8-6 初めてのイベントです!
賭けが終わったあとはすぐにいつもの調子に戻ってくれました。本当によかったです……。
そしてすぐにマンティコアの勉強です。
といってもすぐ終わりましたのでコースの再確認をしていましたが、それだけでいつの間にか開始十分前になりました。
……ですがプルストさんが帰ってきませんね。
「そろそろゼッケンを渡したいんですが……」
「どうせどっかで話し込んでるんじゃないの」
誰とでも話してそうな感じですから、ありえそうです。
「あたしちょっと探してくるね」
「私も行きます」
「じゃイオンはあっちお願いね」
「二人ともお願いします。見つからなくても五分前には戻ってください」
バルガスさんの言葉を聞きながらキイさんとは別方向に探しに出ました。
これだけ人が居るのでちょっとしたトラブルにでも遭ってるのかもしれないですし。
無事かどうかでいえば特に心配はしてませんが、それでも万一がありますし……。
「あ、こんなところにいました」
と思ったらすぐ見つかりました。
丁度戻ってくる最中につかまったんでしょうね。
背の高い男性二人と話してるようです。
「プルストさん、バルガスさんが探してましたよ」
「お、悪い。すぐ行く」
振り返ったプルストさん越しに話の相手を見てみると……熊……のような方が居ました。
髪は黒くて装備も黒く、二メートルくらいありそうな身長の大柄な体。
筋肉で覆われた腕は、私の腕の何本分くらいあるんだろうといった太さです。
それからもう一人の方は……あれ、見たことあるような気が。
「……もしかしてこないだぶつかりそうになった方ですか?」
あの髪は間違いないと思うんですが……。
「……そうだ」
少しだけ間を置いて返事がありました。
間違えてなくてよかったです。
「やっぱりです。こないだはどうもすいませんでした」
まずは謝っておきませんと。
返事に間があったので、相手の方は忘れかけてたことかもしれませんけど。
「いや、こっちも悪かった」
なんでもないような返事でしたので、特に気にしてはいないんでしょうか。
しつこいのも良くないですし、お言葉に甘えましょう。
「知り合いだったのか?」
「こないだ市場でぶつかりそうになったんですよ。その、髪の色が栗毛って言うんですか? それと馬の鬣みたいな髪に見覚えあったので」
そこが一番印象的だったので覚えてました。
「これは鹿毛だ」
栗毛じゃなかったようです……。
常連さんの言葉を思い出してもしかしたらと思ったんですが全然違いました……。
「失礼しました。詳しくないのに適当なこと言ってしまって……」
「わかりにくいから気にするな」
こだわってそうな髪なので怒られるかもと思ったんですが、優しい方でよかったです。
今日はずっと真面目な顔で静かにされてるようですし、リレー前に集中してるのかもしれません。
これ以上は邪魔になりそうなので、そろそろ――
「鳥族の美しいお嬢さん。このような野蛮な者たちと言葉を交わすのはおやめください。貴方のそのきれいな心を汚してしましますゆえ」
戻ろうと思ってると、突然横から声が聞こえました。
「申し遅れました。私クラン暁の不死鳥のリーダー、勇者ジークフリート・フォン・ヴァレンシュタインと申します。失礼ながら、貴方のその美しいお名前をお聞かせ願えますでしょうか」
見覚えのない方ですけど……もしかして私に話しかてますか?
声のほうに顔を向けたら、何故か私にむかって膝をついてるんですけど。
……皆さんに睨まれてるから怖いんでしょうか? ただ膝をつくだけじゃなくて腰が引けてるように見えます。
プルストさん含めこの三人から睨まれると、威圧感ありますからね。
でもだからってなんで膝なんかついてるんでしょう。
接客ではそういう方法もあるって聞いたことあります。椅子に座るのは営業だけで、整備の内容を説明する整備スタッフは床に膝をつくだけで座らないとか。
もちろんお店によって違うようですけど……でもここはお店じゃないですよね……。
普通に話すなら立ったままのほうがいいと思うんですが……。
……それにどうして手を取るんですか?
さっきの言葉にそんな内容がありましたっけ?
でも返事をしない相手の手をいきなり取るってどういう内容で……………………………………………えっと。
メニュー、ショートカット、通報。
選択した瞬間、相手の男性は消えました。
な、何がどうなったのかはわかりませんがよかったです!
まさか手にあんなことされるとは思いませんでした!
……なんかもう、気付いたら通報してました……コースが出来上がったときと同じくらい心臓が跳ねてます……。
――お姉様っ、大丈夫ですの!?
ああいうのに遭ったのは初めてですが……何とか大丈夫です……。
さっき驚き過ぎたおかげかもしれないですね……心臓はまだかなり驚いてるようですが……。
「大丈夫か? 運営に通報したのか?」
「一応大丈夫です。通報は当然ですよ。初対面でいきなりあんなことされて、セクハラと思わない人なんていません」
触れた場所がどうとか関係ありません。
セクハラというか変質者です。通り魔です。
あんな人、本当に居るんですね……。
「それに私が話してる人にむかって野蛮だの汚れるだの、いきなりそんなこと言う人の方がよほど失礼ですよ」
いきなり中傷するなんて、何を考えてるんでしょう?
私の名前を聞いてきたので私と話でもしたかったのかもしれませんが、私の知り合いを中傷するのは私を中傷するようなものだと思います。
しかも今になって考えると……さっきの人は以前にもこんなことをして、通報されたことがある人ですよね。
突然居なくなったのは多分強制切断されたからでしょうし、前例がある人ほど重くなるってキイさん言ってましたし。
――いきなりあんなことするうえに前科ありなんて、本当に最低な男ですの。
……次会ったら絶対に近づかないように気を付けましょう……。
――私も気を付けますわ。二度とお姉様には近づけませんの。
お願いします……。
ぐりちゃんも気を付けてくれるなら一安心です。
あっ、私ばかり解決してもいけません。
「すいません、私のせいで嫌な思いさせてしまって」
誰にむけて野蛮なんて言ったのかわかりませんが、あんな人だったら私の前にいる三人全員にむけていてもおかしくないと思います。
プルストさんはもちろん、他の二人はほとんど会ったばかりなのにこんなことになってしまって……本当に申し訳ございません……。
「別に気にしてねぇよあんなやつの言うことは」
「俺もだ」
プルストさんと熊のような方はどうでもいいといった感じですが……。
「……いや、俺は本当に野蛮な男だ。気にするな」
馬族の方は気にされてしまったようです。
でも……。
「こう言い方はいけないかもしれませんが……少しくらいは野蛮というか……野性的なのはいいと思いますよ」
もしかしたら気に障る言葉だったかもしれませんが、でもそのほうがこの方は格好いいと思うんです。
オールバックの髪型のせいか、少し威圧感のある顔立ちに筋肉質の体。
ちょっと暴力的という感じの立ち振る舞いが似合いそうです。
「今の私たちは獣人なんですから、人間の理性と獣の本能の両方を持っている方がいいと思いますので。……何事も行き過ぎはよくないと思いますが」
私も空を飛んでるときは何も考えてないことが多いですからね……。
そういうところは気を付けないといけません……。
「……気をつかわせて悪いな」
そう言う馬族の方の表情は、小さくですが笑ってくれました。
私のせいとはいえ、少しでも持ち直してもらえてよかったです。
「おっとそろそろ行くわ。んじゃリレーでな」
そうでした、ここにはプルストさんを探しに来たんです。
早く戻りませんと。
「私も失礼しますね」
私も挨拶をして離れようとする頃には真剣な表情に戻っていました。
それだけリレーに力を入れているということですね。
「それではまた後で」
「ああ」
迷惑かけておいて何をという感じはありますが……。
真剣な人を相手に手を抜くことも失礼ですしね。
私も頑張りましょう。
12/13 誤字修正。
勇者(笑)は視界に入ってませんでした。