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3-5 おやつのために空を飛びます。

 一夜明けた今日は土曜日で学校は休み。

 なので朝から仕事の方を手伝うため、事務所で事務処理をやっていました。

 部品発注、伝票処理、外注連絡などなど。

 一通り終わりましたが時間が余ったのでカルテ整理も終わらせて、今はコーヒー入れて休憩タイムです。


「碧ー、寺本さんとこの終わったから請求書出してくれ」


「もう出してありますよ」


 はい、と封筒を渡します。


「おお、やっぱイラついてると仕事早いな」


「……そんな風に見えました?」


「いや全然。でもお前が仕事早い時はなんかイヤなことがあったとかそういう時だからな」


 そういえば普段やらないカルテ整理まで終わらせてました。

 仕事が終わるとすっきりするので、そういうのを求めたのかもしれません。

 今は大分収まってるようなので。


「昨日はそんなでも無かったしやっぱりゲームか。随分あっさりのめり込んでるじゃねーか。いいことだな」


「……そんなにのめりこ込んでるでしょうか?」


「真面目にやってるからイラついたんだろ。いつものお前ならどうでもいいことはすぐに忘れる」


 そう言われるとそうですね。

 基本的に私は興味ないことには無関心ですから、怒っているという事はそれだけ真剣だったという事です。

 ああいう男性が嫌いだということは別に知りたくありませんでしたが……。


「でもそれっていいことじゃないと思うんですが」


「遊ばなきゃ分からなかったことだろ。だからいいことじゃねーか」


 遊びも覚えろと言ってました、なるほど確かにゲームをしなければ知るのは当分先でしょう。

 空を飛びたいと言うわけで始めたゲームでしたが……どうやらそれ以上に影響を受けているようです。

 家と、学校と、仕事。

 それだけでは分からない、遊ぶことで広がった世界で知る、新しい自分。


「そう考えるとそうですね。遊ぶのもいいものですね」


「だろぅ? だから……」


「だけど車高調整キット(シャコチョー)は必要ありませんよね。発注書に紛れ込んでましたけどキャンセルしときましたので」


「ってここは俺の遊びも認めてくれるところだろ!」


「先月ホイール換えたばかりなのに何言ってるんですか。どうせ車高変えたらホイール換えたくなるに決まってますから、ダメです」


「……よくお分かりで」


 だから先に車高調整キット(シャコチョー)入れてからホイール買った方がいいとあれほど言ったんです。

 それを言い出すとそもそもダウンサス入れた時点で間違いだったんですが。


「ならせめてエキマニを……」


「徹さーん、実走チェックオッケーっす。洗車も終わりましたー」


「ほら呼んでますよ。早く納車行ってきてください」


「……あいよー」


 従業員の藤原さんに呼ばれてようやく腰を上げます。

 いつもながら往生際が悪いです。

 それにエキマニなんて入れたらどうせマフラーも換えたくなるんですからやっぱりダメです。

 お小遣いの範囲でやる分には何も言いませんが、足りなくなるとこうやって姑息な手を使うんですよね。

 最初から言ってくれれば検討するんですが。

 検討すると言うとどうせ却下されると思われますが、お客様に見せて興味持ってもらえるようなものなら真面目に検討します。

 売れるかどうかは置いといて一応宣伝というか話のタネになりますし。

 乗ればすぐにわかる静音タイヤだとか、ああ見えて実は腰痛持ちの方にお勧めできるバケットシートだとか、その辺なら十分に検討します。

 でもピロアッパーのサスキットとかステンエキマニで話ができるお客様なんてニッチ過ぎます。

 当然却下です。

 やっぱり、遊ぶのにも限度と言うか節度が大事ですね。




◇◇◇





 仕事の手伝いは午前中だけで午後からはBLFOです。

 ちなみに明日は手伝いはありません。

 六月のこの時期は閑散期のためどこの工場も暇になります。

 大きい整備工場なんかだと新人さんが現場に出始めるのもこの時期らしいですね。

 それまでは新人教育と洗車だけなんだとか。


 でもゲームの市場は閑散期ではないと思うんですが、なんであんなに屋台が少なかったんでしょう?

 昨日はもっとありましたので時期的な問題じゃないと思うんですが。

 サービス業なので土日こそ稼ぎ時だと思うんですが、ゲームの中だと違うんでしょうか。

 それに女性のお客さんが少ない気もしますが……お店が少ないならお客さんも少なくなりますね。

 とりあえずドーナツ屋さんは開いていたので昨日と同じく一通り買いました。

 それから他のお店で砂糖を買いましたが牛乳は見つからなかったので今日のところは諦めました。

 精霊さん用にはリンゴジュースを用意しましたので問題ありません。

 やっぱり森の精霊さんだけあってそういったものの方がいいようですね。

 今目の前で美味しそうに飲んでいただいてます。

 右手にドーナツ、左手にジュース。


「至福ですぅ……」


 顔も幸せそうに緩んで喜んでもらえてるようです。

 私もコーヒー飲んでチョコを一口。

 コーヒーの苦さでチョコの控えめな甘さが引き立ち、ドーナツ自体の甘さと合わさってより美味しく感じられます。

 今日のドーナツ屋台には昨日のお姉さんではなくアルバイトらしい店員さんでした。

 店員さんに聞いたところドーナツを作っているのは昨日のお姉さんということなので、今度会ったら是非お礼させていただきましょう。


 そしてそうと決まったら問題を片付けないといけませんね。


「精霊さん、よかったら残り全部どうぞ」


 ドーナツの入った袋を全部差し出します。

 今日は十個ずつ買ってきましたのでまだ十分な数が残っています。


「ぜ、全部ですか? 貴方はどうするのです? 今日はあまり食べてないようですが……」


「用事を思い出しまして。それを片付け無い事には美味しく食べられないので、今日はいいんです」


「ですが……」


「精霊さんが美味しそうに食べてるのを見て踏ん切りがついたんです。精霊さんのおかげで私ももっと楽しめるんですから、これはそのお礼です」


 遠慮する精霊さんに無理矢理押し付け、残ったコーヒーを飲み干し立ち上がります。


「あのっ」


「すいませんが続きはまた来た時にお願いしますね」


 また来ますと言って空に飛び立ちます。

 とても美味しそうに食べる精霊さんに比べ、美味しいと感じつつもどこか楽しめてない私。

 昨日は違いましたが、今日楽しめてない理由は明らかです。

 気になる事があるなら解決してしまえばいいのです。

 誰にも解決できないほどどうしようもない事でもないんですから。

 でないと一緒に食べてくれる精霊さんにもドーナツを作ってくれたお姉さんにも失礼です。

 さっさと何とかしてしまいましょう。

 一直線に、セカ村の北にある山へ向かいました。




 山に着きましたが広さだけで言うとさほど大きくはありません。

 中腹まではどこにでもあるような普通の山です。

 ですがそれ以上は一気に勾配がきつくなり、遠目から見るとまるで針のように尖って見えます。

 普通に登る人は大変ですね。

 飛んでいける私は何となくズルをしてる気分です。

 だからってわざわざ登る気もありませんが。

 薬草は山頂にあるそうなので手早く取ってきましょう。

 高度を上げて山頂に近づきます。

 薬草はどこかと探しましたが、見つけたのは全く違うものでした。

 よく分かりませんが緑色の何かが動いています。

 鱗のようなものが見えますが爬虫類みたいな感じですね。

 よくよくみると蝙蝠の翼のようなものが見えます。

 遠目に見てもかなり大きそうです。

 こっちを向きました。

 蝙蝠とトカゲを足したような魔物がこっちを見てますね。

 もしかして狙われてますか、私。

 しかも翼があるという事は飛べるという事なので。


「ギヤォオオオオオオ!!」


 蝙蝠トカゲは一直線に私に向かって飛んできました。

 近づいてきたその姿を見るとかなり大きいです。

 翼なんて片側だけで私の倍近くあります。

 そういえば雑貨屋の奥さんが、山にワイバーンが住み着いて近寄れないとか言ってましたがこれのことでしょうか。

 こんなのが居るのに山に来るって、何を考えてるんでしょうねあの人は。

 いえ今はそんなことより逃げましょう。

 すぐにワイバーンに背を向けて飛びました。

 大きさはすごいですがスピードはさほどでもないようなので十分逃げられます。

 ですが逃げても薬草は手に入りませんよね。

 住み着いているという事はまたあそこに帰っていくわけですし。

 一日中動かないわけでもないと思いますが、私も飛んで山頂に近づくのでかなり目立ちますし見つかったらまた狙われますよね。

 仮に見つからなくても薬草探してる間に帰ってきたら一緒ですし。

 どうしましょうか……といっても、取れる手段なんてそう多くはありません。

 仕方ありません。

 あんな大きい魔物倒せるかどうかわかりませんが、やるだけやってみましょう。

 ようは熊と一緒です。

 向こうの攻撃に当たらず、私は攻撃を当て続ける。

 それだけですね。

 さぁ頑張りましょう。


 まだ追ってきているワイバーンへ向けて方向転換。

 槍を構えそのまま正面に向かいます。

 ワイバーンもそのまま私に向かってきて、もうすぐ接触と言うところで私に噛みつこうと口を開きました。

 気にせずそのまま直進。

 一気に加速させ、噛みつかれる寸前で横に軌道を逸らし切り付けます。 

 そのまま口元から後ろまで切り付けようとしますが、後ろの方を気にしていなかったためすぐに止め距離を開けます。

 熊と違いワイバーンの背には大きな翼があったのです。

 翼は羽ばたいていますので当たれば叩き落されますし、私もスピードを上げているので正面からぶつかりたくありません。

 あのまま切り付けていたら翼にぶつかりに行くところでした。

 翼が邪魔ですね。

 翼を狙いたくても羽ばたいているので狙いにくいです。

 かと言って翼を避けようとすると狙える場所が小さい。

 大きな体なのに面倒です。

 まぁ繰り返していればそのうち終わるでしょう。

 正面から飛び込んで切り付けて避ける。

 熊の時と同様にひたすら繰り返します。

 基本的に私に噛みつこうとワンパターンな行動を繰り返してくるので非常に簡単です。

 なんて油断したからですね。

 今度は近づいても口を開けずにそのまま向かってきます。

 特に気にせずさっきまでと同じように飛び込み加速。

 当たる寸前で横に軌道を逸らそうとした次の瞬間、ワイバーンも顔を横に逸らし避けました。

 そして避けた反動をそのままに首を振り戻し、私を叩き落そうと狙ってきました。

 口を開けなかったのは噛みつきではなく叩き落すことを狙ったんですね、なんて向かってくる顔を見ながら考え――


 叩き落される瞬間、下方へ回り込むように避けつつ切り付けました。


 熊の時もそうでしたが魔物も学習するんですよね。

 ワンパターンな攻撃に対してワンパターンな対応をしていれば必ず学習してくれます。

 それが分かっていれば先に別のパターンを考えていれば何とかなります。

 油断していたのでギリギリでしたが……。

 さて学習してくれたようなのでもう遠慮はいりません。

 今までは横にしか避けませんでしたが上下も入れ、更に螺旋を描くように切り付けます。

 次第に動きも鈍ってきたので、反転に間に合わないワイバーンを横からも切り付けます。


 熊の時も動きが鈍ってからすぐだったので、もうすぐ倒せるでしょうか。

 でもなんか嫌な感じがするんですよね……。

 なんかまだ諦めてない感じがするというか。

 そうです。TVゲームのRPGでも死にそうになったら本気を出す敵が居ました。

 何で最初からそうしないんだろうと思いますが、実際戦ってみると助かりますね。

 最初から最後まで強いままとかやめてほしいですし。

 ああやっぱりです。

 ワイバーンの口に何か赤い光が集まっていきます。

 ああいうのって大抵その赤いのが飛んでくるんですよね……。

 なんて考えを読んだかのように、大きく開けたワイバーンの口に集まった赤い光が私に向かって飛んできます。

 距離を取っていたので余裕を持って避けたつもりでしたが、すれ違う時かなりの熱さを感じました。

 炎の魔法でしょうか。

 触れれば燃えてしまうようですね。

 警戒して近寄らない私に気を良くしたのか、ワイバーンは魔法を次々飛ばしてきます。

 私はひたすら避け続けますが……そんなワイバーンを見て残念な気分になりました。

 ただでさえ私より遅いのに、そのうえ飛ばすまで時間のかかる魔法の攻撃に変更。

 そんな攻撃に当たる訳がありせん。

 さっきまでの方がよほど面倒でした。

 同じ魔法を使うならスピードを上げる魔法とか使ってほしいものです。

 そうすればもっとギリギリの戦いになるので私も面白いんですが。


 ……面白い?


 面白いんでしょうか。

 戦うなんて面倒なだけだと思っていたと思うんですが。

 でも今間違いなくそう感じました。

 攻撃が強化されるどころか弱くなったワイバーンを見て残念に思いました。

 今でもカラスにまとわりつかれるのは面倒だと感じています。

 ですがそういえば、昨日の熊のことを思い出したとき。

 あの時も、今と同じ気分じゃなかったでしょうか?


 考え事をしつつもワイバーンに向かい、魔法を余裕をもってかわしつつ切り付けます。

 やっぱりです。

 面白くないと感じています。

 同じワイバーンが相手でも、さっきまではギリギリを避ける空中戦でしたが、今はそれが出来ないので面白くない。

 地面すれすれを飛び熊の腕をかいくぐって切り付けるのは面白いと感じる

 なるほど。

 単に戦うのが面白いと言うよりも、複雑な軌道で飛べる難しい戦いが面白いと感じるようです。


 なんか複雑ですね……。

 ただでさえ地味な私が、ゲームにハマったと思えば更に戦うのも好きなるって。

 可愛さの欠片も無くなりました。

 またマリーシャに怒られるかもしれません……。

 ですが誘ったのはマリーシャですからね、何か言われても責任はマリーシャに取ってもらいましょう。


 そうと決まったらワイバーンはさっさと倒しましょう。

 面白くないのにいつまでも付き合っていられません。

 魔法を飛ばすだけになったワイバーンに近づき何度も切り付けます。

 魔法を撃つペース訳は変わりませんが、動きは非常に遅くもう飛んでいるだけと言う感じです。

 私は加速のため一度距離を開けました。

 狙うはやはり真正面。

 魔法の途切れた瞬間を狙い、初めから全速。

 やはり噛みつきではなく魔法を撃とうとするワイバーンに対して一撃。

 大きく開けた口から額を通り頭を切り、そのまま背中まで一気に――


ガキンッ!!


 背中の中ほどで、槍が折れてしまいました。

 ……武器って、壊れる物なんですね。

 ああいえ不味いです大変ですっ。

 替えの槍なんて持ってませんどうしましょうどうしましょう。

 いえどうしようも何もないです戦えないんですから逃げないとっ。


 そう考えてワイバーンから逃げようと後ろを振り返ると、なんとワイバーンが光になって消えていくところでした。

 丁度倒せたようで本当によかったです……。

 ああでも戦えないのは変わりないので急がないと。

 今ならカラスにだってやられてしまいます。

 ワイバーンの居なくなった山頂でコーヒーでも飲みたいところですが、残念ながら今はお預けです。

 山頂に戻って薬草を探します。

 どんな外見かは聞いてませんが生えていた植物は一種類しかなかったので適当にいくつか摘みます。

 間違っていたらまた来ればいいだけのことですしね。

 ひとまずは今すぐに帰ります。

 あ、折角なのでアレも取っていきましょう。

 それくらいの役得はあってもいいですよね。



ちょいちょい挟む車ネタは分からない人はスルーしてください……。

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