9-8 マリーシャと、クエストと、それから……。
……なんて、勢いづけて進みましたが……。
「大丈夫……?」
「…………なんとかですけど……一応……」
言葉ではそう言いつつも、私の体は地面に座ったままで動こうとしません。
ダメージは少しだけですが、精神的にはかなりやられているようです……。
「ひとまず体力ポーション飲んでみたらどう? 味は悪くないから、少し落ち着くかも」
「お姉様、ここは言う通りにしたほうがいいですの」
言われるままに渡されたポーションを口に含みます。
スッキリした飲みやすい味で、一口だけのつもりが全部飲み切ってしまいました。
少しだけ重くなった体が癒されていくのと相まって、心の方も少し落ち着いてきたかもしれません。
そうして頭のほうも回り始め、先ほどのことを思い返し始めました。
横穴を封じていた壁までは、公式イベントの坑道ゾーンと同じように広さもあって四角く掘られていましたが、壁を越えて横穴に入ってからはただの洞窟といった雰囲気になりました。
洞窟の広さは一人で武器を振る分には問題ありませんが、二人並ぶと少し戦いにくく感じられる程度。ここまでに比べ一回り狭くなりました。
一本道の洞窟をしばらく進み、そして待ち構えたように現れた魔物。
リード君とウェイスト君が前に立ち、マリーシャとシーラさんがサポート。
狭さを問題にせず順調に戦闘が進んでいく様子を、私は後方から見ていました。
洞窟での戦いは初めてなので勉強させてもらおうと、最初は見てるだけということになったからです。
ですが見るのに集中してたせいだと思います。
背後からの突然の衝撃。
慌てて振り返った目の前には黒い蝙蝠、スモールバット。
私は魔物に攻撃されるまで、その接近に気付かなかったんです。
落ち着いて見ればなんてことない魔物だと思います。
横幅三十センチほどの大きさで、特に何の変哲もない普通の蝙蝠の魔物です。
ですがそれを目にしたのは、言葉通り“目の前”でした。
テレビでしか見たことのない、見慣れない蝙蝠の顔。
突然の攻撃に驚き、眼前のその姿に恐怖を覚えました。
さらにその目はマジックランタンに照らされ黄色く光っていて、そんな負の印象をその光る目から強烈に叩きつけられ……。
私はその一瞬でフリーズ。
動けなくなった私はしばらく攻撃され続け、気付いたマリーシャが来てくれるまで本当にされるがまま。
そしてスモールバットが倒された途端、その場にへたり込んでしまったのです。
「ごめんなさい……いきなり迷惑かけて……」
「あまり気にしないで。初めてなんだからあれくらい仕方ないわよ」
「そうだよ。あたしなんてもっとパニクったことあるし、あれくらいむしろ可愛いもんだって」
「無理しないほうがいい」
「ホント気にするなって。魔物の姿が怖いっていうやつは結構居るし。……マリーシャは慰めてるのか……?」
慰めてるのかどうかよくわからない言葉ですが、今の私にはそのいつも通りの調子が助かります……。
いつまでも気にされてしまうと一層申し訳ない気持ちになってしまうので……。
私が回復しつつあると、マリーシャはわかってるからの言葉です。
その言葉に答えるように、私は大きく息を吐き……。
息を吸って、ぐっと膝に力を入れ立ち上がりました。
「すいませんお待たせしました。もう大丈夫です」
少し早いかなと自分でも思いましたが、膝は笑ってないので多分大丈夫です。
「もう少し休憩しててもいいわよ? 急ぐクエストではないんだから」
「無理はしないほうがいいですの」
「ありがとうございます。でもできればここから離れたいというのもあるので……」
いつまでもここに居ると何度も同じことばかり考えてしまいそうなので、少し無理にでも動きたいのです。
「じゃあひとまず進んでみて、ダメそうだったらまた休憩ってことにしたら?」
「……そうね、そうしましょうか。歩くのは私の隣を歩いて。後ろは私も気を付けるから」
「すいません、そこは甘えます……」
そんなこんなで攻略を再開。最初から不安を感じさせるスタートとなったのでした……。
そしてその考えを肯定するかのように、その後も順風満帆とはいきませんでした。
「暇だねー」
マリーシャが呟く通り、魔物が居ません。
今までに戦ったの魔物はストーンマンが三体、スモールバットが三匹。最初に現れた魔物だけ。
以降は一度も魔物が現れず、ひたすら歩いているだけです。
それだけ見れば、魔物が少なくて順調に進んでいると取れるかもしれませんが……。
「マリーシャ、イオン、魔物に気をつけて。悪いパターンよこれは」
状況を察したシーラさんが警告を発します。
ここまで魔物が出てこないと私でもおかしいとわかります。ゲイル山ではもっと出てきましたし。
それにここでの目的は先に進むことではなく、魔物を倒して素材を確保することが目的です。
むしろ奥には進まず、魔物だけ出てきてくれるほうが理想的です。
ですが今の状況は最良と言えるほどでないにしろ、悪いと言うまでではありません。
なのにシーラさんが悪いパターンと言うということは、このままではそれをひっくり返す状況が待っているということなので……。
「……罠とかそういうのですか?」
「大雑把に言えばそういうこと。通常のダンジョンなら魔物の出現はランダムに出てくるの。でもクエスト中はそれが崩れることがあるのよ。演出のためにね」
「居ないことを確かめたはずの部屋にいきなり魔物が出てくるとか、そのうえ囲まれてピンチな状況作るとかそいうことだ。一応索敵してればわかるから、準備は出来るんだけどな」
いつものダンジョンとは違った出現パターンにして、クエストならではの雰囲気を作り出す。
今回の場合なら目的の魔物がわからないので、敢えて魔物を出さないことで魔物に対する想像を膨らませようとか、そういった感じでしょうか?
「この状況で考えられるとしたら大きく二つ。リードの言った通りいきなり囲まれるパターンが一つ。もう一つはこの先で待ち構えてるパターンよ。多分待ち構えてるほうだけど」
「そうなんですか?」
今まで歩いてきたここまでずっと一本道でした。前と後ろから同時に襲われるだけで簡単に挟み込めます。数は少なかったですが最初がそうだったわけですし。
なので襲うなら今がチャンスだと思うんですけど。
「マップを見るとこの先に大きな空間があってそこで途切れてるでしょ。そこから先は進めなかった理由があるということよ。今の段階では倒せないほど強い魔物が塞いでるとか、倒しても倒しても魔物が沸いてきて進めないようになってるとか。ボスでも居ればさっき警告されたはずだから、多分後者。となると、その空間に入るまでは魔物は襲ってこないと考えるべきなの」
「そこまでが演出ということですか……」
「そ。あとはお約束というやつね。この手のクエストの」
お、お約束ですか。そういうのは経験がないとわからないですね……。
「けど囲まれるほうもお約束だから、索敵はしっかりね」
「わ、わかりました」
結局はシーラさんの予想通り、大きな空間まで魔物は現れませんでした。
たどり着く前にマリーシャが気付きましたが、その空間は魔物がぎっしり、と言うほどではないですがそれなりの数が居るようです。
そして空間が見えるところまで近づきましたが……ここから見えるだけでも、二十から三十ほど居るんじゃないでしょうか?
一度にこの数はまだ見たことなかったので、かなり大変そうに見えます……。
「全員通路から離れすぎないようにね、囲まれたら終わりよ。危なくなったらすぐ通路に待避で」
時間がかかっても安全第一ですからね。
「前衛は三人、イオンは私と魔法で援護。何かあればその都度指示するわ。何か質問は?」
全員頷いたのを確認し、改めて空間を確認し……。
「よーっしそれじゃ久々に突撃ー!」
「あの子は全く……」
足並みを揃えつつも、一人勢いよく飛び出していきました。
とはいえ本当に突っ込んだりはしませんでした。してたらあとでものすごい怒られますからね。
前衛三人が通路から空間に入ると、それに気付いた魔物が一斉に襲ってきました。
ウェイスト君を中心にしてその左右にリード君とマリーシャ、通路を塞ぐように三人が並んで迎撃を開
始。
ウェイスト君はその手に持った片手斧に存分にパワーを乗せ、魔物を切り払っています。
ですがその振り方は倒すためというより、近寄らせないことを意識した戦い方ですね。
数で攻め込まれないように、ということだと思います。
代わりに止めを刺すのはリード君とマリーシャです。
あらかじめシーラさんから術スキルと魔法スキルは気にせず使っていいと言われていたので、遠慮なく攻撃してます。
リード君は腕にくくりつけた盾で攻撃を防ぎつつ術スキルを中心に攻撃を行い、マリーシャは剣で攻撃しつつ、その合間に魔法スキルを絡めて攻撃しています。
シーラさんと私は後方からの魔法スキルによる援護に徹しました。
シーラさんは前衛の回復を優先しつつ、前衛が倒し損ねた魔物に止めを刺していきます。
私はウィンドアローを使用して、前衛が戦いやすいように牽制に専念しました。
三人とも飛んでいる魔物とは戦いづらそうだったので、スモールバットを集中的に狙いました。決して他意はない……はずです。
どうしても目に入ってしまうんです……やっぱり、まださっきのことが気に掛かってるのかもしれません……。
「結構数が多いわね。魔力は大丈夫?」
「まだ大丈夫です。ウィンドアローしか使ってませんから」
魔物の突撃が少しだけ落ち着いたところで確認されます。
今は二人とも魔力回復中です。魔法を使用しなければ自然回復するからです。
「他に威力のある魔法は?」
「ウィンドカッターがあります。グリーンにブーストしてもらえばもっと威力が上がりますよ。消費も大きくなりますけど」
「資料にも一応書いてあったけど本当なのでね。……さすが精霊ね。可愛いだけでなく、そんな能力まであるなんて」
「お褒めに預かり光栄ですの」
「本当に羨ましいわね。私も速く契約したいわ」
シーラさん、実は可愛いもの好きですからね。携帯に保存された写真は可愛いものばかりでした。
そういえばヒヨコとか小鳥が多かったですが……どこで写してるんでしょう?
「それじゃイオン、合図したら一度撃ってみてもらえる?」
今は戦闘中でした。意識を戻しましょう。
「わかりました。ブーストは……」
どうします? と聞こうとしたところで、ふと後ろを振り返りました。
振り返ったそこには何もありませんでしたが……気のせいでしょうか?
何か居たような気がしたんですが……。
「イオン?」
「あ、すいません。何か居たような気がして……」
さっきのことがまだ気になってるだけですね。怪談をした後に暗い空間が怖く見えるのと一緒です。
「……気のせいかどうか、もう一度確認してみたら?」
……自己完結しようとしたら待ったがかかりました。
でも実際居ないんですけど、どういうことでしょう?
「このゲームでのそういった“なんとなく”は馬鹿に出来ないのよ。聴覚や嗅覚に慣れてない人が、自分でも気付かないうちに、とかよくある話だから。鳥族でそういった話は聞いたことないけど……でも空を飛べるイオンなら、そういうことも心当たりあるんじゃない?」
さきほどなんとなく後ろを振り返りましたが、その“なんとなく”に意味があるかもしれない、ということですか?
もし私がマリーシャと同じ猫族だったら、音や匂いに反応したかもしれない。とかでしょうか。
ですが今の私は鳥族です。鳥は目がいいということしか知りません。
鼻はものすごく小さい穴だなぁという印象しかないですし、耳なんてどこにあるかわかりません。
では他のもの? それでいて今の私にもできること……。
……空を飛ぶこと、ですよね。
でも空を飛ぶときの何がきっかけで、“なんとなく”を感じたのかと言われると……。
「あー鬱陶しい! ファイアボム!」
そこまで考えたとき、マリーシャが魔法を使用。爆発音が響きましました。
遅れて届く爆風。と言っても髪が少し揺れる程度の小さな――
「――風」
そうです。
空を飛ぶときに一番感じて、一番利用して、一番身を委ねているもの。
風。もっと言えば、ただそこにある空気そのものです。
空に居るときは当たり前のように全身で感じているものですが、でも空気なら地上のどこにでもあります。
もちろん、今この場所にだって存在するものです。
それなら例え空を飛んでいなくても、感じられないはずはありません。
そこまで考えると自然と意識を切り替わり、そのまま目を閉じました。
肩に乗るグリーン。すぐそばで魔法を発動しているシーラさん。
斧を振るウェイスト君。その隣で防御しているリード君。二人より少しだけ前に出ているマリーシャ。
そのさらに向こうには、まだ沢山存在する魔物たち。
大きな動きをする者からは大きな空気の流れが感じられ。
小さな動きしかしないものでもその呼吸が感じられ。
そして部屋の方向ではなく、通路の方向から感じられるものは……。
「……ものすごく小さいですが、空気の流れがある…………ような気がします」
本当になんとなくといった程度しか感じとれません……まだよくわからないです……。
「今の段階でそこまでわかれば上出来よ。じゃあ実際に目で確認して来てくれる? この場で挟まれると動きづらくなるから、出来るだけ早めに確認したいの」
「了解です。私でも対処できそうなら、そのまま戦いますね」
感じられたものはすごく小さいので、まだ少ししか感じ取れていないのか小さい魔物しか居ないのか。
見てみなければわかりませんが、一人でも何とか出来る場合がありますので。
「無理しない程度にね。グリーンさん、お願いしていいかしら。さっきみたいなことになったら大変だから」
「お任せくださいですの。お姉様、今日は言うことを聞いていただきますの」
「わかりました……」
あんなことがあったあとでは強がれませんからね……。
今は役に立つことよりも、迷惑にならない方向で動きましょう。
「行ってきますね」
通路の先は灯りが届かないので、私もマジックランタンを使用し準備完了。
一歩ずつ確かめるように、今来た通路をグリーンと二人で戻り始めました。
「普通、そんな簡単に感覚を掴めないから“なんとなく”なのに……。感心するところなんでしょうけどああもあっさり掴まれると、驚きを通り越して呆れてしまうわね……」
申し訳ございませんが、諸事情により明日は投稿できない可能性があります。
24時までに投稿がなかったらお察しください……。