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12 師匠と日課

 ◇


「フゥ……礼を言うよ少年。こんなに美味しい物を食べたのは産まれて初めてだ」


 最後のスイートポテトを少女に譲り、残りのお茶を飲み干したお姉さんは、俺に素直な感想を述べてくれた。


「え、そうなんですか?]


(残り物の寄せ集めなんだけどなぁ)


 家に残った食材を見て、思い浮かんだのがこの“スイートポテトもどき”だった。

 スイートポテト自体作ったのは久々だったし、分量もうる覚えでちゃんと軽量した訳でもなかったのだが、我ながらまぁまぁ上手く仕上がったとは思う。

 砂糖の変わりに乾燥ピルコスの実――“杏”に激似――を使ったのも功を奏した。


(でも、流石に『産まれて初めて』は言い過ぎじゃないか?)


 無論、この料理は少女に『美味い』と言わせる為に作ったモノだ。なので俺もそれなりに気合を入れて作りはした。

 でも、見た目からして普段から良い物食っていそうなこの人達が、こんな即席の料理で満足するとは到底思えない。まぁ社交辞令的なモノだろう。

 もし同じ食材で本職の人が同じ料理を作ったら、きっと俺が作った倍以上は美味い物が出来上がるに違いない。

 所詮俺の料理や菓子作りの技術テクなんて、にわか止まりの半端者でしかないのだ。


「初めは君のような“少年が作る料理”などとタカを括っていたが、謝罪しよう。君は間違いなくこの町一番の料理人だ」

「この町一番……ですか」

「そうだとも」


(んな大袈裟な)


 だが俺のそんな自己分析を余所に、お姉さんは俺の事を自信を持ってそう評価してくれた。

 しかもお姉さんの表情は、決して嘘や世辞を言っている人の顔には見えない。もしかしたら、本心からそう思ってくれているのかもしれない。

 でもそうか。どうやら俺ってば、自分ではまだ半人前だと思っていても、いつの間にかこの町一の料理人になっていたらしい。


(どーゆーこと?)


 いや、決して嬉しくない訳じゃない。でも心に響かないというか、折角のお姉さんからの賛辞も胸の中を虚しく通り抜けてしまう。

 評価された事自体は嬉しいけど、俺の目的は料理人としてこの世界で成功することではなく、もっと別の所に在るのだ。


(……いや、今となっては“在った”と言った方が良いかもしれないな)


「……コ茶……」

「ん?」

「お嬢様?」


 余り思い出したくない事実が脳裏に浮かび、気分が沈みかけるのとほぼ同時に、最後のスイートポテトを完食した少女がポツリと呟いた。


「お嬢様、何か仰いましたか?」

「……アルコ茶……」

「あ、ああ、お茶のお代わりか? 待ってな、今入れ直して――」

「違う」


 キッパリとそう言い切る少女の視線は、未だ空になった皿の上へと注がれている。

 固まったようにその場から動かず、何も語らず、変に思った俺がお姉さんの顔を見ても、彼女も困惑気味に首を横に振るだけだ。

 俺とお姉さんは暫くそのまま待ってみたものの、少女は依然ピクリともその場から動こうとしない。

 目を開けて眠る特技でもあれば話は別だが、多分この少女にそんな特技はないだろう。なので起きてはいるんだろうが、出来ることなら呼吸音くらいは聞かせて貰いたい。

 恐らく呼吸が浅いだけなんだろうけど、着ている上着のお陰で胸や肩の動きが判り辛く、呼吸の有無がはっきりと確認できないのだ。


(つか怖ぇーよ!!)


 せめて瞬きくらいはしてほしい。顔色の悪さも相まって、眠ってるを通り越してお亡なりになっているのではと疑うレベルだ。

 まだ動きを止めて1分も経っていないが、こっちの不安は1秒毎に倍増しで加算される。お陰で隣のお姉さんも心なしオロオロし始めた。


「……お、おい」


 流石に心配になった俺は、少女の肩を揺すろうと手を伸ばす。

 が、伸ばした手が肩に触れる寸前に、少女の銀色の瞳がスゥッと俺の顔へと向けられた。


「うおっ!」


(よ、良かった。生きてはいる)


 おかしい。普通ならここはホッとする場面の筈だが、この少女が相手だと逆に身構えてしまう。ひょっとしたら、あの“銀色の瞳”が原因なのかもしれない。

 前の世界にも実際に銀色の瞳ってのは在ったらしいが、日本国内から出る事のなかった俺には最後までお目に掛かる機会はなかった。

 あの瞳に見られるとこちらは何故か冷たく神秘的、それでいて妖しい印象を受けてしまう。


 尤も、当の本人はそんな瞳以上に神秘的な存在だが――主に不死者アンデット吸血鬼ヴァンパイア的な意味で。


「……アルコ茶が入ってる……」

「え……?」


 唐突な呟きにお姉さんは一瞬キョトンとしたが、俺は少女が何を言っているのか直ぐに理解した。


「へぇ、よく気付いたね」


 どうやらこの少女は本格的に鼻が良い――というよりも、きっと匂いに敏感なのだろう。


「お察しの通り、香り付けに少しアルコ茶を入れてみたんだ」


 ――と、俺は種を明かした。


 だが“隠し味”ならぬ“隠し香り”的な扱いなので、その量はほんの少しだ。

 意識しないと分からない程度の香りしかなく、お姉さんは気付かなかったらしいが、少女の方はその香りを見事嗅ぎ当てたらしい。

 アマル芋とバターの香りの良い繋ぎになればと、半ば思い付きで入れてみたのだが、これが案外上手くいった。

 アマル芋の香りとバターの香りに挟まって、アルコ茶の匂いが全体のバランスを上手く整えてくれた。


「……香りのバランスは、いい……」


 どうやら少女も、その部分は評価してくれているらしい。

 初めこそ売り言葉に買い言葉的な言い合いをしたものの、やっぱり自分の作る料理で誰かが喜んでくれるのは嬉しいものだ。


「……この表面に塗ってあるのは“卵黄”。焼き上がりの色合いが良く、焦げた部分の苦味と風味が、味わいをより一層深くしてる……」

「お、おう」


 なんか、それまで寡黙な印象だった少女が、とつぜん評論家じみた口調で話し始める。


「……皮の中に詰め戻したのは、料理の成型と、もって食べる際、手が汚れないようにするため……」

「そ、そうだけど……」


 訥々と評価されるのは居心地が悪くて落ち着かないが、まぁ全体的に好評価――って事で良いんだよな?

 食べた瞬間だって『美味しい』って言ってたし、単純に不味かったらこんな言い方はしないだろう。


「……でも、“雑”……」

「へ?」

「お嬢様?」


 そこから少女は、更に畳掛けるよう言葉を続ける。


「アマル芋のマッシュが荒い。バターの量が少ない。ミルクの量が若干多い。ピルコスは細かく刻みすぎ。オーブンの焼きが少し長い」


 今度は俺がその場に固まる番だった。


 少女の言い分が無礼だったとか、不遜だったからとか、そんな浅い理由じゃない。少女の指摘の全てが、余りにも正確にこちらの的を射ていたからだ。

 二の句が告げない正論。まともな計量器がないので感覚調理になったが、菓子作りは計量こそが要。だからこそ、語る言葉に窮してしまった。


「……あなた、名前は?……」


 少女は固まっている俺の事などお構いなしに、唐突に俺の名前を尋ねてきた。


「えっと……」

「……名前がないとか、言い出さないで……」

「い、いやいや、流石に名前ぐらいあるって。イセア=ロアだよ、俺の名前は」

「……そう、イセアね。私は“リリィ=アリステア=リリウス”。“リリィ”と呼びなさい……」

「エッ!?」


(何だ? 今お姉さんの方が驚いた顔になったぞ――つか“リ”が多いな)


「……イセア……」

「ああ、何?」


 リリィと名乗った少女は座ったまま、だけど俺に体の正面を向けて言う。


「……いま言ったけど、あなたの料理は、雑……」


 身も蓋もない言い草だが、言っている事は間違ってない。心のアラを見透かされた気分だ。

 リリィの真面目な雰囲気に俺は口を閉ざし、会社の上司や先輩の話を聞くような姿勢で少女の言葉に耳を傾けた。


「……でも、アリスが言ったように、今まで食べた事のない味だった……」


(何だ、本当に食った事なかったのか?)


 今迄のやり取りからして、この少女は社交辞令を言うような性格には思えない。という事は、恐らく本当に食べた事がなかったんだろう。

 でも、基本的に料理の知識や味に関する経験は、旨い物を食べるか作る以外の方法で積むのは難しい。

 自分で料理を作るタイプにも見えないし、よくそれで分量とか食材とかを見抜いたモノだと感心する。結構凄い子なのかもしれない。


「……だから、最初に言った事は、訂正する……」

「え……?」

「……私の予想は、間違っていた。この店の出す料理は、十分、食べる価値があった……」

「えっと、それって……」


(つまり、美味かったって事で良いんだよな?)


「……正直、こんな雑な料理、認めたくないけど……」

「おいっ」


 コイツは俺の料理を褒めたいのか、それとも貶したいのかどっちなんだ?


「……それでも、美味しかったのは……………事実……」


 一応は褒めてくれているらしいが、最後の“事実”を言うまでに随分と間があったのは気のせいだろうか?


「……だから、最初に言った約束も、無効にしていい……」

「あ、ああ。いや、分かってくれれば良いんだよ。俺も少し頭に血が昇ってたし」

「……そうね。あなたは少し直情的すぎる。注意した方がいい……」

「そ――っ!」


 『そりゃお前もだろうが!!』――という台詞が口から出かけたが、寸での所で飲み込んだ。

 折角丸く収まりかけているのだ、ここでぶち壊したらまた面倒な事になるに決まってる。


「……アリス。貴女も自己紹介なさい……」

「あ、はい。少年――いや、イセア殿」

「ああいえ、イセアで結構ですから」

「む、そうか。ではイセア君。私の名は“アリステア=リリウス”という。以後、見知り置いてくれ」

「いえ、こちらこそ」


(“リリウス”って事は、やっぱこの二人貴族だったのか)


 実はこのアディルファナ王国には、少し変わった風習がある。それは、個人の身分の高さに応じて、家の名前の“文字数が変わる”というモノだ。

 例えば、俺たち普通の平民は家の名前が二文字、何か功績を挙げ国から認められれば三文字と、位と共に徐々に家の名前の文字数が増えていく。

 そして“リリウス”の四文字は確か貴族を表わしていて、最も文字数が多いのは現国王である“イオラトス=アディルファナマ”の六文字だ。


 因みに、“ディ”とか“アー”とか“ギャー”とかは、纏めて一つとカウントされる。


(って事は、こっちのお姉さんがリリウス家の“家長”って事か)


 更に名前に関わる風習で、貴族はミドルネームにその家の長の名前を付けるのが習わしだ。

 だからもし俺の一族が貴族にでもなった暁には、家の名前が四文字になり、ミドルネームにゼルガの名前を付け加えなきゃいけなくなる。

 “イセア=ゼルガ=ロアロア”――とか、そんなヘンテコな名前になるかもしれないという訳だ。


 因みに、家長になると逆にミドルネームが無くなり、ある意味一族で一番短い名前になる。


「あの、するとお二人は親戚か何かで?」

「……姉妹よ……」

「「えっ!?」」


 そこで俺とお姉さん――アリステアさんの声が重なった。


(いや、“姉妹”はないだろう)


 アリステアさんは今まで散々リリィの事を『お嬢様』と呼んでいるし、どう考えても姉妹って感じの間柄には思えない。

 見た目も姉妹と呼ぶには大分食い違っているが、それを言ったら俺とゼオルも大概なので余り突っ込まないでおく。


「……私は、養子なの……」

「あ、そうなんだ?」


 お嬢様と呼ばれていた事の説明にはなっていないが、それなら百歩譲って姉妹という設定にもまだ納得がいく。


(“設定”ってなんだよ)


「……因みに、私が“お姉さん”……」

「「それはない」」


 いっそ奇跡的とすら思えるタイミングで、俺とアリステアさんの台詞が綺麗にハモった。

 そんな俺たちの様子が気に食わなかったのか、リリィは僅かに下唇をムッと持ち上げると――


「……じゃあ、アリスが“お母さん”……」

「おか――っ!?」


 何かとんでもない事を言い出しやがったぞコイツ! しかも『じゃあ』って何だよ!?


「い、いやいや! どんな事情があるかは知らんが、誤魔化すならもっとマシな言い訳があるだろ」

「……別に、誤魔化してなんか、ない……」

「そういうの良いから。リリィが妹でアリステアさんがお姉さんの方がまだ説得力あるから。ですよねアリステアさ、ん……?」


 見ると、アリステアさんはテーブルの上に肘を置き、指を組んだ手を額に当てて何やらブツブツと呟いている。


「フ、フフ、この私が、お母さん。確かに私も、適齢期で結婚していれば、もうこれ位の子供が居て何らおかしくない年齢に……」

「後生だ! お願いだから早く訂正してあげてっ!!」


 アリステアさんの周囲の空間がドンヨリしてしまった。俺の目頭が熱くて辛い。


 その後、俺はなんとかリリィを説得し、“アリステアさんが姉”で“リリィが妹”という設定を正式に採用させた。

 無駄に疲れた。つか、何で俺がこんな気を使わねばならんのだ? お陰で、もう誤魔化しに突っ込む気力すら沸いてはこなかった……。




 ◇


 翌日の早朝。


「――なんて事があったんですよ」


 俺は昨日のリリィ達とのやり取りを、隣に居る赤毛で長髪の男性に掻い摘んで説明していた。

 朝のピンッと冷たく尖った空気が、吐き出す息を白く濁す。


「ほう、自称貴族の令嬢姉妹か。それはまた随分と変わった御仁が訪ねて来たものだ」

「まぁ最終的には丸く収まったんですけどね」


 季節は夏を通り越して秋も半ば。真冬程ではないにしろ、この時間帯の気温は中々骨身に染みるモノがある。

 顔を覗かせたばかりの太陽が周囲の空気を温めるには、まだまだ時間が掛かるだろう。


 んで、俺とこの人がこんな朝早い寒空の下で何をしてるのかというと、もうかれこれ一年半欠かさず続けている、とある“訓練”のまっ最中だったりする。

 まぁ訓練とはいっても、そう特殊な事をしている訳じゃない。


(……ごめん、嘘吐いた。これ十分特殊な訓練だわ)


 一年半も続けてるので余り気にならなくなっていたが、どう考えても“普通の人”に出来る訓練じゃない。

 何故ならこれは、俺がこの世界に来てからずっと感じ続けている“アストラル”を、自分の意思で“使いこなす”訓練だからだ。


「しかし随分無茶な勝負を挑んだものだな。もしその童女を料理で納得させる事ができねば、危うく今の献立が店で出せなくなる処だったのだろう?」

「そうですけど。まぁ納得させる自信はそこそこありましたし、仮に出せなくなっても別の新メニューを考えれば良いだけですから」


 そしてこの赤毛長髪の男性こそ、俺にその特殊な訓練を施してくれている人物――名前は“シュカ=オノバシンドウ”。


 年齢は二十六。その異国情緒溢れる見た目と名前の通り、アディルファナ王国の出身ではない。

 彼の出身国ダイテンは、このアディルファナ王国のずっと北側の赤道付近にある島国で、聞いた話では何やら随分と厨二心がくすぐられる国らしい。

 兄のゼオルが家を出て三ヶ月くらいたった頃、空腹で行き倒れている処を俺が助け、以来住み込みでウチの店を手伝ってくれている。

 初めの頃は随分胡散臭いひとだと思ったが、今では師匠と弟子程度の信頼関係は築けている……と思う。


「何だ詰まらん。我が弟子一世一代の大勝負かと思ってみれば、負けた後の対策もしっかり考えておったのか」


(いや『詰まらん』て)


 もし俺がリリィ達を納得させる事ができてなければ、ウチで働いてるアナタにも大いに影響してくる問題なのだが……。


「いえ、少なくともあの時は行き当たりばったりでしたよ。後の事なんて考えてませんでしたから」

「む? では何も考えず貴族に勝負を挑んだのか? 中々に怖いもの知らずだな。後先考えねばそのうち痛い目を見るぞ」

「一体どっちなんですか!?」


 パキンッ


「アッ!? あ~……」


 そこで集中を欠いてしまった俺は、それまで自分が“乗っていた棒”をポッキリ折ってしまった。


「ふむ、修行が足らんな」

「くっそ~」


(もう少しで連続十日の記録が更新できたのに)


「カッカッカ。まぁそう嘆くな、確実に成果は出ておる。継続は力だ」


 記録更新の失敗は間違いなくこの人が原因なのだが、このしょうもないやり取りも訓練の一環だ。乗せられて自分の集中を乱してしまった俺が悪い。


 足元から折れてしまった棒を取り除くと、変わりの棒を用意する。用意したのはそこら辺に落ちている何の変哲もない枯れ枝だ。

 俺は自分の肩幅程の長さがある棒を拾ってくると、その棒をこれまたその辺で拾ってきた拳大の丸石の上に乗せる。

 これまで折った棒の本数は数知れないが、この石とはかれこれ一年半以上の付き合いになる。


 俺は枯れ枝をセットし終わると、先ずは地面から数センチ浮いている棒の端に足を乗せる。するとシーソーの要領で石を支点に棒の反対側の端が持ち上がった。


「フゥー……」


(さて、ここからだ)


 俺はゆっくりと息を吐き、持ち上がった棒の端にもう片方の足を乗せる。

 こっちはまだ体重は掛けない。いま体重を掛けてしまえば、さっきみたいに簡単に棒が折れてしまう。


「ほれほれ。早くせんと、訓練の時間がなくなってしまうぞ」

「わかってます」


 集中したいので黙って貰いたいのだが、この“ガヤ”もさっきと同じく訓練の一環だ。


 俺は師匠の声を右から左に流しつつ、集中してアストラルの流れを感じ取る。

 身体の中へと入り込むアストラルの流れと、身体の外へと出て行くアストラルの流れ。それぞれのアストラルの流れに意識を向け、そこに自分の想い描くイメージを刻み込んでいく。


(……よし)


 自分の中で準備が整うと、棒に乗せていた片足に徐々に体重を掛けて行く。すると、中央に置かれた丸石を支点に、枯れ枝の棒がキチキチと小さな軋みを上げて反り始めた。

 本来ならこんな細い棒きれに、俺の体重を支えるだけの強度はない。このまま体重を掛け続ければ、簡単にポッキリ折れるだろう。

 しかし、ある一定の所までその身をしならせると、枯れ枝はそれより曲がる事も折れる事もなく、俺が完全に体重を預けるのと同時に、それまで押え付けていた反対側の端をゆっくりと地面から持ち上げた。


「っと、とと――」


 身体が地面から離れた拍子に少しバランスを崩しかけるが、俺は直ぐに体勢を立て直し、地面と水平になった棒の上に立つ事に成功する。

 どちらの足も今は地面に着いていない。完全な“やじろべえ”状態だ。


(確か、昔行ったゲーセンにこんな感じのバランスゲームがあったな)


 横にした円筒の上に板を置いて、ソレに乗って成る丈長い間バランスを保つというヤツだ。今もあるかは知らないが、当時の俺は余り得意じゃなかった記憶がある。

 この訓練のお陰で昔より大分バランス感覚が鍛えられたので、今やったらそこそこ良いスコアが出るんじゃなかろうか……まぁそれは良い。


 しかし、聖紋の存在もチート級だとは思ったが、このアストラルってヤツも大概だ。上手く扱う事さえできれば、こうして“身体を軽くする”事だって可能になる。

 まぁ実際に扱える人間は多くはないそうだが、もう本当に“魔法”と言って大差ないんじゃなかろうか?


 ああそれと、師匠のお陰で判明した事なのだが、実はこの“アストラル”って俺以外の人間には殆ど見えていないらしい。

 それこそ赤ん坊の頃から見て――というか“感じて”きた俺としては、これが普通で当然他の人間も同じようなモノだと思っていた。

 だが師匠曰く、俺みたいに物心ついた頃からここまではっきりとアストラルを感じ取れるのは、本当に稀なケースだという。


 やっぱり、俺が“異世界人”である事が関係してるのかもしれない。それ以外だと余り他人との違いが思い浮かばないからな。


「それで、それからどうなったんだ?」

「その後ですか?」


 因みに、師匠も隣で俺と同じ訓練を行っているのだが、彼が乗っているのは石に乗せた棒ではなく、今朝取れたばかりのキョロ鳥の“卵”だ。

 しかも縦に立てた卵じゃなく、横に倒した卵の上に片足立ちで乗り、その上目まで閉じている。とてもじゃないが、今の俺には真似の出来ない芸当だ。


「曲りなりにも相手は貴族。そのまま大人しく帰った訳ではあるまい?」

「ああ、はい。帰り際に料金を払うって言い出したんですけど、なにぶん即興で作った物だし値段とか考えてなかったんで、無料ただで良いって支払いは断りました」

「なんだソレは、相変わらず欲のない。大げさに吹っ掛けてやれば良かったものを」

「できませんよンな事。こっちも散々アラ突かれましたし、主な原料はボクのオヤツでしたからね。吹っ掛けるなんてとても――ああでも」

「何だ?」

「そしたら今度は、『何か欲しい物はないか』って聞かれまして」

「ほう。『君が欲しい』とでも言って求婚でも申し込んだか?」

「ンな訳あるか!!――っと、とと!」


 慌てて体勢を立て直す。危うく本日二本目の棒まで折る処だった。


「ふぅ……『何だったら店を町の中心に移してやる』とか、『今の店を丸々建て直してやろうか』とか、そんなとんでもないコトを言われました」

「受けなかったのか? 悪くない提案だと思うが」

「そんなのボクだけで決めて良い話じゃないですからね。それにボク、今の家けっこう気に入ってますから」


 確かに色々と不便な点も多いが、流石に十年も暮らせば愛着も湧く。

 それに、俺がこっちの世界に来てからずっと暮らしてきた家なのだ。手放すのも造り変えるのも躊躇するのは仕方ない。

 キッチンのリフォームだって、家族と延々話し合って決めた事だ。


 つか、今更町の中心に店を移すとか流石に無理がある。仮に出来たとしても、既に在る店を無理矢理立ち退かせる事になるだろう。

 下手すりゃ周辺住人との間に軋轢が生じかねない。そんなギスギスしたご近所付き合いは勘弁願いたい。


「しかし相手は貴族だろう、それでは向こうも納まりが付くまい。面子というヤツもあるからな」

「ええ、そう思って現実的な範疇で、彼女たちにちょっとしたお願いをしたんですよ」

「お願い?」

「ええ、“お願い”です――」




 ◇


 リリィとアリステアさんを店の外まで送った際、二人から料金の変わりに何か欲しい物はないかと尋ねられた。

 店の移転だとか建替えだとか、何やらとんでもない事まで言われて一度は断ったものの、このままでは向こうも納得はできまい。


 そこで俺は――


「それじゃあ、二つほどお願いしても良いですか?」

「……言って……」


(あれ、二つでも良いんだ)


「……私と、アリスのぶん……」


(あ、そゆことね)


「それじゃあまず、瓶一杯の“乾燥ピルコス”を下さい」

「ピルコスをか?」

「はい。実はさっきの料理に使ったピルコス、ウチの母さんの大好物なんですよ。いつもオヤツ時に少しずつ食べてるんです」

「ほう、イセア君のお母上の。それは些か申し訳ない事をしたな」


 アリステアさんの眉尻が下がった。情に厚い――というより、脆い人なのかもしれない。


「今回それを勝手に使っちゃったんで、出来れば少し多めに貰えると助かるんですけど……どうですか?」

「成る程。では後日こちらに届けるよう手配しよう。“瓶入りピルコスを一杯だな”」

「はい、“瓶一杯のピルコス”を」

「了解した」


 アリステアさんは快く俺の頼みを承諾してくれた。台詞のトーンに何か妙な引っかかりを覚えたが……まぁいいや。

 勝手にイデアの乾燥ピルコスを使ったので叱られるのを覚悟していたが、これならイデアも機嫌を直してくれるだろう。


「……もう一つ……」

「もう一つは、えっと、これ無理かもしれないから一応駄目もとで頼むんだけど」

「……言って……」


 さっきと同じ台詞を、これまたさっきと同じ口調で言われる。


 リリィ(こいつ)ってば今にも死にそうな顔付きしてるくせに、その半開きの眼差しだけは子供ながらにシッカリしている。

 カリスマというか、自分のやっている事に相当な自信を持っていて、それを疑ってもいないという目付きだ。


(うらやましいねぇ)


 自分に自信が持てる事なんか一切してこなかった俺としては、この子の眼差しは少々眩しく感じてしまう。

 願わくば、この子の瞳がこのまま曇らなければ良いと思うのだが、余り見られたいと思える瞳でもない……。


「じゃあさ、頼む前に一つ教えて欲しいんだけど、アレってもしかして――“機兵”かな?」


 そう言って俺が指差したのは、リリィ達の言い付け通り膝を着いたまま店の前に留まっている、あの全身鎧の“デカブツ”だ。


「……そう。アレは私の聖紋機兵……」

「やっぱり! うおスッゲー! 初めて見るよ!」


 俺は衝動のままそのデカブツに駆け寄ると、色々な角度から眺め回した。でも直接触ったりはしない、あくまで見るだけに留めておく。

 幾らカッコイイ車を見付けたからといって、いきなりベタベタ触るのはマナー違反だからな。


「コレが“聖紋機兵”かー。へー」


 最初からおかしいとは思っていたが、どうやらこのデカブツの中には本当に人は入っていないらしい。


 このデカブツの正体は“聖紋機兵”――いうなれば“小型の聖紋巨兵”だ。縮尺が小さいだけで、その内部構造自体は既存の聖紋巨兵と殆ど変わらない。

 この町でも巨兵は見る事ができるが、機兵については俺も見た事がない。巨兵好きの俺としては、否が応にもテンションが上がるというものだ。


「なぁなぁ。動いてるって事は、やっぱこいつにも“聖霊核”が使われてるんだよな?」

「……そう……」


 聖霊核とは機兵や巨兵に使われている“制御AI”みたいな物だ。

 コレのお陰で機兵や巨兵は、簡単な動き程度なら人が操らなくても無人で行動する事ができる。


「そっかー、ホントに動くんだなー」


 前の世界にないチート臭い技術が使われてはいるものの、矢張りそこにはこの世界の人間の知恵と努力と苦労が詰め込まれている。

 しかもそれが人型ロボットという形で動いているのだから、俺にとっては感心を通り越して感動ものだ。


「……興味ある?……」

「ああ! なんたって俺は将来――」


 『巨兵に乗るんだ』――喉まで出かけたその台詞を、俺は途中で飲み込んだ。


「えっと……まぁ、普通の人より少しだけ興味がある、って感じ……かな?」

「……そう……」


 途端に歯切れの悪くなる俺だが、リリィは特に気にする様子はない。


「……それで、二つ目……」

「あ、ああ。そのぉ……」


 促された俺は暫し口篭った後、意を決して自分の願い事をリリィに告げた。


「この機兵を、俺に詳しく見せて貰いたいんだ」


 これまで散々巨兵について調べてきた俺だが、内部構造などの詳しい部分までは結局分からず仕舞いだった。

 教会の本を読んでも、ラドック神父の話を聞いても、兵士の人達に尋ねてみても、大まかな部分までしか判明しなかった。


 大半の人達は当然の如くそんな専門知識を持ってはおらず、知っていそうな人達も簡単には口を割ってはくれない。

 当然実物を詳しく調べる機会もなかったので、俺の巨兵に対する調査は完全な行き詰りを見せていた。

 これ以上詳しく調べるなら、それこそ軍学校に入るまで待つか、北の隣国の首都にまで行って専門書を漁る必要がある。

 でも俺はまだ十歳。そんな遠くの町まで一人で行くのに、両親の許可が下りるとは到底思えない。

 それに兄のゼオルから家や両親の事を頼まれている以上、そう簡単にこの町を離れる訳にもいかないのだ。


 そんな時、幸運にも俺の前にこうして個人所有の聖紋機兵が現れた。

 そこで俺は千載一遇のチャンスとばかりに、この機兵の持ち主である貴族姉妹に頼んでみる事にしたのだ。『この機兵を詳しく見せてはくれまいか』――と。


「……分かった……」

「そっかぁ、やっぱ無理かぁ……」


 まぁ仕方がない。機兵や巨兵の内部構造なんて軍事機密扱いの情報だ。

 たかがスイートポテトを食べさせたお礼としては、流石に度が過ぎるお願いだろう。


「……明日、迎えに行く……」

「いや、駄目もとだったし気にしてな――へ?」


(待て、今なんつった?)


「……行くよ。グリエイヒル……」


 リリィが来た時同様に機兵の肩に腰掛けると、グリエイヒルと呼ばれた機兵はゆっくりと立ち上がり、少女を肩に乗せたまま店の前から離れて行く。


「ではなイセア君。料理、美味しかったよ」

「はぁ……そりゃどうも……」


 最後にそう言い残し、アリステアさんも直ぐ前を行く二人の後に付いて行く。

 呆気に取られていた俺は、機兵の鳴らす重厚な足音を聞きながら、去って行く彼女たちの背中を見送る事しかできなかった。




 ◇


「ほう、では念願叶った訳か。良かったではないか」

「それが、いまいち実感が湧かないっていうか、信用できないっていうか……」


 ここ数年停滞していた現状が、たかが料理一つを振舞っただけで解消したと言われても、我ながらどうにもピンとこない。

 しかも相手は貴族出身のお嬢様で、こっちはド平民出身のお子様だ。そんな奴に軍事機密の塊である機兵を、口約束だけでおいそれと見せてくれるだろうか?

 聞き間違いだったんじゃないかと思えて仕方がない。いっそ夢だと言われた方がまだ納得がいく。


「某はその二人を直接見ていないから判らんが、心配なかろう。聞けばその童女中々に気位が高いようだ。信用して構わんだろう」

「そうですかねぇ……」

「なぁに、例え来ずとも現状が維持されるだけだ。どちらにせよお前に損はなかろう? 気にせずドッシリ構えておけい。ドッシリとな」

「はぁ……」


 そうは言われましても、矢張り心のどこかで期待してしまうのも事実。せめてちゃんとした日時の指定でもしておけばよかった。

 そうすればその日まで気を落ち着けて待つ事もできたし、日にちが過ぎれば反故にされたと諦めも付くのだが……。


「しかし、そのアリステアという御仁、是非お近づきになりたいものだな!」

「結局それかアンタは!?」


 まぁソレはあらかじめ分かっていた事なので、ツッコミのせいで乗っている棒が折れる事はなかった。


 しかしこの人、顔も良いし性格も良――悪くはないのだが、何故か特定の誰かと付き合ったりする様子はない。

 中には逆に言い寄ってくる女性も居るようなのだが、付き合いはあくまで広く浅くに留めているらしい。

 何か複雑な理由があるのかも知れないが、イケメンの抱える問題なんて俺には荷が重過ぎる。なので聞く気はなかったし、特に知りたいとも思わない。勝手やって、どうぞ。


「……ん?」

「どうやら、今日の訓練はここまでらしいな」


 すると暫くして、家の方から物凄い勢いで此方にやって来る小さな気配を一つ感知――ヒビカだ。


 オオヘラ牛のヤッコを飼っているウチは、基本的に朝が早い。

 でも俺と師匠はそれより更に早い時間に起き、こうして毎日のように訓練を行っている。

 だから両親が起きて働き出す時間になると、イデアに頼まれたヒビカがこうして俺と師匠を呼びに来るのだ。


「おーい。ヒビカー」

「キャンキャン!」


 短い脚を精一杯動かし、真っ直ぐ俺に向って突っ込んでくる。

 その勢いのまま俺の前方2、3メートルの辺りでジャンプすると、ヒビカは弾丸よろしく俺の腹に飛び込んできた。


「キュー♪」


 ズドンッ


「グフゥッ!」


 身体をくの字に曲げヒビカのヤツを受け止める――というか吹っ飛ばされる。

 別に衝撃自体は大した事はないのだが、訓練中の俺は体重が普段の十分の一くらいになっている為、どうあっても堪える事ができないのだ。

 俺も特に抵抗はせず、ヒビカに押し倒される形で後方の地面に倒れ込んだ。


「ハッハッハッ!」

「むおっ、ぷわっ! よせっ、やめろヒビカ! ンー!」


 そうして、押し倒した俺の顔を起伏がなくなるまで舐め尽くそうとするのが、ヒビカが俺を呼びにくるまでのお約束の行動だ。


 俺がこの訓練を始めてからというもの、ヒビカは何故かこの一連の行動をいたく気に入り、毎朝欠かさずソレを俺に強行してくる。

 どうも干してある布団やシーツにダイブするのと同じ気分らしいのだが、実際にそれをするとイデアに叱られるので出来ないらしい。

 しかも大好きな俺の顔まで舐められて、本人的には一石二鳥なんだとか。


 別に痛くも痒くもないから構わないんだが、その度に顔を涎まみれにされるのは頂けない。


 なので、前に一度ヒビカが飛び込んでくる前に体重を元に戻し、普通にヒビカを受け止めてみた事があるのだが、その時は物凄く残念な顔をされてしまった。

 四つの耳がふにゃりと伏せられ、モフモフの尻尾も力無く垂れ下がり、その日は一日中俺に対する態度が素っ気ないモノになってしまった。


 ――要は、拗ねてしまうのだ。


 それは見てるコッチが気の毒になる位の落ち込みようで、以来ヒビカの好きなようにさせている。

 まぁ顔は涎でベタベタにはなるが、今のところ顔が平たく均されたりはしていないので、多分このまま続けても問題なかろう。


「うへぇ……まったくぅ、俺の顔なんか舐めても美味くなんてないだろうに」

「キャン」


 顔から引き剥がしたヒビカを見ると、どうやら今日もご機嫌らしい。

 あれだけ散々人の顔を舐めたのに、まだ舐め足りないとばかりに舌を出し、黒いモフモフ尻尾をブンブン振りながらこっちを見ている。

 これ以上舐められたら顔の起伏がなくなる前に、逆にふやけて余計な起伏が増えそうだ。


「分からんぞ。もしかしたら良い出汁が出ておるのかもしれん」

「んな訳ないでしょうに」


 そう言って笑う師匠の手には、さっきまで彼が乗っていたキョロ鳥の卵が握られている。

 そのまま卵の表面を指先で軽く突くと卵の殻は綺麗に二つに割れ、師匠はその中身を自分の口の中へと落とし込んだ。


「うむ、美味い。しかし、何故この国の人間は卵を生で食わんのだ? 未だに信じられん」

「だから文化の違いですって。この国では卵以外でも生食なんて殆どないんですから」


 生食が普及しない理由としては、当然衛生的な面が挙げられる。仮にこの国で生卵を食すなら、それこそ産みたて以外では難しい。

 だが仮に食べられたとしても、師匠みたいに生卵をそのまま飲み干すというのは、卵好きの日本人であった俺にも多少抵抗のある食べ方だ。

 そんな食べ方が、今のこの国の人達に受け入れられる筈がない。もし本気で普及させたいのなら、まず半熟卵とかその辺りから攻めるべきだろう。


(こんど温泉卵でも作ってみるかな)


「ではそろそろ戻るとしよう。早くせんと朝食を食い逃してしまう」

「その前に師匠はヤッコの乳搾りですよ。ボクは母さんを手伝いますから」

「分かっとる分かっとる。やれやれ、居候は肩身が狭いのぉ」


 ――と、ウチで一番飯を食う口が申しております。


 俺は内心で溜息を吐きつつ、涎でベタベタになった顔を拭いながらウチへと戻った。


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