6-4 これもクエストでしょうか?
明けて次の日。
学校では朝一番に東さんさんからゲームの話は禁止されました。
なんでも真里がこっそりログインしようとしたそうで、テスト終了まで没収することになったそうです。
東さんは昨日話を出したことに後悔してましたが、私も乗ってしまったので同罪ですね……反省です。
とはいえ私はゲームをします。
少し真里に悪い気はしますが、今のうちにゲームに慣れておいた方がいいですからね。
今日の予定はペンダントの受け取りです。
以上です。
すぐに終わってしまいますね。
拠点は今日も改装中ですし。
キイさんとプルストさんは既に他の町に行っているそうですし、他の方はまだログインしてません。
なのでのんびり動き始めました。
予定が無いのはいいことです。
ひとまずバトルデイズへ。
ペンダントを受け取り、それから回復アイテムも勧められそちらも購入することに。
魔石のことをほとんど知らなかったので、まさかと思ったレイチェルさんからアイテムについて確認されたからです。
初心者の館で存在は知っていましたが、特に必要に迫られてなかったので考えてませんでした。
体力回復ポーション、魔力回復ポーション、毒消し類など一通り選んでもらいそのまま購入。
購入の決め手の一言は『NPCにも効きます』でした。
セカ村のアーニャさんに差し上げるといいかなと思ったのです。
もちろん早くタルトを食べたいからです。
他に理由なんてありません。
敷き詰められたミルマの上にかけられたミルマのソース。
ともすればミルマ尽くしですぐに飽きそうなのなのに、何故かそれを感じさせない調和の取れた一皿(雑貨屋の奥さん談)。
早く食べてみたいですね……。
なんて考えていたからですね。
いつものようにドーナツを買いに行ったら、なんとリンジーさんが試作ドーナツをくれたんですっ!
しかもキイさんに渡したホイップとは違う、ミルマを使用したクリームですよ!
頭の中はミルマタルトでしたがミルマは同じなのでこの際些細な違いです。
しっかりとお礼を言った後、すぐに森へ。
精霊さんと二人で、至福の一時を過ごしました。
これで未完成って完成品は一体どうなるんでしょう……。
商品化が楽しみでなりません……。
それにしてもレイチェルさんとリンジーさんにはお世話になってばかりですね
いつかお返しをしたいものです。
ドーナツを満喫した後はそのままセカ村へ。
アーニャさん宅へ行く前に雑貨屋に寄ります。
直接渡そうとすると断られるかもしれませんので、ここは奥さんの力を借りようと思います。
きっと奥さんなら嫌がるアーニャさんに無理矢理飲ませてくれるに違いありません。
あの奥さんならきっとやります。
……と、いいますかやった後のようでした。
「イオンさん!」
宿の前を通り過ぎようとしたらアーニャさんが出てきたんです。
まだ若干痩せ気味のようですが、見える表情は元気そのものと言った感じです。
「丁度良かった。今日から仕事を再開したところだったんです。ご希望のタルトだって作ってますよっ」
「本当ですかっ」
何て素敵な日でしょうか。
素敵過ぎて後が怖い気分です。
「でもまだ本調子じゃないから出来はイマイチだったけど……」
「いえ大丈夫です。是非お願いします」
つまり美味しくなっていくのを楽しめるということですよ。
「あはは、本当に食べたかったんですね。でもがっかりしても知りませんよ?」
なんて笑いながら宿へ連れられます。
入って正面のカウンターにはこないだの男性とは違う、白髪の混じった年配の男性が一人。
「ラザおじさん、私の恩人が来てくれたんで厨房使いますね」
「恩人? おぉ、あんたが薬草取ってきた冒険者か」
そう言いながらカウンターから出てきた男性は、それなりの年齢を感じさせつつもがっしりとした体つきの、とても頼りになりそうな方でした。
一言で言えば強そうです。
それにカウンターの向こうに見える大きな斧、こないだは無かったですよね?
「ラザだ。アーニャが世話になったな。アーニャは親を亡くしてから俺たちが親代わりみたいなもんだったんだ。だから俺からも礼を言わせてくれ。それとせがれが失礼したな」
「イオンと言います。これは正当な仕事ですからお気になさらず。むしろこれからご迷惑かけると思いますので申し訳ありません。あとここにいた誰かのことなんて覚えてませんので大丈夫です」
「許してやれとは言わんがあいつは徹底的にたたき直しとくさ。それとアーニャの恩人は俺達の恩人みたいなもんだから気にするな。しかし……本当にタルトが代金なんだな。ワイバーンを倒せるような奴に吹っかけられても、誰も文句言わんぞ?」
言葉の最後に試すような問い入れてを不敵な笑みを浮かべるラザさん。
何故そんなことをしてくるんでしょう……挑発といった感じでもないですし。
そういう風に返答した方がいでしょうか?
「ワイバーンを倒せるような私はお金に困ってませんので。お金だけでは買えないもののほうが嬉しいので」
わざと乗ってみるように返答してみました。
キイさんに聞きましたが、ワイバーンの素材はそこそこの金額になるそうです。
だから素材全部渡した結果、良い装備を作ってもらえたんでしょう。
またどこかにいないでしょうか。
「ほう、言うじゃないかお嬢さん。がしかし実力は確かだからな、見た目で舐められるんだからそれぐらい言った方がいい」
私の答えは合格点だったみたいですね。
うんうんと頷いていますし……。
「よし、その腕を見込んで仕事を……」
「イオンさーん準備できましたよー」
「すみませんが後でお願いしますねっ」
食堂側からかけられた声に一目散に向かいます。
ラザさんすみません。ですがこれを食べないことには話を聞くことは不可能です。
ええ誰にも止めることはできませんとも。
雑貨屋の奥さんに洗脳され、あれから毎日求め続けた憧れのタルトが今ここにっ。
では、いただきます。
今飛んでいるのはセカ村から南の方向。
方角としてはゲイル山のある方向から少しずれている程度ですね。
と言っても目的地とゲイル山はそれなりに離れていますが。
ラザさんから依頼された仕事をこなすためニデスという街に向かっています。
知り合いの方に自家製の野菜と漬物各種を届けるためです。
もったいぶったような言い方をしたラザさんでしたが、やってることはただの宅配便ですね。
慎重そうにしてたのは冒険者ギルドを通さない仕事の依頼だったからだそうです。
ギルドを通して仕事を依頼した場合は少々値が張りますが、失敗した場合はある程度返金されるんだそうです。
直接依頼する場合はお互いの信用しか保証がありませんので、最悪失敗しても依頼者は泣き寝入りする場合が多いとのことでした。
そんなことをする人はいずれは仕事に支障をきたしてしまうと思うんですが……。
ひとまず私はラザさんから信用を得られたようで、今回の仕事を受けることになったのです。
それにしても私、冒険者なのにまだギルドに行ったことがなかったですね。
そのうち行きましょう。
観光するには面白くなさそうなのでそのうちでいいですねす。
……タルトの話が無い、ですか?
やめてください。その話題は厳禁です。
その名を聞くだけでも思い出してしまうんです。
口に入れるたびに広がるミルマの味……。
果肉とソースの合わさった、複雑なはずなのに芯の通った甘さ……。
弱く残った酸味が舌を飽きさせず、しっとりとした生地は優しく丁寧にその全てを受け止めて……。
はっ。
いけませんいけません。
あのタルトは危険です。間違いなく凶悪です。
なのでこのことについては忘れます。
タルトのタの字も思い出してはダメです。
今は飛ぶことに集中します。
そうでなければお土産用にいただいてきたワンホール、すぐ食べてしまいそうになるのです……。
◇◇◇
ニデスに到着しました。
空から見た感じとしてはルフォートに近いですね。
街の中心に結界石があって東西南北に向けてメインストリートが通っています。
差があるとすればルフォートに比べ色彩が少ないような印象でしょうか。
ほとんどの建物が統一された形と配色なのでものすごい統一感があります。
外国の景観維持をしている街のような感じでしょうか。
それから街を囲うように四角く城壁があり、外は草原というより荒野に近い感じですね。
草はまばらで地面が目立ちます。
ラザさんの知り合い、コーブさんは街の北西端に住んでいるという事なので北門の前に着地しました。
ルフォートでは誰も居ませんでしたが一応門番のような方が居ますね。
ですが特に何かをチェックしてるわけでもないようで、挨拶だけしてそのまま入りましたが何も言われませんでした。
結界石があるので魔物は入ってこないはずですが、来る途中で結構魔物の姿が見えたので念のため監視しているとかそういうのかもしれませんね。
街に入ってまずはコーブさんの家に行きます。
街の方も気になりますがまずお仕事終わらせてからでないと楽しめないですからね。
コーブさんの家は北西の端。
北門から入ったので西へまっすぐ向かうだけです。
街の内容もルフォートと似てるのか、北西部のこの辺はやっぱり倉庫街ですね。
ルフォートで行ったことが無ければ少し躊躇してたかもしれません。
やっぱり経験は重要ですね。
クランに入ってよかったです。
とはいえ、ここで会うのはいくらなんでも出来過ぎだと思いますが。
「何となくイオンっぽい感じがすると思ったらやっぱり。なんでここにいるの?」
「マジでいたよ」
私の向かう先からキイさんとプルストさんが歩いてきました。
二人の行き先はここだったんですね。
「こんにちは。実はセカ村で仕事を一件引き受けまして、それでです」
「もしかしてギルド行ったの?」
「いえ、村の人から直接依頼されました」
「もうサブクエやってんのかよ……」
「さぶくえ?」
初心者の館では出てこなかった言葉ですね。
「初心者の館は行った? ならクエストの説明はあったと思うんだけど」
「複数のイベントに跨がって行われる、一連の出来事の総称、でしたっけ」
例えば『○○を入手する』というイベントがあったとして、入手するだけで完了したらそれはイベント。
入手後に『△△に引き渡す』という事があるとそれはもうクエスト、という扱いになると解説がありました。
通常のクエストは発生する場所や人にクエストポイントのマークがあり、クエストを受注するかどうかの確認メッセージが聞こえるとのことでした。
「プルストが言った『サブクエスト』っていうのは、そのクエストポイントのマークが無いクエストのことを言うの。やってることはクエストと変わらないけど、クエストと違って始まりと終わりがハッキリしないし、途中の流れも決まってない。しかも一度誰かが完了させたら大体二度目が無いっていうのが違うところかな。クエストが人工的に用意されたストーリーだとするなら、サブクエは自然に出来た物語って感じ」
「セカ村といえばこないだワイバーン倒したんだろ? 今回の仕事もそれがあったからイオンに依頼があったと思ったんだよ。だからワイバーンを倒したその前後からサブクエは始まってたっていうわけだ」
ワイバーンを倒していなければ薬草は手に入らず、アーニャさんはまだベッドの上。
手に入れた薬草をアーニャさん直接ではなくランツさんの方に渡していたら、ラザさんは宿の仕事に復帰しなかった。
確かに、今となって考えてみればイベントがいくつも繋がってますし、行動一つ変わってれば仕事を受けていなかったと思います。
「サブクエは何が正解で何が失敗か分からないから非常に難しいとされてるんだよ。報酬もサブクエによってかなり差があるし。けどその代わり自由度がとんでもなく高いから面白いんだよね」
「その辺も、何やってもいいっていう事ですね」
「そーゆーことっ」
正解っ、といった感じでキイさんが笑ってくれます。
決められたことが嫌いというよりも、自分の意思がそのまま反映するのが楽しいという感じですね。
「そう考えると何やってもサブクエストになりそうですね」
「あながち間違ってないよ。意識しすぎても面白くないけど、忘れてると気付かないまま終わっちゃってそれも面白くないんだよね」
意識してるとそれに縛られるようですし、かといって自然な出来事なので気付かないこともあると。
実はあれとアレが繋がってたと、やりながら気付くのとやり終わってから気付くのとでは、やっぱり違いますからね。
「それでどんな仕事なの? こっちはもう切り上げようと思ってたから、よければ付き合うよ」
「ただの荷物運びなので手伝ってもらうようなことは無いですよ」
「そっか。でもそれならすぐ終わるし、やっぱり付き合うよ。それで終わったらどっか行こうよ」
「そうですね。ではさっさと終わらせてしまいましょう」
二人と合流して、キイさん達が歩いてきた方向へそのまま進みます。
確か場所は北西角の建物の二軒隣にある建物で、入口に黒いプレートがかかっていると……あ、ありました。
「ここですね」
「……ここなんだ」
「……ここなのか」
二人ともなんか疲れたような表情ですが、どうしたんでしょう?
とにかく仕事を早く終わらせてしまいましょうか。
タルトは兵器です。