9-2 マリーシャと、クエストと、それから……。
三人称視点となります。ご注意ください。
相田和彦。プレイヤーネームはリード。
彼は悩んでいた。
この事態をどうしたらいいのかと。
周りからは何もしないほうがいいと言われた。
そして本人も一度は納得した。
だがその考えは、目の前の光景を見て消え去ってしまった。
リードが居るのは運営主催の公式イベント会場。
彼の目はイベントの模様、中継カメラの映像を見ていた。
それはリードだけに限った話ではない。
会場に居るほとんどの人間が、一人のプレイヤーに釘付けにされていた。
BLFOサービス開始後初めて確認された、己の翼によって空を飛ぶ鳥族のプレイヤー。
スキルで一瞬だけ空に居るといった紛い物ではなく、正真正銘空を飛んでいる。
ある者はあまりの衝撃に絶句し、ある者は驚愕に染まり訳のわからない叫びを上げた。
当然チートを疑う者も居たが、会場に響く解説の言葉にその考えを打ち消し、実況がその事実に驚喜した。
そして起きたのは、会場を壊しそうなほどの大歓声。
まだ疑う者だって居たが、それでもそこに居るほとんどの人間はゲームが好きなのだ。
そしてゲームが好きな者にとって、オンリーワンというのは抗えない魅力を持っている。
レベルが一番高い、一つしかない武器を所持している、誰も修得してないスキルを持っている。
なんでもいい。あとから真似をされてもいい。
一番に、一番を取る。
それは全プレイヤーにとって憧れの的であり、いつかたどり着きたい世界。
しかもそれが、絶対に不可能だと言われていたことを、やってのけたというものであれば。
そんなプレイヤーを見て自分のことのように喜んでしまうのは、ゲーマーの性というものだろう。
そしてそんな感情に支配されつつも、一瞬落ち着いたあとには別の考えに囚われてしまったのがリードだ。
やっべーだろこれ!!
リードの友人、マリーシャ。その友人が嫁とまで公言するほどの人物、イオン。
そのイオンが渦中の人物なのだから、理由も何もすっ飛ばしてヤバいと考えるのは、仕方ないことかもしれない。
リードは知っていた。
マリーシャはイオンとゲームで遊べることを本当に楽しみにしていた。
イオンは自分の嫌なことは平気で断ってしまうので、学校以外でマリーシャとイオンが遊ぶということは実はレアケースだった。
二人で遊ぼうといろいろなことを提案し大半はその場で断られ、一度試しにとやってみたことも、そのほとんどは二度とすることはない。
そんなイオンが誘いに乗ってゲームを始めただけではなく、それを気に入って自分一人でもプレイしている。
そんな状況を、マリーシャが嬉しくないわけがない。
ようやくお互いに楽しめることが見つかった。
なのに様々な事情からその機会は延期され続け、そしてようやく叶うその前日。
イオンは今この瞬間、BLFOで最も有名なプレイヤーの一人となっていた。
しかも所属するクランは、最強とさえ言われるほどの有名クラン。
わずか二週間で、一体何をどうしたらこうなるのか。
目の前で見ているリードですら驚きと疑問に満ちているのに、それを、あれほどイオンと仲のいいマリーシャが知ったら一体どうなるか。
驚くか、喜ぶか、それとも怒るのか悲しむのか。
全く想像がつかなかった。
だからこそ先ほどの考えになるのは不思議ではない。
何が起こるかわからないけど、とにかくヤバい。
そんな彼が、普段は時間通りか少し遅れるはずの彼が、待ち合わせの時間より三十分も早く来てしまったのは、ある意味当然のことなのであった。
◇◇◇
東志乃。プレイヤーネームはシーラ。
彼女は楽しんでいた。
基本的に勉強というものが好きな彼女は、ただ情報を仕入れるという作業にも楽しみを見いだせるからだ。
友人に付き合って始めたゲームだが、いつの間にやら結構気に入っていたシーラ。
そして気に入ったものは知りたくなるのがシーラという人間だ。
武器やアイテムの性能やスキルの種類といったただのデータから攻略情報まで、それに関する情報はなんでも調べてしまう。
だがシーラはそれだけで満足し、その情報を積極的に活用しようとはしなかった。
データに踊らされ強い武器を求め最短ルートを突き進むといったことはせず、ただ状況に応じて求められた情報を提示するだけ。
情報はあくまで情報であり、ゲームを楽しむための一要素でしかないとわかっているからだ。
それは、周囲の空気に敏感で、でも頭を使うことの苦手な友人の影響が大きい。
友人はその敏感さを存分に活用し、自分だけでなく周囲も楽しませようとする。
もちろん失敗することもある。だが成功したときには、自分も周囲も楽しい空気に浸ることができる。
自分のことよりも周囲の人間のことを優先することが多い、実は頑張り屋な友人だ。
最近では特定人物に対して暴走することが頻発しているため、そんなイメージは薄くなっているのだが。
とにかく友人にはデータなんて無い。ただ感じた空気を、より良くしようと頑張るだけ。
そんな友人の姿を見ていたおかげで、物事は情報通りに動くわけではなく、楽しさとは直結しないとわかっていた。
情報を得ること自体が楽しいというのは変わらなかったが。
そんなシーラは久しぶりにプレイしているゲームの中で、情報収集をしていた。
待ち合わせ場所に一時間以上前からやってきて、メニューを開きひたすらBBSや攻略サイトを読みあさっていた。
未プレイ期間の長かったシーラは古いものから順を追って確認していたが、どうしてもある言葉が目にとまっていた。
それは記事によって書き方は様々ではあるが、決まった言葉が二つだけある。
『鳥族』と『飛行』だ。
その言葉から連想される答えは簡単だ。
しかも書かれているのは一つだけではない。
BBSには似たようなスレッドが乱立し初め、攻略サイトもトップで特集しているあたり相当な騒ぎになっている。
この時点でその想像は本物だとわかる。
正直、興味を引いていた。
だが、情報は順を追って得たほうが当事者の考えの推移も把握できると考えるシーラは、頑なに最後まで記事を読まなかった。
楽しい情報収集をしていて、そしてそのあとにはさらに興味深い情報が待っている。
まさに至福の時間である。
ストレージから取り出した飲み物を片手に、ひたすら情報の海を進むシーラ。
そして飲み物が空になる頃、ようやく問題の記事へとたどり着いた。
だが記事を開いた瞬間、さしものシーラも動きを止めてしまった。
その時間は長いものではなかったが、それでもそこに書かれている文字には驚きを隠せなかった。
鳥族で初めて飛行に成功したプレイヤーとして、イオンの名前があったからだ。
シーラはゲーム内ではイオンと面識がない。
それにマリーシャがイオンを避け始めた当時、イオンはキャラクターを再作成すると言っていたと、マリーシャとリードから聞いている。
だからすぐさま碧とイオンが結びつくはずもないのだが、何故かそのときは確信してしまった。
そして記事を読み進め、公式生放送を録画した動画を見て、自分の直感が間違っていなかったことを確認した。
現実とはかなり違ったが、それでもその顔立ちは碧本人だとわかったからだ。
システムにより補正されたイオンは予想以上に容姿が整っており、そしてそんな人物がこのゲームでは不可能とされていたことをやってのけ、ボスも瞬殺し、五人抜きして優勝という大活躍をする。
大騒ぎになって当然だと、シーラはため息とともに理解した。
そして彼女も考えを改めることとなった。
少しは対策が必要ね。
マリーシャとイオンの二週間ぶりの対面。
本当は何もせず見ているだけのつもりだったが、無策では拙いと気付いたシーラは対策を考え始めた。
基本的に二人に任せるというのは変わらないのでその内容はお膳立て程度のつもりだが、それでも有るか無いかで全く違う結果になるだろう。
予定の時間まであと三十分。
絶対にそれよりも早く来るだろう二人を考えると、あまり時間がなかった。
だがその日は運良く、ウェイストとリードが先に来てくれたおかげでなんとかなった。
しかも次の人物が現れたのは対策が出来上がった三分後である。
外見はいつも通りでも内心では結構焦っていたというのは、なんとなく秘密にしておきたいシーラだった。
◇◇◇
佐々木真理。プレイヤーネームはマリーシャ。
彼女は焦っていた。
滅茶苦茶焦っていた。
寝坊したーーーーー!!
何せ、この大事な日に寝坊してしまったのだから。
まだ幼い姪っ子にせがまれて夜更かしに付き合ったのが原因なだけではない。
それこそ遠足の前日的な調子で寝られなかったのである。
一緒に寝ていた姪っ子はいつの間にか一人で起きていて、加えてテスト休みで起こさなくていいと知っていた親から放置された結果、目が覚めたときにはお昼過ぎだった。
急いで起きて着替えをして、ご飯を食べようとしたそんなときに限って宅配便が届き。
ようやく食べようとすると愛用のふりかけが空っぽになっていて凹んでしまう。
それでもご飯をかき込んでゲームにログイン。
約束の時間まで十五分を切っていたが、これなら大丈夫な時間だと安心したマリーシャ。
待ち合わせ場所は結界石の広場。
ログインしてすぐの場所のため、移動の時間は気にしなくていい。
だが仲間を見つけて安堵したのもつかの間、そのなんともいえない空気につい言葉が出てしまった。
「なにこの、ジャムパンだと思って食べたら激辛カレーパンだったみたいな微妙な空気」
ジャムパンを当初の想定、放っておけばなんとかなるだろうという甘い考えだとすれば、激辛カレーパンを現在の状況、人によっては一口も食べられないという厳しい状況と一致する辺り、こういうときだけ鋭いんだから……とシーラが考えたのは無理もない。
「ちょっとね、想定外のことがあっただけよ。問題ないわ」
大きな問題ではないと言うシーラだが、だったらここまで変な雰囲気にはならないだろうということはマリーシャはわかっていた。
だがこの友人が何かしろと言わないのであれば、何もしないほうがいいというのもわかっていたので大人しく引き下がった。
「そう言うならいいけど。ところでどんなクエストにするか決めたの?」
「そのことだけどね、先に食堂に行こうと思うの」
「なんでわざわざ?」
このゲームにも満腹度のシステムは存在する。
回復量の差はあれど基本的に口に含む物なら何でも満腹度は回復するため、なかにはポーションだけで十分という剛の者も居るが、ほとんどは食堂や屋台で食事をして回復する。
だがそれ以外の方法として、このゲームではログアウト中に自然回復するという方法もある。
現実でも昼食直後という時間のため、昼食ついでに満腹度を回復させるというプレイヤーは多い。
そのためすぐにクエストに行くと考えていたマリーシャには当然の疑問だった。
「イオンのレベルとかスキルとか、その辺を何も知らないからよ。あまりにレベル差があるところに連れて行くわけにもいかないし、だからってこんなところで大声で話すわけにもいかないでしょ。だったら個室のある食堂でということよ」
それもそっかと納得するマリーシャを見て安心する三人。
何も言わなかったら、興奮した勢いのままにアレコレ聞いていてもおかしくなかったからだ。
普段ならそこまで気が回らないはずではないが、今日はいつも以上に興奮、いや暴走してもおかしくないので気が気じゃなかったのだ。
有名プレイヤーに、場所も気にせず失礼な質問ばかりするプレイヤー。
間違いなく、周囲からそんな目で見られてしまうはずだからだ。
そしてイオンが現れたのは食堂の話をし終わった直後だったので、それはもう安心する三人だった。
「嫁の天使っぷりが上がってるー!!」
一瞬で不安にたたき戻されたのは、言うまでもなかった。
◇◇◇
西雅人。プレイヤーネームはウェイスト。
彼は待っていた。
ゲーマーの端くれを自認しながらも、友人に付き合ってゲームを封印していた彼はこの日を待っていた。
そんな彼は、その光景を見ながらこんなことを考えていた。
あ、これクエスト始まるまで時間かかるなー。早くクエスト行きたいけど、でも口を挟むともっと時間かかるしほっとこ。あと見てるほうが面白いし。
この場で一番気楽な人間であるのは、間違いなかった。
今話はちょこちょこ三人称が入ります。
いらっしゃいませにつられる人が思いの外多くてちょっと安心……。
接客業の皆さんご苦労様です……。