5-2 ようやく現状認識しました……それとクランです。
今日の一番の目的はプルストさん達と取得品についての話し合いです。
昨日ダンジョンから戻ってログアウトした後、お店を閉めて夕飯を食べ、さぁ寝ようといったところでキイさんからメールが入りました。
都合のいい時間を教えてほしいとのことだったので、平日は夜ならいつでも大丈夫ですと送れば早い方がいいとのことで今日になりました。
なのでログインして早速――
「こんにちはーイオン」
ログインしたその場にキイさんが居ました。
「こんにちは。すいませんお待たせしたようで」
「いや偶然だよ、ちょっと寄ってみただけだし。イオンが来る前に買い物したかったしね」
ほら、と買ったものを見せてくれますが、これって。
「屋台のドーナツですか。私も買いに行こうと思ってたので危ないところでした」
袋の中にはいつも買う屋台のドーナツが入っていました。
しかも何やら見たことない種類までありますが……。
「あれ、リンジーの屋台知ってたの?」
「リンジーさんとは知りませんでしたがそこのドーナツはいつも買ってますので。ここ数日見ませんでしたがあの人がパフェのリンジーさんなんですね」
「うんそう。ドーナツだけじゃなくてお菓子なら何でも作ろうとするんだよ。基本的に屋台に居ない日は素材取りに行ったり新作作ったりしてるんだよね。さっきもそう言ってたし」
「じゃあもしかしてそれが?」
「目ざといねー今回はクリーム入りだってさ。まだ試作品だから販売はしないって言ってたけど」
クリーム入りですか。
今回も楽しみですね。
「あ、何かイチゴみたいな果物とか知らない? 今は普通のホイップなんだけど、できればストロベリークリームを作れないか悩んでみるみたいなんだよね」
「ありますよイチゴに近い物。丁度持ってます」
丁度イチゴっぽい味のするミルマがあります。
アーニャさんにほとんど渡したんですが自分と精霊さん用に数個残しておいたんですよね。
「え、ホントに!? それってリンジーに買い取ってもらったりしても?」
「お金なんかいいのでむしろお願いします。それで美味しいものが食べられるならその方がいいので」
先行投資というやつです。
そういえばアーニャさんは元気になりましたでしょうか。
あんなに痩せてたのですぐに働けるとは思いませんが、思い出したら寄ってみましょう。
「時間はまだ大丈夫だね。イオン、リンジーのとこ付き合ってもらっていい? あの子悩み始めるとドーナツしか作ってくれないんだよね」
「もちろんですすぐに行きましょう」
こう言うと悪いんですがこっちの方が私的には重要です。
新作ドーナツのためならワイバーンだって倒しますよ。
「ありがとーそんじゃ急ごっか」
二人で市場に急ぎます。
キイさんが先行して近道だという道を行ってもらってます。
人通りの少ない大通りから外れた細道を走っていきます。
小走りなので十分私にもついて行けるんですが……そんなことよりお尻で揺れる尻尾が気になります……。
おかしいですね私猫族じゃないんですが、ねこじゃらしに釣られる猫の気分です。
走る度に右に左に揺れる尻尾がなんとも可愛くて……なんかこう、触りたいとか、ぎゅっとしたいとか、撫でつけたいとか、どんどんいけないことを想像してしまいます……。
これが種族特性というものですね。
本当に危険です。
気を抜くと今にも手を伸ばしそうになります。
この艶やかな黒い尻尾がゆらゆらとする様が甘美な世界へ誘うかのようで……。
「ほら着いた。こっちの道だと速かったでしょ?」
はっ。
「ほ、ほんとうですね。ありがとうございます、次から楽になります」
私は一体何を考えていたんでしょうか……。
慌てて取り繕います。
猫族が選ばれる意味がよく分かりました……。
「よかったまだ居た。リンジー」
キイさんは私の葛藤に特に気付いた様子もなく、屋台の方へ近づき声をかけています。
間違いありません、初めてドーナツを買った時の店員さんです。
こないだは頭の三角巾で気付きませんしたが今は猫の耳が見えます。
今日はもう終わりなのか、お店を片付けようとしています。
「あれー、こんなにすぐどうしたのー」
「イチゴっぽい果物持ってるっていう子が居たから連れてきたよ」
「なんですとー?」
「どうもこんにちは。イオンと言います。先日はおまけまでしていただいてありがとうございました」
キイさんに示されたのでお礼しつつ挨拶します。
「おーこないだの美人さんだー。あたしはリンジーだよー。いやーあの時はこっちこそ助かったよーホントー」
「とんでもありません。昨日も一昨日も買わせていただきましたが、とても美味しく頂いてます」
凝ったものではありませんが飽きないんですよね。
常に持ち歩きたいほどです。
「ところでイチゴのような果物をお探しなんでしたっけ。こちらなんですが、ミルマというものです」
「ミルマー? アレはイマイチだったんだけどー、でもこれ色が違うねー?」
「普通のミルマよりずっと美味しいですので、とりあえずどうぞ」
一個渡すと、リンジーさんは躊躇なく齧り付きました。
「……! おーこれこれーちょうどいい甘さだよー! これどこにあったのー!?」
一口齧った瞬間目が見開かれ、いつもの脱力するような感じが吹き飛びました。
キリッとしてると奇麗な感じの方ですね。
耳と尻尾もピンッとしてます。
脱力していると垂れるような可愛さですがこちらも素敵ですね。
「セカ村の北にある山の麓ですね。一杯ありましたよ」
「セカ村の北って、あそこワイバーンが居たような」
「えーそんなとこ行かなきゃいけないのかー」
すぐに垂れてしまいました。耳と尻尾も。
「ワイバーンなら一昨日私が倒しましたよ。また住み着いてるかどうかは分かりませんけど」
「おー強いねー。でもこないだ会った時は初心者装備じゃなかったっけー?」
「え、初心者装備? 人違いじゃなくて?」
「いえ間違いありませんよ。この装備は昨日作ってもらったもので、それまでは最初の装備でしたし」
「そうなんだー」
「あー……イオンはもしかしてそういう方向なのか……」
キイさんが複雑そうな表情してますがどうしたんでしょう。
「もしかしてワイバーンって倒しちゃいけませんでした?」
「いやオッケー全然大丈夫、何の問題も無いから気にしないで。とりあえずリンジーはこれで一つ解決したよね。イオンの分も含めて今度パフェ作ってよ?」
「りょーかーい。準備できたら連絡するねー」
「お願いね。それじゃ用も終わったし行こっかイオン」
「はい。リンジーさん失礼しますね」
「今日はありがとうねー」
ひとまずリンジーさんの悩みは解決できたようなので、今度こそプルストさん達のところへ向かいます。
これでパフェが食べられますね。
ドーナツの新作も楽しみですし、タルトもそのうち食べられますし。
当分は楽しみが尽きそうにありませんね。
「……エスは今までよりもっと面白いことになるのかなー……」
去り際にリンジーさんの声が聞こえたようで振り返りましたが、お店の片づけをしていましたので気のせいですね。
◇◇◇
市場から向かったのは街の北西部。
この辺りは倉庫のような建物が多いらしく、あまり人通りはありません。
崖のそばまで来ると静かというより暗い感じですね。
夜中に女性が歩いてはいけない感じです。
何故そんなところに来てるのかと言えば、どうやらこの辺りに皆さんが拠点にしてる建物があるそうなのです。
なんと敷地から建物まで全てパーティでの所有物なんだそうです。
ゲームの中で家を買ったという事ですね。
でもどうしてそんな場所にしたのか疑問に思ったのでキイさんに聞いたら、
『安くて大きくて好きに改装できるところを探したらそこになった』
との返事が返ってきました。
最初の二つはもちろんですし最後の一つは特に重要ですね。
住宅街では好きに改装しようにも、あまりに変な建物では近所から苦情が来ますし。
そういえば自動車整備の仕事も作業中は大きな音を出しますから、住宅街にあるような工場はいろいろ気を遣うそうです。
うちは周りを畑で囲まれてますので心配ありません。
……だからって夜中にサンダーやグラインダやドリルを使ってもいいわけじゃないんですが……。
「ここだよ」
キイさんの言葉に顔を向けてみると、なんとも落ち着く外見の建物がありました。
奇麗に単色で塗られた外壁。
等間隔に配置された機能的な窓。
強い雨風にも耐える屈強そうな屋根。
その全身から醸し出す雰囲気は間違いありません。
ザ・工場、です。
「いい建物ですね。うちにもこんなの欲しいです」
「え゛。こ、こんなどっからどう見てもただの工場を? ……冗談、だよね?」
「とんでもありません。こんないい建物があればなんだってできますよ」
かなり大きいので部品専用の部屋を作ってもいいですし、もっと大きいコンプレッサーだって置けますし。
溶接用の部屋とかエンジン整備用の部屋とかもいいですね。あまり使いませんが。
「……そ、そうなんだ……(どう見ても本気に見える……)。ま、まぁ外はともかく中は普通だから、とりあえず入ってよ」
キイさんに促され建物の中へ。
言われた通り中は普通の家と言った感じでした。
一階はそのままリビングのような場所になってますね。
左手に大きなテーブルとイスが数脚。
その向こうには対面式になったキッチンスペースが見えます。
正面には二階への階段があり、右手にはなんと畳が敷かれています。
フロアより一段高くなったところに畳が敷かれ真ん中に丸いちゃぶ台。
もちろんちゃぶ台の上にはお盆に盛られたお菓子を完備。
畳だけを見ると、入ってすぐが土間となっている昔の家のようです。
「連れてきたよー」
「こんにちは、お邪魔します」
キイさんが声をかけたところで皆さんが集まってきます。
「いらっしゃいませ~」
「今日はよろしゅうなぁ」
「ご足労頂いてありがとうございます」
「とんでもありません、今日はよろしくお願いします」
皆さんから言葉を頂き、最後はプルストさんです。
「よう、わざわざ悪いな。早速だが、畳とテーブルどっちがいい?」
「では畳でお願いします」
家の居間もそうですから畳のほうが落ち着きます。
「ほらうちの言うた通りや。今度奢ってなー」
「流石はアヤメさんです」
「外れました~」
畳と伝えただけで悲喜こもごもなんですが。
「お前らそんなこと賭けてたのかよ!」
「小粋なジョークやん」
「いやあのな……」
「そうですよプルストさん。賭けの対象は報酬がもらえるんですから、悪意のない賭けはどんどんしてもらうべきです」
「ってイオンはオッケーなのかよ!」
プルストさんは窘めようとしますが賭け対象が不快でないことなら特に問題ないと思うのです。
競馬の騎手だって賞金がありますしね。
「あっはは、いいノリしとるやん。報酬に飴ちゃんあげるわ」
「いや飴って……」
「四個でお願いします」
「それでいいのか!」
「飴だからいいんですよ」
「いやたかが飴だぞ!?」
「……プルストさん、何か勘違いしていませんか?」
「な、何をだ?」
プルストさんは分かってません。
絶対に何も分かってません。
「プルストさん、そこに座ってください」
畳を示しそこに座るようお願いします。
私も靴を脱いで畳の上に失礼します。
「え?」
「そこ座ってください」
畳をぺしぺしと叩いて示します。
「……はい」
しぶしぶと言った感じで座るプルストさん。
正座ではないですがまぁいいでしょう。
「ご存知の通りここはゲームの世界です。現実ではありませんから食事は生命活動に絶対必要な行為というわけではありません。ですがそれならば食事できる必要はないはずです。なのに食事ができる理由は何故かわかりますか?」
「え、いや腹減るし」
なんとも適当な答えですね。
間違っていませんがまったく真剣に考えていません。
「確かにその通りです。それは食事という行為が人間にとって重要な行為であるからに他ならないからです。食事は栄養を摂取すると言う生命の基本的な行動であると同時に、味覚という感覚を震わせる最大の娯楽でもあるのですから。ここまではよろしいですか?」
「え、はい」
まだ生返事ですね……。
「しかしゲームの中では空腹感という感覚を満たす必要はあっても、栄養というエネルギーを気にする必要はありません。であればゲームの中での食事行為はただ空腹感を解消する、つまり満足感を得る行為。極論的に言えば快楽を求めるだけの行為ということなのです。そのゲームの中では不必要なのに誰しも行ってしまう特別な“食事”という行為。それを最大限に生かすのがお菓子なのですっ! ……人と話してる時にどうして目を逸らすのですか?」
「すいませんでした!」
ふらふらと視線を動かして……。
ここからが重要なんですよっ。
「お菓子というものは栄養面から見れば必ずしも必要なものではありません。いえむしろ邪魔になるものでしょう。ですがゲームの中ならば何も気にする必要はありません。憎き強敵も、恐るべき未来も存在しないのです! ということはゲームの中では純粋に、かつ最大限に、いくらでも楽しめるのです! そんな素晴らしい環境で素晴らしいものが楽しめる。これはプレイヤーに課された一種の義務であるとは思いませんか!?」
パチパチパチパチパチパチ
女性陣から拍手を頂きました。ありがとうございます。
プルストさんは何か呆然とするような顔をしてますが、そんなんじゃ将来は私の父の様になってしまいますよ?
「なのでお菓子が報酬なのはこの場合最高の回答なのです。ご理解いただけましたでしょうか」
「ア、ハイ」
よろしいです。
こういうことは初めが肝心ですからね。
「お時間とらせてしまいまして申し訳ありませんでした。それでは本題へどうぞ」
「ちょ、展開速くね?」
「これくらい振り回した方が、交渉事では優位に立てると母の教えなので」
「どんなこと教えてんだよ!」
母の場合、油断しているとそういえばの一言も無く変えてきますからね。
話に付いてこれないとおやつが減るのです……一時期は気が抜けませんでした……。
「とりあえずお茶どうぞ~」
「あ、ありがとうございます」
エリスさんが入れてくれたお茶で一息つきます。
畳にあわせたのか緑茶ですね。
父がコーヒー党なので家ではほとんどコーヒーですが緑茶も割と好きです。
アヤメさんから煎餅もいただいていい感じです。
「やっぱ日本人はこうやろ」
「あのー準備できたので本題に……」
「ちょっと、せっかくまったりしてるんだから空気読みなさいよ」
「そうですよ~」
「すいません、お茶のお替りいただいても?」
「イオンまで……バルガスなんか言ってやってくれよ……」
「女性に振り回されるのも男の甲斐性ですよ」
これも振り回してるうちに入ってるんですが、気が付かない辺りプルストさんはまだまだのようです。
そんなんじゃ母の手にかかると合法的な黒い社畜にされますよ?
ゲームには満腹度システムがありますが、イオンはそれを知らずに食事について語ってます。
なので満腹度を知ってるプルストからすると空腹はただのシステムなので、余計に面食らってます。
それと体重を気にするような発言をイオンはしてますが、もちろん美容的な面から言ってるわけではありません。
自分の体形が変わるのは誰だって怖いと思うのです。
あと持ってる服が着れなくなると買うのが面倒とか、健康的な意味(特に父親の体重管理)とかそういう方向です。