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2-5 VRゲーム、始めます。


 なんて軽く考えていたのを早々に後悔し始めました……。

 高さはよく分かりませんが、崖の上は少なくとも3階建ての建物の倍以上は高いところにあります。

 なのでひたすら階段を上り続けているわけですが、そうするとつい先ほどのことを考えてしまいます。


 鳥族で空を飛ぶことはできない。


 そのことが頭をよぎる度に、心の底から残念というか……マイナス感情ばかり出てきます。

 理屈の上では納得できたつもりですが、やっぱり本心は別のようです。

 どうやったら飛べるかなんて無駄なことを考えて、結局翼が動かせないことに考えが至りまた落ち込む。

 それの繰り返しです。

 街中を歩いているときは視覚が忙しかったのでその考えから逃げ出せましたが、階段を上っているだけではどうしても思考に意識を取られてしまいます


 すぐにでもキャラクターの再作成が出来ればよかったんですが、それも一週間後までできません。

 なんでもゲームが始まった当初、作成後にすぐ再作成する人が大勢居たそうです。

 獣人という人間からは想像でしか分からない種族。

 キャラクターを作成したものの思っていたものと違うという人が多く、再作成を繰り返す人達が居たそうです。

 そのため運営は一度キャラクターを作成すると一週間変更できないように変更。

 その時間を使ってキャラクターの特性を把握してほしいとアナウンスしたんだそうです。

 変更当初は批判の嵐だったそうですが、そのおかげで当初は人気の無かった種族の特性が有用だと分かるなどのメリットもあってすぐに落ち着いたそうです。

 逆に鳥族の人気は一気に落ちたんでしょうね。


 それにしても自分がここまでショックを受けるとは思ってもみませんでした。

 やっていることはたかがゲームです。

 ここは仮想現実であって現実ではありません。

 空を飛ぶと言っても、所詮は作り物の翼で仮想の空を飛ぶだけ。

 初めて興味の出たスカイスポーツ程度のものだと、そう考えていたはずです。

 なのにゲームを始めてみれば、そんな考えは奇麗に消えてしまいました。

 とてもゲームとは思えない、本物にしか見えない街並み。

 行きかう人々が間違いなく生きていると感じる命の鼓動。

 そして背中の翼を見た時の、なんとも言えない嬉しさ。

 作り物かもしれませんが、それでも私の一部です。

 仮想現実かもしれませんが、今ここに私が居ることは現実です。

 ここでなら空を飛ぶことができる。

 そう考えた時、今まで生きてきた中で一番興奮したのは間違いありません。

 有頂天になるとはこういうことだと思いました。

 それが、次の瞬間には文字通り地の底まで落ちました。

 それもこれ以上ないほどに底の底まで。

 地獄の底というのはこういうことを言うんだと思います。


 ……いけません、本当に思考が負の連鎖に陥っています。

 早く登り切って街を眺めましょう。

 すこしでも気分を変えないと、このままでは落ちていく一方です。


 そう考え顔を上げた瞬間。

 風が、頬をかすめていきました。


 ほんのかすかな微風。

 少し滲んだ汗も乾かない、でもとても心地のいい風。

 気付けば崖の上まであと少しです。

 私は風に誘われるように一気に階段を上がりました。

 そして街を目に入れようと振り替えると同時。


 風に包まれました。


「ふわぁっ」


 何に対する声だったんでしょうか。

 眼下に見える奇麗な街の姿にでしょうか。

 それとも吹き付ける気持ちのいい風についてでしょうか。

 両方ですね。

 最悪な気分を一度に吹き飛ばされて、つい声が出てしまったに違いありません。

 驚きも、嬉しさも、気持ちよさも、消えていく悲しさも、全てが込められていました。

 そのまま誘われるように切り立った崖の方へ近づき、丁度いい高さの岩に腰かけました。


 目の前には先ほどまでいた街が広がっています。

 結界石の広場はここからでもはっきりと見え、途中通ってきた通りもよく見えます。

 吹き付ける風はとても柔らかく、どことなく優しい感じです。

 そのまま身を任せるように目を閉じました。


 頬に触れる風は労わるように。

 手には優しく撫でられるように。

 足には早くどこかへ行こうと攫うように。

 体には疲れを癒すように。

 翼には空へと誘うように。


 全身が、気持ちのいい風に包まれていました。

 でも不思議です。

 動かせない翼でも風を感じることはできるんですね。

 気持ちいいのでどうでもいいですね。

 とけそうな感じってこういうことですねー

 あー本当に気持ちいいです。

 翼で風を受けるってこんな感じなんですねー。

 これは折りたたまれてる辺りでしょうか?

 一番面積が大きいですからね。

 えっと……この辺が翼の先の方ですね。

 羽が揺れているのが分かりますー。

 じゃあこっちが根元の方ですね。

 根元に近い方がだんだん固くなってくる感じです。

 付け根の辺にも風が当たって欲しいですねー。

 じゃあ翼をあっちに向けて。

 あー気持ちいいです。

 どうせなので広げましょう。

 付け根から動かして横に広げて……できました。

 あぁもう最高です……。

 飛べなくてもこれだけ気持ちよかったら十分ですねー。


 ……………………あれ?


 私今翼動かしませんでした?

 いえいえまさか。

 でも今広げてますよね。

 いえいえでもでも。

 見てみれば分かりますね。

 それもそうですね。

 というわけで。


 目を開け、背中の方を見てみれば。

 左右に広がった、白い翼がありました。


 つい周りを見てしまいましたが誰も居ません。

 ということは目を閉じてる間に誰かに触られたというわけではないようです。

 いえそもそも触られたら気付きます。風を受ける感触が分かるんですから。

 ……じゃあ、本当に私が?

 恐る恐る、先ほどの感覚を呼び起こすと。


ファサッ。


「――――」


 ……動きました。

 声も出そうになりましたが声になりませんでした。

 自分のやったことなのに自分で信じられません。

 もう一度動かしてみましょう。


ファサッ、ファサッ。


「…………っ」


 また動きました。

 自分のことなのに驚きすぎて、誰も居ないのに声を出しそうになります。

 翼が動いただけのことなんですが。

 たった、それだけなんですが。

 ……翼が、動きました。


 ――ということは、空を飛ぶことも。


 頭の中で理解すると同時に、心の底まで一気に感情が駆け巡りました。



 私は空を飛びたいんです!



 いつもなら少しは冷静になったかもしれません。

 普通の鳥だって初めは飛ぶ練習から始めるものです。

 動かし方なんて分からないはずなのに何でとか考えたと思います。

 でもその時の私は気持ちに全てを支配されていました。

 今考えればそれが良かったんだと思います。


 “空を飛ぶ”


 その感情だけに支配され、いえ自分からその気持ちに従って。

 崖から、空に身を預けました。


 次の瞬間には翼が風を受け止め、私の体は、空の世界にありました。


 羽ばたけば高度が上がり、翼を傾けて旋回して。

 角度を変えて下降し、そしてまた高度を上げる。

 ただ、飛んでいるだけ。


 なのにどうしてこんなに嬉しいんでしょう。

 ただそれだけがどうしてこんなに気持ちいいんでしょう。

 鳥は自由だなんて言葉を聞いたことがあります。

 そんなことはありません。

 翼が風を捕まえなければ今にも落ちてしまいそうです。

 風に煽られ、行きたい方向にも行けません。

 正直言えばただ飛ぶだけでもとても大変です。

 なのに。

 それが分かった今でも、この感情は消えません。


 空を飛びたい。


 私はそれに抗うことなく、身を任せ続けました。


 崖から降りた勢いをそのままに街の上を一周。

 そのまま元居た崖を通り過ぎ広がる草原へ。

 草の匂いが風に交じり、青々とした空気が体を包みます。

 それがより一層私を幸福感で満たします。


 地上では感じられない空の空気。

 堅い大地に足で繋がる安心感は無いのに。

 気ままな風におぼつかない翼でしがみつく不安定な世界なのに。

 いつまでもここに居たいとさえ考えてしまいます。


 草原にはちらほら魔物の姿が見えましたが、魔物はこちらを見るだけで向かってきません。

 特に怖い感じもなかったので、高度を下げて近づいてみました。

 牛のような魔物がたくさん居ます。

 いかにも鋭そうな角が正面を向いています。

 でも牛って草食ですよね。あんなに角が長いと食事が大変そうです。

 ……いえ魔物だから草食とは限りませんよね。

 ついつい現実と混同してしまうので気を付けましょう。

 そのまま牛の上を通り過ぎ、一気に高度を上げました。

 草原はあまり広くなく、すぐに森が見えました。

 ひとまずは森を目標に、今度はスピードを上げてみます。


バサッ!


 下降体勢に入ると同時に一際強く羽ばたき、一気に速度を上げます。

 まさに風を切る、という感じです。


 吹き付ける風を無視して自分の行きたい方向へ。

 速度を上げれば上げるほど、切り裂く風はそのまま自分を早くしてくれるかのようで。

 ゆっくり飛ぶのもいいですが、これもまた気持ちいいです。

 二輪(バイク)で飛ばすのはこんな感じなんでしょうね。

 二人乗りしかしたことないかのでよく分かりませんが。


 とにかく最高です。

 今は、それしか考えられません。


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