3-6 おやつのために空を飛びます。
セカ村に着いた私は、昨日と同じく入り口に着地。
やっぱり昨日と同じおじさんに挨拶しつつ村の中へ。
そのまま村の中心、宿の前へ。
ですがもちろん素通りします。
こんなところに用はありません。
そのまましばらく進み一軒の家まで来ました。
「ごめんください」
ノックをして声をかけますが、そういえばベッドから起きれないんでしたね。
勝手に入るしかないでしょうかと考えていると、ゆっくりとドアが開きました。
「誰かと思えば昨日の嬢ちゃんじゃないか。どうしたんだいわざわざ」
出てきたのは雑貨屋の奥さんでした。
今日のお世話当番だったようです。
「実はこれを取ってきましたので、差し上げようと」
ストレージからリカの薬草を取り出します。
取る前は何か分かりませんでしたがストレージに入れたら名前が出てきました。
詳細は表示されませんでしたが間違ってはいないと思います。
「あんたこれ……とりあえず入んな」
中に入っていく奥さんについて私も家の中に入ります。
入ってすぐは大所兼リビング。
そのまま通り過ぎ、寝室と思われる部屋へ奥さんが入っていきます。
「アーニャ、起きてるかい」
「おばさん、誰か来た……?」
「あんたに客だよ。と言っても会ったことはないだろうけどね」
奥さんから入るよう声をかけられましたので、失礼しますと私も部屋へ入りました。
ベッドの上には気怠そうな女性が一人。
全体的に痩せてしまって髪にも癖がついていますが、きっと元気な時には素敵な女性だったんだろうと思います。
アーニャさんは初対面の私をどこか疲れた表情で見ていました。
「……あの?」
「初めまして。冒険者をしているイオンと言います。実は偶然リカの薬草を手に入れましたので、必要としているアーニャさんに差し上げようと思って来ました」
手に持ったままだったリカの薬草を差し出します。
僅かに驚いた表情を見せましたが、すぐにその表情は曇りのそれに変わってしまいます。
「……でも私にそんなお金は……」
「お金はいいですので、タルトを作ってください」
「……タルト?」
意味が分からないと言うように繰り返すだけの言葉。
「はい。こちらの奥さんからアーニャさんが美味しいタルトを作れると聞いて、それで食べたいと思ったので」
続けて山の麓で採ってきたミルマの実を出します。
奥さんに食べさせてもらったのは緑でしたがこちらは黄色です。
試しに食べてみましたが緑の物よりずっと濃厚で美味しかったです。
「山でミルマも取ってきましたので、是非お願いします」
「……でもそれだけじゃ……」
「足りませんでしたか? だったら追加で採ってきますね。どれくらい必要なんです?」
「……いえ……そうじゃ……」
「そうじゃなくて、タルトじゃ薬草の代金には足りないって言ってんだよ」
しゃべるのも大変そうなアーニャさんに代わって奥さんが続けてくれました。
ちなみにミルマの実は二個で60ゼルでした。
しかも今回ミルマの実は取ってきてしまったので、必要なのはほかの材料と手間賃ですね。
「普通のタルトはいくらなんですか?」
「ワンホールで500ゼルだね。今持ってる量じゃツーホール分くらいかね」
「じゃあこれの分とは別にまた食べに来ますからその時はタダにしてください」
「タダって……」
「リカの薬草は200,000ゼルなんですよね。なので四百ホール分タダという事で」
「確かにそうすれば200,000ゼルだけど……そんなんでいいのかい?」
「そんなんでって、一日ワンホール食べたとして四百日間、美味しいお菓子が毎日食べられるんですよ? とてもいいことだと思うんですけど」
毎日ワンホール。
考えるだけで頬が緩みそうです。
精霊さんと半分にしても二百日、半年以上です。
今から楽しみですね。
「ダメですか? もちろん毎日来るわけではないですし無理な時はそう言ってもらえたらいいですし、後になってからやっぱりお金でなんて言いませんので」
「……私はいいけど……本当にいいの……?」
「お金なんかよりそっちの方がいいです。と言いますか私が薬草持ってても使いませんので、タルトが無理でもこれは置いていくんですけどね」
私は必要になったらすぐ取りに行けますしね。
技術の安売りのようでもありますが、有料でも美味しいタルトが食べられるようになるなら全く問題ありません。
「……でもどうしてそこまで……?」
「こちらの奥さんのせいですよ」
「あたし? 何かあの時言ったかい?」
全ての元凶はこの奥さんです。
聞いた直後は話なんて聞くんじゃなかったと本当に後悔しました。
「タルトの美味しさをあんなに語ってくれたじゃないですかっ。ずっと気になってるんですよあれから。食べないことには収まらないんですから、私はどうしても食べないといけないんですっ」
あの時は話の四分の一がタルトとかお菓子の話でした。
奥さんお菓子好きすぎですよ。
おかげで私も食べたくてたまらなくなってるんです。
薬草取ってきたら食べられるんだったら何回でも行ってきますよ。
それに放っておけばそのうち治るから『ちょっと長い休暇みたいなもんさー』なんて奥さんは言ってましたが、『ただし相当苦しいけど』の言葉が隠されていたようですしね。
それも知ってればすぐに行ってました。
タルトのためだけに行ってしまうと、『早く働け』と言ってるような感じがしますから。
なのでタルトが理由だと遠慮も含めてなかなか受け取ってもらえないと思いましたが、こういう事なら強制的に受け取ってもらいましょう。
アーニャさんは元気になる、私と奥さんはタルトを食べれる。
これで丸く収まります。
「だから奥さんも言ってくださいよ。早く元気になってもらわないとタルト食べられないんですから」
「あ、あんたそんな事本気にしたのかい……あっはははっこりゃいいねっ。まぁでもしょうがないかねぇアーニャのタルトにはそれだけの価値があるんだから。あたしだけじゃないよ、皆タルトが食べられるの待ってるんだからね。だからしょうがないよなアーニャ。早く元気にならないと、皆に無理矢理薬草飲まされるぞ?」
笑いながらも奥さんも説得してくれます。
奥さんのせいでこんなことになったんですから、少しくらい手伝ってもらってもいいですよね。
「でも……ランツがどう言うか……」
「それなら心配ないよ。ずっと何もしないことに親父さんが怒って、宿を取り上げるって言ってたからね。自分たちが前みたいに宿を営業して、ランツには畑だけをさせるってさ」
「確かにあの人が居たら売り上げがどうとかうるさいこと言われたかもしれませんが、居ないんだったらもう何も問題ありませんね。っとすいません、アーニャさんの前で恋人のことを悪く言ってしまいました」
つい本音が出てしまいました。
「ランツは恋人じゃないです……」
「そうなんですか?」
本人はちょいちょい、未来の伴侶のーとか相思相愛でーとか言葉を挟んでましたが。
「本人は勝手にそんなつもりみたいだけど……具体的なことは何も言われてないし……お金にうるさいくせに他人任せだし……自分が失敗しても他人のせいにするし……私は嫌……」
幼馴染からも散々言われてますね。
でもこれで問題は全て無くなりました。
めでたしめでたしです。
「じゃあ元気になったら、タルト作ってもらえますか?」
「私のでよければ……いくつでも……」
柔らかく微笑んで了承してもらえました。
本当によかったです。
「ありがとうございます。それじゃまたそのうち来ますので、奥さん後のことはお願いしますね」
「任せときな。あたしもいいミルマの実を作るように男連中に言っとくよ」
「本当にありがとう……」
「よろしくお願いしますね。それじゃ失礼します」
お別れの言葉を伝えて家を後にしました。
そのまままっすぐに村から出てルフォートに向かいます。
丸く収まったので空を飛ぶのもいいい気分です。
やっぱり何も気にせず飛ぶ空が一番ですね。
途中精霊さんのところに寄ろうかと思ったんですが、槍が無いとカラスが邪魔なので諦めます。
明日はまず槍を買いましょう。
ワイバーンと戦ったおかげで戦うことも面白いと分かりましたので、少しお金をかけてもいいかもしれませんね。
ゲームを始めてすぐでもこんなに楽しいんですから、きっともっと楽しい事があるに違いないですし。
空を飛びたいからゲームを始めて、実際飛んで幸せで。
観光してみようと素敵なところを探して、精霊さんと楽しくおやつを食べて。
気が付けば戦うことも面白くなって。
あとマリーシャと遊べればもっと楽しくなりますよね。
マリーシャは戦いたがってましたし、私も嫌ではなくなりましたから尚よしです。
これからのことを考えると、本当に楽しみです。
ルフォートに向かって飛んでいるこの空。
飛ぶという事に憧れ、そしてようやく辿り着いた青い世界。
そこに居るだけで心が浮かれ、でも安らぎさえ感じる空の世界。
まだ慣れたとは言い切れないこの世界ですが、ゲームを楽しんでいれば、もっと好きになれるに違いありません。
断言します。
飽きる事なんてありません。
このVRゲームの空は、たとえゲームでも、たとえ仮想現実でも。
私にとっては、既に大切な場所ですから。
今話はこれで終わりです。
幕間を一つ挟んで次の話になります。
特に区切るつもりはありませんが一応自分の中ではここまでで第一部終了という位置づけです。
主人公がゲームに対する認識をある程度固定したという意味で。
それからこれは私事ですが……
旅に出ます。探さないで下さい。
(意訳)旅行に行ってくるので数日分予約投稿しました。時間は19時です。ストックさんのライフが……。