8-4 初めてのイベントです!
途中視点が変わるシーンがありますのでご注意下さい。
静かな教室。
生徒も先生も居るのに、誰一人として言葉を発しません。
聞こえる音は紙の上を走るシャープペンシルの音だけ。
音を立てない生徒はひたすら紙を見直して、そうでない生徒は諦めたように突っ伏して――
「はいそこまでー全員手を置け―」
チャイムと同時に先生の声が響きますが、それをも上回る歓声が響きました。
期末テスト最終日、最後の教科の終了です。
歓声の一部には悲鳴が混ざってますね。真里もこっちでした。
数学は苦手ですからね……。
先生はそのまま手早くホームルームを済ませてすぐに職員室に戻っていきました。
採点は大変らしいですからね……ご苦労様です。
「真里、終わりましたよ。……大丈夫ですか?」
「だいじょばない……」
突っ伏して動かない真理の机に近づいて声をかけますが、うめき声しか聞こえません。
大丈夫のようですね。
「だから碧エネルギー補給させてぇ……」
言い終わる前に椅子に座ったまま抱きついてくる真里。
本当にダメな時は何も言わないし動こうともしませんからね。
とりあえずお疲れ様の意味を込めて頭を撫でます。
「ところで真里、手ごたえは」
「あーあー何も聞こえなーい私たち若者には輝かしい未来しかなーい! “あ”から始まる四文字の死刑宣告なんて知らなーい!」
出来はイマイチだったようです。
「そう、なら安心ね。あんなに勉強したがらないから、てっきり“つ”から始まる三文字のボーナスステージで遊びたいのかと思ったけど」
「ひゃぃっ!」
東さんの声は嬉しそうですが、それを聞いた真里は震え始めました。
「あ、あたりまえでしょー志乃から教わっといて、これ以上遊びたいとかー……ねぇ?」
「そうよねぇ、遊ぶんだったらゲームで遊びたいわよねぇ。いい加減私も再開したいのよねぇ」
東さんはいつもの笑顔です。少し迫力がありますが。
「で、ですよねー……ワタクシめなんぞに付き合っていただいて感謝しておりまする……」
なので当然真里も笑顔です。ひきつってますが。
「当然ね。感謝してる人が私の期待を裏切るなんて、あるわけないわよねぇ?」
「あるわけないじゃないですかーアハハハハハハハ」
「…………」
「ハハハハハハハ……」
「…………」
「あっ、あたし姪っ子が待ってるから先に帰るねー!」
さっきまで抱きついてたはずですが、離れたと思ったらもう教室の外です。
さすがの逃げ足……と思ったら戻ってきましたね。
「碧ーっ、明日のことはとでメールするからねーまた明日ねーっ!」
それだけ言ってすぐに逃げました。
「東ぁ本当にあいつ大丈夫か?」
聞こえてきたのは相田君の声でした。
「いい加減俺もやりたいんだけど……」
その隣に居る西君も頷いています。
東さん、相田君、西君は真里に合わせてゲームをしなかったそうなんです。
東さんは“できれば控えてほしい”としか言わなかったそうですが……律儀ですね、相田君も西君も。
「大丈夫よ、あの子が本当に駄目なときは歩く死体になってるから。あの程度の元気があるなら平均を下回る程度で引っかかるはずよ」
「それならいいんだけどな……」
相田君は疑わしそうでしたが私も大丈夫だと思います。
「んじゃ俺たちは再開するけどそっちはどうする? 佐々木待ちか?」
「そうね。もしログインしても碧と会うの控えるわ」
「私は予定があるのでログインしますが、見つけても無視してください。最初は真里と一緒のほうがいいので」
今日はイベントの日ですからね。
それにこのメンバーで遊ぶなら真里がいないと嫌です。
「あら、何かクエストでもするの?」
「今日の夜からイベントに出ることになってまして、それでですね」
「は? イベント?」
「ですね。何か長い名前のリレーなんですが」
一応覚えてますが長いですよ……。
「いやあれ出るのってクランに入ってないと……」
「はい、いい人たちに誘ってもらえましたので加入しました」
とは言っても本当にクランらしいことはしてない気がします。
結局全員と同時に顔を合わせたのは加入した日だけですし、ダンジョンやクエストにも行ってません。
いつも誰かが居ないんですよね。
私もスキルショップに行った翌日、週末からはログインせずに勉強しましたし。
最近抜けてることが多いと思ったので念のため勉強したんです……。
「あ、家の仕事を手伝わないといけないので私も帰りますね」
お昼過ぎに来るお客様の見積もり出さないといけませんでした。
その日の朝になって言うんですよ……もう少し早く言ってほしいです……。
「それではまた明日」
「ええ明日ね」
挨拶だけして鞄をもって教室から出ます。
早く帰りませんと。
◇◇◇
教室から出ていく新を、俺は半ばフリーズして見送った。
「……なぁ、あれ大丈夫なのか?」
「あれって?」
続いて帰ろうとする東につい聞いてしまった。
「新がクランに入ったってことだよ。佐々木のやつそれ知ったらショック受けるだろ……」
「あぁ……」
あぁ、っておい気になんねーのかよ。
あんだけ気に入ってる新が自分の知らない間にクランに入ってんだぞ?
せっかく頑張って誘ったゲームで、始めてすぐ一緒に遊べなくなって、で遊べるようになったらクランに入ってましたーって。
マジ凹むだろ。
つーか新も少しは考えろよ。
誘ってもらった相手放っといて違うやつと遊ぶか?
……いや先に放り出したのは佐々木だけどさ……。
でもなんつーかなぁ……。
「あの二人なら大丈夫でしょ」
俺の悩みなんか知らんとばかりにあっさり言う東。
何でそんな軽いんだよ。
そりゃあんだけ凹んでた佐々木も新にかかればあっさり機嫌直したけどな、今回のはヤバいだろ。
前は自分が原因だって思ってたからだろうが今回は新にも原因があるだろ。
凹まされたうえに喧嘩してもおかしくないんじゃないか……?
「自分より仲のいい人ができたと思った真里が凹んで、ショックを誤魔化そうと強がった勢いで勝手にクランに入った碧と喧嘩するとか、そんなことでも考えてるの?」
俺の考えを読んだかのように……。
そこまで分かってんなら少しは心配しても――
「あなたが誰のことをどう想ってるかは大体知ってるけど、付き合いは私のほうが長いのよ。どうなるかくらい、予想つくわよ」
「――っ、おっ、俺は別に佐々木のことなんかどうでもだな……」
「……わざと名前出さなかったのに簡単に引っかからないでよ」
「いや違うって! だからなっ」
「はいはい。とにかくどうでもいいなら静かに見てなさい。それが一番いい結果になるから」
それだけ言うと東はさっさと帰ってしまった。
確かに俺が佐々木と知り合ったのは中学からで東は小学からだけどな……それでも俺だってな……大体……。
などと無駄に張り合った考えをしてると、西がポンポン肩を叩いてきた。
顔を見るとフルフル首振ってるし……お前もやめとけってのかよ。
なんも出来ないってのは嫌なんだけどな……こういうとき首突っ込んだら余計引っ掻き回すのはの定番だよな……。
「……はぁ。わかったから何もしねーよ……それよかどっかレベル上げでも行こうぜ……」
雅人が頷いたのを見て俺たちも教室から出た。
俺ってガキだな……マジで……。
◇◇◇
今日はいつもより早めの時間にログインしました。
イベント前に拠点で準備があるからです。
クランに入ってからは拠点もログイン先に選べるようになったので、クランの自室に設定したポイントへログインします。
といってもそこを選んだのは今日が初めてなんですけどね。
拠点からは市場が遠いので。
「こんにちは。すいませんお待たせしました」
下に降りると皆さん既に集まっていました。
リレーには参加はしませんがエリスさんも居ます。
「大丈夫だよまだ時間はあるし。装備は大丈夫? 一応確認しといてね」
言われてメニューを開き、持ち物を確認します。
装備はこないだスキルショップに行ったあとで修理してありますし、アイテムは使用不可とのことだったので特に確認はいりません。
なので項目は少ないですがしっかりと確認します。
整備作業前も部品が揃っているか確認していないと、途中で足りないとなった場合大変なことになりますからね……。
「確認しました。装備もスキルも大丈夫です」
「いやもう一つ重要なことを確認してないよ」
もう一つ重要なこと?
「イオン、ショートカット設定はしてある?」
ショートカット……。
「メニューを開いてすぐ任意の機能を使えるようにするもの、でしたっけ。でもアイテムは使えないんだから必要ないんじゃないですか?」
アイテムや装備が増えると探すのに時間がかかるし間違えて選択することもあるので、その防止に役立つといったことを初心者の館で言われましたが……。
「それ以外にも重要な機能を設定できるんだよショートカットは」
「非常に重要ですよ~」
「最重要や」
三人がものすごい真剣ですね。
そんなに重要なことがあるんですか。
それはね……、と溜めるキイさん。
そしてある方向に顔を向けながら、言葉を発しました。
「セクハラ通報よっ!!」
「何で俺のほう見てんだよ!」
一応隣にはバルガスさんも居ます。
「私は妻一筋ですので」
「そういうことよ」
「そういうことじゃねえよ俺まだ一回も警告も通報もされたことねえよ!」
私もプルストさんがそんなことするとは思ってませんが、でも言いたいことはわかりました。
「そういうことをしそうにない人でも、場の雰囲気にあてられてつい、があるかもしれないということですか」
「正解。実際手を出すバカは少ないとしてもナンパは結構あるからねー」
「よかった……疑われなくてよかった……」
プルストさんは私なんかにもデートしようと言いかけましたので、一応前例ありですけどね。
でも言われることはもっともです。
イベント会場は参加しない人も多数集まってお祭り騒ぎになるそうなので……。
「そんなわけで相手プレイヤーに対する警告と、運営への通報の二つをショートカット登録しといてね」
「警告と通報ですか。やっぱり最初は警告なんですね」
「そりゃね。こっちはナンパだと思っても、むこうはただパーティに誘ってるだけのことだってあるし。こっちだって別に犯罪者扱いしたいわけでもないし、警告だけでどっか行ってくれるならそのほうがいいでしょ。変に重い話にしてあとで恨まれたくもないし」
警告はまず相手プレイヤーにのみ表示が出るそうです。
その場から距離を取れば警告は自然に解除されるそうですが、一定時間経っても離れない場合は運営から警告され、もし運営が悪質だと判断した場合は何らかの罰則があるんだとか。
罰則といってもしばらくのあいだ取得する経験値が減ったりとか、そういったもののようです。
言葉で拒否しても引かないプレイヤーに、本気で嫌だと意思表示するために使ってと言われました。
「通報はいきなり運営に連絡する方法ね。いきなり体触ってくるとか、明らかに現実でも犯罪だって場合はこっち使っていいから」
「その場合はどうなるんですか?」
「状況にもよるけど、まずは運営から警告。運営が悪質と判断した場合は、しばらく相手の体がフリーズするからその間に逃げる。それ以上の場合は強制切断されてしばらくアクセス禁止。特に前例がある人ほど重くなるんだって」
結構重いですね……。
「実際切断までされる人はほとんどいないんだけどね。偶然体が当たった程度で切断されてたら男も女もプレイできないし、ほとんどの場合は警告だけでフリーズすることも少ないってさ。フリーズは使いようによってはいろいろできちゃうしね……。まぁこの辺を厳しくするとどうしてもねぇ……だからナンパも減らないんだけど……」
そうですね。基本的には女性が通報することが多いと思いますが、逆に警戒した男性側から通報されても不思議じゃありませんし。
こういうのは冤罪とかありそうで判断は難しいと思います……。
「この辺はVRMMOにはどうしてもついて回る話だから、ある程度は諦めるしかないの。でも自衛のためには必須だから絶対設定してね」
キイさんに教えてもらいつつショートカット設定。
これで準備完了です。
「他のみんなは?」
「問題あらへん」
「大丈夫です」
「俺もだ」
「私は見てるだけですので~」
全員の確認ができたところでアヤメさんの号令のもと、イベント会場へ向かいました。
号令といっても『優勝する程度に気張りやー』の一言でしたが。
気負った感じがない、いつも通りという感じでよかったです。
負けたらどうなるかわかりませんが……。
彼の視点は外そうとも思いましたが、一般人代表的な視点がほしかったので入れました……。
ちなみに進展する予定は微塵もありません。
あとどうでもいいかもしれませんが勇者(笑)が強制切断食らった理由が出ました。
幕間でも一言だけ出てますが、今までも通報食らいまくってる→身体的接触→切断。
部位が手の甲だとしても同意がなければ……。
一応BANはされてません。