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01 男、巨大ロボットと出会う

 ◇◇◇


 さて、先ずは俺の自己紹介も含め、これまでの経緯を説明させて――


 ……いや、やっぱり止めておこう。


 正直、ここで俺の自己紹介をしたところで、余り意味があるとは思えない。

 なのでここはもっと大まかに、大雑把な紹介のみに留めておく。


 性別は男。年齢は三十代。体格は中肉中背。

 学生の頃の成績は可もなく不可もなく、高校を卒業後知り合いの会社に就職。

 両親は数年前に事故で二人ともに鬼籍に入り、兄弟や親戚の類も居ない。

 更に年齢イコール彼女いない暦の俺には特に親しい友人も居らず、天涯孤独の独り身だ。


 酒も飲まず、タバコも吸わず、スポーツや読書にも興味はなく、特に趣味と言える物もない。ギャンブルや風俗にも関心は持てなかったので、仕事で稼いだ金は貯まる一方。

 唯一料理には多少なりとも興味を持ったが、それも結局は“にわか”止まり。テレビやネットで美味そうな物を見掛けては、自分で自作していた程度のもの。

 仕事が終わって宿舎に帰れば、飯食って風呂入って布団で寝て、次の日起きて仕事に行くの繰り返し。


 ……まぁ要するにだ、途方もなく退屈で詰まらない人生を送っていた訳だ。


 そんな俺の最も救い難い部分は、そんな状況にすら完全に慣れ切っていた処だろう。

 両親を失った頃に考えた自殺なんて言葉も、時間が経つに連れいつの間にか頭の中から消え去っていた。

 その頃の俺は生きていたから生きているだけで、死んでいなかったから死んでいないだけ。

 今の自分を支えるピースが一つでも欠ければ、一瞬で崩れる土台の上に立っている事に、まるで気が付いていなかった。


 ……いや、違うな。気付こうとすらしていなかった。


 そんでもって、そんなある日の事だ、その土台があっけなく崩れ去ったのは。

 いつもの時間、いつものホームで電車を待っている最中、イキナリ後ろから背中を押された。

 そこから先は一瞬だ。抵抗する余裕なんてなく、前に倒れながら横目に迫ってくる先頭車両のライトを見た直後には、もう俺の意識は途切れていた。

 たぶん即死だっただろう。幸いと言って良いのか判らないが、痛みなどは感じなかった。


 断っておくが、俺には誰かに恨まれるような覚えは一切ない。

 そもそもここ数年、他人に好かれるような付き合いも、憎まれるような付き合いもしてはこなかった。

 まぁ人の恨みなんて何時どうやって買うか分かったもんじゃないので、もしかしたら知らずに恨まれていた可能性もなくはないが……。

 もしくは怨恨の類じゃなく、ただの事故って線も考えられる。酔っ払ったオッサンが、よろけて俺の背中にぶつかっただけかもしれない。

 それはそれで理不尽だが、相手の顔を見る余裕すらなかったので、死んだ俺すら犯人の正体が分からない始末。

 これじゃあ化けて出てやる事だって出来やしない。


 ……まぁ仮に分かってもしないけど、面倒だし。


 そもそも俺は、自分が死んだ事に余りショックを受けていない。

 その瞬間に考えた事といえば、『無駄に貯めた貯金はどうなる』とか、『部屋の片付けをする業者の人に申し訳ない』とか、『両親の墓は誰が面倒みるんだろう』とか、そんな未練にすらならないものばかりだった。


 ……ま、人生なんてこんなもんだろう。


 所詮人間は生きる時に生き、死ぬ時に死ぬ。

 結局、最初から最後まで面白みに欠ける人生だったが、それでも不幸のどん底で首括って自殺するよりは、まだ幾分はマシな人生だったと思う。


 だがそこで、俺ははたと気が付いた。


 ……何で俺、死んだ後にこんなコト考えてんだぁああああッ――!?


 “死んだ後も思考している。”その矛盾に違和感を覚えた直後、突如身体が何か物凄い力によって引き寄せられた。

 と思ったが、自分の“身体”はさっき亡くしたばかりなので、何だろう? 身体ではなく、俺の“意識”が引っ張られたって表現の方が正しいのかもしれない。

 いや、“引き寄せられた”ってのも適切じゃない気がする。吹き飛ばされた? 放り投げられた?

 とにかく何かもの凄い力が、何かもの凄い勢いでその場から俺を移動させたのだ。


 音速マッハなんて生優しいモノじゃない。光速とか第一宇宙速度とか、たぶんそんな感じの速度が出ていたと思う。

 背後の地球が一瞬で暗い宇宙の点になり、視界がトンネルを進むかのように狭くなる。

 前方に見えていた星やらガス雲やらが瞬時に俺の横を通り過ぎては、そこからも更に速度が増していくのが分かった。


 もしこの時の俺に身体があったら、きっと目を瞑ってオシッコを漏らしながら、史上稀に聞く情けない悲鳴を上げていたに違いない。

 それくらい怖い体験だったのだが、幸か不幸かその時の俺には意識しかなく、悲鳴もオシッコも出ない代わりに、目を瞑る事も気を失う事もできなかった。


 そんな状況が、そのまま暫くの間続いた。


 数分か数時間か数日か、はたまた数年か数世紀かは判らない。

 でも、そんな状況にもやがて慣れ、もうどうにでも成れの精神で考えることを放棄し、一瞬とも永遠とも判らない時間が過ぎた頃、突然視界が真っ暗になった。

 さっきまであった星の海はどこにもなく、それでも意識だけは未だ前方に進み続けているのが分かる。

 やがて、『ああ、たぶんこの先が“あの世”なんだろうなぁ』――なんて漠然と考え始めた頃、遠くの方に何かチカリと輝く小さな点のような物が見えた。

 星かと思った次の瞬間、その小さな光は一気に広がると、一瞬にして俺ごと周りの世界を飲み込んだ。

 真っ暗な世界から一転、強烈な光の洪水。でも、不思議と視界が眩む事はなかった。


 ――そこで、俺は見た。


 蒼い空。碧い海。白い雲。切立った山脈。緑の森。黄色い砂漠。広大な平原。傷ついた荒野。曲がりくねった河。鏡のような湖。底の見えない渓谷。大地を削る氷河。空に浮かぶ島。輪の掛かった月。

 言葉どころか思考すら奪うその圧倒的光景に釘付けになる俺を余所に、ココまで運んできた力は急にその向きを変えると、俺をその世界の中心へと引き擦り込んだ。


 ――ッ!?


 成層圏なんか軽く突破し、星の外郭をアッサリと貫き、マントルを潜り抜けた俺の意識は順調に星のコアへと落ちていく。

 これまでとは違い、その時だけは何故か引き千切られるような衝撃に襲われた。

 抵抗なんか出来る筈もなく、轟音のような何かが聞こえ視界が激しく揺さ振られながら、急激に辺りが暗く染まり意識が遠くなって行く。


 俺はこの瞬間、駅のホームで背中を押された時とは違い、初めて自身の死を覚悟した……。




 ◇


 夢なのか臨死なのか、そんな良く判らない体験から目覚めると、何やら寒々とした石造りの天井が目に飛び込んできた。


(病院……じゃあないよな、どこだココ?)


 どうやら駅のホームから落ちて気を失った後、誰かにここまで運ばれたらしい。


(……つか俺、あの状況で死ななかったのか?)


 クジ運など余り良い方じゃないのだが、まさかあの状況で生き延びるとは、そりゃあ悪夢の一つも見るというモノだ。

 今はベットにでも寝かされているらしく、横になったまま自分の身体に意識を向けると、特に痛みのようなものは感じなかった。


(え? とゆーことは無傷? あの状況で?)


 これはもう、幸運じゃなく悪運の類だ。

 そのうち反動でもあるに違いないと思ったが、そもそも線路に落ちること自体が不運なので、プラスマイナスでゼロといった所だろうか。


(取り合えず、起き上がってココが何処か――ん?)


 横になった身体を起こそうとするのだが、どうにも上手く起き上がることができない。というか、身体が上手く動かせない。

 植物状態のように完全に動かせない訳ではなく、手や足はパタパタ動くのに、何故か上体が上手く起こせない。

 しかも、何故かもの凄く頭が重い。頭痛とか気分が悪いといった類のものでなく、物理的に重い。まるで頭が三倍程に膨らんだみたいだ。


(何だ? 頭に重りでも乗っかってんのか?)


「――ッ! ――ッ!!」


 すると、どこからか慌てた様子の声が聞こえてきた。

 その声の主は俺から離れて部屋を出て行ったかと思いきや、また直ぐに部屋へと戻ってくる。

 どうやら誰かを呼んできたらしく、最初の声に続き数名の気配が部屋の中へと入ってきた。


「――! ――、――!?」

「――、――――」


 部屋に入ってきたのは三人。

 外国の言葉だろうか? 彼らは何やら聞き慣れない言葉を喋りながら俺の寝ているベットに近付くと、ベットを囲むようにして俺の傍らに立った。

 頭部がちょっと寂しいオジサンが俺の右側に立ち、左側には二十代後半くらいのガタイの良い髭モジャの男性と、これまた二十代後半くらいのロングヘアで顔立ちの綺麗な女性が寄り添っている。


 若い二人はたぶん夫婦だと思う。頭の寂しいオジサンは神妙な顔付きで、夫婦の方は嬉しそうな表情で俺のことを見下ろしている。

 どれも見覚えのない顔だ。というか、どう見ても日本人の顔立ちじゃない。この人達が俺をここまで運んできたのだろうか?

 喋っている言語が日本語じゃないので外人だとは予想できる。ただ――


(何で皆、髪の色が“青”なんだ?)


 いや、言葉が違うだけならまだ良い。俺の知らない言語なんて地球上に幾らでもある。

 でも、髪の毛の色が青いというのはどういうことだ? そんな人種、いままで見たことも聞いたこともない。


(あ、染めてるだけかな?)


 目には黄色のカラーコンタクトまで入れていて、なかなか気合が入っていらっしゃる。着ている洋服もどこか古めかしく、何かのコスプレをしているのかもしれない。

 とまぁ、そこまでは無理矢理にでも自分を納得させる事ができたのだが……。


(この人達、何だか妙にデカくね?)


「……ウ、オーオ」


(……あれ?)


「オゥアー……アーウー」


 おかしい。取り合えず彼等にココがどこだか尋ねようと思ったのだが、その度に近くから赤ん坊のような声が聞こえてくる。


(何この怪現象。割と本気で怖いんだが)


「――、――?」


 そんな具合に俺が困惑していると、俺を見下ろしていた女性がこちらに手を伸ばしてきた。

 女性は俺の頭と背中の下に手を差し込むと、ゆっくり優しく俺の身体を持ち上げて――


(って、いやいやいや! 持ち上げた? この俺を!?)


 そんなに大柄な訳じゃないが、俺だって体重60キロ前後はある立派な成人男性である。それをこうもアッサリ持ち上げるなんて、この女性ひとには一体どれだけの力があるのだろうか。


 女性は持ち上げた俺の頭を自分の大きな胸に当てるように抱きかかえると、まるで子供でもあやすように身体を左右に揺すり始める。


(……あ、意外と悪くないかも)


 なんだか柔らかくて暖かくて良い匂いがして、妙に落ち着いた気分になる。


(………………って、だから落ち着いてる場合じゃないだって!! 本当に一体どうなっているんだ!?)


 ここまで来ると、もう女性の胸が大きいとかそう言った問題ではない。全体的に色々とサイズがデカき過ぎる。

 これじゃあ周りが大きいと言うより、寧ろ俺の方が縮んで――


(…………え?)


 その時、部屋の壁に掛けられた一枚の鏡が目に留まった。

 そこには今しがた俺を抱き上げた女性と、その女性の腕の中に抱きかかえられている――小さな“赤ん坊”の姿があった。


(あ、あんれぇ??)




 ◇


(もうね、パニックなんてモンじゃなかったよ)


 混乱とか絶望とか、よく分からない諸々の感情が一気に噴出して、気が付いたら大泣きしていた。

 そりゃあもうビービーと、まさに赤ん坊って感じで泣き喚きましたよ、ええ。

 何年ぶりかな? 両親が死んだ時だって、ここまで盛大に泣きはしなかった。10年、15年、ひょっとしたら20年近く、こんな泣き方はしていなかったかもしれない。


 んで、漸く自分が泣き止んだと思ったら、今度は女性のおっぱいに吸い付いて、いつの間にか母乳おちちを飲まされておりました。

 見知らぬ女性の乳房に吸い付くなんて若干どころじゃない抵抗があったものの、赤ん坊の身体は正直で、極々自然に母乳を頂いていた。

 詰まりは、この女性がこの赤ん坊の“母親”って事なのか? この赤ん坊の母親ということは、詰まりは“俺”の母親ということになるのか?


(なんだそりゃ? 訳わからん)


 そんな感じで再びの感情爆発を引き起こすと思いきや、号泣した後に腹いっぱいになったお陰か、気持ちは大分フラットになった。

 身体が動かず、また満足に喋れないとなれば、今の俺に出来ることはない。そう判断した俺は無駄な抵抗を止め、状況に身を任せる事にした。


「――、―――、――」

「――。―――」


 それから暫くして、夫婦と思われる二人はさっきのオッサンと幾つか言葉を交した後、俺を抱えてその建物を後にした。


 外に出ると、そこには背の高い建物が幾つも並んでおり、そのどれもが皆一様に古めかしい石造建築ばかり。

 どう見てもコンクリと鉄筋で出来ているようには見えず、雰囲気的には西洋建築っぽいのだが、若干違うような気もする。

 まぁ建築には余り詳しくないので“ドコが”と聞かれても困るのだが、ひょっとしたら映画村とか江戸村とか、そんな感じの場所なのかもしれない。


 あと、通りを歩いている人の姿にも特徴があった。誰も彼もが皆似たような青色に髪を染め、目には黄色のカラーコンタクト。

 服の色もデザインも古臭く統一されており、そのどれもがまるで本当の日常であるかのような雰囲気を醸し出している。

 多分あれだ、日本もあの手この手で地方を盛り上げようとしているし、きっと周りにいるレイヤーの皆さんも、地域復興に貢献しているに違いない。


 なんて事を考えていたのだが――


(……うん、もう止めよう)


 正直、これ以上自分を誤魔化せる自信がなかった。

 もうね、空に浮いてる月らしき物体に輪が掛かってる時点で、この状況がただのセットと言い張るには無理があり過ぎる。

 それに、俺自身がこうして赤ん坊に成っているんだ、いい加減認めるしかない。ココは“日本”じゃない――いや、たぶん俺の“元いた世界”ですらない。


 恐らくあの瞬間、俺はやっぱり電車に引かれて死んだのだろう。寧ろ、あの状況で生き残ったと考える方が都合が良すぎる。

 そして、何らかの理由で意識? 魂? そんな感じの物だけが身体から抜け出して、この赤ん坊の身体に入り込んだのだ。


(単に産まれ変わったのか、それとも乗り移ったのかは判らんが……)


 そもそも、俺をここまで運んだあのモノ凄い“力”は何だったんだ?

 前に少しだけ読んだ転生モノのラノベやネット小説だと、死んだ主人公の前に神様っぽい存在が現れて、“そのまま死ぬ”か“チート能力を与えて別世界に転生させる”かの、二者択一に見せかけた一者択一を迫られるものだ。

 でも、俺の場合は一者択一どころか、問答無用でこの世界に連れて来られた。神様らしき存在なんてどこにも見当たらなかったし、あえて言うならあの“力”がソレだったのかもしれない。


 そうして女性の腕に抱かれたまま、この無茶苦茶な現状を無理矢理にでも納得しようと、頭の中で合ってるかも分からない屁理屈を並び立てていると――


 ズウゥン……


(うん? 何だ?)


 何やら、遠くの方から地鳴りのようなモノが響いてきた。

 どうやら俺を抱えた二人はその地鳴りのする方向に用があるらしく、特に気構えた様子もなく町の通りを進んで行く。


 ズウゥン……


 地鳴りは徐々に大きくなり、やがて前方に厚い人垣が見えてきた。その向こう側は広い大通りになっているようで、皆そこに在る何かを見に来ているらしい。

 女性の腕の中に居る俺には人垣の向こう側を伺う事はできないが、随分と賑わった雰囲気だけは伝わってくる。


(祭りでもやってんのか?)


 ズウゥン……


 さっきから聞こえているこの音も、恐らくは銅鑼かなにかの楽器の類なのだろう。皆が一体何を見ているのか多少興味はあるものの、残念ながら俺が見るのは難し――


 ズウゥンッ


(――ッ!?)


 その時、一際大きな地響きが女性の腕ごと俺の身体を揺さ振った。そして辺りに落ちる巨大な影が、俺を含めた周囲一帯の日差しを遮る。


 ……俺はこの先、その影に誘われて上げた視線の先に見た光景を、決して忘れる事はないだろう。


(な、何だこりゃーー!?)


 その影は余りに巨大で、人垣の一番後ろで女性に抱かれたままの俺ですら、余裕でその姿を拝む事ができた。

 黒光りする装甲に身を包み、手足が太く胴体が短い“ソレ”は、随分と無骨な格好をしていたものの、確かに人の姿を模していた。

 逆光のせいで細部まで見れず、そもそも俺自身呆けていてそれ処じゃなかったのだが――


 ソレは、“巨人”だった。


 とんでもなく巨大な“ロボット”が、たった二本の脚を使って町の通りを練り歩いている。

 どこぞの観光地にある1/1フィギュアなんか目じゃない。実際に動いて歩行しているその姿は、まさに圧巻の一言に尽きる。

 その巨大ロボットの全長は15メートル程の高さだったが、その頃の俺は自分の身体が赤ん坊になっていた事もあって、ソレが上空の遥か雲にすら届く巨体に見えていた。


 ズシィンッ――ズシィンッ――


 しかも、そんな巨大ロボットが一機や二機でなく、もっと沢山の数で通りを一列に行進している。

 圧倒された。目も口も、鼻の穴まで大きく広げて、俺はその光景を食い入るように凝視していた。


「アウ、アー、アーウー」


 いつの間にか、俺は何を喋っているのか、何を喋りたいのかすら分からないままに声を上げ、届かない筈の手を精一杯そのロボットに向け伸ばしていた。


「―――、―――ッ」

「――? ――」


 頭の上で俺の両親らしき人が何やら喋っているが、俺の耳にはまるで入ってこない。

 まぁ仮に入ってきても理解なんて出来なかったのだが、その時の俺はとにかく目の前のロボットに夢中だった。


(あ! 今のロボット、俺に向けて手を振らなかったか!?)


 前を横切るロボット達を見ていたら、その内の一体が俺に向け手を振ったように見えた。ただの気のせいかもしれないが、俺には確かにそう見えた。

 そうしてロボット達の行進を眺めているうちに、俺は自分の内側に、何かが小さく“灯る”のを感じた。


 思い返せば俺の人生、そこそこ色々な事をしてきたと思う。

 嫌な事も遣りたくない事も、必要だったから、言われたから、皆が遣っていたから、“そういう物”だとこなしてきた。

 それでもやってて良かったと想う時もあったし、楽しいと想える時もあった。

 高校を卒業して、中小クラスの会社に就職すると、両親はそれを喜んでくれた。

 初任給で飯をご馳走した時なんかは、母親は顔を背けて鼻をすすっていた程だ。

 俺もそれは嬉しかったし、それで良いと思ってた。


 ……でも、何故か親父だけは、神妙な顔付きをしていたことを覚えてる。


『お前、仕事はどうだ?』

『んー、まぁ普通だよ』


 普段飲み慣れない酒で乾杯し、聞かれた事に素直に答えると、親父の奴は『そうか……』とだけ言ってコップを傾けていた。

 寡黙ってタイプの人じゃなかったけど、その時は妙に口数が少なかった。予想では、もっと大騒ぎして喜ぶと思っていたんだが……。

 けど、本当に何となくだけど、今なら親父が何を聞きたかったのかが分かる気がする。


 きっと――“満足か?”とでも聞きたかったんだろう。


 今まで満足したことなんて、飯食って腹一杯になった時くらいなものだった。

 勉強も仕事も、身体を動かす事も頭を使う事も、必要だからやってきた。

 生きて行く為に必要で、何で生きているのかは考えなかった。

 だから、俺はこの30年以上生きた人生の中で――まぁ、一度目の人生はついさっき終了したばかりだが――産まれて初めて心の底から、“何かをしたい”と想ったのだ。


 俺は……“あのロボットに乗ってみたいッ!”


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