9-9 マリーシャと、クエストと、それから……。
三人称視点です。
魔物はそれなりの数がいたが、今やその数は五を切ろうとしていた。
しかし残った魔物たちは空間の奥からこちらを伺うばかりで動こうとはしない。
恐らく一定数は残り、その数以下になると新しい魔物が沸く。そのように設定されているのだろう。
先ほどまでのように魔物から向かってくることはなくなった。
「ようやく終わったわね」
「奥のは倒さなくていいんだよな?」
「ええ、本命のケイブマウスの素材は十分素材は集まってるから」
戦闘開始当初は事前情報にあった三種類しか襲ってこなかったが、しばらくするとそれまで襲ってこなかったケイブマウスが現れ始めた。
ケイブマウスはオレスト周辺では出現しない魔物で、本来はもう少し先のダンジョンで現れるはずの魔物だ。
しかも低確率で麻痺の状態異常攻撃を使用してくる。
取って付けたような登場タイミングにおあつらえ向きな能力。
十分に条件を満たすターゲットだった。
本当はその時点で撤退してもよかったのだが、いい具合に戦場が出来上がっていたため、レベルアップも兼ねてそのまま戦闘を継続したのだ。
マリーシャが突出気味だったため、無理に戻そうとするとダメージが大きくなりそうだという理由もあったが。
「毒はポイズンスパイダーで麻痺はケイブマウスか。視界は多分暗闇だよな、あとはそいつの素材か。やっぱ坑道だけじゃ揃わなかったな」
やっぱりなと溜息を吐くリード。
だがそのことは本人も予想していたため、それほどダメージは大きくないようだった。
「いやー久しぶりに戦ったなー。あれ、イオンは?」
先頭に立って戦っていたマリーシャが通路に戻ってきて、クエストのことなどそっちのけで質問したのはイオンのことだった。
マリーシャにとってはイオンとパーティを組んで動きまわっていればそれで満足できるため、ある意味当然の優先順位ではあるのだが。
「通路のほうからも魔物が来てたみたいだったから、そっちを確認に行ってもらったわよ」
「え、一人で?」
「私が離れたら誰が回復するのよ」
オレスト周辺で戦うには十分なレベルではあるが、それはパーティの役割分担ができているからの話だ。
攻撃するメンバーしか居なければ、どんなパーティだろうといずれやられるのは当たり前である。
「いつ行ったんだ? イオンの援護が無くなって結構経ったと思うんだが」
「中盤辺りかしら」
「えぇっ!?」
「それって、そのまま戦い始めて帰ってこれなくなったパターンじゃないのか……?」
リードの言うことはもっともで、魔物が居るかどうか確認するだけにしては長すぎる時間である。
それはシーラも理解しているはずだが、本人はそれがどうしたと言わんばかりに淡々としていた。
「ちょっとなんで早く言わないの! やられちゃったらどーすんの!」
ダンジョンに入って早々にあんなトラブルがあれば、それを心配するのは当たり前である。
なのにシーラはやはり落ち着いたまま、
「別にやられてもいいでしょ。このパーティでイオンがやられたからって、どうこう言う人なんて居ないでしょ。あの子経験が少なすぎるのよ。やられるのも経験のうちよ」
などと平然と言い切った。
確かに今日のクエストは、レベル上げや素材集めといった成長要素は考えない、遊ぶことが第一ではある。
だがシーラだけは、それに付随してイオンに経験を積ませようと考えたのだ。
元々ゲームには詳しくないうえに、先導するはずのマリーシャとは開始早々に交流断絶。
そんな状況で本人が好き勝手気ままに行動した結果が昨日の公式イベントだ。
わずか二週間で何をどうしたらああなってしまうのか。
まさに“どうしてこうなった”である。
食堂で聞いた話だけでは全然足りない。一から順にどこで何をやったのかを問いただしたいとさえシーラは考えていた。
放っておいてもマリーシャがするので、シーラ自身がするつもりはなかったが。
だが食堂で聞いた話に加えここに来るまでの会話だけでも、シーラには気になることがあった。
本人ができること、やっていることに対して、虫食いのように知識が抜けている。
その原因は、一般のプレイヤーであれば間違いなく通ったであろう道を、本人はその翼を存分に利用して文字通りすっ飛ばしたからだと考えた。
だからシーラは経験を積ませようとした。
初心者には難しいはずの最後尾をいきなり任せたし、たった一人で偵察などという無謀なこともさせた。
幸いにして、イオン本人は決して頭の悪い人間ではないとシーラは知っていた。
知らないことは知らないなりに対処して、失敗したらきちんと学習する。
そもそも失敗してはいけない重要な事であれば、失敗しないように確認してから行動する。
その辺りは、家の仕事の手伝いから学んでいるということを知っていた。
確かに本人はどこか抜けているようで天然っぽく見えはするが、経験したことを無駄にするほど馬鹿ではない。
シーラはそんな風にイオンのことを見ていたため、むしろ失敗上等。どんな知識が欠けているのかわからないなら、なんでも経験させればいいと考えて任せていたのだった。
だが……。
「言うことはわかかるが少し厳しいんじゃないか……? まぁそれは置いとくとして、でも何で戻ってこないんだ? パーティリストから消えてないから、まだ生きてるってことだよな」
「私が知るわけないでしょ」
失敗前提で送り出した偵察任務のはずなのに、何故かまだ生きているのだ。
慣れない空間でいきなり任された、一人での偵察という難しいはずの役割。
なのに本人はダメージを受けて慌てて戻ってくるどころか、やられてもいないし戻ってもこない。
しかもグリーンが居るにもかかわらず、である。
一体どういうことなのか、見当もつかなかった。
……いや見当はついているのだが、何故か認めたくない。そんな感情に襲われていたシーラだった。
「よく聞いたら戦闘音まだしてるじゃん! あたし先に行くよ!」
通路に向けて耳を澄まし、イオンの状況に気付いて言い終わる前に駆け出すマリーシャ。
残された三人は少しだけ顔を見合わせて、その後を追いはじめた。
そのマリーシャの背を見ながら、『こんなことでも予想の斜め上を行ってしまうのね……』とシーラが考えたのは、無理のないことかもしれない。
慌てたように走っていくマリーシャだったが、目的地はそこまで遠くなかったようですぐに足を止めた。
さすがに状況もわからず戦闘に飛び込んでいくほど慌ててはいないようである。
だがシーラたちが追い付いても戦闘に介入しない辺りに疑問を感じる三人。
イオンが戦っている。それをマリーシャが目撃する。
飛び込んで行かない理由などないはずだからだ。
そんな疑問を感じつつ、マリーシャの背後から状況を確認する三人。
それは、至って普通の戦闘であった。
魔物の数は二。
ストーンゴーレムが一体、スモールバットが一匹。
対するイオンは通路の真ん中で槍を構えていた。
まず向かってきたのはストーンゴーレム。
腕を振り上げ殴りかかってきたが、その力に逆らわず、流すように槍で払い攻撃を避けるイオン。
そのままストーンゴーレムの横をすり抜けるように大きく踏み込み、さらに奥から迫っていたスモールバットに大薙ぎを見舞う。
真っ直ぐ向かってきたスモールバットはそのまま直撃を食らいあっけなく消えていく。
それを視界に捉えつつ振り返り、振り下ろした槍を突き上げるようにストーンゴーレムへ一突き。
首元を貫かれたストーンゴーレムだがその一撃に耐えきり、まだ攻撃しようと腕を振り上げる。
一突きを食らわせるため踏み込んだイオンは十分にその腕が届く範囲に居るが、その状況を見てもイオンは表情を変えなかった。
それを裏付けるかのように、腕が振り下ろされるよりも早くイオンのウィンドカッターが発動。
胴体を切断され、今度こそ消え去っていった。
動きが遅く攻撃も躱しやすいストーンゴーレムを後回しにし、まとわりつかれると厄介なスモールバットを先に撃破。
すぐさま発動に時間のかかるウィンドカッターの詠唱を始めつつ、振り返ってストーンゴーレムへ攻撃。攻撃される前に魔法を発動させ、一交差でケリをつける。
いつもの空を飛ぶ戦い方に比べれば、実に普通の戦い方である。
このゲームに慣れた人間からしてみれば、だが。
魔物の能力から対応順を決め、正面の敵を敢えて後回しにして後方の魔物から攻撃。
ダメージ計算を行いあらかじめ魔法を詠唱、一撃では無理でも二連撃で体力を削りきる。
ゲーマーには当たり前の動きではあるが、とてもではないが先ほどスモールバットに驚いて腰を抜かした人間とは思えない動きだった。
イオンはゲームを開始してまだ二週間。
しかもVRゲーム経験者というわけではなく、ずぶの素人。
もちろん実は武道の有段者だった、ということもない。
だからマリーシャは一人で必死になって戦っている姿を想像していたのだが、現実は本当に普通。
それこそ、また誰にも真似できないようなことでもやっていれば納得できたのかもしれないが、そんなことがそう何度もあるわけがない。
想像は裏切られたが、その裏切られ方も想定外だったのでマリーシャは動きを止めてしまったのだ。
『あれ? 私がカッコよく助けに入るシーンじゃないの? それか驚くにしてもなんかこれ普通だし……どうしよ?』と。
「お待たせしました。そっちはもう終わってたんですね」
追加の魔物が来ないことを確認してから合流するイオン。
偵察から戻ってこなかったということはずっと一人で戦っていたはずだが、どこにも疲れた様子のない、いつもの表情だった。
「ええ、無事素材も入手できたわ。こっちは……ずっと戦ってたのよね?」
「はい。何故か倒しても倒しても出てきたので今までずるずると……戻らなくてすいません……」
状況的に間違いないのだが一応確認が入り、それは無限沸きという言葉とセットで肯定された。
「戻ってこなかったことが悪いんじゃないの。むしろ挟撃されなくて助かったから、今回はこれでよかったわよ」
偵察から戻らなかったことを謝罪するイオンだが、シーラはその言葉を訂正し状況を説明し始めた。
通路側も空間側も、恐らく魔物は無限に沸いてくるだろうということ。それは空間に誰かが居ることが条件であり、通路側から魔物が来なくなったのはその条件が解除されたからであること。
偵察から戻ってきていたら、空間から出ることも大変になっていたということ。
「だから結果的にとはいえ、今回はこれが最善だったのよ。助かったわ」
「そうでしたか。そういうことならよかったです」
助かったという言葉を聞いて、少しは失敗を取り返せたと考えたのだろう。
少しだけ安堵の表情になった。
「でも次々出てきたなら大変じゃなかった? 無理しない程度にと言っておいたはずだけど」
そこにすかさず指摘が入る。
良いところは褒め、駄目なところは注意しなければ教育にならないからだ。
「それがひっきりなしと言うほどではなかったんです。一度に出てくるのは一体か二体で、それを倒すと少し間があってから次の魔物がといった程度だったので、少し休憩する時間もありましたし」
「同じ魔物ばかりですぐに対処法もわかってしまったのですわ。あまりなワンパターンなのですぐに効率化されていったですの」
言い訳、というよりは本当に大したことなかったと言うイオンとグリーン。
だがシーラには別のことも気になっていた。
「でも防御は苦手と言ってなかったかしら。いくら数が少なくても複数に襲われれば防御する機会もあったでしょうし、ダメージは受けてるんじゃない?」
そういうことなら戻ってこなかったのも仕方がないことだし、注意したことを忘れてもいないようなのでその点からの追及は中止したが、今度は別の点から追及していく。
先ほど見たストーンゴーレムの攻撃を受け流していた姿からは問題を感じられなかったが、苦手な人間が全てを流せたとは思えないからだ。
「自分でも苦手だと思ってたんですけど……今の魔物の攻撃は難しくなかったので、ダメージもありませんでした」
だが今度も何でもなかったように答えるイオン。
確かにストーンゴーレムもスモールバットも直接攻撃しかしない、ワンパターンな魔物である。
しかしそれと本人の能力は別の話であるし、そのうえノーダメージとはどういうことなのか。
「こないだスキルショップに行ったとき、クランの人と少しだけ戦闘訓練をしたんですよ。飛べない状況でも戦えたほうがいいだろうって。そこで防御の練習もしたんですが……」
全て寸止めだったが、ほとんど防げなかったと語るイオン。
「ちなみにその練習相手は……」
「リーダーの剣士の方です。両手剣を使っている人なので、盾を使わない防御を教えてもらおうと」
「……そういうオチなのね」
プルストに会ったことのないシーラだが当然その噂は知っているし、それが噂だけにとどまらないことも知っている。
そんな相手がいきなりの練習相手。
レベル1で魔王の攻撃を全て防げと言われるようなものだし、苦手意識が付くのも仕方ない。
基準値が高すぎるゆえの言葉だったのだと、シーラは深く理解した。
だが全てプルストのおかげかというとそうでもない。
いくら本人が凄いからといって教えるほうまで凄いと限らないのは当たり前だが、プルストはその典型だった。
理論は多くを語れないし、習うより慣れろを実践する。
相手に合わせるつもりで弱い攻撃をしても、相手に反応されればつい自分も反応してしまい、結局相手に合わせきれない攻撃ばかりする。
はっきり言って初心者の練習相手には不向きである。
だがバルガスも指摘していた通り、プルストとイオンはそういうところは似ていた。
傍から見れば上級者が初心者をいじめているようにしか見えない光景でも、イオンは確実に腕を上げていたのだ。
と言っても練習する前に比べればである。いきなり上級者と言えるほど腕が上達しているわけではない。
だが行動が単純なストーンゴーレムやスモールバットの動きに対応できる程度には腕が上がっていた。
プルストを相手にすることと比べれば、それこそ楽勝というものだからだ。
それに加えて先ほどのスモールバット事件もプラスに働いていた。
トラウマと言うほどではないが、その姿を見れば多少緊張する程度には嫌な記憶を植え付けられたイオン。
その緊張が良い意味で集中力を高め、いつも以上に能力を発揮していたのだ。
そんな諸々の要因が重なった結果、失敗前提の無茶振りのはずが、本人に自信を付けさせる機会になったのだった。
「あの、今回は上手くいきましたけど……こういうとき普通はどうするかとか、後で教えてもらえませんか?」
「そうね、それこそ状況によりけりだから経験がものを言うんだけど、一通り後で話してあげるわ。……それとは別に言っておきたいんだけど……その……」
「クランを基準にしたりとか、他と比較しないように、ですか? 昨日のこともありましたし、何となくわかって来ました……」
言いにくそうにする言葉を引き継ぎ、ホッとした顔をするシーラ。
人間誰でも経験を基に自分の“ものさし”が作られていくものだが、イオンの場合そこに最も影響しているのがクランの人間であるのは間違いない。
防御の件にしても、プルストの攻撃を全然防げなかったことからの発言であるし当人もそう考えていたが、実際はこの辺の魔物であれば対応できる程度の腕があった。
特に今回はプルストと魔物を比較したのである。差があり過ぎて当然であった。
結局のところ、経験不足から比較対象が違い過ぎることに気が付かなかったということだ。
イベントでのメグルの言い様からイオンも気付き始めていたが、戦闘に関してはエスのメンバー全員が相当な腕をもっている。
だからエスには申し訳ないが、それを基準にして考えてしまうと今後絶対に間違いが起こると、シーラはもちろんイオンもその考えに至ったのだ。
今回は誰にも迷惑がかからない形だったからよかったものの、それは運が良かっただけの話だ。
事と次第によっては全滅だって起こり得たはずだ。
そんなことがあったときに『私のクランの人なら大丈夫だったんですが』など言ってしまえば、間違いなくひんしゅくを買うだろう。
シーラが注意したくなるのも最もだが、だからといってなんと言えばいいのか。
『エスは強すぎるから基準にするな』、他のクランが聞けば怒るだろう。
『あの人たちも少しズレてる』、イオンと仲のいい人を侮辱するような言葉だ。
『普通のクランとはどこか違うから』、何が違うのか? と聞かれると……。
どれにしたって、良い意味には捉えづらい。
そんな言いにくい内容を察してくれたからホッとしたのだった。
「意識するように気を付けますけど、当面はご迷惑をかけてしまうかもしれません……」
「仕方ないわよ。それに私たちはイオンのことをわかってるから気にもしないから。でも今後何かあるかわからないし……」
「私はともかく周りの人に迷惑かけるかもしれませんからね。気を付けます」
「申し訳ないけど、お願いね」
プレイを開始して三か月のプレイヤーと二週間のプレイヤーの組み合わせ。
齟齬が出るのは当たり前だが、こうも頭を悩ませるとは思いもよらなかったのだった。
のんびりクエストが続いてますが、そろそろ進みます。