17 世界は、まだ俺を見捨てていなかった
キーワードから『チート』を外しました。
流石にこの程度じゃチートとはいえない気がしたので……。
「驚いた。本当に随分と率直な意見を言うね」
「え、あっ! ス、スイマセン!」
つい思い付くままベラベラ喋ってしまったが、アリステアさんは貴族――つまり、この国の為に身を粉にして働いている軍人だ。
自分が忠誠を誓った国を“植民地”や“属国”などと言われて、気を悪くしない筈がない。
「いや、気にしてはいないよ。寧ろキミのように考える人間の方が、きっとこの国では多いだろうからね」
(よ、良かった)
どうやら、本当に気分を害してはいないらしい。どうも俺は、まだ貴族って人種との接し方が分っていない。
アリステアさんは余りそういうのを気にしない性質みたいだが、他の貴族まで彼女のように寛容とは限らない。気を付けよう。
でもアリステアさんの言う通り、俺のような考え方をする人間は決して少なくないだろう。たぶんウチの両親やその他の大人たちも、皆内心ではそう思っている。
だが、町中でこの手の話題があがる事は滅多にない。自分の国がそんな惨めな状態だとは、誰も認めたくはないのだろう。
それこそ、巨兵に乗れない事実を認められなかった、さっきまでの俺のように……。
それに、今のこの国を国家としての認めているのは、この世界のほぼ全域で厚い信仰を集めている“教会”だ。
教会の組織力は下手をすれば国ひとつのソレを簡単に上回る。そんな組織に正面からノーを叩き付けるのは、例え北の隣国でもそう簡単な話じゃない。
その教会に認められたという自負が、この国の国民に少なからずの自信を与えているのかもしれない。
もっとも、少しだけ辛く惨めな現実から目を背ける――そんな後ろ向きな自信だろうが……。
「我々が目指している再興とは、キミの言うようにこの国を名実共に“自立”させる事だ。イセア君には、是非その目的達成に協力して貰いたい」
要は、この国の本当の意味での自立――教会や北の隣国からの“独立”が、彼女達の目的らしい。
言っている事は至極真っ当なモノなのだが、少しだけ引っ掛かる部分がある。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど」
「何だい?」
「その志は立派だと思いますし、ボクも概ね賛同します……けど、それって今のこの国全体が目指してる事ですよね?」
この国の真の再興や復興は、それこそ国民全員の悲願だ。だからこそこの国は、日夜フェイスレスとの戦いを続けている。
今はもう誰も居ない、このアディルファナ王国の中央に存在する本当の首都――《王都ウトラトス》を取り戻す為に。
其処にある玉座に王を据え、真の復興への足掛かりとするその日の為に、国民が一丸となって頑張っている最中なのだ。
「それなら単純に軍学校に入って、正式に軍に入隊して国の為に戦えば良いんじゃないんですか? わざわざ軍とは別の組織を作らなくても……」
まぁ戦う事だけが再興への道じゃないが、それが一番手っ取り早くて確実なのは事実だ。
皆が“国軍”という一つの組織に集まって頑張っているというのに、彼女たちは国軍とはまた違った組織の下、この国の再興と独立を目指している。
それならわざわざ別の組織を創らなくても、いっそ軍に入って皆と一緒に協力した方が効率が良いんじゃないか?
「それに、アリステアさんって軍人ですよね?」
貴族であるアリステアさんは肩書き上、完全な軍関係者の筈だ。そんな人が国軍と別の組織で活動ができるのか?
二つ掛け持ちとか? いや、流石に在り得ないだろ。アルバイトじゃあるまいし。
「フム、まぁ当然の疑問だ。私が軍属である事は間違いない。しかし、私の場合は他の軍人とは少々事情が異なっていてね」
「事情ですか?」
「ああ。しかし、それについてはまだ詳しくは話せない。だが、我々の組織は国からの許可を得ている正規のモノだ」
「……お金も、ちゃんと王国から、出ている……」
「あ、そうなんだ」
俺みたいな庶民の子供に声を掛ける位だから、てっきり“個人”とか“企業”といったアンダーグラウンド的なモノを想像していたのだが、どうやらそんな事はないらしい。
「あっでも、他の人とは事情が異なるんですよね? つまり“秘密組織”とか“特殊部隊”のような扱いなんですか? 一部の人間にしか知られていない“隠された組織”――みたいな」
「……何、それ?……」
「? キミの言っている事はいまいち分からないが、国の組織表には普通に明記されているよ。ただ、知名度が驚く程低いため、一部の人間しか知らないというのはあながち間違いではないが」
「あ、ソウデスカ……」
“秘密”とか“特殊”といった単語に密かな憧れを持っていたのだが、どうやらそんな事もなかったらしい……少し残念だ。
でも国営の組織というなら、俺が正式に入っても給料や保険の心配をする必要はないだろう。
(つか、この世界にも保険ってあるのか?)
「そして、我々が軍と別の組織を創る理由だが、強いて言うのなら“手段の多様化”だ」
「“手段の多様化”ですか」
「そうだ。要するに、国を再興する道は一つじゃないという事さ」
つまり、軍とは別方面からのアプローチを考えている――という訳か。
「この国が敵の手に落ち、既に五十年近い歳月が流れている。しかし知っての通り、我々は未だ敵から国土の全体を取り戻す事ができてはいない。それ処か、先達が長い年月を掛けて押し上げた戦線は、十年前から一歩も前進する事のない膠着状態に陥っている」
十年前といえば、丁度俺がこっちの世界に来た頃だ。
前に両親から聞いた話だが、俺がこっちの世界に来た日に行われていたあのパレードは、“ナーガル砦”の完成祝いと、そこに配備される部隊や巨兵のお披露目を兼ねた軍事パレードだったらしい。
それはこの町で過去に類を見ない大祭で、当時そのパレードを見た多くの人が、王都奪還はもう目前と期待に胸を膨らませていたという。
事実、聖紋の力を借りてはいたものの、それまでの国軍はフェイスレスから順調に領土を取り戻し続けていた。
この国の中心にある王都とナーガル砦との距離は、馬車で一日と掛からない。そりゃ期待だってする。
しかし戦線をナーガル砦まで押し上げた時点で、この国の領土奪還の快進撃はパタリとその歩みを止めてしまった。
以来十年間。この国の軍は、王都に一歩も近づく事ができていない。
「膠着している原因は様々だが、我々には現状に甘んじる心算など毛頭ない。故に我々は、現状を打開する為の手段を講じている最中なんだ」
「でも、ソレってそれこそ国軍がやるべき事なんじゃあ……」
「残念だが、現在の国軍にそれだけの余裕はない。仮にあったとしても、我々とはまた違う別の手段を講じるだろう」
「協力は出来ないんですか?」
「……ムリ……」
呟くように、でもハッキリとした口調でリリィが断言する。
「自らの役割に支障のない程度なら、彼らも条件つきで我々に手を貸してくれるだろう。だが、積極的な協力は望めない。それに、他にも色々と“事情”があってね、我々の活動を余り快く思っていない連中もいるんだよ……」
そこまで言うと、アリステアさんは少し疲れた様子で息を吐いた。
まぁ戦争なんて利権とか勢力とかが色々と絡んでいそうだからな。現実ってのは理想だけじゃどうにもならないし、戦争ともなれば尚更だ。
それに、アリステアさんって見るからに勤勉そうだからな。こんな時代じゃあ気苦労も絶えないのだろう。
しかも――
「……なに?……」
「いや、何でも」
いつもこの気難しい少女に付き添っているのだとしたら、そりゃ気の休まる暇もなかろう。
(……気の毒に)
「アィデデデデッ!?」
「お、お嬢様!?」
ほんの少し目を離した隙に、突然前から伸びてきた手にギューッと頬を抓られた。
「ッツー……な、なしてぇ??」
「……フン……」
直ぐに開放して貰えたが、リリィは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、また俺から顔を背けてしまう。
結局抓った理由を聞く事はできなかったが、まさか俺の考えが読まれた訳じゃあるまいな?
「ええっと、それで――」
ヒリつく頬を摩りながら、アリステアさんとの会話に戻る。
「結局の処、アリステアさん達はどんな手段で“国家の再興”を目指しているんですか?」
「すまないが、今はまだそれをキミに教える事はできない。幾ら正規の組織とはいえ、我々が扱っているのは国家に関わる案件だ。然るべき時が訪れるまで、我々の活動が公になる事はない。だからもし詳しい話を聞きたいのであれば、イセア君が我々の同士になってから――という事になる」
存在自体は周知の事実だが、その活動は一般には公開されないという訳か。まぁ解らない話じゃない。
要は企業秘密みたいなモノだろう。仮に画期的な手法が考案されても、他の組織に真似なんてされたらそれまでの苦労が水の泡になる。
それに真似をされるだけならまだしも、妨害されて計画が頓挫したら目も当てられない。
誰が何の目的で妨害するかは知らないが、アリステアさんの疲れた様子を見る限り、たぶん在り得ない話じゃない気がする。
「だが、流石にこれだけの情報ではキミも判断に迷うだろう。そこで、キミにもう一つだけ取っておきの情報を進呈しようと思う……宜しいですね? お嬢様」
「……宜しい……」
何やらリリィが偉そうに頷いているのだが、“取っておきの情報”って何だ?
「この情報は、きっとキミにとって何より有益なモノとなるだろう」
すると、アリステアさんはそれまで見せた事のない不敵な笑みを浮かべ、テーブルの上の図面を手に取ると、さっきのリリィ同様ソレを俺の目の前にかざして見せる。
「現在、この“有人型聖紋巨兵”の開発を主導しているのは、他ならない“我々の組織”なのだよ」
「“マジで”???」
「ん? 何だい?」
「い、いえ!」
(いかん、動揺し過ぎてついまた日本語が)
い、いや、薄々そうじゃないかとは思っていた。そもそも何の関係も無いなら、こんな所に新型巨兵の図面が有る筈がない。
でも、こうして実際にその事実を突き付けられると、その衝撃というか感動というか、信じられない想いで思考が埋め尽くされてしまった。
さっき、アリステアさんは図面の巨兵が『完成していない』と言った――でも完成していないだけで『造ってない』とは言っていない。
この世界に人を乗せる巨兵がないというのなら、“これから造ってしまえば良い”。何故そこに思い至らなかったのか。
しかもこの人達の仲間になれば、ただ出来上がるのを待つだけではなく、自分からその製作に関われるかもしれないのだ。
夢を諦めるのはまだ早い。この世界は、まだ俺を見捨ててはいなかった!!
「どうだい? キミが仲間になってくれるというのなら、我々はキミの夢を実現する事ができるかもしれない。これは、キミにとっても決して悪い話では――」
「なりますっ! いえ、是非ならせて下さい!!」
千載一遇どころの話じゃない。俺からしたらこの瞬間は、正に“万”載一遇といっても良いようなチャンスの到来である。
もう俺の能力や才能がどうとか言っている場合じゃない。そんな下らんモノは今の一瞬でどっかに吹っ飛んだ。
俺はテーブルに両手を付くと、額がテーブルにぶつかるギリギリにまで頭を下げる。
「この俺を、是非貴方たちの仲間に加えて下さい! 雑用でも何でもします! だから、どうかお願いしま――」
ペシッ
「あたっ」
すると、下げた後頭部に突然チョップが降ってきた。
「……呆れた……」
「へ……?」
「……言ったこと、忘れた?……」
(言ったこと?)
「イセア君。我々はキミとの対等な関係を望んでいる。それに、キミに同士になるよう頼んだのは我々の方だ。だから、我々がキミから聞きたい台詞はそのような懇願ではなく、たった一言だけなんだよ」
「……あ」
その言葉と、そして二人から向けられる視線を見た瞬間、俺は漸く彼女たちの真意を理解した。
『自覚しろ』とは、つまり『自信を持て』という意味だ。それに、俺はさっき自分で言ったではないか――『卑屈にはならない』と。
俺は、これまで自分に自信なんてモノを持った事なんてない。寧ろ、自分を常に周りから一段か二段は低く見積もってきた。
何故なら、俺はこれまで何かに必死で取り組んだ事がない。ドレもコレもが“なぁなぁ”で、必要最低限の手間と範囲で済ませてきた。
正直、責任を負うのが嫌だとか、失敗するのが怖いというのも理由の一つではある。
でも一番の理由は、これまで行ってきたあらゆる事に全力で取り組むだけの価値――“遣り甲斐”を見出す事ができなかったからだ。
『必要だからやった』――ただ、それだけの理由で過ごしてきた前の人生。
でも、今回は違う。今の俺には本当の意味でやりたい事があり、それこそ今後の人生の全てを捧げたって構わないとすら思ってる。
その想いに嘘は無い。それなら、もういい加減自分を信じてやっても良いかもしれない。
そして、そんな俺をこの二人は好感をもって評価し、必要とまで言ってくれた。
それなら、俺が二人に伝える言葉は『お願いします』なんて“懇願”ではなく、彼女たちの想いを受け止めるだけの“決意”でなければならないだろう。
「……“同士”のお誘い、謹んでお受け致します」
そうして、俺は再度二人に向け頭を下げた。
ただし、謙った訳じゃない。あくまで二人と対等な関係。彼女たちが俺を認めてくれたように、俺が彼女たちを認めた証としてだ。
「了解した。それでは今日より我らは同士だ」
そう言うと、アリステアさんは其れまでの雰囲気が嘘のような明るい表情を浮かべ、俺に右手を差し出してくれた。
俺も躊躇する事なくその手を取り、俺たちは互いに強く握り合った。
「ようこそイセア=ロア。我ら一同、キミの組織への参加を歓迎しよう」
「はい。宜しくお願いします」
握ったアリステアさんの手は硬く、決して女性らしいモノではなかった。きっと常に帯剣しているだけあって、剣の訓練にも余念がないのだろう。
でも、そこから伝わってくる温もりと力強さは、何より彼女の優しさを感じさせるモノだった。
「では、改めて自己紹介をさせて貰おう。私の名はアリステア=リリウス。アリスと呼んでくれて構わない」
「あ、はい。えっとアリスさん。ボクもイセアで構いません」
「分かった。ではイセア、これから宜しく頼む」
「ええ、此方こそ」
改めてアリステア――“アリス”さんとの挨拶を済ませると、俺はリリィにも手を差し出した。
「リリィも、これから宜しく」
「……う、うん……」
リリィは差し出された俺の手を暫く見詰めた後、オズオズといった様子で握り返してきた。
何故か気が引けている様子だが、あれだけ散々人の事を叩いたり引っ張ったりしておいて、今更それはないだろう。
アリスさんとは違いリリィの手は小さくて弱々しく、見た目通り握る力は強くはなかった――というより、殆ど握られている感触がない。
なので、俺も軽くリリィの手を持つ程度に済ませておく。下手に力を入れて握り返すと、茹でる前のパスタの如くポキポキと簡単に折れてしまいそうだ。
(つか、幾ら何でも貧弱すぎるだろ。まさか本当に病気なのか?)
「……イセア。貴方に、言わなきゃいけない事が、ある……」
「え――?」
手を繋いだままの呟きに、一瞬胸がドキリとした。
一体何だろう? 実は本当に不治の病か何かを患っていて、余命が残り僅かとかそんな鬱なカミングアウトでもされてしまうのだろうか?
本当は伝える気はなかったが、こうして正式な仲間になった以上、俺にもちゃんと話しておこう的な。
それで自分が居なくなった後は、私の意志を受け継いで組織の活動を続けてくれ的な。
「……実は今まで、私は、貴方を騙していた……」
「騙す……?」
「……そう……」
そう語るリリィの表情は、今までにないくらいの深刻なモノだった。
いつもの生気のないだけの顔付きではなく、まるで死相までもが浮き出るような悲壮感すら漂っている。
まだ短い付き合いだが、俺はこの少女からとても真の強い印象を受けていた。少女のこんな表情は見た事がなかったし、こんな表情をするとも思っていなかった。
(これは、ひょっとするとひょっとするのか?)
差し出した手は未だ握られたまま。これから語られるであろう話の内容が、例えどのようなモノでも受け入れる覚悟を決め、俺は真剣な眼差しで彼女の言葉に耳を傾ける。
それが、俺を仲間であり同士と認めてくれたこの少女に対する、俺なりの“けじめ”だと思ったからだ。
そうして、そのまま暫しの沈黙を経た後、リリィはいつも以上にゆっくりと、その小さく薄い唇を開いた……。
「……実は、私は……」
ゴクリ――と、無意識に唾を飲み込む音が、自分でも驚く位の大きさで耳の奥に響く。
「……アリスの妹じゃ、ない……」
「知ってるよ!!」
当の昔に分かり切っている意見をぶつけると、リリィは半開きの瞳を大きく見開き俺の事を見てくる。
「……ホントに?……」
「いやいやいや! 寧ろお前が驚いている事の方が俺にとって驚きだよ! 何でバレてないと思った!? 俺前に言ったじゃん『君たち隠す気ないよね』って!?」
その時点でバレていると察して欲しかった! そうすればこんな大事故に発展する事もなかったろうに!
つか、俺がハッキリ言わなかったのがいけなかったのか!? 気を使って触れてこなかった俺が悪いのか!? こんな分かり易い嘘を放置した俺に責任があるのか!?
「……そう……」
ポテッ
「っと――」
すると、それまで握っていたリリィの手から突然力が抜け、俺の手の中から滑り落ちてしまう。
握る手に殆ど力を入れていなかったせいで俺もとっさに握り返す事ができず、少女の手は力なくテーブルの上へと落ちてしまった。
そうして、リリィの上体が少し揺らいだと思った次の瞬間、彼女はパタリとアリスさんの膝上に倒れ込んでしまう。
「お、おいっ!」
「シッ――」
驚いた俺が慌てて声を掛けようとするが、アリスさんが人差し指を立て俺の言葉を遮る。
「大丈夫、眠っただけだ」
「え……」
見ると、リリィはアリスさんの膝上で瞼を閉じ、安らかな寝息を発てて――
(いや、これ本当に息してるか?)
この少女、普段から呼吸が浅いせいか、遠目から見ると本当に呼吸をしているのか判らなくて困る。
俺は改めて寝こける少女の姿を凝視すると、その肩が微かに上下しているのが見て取れた。どうやら本当に寝ているだけのようだ。
「緊張していたんだろう。キミが私たちの申し出を無事引き受けてくれたから、きっとその糸が切れてしまったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだとも。フフ」
リリィの寝顔を見て微笑むと、アリスさんは少女の顔にかかった髪を払い退け、その白い額を優しく数回撫で付けた。
それは、まるで仲睦まじい親子のように見えたのだが――前にそれで地雷を踏んだ経験があるので、密かに脳内で親子から姉妹に変換しておく。
「サティ。済まないが、お嬢様を寝室のベットに運んでくれ。ちゃんと身体の汚れを落としてからな」
「畏まりました」
すると、それまで部屋の脇に控えていたサラスティナさんがリリィを抱き上げ、俺たちに一礼しそのまま客間から出て行った。
「……えっと、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ心配ない。あの様子だと、あのまま湯浴みをしても当分目は覚まさないだろう」
(それはそれで問題がありそうだが)
でも、これはある意味チャンスだ。この機会にリリィが本当に病気かどうか、アリスさんに確認しておこう。
「あの、アリスさん。リリィって何か患ってたりするんですか?」
「いや、そんな事はない。まぁ見た目が“アレ”だからね。キミが気になるのも無理はない」
「でもあんな、突然気を失うように眠ってしまうなんて……」
確か、前の世界にも似たような病気があった。“ナマコ”だったか“テレパシー”だったか忘れたが、確かそんな感じの名前で、突然眠ってしまう病気だ。
もしかしたら、リリィもその手の病気を患っている可能性がある。しかもその手の持病は、病気と判断されるのが難しい場合も多い。
それにこっちの世界では、おそらく治療法なんて確立されてはいないだろう。前の世界でも、簡単に治療できるような病気じゃなかった筈だし。
(いや、もしかしたらそんな病気の類も、聖紋なら案外どうにかなるのか?)
「う、む……これは不甲斐のない話になるのだが、アレは単なる“寝不足”でね。実際ここ最近は徹夜が続いていて、彼女は殆ど眠っていないんだよ」
「徹夜って、あんな小さな子がですか? 何だってそんな……」
自慢じゃないが、こっちの世界に来てからというもの、俺は徹夜なんて一度もした事がない。
まぁ十歳の子供が徹夜なんて今後の成長に悪影響を与えるのは勿論だが、それ以前にこっちの世界では、暗くなるとやる事が極端になくなってしまう。
何たって主要な明かりはランプの灯火だけだからな。油が勿体無いので夜は早々に眠ってしまうのが常識だ。
お陰ですっかり早寝早起きが身についてしまった。毎日適度な運動もしているし、これまで風邪を引いた事もない。健康優良児まっしぐらである。
「そうだな。折角こうして我らの仲間になってくれたんだ。キミには知る権利があるし、私にも説明する義務がある……端的に言ってしまえば、今の我々には“時間がない”のだよ」
「時間がない?」
「ああ」
アリスさんが頷く。
「組織として活動している以上、我々は常に成果を出し続けなければならない。この意味は理解できるかい?」
「ええ。幾ら国が認めた組織といっても、何の成果も出さなければやがて切り捨てられるのがオチですからね」
「それが、今の我々が置かれている状況という訳さ」
「えっと……それってつまり」
国営の組織だから給料や保険の心配はないと楽観していたが、俺が乗り込んだのは実は今にも沈みかけの泥舟だったって事ですか?
(んな殺生な)
だって俺ってば、今さっき色々なしがらみを振りきって、これまでにない重い決意と決断をしたばかりですよ。
やっと見付けた希望の光が、実は風前の灯とかまったく洒落になってない。どうにかせねば……。
「そ、それでその、“成果”を出す目途は付いてるんですか?」
「無論だ。でなければ、こうしてキミを同士に招きはしないよ」
ま、まぁそりゃそうか。先行きの見えない会社が、潰れる間際に人を雇う筈がないからな。少しだけ安心した。
「そして、コレがその“成果”になる」
するとアリスさんは、再び例の図面を指し示した。
「実はここに描かれている新型巨兵は、既に八割方完成している」
「えっ!?」
「後は組み立てと微調整、実地試験を残すのみだ」
驚いた。造っている最中とは聞いていたが、まさかもうその段階まで開発が進んでいるとは思わなかった。
俺が軍学校を卒業するまでなんて悠長な話じゃない。俺の夢の実現は、もう直ぐそこまで迫っていたらしい。
「凄いじゃないですか! じゃあこの機体が完成すれば、組織も解体されずに済むんですね?」
「あくまで完成すればの話だ。だが現在、開発までの期間が随分と押してしまっていてね。近々行われる実地試験で一定の成果を上げられなければ、我々の組織に後はないだろう」
「それ、間に合うんですか?」
そこで、アリスさんの顔付きが今迄で一番深刻なモノへと変化する。
「……間に合わせる。だからこそお嬢様は、ここ連日最後の追い込みに入っておられるのだ」
「リリィが?」
何だろう。その言い分だと、まるでリリィがこの巨兵開発の中心的な役割を担っているように聞こえるのだが……。
「この“組織”の創設者。並びにこの“有人型聖紋巨兵”の発案者にして設計者は他でもない……リリィ――あの“リーデリットお嬢様なんだ”」
「え……えぇえええっ!!!」
驚いたなんてモンじゃない。こんな表現をするのは久々だが、“たまげた”という言い方がシックリくる。さっき図面を見せられた以上の衝撃だ。
だってソレは詰まり、あの見た目小さくて儚い――それでいて強烈なカリスマを持ったあの少女こそがこの組織の“中心人物”という事であり、この新型巨兵を造り上げた“開発者”だという事だ。
「信じられないかい?」
「す、すみません。ちょっと俄かには……」
前々からただの少女ではないと思ってはいた。出会った当初から大きな威厳のようなモノを感じていたし、例の説明会でも同年の子供とは思えない程の知識量を持っていた。
だが、それでも彼女はまだ十代前半の子供だ。俺のように前世から記憶を引き継いだ“生まれ変わり”ならまだしも、リリィはこっちの世界で一から育った普通の女の子だ。
そんな女の子が小さいとは言え一つの組織を立ち上げ、その上こんな巨大ロボットまで開発したなんて話、そう簡単に信じられる筈がない。
(でも、きっと本当なんだろうな)
冷静に考えれば判るが、アリスさんが俺にそんな嘘を話すメリットがない。
それにまだ短い付き合いとはいえ、この人が誠実な人間だという事はもう十分に理解している。嘘が下手という事実も含めて。なので俺は、彼女の言い分を素直に信じる事にした。
それに、何と言っても彼女たちはこっちの世界で出来た初めての“同士”だ。仲間を信じるのは当然の事だろう。
「まぁ信じられないのも無理はない。私も――」
「あ、でももう信じました。話を続けて下さい」
「初めの頃は……え? あ、そ、そうかい? ま、まぁ、それなら話が早くて助かるけど……」
アリスさんは一瞬呆気に取られたようだが、直ぐに表情を引き締めて話を再開する。
「コホン……私も機兵や巨兵に関しては、少なからずの知識がある。こう見えて現役の巨兵操士だからね」
「え、アリスさんって操士だったんですか!?」
「ああ。そして今度の実地試験、新型の“試験操士”として私が巨兵に搭乗する手筈になっている」
「へぇ~……」
要するに、アリスさんは新型巨兵の“テストパイロット”という事か。
“テストパイロット”ってかなりの技術を要求されるから、“エリート”じゃないと務まらない――なんて話を聞いた事がある。
この人も只者じゃないと思ってはいたが、つまりアリスさんは巨兵の“操士”で、尚且つその中でも“エリート”って事なのだろう。
凄いと思うと同時に羨ましい。俺も、例えまだ完成していなくても、少しだけでもその巨兵に乗せて貰えないモノだろうか。
つか、ここにきて驚きの事実が次から次へと発覚し過ぎだ。そろそろ驚きを通り越して呆れてしまう。
「だが、それでもお嬢様の思考は革新が過ぎている。あのお方のお考えは測り知れない。私程度の浅慮では、直接あのお方の力になって差し上げる事ができないんだ」
話しながら視線が下がって行くアリスさんの表情が、徐々に濃い苦渋の色へと変化して行く。
「口惜しいよ……イセア君も見たろう、お嬢様のあのお姿を。偏食もあるが、何よりも圧倒的に睡眠が不足している。見ていて非常に痛々しいが、それでも今の我々は、あのお方の才能に縋る以外方法がない。そして、そんな我々の思惑にあの方は精一杯応えようとしてくれている……」
(成る程。そういう事情があったのか)
どうやら、ただのミルク嫌いの夜更かしさんという訳ではなかったらしい。俺の予想以上に、彼女たちは何か多くの物を背負っているのだろう。
そうでなければ、まだ子供であるリリィがあそこまで頑張る事はなかっただろうし、彼女をここまで気に掛けているアリスさんがソレを放っておく筈がない。
「……情けないよ。本来であれば、私にはあの子を守るべき責務がある。だというのに、ああして気を失うまで尽力するあの子の姿を、私は見ている事しか出来ないんだ」
「……」
吐き出すように語るアリスさんに、俺は返す言葉が見付からなかった。彼女は自分を情けないというが、彼女以上に情けないのは俺の方だ。
今日一日の間にあれだけ散々励まされておいて、俺から彼女に対しては送る言葉が何も思い浮かばないなんて……。
『大変ですね』『貴女は立派です』『一緒に頑張りましょう』――どれもこれもが白々しく、無責任なことこの上ない。
自分の事だけで精一杯の俺では、彼女たちに対する下手な共感は、寧ろ同情以上に性質が悪い。だから、結局俺の口から彼女を元気付ける言葉が出る事はなかった。
でも同時に、彼女たちの力になりたいと思ったのも、その時の俺の嘘偽りのない本心だ。
まだ子供で、パンピーで、町外れなんて場所に食事処を構える家の末子で、少しばかり料理が出来て、巨兵にしか興味のない俺に何が出来るかは判らない。
だから、そんな自分の無力を弁えた上で、俺はアリスさんに尋ねてみる事にした。
「アリスさん」
「……ん、何だい?」
「ボクに、何かやれる事はないですか?」
俺がそう聞くと、アリスさんは少し驚いたような顔をした後、次の瞬間にはフッと顔の強張りを解くように微笑んだ。
「――と言っても、ボクに出来る事なんてたかが知れてますけど」
「いや、そんな事はないさ……では、一つキミに頼み事があるんだが、引き受けてくれるかい?」
「はい。ボクに出来ることなら」
しかし、その“出来ること”の範囲が極端に狭いのが今の俺だ。でもここに来て『すみませんやっぱ無理です』――では、余りにも格好がつかない。
雑用程度なら即戦力になれる自信もあるのだが、せめて身の丈に合ったモノである事を祈ろう。
「それなら――教会で話した件の“出張料理”。アレを引き受けてはくれないだろうか?」
「……へ?」
なんというか、意外な要求だ。“出張料理”って、例の砦に行って料理を作ってくれって話だよな。一ヵ月後にやる予定だっていうあの。
こっちにメリットがあると思えなかったから、あの場では『考えさせてくれ』と答えを先延ばしにしたのだが……。
「えっと、ソレは別に構わないんですけど……本当にそんな事で良いんですか?」
「ああ。寧ろそうでなくては――」
すると、アリスさんは俺から少しだけ視線を反らした後――
「今回の企画を考えた意味がないんだよ」
「へ……?」
そう言って、何故かバツが悪そうに微笑むのだった。




