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09 宿屋から飯屋へ

やっと再開できました。半年とか時間かかりすぎー

 ◇◇◇


 兄のゼオルが軍学校へと入り、二年と少しが経過した。


 偶に送られてくるゼオルの手紙や、年に一度の長期休暇で家に帰省した際には、元気でやっているとの報告を受ける。

 日々の訓練や勉学の方も順調らしく、たかが田舎の貧乏宿屋出身にしては、上々の成績を収めているらしい。


(まぁゼオルが軍学校に入るまでの半年間、俺も彼の頭に詰め込めるだけの知識を詰め込んだからな)


 ゼオル自身の飲み込みも早かったし、その時点で彼の優秀さは既に判明していた。なので、その辺の心配は余りしていない。

 でも、やっぱり本人としては家の事が気になるのだろう。自身の近況を報告する際には、決まって家族を心配する内容も含まれていた。

 家族想いの彼らしいとは思うのだが、何故かその心配の比率が俺に傾いているように感じるのは、果たしてただの気のせいだろうか?


(俺ってばそんなに信用ありませんかね?)


 まぁ純粋に俺の事を気に掛けてくれているだけで、信用云々って話ではないのかもしれない。

 因みに、心配の比率が二番目に高いのが父親のゼルガで、最後が母親のイデアな辺り解っている。


 軍学校では年に一度、年越しの長期休暇が与えられる。でもそれは最初の二年だけで、最後の三年目には一日の休暇すら与えられない。

 初めの二年は学校での訓練、そして三年目には一年間の本格的な“実地訓練”が行われるからだ。

 “訓練”とはいうものの、その実体は戦場への派兵に他ならない。たった二年間の訓練の後、訓練兵達は命のやり取りの行われる本物の戦場へと送られるのだ。

 一見無謀に思えるかもしれないが、それが今のこの国の現状だともいえる。


 兵士の育成にはただでさえ金と時間が掛かる上、今のアディルファナ王国では兵士一人に掛けられる時間も予算も微々たるモノだ。

 でも俺も含めた家族全員が、それを承知でゼオルを軍学校へと送り出した。だからゼオルも今頃は、戦場でフェイスレス相手に戦っているのかもしれない。


 更にこの間の一年は、外部との連絡が一切禁じられている。家族に手紙を出す事も、家族から手紙を受け取る事も出来ない。

 ラドック神父曰く、戦場での精神を鍛えるための処置という話だが、きっと機密の漏洩などの対策も含まれているのだろう。

 お陰で最近のイデアは暇を見付けてはソワソワし、ゼルガも偶に仕事の手を止めてはジッと考え込む事が多くなった。


 まぁ戦場に送られたからといって、訓練中の兵士をイキナリ前線の矢面に立たせるなんて馬鹿な真似はしないだろう。せいぜい後方支援が関の山だ。

 ラドック神父も余程の事がない限り、訓練兵が戦場で被害に遭う確率は低いと言っていた。


(“低い”ね、そりゃゼロって訳には行かんわな)


 俺もゼオルの事を心配していない訳ではないが、こうなった以上どうする事もできない。自分の兄を信じ、あと一年時間が経つのを待つのみである。

 因みに、もし訓練兵が戦場で命を落とした場合、訓練期間の終わりに本人の遺書や遺品、そして功労金が遺族の下へと送られる事になっている。

 余り考えたくはないが、もしこの瞬間にゼオルが死んだとしても、俺たちがソレを知るのは矢張り一年後になる訳だ。


 現在の息子の安否も確認できない――両親であるゼルガやイデアとっては、心中穏やかでは居られないだろう。


 しかし戦場の後方にいる俺たちにも、矢張り自分の生活という物がある。そして、そんな俺たちの平和な生活を護ってくれているのが、他ならないゼオルを含めた大勢の兵士諸君なのだ。

 彼らの事が心配だからと自らの生活を蔑ろにしてしまっては、それこそ本末転倒。彼らの事を想うなら、俺たちも日々の暮らしを大切に過ごさなければいけない。


(そう、大切にしなければいけない……のだが――)


 そんな立派な兄上に護られ、レディウスの町で平和に暮らしている俺はと言うと――


「うおおおおおッ!!」


 こちらもある意味平和とは程遠い、“戦場”の真っ只中にいたりする。




 ◇


「はあああああッ!!」


 シャシャシャシャシャ――


 皮を剥く、芋の皮を剥く、ひたすら芋の皮を剥いていく。

 芽をくり抜き、皮を剥いて綺麗になったら、直ぐ隣の水を張った桶へと投げ入れる。

 暫くして、桶は皮のないツルツルの芋で一杯になった。


「あたたたたたッ!!」


 ズダダダダダダ――


 刻む、野菜を刻む、一心不乱に大量の野菜を刻んでいく。

 まな板の上で軽快に、リズム良く、成る丈一定の大きさに揃えて、切った野菜を種類ごとにボールに入れていく。

 暫くして、俺の周りには刻まれた野菜の山が出来上がった。


「どりゃあああああッ!!」


 ゴシゴシゴシゴシゴシ――


 洗う、食器を洗う、わき目も降らず食器を洗っていく。

 まとめた藁をタワシ代わりに、シンクの水に浸かった食器の汚れを、親の敵とばかにり洗い落とす。

 暫くして、俺の傍らには曇り一つない大量の食器が積み上げられた。


「えーい……」


 グツグツグツグツグツ――


 混ぜる、鍋の中身を混ぜる、鍋の底が焦げ付かないよう鍋の中身を混ぜていく。

 熱でポコポコと弾ける気泡を見ながら、焦げ付かないよう、そして中身の具が煮崩れしないよう慎重にシチューをかき混ぜる。

 煮詰まると味付けが濃くなるので、偶に水を加える事も忘れない。


 今は昼どき書入れ時――この時間帯の厨房は、いつも大忙しの“戦場”だった。


「ちょっと師匠ー! 女の子口説いてないで、この皿3番に持っていって下さいよー!」


 俺は厨房から顔を出し、女の子ばかりのテーブルに注文を取りに行ったきり戻らない赤髪の男性に声を掛けた。


「む、イセア、人の逢瀬を邪魔するは無粋の極み。お前に師を敬う気持ちがあるのなら、ここは黙って見守るのが筋だろう」


(この忙しい状況でドコをどうすれば筋が通るのかと)


「仕事中にナンパするなって言ってるんです。ちゃんと働いて下さい」

「いかんなぁ。如何なる時、如何なる場所でも常に心に余裕を持てと、常日頃から言っているだろう。この程度軽く笑い飛ばせるようにならねば――」

「……いい加減にしないと、あの“棒っきれ”売っ払いますよ」

「これを3番に持って行けばいいのだな? 任せておけ、やはり料理は熱いうちに食すに限るからな! カッカッカ!」


 そういって用意した皿を手に取ると、師匠は高笑いと共に料理を指定のテーブルへと持って行った。


「まったく……」


 あの人がどんな女性と付き合おうと俺には関係ないし興味もないのだが、仕事は仕事でしっかり働いてもらわねば困る。

 悪い人ではない――というか部類としては寧ろ良い人間なので、俺も未だ“最終手段”に訴えてはいないのだが、如何せんあのチャラさ加減はもう少しどうにかならないモノか。


(いやっ、そんな事より今は仕事だ仕事!)


 今年で年齢が十になった俺は、成長と共に身体もデカくなり、今では厨房の仕事も頻繁に行うようになっていた。


 というか、最近の我が家は宿屋の方は開店休業状態で、主に食事処としての営業に力を入れている。

 泊り客以外にも料理を出すようになってからというもの、食事に来る客の対応にばかり追われ、家族三人と居候一人だけではとても宿屋の営業にまで手が回らなくなった。

 それに宿より食事処こっちの方が稼ぎが良いので、家族の皆と相談し、今後は食事処をメインに活動する事になった。


 因みにその際、それまでに得た利益を使い、手狭だった厨房を大幅にリフォームした。


 もともとウチは、最大三組までの客しか泊まる事のできない小さな宿屋だった。当然厨房も小さく、町の中心部にある大きな宿屋とは比ぶべくもない。

 それが俺の作った料理のせいで、一日に最大百人を超える客が押し寄せるようになったのだ。

 とてもじゃないが、それまでの小さな厨房で捌けるような人数ではない。厨房のスペースを広げ、料理用の聖紋機の数も大分増やした。


「そりゃああああッ!!」


 カチャチャチャチャチャ――


 泡立てる、割った卵を泡立てる、自作の泡立て器を使い、懸命に割った卵を泡立てる。

 色が白くなるまで泡立てたら、そこにミルクやら小麦粉やらを加えてダマにならないようかき混ぜ、バターを引いた熱いフライパンに適量を流し込む。

 聖紋機一つじゃとても間に合わないので、三つ同時の平行使用だ。適度に出力の調節をしながら、表面にフツフツと気泡が出てきた処を見計らい生地を裏返す。


「ほい、ほい、ほいっと」


 空中で裏返った生地がパンッとフライパンに落下し、美味そうな香りとこんがりキツネ色の焼き色が姿を現す。


(うむ、我ながらなナイスな焼き加減)


「……あれ?」


 そこでふと、聖紋機に流れるアストラルの量が少ない事に気が付いた。心なし出力も若干落ちている。


「ありゃ、またか」


 どうやら、またアストラル鉱石に蓄えられたアストラルが減ってきたらしい。要は、“燃料”が切れ掛かっているのだ。

 まぁそれも仕方ない。聖紋機の数を増やし、以前よりもずっと頻繁にそれを稼動させ続けている。当然、アストラルの減りも早くなる。


 俺は調理用の聖紋に手をかざすと、慎重にその出力を調整する。


「あ、父さん」

「うん? 何だイセア」


 すると、ちょうど小麦粉の袋を肩に乗せたゼルガが地下室から厨房へと戻ってきた。


「またアストラルが減って来たみたいなんだけど」

「何だまたか、どれくらい持ちそうだ?」

「今日一杯は大丈夫だと思うけど、明日以降は厳しいかな……」


(まぁアストラルが無いなら無いで他にやりようはあるんだが、そっちは少々面倒くさい)


「うーん、次の礼拝まではまだ時間があるしな……よし、なら俺が後で教会まで行ってこよう」

「うん、じゃあお願い」

「おう、任せとけ」


 そんなやり取りを交わしていると、一枚目のパンケーキが焼きあがった。


「師匠ー、これ5番テーブルに――」

「そこな美麗なお嬢さん。どうだろう、今宵私と美味なキル酒でも――」

「だからちゃんと働けー! 本気であの“棒っきれ”売っ払うぞそこのダメ師匠!」

「ス、スマンッ俺が悪かった! だからそれだけは、それだけは勘弁してくれ!」


 俺の脅しに一瞬で顔色を変えた師匠は、慌てて用意された料理をテーブルへと運んで行く。


「ハァー……」


 ああ見えて、根は真面目な人なのだ。少なくとも、自分の仕事の後始末の為にわざわざ海を渡り、自国から遠く離れたこんな南の小国に一人で来てしまう程には責任感がある。

 しかし、毎度あんな様子を見せられてしまうと、俺の中から敬意とか尊敬とかいった想いが徐々に薄れていってしまうのも事実。


(でもまぁ、あれで実際凄い人なので、今でも師匠扱いさせて貰っている訳だが)




 ◇


 暫くして、作り置きした食材は全て底を突き、その日の営業は終了した。


 皆で厨房の片付けを済ませると、ゼルガは言った通り教会へと向かい、イデアも買い出しがあるからとゼルガと一緒に家を出ていった。

 師匠は――どうやら先程声を掛けた女性と気が合ったらしく、片付けが終わる頃には既に姿をくらませていた。

 相変わらず、こういった時だけは行動が早い。


 お陰でその日の俺は珍しく、俺は家の庭で一人寂しいお留守番をこなしていた。


「キュ?」

「ん? ああ、そうだな。うん、別に寂しくないよ。お前達も居るしな」

「キュ~♪」


 そう言って、膝の上で丸くなっているヒビカの背中を撫でてやる。

 四つの耳がピコピコ動き、モフモフの尻尾がユラユラ揺れるのが可愛らしい。


「しかしお前、いつまで経っても大っきくならないなぁ」

「クァ~」


 膝の上で欠伸をするヒビカは、三年前に拾ってきた姿のままだ。


(やっぱり子供って訳じゃなく、これがコイツの成体って事なのか?)


 それとも実は滅茶苦茶成長の遅い種で、これから更に数十年かけて大きくなっていくのかもしれない。

 ヒビカの大きさは変わらないのに、俺だけ背が大きくなるものだから、年々ヒビカの方が縮んでいるような気がしてしまう。


(でもまぁ、大型犬みたいにデカくなるよりはマシか)


 それに、やっぱり小さい方が見た目としては可愛らしい。できることなら、このまま小さいままでいて欲しいと思うのは、決して罪ではない筈だ。

 だがしかし、ある意味では前よりずっと大きくなったと言えなくもない。流石にアレを“成長”とは言わないだろうが、“大きく”なった事には違いはないだろう。


「ギョッギュ」

「……いや、お前は寧ろ少し痩せろ」


 昼の営業が終わって一段落ついた俺は、庭にあるゼルガ手製の椅子に腰掛けていた。

 ここ最近、営業の後はここで寛ぐのが俺の日課になっている。膝の上にはヒビカを乗せ、頭の上にはいつも通りキュウスの奴が居座っている。

 秋の終わりも近い涼しい風が頬を撫で、時折聞こえる落ち葉のカサカサ音が耳に心地良い。


「……長閑だねぇ」


 早いもので、俺がこっちの世界にやって来てもう十年。

 子供の頃――前の世界での子供時代――は、十年なんて物凄く長い期間に感じたものだが、やっぱり中身がオッサンだと時間の感覚も違うのかもしれない。


 俺の作った料理に端を発した食事処は、開店当初から予想以上の賑わいを見せている。一年を通して閑古鳥が鳴いていた前の宿屋時代と比べたら、考えられない程の盛況っぷりだ。

 しかも開店以来、一度もメニューを変えた事がない。つまりこの二年と少しの間、ずっとホワイトシチューとパンケーキしか店には出していないのだ。

 それで未だ客足が途絶えないというのだから、この世界の人間がどれだけ美食グルメに疎かったのかが窺える。


(よく飽きないものと関心するよ。いやホントに)


 しかし、まさか自分の作った料理がここまで好評を博すとは、俺自身全く予想していなかった。

 大変だが、料理を食べて喜ぶお客さんの顔を見ていると、少なからずの“遣り甲斐”という物を感じられる。

 なので最近は積極的に厨房での仕事に参加し、多くのお客さんの反応を見るのが俺の密かな楽しみだったりする。

 それに伴い、最近は教会に本を読みに行く回数も、またラドック神父との会話を楽しむ機会も極端に少なくなってしまった。

 少し前の俺なら、まず考えられないような心境の変化だ。


「……こんど、新メニューでも作ってみるかなぁ……」


 ポツリと零れた呟きが、高く見上げた秋の空へと消えて行く。


 この世界へとやって来て十年と少し。この頃の俺は、当初想い描いていた巨兵に乗るという夢を――“半ば諦めかけていた”。


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