8-5 初めてのイベントです!
イベント会場はルフォートの東です。
空からは見てましたがこっち側に来るのは初めてですね。
城壁をくぐったむこうは、道の両側に屋台が並んでいて本当にお祭り会場みたいです。
さらにその先では即席の広場のように円形の広場ができあがっていて、その広場を囲うように屋台が並んでいます。
「それにしてもすごいですね、こんなに人が集まるなんて」
つい言葉が漏れてしまいました。
普段見る何倍もの人が居ますので、むしろこんなにゲームやってる人がいたのか、とすら思ってしまいます。
全国にプレイヤーが居るので当たり前なんですが……それでも見ると驚きますね……。
「そうだね、平日なのに集まったほうじゃないかな」
「このゲームは公式イベントが少ないですからね。せっかくだからと集まった人は多いでしょう」
「騒々しいですの……」
「昼寝にはむかない場所ですね~」
「こう人が多いと吹っ飛ばしたくなるなぁ」
「やるなよ? 絶対やるなよ?」
「振られたらしゃあないなぁ」
「ダチョウじゃねーから!」
そんな言葉を聞きつつも視線は出店にむいてしまいます。
普通のお祭りみたいに食べ物系が多いですが、やっぱりゲームの中だけあって武器や防具を売っているのが面白いです。
しかも普段とは違うものを並べてるみたいですね。
虹色に光る盾とか透明な剣とか、目を引く商品が多数並んでいます。
防具も金色の鎧に黒く輝くドレスに……あれ、あっちのは水着じゃないんですか? 何でそんな物が防具屋さんにあるんでしょう……。
水中用ですね、山があれば海だってありますし。そういう場所ではそのほうがいいんでしょう。
あっちはアクセサリーのお店であっちはポーションのお店ですね。それから……。
「イオンあっち、リンジーが呼んでる」
呼ばれて反対方向に視線を移すと、そこにはいつもの屋台とリンジーさん。
こっちに手を振ってます。
「凄いですねキイさん。これだけ騒がしくてもわかるんですか」
「あたしの得意分野だからねー。これについては誰にも負けるつもりはないかな」
そう言うキイさんは少しだけ得意げです。
いつも魔物の数まで正確に言い当てますからね、これくらいは簡単とでもいうようです。
でも、この喧噪の中自分たちを呼ぶ声を探り当てるって、ただ見えない魔物を言い当てるよりもよっぽど難しいと思います。
派手じゃない分、職人技的で格好いいですね。
「おー今日は勢ぞろいだねー。もしかしてイベント参加するのー?」
「まぁねー今回は素材もいいしメンバーも揃ってるから」
「そっかーそれじゃ景気づけにこれあげるよー」
お代はいいからーと私とぐりちゃんを含む女性陣だけにドーナツをくれましたが……見たことないドーナツですね。
ぐりちゃんが食べやすいように半分に割って、勧められるまま一口
……甘いです。でもくどくないですね、生地も甘さも柔らかい優しい味です。
つい頬が緩んでしまいます。
「今日からの新発売でーふんわりハチミツだよー」
「美味しいですわ~」
ぐりちゃんも気に入ったみたいですね。満面の笑顔です。
「ミルマは素材がまとまって入らないから先にこっちができちゃったんだー。あっちはそのうち限定とかで出すかもしれないけどねー」
それは仕方ないですよね。取りに行くにも遠いですし。
それにこっちも十分美味しいので問題ありません。
ミルマが食べたかったらタルトもありますし。
「ありがとねリンジー、あたしたちそろそろ行くから」
「美味しかったです。また買いに行きますね」
できるだけ近いうちに必ず行きましょう。
「応援してるよー毎度ありがとうございましたー」
運動前なのでお腹いっぱいにするのは控えますが、これくらいだったらいいですね。
とてもやる気出ました。
それにしてもこれだけ人がいると、会場中活気がすごいですね。
『ワッフルいかがっすかー!!』『イベント限定イエローオクトパス焼きあるぜー!!』『そこのお嬢さんうちのも食ってくれぇ!』『だからうちのだって言ってんだろ!!』『この日のために用意したオーク肉ステーキが最強だっつーの!』『俺のリザードマン唐揚げだ!』『てめぇらすっこんでろうちのフランクフ』『お前ら今度やらかしたら二度と商売できなくなるからやめろ!!』などなど……。
呼び込みというか言い合いになりかけてますね。皆さんお疲れ様です。
屋台の連なる通りを抜け、広場も抜けたところにきました。
特にこの先には何もないのでここが会場ということでしょうか?
でも草原が広がっているだけにしか見せませんが……。
「何もないですが……ここなんですよね?」
「そうだよ。時間になればすぐ出来上がるから」
出来上がるって、これから作るんでしょうか?
それってかなり……なんてほどじゃなく、とんでもなく時間がかかると思うんですが。
前回と同じ場所でやればよかったんじゃないでしょうか。
そこなら山も谷も川もあるので多少の変更でいいと思いますし。
それとも今回はそんなコースではないんでしょうか?
ここなら飛びやすいので私は助かるんですけど……。
なんてやくたいもないこと考えてると、突然地面が光り始めました。
光が走り回って通った跡が模様のようになっていきます。
右に左に、ひたすら模様を描く光。
縦横無尽に走り回ったせいで模様はほとんど判別できなくなり、ただ地面が光っているだけにしか見えません。
そして走り回る光が収まったと思ったら地面の模様はひときわ強く光り、収まったあとには山がありました。
……って、山?
さっきまでこんなの無かったですよね?
どうやってこんな山を持ってきたんですか?
いつの間に作ったんですか?
どうして山なんて目の前にあるんですか?
何も無かったのになんで――
《これよりBeast Life Fantasy Online公式イベント。第二回 バトラー&アスリート 異世界式アンリミテッドクロスカントリーリレーを開始します》
会場に響いたアナウンスに、ようやく我に返りました。
そうですイベントです。
むこうには森も見えます。
あの山はコースの一部ですよ。
間違いありません。
キイさんが出来上がると言ったのはこういうことだったんですか……。
いきなりこんな大きいもの見てしまって、思考がループするほど混乱してしまいました……。
「お姉様、大丈夫ですの?」
「おい、イオン?」
「だ、大丈夫?」
相当驚いた顔してたようです。
皆さんから心配されてしまいました。
「えっと……すいませんかなり驚きました……」
とりあえずストレージからコーヒー出して一口飲みます。
今更ですが心臓がばくばく言ってます……。
「でも体に何かあったわけじゃありませんから、いつも通りにしてれば落ち着くと思います」
改めて考えると自分でも驚きすぎなぐらいです……。
でも朝起きたら家の前に新しい家が建ってたようなものです。誰だって驚きますよ。
驚きますけど……今回はそれのスケールが大きくなっただけのことですよね。
家じゃなくて学校とか競技場とか電波塔とか、そんな風に考えましょう。
どうせならサーキットでもいいかもしれません。
それより部品屋さんが一番助かりますね……。
「お姉様、ズレてますの」
それもそうですね。
「でも落ち着いたようでよかったですの」
「ごめんね、まさかそこまで驚くとは思わなかったから言わなかったんだけど……」
「いえ、私のほうこそ驚きすぎたと思いますので。それよりアナウンスは何を言ってるところですか?」
落ち着いてみるとアナウンスの声がまだ続いてるのに気付きました。
どうもルールの説明をしてるようですが……。
「今は基本ルールの説明が終わったところです。ルールはこないだお話しした前回のものと変わりませんでしたので、聞き流してても大丈夫ですよ。今のところは飛行禁止とも言われませんでしたから。……次はコース説明ですね。無理しない程度に聞いておいてください」
「わからないところがあったら、あたしがあとで教えてあげるから」
ご心配おかけします……。
でも無理してもいけませんので、ゆっくりコーヒー飲みながら聞きましょう。
まず第一ゾーンは平原です。
まばらに魔物がいるくらいで他には何もありません。
チェックポイントは一本橋です。
落ちた先は川になっていて、流れは結構速そうです。
それより横から飛んでくる矢が問題ですね。
当たればペナルティだそうなので、注意して避けませんと。
第二ゾーンは坂道です。
坂の上から岩が転がってくるので避けないといけませんが、高度制限があるので左右に避けるしかありません。
近道は勾配が急で転がってくる岩も速いので、さらに注意が必要です。
チェックポイントは先ほどの内容に加えて、正面から矢が飛んできます。
岩に加えて矢となると……避けるのは大変かもしれないですね……。
第三ゾーンは森です。
ゾーンのどこかにいる動物を、決まった数だけ捕獲するというものです。
ここも高度制限がありますが……でも空を飛んでたら動物を見つけにくいですし、特に気にしなくてもいいですね。
第四ゾーンは坑道です。
山に作られた迷路のような坑道を進んで、ボスを倒して脱出。
最後は坂道を下ってゴールとなります。
今回も山あり谷あり魔物ありのコースですね。さすが異世界式です。
でも昔のテレビ番組にこんなのあったらしいですね。名前は忘れましたけど、なんとか城って名前の。
懐かし映像特集でチラッと見ただけですけど、これも見てるだけなら非常に面白そうです。
参加するので大変でもありますけど、コースを見てるとなんか楽しくなってきますね。
いつの間にかさっきまでの変な気分も消えてくれました。
始まるのが楽しみです。
「……イオン? 何でピンチなのに楽しそうなんだ?」
「え、ピンチなんですか?」
そんなに不利なコース内容でしたっけ。
「いやだって高度制限ばっかでほとんど飛べないだろ。最後の坑道もあんま広くなさそうだし」
言われてみればそうでした。
「仕方がないんじゃないですか? 全部飛べたらそれこそズルしてるみたいですし」
「それはそうなんだが……ここまであからさまに制限されるとなぁ」
「でも飛ぶのを制限されたわけじゃないですし、飛べそうなとこだけ飛んでみますから」
アナウンスでは最後まで飛行禁止とは言われませんでした。
短い距離でも走るよりは速いですし、それができるだけ他の人より有利かもしれません。
「ちなみにイオンさん、ボス部屋では飛べそうですか? 飛べないとなると倒すのは難しそうですが」
「ボスの部屋……あれの大きさって……だいたい体育館ありますよね? だったら問題なく飛べますよ」
部屋のサイズはよくわかりませんがボスはライオンのような体をしてるので、それから比較すると多分体育館くらいあると思います。
全速は出せないかもしれませんが飛んで戦うことはできるはずです。
「そうですか。では予定通りイオンさんはアンカーをお願いしますね」
「いや本当に大丈夫か? アンカーはボスが強化されるんだから、無理しなくてもいいぞ?」
当初は野外を想定していたので、ボスが強化されてもなんとかなるだろうと私がアンカーの予定でしたが……閉鎖空間ではやっぱり厳しいということでしょうか?
「プルストさんは私が飛べても勝つのは難しいと思うということですか?」
「イオンだったら……マンティコアくらいにはそこまで苦労しないと思うんだけどな。相手も飛ぶけどイオンのほうが速いし」
背中に羽のある魔物でしたし相手も飛ぶんですね。
じゃあ単純に屋内だということを気にしたんですか。
「相手はワイバーンより飛ぶのが速いんですか?」
「そんなことはないけどな、でも魔法飛ばしてくるぞ」
「魔法ならワイバーンだって使ってきましたし、それより遅い相手なら負けるつもりはありません。なのでやっぱり頑張らせてください」
ワイバーンより遅い相手ならそれくらいの自信はあります。
むしろ狭い空間で戦うとなると難しい戦いになるかもしれないですし、そういう意味では少し楽しみかもしれません。
今まではイベント領域に制限はあっても、野外ばかりだったので狭いという感じはありませんでしたし。
「……本当にいいのか?」
「まだ一緒に戦った回数も少ないので信用はできないと思いますが、だったら今回で少しは力を認めてください。私も一応はクランのメンバーなんですから」
まだ少し心配そうなプルストさんに言葉を重ねます。
気分は功を焦る新人です。
プルストさんの場合は信用しないと言うよりも過保護のような感じですからね。
レベルが低く経験も浅いのは事実ですし無理矢理な気もしますが、でも少しでも認めさせようと思うのです。
皆さんの、それぞれの力をよく知っているから出来る気の置けない関係。
はたから見てると……少し羨ましいと思ってしまうんですよね。
そういう関係を作るには時間が必要だと思いますけど、少なくとも力を認めてもらわないことには進みません。
プルストさんも心配なだけで無理とは思ってないようなので、だったら頑張ってみたいのです。
私も、早くあの輪に入りたいですから。
「……わかったよ。だけど無理すんなよ? 無駄にダメージ食らってカッコ悪いとこ見せるほうがマイナスだしな」
半分仕方ないなという苦笑いでしたが、なんとか許可が出ました。
あとは次回もそんな心配されないように、ボスを全力で倒せばいいですね。もちろん安全第一で。
見ず知らずに人に私が飛べるということを知ってもらうことも、プルストさんに力を認めてもらうことも、頑張ったらよりよい結果になる。
そう考えると一層やる気が出てきました。
「では今から開始までは自由ということで。すいませんがイオンさんは残ってください、マンティコアの攻撃パターンを教えますので」
「わかった、俺何か食ってくるわ」
「十分前には戻ってくださいね。それと賭ける人は忘れないうちにどうぞ。せっかくのチャンスですから」
賭け?
屋台にむかうプルストさんよりも、その言葉のほうが気になるんですが。
「攻撃パターンはいいですけど賭けですか? もしかしてリレーの順位で?」
「そうです。競馬みたいに単勝や複勝などいろいろありますよ」
「……それって参加者も賭けていいんですか?」
「ええ、大体のクランは自分たちに賭けてるようですね。メニューに項目が追加されてますので、興味があれば是非どうぞ」
そういうことなら賭けてみたいですね。
――お姉様、賭けること自体は止めませんけど、いったいいくら賭けるつもりですの?
常連の方によると、ここだと思ったときは一点全額だと言われたんですが。
――絶っ対っ、駄目ですのっ!!
そう言うと思いました。なので金額はぐりちゃん決めてください。
――所持金の半額までなら許可しますの。それ以上は駄目ですの。
思ったより多いですけど、いいんですか?
――どうせそろそろ赤信号だったのですから、それが早まっただけですの。それに勝てば問題ないですの。……自分たちに賭けるおつもりなんですよね?
他に賭けるところなんてありませんよ。
――じゃあ大丈夫ですの。お姉様が本気出せば余裕ですのっ。
そう言ってくれるのは嬉しいんですが……甘やかされてるような気がするのは気のせいでしょうか?
とりあえずぐりちゃんの気が変わらないうちに賭けてしまいましょう。
エスが一位に半額を……できました。
「イオンはどこに賭けたの? ってウチだよねぇ」
「そうですね、他は知りませんし」
「そうかーならウチも賭けるかなぁ」
「いくらぐらい賭けたんですか~」
「所持金の半分ほどです。ぐりちゃんの許可も出ましたので」
「結構いったね。よーしそれならあたしも賭けよっかなー」
「折角ですから私も賭けてみましょうか」
「私は出場しませんので~多めに賭けましょうか~」
何か次々と賭けていきますが……私のせいじゃないですよね? 場の雰囲気ですよね?
あの……今から取り消しとか……。
「かなり突っ込んだったぞー。おまえらーこれで負けられへんからなー」
「一桁間違えるのは~お約束ですよね~」
「あたしもやっちゃった……負けたらまずい……」
「結局のところ勝てばいいんですから、問題ありません」
手遅れでした……負けたら本当にとんでもないことになりそうです……。
こういう意味でのやる気はいりませんでした……。
水着に見えたのは当然ビキニアーマー。
どんなにスペックが高くても、VRゲーでは使われない装備ナンバーワンになるんでしょうねぇ……。
見た目はもちろん、例え殴られても痛くなくなかったとしても、鎧のない部分を叩かれるのはなんとなく怖いし。
なんとか城はなんとか城です。
あくまでなんとか城です。