2-2 VRゲーム、始めます。
「それで帰ってすぐ出かけてったのか」
買ってきたゲーム機の箱を見つけたお父さんに夕飯を食べながら事情を説明しました。
「お前の小遣いだしどうこう言うつもりも無いが、勉強はちゃんとやっとけよ」
「それくらいは分かってます」
「気を付けろよー? お前みたいに趣味の無い人間が遊びにハマってヤバいことになったやつとか一杯いるしなー」
からかうように言うお父さんですが、そのセリフはそのまま自分のことを言ってると思うんですが。
「仕事手伝ってるときにそういう人一杯見てるから大丈夫ですよ。それにお父さんだって昔はそうだったんでしょ?」
「だから言ってんだよ」
どことなく自慢気な顔で言ってきます。これがドヤ顔と言うやつですね。
父は自動車整備工場を経営していて、家の隣が工場となっています。
仕事場に昔からの馴染みのお客さんが来ると時々昔はああだったとか語りだしますが、そこではアノ車にいくらつぎ込んだだの、ソノ車は買ってすぐダメにしてまた買い直しただの、そんな話を聞くことがあります。
本人たちはいわゆる武勇伝だとでも思ってるんでしょうが、聞いてる方からするとものすごい無駄遣いのように思います。
ですが本人たちにそれを言うと決まって次の言葉が返ってきます。
『それがいいんだよ!』
私には分かりませんでした。
「まぁせっかく高校生なんだ。少しは遊びも覚えろよぉ? じゃないと大人になってから失敗する方が怖いからな」
「それも経験から?」
「あれがなけりゃアイツは出て行かなかったんだろうけどなぁ……」
とんだ失敗だったようです。
とはいえ父と母は離婚しても仲が良く、母も数か月に一度はこの家にご飯を食べに来ます。
離婚してからの方がうまくいく夫婦というのは実際にあるものなんですね。
「おっ、こいつのことか?」
言われてTVへ顔を向けると、先ほど買ったBeast Life Fantasy OnlineのCMが流れていました。
猫の耳が付いた人や兎の耳の人が戦っているシーンが流れています。
そして最後は……私のやってみたいシーンで締められていました。
ゲームとはいえアレが出来るというのはなんとも言えない気分と言うか……率直に言うと少し興奮気味です。
早くお風呂入って洗いものして始めましょう。
ゲームの中で真里と会う時間も約束もしていますから、早く始めたからと言って何が変わるわけでもないですが。
なんか遠足の前日と言った感じです。
「お前がそんな興味示すとか珍しいな。サーキットで横に乗せて飛ばした時より楽しそうじゃねぇか」
そういえばそんなこともありましたっけ。
「その後シフトミスでミッション壊してスピンしなかったらそれも楽しい思い出だったんですけどね」
「スピンしても笑ってたじゃねぇかお前……」
失敗は失敗です。
「ごちそうさまです。先にお風呂入るから洗い物は流しのとこに置いといて下さいね」
「段々アイツに似てきたな……。まぁほどほどにな」
「気を付けます」
といってもお父さんとお母さんの子ですから、いつか何かに夢中になってしまうとは思いますが。
その時は迷惑にならない程度に甘えましょう。
◇◇◇
洗いものも終わって明日の準備もして、ようやくゲームの準備を始めました。
といってもゲーム機自体の準備は簡単です。
線を繋いでソフトを入れれば自動でインストールしてくれました。
あとはバイザー型のゲーム機をかぶって開始するだけです。
ゲームを開始すると色々設定することがあるから早めに開始するようにと真里に言われましたので急ぎます。
早速ベッドに横になってスタートです。
最初の設定は名前のようです。
間違っても自分の名前そのまま入れてはダメだと言われました。
ゲームの中とはいえ自分の名前を考えるって変な感じですので、真里や相田君が何にしているかを参考に聞いてみました。
真里は『マリーシャ』、相田君は『リード』だそうです。
真里の名前は自分の名前じゃないですかと言ったら、
『改造したから別物だよっ。自分の名前と違い過ぎると呼ばれても気づかれないと思ったからそうしたの』
と言われましたが、確かに私もそうだと思います。
なので私も自分の名前を変更しようと思います。
『アオイ』を逆から読んで『イオン』としました。
『ア』はそのままだと読みにくいので、やっぱり逆隣の『ン』を持ってきました。
『アオイ』とは響きが全然違いますが多分大丈夫でしょう。
次は種族の選択です。
これがこのゲームの一番のポイントだと二人が声をそろえて言っていました。
犬族、猫族、鼠族、鼬族、馬族、熊族、猪族……。
このゲームで選ぶ種族と言うのは全てが動物が元になった種族、『獣人』ばかりで、純粋な人間というのは選べません。
しかもこの種族と言うのは何と見た目だけではなく、キャラクターもその動物にちなんだ能力が使えるそうなんです。
熊だったら力が強いとかはもちろん、犬や猫なら耳が良くなるとか、ゲームの中だけとはいえ本当に遠くの音まで聞こえるようになるんだそうです。
尻尾だって動かすことができるそうなので、まるで本当に動物になったような気分にもなれるそうです。
聞いた時はだからBeast Lifeなんですねと納得しました。
そしてこの種族に私が一番なりたかったものがあります。
鳥族です。
パッケージの裏面に書かれていた、いわゆる西洋画の天使のような翼を持った人間。
CMの最後、大空へ飛んでいくシーンに出ていた鳥族。
そうです。
私はこのゲームで空を飛んでみたかったんです。
何がきっかけだったのかはわかりません。
ただ小さいころから空を飛んでみたいとただ漠然とした思いがありました。
ですがハングライダーやパラグライダーといったスカイスポーツには特に興味が出ず、むしろ飛行機が離陸するときのシートに押し付けられる感触の方が好きでした。
それを父に話したら何故かサーキットに連れていかれることになりました。あれはあれで好きですが。
とにかくどういうわけなのか飛んでみたいという欲求がありました。
しかも鳥のようにです。
小鳥の様に一生懸命羽ばたく飛び方もいいし、大型の鳥になって風に乗るような飛び方もやってみたいなどとと思いました。
図書館で真剣に調べたこともあります。
ですが当然そんなことができるはずもなく、私はその欲求を心の奥にしまいこむことしかできませんでした。
ですがゲームなら違います。
このゲームは現実の体を動かすのと同じように体を動かせます。
そしてゲームの中なら翼を持った人間になれます。
CMでは空を飛んでいるシーンもありました。
だからこのゲームだったら飛べるんですっ。
いやがおうにも期待が高まります!
……ダメですね冷静にならないと。
初めての作業はどんなに簡単そうでも油断するとすぐ事故につながるんですから。
コホン。
改めて設定を続けましょう。
種族は鳥族です。他は目にも入りません。
次は獣度ですね。
これは数値が大きいほど外見が動物に近くなって能力も変わるそうです。
猫族を例にすると標準では人間と同じ手の形をしていますが、数値を上げると肉球のある手になるそうです。
もちろん人間の手の様に物を持ったりできなくなるので武器を使った戦い方が出来なくなるそうです。
その代わり身体能力が向上し、肉弾戦では戦いやすくなるというメリットが生まれます。
とはいえほとんどの人がそこまで獣度は上げないそうです。
むしろ下げる人が多いそうです。
日常生活に支障をきたしますから、当たり前と言えば当たり前ですね。
そんなわけで私も標準のまま、いえ少し下げましょう。
標準では腰のあたりから尾羽が少しだけ見えていますが、本当に少しだけなので無くなるところまで下げました。
ズボンがはきにくそうですしね。
次は使用武器です。
これによって最初に持つ武器が違うそうなんですが……どれにしたらいいんでしょうか。
ここは二人に聞いてないんですよね。
剣道や弓道なんてやったことありませんし、魔法は最初は使えないのそうなので杖もダメです。
他には斧、籠手、槍……槍にしましょう。
確か歴史の先生が言ってました。
槍は前に向けて走ればそれだけで攻撃になるから農民でも使えたって。
本当かどうか知りませんがそれなら私でもできます。
武器は決まりました。
次は基本属性です。
『火』『水』『風』『土』の四つから選びます。
これは二人から聞いていますが、特にどれでもいいと言っていました。
選んだ属性の魔法が得意になるそうですが、他の属性の魔法も使うことはできるそうなのであまり気にしなくていいそうです。
なのでせっかく空を飛ぶんですからそれっぽい『風』を選びました。
最後に決めるのは容姿です。
といっても外観は現実の自分がほぼそのままだそうで、変更できるのは髪型、髪や瞳や肌の色、ほくろの有無と言った程度のようです。
設定のために自分の姿が表示されたんですが……髪や目の色が違うだけで全然違う人に見えますね。
鳥族の標準的な色なんでしょうか、最近肩下くらいまで伸びてきた髪はパッケージやCMに出ていたキャラクターと同じ青い髪で、瞳も同じ色をしています。
あとは背中に一対の翼が付いてるだけです。こちらの色は白ですね。
ちなみに服装はシャツに薄手の上着、茶色のズボン。
いかにも『ぬののふく』といった感じです。
面倒なのでそのまま決定しました。
真里だときっとここで時間がかかったんでしょうね。
二時間はかけたと思います。
いえ髪型だけでもそれくらいかけたかもしれません。
あ、どうせならポニーテールみたいなのにしとけば飛んだ時に邪魔にならなそうだったですね。
まぁゲームの中でゴムとか買いましょう。
システムの解説が少ないのは主人公も知らないからです。
説明書を読むのは困った時というタイプです。
決してまだ考えてないからではありません。(震え声