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14 初めての巨兵講座

 ◇


「ではイセア君。そもそも機兵や巨兵が何故作られるようになったか、その理由と経緯は判るかい?」


(あ、そこからなんだ)


 その辺りの情報は大分前に調べ尽くしたのだが、まぁ今の俺がどの程度の知識を持っているかなんて当然この人達には分からない。

 それに調べたのはもうかれこれ一年以上前の話だ。ここは自分の復習も兼ね、ちゃんと知識のある人に教えてもらうのも良いだろう。


「フェイスレスに対抗するためですよね。教会のお陰で人類はフェイスレスに対抗するための聖紋を得ましたけど、それでもフェイスレスの存在は脅威でした」


 いかにフェイスレスに対抗できるようになったからといって、ただ“触れるだけ”で人間を殺すフェイスレスの存在は、やっぱり脅威以外の何者でもなかった。

 しかも当時のフェイスレスの個体数は、軽く見積もっても全人類の約五、六倍近くにまで膨れ上がっていたという。

 仮に全人類が戦ったとしても、一人につき五体以上のフェイスレスを倒さないといけない計算だ。


「それに当時は既に多くの人が亡くなっていて、深刻な人員不足も招いてました。戦うための聖紋機だって、全ての兵士に支給されていた訳じゃない。そんな諸々の問題を解決するために作られたのが、“聖紋機兵”です」

「そうだ。フェイスレスと直接戦う必要のない聖紋機兵の開発に成功すれば、我々人類とフェイスレスの立場は逆転し、その優位は一気に人類側へ傾くと考えられた」


 要するに機兵とは、触れるだけで人間を殺すフェイスレスに対し、人間以外のモノに戦わせようという発想のもと作られた兵器なのである。

 人ではない機兵ならフェイスレスに殺される心配もなく、当時のフェイスレスにはまだ“物を壊す力”がなかった。

 当時の機兵開発は正にフェイスレスにとっての天敵と成り得るモノであり、その量産が可能になれば、同時に兵士の人員不足も解消できるという寸法だ。


「だが、結果的にこの機兵開発は失敗に終わってしまう。要因としては、開発に時間と費用を掛けすぎたこと、そして――」

「“自立制御”の問題が最後まで解決しなかったこと。ですよね」

「ああ」


 そう。驚くべき事に当時の技術者は、機兵の“完全自動化”を目指していたらしい。

 完成した聖紋機兵を野に放てば、後は勝手に敵を駆除してくれる。そういった物を作りたかったらしいのだ。

 恐らく教会が齎してくれた聖紋という奇跡に対し、過度の期待や無茶な幻想を抱き過ぎた結果なのだろう。

 一見魔法とも思える聖紋だが、矢張りそこには限界があった。いや、もしかしたら出来るのかもしれないが、当時の人類の知識と技術では不可能だった。


 まぁ俺のいた日本でも、二足歩行ロボットが漸く普及し始めた程度だった。

 更にそこから自動で敵を判別して攻撃するシステムやプログラムなんて、開発するだけでもまだまだ時間が掛かるだろう。


(……でも待てよ)


 考えてみれば、前の世界からこっちに来てもう十年以上が経つ。ひょっとしたら向こうでは、既にそういった物の開発に成功しているかもしれない。


(まぁ仮に成功したとしても、平和ボケした日本国内での話じゃないとは思うが)


「そうして機兵開発が完全な行き詰まりを見せる中、聖紋を利用した他の武器や兵器の類は順調に開発と発展が進み、より効果的かつ安全な物が開発されるようになった。こうして、機兵開発は一度は完全にその開発が凍結される事になってしまう」


 如何に優れた道具を作ろうと、使われなければ意味などない。ただ道を移動するだけなら“車”を利用すれば良い話で、わざわざ“戦車”を利用する必要はないのだ。

 高性能だが無駄に金と時間の掛かる機兵より、低性能だが費用が掛からず大量に作れる聖紋機の方が、当時の人々には需要があったという訳だ。

 そのため聖紋機兵という存在は陽の目を見る事なく、聖紋機開発の汚点として歴史の闇へと葬られる……筈だった。


「だが、実際はそうはならなかった。とある理由により、機兵開発計画は再び息を吹き返す事になる。では、その理由とは何か?」

「それまでなかった“新種”のフェイスレスの出現ですよね」

「そうだ。それまで我々人類は聖紋機を発展させ続けてきた。だがある時から、フェイスレスもまたそれに対抗するように変化――いや、“進化”を始めた」


 それが、前に俺が調べたフェイスレスの進化系――“ヘッドレス”だ。


「ヘッドレスはそれまでのフェイスレスとは違い、人型の霧のような姿から、まるで昆虫の外皮のような“装甲”を纏った姿で現れた。その見た目通り耐久性に優れ、またその機動もフェイスレスのように緩やかなモノではなかった」


 まさにフェイスレスの“強化型”――ヘッドレスはフェイスレスに比べ圧倒的に強く、そして倒し難い難敵へと進化した。


「だが、その時点では苦戦したものの、まだ現行の聖紋機での対処が可能だった。問題は、ヘッドレスの後に出現した“大型フェイスレス”、並び“大型ヘッドレス”の存在だ。現在確認されているモノでは全長5メートルの個体から、最大で20メートル近くある個体も確認されている」

「20メートルですか!?」

「ああ」


(それは知らなかった。そんなヤツまで居るのか)


 俺が前に読んだ本だと、最大で10メートル前後と書かれていた記憶がある。恐らく、その本が出版された後に発見された個体なのだろう。

 やっぱり情報がリアルタイムで入ってこないってのは頂けない。こっちの世界にはインターネットなんて勿論ないし、新聞のような物はあっても内容は全て検閲されている。

 後は現場の人間である兵士の人達から直接話を聞くしかないのだが、ウチの店では酒を出していないので兵士も簡単には口の滑りが良くならない。


(でも、それだけ厳しく規制が掛けられているのに、この人達は何だってそんな事知ってるんだ? やっぱり貴族だからか?)


「流石にそこまで巨大になられては、最早それまで使っていた聖紋機では太刀打ちできない。戦況の天秤が、また敵の側へと傾いてしまった訳だ。そこで白羽の矢が立てられたのが、過去開発が頓挫し凍結された聖紋機兵だったという訳だ」

「その機兵開発を下地にして、今の巨兵が作られたんですよね」

「そうだ。兵器の威力を上げるなら、純粋にその規格を大きくしてやるのが手っ取り早いからね」


 聖紋巨兵の開発者は、当時まだ完成しなかった機兵を巨大化する事で、フェイスレスの“大型”に対抗しようとした訳だ。


「……ふむ。何だ、思った以上に詳しいじゃないか。誰かに習ったのかい?」


 アリステアさんが感心したように言う。


「まぁ習ったと言いますか、周りの人達に色々と聞きましたからね。特に、教会の神父様には色々な話を聞かせて貰いました」

「成る程、ラドック神父か。あの方も元軍属だからな、その手の話には詳しいだろう。納得したよ」


(あれ、アリステアさんもラドック神父のこと知ってるのか……いや当たり前か)


 この人だってこの街に住んでるんだ。教会への礼拝にも行くだろうし、ラドック神父を知っていても何ら不思議じゃない。彼が軍属というのも有名な話だし。


「あと自分で調べたりもしましたよ。本を読んだり」

「ほう、どんな本を読んだのかな?」

「そうですねぇ……教会にある本は一通り読みましたけど、ボクが気に入っているのは“巨兵開戦史書”ですかね。いやー、教会って沢山本がありますけど、巨兵の事が詳しく書かれているのってアレくらいしかなかったんですよ。だから――」


(――って、あれ?)


 何故かアリステアさんが驚きの表情で俺の顔を見ている。

 隣を見ると、リリィのヤツもアリステアさんと同じく俺に目を向け、いつもの半目を“三分の二”目くらいに見開いていた。


(何? 俺ってば、何か拙い事でも言った?)


「えぇっと……」


 俺が戸惑っているとリリィが椅子から立ち上がり、部屋の隅に積まれている本の山から一冊を引き抜いた。そうして引き抜いたその一冊を、何故か俺へと差し出してくる。

 何か見た事のある表紙だと思いつつ受け取ると、その本の表紙には今まさに俺が話した“巨兵開戦史書”の銘が記されていた。


「あ、そうそう、この本だよ」


 どうやら、ここにも同じ本があったらしい。

 つかコイツ、今あの本の山からピンポイントでこの本だけ持ってきたよな。まさか、何処に何の本があるのか全部把握してんのか?


(……ん?)


 すると、何故かリリィが俺の手ごとその本を取り、表紙を開いてパラパラとページを捲り始める。中程まで本を開いた所で捲るのを止め、その中の一文を指差した。


「……読んで……」

「え?」

「……ここ、読んで……」


(読めば良いの?)


「えっと――『こうして、第二次防衛戦は両者の協力という形で勝利を収めた。しかし、この戦闘における功績が巨兵の採用を決定的なモノとした事に間違いはない。こうして巨兵は戦線における主力の防衛兵器として、世界各国の様々な戦場に配備される事となった』」


 パタンッ


 指定の一文を読み終えると同時に本が閉じられ、リリィは俺の手に本を残したまま自分の席へと戻って行く。


「えっと……」

「驚いたよ。君は文字が読めるのか」


(ああ、そういう事ね)


 何事かと思ったが、確かに俺みたいな子供が文字を読めるなんて、この町じゃまず在り得ない事だろうからな。実際に文字を読ませて確認した訳だ。


「てっきり子供用の童話の類かと思ったが、まさかそんな専門書まで読めるとは……ご両親にでも習ったのかい?」

「え、ええ。そんな処です」


 まさか「自分で全て解読しました」とは言えない。しかもこの国で使われている“ナーラ文字”だけでなく、“オウラ文字”と“セイラム文字”まで読み書きが出来ると言った処で、きっと信じては貰えないだろう。

 まぁ余計な疑いを持たれるのも詰まらないし、向こうから聞いてこない以上自分からは言わないでおこう。


「そうか、それは良いご両親に恵まれたな。感謝すると良い」

「はい……自慢の両親です」


 その辺は言われなくても痛いほど理解している。

 この世界に来て色々と不便な点はあったものの、あの両親の元に産まれた事は俺にとってこの上ない幸運だ。

 下手に金持ちの家とかに産まれていたら俺のことだ、自堕落な生活でも送っていたかもしれない。

 いや、案外上流階級みたいな堅苦しい生活を余儀なくされていた可能性もある。それはそれで勘弁願いたい。


「しかし、ではどうしたものか。その巨兵開戦史書の内容は、一部が軍学校の教本としても利用されているモノなんだ。それを読破してしまっているとなると、私から教える事が殆ど無くなってしまうな」

「いえ、自分の復習にもなりますので助かります。実際、初めて聞く内容とかもありましたし」

「そうかい? ……よし、では微力ながら続けさせて貰うとしよう」


 そうしてアリステアさんの授業が再開される。手に持たされたままの巨兵開戦史書は、テーブルの上に置いておいた。


「では改めて――こうして再開された機兵開発だが、当然“自立制御”の問題は依然残されたままだ。では、どうやってその問題を解決したのか、それは分かるかい?」

「自立制御じゃなく、“人が操る”ように計画が変更されたんですよね」

「そうだ。流石に現在の技術力では完全な自立制御は不可能と判断し、機兵を人が操作できるよう改良を加えた訳だ」


 当初の予定にはなかった機能だが、聖紋のお陰で改良自体は上手くいき、操る人間の動きをそのまま“真似”する事ができるようになった。

 つまり巨兵や機兵の操縦は、“レバー”のような物で動かすのではなく、“モーションキャプチャ”のように操士と機体の動きをリンクして動かすよう改良が施された訳だ。

 そうする事で完全自立型ではなくなったが、人が自由に機兵を操る事ができるようになった。


 俺は最初、ガ○ダムやマク○スに出てくるロボットのように、巨兵もレバーやペダルのような物で動かすと思い込んでいたので、コレには少々驚かされた。

 だが、この程度の事で俺の『巨兵に乗りたい』という想いは揺らがない。寧ろ、それならちゃんと身体を鍛えておかねばと、日頃の体力作りを強化した程である。


 ……そう、“この程度”なら、まだ俺の心は折れなかったのだ。


「しかし、そこでまた新たな問題にぶつかる事になるのだが――さてイセア君、ここで問題だ」

「はい」

「君は“聖紋機”と“聖紋機兵”。この二つの決定的な違いが判るかな?」

「違いですか……? えっと、“人型”か“それ以外の形”って事ですか?」

「残念だが、それでは決定的とは言えないな」


(ふむ、それじゃあ――)


「“聖霊核せいれいかく”が有るか無いかですか?」

「うむ、その通りだ」


 現在まで開発された聖紋機には、様々な種類が存在する。


 運搬用、工業用、通信用、照明用、戦闘用とその種類は聖紋機の開発以来いま尚増え続けている。そして機兵や巨兵も、厳密には聖紋機の延長といえる。

 だが、他の聖紋機と機兵との最も大きな違いは、そこに“聖霊核”が使われているかどうかだろう。


「人が操ることで機兵は動かせるようになったが、しかしそれだけでは戦闘を行うには不十分だった。なので我々の先人は、“聖霊”の力を借りる事にした。聖霊核の中に宿った“聖霊”の力を借りる事により、我々は初めて巨兵を効率的に運用する事が可能となった訳だ」


 “聖霊核の中には聖霊が宿っている”――初めこの事実を知った俺は、何かの比喩かと思い自分なりに色々と調べてみた。

 しかしその結果、どうやらこの世界には本当に聖霊なるものが存在しているらしい事が判った。この聖霊核という物の中には、何らかの“意思”のようなモノが宿っているのだ。

 そしてその聖霊核は、機兵や巨兵のAI的な用途に使われている。つまりこの聖霊核に宿っている聖霊が、機兵や巨兵のソフト的な役割を担っているという訳だ。


「普通の聖紋機は基本構造が単純な分、個人でも十分利用する事が可能だ。しかし、構造が複雑で操士が操る機兵はそうはいかない。人間が常日頃から行っている“立って歩く”という行為――ただソレだけの行為が、機兵や巨兵にとっては途方もなく困難な動作だからだ」


 そう。俺たち人間が普通にやっているこの二足歩行という行為は、実のところかなり高度な技術といえる。

 そんな高度な技術を間接的に巨兵というロボットの身体で行おうとすれば、バランスを取って立ち上がる事はおろか、そこから歩いたり走ったり、まして敵と戦ったりする事なんて不可能に近い。

 だからこそ巨兵を操縦する際には、操士以外にも自動で姿勢を制御し、その他の面でも操士のサポートをする存在が必須になる。

 聖霊核はその為の制御装置として活用されているのだ。


「この聖霊核の発見は、当時は随分と騒ぎになった。正に世紀の大発見だからね。同時にその聖霊核を機兵に利用し、巨兵を最初に造り上げた技術者もまた一躍名声を高めた。その技術者の名を――“ジオ=オルガノ”という」


 “ジオ=オルガノ”――開発が凍結された機兵計画を蘇らせ、ソレを元に巨兵の開発を成功させた人物。


 俺が散々読んだ巨兵開戦史書の中にも、彼の名前は記されていた。

 科学者であり、技術者であり、物理学者であり、天文学者であり、聖紋学者であり、そして稀代の錬金術士と謳われた天才。

 前の世界で言うのなら、きっと“レオナルド=ダ=ヴィンチ”や“トーマス=エジソン”などと並び称されたであろう偉人の一人。

 もし彼がこの世界に産まれておらず、巨兵が造られていなければ、転生した俺はきっとこの世界にも生甲斐を見出せず、前の世界同様の怠惰な日々を浪費していたに違いない。


 もしかしたら本気で食事処でもやっていたかもしれないが、でもその場合あのとき胸の奥に灯った熱を感じる事は、恐らく永遠になかっただろう。


「さて、以上が巨兵が作られるまでの経緯になる訳だが、何か質問はあるかい?」

「いえ、特には。ありがとう御座いました」


 ペコリと頭を下げる。


 まぁ今迄の説明は俺にとっての復習に近い。それに内容はあくまで巨兵が出来るまでの“経緯”だ。

 本当なら開発に関わった人物とか環境とか色々聞いてみたい処だが、そんな事まで聞き出していたらキリがなくなる。


「そうかい? それじゃあ私から一つ補足――というか、訂正しよう」

「訂正ですか?」


 何だろうか? これまでの説明の中に、特に間違った部分はなかったと思うけど……。


「先程、聖紋機と機兵の決定的な違いは聖霊核の有無だと言ったが、もしかしたら近々、その定説が通用しなくなるかもしれない」

「と、言いますと?」

「今は機兵や巨兵にしか使用されていない聖霊核だが、将来的には他の聖紋機にも実装させようという話が技術者の間で持ち上がっているんだよ」

「そうなんですか、例えばどんな物に?」

「そうだな。例えば巨兵の運搬等に使われている大型の“聖紋車”だが、アレに組み込む事によって目的地まで自動で移動する事が可能になるかもしれない」

「へー、良いアイデアですね」

「そうだろう」


 アリステアさんがうんうんと頷いている。要はカーナビみたいなモノ――いや、ちょっと違うか。

 でも、あんな巨大ロボットを動かせるなら、それくらい割と簡単に実現出来そうだ。


「尤も、聖霊核の調整法がまだ確立されていない上、聖霊核その物の希少価値も高い。実現するのは、君やリリィがもっと大人になってからの話になるかもしれないな」

「成る程。それは楽しみですね」


 俺が興味を持ってるのはあくまで巨兵だが、そういった話が出てくると矢張り少なからず期待してしまう。

 まぁ技術や科学の発展は、そうした妄想や願望が動機になる部分が大きい。初めから無理だと決め付けてしまう前に、実際にやってみる事が肝心なのだ。


「さて、私の話はここまでだ。次はリリィから話を聞くと良い」


 どうやら選手交代らしい。俺は正面のアリステアさんから、次に右前のリリィの方へと視線を移す。

 果たしてこの吸血姫様は、機兵について一体何を教えてくれるのだろうか?


「……何が知りたい?……」


(いや、そんな漠然と何が知りたいかと聞かれましても)


「おじょ――リリィ様」


 慌てて言い直したようだが、“様”って言っちゃってるよこの人。


「そう唐突に仰られてはイセア君も困惑してしまいます。イセア君、彼女は機兵や巨兵等の“技術的”な面に詳しいんだ。その辺りの事を聞いてみると良い」

「そうなの?」

「……そう……」


 それならそうと言わんかい。でもまぁこれまでの短い付き合いで、口下手な子だって事だけはよく分かった。


「技術的な事か、そうだなぁ……」

「……何でも……」


 だからその“何でも”が困る――『夕食何にする』『何でも良い』――くらいに困る。

 しかも俺の場合は“特に食べたい物がない”という意味じゃなく、逆に“食べたい物が多すぎる”状態なのだ。

 果たして、一体何から手を着けたモノか……。


「それじゃあ、取り合えず機兵の“構造”というか、どうやって動いているのか基本的な部分を教えてくれないか?」


 やっぱり基本を抑えておかないと、何を教わっても要領を得ないからな。


「……そんなので良いの?……」

「うん」

「……つまんない……」


 いや、そうは仰られましても、こちとら右も左も判らないずぶの初心者で御座います。

 今まで散々本や人から情報を集めたが、結局その辺りの知識を得る事はできなかった。

 なので、せめて最初くらいは生徒に優しくして頂きたい。


「……アリス、それ取って……」

「はい。コレですか?」

「……あとそっちと、そこの“アス石”も……」

「はい」


 リリィに指示され、アリステアさんが近くの棚にある小さな“装置”みたいな物を幾つか持ってきた――因みに“アス石”とは“アストラル鉱石”の略だ。

 アリステアさんが持ってきたのは、二つの装置とアストラル鉱石が一つ。

 リリィはテーブルに置かれた車輪のような装置を引き寄せると、その装置にアストラル鉱石をセットした。


(つか今のアストラル鉱石、滅茶苦茶純度が高かったぞ!?)


 驚いた。こんな純度の高いアストラル鉱石を見たのは産まれて初めてだ。

 アストラル鉱石は自然石で、今の人類にはその純度を高める技術がない。その為、アス石は基本採掘された状態のまま利用されている。

 でも、今アリステアさんが持ってきた物は、純度がもの凄く高かった。

 具体的には、ウチで使われている物と大きさは同じでも、そこに蓄えられたアストラルの貯蔵量はざっと見積もって五倍近くはあっただろう。


 もしあれがウチで使えたら、今後頻繁に教会に鉱石を交換に行く手間がはぶける。

 営業している際にアストラルが突然底を着く事も、わざわざ自前のアストラルを聖紋機に供給する必要もなくなるのだ。

 なので是非ウチにも一つ欲しい処ではあるのだが、流石にそう易々と手に入る代物でもない。

 俺のような庶民には、きっと一生縁のない代物だと思っていたのだが、まさかこうして実物が見れるとは思わなかった。


「……見てて……」

「あ、はい」


 リリィがアストラル鉱石をセットした装置を俺の前に差し出してくる。


 見てみると、その装置の構造は極めて単純なモノだ。

 アストラル鉱石が入れられた金属の筒から伸びる鋼線が、水車のように固定された金属の円盤へと繋がっている。そしてその円盤の表面には、何かの聖紋が描かれていた。

 ついでに装置のアストラルを感じてみると、まだその聖紋にアストラルは送られてはいない。

 どうやら円盤手前のスイッチが、アストラルの流れのONとOFFの切り替えスイッチになっているようだ。


 リリィの細い指先が、円盤手前のスイッチを押す。


 案の定、金筒の中のアストラル鉱石からアストラルが鋼線を伝い、円盤に描かれた聖紋へと注がれる。

 それと同時に聖紋が発動し、聖紋の描かれた円盤は静かに回転を始めた。電気仕掛けのモーターのような駆動音も鳴らさず、一定の速さでクルクルと回り始めたのだ。


 その場に居る三人の視線が、一様に回る円盤へと注がれる。


「「「……」」」


 クルクルと、クルクルと――


「「「……」」」


 クルクルと、クルクルと――


「「「……」」」


 クルクルと――って流石にもう良いじゃないか?


「……次……」


 ――と、どうやら次に行くらしい。


 リリィはスイッチを切って装置から鉱石を抜き取ると、今度はもう一つの装置へと鉱石をセットし直した。そうして、また装置を俺の前へ差し出してくる。

 見ると、さっき同様こっちの装置も構造は単純だ。ただ、さっきとは違いこっちには二つの円盤が並べて置かれている。

 どちらの円盤にも同じ聖紋が描かれているが、さっきの装置の聖紋とはまた違う種類の聖紋だった。


「……見てて……」

「うん」


 そうして、またリリィが装置のスイッチを入れる。


 アストラル鉱石から流れるアストラルが、二つの円盤に描かれた聖紋へと注がれるのだが、今度は一向に回り出す気配はない。

 するとリリィは装置に手を伸ばし、円盤に付いている小さな取っ手を摘まむと、今度は自力でその円盤を回し始める。それと同時に、今度は触っていない隣の円盤も回り始めた。

 片方の円盤を右に回すともう片方の円盤も右に回り、左に回すと左に回る。

 逆にもう片方の円盤を手動で回しても、矢張り初めの円盤どうよう同じ方向に回転し始める。

 別に二つの円盤が紐で繋がっていたり、歯車で動力が伝わっている訳じゃない。それぞれ完全に独立している筈なのに、まるで鏡合わせのようにお互いが連動して回転しているのだ。


 何とも不思議な光景だ。たぶん聖紋のお陰なんだろうが、原理がまるで分からない。磁力が発生している訳でもないし、正しく俺には未知の現象だ。

 でもまぁ、この世界ではコレが“当たり前”なんだろう。リンゴが木から落ちるのと同様に、太陽が東から昇るのと同様に、この世界ではコレが当たり前の“現象”なのだ。


 リリィはそのまま暫く円盤を交互に回した後、装置のスイッチを切ってから俺を見た。


「……解った?……」

「あの、リリィお嬢様。幾ら何でもその説明の仕方では――」

「……いや、大体解ったよ。ありがとう」

「えっ!?」


 今まで正確な情報を得る事はできなかったが、それでも少なからずの予想はしていた。


 まぁ巨兵や兵士を運ぶ大型トラックがあるのだ。トラックには当然車輪が付いていて、その車輪を回転させる為の動力があり、恐らくそれが聖紋機である事も分かっていた。

 だから多分、その聖紋が巨兵や機兵を動かす動力に使われているとの予想はしていたのだが、今のリリィの説明でその予想に漸く確信を持つ事ができた。


(まったく。つくづく“前”の常識が通用しない世界だ)


 だが、確かにコレ等の聖紋さえあれば、各関節部に仕込むだけで巨兵と人間双方の動きを同調させ、あの巨体を動かす事もできるだろう。

 しかもそれだけじゃなく、他にも様々な分野に応用が利きそうだ――ま、そっちの方面にはあんまり興味はないけど。


「ちょっ、ちょっと待ってくれイセア君」

「はい?」

「キミ、今の説明で本当に理解できたのかい?」

「ええまぁ。要は“動力”と“操作”の基礎ですよね? あくまで基本ですし、それにある程度予想はしてましたから」

「そ、そうか……」


 どやら余程驚いたようで、アリステアさんの俺を見る眼が丸くなっている。

 対してそんなアリステアさんの様子を見たリリィの顔付きは、何故かどことなく自慢気だった。


(いや、別にお前の説明が上手かった訳じゃないんだが)


 俺はある程度事前に調べていたから理解できたが、仮に本当の初心者相手に同じようにした処で、頭に疑問符が浮かんで終わりだろう。説明が上手いとか下手とかいうレベルじゃない。


「因みにキミ、今年で歳は幾つだい?」

「今年で十になりましたけど」

「……それが本当だとして、悪いが私は懐疑的に成らざるを得ないよ」

「ええっとぉ……何か、スミマセン」

「いや、“前例”が無い訳じゃないんだ。だが、ソレがこうして“一緒”に並ぶとは……」


 何となくだが、この人の言いたい事は理解できた。“子供らしくない子供”の相手は、きっと想像以上に疲労が蓄積するモノなのだろう。

 リリィは解っていない様子だが、アリステアさんの心労の半分は――いや、たぶん三分の二はコイツが原因だ。残りは俺だろうけど……。


 その後もリリィ先生の授業は万事が万事同じような具合に進行した。


 機兵や巨兵に使われている聖紋の種類を、どこからか出してきた装置と一緒に紹介し、その機能を実際に俺に見せてくれた。

 正直彼女の口から説明らしい説明は殆どなかったが、装置の中のアストラルの流れを感じれば何となくだかその機能が理解できたし、要領は悪いが聞けばリリィもちゃんと答えてくれる。

 決して解り易い説明じゃなかったが、ちゃんと要点は抑えられていたので、理解するまでにそこまで時間は掛からなかった。


 でも同時に、我ながら機兵を少し甘く見ていたと反省する部分もあった。当初俺が予想していたより、かなり大量の聖紋が使用されている。

 勿論その中には今の俺が知らない聖紋もあった――というより、寧ろ知らない聖紋の方が多かった。

 なので、結局聖紋の種類とその効果の説明だけに時間を消費してしまい、機兵の詳しい内部構造などに触れる事はできなかった。


 まぁ一朝一夕で理解できるほど優しい内容とは思っていなかったが、正直残念としか言いようがない。でも俺のここ数年と比較してみれば、これだけで頭に大の付く収穫だ。

 たかが“なんちゃってスイートポテト”をご馳走した程度の見返りとしては、十分すぎるくらい十分な報酬だろう。


 ◇


 やがて日は随分と傾き、俺は暗くなる前に自分のウチへと帰る事になった。


「今日は本当にありがとう御座いました」


 わざわざ本館前まで見送りに来てくれたアリステアさんに頭を下げる。


「参考になったかな?」

「参考なんてモノじゃないですよ! 本当にためになりました。感謝してます」

「それは良かった。本当なら夕食もご馳走したかったのだが」

「いや流石にそこまでは。両親には何も言ってませんし」


(そもそも言う暇なんて無かったし)


「では、夕食はまたの機会にしておくとしよう」

「そうですね」


 尤も、その“またの機会”とやらが訪れる可能性は、極めて低いモノだろう。


「今日は急な招待に応じてくれてありがとう。こちらも感謝しているよ」

「い、いえいえ。とんでもない!」

「いや。短い間だったが、キミが来てくれて嬉しかった。たぶんお嬢――リリィも喜んでいたと思う」

「そう、なんですか?」

「ああ。余り外に出ない子でね。しかも、君のような年の近い知り合いなんて殆ど居ないんだ。矢張り、我々だけでは補えない部分もあってね……」


 そう言って、アリステアさんは離れの方へと目を向ける。


 俺を見送りに出てきてくれたのは彼女だけで、リリィには離れの玄関で別れを告げている。

 ここから見た処でもうリリィの姿を見る事はできないが、離れを見詰めるアリステアさんの横顔には悲しそうな、それでいて少し悔しそうな表情が浮かんでいた。


 『また来ても良いですか?』――とは、流石に聞けなかった。


 彼女たちもそれぞれ苦労や悩みを抱えているだろうけど、俺には俺の生活がある。

 今日の事は、あくまでスイートポテトのお礼だ。そんな理由でもなければ、庶民である俺が貴族の彼女たちに招待される事なんて、絶対に在り得ない事なのだ。

 こちらからそんな事を頼むのは、分不相応にも程がある。


「さ、もう日も暮れる。気をつけて帰りなさい」

「はい。本当にありがとう御座いました」

「サティ。イセア君を頼む。きちんと送り届けてあげてくれ」

「畏まりました」


 そうして俺は来たとき同様、メイドのサラスティナさんが操る馬車に乗り込むと、領主の屋敷を後にした。

 俺を乗せた馬車は敷地を区切る鉄格子の門を抜け、夕暮れに赤く染まった景色の中を進んでいく。

 山の向こうに沈もうとする太陽の紅い光が、今日一日の疲れに重くなった俺の瞼を閉じさせた。


「ふぅ……」


 日の光から逃げるように窓際から離れた俺は、揺れる座席に身体を預け、抜けた気と一緒に深い溜息を吐き出した。


(……疲れた)


 屋敷の離れに居た時は興奮して気にならなかったが、一人になってどっと疲労が押し寄せてきた。

 肉体的にはそうでもないが、精神的には疲労困憊って感じだ。ある意味、教会のシスターレティアと二人きりになる時以上に疲れていた。

 膝の上にはウチから持ってきた鍋が置かれている。中身が抜かれ、キレイに洗われた鍋の底がひんやりと膝の体温を奪うが、疲れのせいか退かす気にはならなかった。


 でも今日はその疲労分の――いや、それ以上の収穫があった。


 あくまで基礎的な部分までしか教わる事はできなかったが、それでも巨兵がどんな原理で動き、そしてどう操っているのかが大体理解できた。

 それまで頭の中に掛かっていたモヤモヤが、全部でないにしろ一気に晴れた気分だ。それについてはあの二人に大いに感謝しなければいけない。


 でも――


「はぁ~~……」


 もう一度深くて長い溜息を吐く。ただ、今度のソレは疲労や心労から出たモノではなく、“落胆”からくるモノだった。


 今回の一件で、俺は確かに知りたい事を知る事ができた――だが同時に、“知りたくない事実”もまた知ってしまった。

 前々からある程度の予想はしていたのだが、今回のリリィとアリステアさんの説明会で、その予想が正しいモノである事が証明されてしまったのだ。


 そしてソレは、俺にとって“致命傷”以外の何モノでもなかった。


 今まで目を反らし続けてきたソレが証明された事により、これまで俺の抱いてきた夢が“実現できない”という事実も、間接的に証明されてしまったのだ。

 俺は、この世界で夢を叶える事はできない。どんなに知識を詰め込もうと、どんなに身体を鍛えようと、どんなに金を稼ごうと――


 俺がこの世界で夢を叶える日は、恐らく永遠に来ないのだと……。


 何か、色々とやる気が失せてしまった。明日の仕事は、両親に頼んで休みにしてもらおう。

 そうしたら一日ヤッコやキュウス達の世話だけして、終わったらヒビカと一緒に散歩にでも行こう。

 最近はウチの手伝いが忙しくて、全然散歩に連れて行ってやれていない。本人は一匹でも適当に出掛けてはいるらしいのだが、本当なら毎日でも俺と一緒に出掛けたいらしい。


 折角だ。たまには一日付き合ってやるのも良いだろう……俺も癒されるし。


 そうしてウチへと帰ってきた俺は、夕食の席で両親に領主の屋敷であった出来事を――勿論、機兵の詳しい部分は省いて――報告し、気分が優れないからと明日一日は休ませてくれるようお願いした。

 すると思いのほか簡単に許可が下りたので、明日は予定通りヒビカと一緒に散歩に行く約束をすると、一瞬でテンションがMAXになったヒビカにまた顔を涎まみれにされてしまった。


 まぁ喜んでくれる分には何も問題ない。明日はせいぜいその期待に応えるとしよう。


 因みに、俺の拳が師匠を捕らえる事はなかった。出鱈目に何発拳を放った処で、あの人には掠らせる事すらできはしない。

 俺はいつか必ず命中させると硬く心に誓い、その日は仕方なく眠りに付いたのだった。


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