16 スカウトされました
◇
そうして、俺はアリステアさんが何を考えているのか理解できないまま、彼女が乗ってきた馬に一緒に乗り、再び領主さまの屋敷の離れへと連れてこられた。
(つか、尻痛てぇ)
家畜の牛には跨った事はあるが、乗馬なんて初めての経験だ。
しかもアリステアさんも結構な速度で馬を走らせるモノだから、俺の臀部へのダメージが割りと深刻である。
まぁ慣れればどうって事ないのかもしれないが、コレって腰痛持ちのヤツが乗ったら確実に腰が破壊されるんじゃないか?
「では、客間で少し待っていてくれ」
「はぁ……」
アリステアさんは俺を客間に案内すると、部屋を出てまた直ぐ何処かへと行ってしまった。
俺は痛む尻をさすりながら、案内された客室のソファーに腰を下ろす。フカフカの生地が尻に有難い。
(しかし、本当に何でまた此処につれて来られたんだ?)
勿論、アリステアさんにも何か想う所があっての事だろう。だが、俺にはまるで思い当たる節がない――いや、もしかしたらアレか?
この前俺が持ってきたシチューが好評だったらしいから、その礼にまた何か教えてくれる積もりなのかもしれない。
(でも確か、『思い付いた』って言ってたよな。なら、別にシチューのお礼って訳でもないのか?)
「……ま、そのうち分かるか」
俺は一つ息を吐くと、考えるのを諦めてソファーの背もたれに体を預ける。
最初にここを訪れた時は緊張したモノだが、二度目ともなると大分気が楽だ。今ならあの時出されたお茶の味も解るだろうが、残念な事に今回はお茶は出てこなかった。
少し期待していたのだが、まぁ今回は突然の訪問だ。まだあのメイドさんの姿も見ていなし、皆仕事が忙しいのかもしれない。
「――さい! おじょ――!」
「ん……?」
手持ち無沙汰で何となく足を揺らしながら待っていると、暫くして部屋の外が何やら騒がしくなった。
「お嬢様っ!」
「……いらない……」
「そう仰らず、どうかお聞き入れ下さいませ!」
「……必要ない……」
「お嬢様ぁ~!」
何だろう? 何か言い争ってる様子だが、声から察するにリリィとメイドのサラスティナさんか?
気になってドアの方を向くと、直後に客間の扉が勢い良く開き、その向こうからリリィが姿を現した。
そうして、部屋の入口に立っている少女の姿を見た瞬間、俺は少なからず驚きに言葉を失った。
「……なに?……」
「いや……リリィさん、ですよね?」
「……当然でしょ……」
(いや、当然と仰られましても)
目の前に現れたリリィは、これまでとはまた一風変わった格好をしていた。
顔色はまぁいつもの通りなのだが――アレは“ツナギ”か? リリィは何やら作業着のような、上下の繋がった質素な服を身に着けている。
しかも所々ほつれたり破けたりしていて、中々に年季が入っているご様子。
頭の後ろで纏められた大量の髪は、軽いウェーブを通り越して嵐に遭ったかの様にボサボサで、流れる川というよりは氾濫した濁流と言った方がシックリくるような有様だった。
そして極めつけに、服といわず手といわず、髪も顔も含めた体中の至る所に黒い汚れが付着している。
たぶん機械油の類だと思うのだが、その格好は先日見たお嬢様姿とは対照的――というか裏と表くらいに違う印象で、これでは驚くなという方が無理がある。
(つか、この姿は駄目だろう。色々と)
前回リリィと会った時は、見た目の上品さから“吸血鬼のお姫さま”のように見えたモノだが、正直今の恰好は大分宜しくない。
生気のない顔付き、ボサボサの髪、ボロボロの服、そして全身に付着した汚れと、もう何処かの墓地から這い出てきた“ゾンビ”のようにしか見えない。
もし子供が夜中にこんなヤツと出くわそうモノなら、まず間違いなく幼少期の心に深いトラウマを刻み込む羽目になるだろう。
「も、申し訳ありませんイセア様」
するとリリィに引き続き、その後からブラシや湯気の昇るタオルを持ったサラスティナさんが慌てた様子で現れた。
「お嬢様、お客様の前です。せめてお顔の汚れだけでもお落とし下さい!」
「ンー……」
サラスティナさんは持ってきたタオルをリリィの顔に押し当て、頬や額に着いた汚れを丹念に拭き取っていく。
「はい、これで良いです。次は御髪を――」
「……もう良い。サティは下がって……」
「ですがお嬢様」
「……どうせ、すぐ元に戻る……」
「お、お嬢様~」
顔の汚れだけ落とし終えると、リリィはまるで邪魔者でも追い払うかのように、サラスティナさんを部屋の外へと締め出してしまった。
そうして客間の扉を閉めると、リリィは改めて俺へと向き直る。顔の汚れが落とされた分、多少はマシな見た目に……なったか?
「……まったく、サティは見た目を気にし過ぎ。大事なのは、中身……」
いや、仰る事は御尤もですが、お前は寧ろ気にしなさ過ぎだ。
「……はい……」
「へ?」
「……コレ、見て……」
そう言ってリリィが俺の鼻先に突き出したのは、筒状に丸めた紙の棒だった。
突然の事にまるで状況が飲み込めないが、俺は反射的に目の前のソレを受け取ってしまう。
「えっと……」
「……見て……」
どうやら、この筒を開いて中を見ろと言っているらしい。相変わらず口数の少ないお子様である。
筒の長さは50センチくらい、壁掛けのカレンダーくらいの大きさはありそうだ。手紙――じゃないよな。大きさからして絵か何かでも描かれているのか?
俺は丸められて癖の付いた紙に苦戦しつつ、どうにか広げてその中身を確認する。するとそこに描かれていたモノは、ただの絵画などではなく――
「コ、コレって!」
俺がこれまでずっと探し求め、軍学校に入るまでは見る事ができないと諦めていた、とある代物が描かれていた。
「きょっ、巨兵の“図面”!!?」
(ちょっ! ちょちょちょっと待て!! な、なな、何でココにこんな物があんの!!? だ、だってコレ軍事機密モンだぞ!?)
「あ、あの、リリィさん……こ、これはイッタイ……?」
や、やべぇ、興奮して声だけじゃなく手まで震えてきた。このままだと動悸や息切れも同時に発症しかねない。
たかが図面一つに大げさと思うかもしれないが、コレ今まで探して本当に見付からなかったモノなんだって!
教会の書籍はおろか、兵士の皆さんの話を聞いても何の情報も得られず、この前のリリィ達の説明会でだって聞く事は叶わなかった。
それがまさか、その僅か数日後に巨兵の図面まで見る事ができるなんて、夢で見る処か米粒程の妄想だって湧いて出てくる筈が無い。
しかも見た処、適当に描かれた偽物って感じでもないので、おそらく正真正銘の本物だろう。
「……良く見て……」
「で、でもコレ、流石に俺なんかが見たら拙いんじゃあ」
「……良いから……」
「そ、そりゃ見ろって言うなら見ますよ! ええ見ますとも! こんなチャンス次にいつ来るか解ったもんじゃないし! 穴の一つや二つや三つくらい開ける勢いで見ますとも、ええ! 例えコレを見る事に寄って俺の寿命が百日減る事になったとしても、でもそのせいで理不尽なしわ寄せが俺の家族にまで降りかかるなんて事が後々起こりそうで多少の躊躇を感じると言いますかだがしかしだからといって――」
バチーーンッ
「……良いから、落ち着いて、見る……」
「……ピャイ」
興奮冷めやらぬ俺を見かね、リリィの両手が思い切り俺の両頬を挟み込んだ。
一瞬視界が白くなるような衝撃のお陰で我に返ったが、おちょぼ口ではまともに返事が出来ません。
(つか、コイツ割と無茶すんな)
リリィの手から解放され、ピリピリと痛む頬を放置しつつ、言われた通り図面に目を通してみる。
でも俺ってば、図面の見方とか正直よく解らない人間である。昔作ったプラモや家電の説明書程度なら理解できるが、本格的な図面とか余りお目に掛かった事がない。
なので、そんな俺に図面だけ渡されても、その中身を完全に理解するなんて不可能に近いのだが……。
「…………あれ?」
それでも理解する努力はしようと図面を見ていると、俺はとある奇妙な点――と言うか、明らかにおかしな部分が目に付いた。
(……コレ、普通の巨兵じゃない?)
図面に描かれている巨兵の姿は、一見すると町でよく見掛ける巨兵とそう変わりがないように見える。
しかし注意深く見てみると、全体のシルエットがいつも見ている巨兵の物と多少違う事が判った。
図面の中の巨兵は手足の長さが今までの巨兵より少し長く、背中には何やら“リュック”のような物を担いでいる。
頭部の造りも若干異なっているのだが、何よりおかしいと感じる点が、巨兵の胸に空いている大きな“穴”だ。
まるで抉り取られたかのような丸い穴が、巨兵の胸にポッカリとした空洞を作っている。
無論、俺が之まで見てきた巨兵の中に、胸にこんな大きな穴を空けた機体はない。
ロボットアニメなんかのお約束だと、“ジェネレーター”や“コックピット”なんかがが収まっていそうな場所なのだが、聖紋巨兵には大型の“エンジン”のような物は搭載されておらず、また“パイロット”が乗り込む必要もない。
それなら、一体この空洞は何の為にあるのか……。
(待てよ。そもそも俺は今日、どんな経緯でここに連れて来られた?)
「…………まさか」
俺は内心で自分に落ち着くよう言い聞かせ、再度図面に眼を走らせる。
良く分からない記号や用語を無視し、大量に描かれた直線や曲線をすっ飛ばし、やがて図面の端に漸く目的の記述を発見した。
そうして、そこに書かれている“数値”を見た瞬間、俺の背筋に寒気にも似た戦慄が走る。
「ウソ……だろ……」
その時の俺の衝撃は、図面を見た時の比ではない。しかし、今度は手が震えるような事はなかった。
逆に全身がまるで石化したように硬直し、瞬きどころか呼吸すら忘れ、俺は図面の一点を凝視し続けた。
《全長――22.15メートル》
俺がこれまで見てきた一般的な巨兵のサイズは、平均でだいたい全長15メートル程。
でもこの図面に描かれている巨兵のサイズは、それより更に7メートルは大きい凡そ1.5倍もの差がある。
従来の巨兵より“大きな機体”と、そして胸に空いた“大きな空洞”。
もし、もしもだが、今さっき思い付いた俺の予想が正しければ、この二つはあるとんでもない事実を示しているのだが……。
「解るかい?」
「アリステアさん……?」
不意に声を掛けられ顔を上げると、リリィの隣にアリステアさんが立っていた。
図面に夢中で気が付かなかったが、いつの間にか客間に戻ってきていたらしい。
「そこに描かれている物が一体何なのか、キミに解るかい?」
俺を見詰めるアリステアさんの目は、まるで俺を試しているように見えた。だがこれまでの流れを考えれば、俺にも今彼女が何を考えているのか少しだけ理解できる。
そうしてその目を見た瞬間、俺は自分の予想が当たっている事を確信した。俺自身俄かには信じられないが、恐らく“そういう事”なんだろう。
(でも、一体どうして? どんな目的で?)
解らない事は山程あって、聞きたい事も山積みだ。
だが、俺はあえて諸々の疑問には眼を瞑り、今はアリステアさんの問いに答える事にした。
「……ボクは、これまでこういった図面といった物を見た事がありません。だから、これはあくまでボクの予想になります」
「構わない。そもそもキミのような子供が巨兵の図面を知っている事の方が稀だ」
「……聞かせて……」
そう言う二人の視線は真剣そのもので、俺はその視線に気圧されないよう、腹を据えて言葉を続ける。
「……正直、自分でも半信半疑です。でも、この図面を見れば見る程、一つの答えしか浮かんできません」
緊張か、それとも自身の願望からくる期待のせいか、喉が無意識にグビリと波打つ。
「もしもボクの勘違いなら、その時は笑ってもらって構いません」
「「笑わない」」
「そ、そうですか……?」
(何そのシンクロ、少し恐いんですけど)
非常に心強い受け答えではあるのだが、それは同時により大きなプレッシャーとなって俺に襲い掛かってくる。
(ええい、負けるものか!)
「え、えっとですね。図面を見る限りこの聖紋巨兵は――“人が乗る事を想定した巨兵”、だと、思うんですけど……当たってます?」
二人の異様な雰囲気に圧されつつ、結局最後には恐る恐るといった様子で自分の予想を二人に告げる。
そもそも、巨兵の操縦法が人の動きに同調するモノだと知った時から、薄々おかしいとは思っていた。
もし巨兵に人が乗っているのなら、当然巨兵の中には人が身体を動かせるだけの空間が存在する。
だが、全長15メートルしかない巨兵の機体では、それだけの空間を確保するのは難しい。
でもこの図面に描かれているの巨兵なら、機体が大きい分“人が乗れる空間”を確保する事ができる。
そして、そんな俺の予想を証明するように描かれているのが、巨兵の胸に空いているこの大きな“穴”だ。これだけの空間があれば、人ひとりが身体を動かすには十分だろう。
それにこの離れへと来る前、俺は公園でアリステアさんと“巨兵に乗りたい”という話をしたばかりだ。
あの時彼女が“思い付いた”コトも、きっとそれに関連する事だろうと直ぐに思い当たった。
以上の事柄から、俺はこの巨兵を“人が乗って動かす物”――有人型の巨兵だと、自分の願望を多分に含めて予想した訳なのだが……。
「お嬢様」
「……うん……」
二人は互いに頷き合うと直ぐに俺へと視線を戻し、俺に一つの案を提示した。
「イセア君。キミさえ良ければ、我らの“同士”にならないか?」
「……はい??」
その唐突な提案に一瞬頭の中が真っ白になる。
彼女達が何を言っているのかさっぱり解らないので、取り合えずじっくりと話を聞く事にした。
「どうぞ」
「あ、ども」
客間のソファーに座った俺たちに、メイドのサラスティナさんがお茶を出してくれる。今回はお茶を頂けないモノと思っていたが、良い意味で期待を裏切られた。
“同士”なんちゃらという話も気になるが、先ずはお茶でも飲んで一息吐こう。今日はまだ半日も経ってないが、色々あって少々疲れた。
幸い、今回は前回とは違って余り緊張していないので、この高級なお茶も今ならじっくりと堪能する事ができ――
(……うん?)
だが、その時吸い込んだ湯気の香りとお茶の味は、どうにも身近な代物だった。
「コレって、“アルコ茶”ですか?」
「はい」
「イセア君に勧められてからというもの、リリィがコレを気に入ってね。最近はコレばかり飲んでいるのだよ」
「あ、そうなんですか」
「各云う私も昔は良くこの葉を飲んでいてね。キミも無駄に肩肘を張った物ではなく、こうして慣れ親しんだ物の方が気が楽だろう」
「あ、はい……ソウデスネ」
(う、ううむ)
てっきりまた上質なお茶が頂けると期待したのだが、どうやら余計な気を使われてしまったらしい。少し残念だが、そう都合良くはいかないか。
(……待てよ)
もしかして、前回飲んだお茶もアルコ茶だったってコト? だとしたら……
(い、いや、深くは考えまい)
前回俺が飲んだのは、庶民には到底飲む事のできない“高価なお茶”だった。そういう事にしておこう。その方がお得な気がするし。
(味、まったく覚えてないけど)
「因みに、前に君がきた時も――」
「それでっ!」
俺が突然大声を出したせいか、一瞬アリステアさん達の動きが止る。
「えっと……ど、“同士”って一体どういう意味なんですか?」
「何だ。飲み終えてからと思ったが、イセア君は意外とせっかちなんだな」
「ハハ、は……よく言われます……」
危うく知りたくもない真実を聞かされる処だった。あぶないあぶない。
「ふむ。まぁキミが良いなら話を続けよう」
そうして飲みかけのカップを置くと、アリステアさんは真剣な表情で説明を始めた。
因みに、アリステアさんの隣ではリリィが両手で包むようにカップを持ち、チビチビと中のお茶をすすっている。
どうやら本当に気に入ったらしいが、なんというか傍から見ると病人が薬湯をすすっている姿にしか見えない。
(コイツ、ホントに病人じゃないよな?)
今更だが気になって仕方が無い。後でアリステアさんにでも尋ねてみようか。
「順を追って説明しよう。まず先程の図面に描かれていた巨兵だが、キミの言う通りアレは“人を乗せる事”を前提としたモノだ」
「やっぱり! 凄いじゃないですか!」
それは詰まり、この世界には俺以外にも巨兵に乗ろうと考えている人間が居るという事だ。
矢張りどこの世界にも、“大きい物に乗ってみたい”、“高い所に登ってみたい”、“狭い所に入ってみたい”、そんな性のようなモノを人は持っているのだろう。
だとしたら俺も、自分の将来にそこまで悲観的になる必要はないのかもしれない。半ば諦めかけていた将来設計だが、お陰で少しだけ明るい展望が見えてきた。
「それで、この巨兵ってもう実際に使われているんですか?」
俺のその問い掛けに、アリステアさんは静かに首を横に振る。
「残念だが、この機体は未だ完成には至っていない」
「あ、そうなんですか……」
残念。とはいえ、仮にこの機体が完成していたとしても、今の俺が乗る事はできなかっただろう。
できる事なら、将来俺が軍学校を卒業するまでには、実用化されていると有難いのだが……。
「そしてその図面を見せたのは、キミにそれが見抜けるかどうかを試してみたかったからだ」
「見抜くって、この巨兵が“有人”かどうかをですか?」
「そうだ」
成る程。だからさっきまで妙な視線が向けられていたのか。
「すまなかったね、気を悪くしたかい?」
「いえ、そんな事は……けど、どうしてそんな真似を?」
試された上で“同士”にと誘われた以上、俺は彼女たちの御眼鏡に叶ったって事なのだろう。でも、そもそもどうして俺なんだ?
「現在我々は、とある“目的”の為に活動している。しかし、今の我々には味方が少ない。なので今はその活動と平行して、力を貸してくれる者を募っている最中なんだ」
「……要するに、“仲間集め”って事ですか?」
「ああ。だからといって、闇雲に手を広げている訳ではない。我々が求めている人材は能力が高く、私たちと志を同じくできる者だ」
“高い能力”と“志”か。言うのは簡単だが、実際に集めるとなると骨が折れそうだ。
「そしてイセア君、キミはその項目を見事に満たしている」
「え、俺がですか?」
「ああ。だからキミを誘ったんだ」
何か随分と大層な事を言われている気がするが、俺はいつの間にその項目とやらを満たしたんだ?
それに能力うんぬんは別として、“志”と言われた処で今ひとつピンと来ない。
「あの、期待されているトコ申し訳ないんですけど、ボクってば別に凄くも何ともない、ただの食事処の末っ子ですよ?」
なので強いて得意なコトを挙げるなら、料理くらいが関の山だ。
「……謙遜は、要らない……」
そう小さく呟いたリリィが、俺にジトッとした視線を向けてきた。
「いや、別に謙遜してる訳じゃあ……」
「そうだな。イセア君、キミは少々自身を過小評価し過ぎている。それでは謙遜を通り越して、嫌味と取られても仕方がない」
「でもボク、本当にそんな積りはないんですよ?」
「分かっているさ。しかし、キミの場合は逆にそれが問題だ」
まいったな。出来るだけ波風立てないようやってきた積りなのだが、ソレが逆に仇になったって事なのか?
「少し自覚するだけで良い。キミは、キミが思っている以上に優秀だ。少なくとも、我々がキミを仲間に迎え入れようとするくらいにはね」
「そうでしょうか?」
「そうだとも」
(いや、そう断言されましても)
「キミのように僅か十歳で文字の読み書きが出来る者は稀だ。その上、多少知識に偏りはあるものの、この国の歴史や現状についても良く把握している。それは、情報収集の能力に長けている証拠でもある」
まぁ、ウチの食事処には国の南北から結構な数の兵士がやって来る。なので最近の国の情勢とか、その辺の情報は割と早く耳に飛び込んでくるのだ。
「それだけじゃない。前にキミとココで行った説明会、そこでキミは我々から多くの知識を吸収した。その……“リリィの話も含めて”ね」
そう言うアリステアさんの隣では、リリィがどこか不本意そうに頬を膨らませている。
『私の説明に問題はない』――とでも言いた気な様子だが、教えを受けた当事者である俺からすると寧ろ問題しかなかったぞ。
よく分からない装置を用意して、初めと終わりにしか口を開かないコイツの“説明”を理解できるヤツは、多分そう多くはいないだろう。
「だから、キミには優れた理解力もあると判断した訳だ」
自分ではそうは思わないが、そう言われると何となくだがそんな気がしてくる。
ひょっとしたら、“空気をよむ”というスキルに無駄に特化した、日本人ならではの特技のようなモノなのかもしれない。
「更には先程キミに見せたその図面だ。これまで図面を見た事がないにも関わらず、キミはそこに描かれている巨兵が“人を乗せるモノ”である事を見抜いた。洞察力の面でも、キミは期待以上の結果を見せてくれたよ」
「で、でも、そんなの全部偶然かもしれないじゃないですか」
自分に対する予想外の高評価にどうしても腰が引けてしまう。
前の世界の俺は、高い評価も低い評価も受けず、可もなく不可もない生活を送ってきた。そんな俺にとって、彼女の評価は些か以上に荷が重い。
まるで評価の一つひとつに込められた相手の期待が、俺の心に重石のように圧し掛かってくるようだ。
それに俺には、彼女たちが思う程大した事をしている自覚はない。そういう高評価はもっと苦労して頑張って、必死に生きている人間にこそ送られるべきモノではないのだろうか。
「そりゃあ、字の読み書きを覚えるのは苦労しましたけど、情報収集ができたのはあくまでウチが接客業だったからで、図面の件だって半分はボクがそうだったら良いなと思っただけの願望ですし――」
「いや」
誰に対してか分からない言い訳を並べる俺に対し、アリステアさんは再び首を横に振る。
「例えそれがキミの言う通りだとしても、矢張り私はキミを仲間に誘ったよ」
「ど、どうしてですか?」
「先程、教会前の公園でキミと話をしたろう。そこで私は確信したんだ。キミなら、我々と志を同じく出来る“同士”になれる……とね」
「ボクが……?」
「ああっ」
自信に満ちた様子で頷くアリステアさんだが、その自信は一体何処から湧いてくるんだ?
「キミは幼い頃から今まで、おそらく六年か七年もの間、巨兵に乗る為の努力を続けてきた。しかも巨兵には人が乗れないと薄々察していながら、それでも己の手の届く範囲であがき続けた。その執念は、最早ある種の才能と言い換えても良い。普通の人間には、まず真似のできない事だ」
「それは、まぁ……」
実際は産まれてこの方まる十年は続けてきた努力だが、俺にソレが出来たのは俺という存在が些か“特殊”だからに他ならない。
あくまで世間知らずのまま、自分の願望に向け後先考えず暴走していたに過ぎないのだ。果たしてソレは、本当に彼女たちの評価に値するモノなのか?
「だから私は、キミの理解力や洞察力以上に、その才能を買ったんだ。キミの存在は、我々の理想の現実に必ずや大きな貢献を齎してくれる。先程の公園で、私はそう確信した」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 流石にソレは言い過ぎですよ!」
ケツが痒くなる処の話じゃない。これ以上熱く持ち上げられては、この部屋から飛び出したい衝動に抗えなくなる。
「そんなの“才能”の内に入りませんよ。大体、さっき公園で言ったじゃないですか、ボクはもう自分の夢を諦めかけていたんです。そんなボクが、皆さんの役に立てる筈が――」
「……でも、諦めなかった……」
すると、そこでリリィは持っていたカップをテーブルに置き、呟くように口を開いた。
「……諦めかけた。それでも、諦めなかった……」
その顔付きは相変わらず死人のように儚げだが、俺を真っ直ぐ見詰める銀色の瞳は、濁りない自信に満ちているように見える。
「だってそんなの、所詮は結果論で――」
「……ソレの、何がいけないの?……」
「何がって……」
「……余り、つまらないコト、言わないで……」
本当にどうでも良い事のように、リリィの俺を見る眼が一気に冷めていくのが分かる。
「……よく見て、よく聞きなさい。イセア=ロア……」
リリィは置いてあった図面を手に取ると、ソレを俺の目前にかざした。
「……本来ならコレは、アナタのように子供で、ただの食事処の末子で、何の権限も持たないチンチクリンの庶民が、見る事なんて、絶対に出来ない物……」
「お、おう……」
その辺は俺も十分自覚しているのだが、改めて人さまに言われると中々くるモノがある――つか、チンチクリンて……。
「……でも今のアナタは、こうして実際に、図面を見てる……」
「っと!?」
リリィはそのままグイッと図面を突き出し、ソレを俺の鼻先にまで近づけた。咄嗟に仰け反っていなければ、間違いなく俺の顔面に当たっていた。
「……持ちなさい……」
「え、ああ……」
有無を言わせぬ迫力と強引さに圧され、思わず図面を受け取ってしまう。
「……ソレを、アナタに見せると決めたのは、この私……でも、今アナタが手にしているソレは、あくまでもアナタが、自分の実力で手にしたモノ……」
(いや、いま思いっきりキミに持たされましたよ)
「……アナタが望み、手を伸ばし続けたからこそ、掴み取る事のできた、アナタの成果……」
「俺の……?」
“コレ”が――今のこの“状況”が、“俺の成果”だと言いたいのか? 半ば俺にとって“棚ぼた”的なこの状況が?
「……アリスが言った通り、やろうと思って、誰にでも出来るコトじゃ、ない……」
そこまで立て続けに強調されてしまうと、俺としても彼女たちの言い分が正しいモノのように想えてしまう。
俺が巨兵に乗るのを諦めかけていた事は事実――でも、リリィの言う通り完全には諦めていなかった事も、また事実だ。
それに、この二人とは何か妙な因縁めいたモノを感じる。
リリィ達がウチの店を訪ねた事、彼女達が機兵を連れて来た事、俺がその機兵を見たいと言い出した事、屋敷の離れに招待された事、そこで機兵や巨兵について教えて貰った事、公園でアリステアさんに自分の悩みを打ち明けた事。
もし、その何処かで俺が夢を完全に諦めていたのなら、こうしてこの図面を見る機会は、恐らく永遠に訪れなかっただろう。
そう考えるのなら、彼女たちの言い分もあながち間違ってはいない……のかもしれない。
「“諦めたらそこで試合終了――か”」
「……なに?……」
「ああいや、何でもない」
ふと、かの偉大な“太めのカーネルおじさん”の名言が脳裏を過ぎり、知らず日本語で呟いていた。
未だふとした切っ掛けで日本語が出てしまう時がある。まぁ元母国語だから仕方ないとは言え、もう少し注意した方が良いかもしれない。
「……分かりました。思い上がる積もりはないですけど、無駄に卑屈にもならないでおきます。二人の評価も、一応は正当な評価として受け取っておきます」
「……“一応”?……」
その一言が気に食わなかったのか、リリィの表情が目に見えて曇る。
「い、いやいや、今まで家族以外からそんな高評価貰った事なかったから、どうしても慣れない――というか、俺みたいなヤツは尻込みしちゃうんだよ。徐々に慣れて行くから、今の処はこれで勘弁してくれないか?」
「……正当な評価を、正当に受け取れない……臆病者……」
「ズバッと言うね! 何その高評価から一転の上げて落とす感じ!? 図星だから返す言葉なんて一つもないけど!」
「ま、まぁまぁ二人とも。そこまでにしておきなさい」
雰囲気が剣呑としてきたのを察し、アリステアさんからのやんわりとした仲裁が入る。
「リリィ。少なくともイセア君は此方の言い分に歩み寄ってくれたのです。向こうが此方に一歩近づいたのなら、此方も一歩踏み出すのが道理というモノです」
「……フン……」
小さく鼻を鳴らし、リリィはプイッと俺から顔を背けてしまう。
そうして新しく入れられたお茶を手に取ると、昇る湯気を吹き消しながらまたチビチビとカップに口をつけ始めた。
「さてイセア君、これでこちらの意図は伝わったかな?」
「ええ。少なくとも、貴方たちに認めて貰えた――という事は理解しました」
「宜しい。では、ここからが本題だ」
「“同士”……仲間集めですか」
「ああ」
「ボクを誘った理由は解りましたけど、アリステアさん達って一体どんな活動をしているんですか?」
幾ら俺の事を高く評価してくれているとはいえ、何をやっているのかが分らなければ此方も手の貸しようがない。
在り得ないとは思うが、もし現国家の打倒を目指す反乱軍への勧誘とかだったら、流石の俺も首を縦に振るのは難しい。
出来るコトなら派手目なモノではなく、成る丈穏便な活動だと望ましいのだが……。
「なに、そう難しい話じゃないさ。一言でいってしまえば“国家再興”といった処だ」
成る程、反乱ではなく寧ろ再興の方か。意外な活動内容だが、ソレなら国家を打倒するよりはずっと穏便に――
「…………はい??」
何の溜めも躊躇いもなく、まるで世間話のようなノリであっさりと口にするモノだから、危うくそのまま聞き流してしまいそうになった。
「……えっと、スミマセン。“難しい話じゃない”と“国家の再興”という台詞が、ボクの中でどうしても繋がらないんですが……」
「そうかい? だが、分り易かったろう?」
そりゃ確かに分り易いっちゃー分り易いが、“分り易い”と“難しくない”は俺の経験上決してイコールでは結ばれない。
「イセア君。キミは今、我々がいるこの国――アディルファナ王国の現状をどう思う?」
「この国、ですか……」
何だか難しい話になりそうだが、まぁここは素直な感想をぶつけておこう。
「……“歪”だと思います」
「ほう。何故そう思う?」
「率直に言って、この国は“国”という体をなしてません」
俺たちが暮らすこの国は、既に一度滅んだ国だ。一度滅んだ国を再興するのは、当然ながらそう簡単な話じゃない。
例えこの国の王族が生き残っていて、フェイスレスから領土の幾ばくかを取り戻し、国家の再興を周辺国や教会が認めていようと、最終的に“自立”出来なければ本当の再興や再建とは言えない。
実際今のこの国は、どう足掻いても自立が出来る状態ではない。教会や北の隣国からの支援で、無理やり国家としての骨組みを支えている状態だ。
どちらか一方が手を放しただけで、簡単に崩れる土台に乗った見せ掛けの“書割り”に過ぎない。
「今だ自国の民全員を迎える領土を確保する事もできず、国民の生活を賄えるだけの産業もなく、敵の侵略を阻むだけの軍事力を自前で用意する事もできない。土地も食料も、そして力も、他から融通されなければ保てない……これじゃあ国家というより、植民地や属国といった方がしっくりきます」
しかし不思議なのは、そのような状況でありながら、教会や北の隣国がこの国を歴とした国家と認めているという点だ。
国とは互いに友好的な関係を築く事もできるが、その本質は常に宿敵関係でしかない。
だから北の隣国の立場としては、この国を属国として取り込むか、植民地として完全に支配下に置いた方が都合が良い筈だ。
しかし北の隣国はそれをせず、様々な援助まで行ってこの国を生かし続けている。それをただ相手の親切心と考えるのは、余りに虫の良過ぎる考えだろう。




