1-4 私以外にとってのプロローグです。
最初こそ予想外の展開だったがその後は多少の修正で進行している。
バルガスは予定通りひたすら防御とヘイト集めに集中。
ダメージ量がかなり大きかったためキイはほとんどバルガス専属の回復に回った。
アヤメも動きの妨害が難しいと判断しダメージ優先の魔法を撃っている。
攪乱と行動妨害が居なくなったが代わりを務めたのはイオンだ。
相手はかなりの大型だったため、イオンが頭部を狙うことで体制を崩すことができたからだ。
しかしファーストアタックのように全ての行動をキャンセルすることはできなかった。
大技の溜めはキャンセルできたが、小技の魔法は体勢崩してもそのまま撃ってきたのだ。
そしてその魔法を食らうのは俺とバルガス。
イオンは当然のように全部避けきってるからな。
エリスの風耐性バフだけじゃ当然防ぎきることはできないので俺も結構食らってるが、今のところは余裕をもって対応できるレベルだ。
今のところは、だが。
大方のゲームでおなじみとなっているが、当然BLFOのボスもヤバくなったら強化される。
タイミングは残り体力が約20%辺り、レッドゾーンに入ってもうちょい減らすと発狂モードに入る。
さっきレッドゾーンに入ったとエリスから声がかかったから、多分もうすぐだ。
警戒してアヤメは大技を控えているし、キイもエリスも回復体勢に入っている。
いつもならここで俺が大技、ついでアヤメもぶち込んで発狂モードに入ると同時に出来るだけダメージ入れるんだが、今日はイオンが居る。
下手なタイミングで発狂モードに入るとイオンが最悪なタイミングで突っ込んでしまう。
なので今回はイオンの攻撃で発狂モードに入ったところを狙う。
発狂と同時に大技撃たれてもそのまま離脱してくれるから大丈夫だろう。
バルガスがエレメントゴーレムの攻撃を防いだ直後、考えを察したかのようにイオン滑空してきて一撃入れる。
「ゴガァアアアア!!」
発狂入った!
エレメントゴーレムの巨体が緑に光るエフェクトに包まれていくが気にせず攻撃にかかる。
「ダブルクロス!」
剣術、四連撃。
普通は片手剣でスピード重視に使う技だが、俺は無理矢理両手剣で使用することで一撃の重さを重視した技にアレンジしている。
そのため若干終了までに時間がかかるがこれでいい。
最後の一撃を振り切ってすぐにバックダッシュ。
「アイスランス・トライアタック!」
離れた瞬間にアヤメから氷槍の三連撃が入る。
威力は大きいが手数が少ないアイスランスを、同時発動させることで瞬間的な威力を上げたアヤメのアレンジ魔法。
同時発動の手順が入ってしまうため発動までに時間がかかるのが難点だが、アヤメは俺のスキルを邪魔しないよう時間のかかる魔法を選択していた。
タイミングばっちり全て命中したが、エレメントゴーレムは何事も無かったかのようにそこに立っている。
体を覆っていた緑のエフェクトはエレメントゴーレムの周囲を回り始め、そのまま魔法として発動した。
パッと見、体の周りを防御魔法の風が吹いてるだけなんだが……。
「キイ、試しに一本打ってくれ」
「了解っ」
山に入ってからほとんど使っていなかった弓を構え一射。
まっすぐエレメントゴーレムへ飛んでいくが、当たる前に切り裂かれた。
「やっぱり防御じゃなくて攻撃かよ!」
声に反応するように俺たちに向かって歩き出すエレメントゴーレム。
触れたものを切り裂く攻防一体の魔法に全身を包んだ巨体が無造作に歩いてくる。
先ほどまでのように腕を振り回す必要などない、ただそこに居るだけで脅威になる相手が迫ってきた。
「どうすんのよアレ!」
「とりあえず攻撃せずに逃げまわれ! 無駄撃ちすんなよ!」
発狂モード前と違って魔法は飛ばしてこないし動きが遅いのが救いだが、このままじゃいずれやられる。
どうするか……。
魔法は魔法だからアヤメの大技で相殺するか?
MP切れればそれまでだ。まだ20%近く残ってるはずだから絶対に持たない。
バフ全力でかけてバルガスに突撃してもらう?
もっと無理だな。台風リポーターみたいにまともに動けない可能性がある。
……台風か!。
風はエレメントゴーレムを中心に水平方向に回っている。
なら台風と同じく中心部は『目』になっているはず。
上からなら攻撃出来るんじゃないか?
イオンは警戒するようにエレメントゴーレムの背後を飛んでいる。
バルガスの槍を渡して上空から投げてもらえれば多少はダメージが通るんじゃないか?
発狂モード前も大技はキャンセルできたし、何度か繰り返せば。
そこまで考えたところで、イオンと目が合い――
イオンが、頷いたように見えた。
……なんか嫌な予感がするんですが。
あーイオンさん、何で高度上げてるんですか?
ゴーレムはアパートくらいの高さしかないのに、そこマンションくらいだよな? 狙いつけられないよな?
それに何で俺達じゃなくてゴーレムに近づいてるんですか?
ああ真下だったら狙い付けやすいな。でもイオンの槍は突く用じゃなくて切る用だからバルガスの槍貸すよ?
だからそのまま垂直降下なんてしなくていいんだよぉぉぉ!?
ギン!!!!
あまりに早すぎたからだろう。
音は一瞬。
切り裂く音が耳に突き刺さった。
あまりの大きな音に遅れて耳を抑える頃には、エレメントゴーレムの足元に着地したイオンが薄れていく台風魔法を利用し素早く飛び立っていた。
マジでやりやがった。
高空から垂直に降下してボスに攻撃。
それだけ聞くと簡単そうだが、実際はとんでもない速度で地面に向けて突っ込んでいくかのようだった。
飛べるのが当たり前の本人からしてみれば大したことじゃないかもしれないが、普通だったら正気を疑うレベルだ。
ミスれば落下ダメージで間違いなく死んでる。
しかも台風魔法がヤバいものってことはイオンだって分かってたはずだ。
そんなとこの中に飛び込んでいくか?
NPCってもっとこう、ギリギリいけそうでも安全マージンが無い事はしないと思ってたけど違うのか?
失敗しても無事でいられるほどハイレベルなはずはないだろうし……ってボーっとしてる場合じゃねーよ!
「ヘビースラッシュ!!」
「二段突き!」
俺とバルガスがスキルを打ち込むがタイミングが遅く、台風魔法が再び発動された。
くそっ、本当ならもう一段上のスキルを打てていた。
今日二度目だろ学習しろよ俺。
イオンがスゲー?
そんなもんじゃねーよアホ。
あれはサイコーってんだろ!
「アヤメいけるか!?」
「アホか、聞かれるまでも無いわ! アイスランス・デュエルアタック!!」
発動した魔法は正確にコントロールされ、エレメントゴーレムに真上から突き刺さる。
発動していた台風魔法は予想通り消え去っていった。
あとはそれを繰り返すだけだった。
イオンとアヤメが交互に魔法を撃ち消し、俺とバルガスとキイが全力攻撃。
繰り返すこと五回。
エレメントゴーレムは、その動きを止めた。
《イベント目標の達成を確認しました》
システムメッセージを聞いて体から力が抜け、そのまま地面に座り込んだ。
「あーつっかれたー」
今回はキイも何も言わず一緒にへたり込んでいるしアヤメとバルガスもきつそうだ。
エリスも座り込んで回復魔法をかけている。
「皆さんお疲れ様です」
そこにイオンが降りてくる。
いやなんか平気そうな顔してるけど一番大変だったのイオンだからな?
ドヤ顔とかしてくれていいんだよ?
そんな君もきっと素敵です。
「お疲れーそれとサンキューな。イオンのおかげでマジ助かった。お礼にこの後デーごふぅ!」
おかしいな。ゴーレムの欠片が飛んできたんだけど、ボスもう倒したよな?
「イオン居なかったら絶対無理だったよね」
「そんな、皆さん凄いんですから私が居なくても何とかなってましたよ」
「そうかもしれませんが、その場合攻略にどれだけ時間がかかってたか分かりませんね。恐らく二週間は足止めされてました」
それくらいはかかるだろうな。
エレメントゴーレム発狂モード攻略の以前にゲイルファルコン地帯の突破方法だってまだできていないし。
まともにやってたらすげーしんどいぞこれ。
「イオンさん回復しますのでそのまま動かないでくださいね~」
回復?
「無事そうに見えたけどダメージ食らってたのかよ」
「どうもそうみたいですね。一番初めに若干避けきれなかったのと、最後辺りで上から飛び込んだ時だと思います」
「遠くを飛んでるから私の魔法は届かないし、イエローのままであの竜巻に飛び込んでいくんですよ~? あんまり無茶はしないでくださいね~」
イエローでも回復しない?
NPCは基本的にグリーン以下にならないように行動するって聞いた気がするんだが……こういうNPCも居るってことか。
まだゲーム始まって半年だしな。新しい発見は次々出るわな。
「なんにせよ全員無事に倒せてよかったってことで。それでイベントアイテムは誰が手に入れた?」
特にクエストの一部というわけじゃないが、ここのボスが何らかのアイテムを持っているという情報からここの攻略をしたわけだ。
モノによってはここからクエスト発生もあり得るので非常に気になるところだった。
「あたしは通常品ばかりね。素材系が結構多いわ」
「ウチも同じや」
「私もです~」
「私もそうですね。微レアな防具があるだけです」
あれ? 俺のとこにもそれっぽいものは無いんだけど?
「これじゃないでしょうか。【風精霊の封石】というものがあります」
ああイオンのとこにあったのか。
しまったなードロップアイテムをどうするかなんて最初に決めとかないといけないのにすっかり忘れてたぜハッハッハッ。
いや俺が悪いんじゃないよ?
NPCはドロップアイテムを入手できないんだから。
…………ってーことは。
「あのー、イオン? 一つお願いがあるんだけど」
状況を察したキイが口を開く。
「別にアイテムが欲しくて来たわけじゃないので、差し上げますよ?」
「いやそうじゃなくて」
「はぁ、何でしょう?」
キイが今しようとしているのは確認作業だ。
「フレンド登録お願いできない?」
「そんなことでよければ大丈夫ですよ」
メニューを操作しフレンド登録をする二人。
無事登録できたと言うイオン。
言うまでもないが、NPCとフレンド登録は出来ない。
これで確認できた。
イオンは、間違いなくプレイヤーだ。
「ってマジかよおおおおお!!??」
「ウソでしょ……」
「今日一番の驚きやわ……」
「わ~……」
「なんと……」
三者三様、全員から驚きの声が漏れる。
美少女がアイテムドロップでハイレベルなイオンでとんでもない一撃を決める無謀なNPCでプレイヤー?
もう何考えてるか自分でもわからん。
いや落ち着け落ち着け。
こういう時は定番のラマーズ法だ。
あれって絶対ネタだよな、そういうことしてる段階で落ち着いてるってことだよな。
つまりラマーズ法に至った俺も落ち着いている。よし落ち着いた。
「どうしました突然。何かありましたか?」
「正直に申し上げますとイオンはNPCだと思ってましたゴメンナサイ」
素早く土下座。
「そうなんですか。先ほども言いましたがアイテムなら差し上げますが、他にどんないけないことがありました? 私にできる事ならさせていただくんですが」
「いやイオンに問題があったんじゃなくて……」
「と言いますか申し訳ないんですがそろそろ時間が迫ってまして。早くアイテムお渡しさせてもらえたらと思うんです」
申し訳なさそうに言うイオン。
そういえばなんだかんだで山頂まで時間かかってたしボスにも時間がかかった。
今から急いでアイテム渡して金も計算してとなると結構時間がかかるしなぁ。
「ひとまず今日はここまでにして続きはまた後日にしませんか? 急いで決めてもよくありませんし、時間のある時に落ち着いてという事で。詳しくはキイさんからフレンドメールを送りますので」
バルガスが折衷案を出してくる。
「私は助かりますが、いいんですか?」
「こっちも問題ない。時間のことは承知でついてきてもらったんだし、むしろ面倒かけて悪いな」
こういう分配はその場でやってしまわないと後々揉めることがあるが、この場合はむしろ逆になりそうだ。
このまま無理やり話し進めたら絶対俺らが貰い過ぎる結果になる気がする。
イオンも金事はその場でってことを分かってるようで確認してくるが、こっちの都合にさんざん付き合わせといてこれ以上要求するとかどんな悪質プレイヤーだって話だ。
予定だって最初に確認してるんだからイオンに非は全くない。
「とんでもありません私も楽しかったですし。でもそういう事でしたらまた今回は甘えさせてください。また後日よろしくお願いしますね」
「ああ、またな」
「細かいことはフレンドメール入れとくからまたねー」
「今日はおおきになー」
「ありがとうございました~」
「お疲れ様でした」
「はい。それでは今日のところは失礼いたしますね」
ぺこりとお辞儀ひとつ。
振り返って助走をつけ、すぐに空へと飛び上がって行った。
「改めて見ても本当に飛んでるな……」
「あたし開始当日はプレイできなかったから情報見て鳥族やめたんだけど、翼って本当に動かせないものなの?」
「私試しましたよ~。動かせないどころか翼を触られても触られてる感覚が無くて~、無理矢理くっつけてあるだけみたいな感じでした~」
「でもイオンは動かしとったなぁ」
「不思議ではありますが無いとも言い切れないと思いますよ。キイさんの索敵もアヤメさんの魔法コントロールも、出来ない人からしてみれば同じようなものだと思いますので」
「そう言われると何も言えないけど……」
「感覚なんて曖昧なものの話ですからね。尻尾の動かし方を聞いた人たちもそうだったと思いますよ」
いまいち納得しきれてないというか、よくわからない複雑な表情をするキイ。
俺から見るとキイもあっち側の人間って感じだ。
まだ種族特性がはっきりする前の初期プレイヤーだから、チートだとか騒ぎにもなって巻き込まれたことがある。
落ち着いた今は種族の特性を生かした結果として受け入れられるようになったけど、当時は結構酷いこともあった。
その当人としてはイオンに対して重ねてるところがあるんだろうな。
俺もそうだし。
「まぁここで言ってても始まらないしとりあえず帰ろうぜ。疲れたし腹減った」
イオンじゃないけどゲームは楽しい方がいいからな。
ぐだぐだ言うにしてもダンジョンの中では落ち着かないし。
「あんた少しは空気読みなさいよ……」
「空気は吸うものですぅー文字なんか書いてありませんー腹減り過ぎて頭おかしくなったんじゃないですかぁー」
「……へー。そういうこと言うんだ」
やべ、やりすぎた。
「そんなに早く帰りたいならあたしが近道教えてあげるわ。ほら、そこから下りるだけの簡単なルートだから」
「いやここ崖……」
「下りるだけだから」
「え、いや」
「下りるだけだから」
「……」
「行かないなら蹴るよ」
「もう蹴ってる蹴ってる落ちる落ちる! 下りるじゃなくて落ちる!」
「うまく言う必要なんてないから、ほら行けよ」
「ストップストップ! 誰か見てないで助けて!」
三人に助けを求めるが、見てませんというように視線をそらされる。
「締まらんなぁ」
「気を遣うにしても言い方さえ気を付けてもらえば~……」
「それが出来ないから面白いんですけどね」
三人に暖かく放っておかれる二人。
「ちょっ、まっ、おわああああああああ!!」
ゲイル山の山頂に声が響き渡った。
山頂から見る空は雲一つ無い澄み渡る空。
空に舞う翼はすでに遥か彼方。
ただ青い世界が、そこにはあった。
ひとまずプロローグ終了です。
次から時系列が少し戻って主人公視点になりますので一気に雰囲気が変わります。