7-3 最速への道。
イベント当日。ルフォート東の平原。
「結構人が集まりましたね。平日のイベントとは思えないです」
隣でつぶやくブライアンを横目に、今日のイベント会場を眺めていた。
開始までまだ二時間もあるが、既に多数のプレイヤーが集まり始めていた。
そこら中で装備を確認する者、今からでも参加しようとメンバーを募る者、そして商売しようと屋台を開く者など、実にカオスな状況が出来つつあった。
ちなみに賭けをやろうとするやつは居ない。
イベントが始まると運営が賭博システムをスタートさせるからだ。
しかも普通の競馬のように単勝、複勝、三連単、などなど各種馬券が揃ってる。
馬じゃないけどな。
だからイベントが始まると参加者も観客も忙しい。
二時間後にイベント開始。その一時間後に出走となる。
恐らくは前回同様開始と同時に魔法陣が現れてコースが出来上がるんだろう。
そしてすぐにルール説明。これが十分。
その後エントリー受付開始。同時に賭博システムスタート。
エントリーはリレー開始十分前まで受け付け。
賭博は五分前に締め切り。
タイムスケジュールはこれだけだ。
だが参加者はメンバーの選定、装備変更、作戦を練るのに忙しい。
観客はエントリーを見て誰に賭けるかを騒ぎ始める。
前回ですら予想屋が蔓延って儲けてたらしい。
きっと今回もそういうやつらが出るだろう。
既にBBSにスレが立ち上がってるしな。
BBSでの一位予想はやはり前回勝者のナイツオブラウンド。
悔しいが文句は無い。あそこの実力は本物だからな。
次々と未踏破ダンジョンを攻略していくそのさまはまさに最前線のクランだ。
二位予想はクラン“黒帯”。
熊族や猪族が中心で全員がパワーファイターのクランだ。
前回参加時はボスを三十秒で倒すやつもいてその力を見せつけたが、森で迷子になったり川で何回も流されるなど、他がお粗末だったため結果は四位。
だがそれが無ければ入賞間違いなしだったと言われている。
二位予想は暁の不死鳥じゃないのかって?
あいつらはいろんなクランから不況買ってて情報が集まりにくいらしい。
要はハブられてるってことなんだが、そんな状況でもあいつらは『勇者とは強き者。強き者は時として孤高となるのです。ですがいつか必ずっ、僕たちのことが理解される日が来るのですっ! そう、これは神の意思、試練なのです。勇者たる僕たちはこの試練に打ち勝ってこそ、真の勇者となれるのです!』とか抜かしてるらしい。
だから評価不能という事で放置されてるそうだ。
勇者も大変だな。
そして三位予想が俺たちホースメン。
前回も三位だったしクランの体制変更も評価されている。
だが前回ボス戦の結果があまりに酷かったため評価が伸びていないらしい。
あのときの無様な姿を見せつけられるようで正直悔しい。
だが今日こそはその評価を覆して見せる!
あの日の屈辱を糧にしていままで鍛えてきた俺たちの力!
今日こそ見せつけてやるぜ!!
「しょんぼりさんお疲れさまでーす」
「だからそれをやめろぉぉぉぉぉ!!」
くそっ、自分のせいとはいえ忌々しい呼び名だ……。
「ところでルドルフさん、今日の調子はどうですか」
さっきから聞いてくるのは予想屋の一人らしい。
メモを片手にインタビューみたいにマイクを向けてくる。
うしろにも似たようなやつらが並んで、そいつらもメモを取ろうとしていた。
「調子? そんなもん最高に決まってんだろ」
「前回イベントからクランの体制変更やって色々きつかったんじゃないですか? 結構変わったから、メンバーの脱退もあったらしいじゃないですか」
「確かに大変だったな。あんたの言う通り脱退もあった。だがそれ以上に俺たちは成長できたと自負している」
隠す必要なんかない。
俺たちはただ最高の走りをすればいいだけだからな!
「なるほど。最近は前線のダンジョンでちょくちょく見かけるという情報もありますし、それが自信になっているという事ですね。ですが……」
そこで探るような目を向けてくる予想屋。
くだらねぇ駆け引きなんかしてねぇでさっさと聞けばいいものを。
俺に隠すことなんざ一つも――
「ここ数日のあいだ、訓練場やダンジョンで猛特訓するルドルフさんを見かけたって情報もありましてね? 今になって焦り始めたという見方がありまして……」
「――っ! ウォッホン! た、確かに今まで以上に訓練を積んだのは事実だ。だがそれは焦ってのことでは断じてない。ただ俺が新しく身に着けた力を、もう一度徹底的に自分に刻み付けたかっただけだ。前回のような無様な姿はさらせないからな」
「なるほど。最後の追い込み特訓だったんですね」
「そうだ。俺は自分を一層追い込み、さらに成長したかっただけだ」
「わかりました。それでは最後に意気込みをお願いします」
「今日こそ俺たちホースメンのあるべき姿を見せてやる。その姿をどう見るか……判断はお前らがすればいい」
「ありがとうございました! 本番頑張ってください!」
そう言って予想屋の連中は次のクランのとこへ向かっていった。
「さすが団長、立派なインタビューでした!」
「そんなもんじゃねぇよ。ただ本当のこと言っただけだからな」
「やっぱ団長は最高ですよ! それにこないだからきつい特訓してると思ってたらそんな考えがあったんですね。俺もてっきり焦ってたんじゃないかと思ってしまいました。本当にすいませんでした!」
「い、いや。説明しなかった俺も悪いからな。気にするな」
「ありがとうございます!」
そう、インタビューには本当のことを言っただけだ。
何も嘘なんて言ってない。
そしてあのことはレースに関係ないんだから隠し事でもない。
ただどんなに訓練していても、ふと天使の笑顔が頭の中をよぎってしまうだけだ!
あの日から何故かあの笑顔が離れない。
飯食ってようが訓練してようが魔物と戦ってようが離れない。
笑顔が気になって何にも集中できない。
正直言えば焦っていた。
リレーに対してというよりも自分自身の精神状態に焦った。
こんなことではまた無様な姿をさらしてしまう!
俺はあの笑顔を忘れるため、徹底的に自分を追いつめた。
訓練は普段の二倍やったし、そのあとにダンジョンに単独でむかった。
そのダンジョンに満足できなくなると次のダンジョンに行って戦った。
ただひたすら戦い続け、自分を追い込んだ。
どんなにヤバい状況でも決して引かずに戦い続けた。
そして死にそうな目に合うと、必ずあの笑顔が頭をよぎった。
その度に力を取り戻し、俺は戦い続けた。
戦って、戦って、戦って。
そして気付いた。
あの笑顔を忘れる事なんて無理だ!
笑顔を忘れることが無理ならどうすればいいのか。
ただ、受け入れればいい。
そうだ、あの笑顔は俺に力をくれる!
あの笑顔こそが俺の武器になるのだ!
それに気付いてしまえば後は簡単だった。
今まで苦労していた魔物がザコに見えた。
初めからこうしていればよかったんだ。
彼女は俺の勝利の女神であると認めるだけでよかったんだ!
その境地にたどり着いた俺は、ようやく戦う事を止めた。
気付けば、パーティ組んで攻略できなかったダンジョンを単独攻略していた。
「今の俺を止められるものなんざいない。俺たちは今度こそ勝つぞ!」
「「「「「おおおおおおお!!」」」」」
クランのために、そして女神のために。俺たちは勝つ!
俺たちが気合いも新たに装備と作戦の確認を行っていると、やがてイベント開始時間が訪れた。
それと同時に前回同様魔法陣が現れ、そして消えた後にはレースの舞台が出来上がっていた。
《これよりBeast Life Fantasy Online公式イベント。第二回、バトラー&アスリート、異世界式アンリミテッドクロスカントリーリレーを開始します》
うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
アナウンスと同時に盛大な歓声が上がる。
俺は一緒に叫びたくなる衝動を抑え、今回のコースに視線を注いでいた。
……前回のコースとは違う。
予想はしていたから特に驚いてはいない。
だが前回より山が低くなっているなど、少し見ただけでも結構な変更がわかるので、想定以上の変更を覚悟しないといけない。
早くコース解説を聞きたいと誰もが思っているだろう。
俺と同じように静かにコースを見据えているやつは何人もいた。
そしてそれをくみ取ったかのように、コースの解説が始まった。
コースの基本的な構成は前回の通りだった。
全長約五キロ、全四つのゾーンから構成されるコース。
第一ゾーンは前回と同じ平原。
アップダウンもなく本当に平地だが、今度は魔物が配置されている。
ノンアクティブで倒す必要はないが、倒せばチェックポイントで有利になるという。
そのチェックポイントは前回と同じく一本橋。
ただし左右から矢が飛んでくる。
魔物を倒せば飛んでくる矢の数が減り、十体討伐でゼロになる。
一本橋から落ちた先は川になっていて、前回以上にタイムロスが考えられる。
魔物を倒さず谷底を進むという方法ではタイムを稼げないというわけだ。
第二ゾーンは坂道。
ただし坂の上から直径四、五メートルはありそうな大岩が転がってくる。
勾配の急なルートは近道だが岩の転がる速度が速く、勾配の緩いルートはその逆だ。
しかもこのコースには高度制限がある。制限を超えた時間に応じてペナルティ。
岩を飛び越すと引っかかるので、左右に避けるしかない。
チェックポイントではそれに加え、正面から矢が飛んでくる。
転がってくる岩を盾にすれば矢を防げるが、もちろんそのまま盾にしてれば岩に潰されるし、うかつに避ければ矢に当たる。
素早い判断力と回避力が試されるだろう。
第三ゾーンは森。
ここも高度制限がある。
前回のイベントではスキルを使って木を飛び越し、上からルートを確認したプレイヤーが居たのでそれの対策だろう。
だが前回の森とは違い、今回は普通に走れる程度にしか木が生えていない。
魔物も居ないし勾配もないので非常に走りやすいが、当然簡単になっただけではない。
ここではゾーン全体がチェックポイントも兼ねる。
チェックポイントの内容は動物の捕獲。
ゾーンに入ったすぐの場所にコンパスと捕獲用のケージをが置いてあり、その二つを手に入れると捕獲対象の動物が提示される。
コンパスは対象の動物の方向を示すので、それを頼りに規定数捕獲。
そして捕獲完了すると次のゾーンの方向をコンパスが示すというものだ。
だがコンパスの蓋を開いて動物の方向が表示されるのは五秒間だけ。その後十秒間は再使用不可。
最初から最後までナビゲートしてくれる訳ではない。
しかも今までのチェックポイントは他プレイヤーと分けられていたが、ここではゾーンも兼ねるので他のプレイヤーと同じ空間で行う。
わざと他プレイヤーの動物を捕獲し妨害するといったことも可能だが、違う動物を捕獲するとペナルティとなるので覚悟が必要だ。
最後の第四ゾーンは、山の中に作られた坑道。
前回には無かった全くの新しいゾーンとなるが内容は単純だ。
迷路のような坑道を進みボスを倒す。それだけだ。
迷路はむしろ簡単だろう。
前回の森と違い分岐の判別が簡単だから、第二走者以降は一気に楽になるはずだ。
問題は途中の魔物だ。第一ゾーンと違い今度はアクティブ。
やはり倒す必要はないが、ダメージを受ければペナルティ。
魔物の少ないルートは距離が長く、魔物の多いルートは距離が短いそうだ。
そして問題のボス。
今回はレッサーマンティコア。
それを聞いた俺は、内心ガッツポーズした。
体はライオン、尻尾はサソリ、蝙蝠の翼を持つ魔物で、魔法も使ってくるオールラウンダータイプだ。
だが下位のレッサーならそこまで強敵ではない。
以前の俺たちなら難しかったろうが今の俺たちなら全員が倒せるはずだ。
今回も制限時間は五分。
俺なら二分以内で倒せるし、他のメンバーも三分以内でいけるだろう。
さすがに他のクランのように一分台は難しいだろうが、それでも十分に戦えるタイムだ。
いけるっ!
コース解説を聞き終わった俺は、自身に満ち溢れていた。