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13 拉致? それとも招待?

 ◇


 さて、その日も昼の少し前に店を開け、いつものように厨房の手伝いをしていた俺は、いつの間にか手にシチューの入った鍋を持って、この町の領主様のお屋敷前に突っ立っていた。


(……え? いやまって? ドーユーコト?)


 いや、一体何を言っているのか分からないと思うが、俺自身自分に何が起こったのか今いち理解していない。

 なので少し考える時間を頂きたい。さっきまで店の手伝いをしていた俺が、何故こうして領主様のお屋敷の前に立っているのか、順を追って整理しよう。


 そう、あれは確か――


「イセア様。どうぞ此方へ。“離れ”までご案内いたします」

「あっはい」

「そのお鍋はお預かりいたしますね」

「あ、どうも」


 俺はうら若い女中の“サラスティナ”さんに鍋を預けると、前を行く彼女の背中に付いて行く。

 どうやら目の前の屋敷には入らず、言ったように敷地の脇にある離れへと向かっているらしい。


(つか、本物のメイドさんとか初めて見たな)


 しかも結構な美人さんで、ちゃんとした作法みたいなモノも習得しているっぽい。

 道端でティッシュ配りながら愛想笑いを浮かべる偽者パチモンとは纏っている“オーラ”が違う。

 服装も無駄に飾り立てられたヒラヒラした物でなく、実用重視の地味な色とデザインだ。

 メイド服のデザインって昔から賛否両論で好みが別れるけど、俺としては寧ろこっちの方が好感が持てるな。


(……って、そうじゃねぇよ!!)


 どうやら敵は、こちらに回想に入る隙すら与えてくれないらしい。


 危険だ。このまま状況に流されてしまえば、きっとトイチの借金背負わされたり、ご利益のある不思議な壷買わされたり、連帯保証人に仕立て上げられたり、年間ローンで無駄な羽毛布団十セット買わされたりするに違いない。

 よし。これから何か質問されたら全部ノーと答えよう。名前も今から偽名にして、国籍も架空の国にしよう。ついでに語尾には“ゴザル”を付けて、年齢も十七歳と言い張ろう。

 幸いな事に俺の見た目は他とは随分と変わってる。やってやれない事はない。


『ジャポン星から来たヘンリエッタ=サロンパス=ルイ十三世。年齢は七十歳でゴワス』


 何かもう色々と間違ってる気がするが、自己紹介はこれで行こう。

 しかし俺ってば、そんなヤクザと新興宗教と詐欺集団を合わせたような組織に狙われるような真似、一体いつの間にしたのだろうか?


(イ、イカン! 幾らなんでも思考が飛躍し過ぎてる! テンパッて全く考えが纏まらぬぇ!?)


「イセア様。離れはそちらではありませんよ」

「へ……!? あっ、す、すみません!」


 何やらアホなこと考えてたせいで、曲がる筈の道をそのまま直進していたらしい。危うく植え込みに突っ込む処だった。

 俺は慌ててサラスティナさんの傍に戻ると、彼女は俺が来るのを待ってから再び歩き始める。


「ちゃんと付いて来て下さいね」

「は、はい。御免なさい」

「確かイセア様は、ご実家でお料理を作っておられているとか」

「ええ、まぁ一応は……」


 俺の緊張を察したのか、サラスティナさんが他愛のない会話を振ってくれる。


「イセア様は今お幾つなのですか?」

「えっと、今年で十歳になりました」

「そうでしたか。まだお若いのにご立派ですね」

「あ、ありがとう御座います……」


 正直、たかが十歳児相手にその褒め方はどうかと思ったが、一応お礼は言っておこう。

 しかし、これで俺の素性はその大半がバレてしまった模様――“ゴザル”とか“十三世”とかの設定はどこ行った?


「(ウチの弟よりよっぽどシッカリしてる)」

「は?」


(今、何かボソッと……空耳か?)


「いえ、何でも御座いません。さ、着きましたよ」

「うわ……」


 そうして俺たちがやって来たのは、お屋敷本館から少し離れた場所にあるこじんまりとした――それでも俺の家と同じ位の大きさの建物だった。


 俺の家と同じ大きさといっても、宿屋を経営していたウチは普通の家よりその規模が大きい。

 離れの外見は屋敷の本館同様に立派で、年に二、三回雨漏りを直すようなウチのボロ家とは比ぶべくもない。

 もし最初にこの建物を見ていたら、多分俺はこの離れを領主のお屋敷と勘違いしていただろう。それくらい立派な建物だ。

 こんなモノを見慣れているなら、悲しいかなリリィのヤツがウチの店を貧相と言ったのも頷ける。


「お入り下さい」

「あ、お邪魔します」


 サラスティナさんが重厚な木製の扉を開き、俺を離れの中へと招き入れる。俺は無駄に頭を低くし、恐縮しながらその扉を潜った。


 すると其処には――


「ヌェッ!?」


 ちょっとしたカオスが広がっていた。


(な、何だコレ!?)


 思わず変な声が出たが、建物の造り自体は普通の屋敷と変わりない。

 まぁ本物のお屋敷に入ったのはコレが初めてなんだが、その仕様はドラマやアニメなんかで良く見る西洋系のデザインだ。


 扉を潜るとそこは吹き抜けの広いロビーになっていて、奥の方には二階へ続く幅の広い階段がある。

 某有名ゾンビゲームの一作目にある不気味な洋館が思い浮かんだが、アレの二周りほど規模の小さい感じだろうか。

 ただ色合いは全体的に白や淡い色が基調になっており、天窓からは昼の陽光が大量に室内へと降り注いでいる。

 なので不気味さや無駄な圧迫感は感じないのだが、その代わり室内にはそんな優しい雰囲気には似合わない、様々な装飾品が置かれていた。


(いや、コレは“装飾品”とは言わんな)


 壁の端には華の飾られた花瓶ではなく、様々な工具の並んだ作業台。絵画の飾られていそうな壁には、何かの設計図のような物が大量に張り付けられている。

 日当たりの良さそうな場所には設計台のような物が置かれ、床には良く解らん金属部品や専門書のような書物が大量に散らばっていた。


 その中で特に異彩を発しているのが、ロビーの中心に佇んでいる“一式の鎧”――昨日のリリウス姉妹と我が家を訪れた、あの“グリエイヒル”とかいう“聖紋機兵”だろう。

 本来なら頭上にあったであろうシャンデリアは取り外され、その代わりに天井から伸ばされた複数の無骨な鎖が、その機兵を吊るすようにロビー中央に立たせてある。

 昨日みたいに動く様子はなく、兜部分が“開かれている”処を見ると、恐らく中の聖霊核が取り外された状態なんだろう。


「それでは、ただ今お嬢様を呼んでまいりますので、ここで暫くお持ち下さい」


 そう言って頭を下げると、サラスティナさんは俺を案内してくれた客間に残して出て行った。

 俺は尻が全然痛くならない椅子に腰を下ろし、用意されたお茶を飲みつつこの場に俺を呼び付けた張本人の登場を待つ。

 出されたお茶はきっと俺なんか想像も付かない高価な葉が使われているんだろうが、何かもう味も香りもよく解らない。


 案内された客間の中は、さっきのロビーと違って片付けと掃除が行き届いている。装飾品や家具にも品があり、どうもさっきのロビーでの印象を払拭しようとしている意図を感じる。

 部屋の脇にはこの町では珍しい暖炉まであった。前に兄のゼオルから、暖炉は領主の屋敷くらいにしかないと聞かされていたが、どうやら本当だったらしい。


(まぁ珍しいって言ったら、この屋敷にある物全部珍しいけど)


 でも俺的にはそんな装飾品の数々よりも、さっきのロビーにあった品々の方が気になって仕方がない。

 本も部品も設計図も、その殆どが聖紋機に関係する代物だった。そして吊るされていたあの聖紋機兵も、俺にとっては興味の尽きないお宝だ。

 一体ここは何なんだ? 領主のお屋敷の離れに来た筈なのに、どこかの研究施設にでも迷い込んだのか?


(いや、でもそんな場所でこんなお茶とか出る訳ないよな)


 つか、この町にこんな場所があったのも驚きだが、そんな場所に俺を呼び付けたリリィのヤツも一体何者なんだ?

 本人は“養子”と言っていたが、アリステアさんの反応的にどうにも信用できない。

 候補としては領主の血縁者って線が濃厚だが、確かここの領主様って良い歳をしたお爺さんの筈だ。


(じゃあ孫か?)


 でもたしか貴族とか王族とかって、かなり歳いっても普通に子供を作ったりする。そう考えたら実の娘って線もあながち在り得ない話じゃない。


 コンコン――


「失礼する」


 ノックの音と共に客間に入ってきたのは、昨日ウチに来た二人の姉妹(設定)の片方、姉(仮)のアリステアさんだった。


「やあイセア君。よく来てくれたね」

「どうも、お邪魔してます」


 立ち上がり、軽く会釈する。


「こちらからの“贈り物”はどうだったかな? 君のお母上には喜んで貰えただろうか?」

「ええ、喜んでましたよ」


(少なくとも、開いた口が塞がらなくなる程度には)


「それは良かった」

「でも、流石に少し驚きました。まさか、昨日の今日とは思いませんでしたから」

「そうかい? 早い方が良いと思ったのだが」

「まぁ、遅いよりかは良いとは思いますけど……」


 でもまさか、たった一日でアレだけの物を用意するとは思わなかった。


「お陰でちょっとした騒動になりましたよ」

「“騒動”?」

「はい」


 何だか、知り合いに会って漸く緊張がほぐれてきた気がする――と同時に、つい先刻ウチの店で何が起こったのか、その光景が鮮明に脳裏に浮かび上がってきた。




 ◇


 昼間、いつもの様に厨房で客用のパンケーキを焼いていると、店の前に並んでいるお客さんが何やら騒いでいる事に気が付いた。

 何か変だと思いつつ仕事を続けていると、まだ席が空いていないにも関わらず店の入口がガラリと開き、一人のメイドさんが入ってきたのだ。

 ウチの店には不釣合いなその出で立ちに、いつもならお客の喧騒で満ちている店内が一瞬で静まり返った。


 するとそのメイドさんは俺を名指し、自分の事を“サラスティナ=ルナ”と名乗ると――


「リリウス御姉妹の使いとして参りました。こちらがお約束の品になります」


 そう言うや否や、有無を言わさず大量の乾燥ピルコスを家の中に運び込んだのである。


 確か、あの姉妹にはピルコスを瓶一杯と頼んだ筈なのだが、家に運び込まれたピルコスは確実にその量を上回っていた。

 どうも“瓶一杯のピルコス”ではなく、“ピルコスの入った瓶をいっぱい”と勘違いされたらしい。

 ある意味お約束な展開だが、量が量だけに『ラッキー』なんて諸手を挙げて喜ぶ気にはなれなかった。


 なんたって、子供の俺が一抱えするような大きさの瓶に詰め込まれたピルコスが、合計で二十個も送られてきたのだ。

 日持ちするから無駄になる事はないだろうが、ドライフルーツ好きのイデアはその光景を見て喜ぶ以前に、ただ呆気に取られるばかりであった。


 んで、その後にサラスティナさんが俺に――


「リリィお嬢様がお持ちです。領主のお屋敷までお送りいたします」


 ――なんて事を言い出すもんだから、俺たち家族は大慌て。


 一応前日の話は両親に伝えてはいたものの、まさか昨日の今日でリリィの言っていた“迎え”が来るとは夢にも思っていなかった。

 しかも行き先が“領主のお屋敷”だって事も、この時初めて聞かされたのだ。


 それからの俺は、もう完全なお人形さん状態だった。


 イデアは急遽俺を滅多に着る事のない余所行き――と言ってもいつもの服に毛の生えた程度――の格好に着替えさせると、『きちんと挨拶しろ』だとか『失礼のないように』になんて台詞を壊れたプレイヤーの如く、何度も俺に言い聞かせていた。

 そして“お土産に”と店のシチューを入れた鍋を俺に持たせ、気付いた時には出荷される子牛よろしく、馬車の中に積み込まれていたのである。


 馬車が出発する間際、物凄く心配そうな顔で見送る両親と、笑い過ぎて過呼吸に陥っている師匠の姿が目に焼き付いている。




 ◇


(……よし、帰ったら師匠あのひとは一発殴ろう)


「そうだったのか。それは此方の配慮が足らなかったな。何ぶんこの場に客人を招くのは初めての事でね。すまない事をした」

「いえ、俺も日時の確認とかしませんでしたし。そう考えたらアリステアさんだけが悪い訳じゃありませんから」


 とは言うものの、この人達に『機兵を詳しく見せてほしい』と頼んだだけで、まさか領主の屋敷まで連れて来られる羽目になるとは思わなかった。

 パンピーの俺たち家族からしたら心臓に悪い事この上ない。


「なので、もし次回があるならお互い注意しましょう。俺も家の手伝いとかありますし」

「そうだな。肝に命じておくよ」


 実際、今回は仕事を途中で抜け出してきてしまった。

 まぁ今日の営業はもう後半に入っていたし、あれなら俺一人抜けても特に問題はないだろう。


「あ、そういえば。ウチで作ったシチューを持ってきたんですよ。後で妹さんと一緒に食べて下さい」

「おおそうか。昨日は結局食べる事ができなかったからな。それはあり難い……“妹”?」

「……“リリィ”の事です」

「あ、ああっ!? そ、そうだったな! うむ、では夕食にでも食べるとしよう、お嬢――“妹”のリリィと一緒に!」


(うん、確信した。この人は嘘の吐けないタイプの人だ)


 何だか見ていて気の毒になる位の狼狽えようだが、その反面誠実で真面目なタイプであることも伺える。

 それでいてお硬い雰囲気はなく、常に笑顔で俺に接してくれるので、俺としてはとても話し易くて好感の持てる人物だ。

 正直、貴族ってもっと高飛車なものだと思っていたが、どうやらソレは俺の偏見だったらしい。


 やがて俺の緊張もすっかり解け、アリステアさんとの何気ない会話に花を咲かせていると、暫くして漸く妹(仮)の方が客間に姿を現した。


「こんにちわ」

「……来たの……」

「そりゃあご招待されましたので」


 寧ろあの状況下で俺に断る選択肢があったのなら、割と本気で教えて頂きたいモノだ。


「……言い出したのは、あなた……」


 いや、俺は機兵を“見たい”とは言ったが、領主のお屋敷に“来たい”とは一言もいっていない。


(つか、コイツ相変わらず死にそうな顔付きしてるな)


 今日のリリィの格好は、昨日の厚ぼったい上着姿とは違い、貴族のお嬢様らしいヒラヒラの付いた可愛らしいスカート姿だった。

 フードに包まれて余り見れなかったあの特徴的な薄水色の髪は、腰の辺りまである軽いウェーブの掛かった長髪で、まるで日の光に当たる川の水のように輝いている。

 見た目の評価としては、幼いながらに間違いなく“美人”の部類に入るだろう。

 しかし非常に残念ことに、そのドレスちっくな服装と白過ぎる肌、そして死相ともいえる顔色が相まって、俺にはこの子がますます“吸血鬼のお姫様”に見えて仕方がなかった。


「……珍しい?……」

「え?」

「……コレ……」


 そう言って、リリィは自分の髪を摘み上げる。どうやら、自分の髪の事を言っているらしい。


「……まぁ、珍しいっちゃー珍しいんじゃないかな」

「……どう思う……?」


(いや、突然“どう”と聞かれましても)


「……実は、染めてる……」

「え、それ染めてんの?」


 そうだったのか。要はオシャレとかファッション的なモノなのかもしれない。町中ではそんな人他に見た事がないので、きっと金持ちや上流階級の道楽ってヤツなのだろう。

 前の世界でも中世の時代にすんげー髪型とかあったからな。頭から船首が飛び出しているのを見て何事かと思ったのを覚えている。


「……ウソ……」

「ウソなの! どうしてウソ吐いた!?」

「……からかった……」


 どうやらからかわれたらしい。


「……どう思う……」

「い、いや、綺麗なんじゃないかな。あくまで俺の感想――」

「そうだろう!!」

「ぅわっ!?」


 すると、アリステアさんが多少食いぎみに会話に割り込んできた。


「このお方の御髪は美しいんだ。それなのにあの連中ときたら、“不吉”だの“奇怪”だのと碌でもない事をいつまでも――モノの本質と言うものが全く見えていない。イセア君もそう思わないか?」

「ええっとぉ……」

「だいたい前例が無いと言うのであれば、それは奇怪ではなく“奇跡”の類であるとも言えるではないか。まったく、己にとっての利が無ければ害と決め付ける俗物どもめ」


 ギリギリと歯軋りが聞こえてきそうな程の憎々し気な台詞を吐きながら、アリステアさんは何やら一人ブツブツと毒を吐き続けている。

 地雷でも踏み抜いたんだろうか? 正直コレまでの態度と様子が全然違って少し怖いんだが……。


「な、なぁ、放っておいていいのか?」

「……気にしなくて良い。いつものコト……」

「そ、そうなの?」


 やっぱ、人って個人で色々な面を持ってるんだなぁ――と、いらない再認識をしてしまった瞬間である。

 何やら複雑な事情や不満を抱えているご様子だが、気にしなくて良いと言うなら気にしないでおく。下手に触らなきゃ祟られる事もあるまい。


「……イセアは、変わってる……」

「まぁ、否定はしないよ」

「……というより、“変”……」

「ヲイ」


 そこはせめて“変わってる”までに留めておいてほしかった。


 だがまぁ俺自身、自分が他の子供と変わっている事は十二分に自覚している。それに最近、“子供らしい振る舞い”ってのをするのが面倒になってきた。

 毎日店を手伝い、自分より年上のお客さんばかりと接している内に、何気ないやり取りが自然と粗雑なモノになってしまうのだ。


(それに、子供らしく遊ぶ時間もないからなぁ)


 なので今の俺にとっては、寧ろ同年の子供と遊ぶ方が難しい。

 何せ中身はもう四十過ぎオッサンだ。そんな俺が十歳の子供たちに混ざって遊ぶとか、我ながら物凄い違和感を禁じえない。

 子供が嫌いって訳じゃないが、同じ目線に立って接する自信がないのだ――身長的には同じ目線だが。


「……この髪(こんなの)が、“綺麗”なんて言う人、稀……」


 その台詞に、俺の視線は自然とアリステアさんに吸い寄せられる。


「……アレは、更に稀……」

「アレとか言わない。仮にも君のお姉さんだろうに」

「……“姉さん”?……」

「“アリステア”さんの事ですよ!?」


 俺がそう指摘すると、リリィは天井の隅にまで視線を彷徨わせた後、今思い付いたかのようにハタと両手を打ち合わせた。


「……そう、アリスは私の、お姉ちゃん……」

「君たち隠す気ないよねっ!?」


 この姉にしてこの妹ありというか、この二人ある意味本当の姉妹以上に似た者同士なのかもしれない。


「ま、まぁそれは置いといて、俺だって“コレ”だからさ」


 そう言って、今度は自分の髪を摘んで見せる。


「だから、人様の事をどうこう言えないというか、余り言いたくないんだよ」

「……そう……」

「ちなみに、君はどう思う? 俺の髪」


 ついでなので俺も尋ねてみた。


「……リリィ……」

「へ?」

「……リリィと呼びなさい……」

「あ、ああ。そうだったな。で、リリィはどう思う?」


 するとリリィは一歩後ろに下がり、俺に向けた視線を頭の上から足の先までゆっくりと往復させる。


「……“凄く変”……」

「更に評価が下がった!? つか、今のホントに髪だけの評価か!?」


 まさか女の子の髪褒めて自分の評価落とすとは思わなかった! これが“ただしイケメンに限る”というヤツか!?


「……そうね、訂正する……」

「あ、そう?」

「……“もの凄く変”……」

「って下方! 訂正するならせめて上方にしてくれません!」

「……ウソ……」

「ウソなの!? どうしてウソ吐いた!?」

「……からかった……」

「そのくだりもうやったよね!?」


 何なんだこの子は、最初から何考えてるのか判らない処はあったが、こうして話すと更に掴み所がないというか――


「……やっぱり、変……」

「だから――あれ?」


(今、笑った、か?)


「……それじゃあ、行くわ……」


 だが次の瞬間には、リリィはクルリと俺に背中を向けてしまった。


「行くって、何所に?」

「……アナタは、何をしに来たの……」

「あ、ああ。そっか」


 いつの間にか普通に遊びに来た積もりになってたが、俺はここに機兵を見に来たのだ。


「……アリス、いつまでそうしている積もり? お客様を案内するわ……」

「――はっ!? も、申し訳ありません!」


 未だブツブツ呟いていたアリステアさんはサッと椅子から立ち上がると、俺たちを先導するように客間の扉を開いた。

 そのまま部屋の外へと出て行くリリィに続き、俺も一緒に客間から出る。客間から出れば、そこはさっき通ってきたロビーだ。


「案内するまでもないと思うが、ここがロビーだ。尤も、一見するとそうは見えないだろうけれどね」

「そう、ですね」


 アリステアさんの言う通り、やっぱり俺にはそこが研究施設の類にしか見えない。


 立派な西洋風の建物に、研究所のような内装。金属部品や書物などか散乱している広間の中央には、先程と変わらず鎖に繋がれた機兵が佇んでいる。

 更に俺の両隣には腰に剣を提げた麗人と、吸血鬼似のお嬢様。そしてそんな二人の間には、外見は子供で中身はオッサンの俺が立っている。

 何やら、初めに感じたカオス以上のモノを感じて仕方がない。いつの間にか異世界にでも紛れ込んだ気分になってしまう。


(……あ、ここ異世界だったわ)


 僅か三秒で納得した――と言うより、これ以上は深く考えない事にする。

 我ながら適応能力にだけは自信がある。色々と考え込んでいると、この世界ではあっという間に日が沈み、夜も寝れなくなってしまうのだ。

 そういうモノだと受け入れた方が気が楽だし、考え過ぎて睡眠不足になる心配もない。


「さ、こっちだ」


 するとアリステアさんとリリィはロビーを横切り、そのまま客間と対面の扉へと向かった。


(って、あれ?)


「あの、“コイツ”を見せてくれるんじゃあ……」


 その途中、俺はロビー中央に立っている機兵を指差した。


「イセア君は機兵に興味があるのだろう?」

「ええ。そうですけど」

「安心したまえ。折角ここまで足を運んでくれたんだ、本当に“見せるだけ”で済ませる気はないさ。さ、早く来たまえ」


 良く分からないが、そういう事ならと二人の後に続き、俺も一緒にその部屋の中へと入る。


「えっと、ここは?」

「食堂――いや、“もと”食堂かな。今では主に会議室として利用しているが」


(もと食堂の会議室?)


 見ると、その部屋は先程の客間より若干広く、中央には縦長の机――いや、大きく立派な木製のテーブルが置かれている。

 これだけならまだ普通の食堂で済ませられそうなモノだが、その内装はロビー同様散々たる有様で、とても落ち着いて食事を楽しめる雰囲気ではない。


「え、これって!」


 でも其処にあった代物は、ロビーを見た時以上に俺の好奇心を刺激した。


 広いテーブルの上に置かれていたのは、俺がこれまで見た事もない聖紋機の数々。

 丸い車輪のような物から、デカい朝顔みたいなスピーカーが生えた物。他にも小型だが、機兵の腕や脚のような物まで置かれている。

 しかもそのどれもに鎧や外装カバーのような物がなく、内部の構造が見易くそして解り易い。まさに俺が今まで求めていた物が、残らず目の前に並んでいる感じだ。


「どうかなイセア君? 此方の方が解り易いだろう」

「は、はい! 凄いです!」


 い、いかん! これは興奮が抑えきれん! 触ってみたくて仕方がない!!


「……ここでは模型を作って、機構の動作テスト、とかしてる……」


(“動作テスト”?)


「……そこ、座って。説明してあげる……」

「あ。う、うん」


 リリィの指差した席に座ると、隣の上座にはリリィが、正面の席にはアリステアさんが腰を下ろす。


「でも“説明”と言っても、一体何を……」

「勿論、機兵についての説明さ」

「え?」

「お嬢――リリィも私も、こうみえて機兵や巨兵には造詣が深くてね。君がそういった物に興味があるのなら、詳しく教えて上げようじゃないか」

「そ、そうなの?」

「……そう……」


 俺の問いにリリィがコクリと頷く。どうやら、今回はからかわれている訳ではなさそうだ。


 確かに食堂ここやロビーの様子を見る限り、この建物では“そういった物”を取り扱っているという事が伺える。

 恐らく教会で書物を漁るよりも、この建物を見て回った方が巨兵についての情報が得られるだろう。


「だけど、そう言うのって余り大っぴらにしたらいけないんじゃあ……まして、俺みたいな子供に」

年齢としは関係ない。だがキミの言う通り、そう易々と口外して良い内容でもないのは確かだ」


 すると、アリステアさんはそこで少し表情を引き締めた。

 もともと整った顔付きの為、少しキツく見詰められるだけで妙な迫力を感じてしまう。自然と背筋が正される想いがする。


「だから君は、ここで我々から聞いた話を決して外部に漏らしてはいけない。その条件が飲めるのなら、我々が直々に機兵について教えてあげよう……どうだろうか?」

「は、はいっ! 宜しくお願いします!」


 俺は一も二もなく頭を下げた。当然だ。こんなビックチャンスを逃すなんて、俺的には絶対在り得ない。


 ツンツン――


「ん……?」


 横から肩を突かれ顔を上げると、隣のリリィがじっと俺の顔を見ていた。


「……私も、教えてあげる……」

「え、リリィも?」


 そういえば、アリステアさんはリリィも機兵や巨兵に詳しいと言っていた。

 でも、この子って歳は幾つなんだ? 見た目的に俺とそう変わらない感じがするが、そんな難しい話が解るのか?


「心配しなくて良い。寧ろ機兵や巨兵に関しては、私よりリリィの方が詳しい位だ」

「え、そうなの?」

「……そう……」

「またウソじゃなく?」

「……ウソじゃない……」

「は~……」


 何というか、アレか? 一種の天才少女というヤツなのだろうか?


「じゃあ、宜しくお願いします。リリィ先生」

「……お願いされた……」


 取り合えずリリィにもちゃんと頭を下げておく。


 こうしてリリィ先生とアリステア先生による、俺の為の機兵説明会が幕を開いたのであった。


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