6-2 これもクエストでしょうか?
「というようなことをしてまして、昨日今日と身の程を思い知っていた気分です」
「それはご苦労様です」
初心者の館を出た後は森で精霊さんとおやつタイムです。
昨日は来れなかったですし、一昨日は来ましたがすぐに飛びたくなってその前はすぐに薬草を採りに……あれ、初日しかゆっくりした記憶がありません……。
と、とにかくゆっくりしましょう。
「あの……ところでドーナツの試作品というのは……」
「先ほどメールが返ってきまして、きちんと確保しておいてもらえるそうです。また近いうちに持ってきますね」
「感謝します! あぁ……世界にはこんなにも素晴らしい物があったなんて……人の社会というのは素敵なところなんですね……」
精霊さん、ドーナツ片手に試作品に思いを馳せてます。
分かります。
食べるたびに虜にされていくこの美味しさ。
シンプルなのに飽きさせない味。
まさに魔性のドーナツです。
こんな美味しいドーナツを作るリンジーさんは罪深い人です……。
「ですがいつもいつも頂いてばかりというのも申し訳ありません。何か私にできることがあればいいのですが……。改善に向かってるとはいえ魔素不足はまだ続いてますから……」
「魔素不足ですか?」
「ええ。貴方がたの使う魔力の素となる力と思ってください。私たち精霊はその魔素により存在しています。ですから魔素が世界中に溢れていればもっと大きな力を使うことも出来るのです」
精霊は魔素から構成されている。
バルガスさんが言ってた通りですね。
でも魔素不足なんてことになってたんですね。
それで精霊さんは本調子ではないということですか。
「私が好きでやってるんですし、気をつかってもらわなくてもいいんですが……とはいえ私も逆の立場だったら気になりますし……あっ」
そういえばと思い出してストレージを操作します。
「これのことについて、何か分かりませんか?」
【風精霊の封石】
効果:不明
状態:封印
取り出したのは【風精霊の封石】です。
バルガスさんにしてやられた結果、押し付けられてしまった効果不明のアイテムです。
言葉に節々に不満感が詰まっていますが、とはいえ不明なままもというのも気になるんですよね。
とにかく名前に精霊と入ってますので、同じく精霊さんであれば何かわかるかもと思ったのです。
「これは……珍しいものを手に入れましたね」
【風精霊の封石】を差し出すと、先ほどまでの緩んだ空気など感じさない、まっすぐな目を向けてきました。
「何か分かりますか?」
「ええ。これには風の精霊が封じ込められています。害意をもって閉じ込めたのではなく、守るために閉じ込めたものですね」
「守るため、ですか?」
どうしてわざわざそんなことを?
いくら守るためとはいえ、他に方法はなかったのかと考えてしまいます。
「先ほどお話ししたように、今は世界中の魔素が少なくなっています。精霊は魔素の塊とでもいう存在ですので、その影響はとても大きいのです。きっとこの精霊を封じた方は、その影響から精霊を守るため、仕方なくこういう方法をとったのだと思います」
魔素というのはようは酸素……いえ単純にエネルギーのような物でしょうか?
活動するにはエネルギーが足りないから、エネルギーがなくても大丈夫なように活動をできなくした。
冬眠みたいなものですね。
そういう事だったら仕方ないかもしれません。
「ではこの精霊さんはずっとこのままという事ですか?」
今も魔素が少ないのであれば、動けるように出してあげてもまたすぐに魔素の影響を受けてしまうはずです。
「そうですね……その精霊の取れる道、というよりは石の用途と言った方がいいでしょうか。それには二通りあります。一つは武具に精霊の力を付与することです。そちらの言葉では改造という行為に当たりますね」
「改造する……武器に精霊が住み着くという事ですか?」
「いいえ、精霊としての意識はなく、ただ力のみが宿ります」
「……それって精霊さんから力だけ奪って殺すようなことでは……」
なんかかなりひどい事のようなんですが……なんて思っていると、精霊さんはにっこり笑って話を続けました。
「それも違います。貴方がた獣人からするとそう見えるかもしれませんが、そもそも精霊にとって自分の意思というものはさほど重要ではないのです。繰り返しますが精霊は魔素により存在するものです。言ってしまえば力そのものという存在でもあるのです。そして精霊は自分の力が世界を巡り、満ちる事に喜びを見出します。それがどういった形であるかは、些細なことなのです」
自分の力が世界を巡ってくれるのならそれが最善。
しかも自分の意思が無くなってしまっても構わない。
自分の意思が無くなるというのは……どうしてもよくないイメージを持ってしまいますね……。
価値観の違いというのは難しいです……。
「そしてもう一つの用途ですが、こちらは石の封印を解き、精霊としての存在を取り戻させることです」
考え込んでいると精霊さんからもう一つの用途が提示されました。
なんだか声も表情も楽しそうですが……もしかして少しからかわれました?
でも嫌な気分じゃありません。
精霊さんから冗談言ってもらえる程度には仲良くなれたということですし、こちらを選ぶだろうと思ってもらえたということです。
ということはこっちが本題ですね。
「ただ封印を解けばその精霊はすぐに消えてしまうでしょう。ですが貴方がその精霊と契約を結べば、精霊も私のように存在することができるでしょう」
「契約ですか?」
「はい。精霊は魔力を契約者からもらい活動する。その代わり、精霊は契約者の求めに応じて、契約者の力となる。それが人と精霊との契約です」
雇用契約みたいな感じですね。
そして契約者の力になることが、精霊の力を世界に巡らせることに繋がると。
「それって私でもできるんですか?」
「それは貴方と精霊次第ですね。まず貴方自身にある程度の力があることが必要です。そのうえで精霊が貴方を認めれば契約できますが、そうでない場合は契約はできません。よければ、試してみますか?」
そう言って精霊さんは試すような笑顔を向けてきます。
私としては全く問題ありませんが……。
「契約を解除することはできるんですか? 本人が嫌がる場合は解除してあげたいので。あと解除後に精霊さんが生きていけなくなったらいけませんので、石に戻す方法はありますか?」
契約がどんなものかわかりませんが、動けないので本人の意思を確認できませんし、嫌がる精霊さんと契約するのはお互いのためになりません。
かといって契約が嫌だからと封印を解いて、石に戻せなかったら結局大変なことになってしまいます。
「随分慎重なんですね?」
「心配性なだけですよ。初めて触る部品はよく調べないと、すぐに壊してしまうことがありますので」
知らない部品は何が壊れるきっかけになるかわかりませんからね……。
「よ、よく分かりませんが……とにかく心配はいりません。契約が成立した時点で、精霊は契約を嫌がるようなことはありません。精霊との契約はそういうものなのです。どうしてもということであれば解除はできますし、再封印も必要な物が揃えば可能です」
人間の感覚では今後どうなるかわからない、という不安はありますが……多分これも人間では分からない、精霊だからわかる感覚なんでしょうね。
でもそれならやってみるしかないということですね。
「では契約をしてみたいと思います」
「まだ契約者側のことを確認されていませんがよろしいのですか? 精霊側のことは確認されたようですが」
「何かあるんですか? 魔力をあげるくらいだと思ったんですが」
「その通りですが……契約者側にはデメリットがないのか、といったことを考えないのですか?」
「魔力あげるだけだったら大丈夫ですよ。メリットやデメリットなんて受ける人によって違うんですし、後は実際にやってみないとわかりませんから」
魔力をあげると言っても空を飛ぶ以外に魔法を使ってませんしね。
アヤメさんたちのように魔法中心の人からすると問題かもしれませんが、私にはそうでもないと思います。
なのでやっぱり問題ありません。
「慎重かと思えば楽観的で……面白い方ですね」
「真面目できれいな方かと思えば、ドーナツ食べてる姿はとても可愛い精霊さんも面白いと思いますよ」
小さく微笑みながら感想を言う精霊さんに対し、こちらも笑いながら感想を伝えます。
一瞬だけ精霊さんの笑みが止まりましたが、それもそうですねと、今度はもっと可愛く笑ってくださいました。
「では契約についてお話しいたします。契約にはまず精霊を宿す器が必要となります。これには出来るだけ不純物の含まない宝石で、魔力を含まないものが望ましいですね」
「ほ、宝石ですか。高そうですね……」
「それを用意したうえで魔物のいない、できるだけ風の魔素の豊潤な地にて、その封石に魔力をもって語り掛けてください。精霊が貴方を認めれば、それで契約となります」
「魔素の豊潤な地……」
そんなのどこにあるんでしょう。
「魔素の豊潤な地には魔物は引き寄せられますから、魔物のいない場所を探すのはなかなか難しいでしょう」
「宝石に場所に……かなり大変そうですね……」
「そうですね。特に場所については矛盾するようですが仕方ありません。魔物の存在は魔素を乱してしまいます。それが封印を解かれた直後の精霊に悪影響を及ぼすので、そのためです。魔力を含まない宝石というのもほぼ同じ理由です」
「そこにいる魔物を倒すだけではだめなんですか?」
「構いませんが、乱された魔素が落ち着くのに数日はかかります。その間に一度も魔物が寄ってこないほど、徹底的に狩り尽くす必要があるでしょう」
数日は大変ですね……まだ場所を探した方が現実的というものです。
「ヒントを差し上げるなら、例え魔素の多い地でも魔物が近寄らない場所もあるということでしょうか。魔物は魔素に引き寄せられますが、逆に極端に魔素の濃い場所にはほとんど近づきませんから」
なるほど。
いくら甘いものが好きでも砂糖自体を食べたいわけではないという事ですね。
宝石に契約場所に、探すのはどちらも大変そうです。
「大体分かりました。とりあえず急いでるわけでもありませんし、のんびり探してみます」
「それがいいと思います。今の状態であれば、その精霊も消えてしまう事はありませんから」
「ところで精霊さんは大丈夫なんですか? 魔物は魔素を乱すということですが……」
この森にも魔物はいっぱいいいるんですが。
「ええ、封印から解放された直後はまだ不安定なので悪影響というだけです。私は封印されてたわけではありませんし、これから契約する精霊も一度姿を形作ればそれ以降は問題ありません」
それなら良かったです。
安心したのでコーヒーを一口、妖精さんはカフェオレを一口。
宝石や契約場所についてはしばらくゆっくりして、それから考えましょう。
別に急ぐことじゃありませんからね。
「あ、あの……もう少し牛乳とお砂糖頂いてもよろしいでしょうか……」
コーヒーと牛乳を半々に割りましたが足りなかったようです。
やっぱり別の飲み物を用意することにしましょう……。
コーヒータイムだけで終了。
まったりです。