5-8 ようやく現状認識しました……それとクランです。
「まさか仮説とはいえ私が飛べる理由を聞けるとは思いませんでした。てっきり質問攻めにあうかもと思ってたんですが」
なので実は少し警戒してたんです。
キイさんからの話が飛ぶことじゃなくて違うことから始まったので安心してたんですが、まさか逆に教えてもらえるとは思いませんでした。
「あー……」
「気にはなってたんやけどなぁ」
「あははは~」
女性三人がなんとも言えない表情ですが……。
「私たち以外の人がいたら、お前らが言うなと言われてしまいそうですからね」
「えっと?」
お前らが言うな……ということは、私みたいな側だったという事で……。
「イオンと同じで、少し前までは俺ら全員が聞かれれる側だったんだよ」
やっぱりそうなんですか。
でもどうしてでしょう?
「魔力操作は珍しいということですが他にもいるということですし、別に皆さんだけじゃなくてもいいと思うんですが?」
「“今は”そうなんだけどな。“最初”は違ったんだよ」
そう言ったプルストさんの顔には、なんとも苦い表情を浮かべていました。
「俺とバルガスはほとんど同じだな。無意識魔法を知らない間に使ってたせいで、同じレベルの連中よりも強かった。身体強化と言っても普通のバフ……支援魔法より効果は劣るんだが、どうしてもな」
無意識魔法の効果がどれほどのものか。
普通の魔法よりは劣るということですが、同じレベルであればどうしても差が目立ちます。
「キイは種族特性だな。耳も鼻もすぐに慣れちまったせいで最初はバグキャラ扱い。すぐにチート扱いだった。特に索敵範囲は半端なく広かったせいで余計にな」
ゲームが発売されてすぐに種族特性を使えた。
今ですら人によって差が出ているというのに、ゲームを始めてすぐに使えてしまえばどう思われるか。
しかもチートって……確かズルとかそういう意味ですよね。
「アヤメとエリスは魔力操作だな。何故か二人が使う魔法は他の人と違った。こっちはゲーム始めるまで情報もなかったから知らない奴も多くてな、最初っからチート扱いだった」
キイさんと同じですね。
特に魔力操作は情報が後から出てきたということなので余計にですね。
「そんなわけで種族特性とかそういうことを質問するってのは、何となく自分がされたことを思い出して聞きづらいって訳だ。実際イオンもさっきの話をするまでは、何となくとかそんな風にしか言えなかったんじゃないか?」
「言われる通りです。というか魔力操作とか聞いた今でもほとんど変わりません」
さっきの話は飛ぶ条件であって、そこから進んでじゃあどうやって飛んでるかと聞かれれば……やっぱり何となくとしか言えませんし。
「だろ? だから聞かなかったんだよ。こういう事情でゲームやめてった奴は、何人も居たしな。結局聞いてしまったようなもんだけどな……」
それで皆さん複雑な表情されてたんですね……。
プルストさんは明確に言いませんでしたが、言葉の節々に“何か”あったというニュアンスが込められています。
特に女性陣の場合は表現もそのままです。
あまり思い出したりしたくないことが、いろいろあったという事ですね。
私がさっき話したことはゲームを知っている人なら突拍子も無いことだったはずです。
飛べないとされる鳥族で飛んで。
いきなり強い敵を倒して。
反応からするにどうもワイバーンは一人で倒すようなものではなくて。
なのに詳しく聞くことはあっても疑われることはありませんでした。
それどころかそれを基に考えて、仮説とはいえ答えまで頂きました。
自分の常識と照らし合わせて疑うより、まず聞いてみる。
言葉で言うと簡単ですがとても難しいことだと思います。
何せ自分の常識が覆される可能性があるわけですから。
それを、皆さんが。
一番傷つけられたはずの皆さんが。
いくら自分たちが一度経験したからと言って、それを相手にあてはめるなんて簡単にはできないと思います。
そんな人たちと知り合えた私は、本当に幸せ者ですね。
「イ、イオン? どうした? 気分悪くなったか?」
「あんたがまた変なこと言うから!」
「いやそうなんだけどさっ」
いけませんね。
皆さんに気をかけていただいてる時に俯いてしまうと心配かけてしまうというのは、去年知ったはずなのにまたやってしまいました。
「……いえ、大丈夫です」
だから顔を上げましょう。
今度はプルストさんが叩かれますからね。
「皆さんと知り合えて、嬉しいと思っただけですから」
よかった、今度は皆さん止まってくれました。
あの時は男子全員正座させられてからようやく収まりましたからね。
プルストさん一人ではどうなっていたことやら。
マリーシャとキイさんは違いますが、こういう時の女性は同じ動き方をしそうですからね。
「皆さん、ありがとうございます」
今はお礼を言うしかできませんが、いつか私が力になれたらいいと思います。
「よ、よくわかんないけど……どういたしまして?(あの笑顔は反則でしょ……)」
「気にせんでええてー(大量破壊兵器や……)」
「私も知り合えてよかったですよ~(スクショ撮りたかったです~……)」
皆さん動き出してエリスさんがお茶のお替りを淹れてくれました。
安心すると一層美味しいですねー。
「なぁイオン、一つ提案があるんだが」
まったりしはじめたところにプルストさんから声がかかりましたが……微妙に真面目モードに入ってますね。
もうさっきみたいなのは嫌なんですが……。
「謝罪以外だったらお聞きします」
「いくら俺でもそれはしないっての。じゃなくて、よかったらここのクランに入らないかって言おうと思ったんだよ」
クラン?
聞いたことない言葉ですね。
「クランってのは目的を共にする集団とかそんな感じだな。部活とかサークルみたいなもんと考えていい。メンバーがクリアできなくて困ってるダンジョンの攻略を一緒に考えるとか、レベル上げに付き合うとか、そういうことする集まりだ」
「堅く言えば互助組織で、柔らかく言うと仲良しグループとかでいいですか?」
「それで合ってる。メリットとしてはパーティメンバーを毎回探す手間が省けるし、同じメンバーで組めば連携もよくなって実力以上に戦える。情報だって集まるしアイテムのやり取りだってやりやすい。知ってる人間だと信用できるしな」
確かに、毎回違うメンバーと行動するのは大変ですね。
強い人も居れば弱い人も居るわけですし、そもそも信用できるかどうかが一番難しいです。
情報やアイテムなんて特にですね。
「デメリットはその逆だな。どうしてもクラン内でメンバーが固定されがちになるし、情報やアイテムも偏りが出る。クランによっては規則が多いところもあるしな。あとメンバーの多いクランではメンバー同士のいさかいが一番問題になる」
メンバーが固定されれば新鮮味に欠けますし、新たな戦術だって増えません。
情報だって人によって得意分野が違いますからどうしても知らない分野が出てしまう。
規則は組織ならあって当然ですが、当然それに反発する人もいますよね。
最後も当たり前ですね。三人以上の人がいれば派閥もできますし考え方の違いだって多々あるでしょうし。
「クランについては大体分かりました。それでここのクランはどんなことをするところなんですか?」
「特には無い。基本的には新しいダンジョンが見つかればそこに行くくらいだな。フルメンバー揃わないことも多いし。あと規則も無い。強いて言えばメンバー同士の金の貸し借りは禁止ってくらいか。畳が欲しいっつって素材取りに同じダンジョンに十回以上潜ったり、魚が食いたいってずーっと釣りしてるようなクランだ」
畳のところでアヤメさんを見ながら、魚のところでエリスさんを見ながら言います。
二人ともそんな視線にはビクともしてませんでしたが。
あとお金は重要ですね。嫌な話は色々聞きました……車は大きなお金が動くことがありますからね……。
「随分緩いんですね。でもそれでクランとしていいんですか?」
「メンバーがいいって言ってんだから大丈夫だろ。システム上は五人いればクランを作れるから何の問題もないしな。お互い行動の強制はしない。もちろん脱退は自由。ただクランでないと受けれないクエストとかがあったから作っただけみたいなもんだ」
もっともですね。
メンバーがそれでいいと言うなら何の問題もありません。
「他のメンバーの方は私が入る事を反対しないんですか?」
「あたしはオッケー」
「賛成や」
「私もです~」
「私も賛成ですよ」
「だそうだ。うちはここにいるので全員だからこれで問題ないな」
五人以上でクランが作れるんですから、最低人数ギリギリだったんですか。
確かに皆さんとなら、むしろこちらからお願いしたくらいですが……。
「でも私といると、以前あったような騒動に巻き込まれるんじゃないですか?」
皆さんが聞かれる側だったというのは、種族特性や魔力についてまだ誰も知らなかったから。
そして私は、誰もやり方を知らない空を飛ぶという事が出来る。
さっき話してたのはあくまで仮説であって答えではありません。
やってみたけどダメだったと言われる可能性だってあると思います。
以前と状況が変わっているとはいえ、少なからず似たような状況が起こるのではと思いますが……。
言ってから気付きましたが、もしかして結構面倒な状況でしょうか……。
だとすると。
「……まさか、私を保護したいからとかそういうことのためですか?」
「保護というと大げさだが……まぁそれに近いよな」
苦笑しながらそう言うプルストさんはどこか自嘲気味ですが、言葉とは裏腹に気負ってる感じはありません。
「仲のいい奴が凹んでるなら何とかしたいだろ? 仲のいい奴が知らない間にいなくなるのは嫌だろ? でも同じクランにいれば相談とかできるしスカッとしたくて無双クエストとか行けるだろ。保護とか大それたことと考えてるわけじゃない……と思うけどな、よく分からん。別に大それたことするつもりじゃないしな」
そんなゆるい感じだよとプルストさんは締めます。
「本当に重く考えてもらう必要なありませんよ。保護なんて言うと大げさですが、プルストさんの言う通り具体的に何かするわけではありません。ただ一人でいると勧誘が多くなるのは間違いないでしょうが、クランに加入していればある程度は収まるでしょう。人数は少ないですが、うちはこう見えて割と有名な部類に入りますから。今は収まりましたので誰か加入してもいいと思いますが、当時は全てシャットアウトしないと余計面倒でしたので人数は少ないですが。それにイオンさんも既にこちら側のようなものですし」
聞かれる側だったという、その辺のことですね。
確かに飛ぶことについては私も聞かれる側ですね……。
「でもそれって皆さんのメリットはないんじゃないですか?」
「ありますよ。昨日のようなダンジョンではイオンさんの力が十全に発揮されます。こうやって恩を売っておけば、今後ダンジョンで人のいいイオンさんに攻略を手伝ってもらえるというわけです。飛べるというのは非常に役立ちますから」
恩を売るってずいぶん直接的に言われました。
これも計算でしょうか……バルガスさんくらいになると私にはわかりません……。
「面倒ごとが嫌いそうなアヤメさんもいいんですか?」
先ほど賛成とは言われましたがつい確認してしまいます。
「前なら嫌やったけど今はシステムが変わったからな。かまわへん」
「システム?」
「クラン対抗戦システムのことです。クラン同士で戦闘を行うもので、勝った方はお金と経験値を入手し、負けた方は若干経験値は入りますがお金は減ります。それとクラン用の設備が一定期間使用不可となります。例えばこの拠点とか、クランによっては訓練設備や、生産系なら生産用の設備といったものもあります」
「邪魔なやつにはケンカ売ってふっ飛ばせるっちゅういいシステムなんや~」
とてもいい笑顔です。
わかりやすすぎますアヤメさん。
「もちろん相手にも拒否権がありますが、うちの場合は相手が要求している立場ですからね。勝ったら要求を飲ませるつもりで大抵乗ってくるんです。ちなみに戦闘に参加する人数は数の少ないクランに合わせるようになっているので問題ありません」
要求側が結託して数で攻めるといったことはできないと。
ではアヤメさんは大丈夫として……。
「エリスさんもいいんですか?」
のんびりしてそうなエリスさんは騒がれると嫌だと思うんですが。
「私は~どんなにうるさくても寝れるタイプなので~」
「話にならない人とは会話しようとしませんからね、エリスさんは」
「そ、そうなんですか……」
私もうるさくても寝れる方だと思いますがそこまでの域ではありません……。
「もちろんあたしもいいから。うっとおしいことはうっとおしいけど我慢できないほどでもないし、それならイオンがいる方が楽しくなりそうだしね」
楽しくなりそう、ですか。
マリーシャの台詞思い出しますね。
まだマリーシャと知り合って一か月ほどだったでしょうか。
基本的に私は嫌なことからはは逃げ回り、面倒と思うことは極力しない方向で生きてきました。
付き合いが悪いと言われたことはりますが、嫌なものは嫌です。
なので何度断っても誘ってくれるマリーシャに言ったことがあります。
『気をつかってるなら無理に気にしなくていいですよ』と言ったら『じゃあ無理だと思ったらやめるよ。でも碧と遊ぶと楽しそうなんだよね。よくわかんないけど』と言われました。
それならいいかと今に至ってるわけです。
……マリーシャではありませんが、皆さんも似たような感じでしょうか?
明確な理由なんてわからないけど、何となくその方がよさそうだから。
他人から見たら悪路に見えるけど、自分にはどうでもいい程度だから。
「昨日会ってダンジョン一回行っただけなのに何言ってんだって感じだけどな。別に最初は誘うつもりも無かったし変な重い話もするつもりなかったし。けど今日話しててなんかイオンがいるといいよなって思ったんだよ。何となく」
私の考えを肯定するようなプルストさんの言葉。
クランとしての目的は特に無し。
規則もないし行動制限も無い。
誰もかれもが好き勝手するクラン。
ただメンバーがそこに居るだけで成立しているクラン。
大きな風が吹けば消えてしまいそうな感じさえ受けますが……。
皆さんを見ていると、天変地異が起きても平然としてそうです。
そしてそんなクランに私が誘われる理由は、何となく。
それなら、お願いしてもいいかもしれません。
「攻略の手伝いと言われても、嫌なことは断りますけどいいんですか?」
「ここにいる全員がブーメランだから大丈夫だ。……畳に最後まで付き合ったの俺だけだったし」
「貸し作る方が悪いわ」
昨日もでしたがそんなに貸し作ってるんですか……。
「友達とパーティ組んだり、飛び回っててどこにいるか分からないことも多いと思いますが、本当にいいんですか?」
「俺らだって似たようなもんだからむしろそうしてくれ。ついでにその友達のクランに入るってことなら遠慮なく抜けてくれ。テストが終われば復帰するんだろ? それまでのお試しクラン程度でもいいしな。イオンに対する騒動が本当に起きるかどうかわからんが、あったとしてそれが収まってから移籍でもいい。あぁそれと今入ると漏れなく俺とデーとぅあっつっ! あっつぅ!」
突然どこからともなくお茶が飛んできました。
不思議なこともあるものですね。
でも、そういう事なら。
「いろいろ言ってしまってすいませんでした。でも本当にありがとうございます。私の方こそ是非加入させてください。なんだかんだ言いましたが私も皆さんといるのは楽しそうだと思いますから、本当にうれしいです」
誘いはプルストさんからでしたがこれは私がお願いするべきことです。
作法は分かりませんが、しっかりとお辞儀してお願いします。
こんな素敵な人たちと同じクランに入れるなら、多少面倒なことがあっても頑張ります。
それに騒動に関しては重要ですからね。
本当にそんなことになるのかどうかは分かりませんが、マリーシャがそれに巻き込まれるとすぐに暴れ出しそうですし。
皆さんを利用するような形ですがプルストさんはむしろそうしてくれと言ってますし、申し訳ない気もしますがしばらくお世話になりましょう。
何でも一人で出来るほど人間出来てませんので、こういう時は甘えます。
「あ、でもプルストさんとデートしなくてもいいならですね。それは外してください」
昨日もでしたが最後は多分デートと言おうとしたんですよね。
何で私なんかとそんなことしたいのか正直わかりません。
「絶対させないから安心してね」
「燃やすから言うてな」
「イオンさんがいる時はいつも拘束しときますね~」
「運営に通報する際はお任せ下さい」
「俺が一体何をしたっていうんだ……」
デートなんてしたことありませんがプルストさんとはしたくありません。
真面目にしてると格好いいプルストさんが相手だと、私の方はやっかまれそうですしね。
「ところでクランの名前はなんていうんですか?」
そういえば聞いてませんでした。
「言ってなかったっけ。“エス”っていうのがクランの名前だよ。アルファベットの“S”ね」
「シンプルですね。何か意味があるんですか?」
「自分で好きに解釈していいよ。みんな違うし。あたしは何もしなくてもいいクランってことでsundayにしようって言ったし」
「うちは魔物を吹っ飛ばしたいからsweeperがいいて言うたわ」
「私は~sacredにしようと言いました~ジョブは無いですけどシスターのつもりなので~」
「私はsystemと。クランとしての体裁があればいいと思いましたので」
「で、俺が頭文字取ってエスにすればいいじゃんって言ったわけだ」
そんなとこまで皆さん好き勝手なんですね。
じゃあ私も遠慮しません。
「じゃあ私はstraightですね」
「ストレート? 直線?」
「はい。『私の道は譲りません』、ですね」
好き勝手してもいいクランならこれでもいいですよね。
「お、おう……随分とパワフルですね……」
「段々イオンが分かってきた気がする……」
「あっはっはっは! サイコーやわハマり過ぎやろ!」
「確かに~一番このクランらしいかもしれないですね~」
「思いのほか面白い結果になりましたね。これからが楽しみです」
私の方こそ楽しみというものです。
そこに居るだけで楽しい皆さんと同じ組織に入る。
しかも誰もかれもが好き勝手していい。
ですが優しい皆さんのことなので、なんだかんだ言いつつもお互い助け合ってるんでしょうね。
であれば私も、出来る範囲でさせていただきましょう。
その方がもっと楽しくなりそうですから。
「それでは改めて。これからよろしくお願いいたします」
いつまで一緒に居るかは分かりませんが、せめてそれまでは。
右ストレートでぶっとばす。真っすぐいって(略
というわけで流れのままクランに入りました。
マリーシャにばれた時の修羅場(?)にご期待ください。
今話はこれで終わりです。ようやく説明回が終わった……。
いつものように幕間入れてから次話ですが、そのまえにストックさんが無くなりました。
以前にも書きましたが一話分書いてから上げてますのでしばらくお待ちください。
……もちろん不定期です(ぼそっ