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10 変な少女との出会い

「もしっ」


(ん……?)


「もしっ、誰か居ないか?」


 庭でポケーっと空を眺めていたら、どこからか女性の声が聞こえてきた。

 どうやら誰か尋ねてきたらしいが、ここからではその姿を確認できない。例の如くアストラルで気配を探ってみると、判明した来客の数は二人――


「……あれ?」


(いや、なんか変だな。何だアリャ??)


 それは、今迄感じた事のない奇妙な気配だった。

 一人は普通の女性に間違いないのだが、その女性の後ろに立っている人物はどうも“普通の人間”という様子ではない。

 人の形はしているのだが、全身ガチガチの鎧を着込んでいるようで、肝心のアストラルの流れが妙に“単純”だ。


(こう……“骨人間スケルトン”みたいな感じ?)


 ハリボテと言うか、着ている鎧に対して中身がスカスカで、とても人間――いや、生物とすら思えない構造をしている。

 言ってしまえば“作られた存在”。単純に人工物を連想させるその気配は、生き物というよりは寧ろ“聖紋機”に近い。


 それに、人間にしては明らかにサイズが大きい。隣の女性と比べても頭二、三個分は大きく、比較的身長の高いウチのゼルガと比べても、その身長を軽く上回っている。

 更に、何やら頭の周りに妙にアストラルが集まっていると思ったら、どうやらそのデカブツの肩に誰かが乗っているらしい。サイズ的に多分子供だろう。


(……どうしよう)


 女性一人に子供が一人、そして人間かも分からないデカブツ一体の計三()の組み合わせ。

 ご丁寧に正面から尋ねてくる辺り強盗の類ではなさそうだが、進んで関わりたいと思える組み合わせでもない。

 かといって、今家に居るのは自分だけだ。


「誰も居ないのかっ?」


(仕方ない)


 何か大切な用があるのかも知れないし、仮に強盗だとしても師匠のお陰で逃げ足にだけは自信がある。

 俺はヒビカを膝から降ろすと、念のため自分のアストラルの流れに集中し、家の前で待機している彼らに声を掛けた。


「はいはい、なんの御用でしょう……か」


 そうして店の正面にまわり彼らを見た瞬間、俺は驚きに身を固めた。正確には、例のデカブツの姿を見た瞬間に、だ。

 事前に判っていた事とはいえ、実際目にするとその大きさの威圧感が半端じゃない。もっと傍に近付いて見上げれば、反らせた首を痛めかねない背丈がある。

 だが俺が一番驚いたのは、そんなデカブツの大きさにではなく、デカブツの存在その物にだった。


(このデカブツもしかして。いや、もしかしなくてもッ!?)


「君はこの家の子か?」

「……え? あ、は、はい」


 女性に声を掛けられ、固まっていた視線をデカブツから無理やり女性の方へとシフトする。

 サラリとした青い長髪に端整な顔立ち。年齢は二十代前半ってところだろう。服装は素朴なデザインだが、質の良い生地を使っているらしく目立ったシワは見られない。

 この辺りの女性にしては珍しいロングパンツ姿で活発そうな見た目だが、その物腰からは妙な落ち着きと気品を感じる。


 明らかに俺たち“パンピー”とは雰囲気が違う。まず間違いなく“良いとこ”の出のお嬢さんだろう。しかも腰には立派な装飾の施された長剣まで吊るしている。

 町中で堂々と帯剣が許されるのは軍人か貴族位なものだが、このお姉さんは軍人といった感じではないので、もしかしたら貴族なのかもしれない。


(……でもまぁ、大まかに言えば貴族も軍属の一種か)


「む、君は確か……」

「へ?」


 するとお姉さんは突然腰を曲げ、至近距離から俺の顔をマジマジと観察し始める。


「あ、あの?」


 多分、俺の髪と眼の色が珍しいのだろう。初対面の相手からは、いつも似たような視線を向けられる。

 けど、流石にここまで露骨に見られた事はない。いくら奇異の視線に慣れているとはいへ、そんな間近で美人にマジマジ見詰められると、流石にドギマギしてしまう。


「……ふむ、気のせいか」


(何が?)


「いや済まない。君とは前に会った気がしたのだが、多分気のせいだろう」

「はぁ……」


 一頻り俺の顔を眺めたお姉さんは、顔を離してそう言った。


 自慢じゃないが、俺の交友範囲はそう広くない。もしこんな美人のお知り合いが居たのなら、まず間違いなく覚えている。

 なので、俺にも彼女と出会った記憶はない筈なのだが、そう言われると以前どこかで会った事があるような? ないような?


(……いや、やっぱり気のせいか?)


「実は、最近町で変わった料理が流行っているだろう。その“元祖”がここの店だと聞いてね。それで我々も是非食べてみたくなったのだよ」


 子供の俺に対して随分と丁寧な口調だが、要するにこのお姉さん達はウチに料理を食べにきたらしい。


 “変わった料理”とはホワイトシチューとパンケーキの事で、“元祖”というのは――まぁそのままの意味だ。

 実のところ二つの料理を出すようになってからというもの、ウチの店は町でもかなりの有名店になった。

 すると、それから一ヶ月も経たないうちに、ウチの料理の真似をする店が幾つも現れるようになってしまったのだ。


 仕方のない事とは言え、流石に今迄料理に殆ど関心を示さなかったこの町の人達が、いきなりウチと同じモノを作るというのは無理がある。

 案の定、ウチ以外で作られたホワイトシチューやパンケーキは、そのランクがワンどころかツーやスリーは下の物になっている。

 中にはそこそこの物を作る店もあるらしいのだが、それでもウチには到底及ばない。


 偶に料理のレシピを教えてくれだとか、売ってくれと言う輩も現れるが、こればっかりは幾ら金を積まれてもそう簡単に教える訳にはいかない。

 ただでさえウチは町の中心から離れており、立地的なハンデを背負っているのだ。これで余所でも同じ料理を作られたら、またウチの閑古鳥が元気に鳴き出す事になる。


 このお姉さん達はそんな巷の噂を聞き付け、わざわざ町の中心部から離れたウチにまでやって来てくれたのだろう。


 でも――


「あー……」


(まいったなぁ)


 俺が家の正面へ視線を向けると、そこには一枚の看板が立て掛けられており、其処には黒い文字で――


 《本日の営業は終了しました。またのご来店をお待ちしております》


 ――と、書かれている。


「すみません。今日の営業はもう終わっちゃったんですよ」


 そう言って、俺はお姉さんに頭を下げた。


 ウチは昼の少し前に店を開け、仕込みが無くなると同時に店を閉めてしまう。

 その日の客入りにも因るが、開店からだいたい二時間も経過すれば、その日の仕込みは全て使い切ってしまうのだ。

 なのでこんな遅い時間帯に来られても、彼女に出せるだけの料理はもう残っていない。ウチの料理が食べたいのなら、後日もっと早い時間に来て貰うしかない。


「いや、それは判っている。だが、そこを曲げてどうにか頼めないだろうか?」

「そう言われましても……」

「我々も随分と遅く尋ねた事は理解している。だが、今しか時間を作る機会がなかったのだ」


(『時間が作れない』って、結構忙しい人なのかな?)


「うーん。せめて事前に連絡を頂ければ、作り置きくらいしておきますけど……なんでしたら今日は予約だけにして、後日食べに来られては?」


 そう提案してみるものの、お姉さんは渋顔だ。


「……すまないが、次はいつ来れるかすら分からないのだ」

「ありゃ、そうなんですか」


 どうやら、何か複雑な事情があるらしい。

 これがただの我侭ならバッサリ斬り捨てる処だが、このお姉さんは忙しい中時間を作り、わざわざウチの料理を食べに来てくれたみたいだ。

 しかも次にいつ来れるかも判らない。そんな事情のあるお客さんになら、できる限り要望には応えてあげたいのが人情というもの。

 でも、幾ら要望に応えたくても、今の我が家には食材その物がない。さて、どうしたものか……。


「無論料金は出す。通常の二倍――いや、五倍出しても構わない」

「いえ、別にお金は普通で結構なんですけど……」

「取り合えず、ご両親はご在宅かな? 出来れば直接会ってお頼みしたいのだが」

「えっと、すみません。今両親は二人とも留守にしていて、帰ってくるのも夕方頃になると思います」

「そ、そうなのか。流石にそれまで待っている時間はないな……」


 そこまで言うと、お姉さんはガックリとうな垂れてしまった。こっちには全く非はない筈なのだが、そんな姿を見せられると何故か悪いことをした気になってしまう。

 最終手段として、ウチの料理を一番上手く真似ている店でも紹介しようと思ったが、それはそれで意味がない気もするし……。


「……アリス、もういい……」


 何か良い打開策がないかと悩んでいると、不意に頭上から声が降ってきた。


 一瞬あのデカブツが喋ったのかと思ったが、その声音は小さな鈴を転がすように涼やかで、デカブツの声にしては違和感が半端じゃない。

 その声に釣られてデカブツの顔を見上げると、その頭の直ぐ隣――デカブツの右肩に、一人の少女が腰掛けているのが目に入った。

 どうやら、今の台詞はこの少女が発したモノらしい。というか、すっかり存在を忘れていた。

 最初から子供がいる事には気付いていたのだが、デカブツとお姉さんのインパクトが強すぎて、すっかり意識から除外していた。


 少女は浮いた足をプラプラと揺らしながら、漸く自分にまともな視線を向けた俺を見下ろしている。


「……」


 その少女の姿を見た瞬間、俺はデカブツとはまた違った意味で衝撃を受けた。


 こちらも品の良い厚手の上着とスカートを穿いた少女からは、なんと言うか全体的に“薄い”印象を受けた。

 別に影が薄いという意味じゃない――まぁさっきまで存在を忘れていたのだが――実際に彼女の“色素”が薄いのだ。

 一見すると“アルビノ”のようだが、どうもアルビノともまた違う。


 フードを被っているので見え辛いが、僅かに覗く髪の毛は水色よりさらに色が抜けた薄水色。俺たちアウディアス人特有の前髪にいたっては、完全に色が抜けたかのようにまっ白だ。

 先程から半分伏せられたままの瞼の下にある瞳は、アルビノ特有の赤色ではなく、灰色掛かった銀色。

 そして上着の袖から出ている小さな手の肌は、白を通り越して薄っすら血管まで透けて見えている。まさに、病的という表現がピッタリな肌色だった。


 無論こんな髪や瞳の色をした人間を、俺は今迄この町で見た事はない。何となくだが、初めて俺の姿を見た人がどんな気持ちになるのか、少しだけだが解った気がする。


「……もう行こう、時間のムダ……」

「し、しかしお嬢様――」


 尚も食い下がろうとするお姉さんだったが、お嬢様と呼ばれた少女の方は、今の状況にあっさりと見切りをつけたらしい。

 少々冷たいとも思える口調で、少女は困り顔のお姉さんに撤退を促している。


「……別に、気にしてない。アリスには、いつも感謝している。でも、これは仕方ない……」

「も、申し訳ありません……」


 観念したのか、お姉さんは力なく肩を落す。


 話の内容を聞く限り、どうやらお姉さんがこの少女をウチに誘ったらしい。たぶん、噂の料理をこの少女にご馳走する筈だったのだろう。

 だが、その思惑は見事に外れてしまった。もしかしたら顔には出ていないだけで、少女の方も随分と楽しみにしていたのかもしれない。


 しかしそう考えると、俺の胸にある罪悪感が更に重みを増してしまう。

 幾ら仕方がない事とはいえ、楽しみにしていた子供との約束を守れないってのは、大人の側にも相当辛いモノがある。しかも、子供側の聞き訳が良ければ尚更だ。


(うーん、本当に何とか出来ないモノか)


「……それに、最初から期待してない……」


(……うん?)


 少女はデカブツの肩に乗ったまま、目の前にある俺の家をつまらなそうに一瞥すると――


「……“貧相”……」


 そう、一言ボソリと呟いた。


「は……?」


 一瞬、少女が何を言っているのか解らなかった。

 だが、俺が何と言ったのか聞き返すより早く、少女はその薄くて小さい唇で言葉を続ける。


「……こんな汚い店、大した料理なんて、出る筈ない……」


(前言撤回。コイツ、絶対楽しみになんかしてなかったな)


「……それに、“野菜や肉のミルク煮”なんて、美味しいとは思えない。他の店で見ても、全部美味しそうには、見えなかった……」

「ですが、この店の料理が元祖と言うのは事実のようですし。私の友人からの情報でも、この店の“しちゅー”というスープは絶品だと――」


(……ああ、シチューの事ね)


 何故かこの“ホワイトシチュー”という名称、中々周りに定着しない。

 料理を出すようになってかれこれ二年以上は経つというのに、未だ“ミルクのスープ”だとか“ミルクのごった煮”だとか、そんな感じの注文をお客さんから良く受ける。


 一体何でだ? やっぱり日本語――いや、英語だからか?


「……きっと、ただ珍しいだけ。変わった料理なら、勘違いもする……」

「で、では、この者の言う通り、また後日来られてみては? その時に、改めて確認してみるというのは――」

「……ううん……」


 そんなお姉さんの提案に、少女はにべなく首を振る。


「……私にそんな暇、ない。それは、アリスも分かっている、はず……」

「ですが……」

「……気にしなくて、いい。今日は、良い気分転換になった。アリスには、感謝している……」

「いえ、このような場所にまでご足労頂いておきながら、力及ばず……」

「……アリスは、いつも難しく考えすぎ。さ、もう帰ろう……」


 すると、少女は自分の隣にあるデカブツの頭――金属製の兜をコンコンと叩く。


「……行くよ、“グリエイヒル”……」


 ソレを合図に、少女を肩に乗せた鋼鉄の人型が動き出す。

 その場で回れ右をし、肩に乗せた少女を落とさぬよう、デカブツは無言のままゆっくりとその場を後にする。

 その動きは何処かぎこちなく、一歩一歩確かめるよう、ガチャリガチャリと鎧を揺らしながら少女と自身の身体を運んで行く。


「少年、手間を取らせて悪かったな。機会があれば、また会う事もあるだろう」


 去り際にそれだけ言い残すと、お姉さんは少女とデカブツの後に続き、その場を後にしようとする。


 しかし――


「“待てやコラーー!!”」

「ッ!?」


 突然上がった俺の怒声に、デカブツを含めたその場全員の足が止まる。


「“食って文句を言われるならまだ分かる。けどなぁ、食ってもいないうちから店の顔だけ見て、ウチの料理コケにするんじゃねー!!”」


 そうして俺は人差し指をビシッと付きつけ、驚きに固まる三人に向け啖呵を切った。

 無論、考えた上での行動ではない。寧ろ、いつもの俺なら絶対にこんな真似はしない。

 けど、少女のなんの根拠もない批評を聞いているうち、俺の中で抑え切れない感情がフツフツと湧き上がってきたのだ。


 端的に言って――“頭にきた”。


 これ程自分の中に怒りが湧いたのは、“前の人生”も含め初めての経験だ。何故ここまで腹が立ったのかは、俺自身にも解らない。

 前の世界では取引先に謂れのないクレームを付けられても、並んだ列の前に無理矢理割り込まれても、上司の陰湿な“イビリ”を受けても大して気には留めなかった。

 けど今回は、何故か見過ごす事ができなかったのだ。


 そうして、自分たちに指を突きつけてきた俺に向け、お姉さんは恐る恐るといった様子で口を開いた。


「……す、すまないが少年、良く聞き取れなかった。もう一度ゆっくり言ってはくれまいか?」


 ……しまった。


 ここ数年全く喋っていなかったのだが、感情が昂ってつい素の“日本語”が出てしまった。

 お姉さんは俺が早口で喋ったから聞き取れなかったと勘違いしたらしいが、仮にゆっくり喋っても彼女に理解できる筈がない。

 傍から見みれば癇癪を起こした小さな子供が、大人に向かって訳の分からん叫びを喚き散らしているようにしか聞こえなかっただろう。


(考えずに行動した結果がこれだよ! 穴があったら入りたい!)


 し、しかし、今の俺は怒っているのだ。ここは失礼な物言いをしたあのお子様に、ビシッと一言申さねば、ウチの店の沽券に関わるというモノである。


「え、え~と……ウチの料理の批判は、せめて実物を食べてみてからに、してくれないかなぁ……なんて」


(はい無理! 解散ッ!!)


 さっきは勢いであんな台詞を口にしたが、それを改めてこっちの言語に翻訳してから言い直すなんて、とてもじゃないが俺にはできません!

 こんなのイジメや罰ゲームを通り越して、もはや苦行や拷問の類だよ! 誰でも良いから俺にスコップかシャベルをくれ! 自分で穴掘って入るから! んでついでに埋まるから!!


「む、それもそうだな。まだ食べてもいない内から料理の良し悪しを決めつけるのは良くない。すまなかった」


 しかしそんな俺の葛藤を知ってか知らずか、お姉さんは素直に俺に頭を下げてくれた。


(いや、別に貴女が言った訳じゃないでしょうに)


 とは思ったものの、実際に言ったのはまだ小さな女の子だ。

 本当なら本人がちゃんと謝るのが筋だと思うが、こうして少女の付き添いであるお姉さんが謝ってくれたのだから、この場はこれで良しとしよう。

 なので俺はお姉さんに、『謝ってくれれば結構です』と締めの言葉を告げようとしたのだが――


「……アリス、謝罪なんてする必要、ない……」

「お嬢様……」


 それより先に、デカブツに乗った少女が再び口を開いた。

 その内容はお姉さんの謝罪を否定するモノであり、先程の少女の発言を押し通すモノでもあった。


「それ、どういう意味かな?」


 眉間にシワが寄るのを抑えつつ、俺は少女に聞き返す。


「……どうもこうもない、そのままの意味。ミルクで出来たスープ、なんて、美味しい筈ない……」


 何だ、その牛乳が入った豚骨ラーメンの存在を初めて聞かされて――『ラーメンに牛乳? 合う訳ねーじゃん(笑)』なんて言う一昔前の“知ったか”みたいな反応は!? 博多の人達に謝れ! 関係ないけど!


「そんなの、実際食べてみなくちゃ分からないだろう?」

「……そんなことない。味の予想なら、簡単に出来る……」


 俺の言い分が気に触ったのか、少女の声が涼やかを通り越して冷ややかなモノに変化する。


「だから、それはあくまで予想だろう? 予想と現実が食い違うなんて良く在る事じゃないか」

「……私の予想は、外れない。だから、食べる必要なんかない……」

「だったら実際食べてみろよ、絶対その予想と違うからっ」

「……違わない……」

「いやっ絶対違うね!」

「こ、こら二人とも」


 互いの語気が徐々に強くなるのが分かるが、分かっていても抑える事ができなかった。

 そんな俺と少女を諌めようとするお姉さんの声も、もう俺たちの耳には届かない。


「……でも、どうせ今日は、作れないんでしょう?……」

「そうだけど、それならまた明日にでも来れば良いじゃないか」

「……残念だけど、ここにはもう来ない。またこんな場所に来るなんて、時間と体力の無駄……」


 お前さんそのデカブツに乗ってるだけだろ! しかもさっきお姉さんに『気分転換になった』って言ったじゃないか!

 見ろ! お姉さんの顔付きがちょっとションボリしちゃったぞ!


「……それに、こんな貧相な店。出てくる料理なんて、たかが知れてる……」

「おまっ!?」


(コ、コイツ! 一度ならず二度までも!!)


「……これ以上は、時間の無駄。行こう……」

「あ、お嬢様っ」


 頭に血が昇って何も言えなくなった俺を尻目に、少女は問答無用でこの場から立ち去ろうとする。


「…………待てよ」


 だが、俺は自分でも驚くくらいの低い声で、彼女らを再び呼び止めた。


「……まだ、何か用……?」

「そこまで言うなら食わせてやるよ。今、ウチの店(ここ)でな」

「ほ、本当か!?」

「……フーン……」


 俺の発言にお姉さんの表情が一瞬華やいだが、少女の方は詰まらなそうに鼻を鳴らすのみ。


「しかし、今ご両親は出掛けておられるのだろう?」

「料理なら俺が作ります」

「キミが?」

「もともと、“噂の料理”を最初に作ったのは俺です。何も問題ありません」

「最初にって……」


 お姉さんが顔に困惑の色をにじませる。

 無理もない。俺みたいな子供があの料理を作ったと言った処で、そう簡単には信じられないだろう。


 実際ウチに来るお客さんも、皆俺の両親がレシピを作ったモノと思ってる。

 別に大して困らないし、何だか説明が面倒くなりそうなので俺からも二人が作った事にしてくれと両親に頼んである。

 なので、二つの料理を俺が最初に作ったと知っている人間は、俺の家族とウチの手伝いをしている師匠以外、他には誰もいないのだ。


 だが、そんなお姉さんの認識は、これから覆される事になるだろう……多分。


「ただ最初に言っておきますけど、噂の料理と同じ物は作れませんよ。何せ材料がありませんから」

「いや、しかしそれでは」

「……確認なんて、不可能……」

「そのかわり――」


 俺は腕を組んで胸を張ると、自分を見下ろす銀の瞳を真正面から見返すと――


「あんた達が今迄食った事もない、美味い料理を食わせてやる。それなら少なくとも、ウチで作ってる料理が本当に大した物じゃないかが分かる筈だ」


 そう、少女に向けハッキリと言い放った。


「……降ろして、グリエイヒル……」


 すると、俺のその台詞を聞いた少女が、隣にあるデカブツの頭をコンコンと叩く。

 デカブツはその場にゆっくりと膝を着き、少女は隣で差し出されたお姉さんの手を取ると、まるでエントランスの階段でも下りるよう優雅に俺と同じ地面の上に降り立った。


「――!?」


 次の瞬間、俺は直感とも言える感覚で理解した。


 少女から感じる雰囲気は、とても“良いトコの出”なんて言葉だけで表現できる代物じゃなかった。

 最初は“色素が薄い”なんて印象を受けた俺だが、こうして感じる雰囲気は、その印象を180度反転させるのに十分なインパクトがある。

 無論俺なんかじゃ及びも付かないし、さっき感じたお姉さんの雰囲気すらも、この少女の前じゃもの足りなくなる程の存在感を醸し出していた。


 肉体年齢は今の俺くらいだし、感じ取れるアストラルの流れだってそこらの子供とそう変わらない。

 なのにこうして感じる雰囲気は、正に“高貴”と言って何ら差し支えのない代物だ。


(やべぇ、こいつ“本物”だ)


 何がやばくてどう本物なのかは分からなかったが、その時の俺の本能は少女の姿に警鐘じみた信号を発していた。

 けど、俺の足はその場から一向に動こうとはせず、正面から真っ直ぐ迫ってくる少女の接近を、ただ黙って待つ事しかできない。


 やがて、俺の前方約1メートルで少女の足が止まる。


 先程まで俺を見下ろしていた二つの銀瞳が、今では俺と同じ目線からジッとこちらを見詰めていた。

 すっかり少女の雰囲気に飲まれていた俺は、ただ黙ってその半開きの視線を受け止める事しかできない。

 でも、改めてその少女の顔を間近で見た俺は――


「“か”――」


 出かけた言葉を慌てて飲み込み、初めて少女の顔から視線を逸らす。


「……なに?……」

「い、いや! 何でも、ない……です……」


 ……危なかった。


 もう少しで思った事をそのまま口に出す処だった。

 デカブツの肩に乗っている時には気が付かなかったが、この少女の目鼻立ちは決して悪いモノじゃない。

 このまま成長すれば、まず間違いなくかなりの美人に育つだろう。しかし――


(“顔色”が悪過ぎる! 一体何なんだコイツは!?)


 ただでさえ肌が病的に白いというのに、こうして間近で見る顔色は白を通り越して蒼白に近い。病的どころか、普通に病人と言っても差し障りないレベルだ。

 子供のくせに肌は若干荒れてるし、薄く小さな唇は乾燥していて水気がなく、寝不足なのか眼の下には色濃いクマまで浮いている。

 健康そうに見えないのは無論のこと、生気すらまともに感じられない。


 その優雅な仕草と生気のない顔色が相まって、何だか“アンデット”――“吸血鬼のお姫様”って表現がピッタリくる佇まいだ。


(よもや、本物じゃあるまいな?)


 などとバカな考えが脳裏を過ぎるが、何と言っても此処は異世界――俺の知らない常識が、まだまだ沢山転がっている世界である。

 巨大ロボットが闊歩するような世界だし、前の世界では御伽噺の中の存在が、こっちの世界では普通に実在していても何らおかしくはない。


(いや、おかしいのか? 何だか良く分からなくなってきたぞ)


「……分かった……」

「え……?」


 その呟きのような台詞に、逸らしていた視線を少女へ戻す。


「……そこまで言うなら、食べてあげる……」

「お嬢様?」

「だけど――」


 ビシリと、今度は少女の細く伸ばされた指先が、俺の眼前に突きつけられた。


「……もし、その料理が美味しくなかったら、もう“ミルクの野菜煮”なんて料理、出すのは止めること……」

「お嬢様、流石にそれは――」

「分かった」

「ええっ!?」


 少女の無茶な要求を慌てて諌めようとするお姉さんだったが、俺は間髪入れずにその条件を受け入れた。


「待つんだ少年! それは売り言葉に買い言葉というものだ。そのような約束、軽々しくするものではない」

「大丈夫です。要は美味いって言わせれば良いだけの話ですから」

「“だけ”って……良いか少年、君は今の状況の重さをまるで理解していない。このお方は――」

「……決まり。なら早くして、時間はムダにしたくない……」

「同感だ。まぁ取り合えず入りなよ。座って待ってな」

「こ、こら……」


 お姉さんの制止を意に返さず、俺は戸の前の看板を退かすと、ガラリと正面の戸を開けて少女に中に入るよう促す。


「……グリレイヒルは、ここで待ってて……」

「お、お嬢様」

「……アリスはどうする? くるの? こないの?……」

「む、無論、お供いたします」


 膝をついたままのデカブツをその場に残し、少女とお姉さんの二人組は一緒に店の中へと入って行く。

 だがその途中、俺の横を通り抜けようとした少女はふと足を止めると、何故か俺の顔を見て――


「……ところで、その“頭の上のヤツ”、なに?……」

「へ?」

「……ギョッギュ」

「って!? お前まだ乗っとったんかいッ!!」


 余りにナチュラルに乗ってたんで全然気が付かなかった! なんか色々台無しだよ!

 俺はキュウスの丸っこい体を両手で掴み上げると、サッカーのスローイング宜しく庭に向け全力で放り投げた。


「フンッ!」


 ポーイ


「ギョー――」


 そのまま綺麗な弧を描いて地面へと落ちていくキュウスは、小さな羽根をバタつかせ空中で体勢を立て直すと――


「ギュッ」


 スタッ


 無事足から地面の上に着陸し、そのまま何事も無かったかのように家の裏手へと歩いて行った。


「ぐぬぬッ! おのれ鳥類!」


 相変わらずバランス感覚だけは異様に良いヤツ!


「……いつまで、遊んでるつもり?……」

「別に遊んでないから! ったくもぅ」


 そうして、俺は二人に続いて店の中に入ると、秋の風が入らないようピシャリと入口の戸を閉めた。




 ◇


「さて、と……」


 テーブル席についた二人にお茶を出した後、俺は家中から料理に使えそうな食材を探し回った。

 とはいえ、営業の終わったばかりの我が家に、まともな食材なんて残っている筈もなく。


 結果――


 昨日食べようと思ってふかしておいた大き目の“アマル芋”が二個。

 今し方キュウス達の小屋からくすねてきた“卵”が一個。

 作り置きの“バター”が少々。

 さっき急いで搾ってきたヤッコの“乳”がそこそこ。


 ――これが、いま現在の我が家が誇る精鋭部隊である。


 あ、因みにオオヘラ牛のヤッコは、未だに現役で俺たちにミルクを提供し続けてくれている。

 もう結構な歳なのだが、意外と元気に毎日餌を食べているので、このまま元気ならゼオルが帰ってくるまではウチに居るかもしれない。

 ウチでヤッコを一番可愛がってたのはゼオルだからな。病気や老衰で死ぬか売りに出す前に、一度でもお互い会えるよう祈っておこう。


 しかし――


「ハハ、ひっでぇなコレ」


 思った以上の食材の少なさに失笑する。


 因みに調味料は岩塩だけ――どうしよう、思った以上に散々な有様だ。これで美味いモンなんてホントにできんのか?

 思わず頭を抱えたくなった。しかも相手は身に着けている物や仕草から、かなり身分の高そうな人物である事が窺える。

 きっと俺たちパンピーとは違い、毎日良い物を食っているに違いない。

 もし適当な料理モノでも出そうものなら、今後立ち直れないくらい徹底的に叩かれそうだ。


(いや、そもそも本当にメシ食ってんのか?)


 あのお姉さんの方は兎も角として、少女の方は明らかに顔色が悪すぎる。ありゃどう見ても睡眠や栄養が足りてない。

 服や外見ばかりに金を掛け過ぎて、余り食費に金を掛けていないとか? それとも単純に何かの病気を患ってるとか?

 それなら素直に寝ていろって話だが、デカブツの肩に乗って移動していたのも、もしかしたら少女に余り体力がないからかもしれない。


 でもまぁ、取り合えずその事は置いておこう。今は目の前の料理に集中するべきだ。なんと言ってもこの“勝負”には、この店の威信が賭かっている。

 もしこの勝負に負ければ、店でのホワイトシチューの販売は永久に停止に追いやられ、我が家の収入は再び激減する事になるだろう。


 なのでこの勝負、なんとしても勝たねばならん! なんとしてもっ!


「……つってもなぁ」


 だが、正直コレだけの食材と調味料だけでどうにかするのは難しい。


 これでもソコソコの物は出来そうだが、その程度の料理であそこに居る小生意気な少女に『美味い』と言わせられるかは、少々不安が残る。

 しかも、今はゼルガが教会にアストラル鉱石の交換に行っているため、聖紋機を使うにはアストラルの供給を“自力”でどうにかするしかない。


 ま、たかが調理一回分なら今の俺でも余裕で保つ。昔みたいにイキナリぶっ倒れることはないだろう。


 だがそれでも、矢張り早まった感は否めない。

 せめて調味料の中に砂糖でもあれば話は違うのだが、そんな高級品我が家には最初から存在して――


「あ」


(そういえば、確かあっちの棚の中に)


 ふとある事を思い出した俺は、自分専用の踏み台に乗り、食器などが納まっている棚の一番上に手を伸ばす。


「ぬっ! この……っく!」


 視線が通らないので完全な手探り状態だが、俺の記憶が確かなら、この戸棚の中に“例のアレ”があった筈。

 それさえ手に入れば、今の戦局を打開する大きな切り札になる――と、思うのだが……。


「ん~~っ……あった!」


 どうやら、俺の記憶は正しかったらしい。必死に伸ばした指先が、一つの容器を探り当てた。


 指先でソレを慎重に手繰り寄せ、何とか棚の中から引っ張り出す。

 手に入れた容器は透明なガラスビンで、中には小さくて丸い宝石のような黄色い物体が幾つも入っていた。

 無論、本物の宝石ではない。だが、一見石ころに見えるこの物体こそが、今回の勝負の行方を決定付ける鍵となるのだ。


(ごめんよ母上)


 しかし全てはこの店の為――ひいては家族皆の為なのだ。堪忍したって。


「クックック」


 そうして俺は不適に笑うと、先ずは調理用の聖紋機――“オーブン”の聖紋機を発動させた。


(待ってろよ小娘ぇ、絶対『美味い』って言わせてやるからなぁ!)


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