6-3 これもクエストでしょうか?
精霊さんとのおやつが終わったあと、ルフォートに戻ってきました。
少し早いですがログアウトしようと思ったのと、その前に装備の修理をしようと思ったからです。
ゲイル山でエレメントゴーレムを相手にかなり無理させましたからね。
耐久性重視と言ってましたがどれほど修理が必要なのか、その確認も兼ねてきました。
「いらっしゃいませ」
先日と同じくバトルデイズへ。
入ってすぐにメイドさん、ではなく店員さんですね。に挨拶されます。
先日は気付きませんでしたが、女性は皆さんこの制服のようです。
「何かお探しでしょうか。よろしければご案内いたしますが」
「装備の修理をお願いしたいのと、あとお忙しいようでなければ店長のレイチェルさんとお話しできたらと思いまして」
「かしこまりました。少々……」
「いらっしゃいませイオン様。ご来店いただき、誠にありがとうございます」
店員さんの後ろからレイチェルさんが出てきました。
丁度いいタイミングだったようです。
「店長。こちらのお客様から修理のご相談を頂いておりました(仕入れ処理やってたんじゃないんですか)」
「ありがとう。ここは私が引き継ぎますので、あちらを願いできますか?(そんなもん後に決まってんでしょ。こっちの方が重要よ)」
「わかりました。それでは失礼いたします(怒られても知りませんよー)」
何やら話し合いがあったようですが、丁度良かったんですよね……?
「お待たせしました。本日は修理とのことですが……失礼ながら、何か装備に不備がありましたでしょうか?」
「いえそんなことは全くありません。本当に使いやすくてとても助かりました。ただダンジョンで無理させてしまったので念のために修理をと思ったのと、今後の参考に破損状況を教えてもらいたいと思いまして」
武器も防具も悪くありません。
悪いのは使用者です……。
「そういうことでしたか。それでは修理にかからせていただきますので、装備をお預かりさせていただいてもよろしいですか?」
「わかりました。試着室をお借りしますね」
「はい。よろしければこちら、修理の間お使いください」
そう言って服を渡されました。
広げてみるとシンプルな白いワンピースです。
簡単に着られるように作られているので、きっと修理中の代替用に貸し出されているものですね。
替えの服は持っていますが着やすいのでありがたくお借りしました。
手早く着替えて装備を預けます。
「ではお願いします」
「お預かりいたします。修理の間はいかがされますか? 御用がお有りでしたら店外へ出られてもかまいませんし、店内でお待ちであればご案内いたしますが」
装備を他の店員さんへ預けつつレイチェルさんから提案されます。
装備のことはよくわからないので何か聞いてみてもいかもしれませんね。
あ、でも。
「あの、装備とは関係ないかもしれませんがいいですか?」
「もちろん構いませんよ」
一切嫌そうな感じのない素晴らしい店員スマイルです。
つい本気で信じそうになりますが、あまりに関係無い事は遠慮するべきですね……。
「実は宝石を探していまして。出来るだけ魔力を含まない物がいいんですが」
「魔力を含まない宝石……ですか?」
「すいませんご存知でなければいいんです」
やっぱり武器屋にはありませんよね……。
「いえ、そんな物でよければすぐにでもご用意できますよ」
と思ったら武器と防具だけでなく宝石もあったんですね。
さすがは総合店です。
「ですが本当に魔力を含まないものでよろしいのですか?」
「はい、今回はそれがいいとのことでしたので。でも高いんですよね。あまり持ち合わせがないので金額だけ教えてもらえると……」
「魔力を含まないものであれば安いものは100ゼルから、高いものでも5000ゼルほどとなります」
「……えっと、なんでそんなに安いんですか?」
一番安いとものだとドーナツより安いなんて、一体どうなっているんでしょう……。
「イオン様、魔石というものはご存知でしょうか?」
魔石、初心者の館で教えてもらいました。
「魔力を含んだ石で、加工して道具にしたり、魔力を貯蔵しておくことに利用する物、ですよね?」
武器防具の作成、改造や、攻撃用アイテムの作成など、様々な方面で利用できる重要な物ということでした。
ですが基本は使い捨てで、作成方法はまだ不明。
そのため小さなものでも高価なんだそうです。
「そうです。その石というのが宝石となります。この世界での宝石はいかに多くの魔力を保持しているかが価値基準のため、魔力のない宝石の価値はものすごく低いのです。装飾品として僅かな需要はありますが、はっきり言えば石ころ同然の価値しかありません」
価値基準がそもそも違うんですね。
それなら安いのも納得です。
魔石はただ道具として使う以上に、装飾品としても使うため価値が高くなっているんでしょう。
対して魔力を含まないものを使用していると魔石のイミテーション扱いされるため、魔力のない物は価値が低いということですね。
でも私にとっては好都合というものです。
「そういうことだったんですね。でも魔力がない物で構いませんので、譲っていただくことはできますか?」
「……わかりました。すぐにご用意いたします。何かご要望などはございますか?」
「出来るだけ不純物のない物を。あともし風属性に適した宝石があればそれをお願いします」
「風属性ですね。わかりました少々お待ちくださいませ」
そう言ってバックヤードに入っていくレイチェルさん。
私はその間商品でも見せてもらって……。
「お待たせしました」
早いです。
というか早すぎませんか?
バックヤードに入ってすぐ出てきたように見えました……。
「こちらのエメラルドが風属性に適した宝石となります。価格は3000ゼルです」
トレイに乗せて見せられたのは、ペットボトルのキャップくらいもある大きなエメラルド。
しかも不純物を一切含まないような透明さ。
濃い緑色から発せられる小さな輝きは、まるで森の木漏れ日を思い起こさせるかのようです。
この大きさでこの純度の物が、プレーンドーナツ十五個で買えるなんて……。
「ではそれをお願いします」
悩む必要なんてありません。
どうやって探そうか悩んでいたのにこんなにあっさり見つかるなんて思いませんでした。
しかもものすごい安さです。
逃す手はありません。
「ありがとうございます。加工代もいただけるのであればアクセサリーとして加工させていただきますが、いかがしょうか? 今からですと完成は明日になりますが……」
「そうですね。大きいのでペンダントにしてもらえますか。時間も大丈夫ですので」
「わかりました、ではそのように手配いたします。ところで……」
手早く店員さんに指示を出しつつ、レイチェルさんから少しだけ探るような視線を向けられます。
とはいえ嫌な感じはありません。
純粋な興味と言った感じです。
「宝石の用途についてですか? 特に秘密でもないのでお話しますよ」
「察していただきありがとうございます。代わりと言っては何ですが、加工代の方はサービスさせていただきますので」
やりました、話すだけで加工代分お得になりました。
情報はタダではありませんが、わざわざ売るつもりでもなかったのでラッキーです。
「お言葉に甘えさせていただきます。用途の方ですが、精霊を宿す器として使います」
「精霊を、ですか?」
「はい。一昨日【風精霊の封石】というアイテムを手に入れまして、詳しい方によるとどうやら精霊さんが封じ込められているそうなんです。その精霊さんを開放するには契約が必要で、契約するにはその精霊さんが宿る器が必要とのことなんです」
「それで器として宝石なのですね……。わざわざ魔力の無い物をという事は、魔石ではだめなのでしょうか?」
「どうも封印を解かれた直後の精霊さんには悪影響なんだそうです」
なるほど、とレイチェルさんが頷きます。
新しい精霊さんが入るんだから、器は空っぽの方がいいという事ですね。
アパートに引っ越すのに前の住人の物が置いてあった場合、どうしようかと考えてしまいますからね。
「ちなみに、そのアイテムはどちらで入手されたのか、伺っても?」
「ゲイル山というところですね。山頂でエレメントゴーレムというボスを倒した時に、あっ、もちろん一人じゃありません。エスの皆さんとで倒しました」
危ないところでした。
どうやらワイバーンどころかブラックフォレストベアも一人で倒すような魔物じゃないようですからね。
きちんとパーティでと言わないと、またレイチェルさんに要らぬ懸念を抱かせてしまいます。
……今回も驚いてるようですが。
パーティで倒したので不自然じゃないと思ったんですが。
「……エスの皆さんとお知り合いだったのですか?」
「知り合いというか、ゲイル山の麓で知り合いましてそのまま一緒にダンジョンに入ったんです。そのあと色々ありまして、昨日エスに加入することになりましたが」
「加入っ!?」
加入と言ったところでものすごく驚かれました。
別にクランに加入するくらい普通のこと……ですよね?
「し、失礼しました。エスに加入される方は多くありませんので、つい驚いてしまいました」
多くないと言うか、クランとして最低数でしたしね。
そういえば今までは断ってたとか言ってましたっけ……。
しかも割と有名なクランだとか……。
……秘密にしておいたほうが良かったでしょうか?
「えっと……秘密というわけではありませんがあまり他の方へは……」
言ってしまったので秘密も何もありませんが一応……。
「もちろんです。他の方へ情報を漏らすような真似は致しませんのでご安心ください。誰がどういった装備をしているかというのも、時に重要な情報となりますので」
そう言うレイチェルさんの顔はとても真剣な目をしていましたので安心しました。
ゲームの中で個人情報って言うとまだピンときませんが、でも重要なことですしね。
「皆さんから割と有名だということは聞いていたんですが、レイチェルさんもエスを知ってたんですね。人数は少ないので、てっきりあまり知られてないクランだと思ってたんですが」
「当店もご利用いただいたことがありますので」
それなら知ってて当然ですね。
レイチェルさんのことなので、自分では担当してないお客様のことも把握してるんじゃないでしょうか。
「失礼いたします。装備の修理が完了いたしました」
レイチェルさんと話をしていると、最初に声をかけていただいた店員さんに声をかけられ、装備を渡してくれました。
「ご苦労様。破損状況は?」
「武器の方は30ポイント、防具の方は10ポイントほど減っていました」
「ありがとう。あとは私がご案内します」
失礼しますと、店員さんはバックヤードに下がっていきました。
「破損状況はお聞きの通りです。今回と同じような使い方を後三回ほど繰り返すと、武器が小破損の状態になるとお考えください」
さすが耐久性重視です。
ほとんど岩の塊に近いエレメントゴーレムを何回も切り付けましたがまだまだ余裕です。
「わかりました、今後の参考にさせていただきます。それではすぐに着替えますね。ワンピースもお返ししないと」
「そのワンピースはそのままお持ちください。今回の様に修理の際には必要になるものですから、いつもご利用いただいてるお客様へのサービスです」
毎回お店側が着替えを用意するより、お客様に持たせた方が管理も楽ですからね。
納得です。
「わかりました。それでは遠慮なくいただきます」
その後清算を済ませてログアウトしました。
レイチェルさんのような店員さんと会えて本当に助かりました。
知識もサービスもすごいです。
修理・販売の仕事を手伝っている身としては本当に尊敬します。
私も見習わないといけませんね。
◇◇◇
「ねぇ見た今の!? お嬢様風レースの白ワンピは絶対いけると思ったのよ!」
「ホントヤバいほど可愛かったですね」
「でしょっ! 次は何着せよっかなーフリフリも着せたいけど嫌がるだろうからまずは……」
「さらっと誰にでもやってるサービスみたいにワンピース渡してましたけど、いつもそんなことやってないじゃないですか。自分の欲望満たしてないでもっとお金になる事してくださいよ」
「いーやあの子は絶対金になる。どことは言わないけど某有名クランに入ったって言ってたから。あ、とりあえず魔力ゼロの魔石は各種在庫確保ね」
「宝石はいいですけど有名クランですか。ホントなんですか?」
「仮に嘘だったとしても本人も相当凄腕だからいいのよ。あの槍をたった二日で30も減らすなんて相当よ?」
「いやそれくらいは……ってもしかして制作担当が『小破損させるまで一か月はかかる』って言ってたあれですか? え、あれなんですか!?」
「なんでもボスゴーレムと戦ったらしいけど、それだけであんなになるなんて普通じゃないでしょ。しかも防具の破損率はどうだったっけ?」
「10ポイント……って、いやいや何やったらそんなことなるんですか。普通防具の方が先に壊れますよ。他の店で修理したとかじゃないんですか」
「あの子がそんなことしてるように見えた?」
「……見えなかったですけど」
「私にも見えなかった。まぁ色々と謎の多い子に見えるけど、実際は単純なんだと思うのよね。少なくとも悪い子じゃないし、付き合っていく分には損にはならないはずよ」
「それは分かりますけど」
「でしょ。だからそのお客様に気に入られるためにしっかりサービスする私は間違ってないのよ!」
「考えは間違ってませんが、サービスの方向は間違ってると思います」
8/30耐久値の単位を%からポイントへ変更しました。
12/31
誤字修正しました。
あっさりと宝石ゲット。
どうやって合法的に着せ替えさせるか悩むレイチェルさん(と作者)でした。