとしている俺より、ゼオルの方がよっぽど軍人に向いている気がする。


「だから俺は――いや、俺たち家族はお前に結構期待してるんだ。お前なら、きっと何か大きな事をしてくれるってな」

「う、うん、頑張るよ」


(とは言ってもなぁ……)


 俺自身はそんな大それた事が出来るとも、またしようとも思っていない。だが、結果的に家や家族の為になるというなら是非も無い。

 今のところ大して金にも興味はないし、給料の全てを仕送りに回してしまっても特に問題はないのだが……。


(……まぁ、必要になったらなったでその時考えよう)


 しかし驚いた。昨晩盗み聞いた両親の会話と、今聞いたゼオルの会話の内容がほぼ完璧に一致している。

 世の中の親というものは、ここまで自分の子供の事を理解しているモノなのだろうか。それともウチの両親が特別なだけなのか。


「さ、もう少しで着くぞ。さっきも言ったけど、父さん達に今の話はするなよ。心配させるだけだからな」

「……うん」


 こうして、思い掛けず両親と兄、双方の想いを知ってしまうという板挟みに陥ってしまった俺。


(……どうしよう)


 どうやら事態は思っていた以上に深刻かつ複雑だ。そして今の自分に何ができるのか、現段階ではこれっぽっちも良いアイデアは浮かんでこない。


 なので、取り合えず――


「……ねぇ兄ちゃん」

「うん?」

「巨兵ってさ、角とか着けた方がカッコイイと思わない?」

「角? そんなの生やしてどうするんだ?」

「あ、うん、ゴメン、何でもないんだ」


(アカンわ~、これは分かり合えませんわ~)




 ◇


 その日の昼下がり――


「でな、ゼオルは俺たち家族の事を考えて、軍学校には行かず宿を継ぐって言ってんだよ……どう思う?」

「モォ~~」

「だよなー」


 俺はグデ~っとヤッコの背中にうつ伏せになった状態で、帰りにゼオルとした会話と両親の会話、そして今の自分が置かれている状況を気だるげに解説していた。


「そりゃあさ、ゼオル本人の言い分も解るよ。でもさ、納得行かないじゃん。だって両親もゼオルが軍学校に行く事には賛成なんだぞ。でもこのままだと、皆が考えてる事と結果があべこべになる。それっておかしいだろ? お前等もそう思うよな?」

「ンモォ~~」

「キュ?」

「……ギョッギュ」

「そうかー、良い奴だな前ら」


 実際は何を言っているのか全然分からないのだが、きっと俺に都合の良い事を言っているに違いない。


 昼食後、本当なら今日も教会に行くつもりだった俺は、昨晩と今朝の会話の件ですっかり行く気をなくし、今はヤッコの背中で寝そべっていた。

 もう季節はすっかり冬だが、今日みたいな晴れていて風のない日はポカポカと気持ちが良い。

 更に、オオヘラ牛であるヤッコの背中は大量の毛皮と体温のお陰で暖かく、寝心地もとても良いのだ。獣臭いのが偶にキズだが、それも慣れてしまえばどうという事はない。

 んで、そんな俺の頭の上にはキョロ鳥のキュウスが、うつ伏せの背中には子狐のヒビカが二匹丸まって寛いでいる。


(飼い主様の上でうたた寝たぁ二匹揃って良い度胸だ……だが許す! 和むから!)


「モォ~~」

「ん、俺から家族に話せば良いって? それが出来たら苦労しないよ……」


 ゼオルには口止めされてるし、ゼルガだってイデアに言うなと釘を刺していた。そこに俺が横から口を出すというのは、余りに無粋というモノじゃないか?

 それに、俺にはどちらの言い分も理解できる。ゼオルは本当なら軍に入る事を望んでいるが、家族の事を第一に考えてこの宿を継ごうとしている。

 でも、決して嫌々継ごうとしている訳ではなく、正式に継ぐからには彼なりに最善を尽くして、この宿を盛り立ててくれるだろう。


 ゼルガは軍隊を好いてはいないが、それでも今のこの国に軍隊が必要である事を良く理解している。

 ゼオルが軍に入りたいと言うのなら、反対せずに彼を送り出すだろうし、宿を継ぎたいというのなら問題なく彼に継がせるだろう。

 ゼルガはただゼオル自身に、彼が一番望むであろう道を選択して貰いたいだけだ。要は、二人とも自分より相手の事を考えている。

 だが、その結果が互を一番望んでいるモノから遠ざけてしまっているのだから、皮肉としか言いようがない。


(ありがちっちゃーありがちな話だけど、こういうのは中々やるせないモノがあるよなぁ)


「……ギョッギュ」

「いや、だからってこのまま放っておきたくないんだよ」


 そう、口出しするのは無粋だが、このまま見過ごしてしまうのは余りにも後味が悪い。


 前の世界で俺は、やりたいと思える事を見付けられず、寧ろしたくもない事ばかりをやってきた。


(……いや、違うな。“したくない”とすら思わなかったんだ)


 仕事だって生きるためではなく、生きていたから繰り返していた作業みたいなモノだった。

 だからこそこっちの世界に来て、あの聖紋巨兵を見て、そしてあの巨体に本気で乗ってみたいと思った時、どんなに辛くてもそれだけを目指して頑張ってみようと想った。

 前の人生で見付けられなった“本気でやりたい事”を、この世界で見付ける事ができたのだ。


 でも、その為に他の者まで犠牲にしようとは思わない。ゼオルは家族全員が俺に期待してると言ったが、俺が軍に入るからって、彼が自分の夢を諦める理由にはならない。

 ただ俺は、俺みたいに虚しくて詰まらない生き方と想いを、ゼオルにはして貰いたくはない。やりたい事があるのなら、人にはそれをする権利がある。寧ろ、進んでするべきとすら思っている。


 それに、母親のイデアも言っていた――『自分達が働けなくなるのはまだ先だ』と。


 だから、今のうちから彼が自分の将来を定めてしまうのは、余りに早計だと思う。

 前世で俺が学生だった時とは違い、ゼオルは自分のやりたい事をもうちゃんと見付けている。それなら、例え親に少しくらいの迷惑を掛けてでも、ソレをするべきだと俺は思う。

 やりたい事をやれるのは、本当に若いうちだけなんだと、俺もこっちの世界に来て漸くそれが理解できた。


「キュ~?」

「じゃあどうするかって? 良い質問だねヒビカ君、ボクは今それを考えているのだよ」


 しかし、本当にどうしたものか……。


(いやまぁ、どうすれば今の状況が改善するかは、もう大体分かってるんだけどね)


 両親については特に問題ない。ゼルガもイデアも、ゼオルのする選択なら宿を継ぐにせよ軍に入るにせよ、どちらであれ反対する事はないだろう。

 問題はゼオルの方だ。彼が両親に素直に本音を伝えない限り、この問題の根本的な解決にならない。逆に言えば、それさえ出来ればアッサリと解決する問題でもある。


 じゃあ、どうやったらゼルガに本音を喋らせる事ができるのか――さっきから俺は、ヤッコの背中でずっとソレを考えていた。

 そうして色々と考えた挙句、今の俺にできる範囲で、かつ手っ取り早くどうにか成りそうな案を一つ思い付いたのだが……。


「……ちょっとずっこい気もするけど、まぁ背に腹は変えられないよな」


 余り気の進まない方法だが、いつも世話になっている大好きな兄の為だ。多少リスクを伴うかもしれないが、挑戦してみる価値はあるだろう。

 それに、どの道いつかやってみようとは思っていた。少し予定が早まったようなものだ。


「よし、いっちょやってみるか」

「クックッ♪」

「あ、こらヒビカ、ズボンから服のスソを引っ張り出すんじゃない。寒いじゃないか」

「キュ~♪」


 モゾモゾ


「わ! 背中に潜り込むな! 寒い冷たいくすぐったい!」


 突然服の中に潜り込んできたヒビカに驚いて、慌てて背中から追い出そうとするのだが――


「ヒョッ! 肉球が!? 肉球のヒンヤリとした感触が!?」

「ンモォ~~!」

「おわッ!?」


 すると、背中で暴れる俺に驚いたヤッコが突然立ち上がり、その拍子にバランスを崩した俺は草の少ない地面に落されてしまう。


 ドサッ


「へぶッ!」


 地面にうつ伏せで落ちた俺は顔面を強かにぶつけて涙目。

 ヒビカは俺が落ちた際にコロコロと服の中から放り出され、俺の落下をいち早く察して逃げ出したキュウスは、何食わぬ顔で再び俺の頭の上に戻ってきた。


「お、お前らなぁ……」

「モォ~~」

「キャンキャン!」

「……ギョッギュ」


 やっぱり何を言っているのか分からないが、きっと俺に都合の良い事を言って――


(ないんだろうな、多分……)


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