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05 黒い獣と初めての料理

 ◇


「ぐへぇ、降ってきたよ!」


 教会から家へと帰る途中、見事に雨に降られてしまった。


「ヒー顔冷てー!」


 もう秋も半ば、この時期の雨にはみぞれも混じっており、普通の雨や雪よりずっと体温が奪われ易い。


(くそー、こんな事なら無理せず教会で雨宿りしてからくるんだった)


 しかも、因りにもよって耕作地のど真ん中で降ってくるとは、お陰で雨宿りできそうな場所が何所にもない。


(いや、待てよ。確かもう少し行けば――)


「おっ!」


 必死に家路を駆けていると、やがて少し離れた丘の上に、一本の大木が生えているのが見えた。

 他に雨から逃げ込める場所も無く、俺は進んでいた道を曲がり、急遽その木の下へと避難する事にした。

 大きく広がる枝の下へ駆け込むが、この時期の枝にはもう殆ど葉が残っていない。これでは雨宿りなんて出来なさそうだが、そこはご心配なく。

 葉っぱがなくてもこの木には、ちゃんと雨を凌げる場所が存在する。


「ふぅ、まいったなぁ」


 無事大木の根元にある“虚”の中へと逃げ込んだ俺は、身体に付いた水滴や霙を払い落す。撥水加工など施されていない上着は、すでに幾らかの水を吸って重くなっていた。

 幸い内側まで染み込んではいないものの、やっぱり少し肌寒い。けどまぁ、これでやっと雨を凌ぐ事ができるので、風邪は引かずに済みそうだ。


「兄ちゃんに感謝だな」


 この場所には昔、一度だけ兄のゼオルと来た事がある。家の敷地から離れたこの場所まで、わざわざ俺の手を引いて連れて来てくれたのだ。

 多分、本ばかり読んで余り外に出ない俺に対する、彼なりの気遣いだったのだろう。

 この木は結構目立つ場所に生えているのだが、ゼオルは余り人の寄り付かないお気に入りの場所だと言っていた。

 子供というのは、余りそういった場所に他の人間を寄せ付けたがらない。だが、そんな場所に俺を案内してくれたという事は、彼が俺の事を信頼してくれている証拠だろう。


(……ホント、良いお兄ちゃんだな)


「ハー、ハー」


 冷えた両手に白い息を吐きかけるが、残念ながら大した効果はない。

 虚の入口から空を見上げれば、頭上には未だ分厚い雨雲がデンと居座っている。早いとこ居なくなってくれると在り難いのだが。


「こりゃあまだ暫くは降るなぁ……ん?」


 その時、ふと背後に気配――というか、例のアストラルを感じた。


 直ぐに振り返って後ろを確認するのだが、この虚の中は意外と奥行きがある。入口からの明かりだけじゃ奥までハッキリ見えず、ソレの姿を目視する事ができない。

 でも目に見えないだけで、何かがそこにいる事は判る。何か、その場所だけアストラルの流れが周りと違うのだ。

 しかもそいつはジッと俺の事を見詰め、今にも飛び掛って来そうな剣呑な雰囲気まで醸し出している。


(おいおい、ちょっと待ってくれよ)


 今迄この場所に先客が居た事なんて一度もなかった。なのに、まさか今日に限ってこんな奴と鉢合わせしてしまうとは、つくづく運がない……。


「グルルゥ……」


(……あ、うん、人じゃなのね)


 まぁ何となくそんな気はしていた。しかも、どう考えても話の通じる相手でもない。

 しかし、ここから逃げ出してこの雨の中を家まで突っ切るのも勘弁だ。確実に風邪を引いてしまう。

 何か、穏便にこの場を収める手段がないモノか。


「グルッ――!」


 だが、俺が逃げ出すか居座るかで悩んでいると、ソイツの方が先に痺れを切らしたらしい。

 牙の並んだ口を大きく開いて、俺の喉笛目掛けて一直線に飛び掛ってきた。


 だから俺は――


「キシャーー!!」

「きゃっち!」


 ハッシ


 飛んで来たそいつの身体を、伸ばした両手でタイミング良く掴み取った。

 それはもう見事なキャッチングで、思わず前の世界の言葉で『キャッチ』と言ってしまう程のナイスキャッチだった。

 これ程ナイスなキャッチングは、前の世界でやったクレーンゲームで、一度だけ狙った景品をワンプレイで取る事に成功した時以来の快挙だ。

 クレーンゲーム下手の俺にとって、アレはまさに奇跡に等しい。


(うん、それは今はどうでも良い)


 そんな事より――


「キャンキャンッ!」

「こりゃあまた随分と小さな先客だな」


 俺に飛び掛ってきたのは、何とも奇妙な生物だった。多分イヌ科だと思う。もっと言えば、前の世界の狐に近い種類だろうか?

 違いといえば全身の毛が真っ黒で、耳が四つもある処だ。頭の上と顔の両側から、それぞれピンと尖った耳が生えている。


(うーむ、流石は異世界。変わった動物もいるもんだ)


 体の大きさから見て子供だと思うのだが、この辺じゃあ見ない種類なんでどうにも判別できない。もし子供なら近くに親が居ると思うのだが、ここにはコイツ一匹だけだ。

 なので、これがちゃんとした成体なのかもしれないし、或いは親と逸れてしまっただけの幼体なのかもしれない。


「――って、お前ビショ濡れじゃないか!?」


 掴んで直ぐに気が付いた。どうやらコイツも俺と同じく、相当雨に打たれてからこの虚の中に逃げ込んできたらしい。


「アグアグ!」

「あだだっ!? 噛むな噛むな!」


 掴んでる手を噛まれた。小さいから噛む力はそんなに強くないのだが、この手の小動物は歯が鋭くて意外と痛いのだ。


 キュルル~~


「ん?」

「キュ~……」


 何やら可愛らしい音がしたかと思うと、子狐(?)は俺の手を噛むのを止め、そのままクッタリとしてしまった。


「今のって腹の虫か? 腹減ってんの?」

「……」

「返事がない、ただの屍のようだ」


(なんて冗談言ってる場合じゃないな。ヤバくないかこれ?)


 心なしかさっきからプルプル震えてるし、四枚の耳にも力がない。何より身体が冷た過ぎる。


(コイツ、さては冬眠ではなくコールドスリープで冬を越す積もりだな。成る程、それなら納得――)


「って、いやいやいやんな訳ねーだろ!? おいこらシッカリしろ!」


 軽く揺さぶってみるも、頭はカクカク尻尾がユラユラするだけで、やっぱり何の反応も返ってこない。


(まさかコイツ、俺に飛び掛ったせいで残りの体力全て使い切ったんじゃあるまいな!?)


「冗談じゃない! そんな事で死なれちゃ幾らなんでも目覚めが悪過ぎる! あーもう仕方ない!」


 残念ならがタオルやハンカチなんて気の利いた物は持ってない。

 なので俺は急いで上着を脱ぐと、更に内側に着ている服を脱ぎ、そいつで子狐の身体の水分を拭い取る。そうしてある程度乾いたら上着を着直し、子狐の身体を自分の懐に仕舞い込んだ。


「ぐおッ! 冷てぇ!」


 子狐を肌に直接当てると、まるで氷のように冷たかった。本当なら今すぐにでも家に連れて帰ってやりたい処だが、俺の家まではまだ距離がある。

 しかも雨はさっきより激しさを増していて、遠くの方ではカミナリまで鳴っている。


(拙い、このままじゃ最悪手遅れになる)


「あッ! そうだ火!」


(ヒだ火! 火を起こせば良いんだよ!)


 殆ど火を使わない生活の弊害か、直ぐにその発想が出てこなかった。こっちの世界じゃあ料理にすら火を使わないからな。

 幸いランタン用の火打石がある。俺は急いで虚の中にある落ち葉や枯れ木を拾い集めると、早速持ってきた火打石で火を点けようとして――


「そういえば――」


 そこで教会からの帰り際、ラドック神父から貰った“お土産”に目が留まった。

 まだ当分雨は上がりそうにはないし、子狐と同じく俺も腹が減ってきた。なのでここは、この“お土産”を有効活用させて貰おう。


「試しにやってみるか」




 ◇


 目の前で燃える焚き火から、パチパチと薪の弾ける音がする。


 オレンジ色の火は暗かった虚の内側を明るく照らし、程なくしてこの空間の空気を暖めてくれた。

 こんな狭い場所じゃ煙が篭ると思ったが、出てきた煙は熱い空気と一緒に全て外に流れ出すので、中の空気は新鮮なままで割と快適だ。

 焚き火にかざした手と顔にじんわりと熱が伝わり、寒さに強張った身体から徐々に力が抜けて行く。


「ふぅ、あったけ~……」


 こうして燃える火を見ていると、何だか心が落ち着いてくる。考えてみれば、こんな大きな火を見るのはいつ振りだろうか?

 前の世界じゃアウトドアにも興味は無かったし、大人になって会社勤めを始めてからは、焚き火自体目にする機会が無くなった。

 唯一見る機会があったとすれば、自宅のガスコンロの火が精々だろう。


 そんな俺が最後にした焚き火といえば――


「……確か、中学二年の時……」


(だったかな? 十年前――いや、もう二十年近くも昔になるのか……)


 あの時は何故か唐突に、同級の数人で焼芋をしようという話になった。経緯や動機は分からないが、どうせテレビ番組にでも触発されたんだろう。

 たまたま近くにいた担任の教師も乗り気になり、校舎の裏の落ち葉を集めて焼こうという流れになった。そして、同じく偶々近くにいた俺もその焼芋大会に誘われたのだ。


(まぁ他にやる事もなかったし、無料で芋が食えるなんて浅い理由で参加したんだよなぁ)


 そうして校舎裏の掃除がてら皆で落ち葉を掃き集め、いざ誰が用意したかも分からない芋を焼こうとした時――なんと連中、芋を“直”に落ち葉の山に突っ込みやがった。


「しかも、そのまま火まで点けようとしたからなぁ……」


 無論、俺は慌てて止めた。


 当たり前だ。幾ら“焼芋”なんて名前が付いているからって、生の芋を直火に掛けてどうする気だ? 黒焦げになった芋なんて俺は食いたくない。

 しかも良く良く聞いてみると、担任も含めその場に居る誰も焼芋の焼き方を知らないときた。どうやら俺以外の全員が、勘だけで焼芋を作ろうとしていたらしい。

 その時は同級の生徒はともかく、担任くらいは芋の焼き方くらい知ってろ本気で思ったもんだ。


 某ご長寿アニメなんかにあるように、焚き火の中から裸の焼芋が出てくるなんて実際には在り得ない。

 在り得るとすれば相当上手く火力を調節する必要があるのだが、焚き火でそんな事はまず不可能だ。

 焚き火で焼芋を作るには、まず熱の通り過ぎを防ぐため濡れた新聞紙で包み、更に直接火が当たらないようアルミホイルで芋全体を包む必要がある。

 その状態で焚き火の中に芋を突っ込み、中心に火が通るまでじっくり待たなきゃならん。

 幸い場所は学校だ、新聞紙とアルミホイルくらいなら簡単に手に入ったので、俺たちは無事美味い焼芋に有りつく事ができた。


(ま、もう味なんか覚えてないけどね……)


 そうして同級の連中は焼芋が食えた事に素直に喜び、担任からは『芋を無駄にしないで済んだ』と礼を言われた。

 まぁ俺は母親から教わった事を実践しただけだし、無料で芋も食えたから文句なんてなかったのだが、もう今回みたいな無茶はしないで欲しいとは思った。


(そんな理由で丸焦げにされる芋が哀れでならん)


「しっかしまんなぁ……」


 ポツリと零れた言葉通り、冷たい雨は未だ降り続けている。

 この時期にしては珍しい長雨だ。できる事なら、この焚き火が消える前には止んで欲しいのだが……。


 モゾ――


「お?」


 モゾモゾ――


(おお! お腹の赤ん坊が動いた!)


 というのは勿論冗談で、上着の中に入れて暖めていた子狐が目を覚ましたらしい。

 ずっと抱えていたから分かるが、今では身体も乾いて体温も上がってきている。どうやら、冬眠を超えた永眠の危機は去ったようだ。


 モゾモゾモゾ――


「おお?」


 目を覚まし、そのまま俺の胸に沿って上に登って来た子狐は、上着の襟口からヒョコリと顔を覗かせると――


「よお」

「――ッ!!」


 俺と目が合いハッと固まった後、また直ぐに上着の中に引っ込んだ。そして、そのまま暫く動かないなぁと思っていると――


 バタバタバタ――


「うおおッ!? 待った待った! 今出す! 今出すからそんな暴れんなって!」


 今度は狭い上着の中で、突然グルグルと回り始めやがった!

 誰だコイツを赤ん坊だなんて言った奴は!? 寧ろこりゃ腹ん中で成長したエイリ○ンだぞ!?


「キシャーー!」

「ってうわ!? ちょっと待てコラ! そっちは火があるから行くんじゃない!!」 

「キシャシャーー!」

「ええい! 別に取って食ったりしないから少し落ち着けー!!」


 そうして、狭い虚の中で大捕り物を繰り広げる俺たちだったが、そんなやり取りもそう長くは続かない。


 キュルル~~


 走り回る子狐から再び腹の虫が聞こえたと思うと、子狐は再びクッタリと地面にへたり込んでしまった。


「キュ~……」

「ほれ見ろ、腹減ってるのにそんな動き回るからだ」


 まぁさっきより大分元気になったみたいだが、相手は野生動物でしかも子供だ、近くに親もいないんじゃ警戒だってするだろう。


「まぁ少し待て、あとちょっとで出来るから」


 寒くて、腹が減って、そして寂しいってのは最悪だ。こんな状況じゃあ、俺もコイツも落ち着いて雨が止むのを待つなんて出来やしない。

 なので俺は現在、その問題を解決する為のある準備をしているまっ最中だ。


「……よし、そろそろ良いかな?」


 俺は手に持った棒を使い、火が消えないよう焚き火を横にずらすと、今まで焚き火のあった地面を掘り起こす。


「アチ、アッチ!……へへー、じゃーん!」


 すると其処から出てきたのは、ホッコリ焼けた“焼芋”だった。


「美味そうだろー、教会の神父さまがくれたんだぞー」


 そう言って、俺は自慢げに焼芋を子狐の鼻先に差し出してみる。

 だが特に興味はないらしく、子狐は警戒しながら数回鼻をヒク付かせると、また直ぐその場にヘタってしまう。


「まぁ焼芋なんて知らないか」


 ラドック神父からお土産にと持たされたのは、“アマル芋”という品種の芋だ。前の世界でいうさつま芋みたな物で、甘味が貴重なこの世界ではそうそう食べれる代物ではない。

 皮の色はサツマイモより紫色が強く、中は薄い黄色なんだが、これに火が通ると濃い黄色に変化する。


「アッチチ!」


 さっそく芋を二つに割ると、とたん中から白い湯気と一緒に糖分を含んだ甘い香りが溢れ出る。

 中心にも十分火が通っていて、この輝くような濃い黄色に強く食欲がそそられる。


「ふーふー、ハフッ、ハフハフ!」


(あ、熱い! けどッ美味い!)


 このシットリホクホクした食感と、優しい甘さが最高だ。いつも家で食べる物よりずっと甘くて美味く感じる。

 熱い塊を口の中でハフハフと冷ましながら胃に落とし込むと、身体が内側から一気に熱を取り戻した。


「やっぱ秋の味覚と言ったらコレだよなー」


 美味しい物を食べて空腹が和らげば、自然と顔がほころんでしまう。ただ一つ贅沢を言わせて貰うなら、これで日本茶でもあったら最高だった。

 いつも飲んでるアルコ茶も美味い事は美味いのだが、あの甘い香りはこのアマル芋の香りとは余り相性が良くない。

 この芋の甘みと香りには、香りも味もサッパリとした日本茶の方が良く合うだろう。あと、やっぱり飲み物なしで芋を食うのは少し辛い。

 まぁゆっくり食べれば問題はないのだが、この世界でもどこかで日本茶と似たような物を栽培していないだろうか。


(……今度、ラドック神父にでも聞いてみるか)


 亀の甲より年の功。あの人は色々な事を知っているので、もしかしたら茶葉の種類にも詳しいかもしれない。


「ほれ。お前も食ってみろ」


 冷ました芋の欠片を、ヘタっている子狐の鼻先に置いてやる。

 すると、どうやらその甘い匂いに漸く食指が動いたらしく、オズオズといった具合に一口だけ芋の欠片に噛り付いた。


「……ッ!? ハグハグハグ!」


 そのまま焼芋を少しだけ咀嚼した子狐は、とたん今まで半開きだった瞼をクワッと開き、物凄い勢いで残りの欠片を食べ始めた。

 よっぽど腹が減っていたんだろう。その食い方は子供ながらに豪快で、まるで獣が乗り移ったかのようだ。


(って、最初から獣か。つか、狐って焼芋食うんだな。それともコイツが雑食なだけか?)


 置かれた焼芋の欠片をあっと言う間に食べ切ってしまった子狐は、まだ食べ足りないとばかりに欠片のあった地面を嗅ぎ続けている。

 なくなったのは見れば分かると思うのだが、こうして匂いを嗅いでしまうのは動物の習性さがなんだろうな、きっと。


「待ってろよ、まだあるからってワッ!?」


 そうして、俺がまた芋の欠片を子狐にやろうとした瞬間、子狐が突然俺の顔へと飛び掛ってきた。

 そのまま三角跳びの要領で俺の顔を蹴り付けると、一瞬にして手に持っていた焼芋を奪われてしまう。

 流石は野生動物、この展開は予想してなかった。


 しかし――


「キャンッ!」


 子狐は高く短い悲鳴を上げると、咥えた焼芋を直ぐその場に吐き出してしまう。その後も何度か噛み付こうと努力するのだが、中々芋に歯を突き立てる事ができない。

 流石は保温性に優れた焼芋、この展開は予想していた。


「ペッペッ……ったくぅ、焼芋なんだから熱いに決まってるだろ。そんなに焦んなくてもちゃんとやるってば」


 俺は落ちた焼芋を拾って半分に割ると、中から出てきた大量の湯気を吹いて熱を飛ばし、冷ました欠片をまた子狐の前に置いてやる。


「ふーふー……ほれ、別に誰も取ったりしないから、ゆっくりお食べ」


 子狐は欠片と俺の顔を交互に見詰めたのち、今度はさっきよりもゆっくりと欠片を食べ始めた。どうやら、少しはこっちを信用してくれたようだ。


(上手くいった)


 寒さも空腹も、そして心細さもなくなれば、生き物は自然とリラックスできる。

 今の俺とコイツに必要なモノは“心の余裕”という奴だ。その点、焼芋というのは我ながら良いアイデアだ。

 焚き火を熾して暖を取り、焼芋を食べて空腹を癒し、食べ物を分けて相手と仲良くなる。まさに、一石三鳥のグッドアイデアだろう。


「ハグハグハグ――」

「しっかし、まさかこっちの世界でも焼芋を作る羽目になるとは……」


 自分で芋を焼くなんて久しぶりだ。というか、考えてみれば料理自体、こっちの世界に来てから一度もした事がなかった。


(まぁ焼芋を料理と言って良いのかは微妙だけどな)


 前の世界では“にわか”止まりの趣味だったが、割と色々な料理モノを作ったものだ。


「あぐ、ハフハフ――」


 子狐が焼芋を食べる姿を眺めながら、俺も自分の芋にかぶり付く。


 中学時代の校舎裏で焼芋をやった時は、芋を濡れた新聞紙とアルミホイルに包んで、それを焚き火の中に突っ込んで焼いた。

 でも、何もそれだけが焼芋を作る方法じゃない。さっきのように芋を地面に埋め、その上で火を焚くなんて方法もある。

 まぁこの方法で芋を焼いたのは初めてだったのが、無事に焼けたようで良かった。


 勿論、ただ芋を土の中に埋めた訳じゃない。

 掘った穴の中に落ち葉を敷き詰め、そこに芋を置いて更に落ち葉を被せる。そうしたら上に土を被せて、その上で焚き火を熾すのだ。

 敷き詰めた落ち葉には外の濡れた物を使用したから、こうする事で芋に直接土が着く事もなく、土の中でじっくりと芋が蒸される。

 だから正確には“焼芋”というより、“蒸し焼芋”っていった方が正しいかもしれない。


 まぁ穴を掘るなんて手間が掛かるし、こんな方法で芋を焼く事なんて滅多にない。

 それに、前の世界で焼芋が食べたきゃスーパーにでも行けば簡単に手に入るし、仮に自分で焼くにしても自宅のコンロで十分だ。


「だけど、こっちの世界には新聞紙もアルミホイルもない。直火で焼いても良いんだけど、それだと火との距離を調節するのが難しい。それに、こっちの方が弱い熱でジックリ芯まで火が通るから、確実かつ美味しく芋を焼く事ができる。手間が掛かる分、それなりの見返りもある――って、お前に話しても分からないよな」


 俺自身も寂しかったせいか、何故か子狐相手に芋の焼き方をレクチャーしてしまった。


「キュ~ン」

「お? 何だまだ食うのか? よっぽど腹ペコだったんだな。ふーふー……ほれ」

「キャン、ハグハグ――」

「おお!?」


 少し驚いた。俺がまた新しい欠片を冷まして地面に置こうとしたら、その前に子狐が俺の手から直接芋を食べ始めた。

 野生動物だから馴れるまでもっと時間が掛かると思ったのだが、意外と早く懐いてくれたらしい。


(……フ、この程度の餌付けで飼い慣らされるとは、都会の野良犬も真っ青なチョロさだぜ。貴様には野生動物としてのプライドは無いのか?)


「アグッ!」

「あ痛ーいッ!! ちょっと狐さん!? ボクの手まで食べないでくれませんかね!?」

「キシャー!」

「分かった分かった! 俺が悪かったから! ほら芋だぞー、美味しい焼芋だぞー、コレ食って機嫌直せー」

「キャン、ハグハグハグ――」


 その後も何度かそんなやり取りを重ねるうち、俺と子狐は次第に仲良くなった。

 最終的には俺の膝の上で眠るようになり、そんな子狐の背中を撫でながら、いつしか俺も頭で船を漕ぎ始めていた。


「………ッハ! い、いかんいかん!」


 危うく落としそうになった頭を振り、懸命に眠気を追い払う。こんな所で寝たら風邪を引くだろうし、火の番をしている以上目を離す訳にもいかない。

 しかし、身体が暖まってお腹が膨れたのは良いのだが、その後にやって来るこの眠気には抗い難いモノがある。

 更に子供の身体というものは、割りと簡単に寝落ちしてしまう。実際、家畜であるヤッコの背中に跨って遊んでいた時、まったく無自覚のままその場で寝落ちした事もある。

 あの時は、我ながらよく背中から落ちなかったものだと感心したが、落っこちて打ち所が悪ければ、最悪大変な事になっていたかもしれない。


(でも、ヤッコの背中って暖かくてモコモコしてて、気持ち良いんだよなぁ)


「………………ッハ!? だから寝ちゃ駄目なんだって!」


 駄目だ、あのナイスな寝心地を思い出しただけでまた眠気の波がやってくる。


(つか、この雨はまだ止まないのか?)


 そろそろ焚き火の方も心許なくなって来たのだが――


「うーん……お?」


 雨が降り始めてから二時間ほどだろうか。雨音が徐々に遠ざかり、虚の外が次第に明るくなってきた。

 どうやら、居座っていた雨雲が漸く重い腰を上げたらしい。


「おい、起きろチビすけ。雨が上がったぞ」


 俺は眠っている子狐を揺すって起こすと、そっと膝の寝床から退場させる。

 地面に降ろされた子狐は大きく伸びと欠伸をすると、身体を震わせ後足で首の辺りを引っ掻く。『あーよく寝た』と言わんばかりの清々しい態度だ。


(おのれ、こっちは必死に寝ずの番をしていたというのに、自分だけ呑気に寝こけおって)


 俺は早速虚の中から這い出し、外の様子を確かめてみる。

 雨は完全に止んでいるのだが、焚き火で暖められた虚の中とは違い、外は雨のせいで随分と気温が下がっていた。

 時折吹く冷たい風に堪えて空を見上げれば、雲の隙間から覗く空はすっかり茜色に染まっている。なので、早いところ家に帰った方が良いのだが――


「問題は――」

「キャンキャンッ」

「お前さんをどうするかなんだよなー」

「ハッハッハ!」


(うわぁ、すンげー尻尾振ってるよ)


 俺を追って虚から出てきた子狐は、小さいながらもモフモフの尻尾を振り、俺に期待の眼差しを向けている。

 多分、俺に遊んで貰えるとでも思っているのだろう。


(いや、別に遊んでやること自体はやぶさかじゃない、俺けっこう動物好きだし)


 でも、今は家に帰るのが先決だ。このまま日が沈んでしまえば、今よりもっと気温が下がってしまう。今ここで遊んでやっている余裕はない。


「このまま放置――って訳にもいかないよなぁやっぱり……」


 こうして雨が止んでも、未だにこの子狐の親は出てこない。逸れてしまっただけなのか、親が育てるのを放棄してしまったのか、それとも死に別れてしまったのか……。

 何にせよこんな子狐だ、このまま此処に置いて行ったら、今夜中にも凍死してしまうかもしれない。


(……仕方ない。難しいとは思うけど、頑張って家族を説得してみるか)


「なぁチビすけ。お前家に来るか?」

「キャン!」

「ハハ、そっかそっか」


 随分とタイミング良く返事をされてしまった。そして返事をされてしまった以上、このまま置いて行く訳にもいくまい。


「よし、じゃあ行くか!」

「キャンキャン!」


 燻り始めた焚き火に入念に土を掛け、乾かしてあった服を着て改めて家を目指す。

 子狐は家路を歩く俺の横を楽しそうに付いてくるのだが、道がぬかるんでいるせいで足が冷たそうだ。

 本人は大して気にしてないっぽいが、見ている俺が嫌なので途中から抱えて歩く事にした。


「キュ~ン」

「っぷわ! ちょっ、こら舐めるな!?」


 俺の顔なんか舐めてもちっとも美味くないだろうに、思う存分涎まみれにされてしまう。


(ああ、でも舐められた部分が暖っかくて気持ち良いかも)


 その直後に一瞬で冷たくなるけど……あと獣臭い。


「そうだ、お前に名前つけないとな。どんな名前が良い?」

「ハッハッハ」


 まだ正式に飼うと決まった訳じゃないが、既に名前まで付けたとなれば両親も簡単に捨てて来いとは言い辛かろう。

 などと六才児にはあるまじき計算高さを発揮しつつ、俺は早速この子狐の名前を考える事にした。

 因みに、この子狐がメスである事は既に判明している。どう確認したかはご想像にお任せするが、それなら女の子らしい名前を付けてやろう。


「うーん……」


 歩きながら抱いている子狐の顔を眺める。

 体は真っ黒な毛に覆われているが、口周りと耳周辺、そしてお腹と尻尾の先だけ毛の色が白い。モフモフの尻尾をパタパタ振り、特徴的な四つのとんがり耳がピコピコと動いている。

 とても可愛らしくて見ているとホッコリする。どうせ名前を付けるなら、この四つの耳に関連した名前にしたい。


(四つ耳の狐か……)


「“四耳狐ヨミコ”とか?」

「キュ~」


(……いや、悪くないけど、少し捻りが足りない気がするな)


 安直と言うか、もうちょっと凝った名前にしたい。


「……なんかお前、正面から見ると“星”っぽく見えるな」


 四つのとんがり耳の白い部分と、突き出た口の白い部分が合わさって、顔を正面から見ると逆立ちした“☆”マークに見えなくもない。


(星、五角形、五つの白……)


「……“ヒビカ”ってのはどうだ?」

「キュ?」


 何故“ヒビカ”かと言うと、コイツの耳と口の白い部分が五枚の花弁に見えたからだ。


「俺の前いた世界に“日々草(にちにちそう)”って割とポピュラーな花があってだな、白い五枚の花弁で出来た、地味だけどけっこう可愛い花なんだぞ。その読み方を少し変えて、草の部分を花にして“日々花(ひびか)”――どうだ、良い名前だろ?」

「キュ~♪」


 うん、絶対理解してないだろうけど、嬉しそうだから良しとしよう。


「よしっ! お前の名前は今日からヒビカだ!」

「キャンッ、キャンキャン!」

「ハハ、そっかそっか、お前も嬉しいか」


 その後、無事家まで帰り着いた俺たちは、帰りが遅くなった事で両親にこっぴどく叱られた――なんて事はなく。

 素直にそれまであった出来事を両親に話したら、割とすんなり許して貰えた。しかも『ヒビカを飼っても良いか?』と聞いてみた処、こちらも二つ返事で了承されてしまった。


(う~ん、もっと反対されるかと思ったけど、思いの他あっさりと解決してしまった)


 仮に最初から許可する積りだったとしても、そこは『ちゃんと飼えるのか』とか、『命の責任を負う』とか、そんな感じの真面目な話をしてからじゃないのか?

 それだけ俺の事を信用してくれているのかもしれないが、ウチの家族はちょっと俺に甘過ぎる気がする。

 普通はその家の長男が一番優遇される筈なのだが、何故かウチでは長男のゼオルまで俺に甘い。


 まぁヒビカを飼う許可が出たのは在り難い。そのお礼――という訳ではないが、虚の中で焼いておいたアマル芋を家族全員に振舞った。

 ラドック神父に貰った芋は、雨宿りをしている最中に全部焼いてしまったのだが、流石に俺とヒビカだけで食べきれる量ではない。

 芋はすっかり冷めてしまったが、キッチンの聖紋機で温め直してから夕食の後で皆に食べてもらった。


 流石に焼きたてより味は落ちていたが、一口食べたとたん全員とても気に入り、食後だというのに残った芋全てをぺロリと平らげてしまった。

 どうやら、“地面に埋めて焼く”という方法を知らなかったらしい。

 家族は俺から作り方を聞いて甚く関心すると、また落ち葉の積もる時期に同じ方法で芋を焼き、泊まりに来た客にも出してみようという話にまでなった。

 別に大した事をした訳じゃないが、自分の考えた物が評価されるってのはやっぱり嬉しいモノだ。


「ところでイセア。こんな芋の焼き方、一体誰から教わったんだ?」


(うん、当然聞かれるよね)


 なんたって俺六才児だし、ウチの誰もそんな芋の焼き方知らないし。


「あー、うん、偶然だよ偶然。こうやったら出来るかなー、って思ったからやってみたんだ。そうしたらたまたま上手く行っちゃって」


 適当に誰かから“教わった”とか、“本で読んだ”とか言ったらボロが出そうだ。かと言って、本当のことを言う訳にもいかないので、ここはひとまず偶然と言う事で誤魔化す事にした。

 まぁコレも苦しい言い訳だとは思うが、幸いな事に誰にも怪しまれずに済んだので、俺もその時は大して気にする事はなかったのだが――


 ……多分、この頃からだろう。


 俺がこれから進むべき道、そして目指すべき先が、予想していたモノから徐々にズレ始めてしまったのは。


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