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18 依頼の裏の事情

 ◆


「成る程。そのような経緯が……」

「はい」


 イセアを自分たちの組織へと正式に向かい入れたその翌日、アリステアは再び教会の執務室を訪れていた。


「こちらも今朝、本人から正式に依頼を引き受けるとの旨を聞かされました。“当初の思惑”とは多少順序が異なりましたが、上手くいったようで何よりです」


 アリステアの報告に耳を傾けているのは、この部屋の主である“隻腕の神父”――ラドックである。


「申し訳ありません。此度の件、あれだけ骨を折って頂いたというのに、私の判断で先行してしまい……」

「なに。寧ろ結果は良い方に落ち着いたのです。それで良いではありませんか」

「恐縮です」


 予定では、今回の“出張料理”の依頼をイセアに引き受けさせた後、それが終わってから彼に組織への加入を呼び掛ける手筈であった。

 その方が、イセアをより円滑に組織に引き入れる事ができると判断した為である。


 しかし、教会の前でイセアの悩みを聞いたアリステアは、思い切って計画を前倒しし、直接彼を組織へと勧誘する事にした。

 その判断はある種彼女の“いさみ足”ではあったのだが、その結果無事にイセアを組織へと引き入れ、また出張料理の依頼をも引き受けさせる事に成功した。

 それは当初の思惑以上の成果であり、結果だけを見れば、彼女の判断が正しかった事を意味している。


 アリステアは恐縮と自分の心境を語ったが、寧ろイセアの悩みに気付けなかった自分こそ彼女たちに要らぬ手間を取らせたと、ラドックは己の至らなさを痛感していた。


「いえ、恐縮するのは私の方です。お礼を申しますアリステア殿」

「? それは、どういう――」

「貴女は私の友人の悩みを聞き、彼に道を示してくれました」


 ラドックとイセアの付き合いは、イセアが産まれた時から数えて十年――茶飲み仲間として話をするようになって五年近い時間が経過している。

 しかし彼は、イセアが何かに悩んでいる事は察していても、その内容にまで気付いてやる事ができなかった。


「本来であれば、より付き合いの長い私こそ、彼の心情を察するべきだったのです。貴女方に骨を折れさせたのは、寧ろ私の方かもしれません」

「な、何を仰るのです。ラドック殿はただでさえ御多忙な身。日々の激務をこなす中、此度の一件をお願いしたのは我々です。故にその労に感謝こそすれ、手間などと思った事は一度たりともございません」

「そう仰って頂けるなら、私も救われます」

「無論です!」


 そう大真面目に頷くアリステアを見て、ラドックの顔に苦笑が浮かぶ。


 そこまで豪快に非を否定されては、此方もそれを押し通すのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 自身が年を取ったせいか、はたまた彼女の若さ故か、ラドックは己への至らなさに対する追及から早々に手を引く事にした。

 自責の念に囚われて動けなくなる愚など、彼は当の昔に経験している。その代償が今は無き己の左腕であるのなら、同様の愚を犯す彼ではない。


「……それで、例の“新型”の進捗はどうですかな?」

「はっ」


 そうして己の心境を改めたラドックは、いつもの温和な表情を引き締め、アリステアに報告の続きを促した。


「現在、新型巨兵は《グリンデン城砦》での組み立てを行っており、今朝の報告では既に三割方が完了したとのこと。後は銀子線の調節、聖霊核との調律を残すのみとなっています」


 《グリンデン城砦》――北部の国境付近にある城砦都市であり、過去北の隣国から永きにわたりこの国を守ってきた国土防衛の要。

 フェイスレストとの戦いにおいて一度は陥落したものの、現在はこの国の仮の首都として機能しており、この国の聖紋機や聖紋巨兵の開発や修繕など、そのほぼ全てが此処で行われている。

 そしてそれは、リーデリットやアリステアの進める新型巨兵の開発も例外ではなかった。


「実地試験まで残り“一ヶ月”を切りました……間に合いますか?」

「以前報告した通り、一週間前からアガル殿をグリンデンに派遣し、組み立ての陣頭指揮を執らせています。主要部品は全て完成していますので、特に問題はないかと」

「“聖霊核”は?」

「此方での事前調律は完璧です……“グリエイヒル”は見事我らの要望に応えてくれました。既に彼も、アガル殿と共にグリンデンへと送られています」


 “グリエイヒル”とは、数日前アリステア達と共にイセアの家に訪れた聖紋機兵――その機体に搭載されていた“聖霊核”の名称である。


 “彼ら”聖霊核が機兵や巨兵の制御装置として使用される最大の理由は、人には困難なアストラルの流れを意図的に操作する、ある特殊な能力を有している事が挙げられる。

 この能力による聖紋への繊細にして巧みなアストラル供給が、機兵や巨兵の高度な姿勢制御を可能としているのだ。


 しかし、出来上がった機体に聖霊核を組み込めば、それで直ぐに機体が動かせるというモノではない。


 聖霊核とは、言ってしまえば機兵の“頭脳”に当たり、その頭脳を新しい機体からだに移す際には、必ず入念な“慣らし”が必要となる。

 この慣らしの工程を一般に“調律”と呼ぶのだが、この“調律”をより円滑に行う為、聖霊核は本来搭載されるべき巨兵の前に、その巨兵と同じ構造をした機兵へと組み込まれ、本番に備えての“事前調律”が行われる。


 数日前、アリステア達がグリエイヒルを連れてイセアの家を訪れたのも、その事前調律を兼ねてのモノであった。


「しかし、まだ機体の組み立ては完了していないのですよね? 聖霊核を送るのは些か早計だったのでは?」

「これはリーデリット様の命です。あの方曰く、新型の調律にはグリエイヒルでも手を焼くであろうとのこと。しかし一ヶ月もあれば、彼らならばやり遂げるとの判断です」


 従来の聖紋巨兵であれば、聖霊核との調律にそれ程の時間は必要ない。事前調律まで済んでいるなら尚更だ。

 しかし現在開発中の新型は、従来のモノより多くの種類と数の聖紋が使用されている。よってその調律にも、これまでの巨兵より長い期間が必要であった。


「リーデリット様はグリンデン城砦へはお戻りになられないのですかな?」

「おそらく、本人としては組み立てに立ち会いたいのでしょう。ですが、結果を出すまでは戻らぬと頑なに譲らず……」

「そうですか……」


 現在開発が進められている新型巨兵の設計者は、他ならぬレーデリット自身である。故に、あの少女が新型の組み立てに立ち会いたいと思うのは、当然の事と言えた。

 だが彼女には彼女の信念があり、譲れない想いと言うモノがある。そんな彼女の意思を尊重し手助けするのも、また従者たるアリステアの務めであった。

 そして本来であれば新型の操士であるアリステアも、聖霊核の調律に立ち会う事が望ましい。

 しかし彼女の主であるリーデリットがこのレディウスから離れない以上、例え主人の命であっても、その身を預かるアリステアがこの町を離れる訳にはいかない。


 アリステアにとって少女の存在は、それ程に大きくまた尊いモノなのであった。


「ですが、矢張り苦しい日程ですね。組み立て後、事前に出来ることは調律による調整のみ。操士を使っての試操すら許されず、直接動かせる機会が実地試験直前にしか与えられないとは……」


 通常の巨兵開発ならば、組み立てと聖霊核の調律が済んだ後、当然の如く操士による機体の動作確認が行われる。しかしあろう事か、彼女たちにはその機会が十分に与えられなかった。

 よって彼女たちは、実地試験当日にしか本格的な動作確認を行う機会がなく、その上で明確な成果を示さなければならない。

 もしその場で何か問題が発生した場合――又は、何の成果も示せなかった場合、彼女たちに今回のような機会が与えられる事は今後一切ないのである。


 だからこそリーデリットは、寝る間を惜しんでの下準備に余念がない。

 チャンスはこの一度きり――自分に期待し、支持してくれた者達の為にも、少女には今回の実地試験を無事成功させる義務があった。


「仕方ありません。中央は我々の活動に批判的な者が殆どです。しかも、此方もこれまで散々無理を通してきました。そこには多くの方々のご助力があり、これ以上の延期は不可能と我らも理解しております」

「貴女方の掲げる理念は、間違いなくこの王国の――延いては世界全体の利となるモノです。私からも忠言申し上げたのですが、当の昔に軍を退いた身……己の微力が悔やまれますな」

「そんな事はありません。ラドック殿にはコレまで散々骨を折って頂いたのです。その上、フォルガス殿に至っては直接中央に直訴するとも仰って頂きました……無論、お止めしましたが」


 するとラドックはそこで首を横に振り、彼にしては珍しく深い溜息を溢した。


「あのお方は頭に血の昇り易い方ですからね……まったく。自分も軍を退いた上、今ではいち領地を預かる身だというのに……」


 “困った”というより“呆れ”ている様子であったが、普段は見せないその姿は、彼とフォルガスとの因縁浅からぬ関係を物語っている。

 そんな神父の言い分に少なからずの共感を覚えたアリステアだったが、彼女は何も言わずに微苦笑を浮かべるに留めておいた。


「では、リーデリット様の体調は如何ですかな? 最近は眠れぬ日々が続いているとお聞きましたが……」


 ラドックがリーデリットの体調の話題を出した途端、アリステアの表情が目に見えて曇り始める。


「……それが、少々困った事になっておりまして……」


 アリステアの様子に、ラドックもまた表情を硬くする。


 教会では、聖紋を利用した怪我人や病気人の治療なども行われている。もし体調に何らかの異変や異常があった場合、患者が直接教会に出向く事が一般的だ。

 だがあの少女の事情を配慮するのなら、ラドック自らが領主の屋敷へと赴き、少女の診断を行わなければならない。

 事実、リーデリットは過去に酷く体調を崩した事があり、以来ラドックは定期的な診断を理由に屋敷の離れへと赴いている。


「もしや、また?」

「ああいえ、体調を崩したという訳ではないのです」

「おや、そうでしたか」


 ほっと心の中で息を吐くラドックだが、もしあの少女が病床に伏したのなら、アリステアがこうして会話に躊躇する筈がない。

 少女の身を誰よりも案じる彼女ならば、ラドックに会って早々に少女の診察を願い出ただろう。しかしそれなら、あの少女の身に一体何が起こったというのか?


「実は、昨日の昼に寝て今朝目を覚ましてからというもの、今迄より“更に”熱心に作業に没頭するようになりまして……」

「それは――」

「最近は御自分が想定した数値と、日々グリンデンから送られてくる報告書の数値との齟齬の確認だけで、多少は作業の量が少なくなったと安心していたのですが……」

「しかし状況はより悪化してしまった、と――心当たりは?」

「恐らくですが……“イセアが正式に隊に加入した事”が原因ではないかと……」

「ああ――」


 アリステアは皆まで語りはしなかったものの、ラドックにはそれだけで少なからずの合点がいった。

 そもそもイセアの組織への加入も、彼に出張料理の依頼が舞い込んだ経緯も――多少内容は異なるが――そのどちらも“リーデリット自身が望んだ事”なのである。


「それは、弱りましたな……」

「はい」


 何故、リーデリットがイセアの組織加入を望んだのか――その切っ掛けになったのは、イセアが彼女たちに振舞った“スイートポテト”であった。


 今迄に体験した事のないその味わいに、アリステアは感銘を受けると同時に舌鼓を打ち、リーデリットにいたっては普段小食にも関わらず、ソレを二つも完食してしまった。

 それは少女自身驚くべきモノであり、更にはそれまで飲む事が苦手だったミルクすら、イセアの助言で無理せず飲めるようになったのだ。


 それが、リーデリットがイセアに興味を抱くようになった最初の要因。

 彼女は見た目でも料理の腕でもなく、今迄にないそのような料理を作り出したイセアの“発想力”にこそ、これまでにない興味を抱いたのである。

 もっとも、イセアはスイートポテトの作り方を“知っていた”のであって、自分でレシピを考えた訳ではないのだが、彼女たちがそれを知る筈もない。


 しかし、まだこの時点でイセアに対するリーデリットの印象は、“変わった料理を作る食事屋の息子”程度のモノであった。

 故に『願いを聞く』といった提案も、料理をご馳走してくれた少年に対する、少女なりの返礼でしかなかったのだ。


「同じ年頃の友人ができれば互いに良い影響があるモノと、多少は期待していたのですが……」

「私もです。多少なりとも心に余裕が生まれればと……」


 だが、この時の『機兵を見せてくれ』というイセアの“お願い”が、彼に対するリーデリットの興味を更に深める事となった。

 普通の子供なら決してしない大胆かつ特殊すぎる願いを、しかしリーデリットは一切の躊躇なく聞き入れた。

 それは一重に、イセアという少年を本気で見極めたいという、彼女の思惑があったからに他ならない。

 かくして、ただの料理の礼としか思っていなかったイセアは、彼女たちが身を寄せる屋敷の離れに半ば強制的に赴く事となった。


 その後の経緯はアリステアが以前イセアに語った通り――彼女たちとの会話や説明会などを経て、リーデリットはイセアに興味以上の“価値”を見出した。

 こうしてリーデリットは自らの組織にイセアを迎い入れる事を決め、イセアの勧誘を一番の信頼を置くアリステアに命じたのである。


「因みに、今回のような事は今迄になかったのですよね?」

「はい。余程近しい者以外にコレほど興味を持たれた事は、これまで一度としてなかった事です」

「フーム。他者に興味を持たれるコト自体は悪い事ではないのですが……」


 だが、流石にただの庶民の子供であるレイドを、直ぐに彼女たちの組織に向い入れる訳にはいかない。

 先ずはイセアの素性を、“食事処を経営する家庭の息子”以上に明らかにする必要があった。

 よって、アリステアはイセアを自分達の組織に勧誘するより前に、彼の身辺調査を行っていた。


 通常、人ひとりの身辺調査に掛かる時間は約一ヶ月程を要する。

 しかし、相手は小さな町出身のまだ十歳の児童。人生を経てきた背景がそれ程複雑な訳でもなく、両親も食事屋を経営するごく普通の一般庶民。

 彼の兄が軍学校に通ってはいるものの、それも他の住民とさしたる違いがある訳でもない。

 極め付けが、この町における有力者の筆頭であるラドックの、『イセアに怪しい処はない』との言質であった。


 こうしてイセアに対するアリステアの身辺調査は、ものの三日と経たずして完了してしまった。

 ただし、この時のアリステアはイセアが“普通すぎる”点に、逆に奇妙な違和感を覚えていた。

 余りにありふれた家庭に産まれていながら、彼自身がどうにも“普通”からかけ離れていたからだ。


 見た事もない料理を作り、文字の読み書きができ、自分のような大人との会話も堂に入っている。

 金瞳黒髪という見た目もそうだが、何より巨兵について強い関心を持っている――と、他にも細かく挙げたら切りがない程だ。

 調査から得た印象と、本人に直接会った印象が驚く程にチグハグなのである。

 しかし、その時の彼女は“天才”とは得てしてそういうモノなのだと、自身を半ば強引に納得させていた。

 本人の外見や経歴が如何なるモノでも、何らその能力の説明には繋がらない。そんな“天才”の体現が、他ならぬ彼女の主――リーデリットその人であったからだ。


「……おそらく、逆に気負ってしまっているのでしょう」

「と、仰いますと?」

「折角イセアが“誘い”に乗ってくれたのです。要は、“良いところ”を見せたいのですよ」

「……成る程」

「ある意味、子供らしい健気さではありませんか」


 イセアの身辺調査は無事完了したものの、次は彼をどのように組織に引き入れるかが問題となった。

 これまでイセアを調べてきたアリステアの印象では、事情を語れば特に問題なく仲間に引き入れる事が可能と踏んでいた。

 しかし主である少女に任された以上、事は万全を期す必要がある。少女自らが名指しで組織のメンバーを決めた事など、これまで一度として無かったコトなのだ。


 そうしてイセアを組織に勧誘する方法を思案していたアリステアだったが、その最中少女から少年の勧誘以外に、とある“厄介な願い”が追加される事となる。


「しかし驚きました。まさか、イセアに『新型巨兵の実地試験を見せたい』などと言い出すとは思っておりませんでしたので」

「お力添え、感謝しております。本人はあくまでシチューの礼だと言い張っているのですが……」

「ホッホ。中々に義理堅いお方ですな」

「恐縮です。ですが、単に貸し借りを作るのが嫌なだけかと……なにぶん、頑固なものでして」


 そう言って浮かんだ苦笑には、彼女の労が滲み出ていた。しかし、それをまるで苦と思っていないのも、また彼女の本心である。


「しかし、本当によく許可が下りたモノですね。民間人の砦での“出張料理”など……」

「あそこには私も知り合いが多いですからな。それに今回はフォルガス様の助力あってこそです」

「はい。フォルガス侯には屋敷の離れまでご提供いただき……お二人のご協力には頭が下がるばかりです」


 これまで主である少女の様々な要望に忠を尽くし、応えてきたアリステア。

 だが、軍と何の関わりもない庶民の子供を軍施設に招くなど、彼女一人の権限でどうこう出来るモノではない。

 そこで彼女が助力を求めたのが、ラドックとフォルガスの両名であった。


 両者とも軍内部に太いパイプを持っており、フォルガスに至っては軍から退役こそしたものの、この地の領主として少なからずの権限を有している。

 しかしこの二人とて、民間人の子供一人をそう易々と砦の中に入れる事は難しい。イセアを砦の中に入れるには、何らかの“理由付け”が必要であった。

 だが一度イセアを砦内に引き入れてしまえば、新型の実地試験を見学させる事はそう難しい話ではない。


 そこで“理由”として挙げられたのが、ラドックの提案した“出張料理”である。

 両者ともイセアの料理がどういった物かは理解しており、ソレが“使える”と判断した二人の行動は迅速であった。


 先ずはフォルガスがザルバ砦の責任者に“出張料理”の話を持ち掛け、ラドックがそれを行った際の利益を大げさに、そして不利益を控えめに説明する。

 アメとムチとを巧みに使い分ける彼の話術は、流石は説法を生業とする聖職者。

 更に砦の現責任者は二人と知己の仲であり、“出張料理”の提案はかなり好意的に砦側に受け入れられた。


 しかしそれでも、砦側は民間人の砦への受け入れにだけは慎重な態度を崩さなかった。


 民間人の受け入れに反対する理由は、何も軍の機密を守る為だけではない。何よりその民間人を護る事こそが、彼ら国軍の本分であるからだ。

 そんな庇護の対象をわざわざ危険な場に招く事を、そう易々と容認出来る筈がない。

 それに例の“規則”の件もある。訓令兵とその家族の接触は、軍全体の規律を乱す事に繋がりかねない。


 そこでラドックは砦側に、『ならば料理を作る“一家全員”が訪れるのではなく、“息子一人”ならどうだろう』と提案した。

 もともと最初から“イセア一人”を砦に招く腹積もりであったにも関わらず、あえて自分の側から“妥協”して見せたのである。

 更に、準備等の諸々の雑務をフォルガスが請け負う事で、砦側の負担を最小限に抑えた事も大きい。

 ここまでお膳立てをされては、砦側も簡単には首を横に振る事はできなくなった。


「いえいえ。彼も私も目指す先はあなた方と同じ。であればこそリーデリット様の活躍に期待し、我らも微力を尽くさせて頂いているのです」

「はい。必ずやお二人の期待に添えるよう、尽力いたします」

「お願い致します」


 以上の経緯を経て、彼らの提案した“出張料理”は正式に軍に認められる事となる。

 そうして“一ヵ月後”に控えた新型の実地試験に合わせ、その依頼がイセアの下に舞い込む事となったのだ。


 つまり“出張料理”の依頼とは、イセア一人を砦に向い入れて新型巨兵の実地試験を見学させる為の、体の良い“隠れ蓑”に過ぎない。

 因みに、ラドックとフォルガスのその老練な手練手管を目の当りにしたアリステアは、己が未熟を痛感すると共に舌を巻く事しかできずにいた。


「しかし、このままでは本格的にリーデリット様のお身体が心配ですな」

「はい。私から何度かお休みに成るようお諌めはしたのですが、どうにも聞き入れては頂けず……」

「……では、こういうのは如何でしょう?」


 出張料理の時と同じくまた何か閃いたのか、ラドックは人差し指を立てアリステアにこう提案した。


「誰かのせいで気負っているのなら、その“誰か”に説得して頂くのは如何ですかな?」

「……それは詰まり、“イセアにお嬢様を説得させる”――と言う意味でしょうか?」

「ええ」


 確かに、少女がアリステアの言い分を聞き入れない以上、その“原因”自体に説得をさせるのは妙案かもしれない。

 何せ彼は、偏食家である少女に初めて振舞った料理を『美味しい』と評価させた上、ミルク嫌いの彼女にそのミルクを易々と飲ませたのだ。

 それは、これまでアリステアを含めた少女の側近全員が挑み、そしてそのことごとくが玉砕した案件であった。


「ですが、上手く行くでしょうか?」

「ま、たぶん大丈夫でしょう」


 アリステアのそんな心配を余所に、ラドックの返事は聊か素っ気のないモノに聞こえた。


「あそこまで“似て非なる二人”も珍しい。リーデリット様がイセアをご自身の組織に向い入れたからには、あの二人は“気が合う”のですよ」

「……ラドック殿。まさか、とは思いますが――」


 そのどこか確信めいた口調に、アリステアの内で小さな疑念が首をもたげる。


「貴方は、こうなる事を“事前に見越して”おられたのですか?」

「おや、どういう意味ですかな?」

「貴方は我々がこの町にやって来る以前から、お嬢様の事を存じておられました。同時にあのイセア=ロアという少年の事も」

「ええ。両名とも、私の大切なご友人ですからね」

「ですが逆に、あの二人が“同じ町に要る”事を知っていた人間は、そう多くはない……寧ろ私には、貴方一人にしか心当たりがありません」


 基本イセアもリーデリットも、その行動範囲は広くはない。


 イセアは今迄このレディウスの町から出た事はなく、主な行動範囲は町外れの実家と町の中心部にある商店や教会への行き来のみ。

 リーデリットに至っては、四六時中屋敷の離れに篭りきりで作業に没頭しており、外出する必要のある用事は殆ど少女の側近が行っている。


 つまりこの二人の接点は、これまで彼らの周りに要る人間も含め、皆無と言って良いほど存在しなかったのである――“たった一人を除いて”。


「この町で、あの子たち二人の事情を詳しく知っていたのは貴方だけです。貴方は“こう”なる事を最初から見越して、あの二人を引き合わせたのではないのですか?」

「ほっほっほ。流石にソレは買い被りというモノですよアリステア殿」


 アリステアの問い掛けが余程可笑しかったのか、目の前の老獪は明朗快活に破顔した。


「幾ら私でも、今のこの状況を予見する事など出来ません。それに私は、友人からの質問にお答えしたに過ぎませんよ」

「質問……?」

「ええ。今から一週間と少し前、とある友人から聞かれたのです。『心労重なる主を労いたい。延いては、この町で何所か良い息抜きが出来る場所はないか』――とね」

「あ――」

「そこで私は、彼女にこの町で一番の料理を作る食事処をお教えしたのです。実際、良い息抜きになったでしょう?」


 ラドックが言ったその台詞に、アリステアには覚えがあった――というよりソレは、十日程前に彼女自身がラドックに尋ねた内容である。

 要するに、彼女にイセアたちロア一家が経営する食事処を紹介した“友人”とは、他ならぬこの神父であった。


「……そうでした。申し訳ありません、要らぬ詮索を致しました」

「いえお気になさらず。全ては神のお導き。彼らの出会いも、そして今の貴女の戸惑いも、全ては運命であり神がお与えになった試練なのでしょう。そうして、貴女はソレを乗り越えられた」

「そう、でしょうか……?」

「そういう事にしておきましょう。その方が、人間成長した気になれますからな。ほっほっほ」


 神父らしからぬ良い加減さを発揮するラドックを前に、しかし彼女の疑念は完全には晴れなかった。

 有り得ない――だが、この老獪ならばあるいはと、どうしても深読みしてしまう。それは彼女が未だ未熟故か、それとも……。


「では、本日はこの辺りで。また後日お伺い致します」

「ご苦労さまです……あ、そうそうアリステア殿」


 報告を終えたアリステアが一礼し、部屋を出ようとした彼女をラドックが呼び止める。


「はい?」

「実は、折り入って貴女にお願いしたい事があるのですが」

「何でしょうか、私に出来る事なら何なりと」

「ふむ……コレは、貴女のお父上にも話した事はないのですが……」


 すると神父は困ったように視線を反らし、途中で言葉を濁してしまう。


 彼にしては珍しい事だ。アリステアは余程困難な頼み事なのかと、心の内で身構える。

 これまでの付き合いから、彼がかなりの傑物である事は弁えている。その彼がこうして言葉に窮しているのだから、きっと余程の事情があるに違いない。

 そしてアリステアには、この人物に多大な恩がある。その恩に報いる為ならば、多少の無茶も押し通す覚悟であった。


「……実は私……“甘党”なのですよ」

「………………は?」


 一瞬、彼が何を言っているのかが理解できず、アリステアの思考が高速で空回る。


 ラドックは呆気に取られているアリステアを片手で招き寄せると、彼女は誘われるまま彼へと近づく。

 そうして傍にまでやってきたアリステアに顔を寄せると、ラドックは重大な秘密でも打ち明けるような口調で囁いた。


「その、貴女方がイセアからご馳走された“スイートポテト”……私にも融通して貰えるよう、イセアにお願いしては頂けませんか?」


 ソレを聞いた瞬間、今度こそ彼女の瞳が丸くなった。


「いえなに、貴女からの話を聞いているうちに、私もその“スイートポテト”とやらに興味が湧きましてね……是非一度、食してみたいと思ったのですよ」


 そうして、漸く言葉の意味を理解した彼女が改めて神父の顔を見ると、彼は未だ視線を反らしたまま、どこか憮然とした様子で顔を顰めていた。

 だが、それが単なる照れ隠しである事は、アリステアには直ぐ見て取れた。普段は見れない彼のその姿に、思わず頬が緩んでしまう。

 慌てて口元に手を当てるが、漏れ出る吐息を完全に抑える事はできなかった。


「フ、クフフ……りょ、了解しました。では私の方からイセアに、“ソレとなく”頼んでおくと致しましょう」

「おおっ、そうですか! いや有り難い。どうか、宜しくお願いします」

「ええ。お任せ下さい」


 年甲斐なく、まるで子供のように喜ぶラドックを前に、アリステアの口元から微笑が消える事はない。


 確かに彼は、アリステアより遥かに多くの経験を積み、その知識や勘の使い処を熟知している。

 未だ若輩である彼女では及ばぬ部分も多く、その腹の内を完全に見通す事など不可能に近い。

 しかし、それでも親の代から続くこの老獪との付き合いが、こうして健全に娘である彼女へと受け継がれているその理由は――


「そうだ神父さま。一つお聞きしても宜しいですか?」

「何ですかな?」

「もしやコレも、神さまのお与えになった“試練”なのでしょうか?」

「む――ゴホン。ま、きっとそうなのでしょう」

「はい。きっと……フフ」


 このラドック=ノウマンという人物が、“気の良い人物”であるからに他ならなかった。


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