3-4 おやつのために空を飛びます。
気分の悪い展開があります。
苦手な方はご注意ください。
お店の奥さんから話を聞き終わって宿屋に来ました。
ミルマの実も全部で二個ほど頂きましたし(もちろんお金は払いました)、つい座り込んでお茶まで頂いてしまい気が付けば結構な時間が経ってしまいました。
小さい村でもいろんな話があるんですね。
隣の家のおじいさんの腰痛改善健康法の効果についてですとか、三軒隣のお子さんの逆立ちじゃんけんがすごいと言うより可愛いとか。
DさんとSさんとFさんの三角関係とかすごく続きが気になります。
毎日Dさんを取り合うSさんとFさんのバトルが見ものだそうです。
Sさんの繰り出す飛び蹴りに正面から立ち向かうFさん。
ぜひ一度見てみたいものです。
ああもちろん人ではなくニワトリの話です。
人のそんな話は聞くのも嫌ですので。
幸い問題の件はそういった話ではないようです。
そういった件ではないようですが……。
話を聞くのは間違ったかもしれません。
「こんにちは」
宿屋に入り声をかけます。
入って正面にカウンターがあり、ここで宿の受付を行っているようです。
右手に二階への階段、左手は食堂ですが営業はしていません。
聞いていた通りですね。
「いらっしゃいませ……?」
カウンターの奥から小さな声で挨拶しながら男性が出てきます。
奥は少し暗くてよく見えませんが、大体170cmほどの優しそうな方です。
少々やつれ気味のようにも見えますね。
「すみませんが今は営業していないんで……」
それも聞いていた通りですね。
食堂で働いてた女性が倒れてから、食堂も宿も全く営業していないそうです。
「……もしかして冒険者の方ですか?」
村の中ではストレージにしまってましたが、今はわざとらしく槍を出してあるので気付いてもらえたようです。
「一応はそうです」
そう答えると男性は慌てたようにカウンターから出てきました。
「お願いします! アーニャを助けてください!」
「……どういうことでしょう?」
「実は……」
宿屋の男性、ランツさんの話はこうでした。
ランツさんはこの宿屋の店主、アーニャさんはその宿屋の食堂で働く従業員。
二人はこの村に生まれ、年も近いことから小さなころから仲が良かったそうです。
成長したランツさんは両親の引退を期に宿屋の仕事を継ぎ、アーニャさんはランツさんの母親が担当していた食堂を受け継ぐことになりました。
二人に代わってからも特に問題なく営業していた宿と食堂ですが、ランツさんはより売り上げを大きくしたいと考えました。
ですが訪れる客といえば、食堂で一品か二品ほど注文する村の住人か、時折訪れる旅人だけ。
街と街の中継地的な村ではありますが、特に何もないこの村は素通りされてしまうことも多く、客足の増加は望めない。
客数を伸ばすことは難しいのであれば単価を上げるしかない。
しかし食堂で出す品はほとんどが村で採れたものを料理したもので、目新しいものは何も無い。
であれば、村のもの以外を使った料理を出せば売れるのではないか。
そう考えたランツさんは、村の北にある山に目を付けました。
山の麓に自生するミルマの実は村で作られたものとは比べ物にならないほど美味しいんだそうです。
アーニャさんがお菓子作りが得意だったこともあり、お菓子類は食堂の売り上げの一部を担っていました。
そこに今までよりいいミルマの実が加われば。
ランツさんはアーニャさんを連れ、山にミルマの実を取りに行きました。
山までは歩いて半日近くかかりますが、魔物の少ない地域という事もあり二人だけで向かったそうです。
ですが運悪く向かった先で魔物に会ってしまいました。
戦う術の無い二人は当然逃げましたが、わずかに逃げ遅れたアーニャさんが魔物の毒にやられでしまいました。
アーニャさんは命は助かったものの、ベッドの上から起きられない日々が続いているそうです。
「アーニャは今でも苦しんでいるんです……ですからお願いします! どうかアーニャを救ってください!」
「どうすれば救えるんですか?」
「北の山の山頂にリカという薬草が生えています。この薬草はどんな病に聞くと言われているので、この薬草があればきっと!」
「薬草なんですね。でもそれだったら買うことはできないんですか?」
山頂に生えているという事は非常に生育条件が難しいんでしょうが、世の中お金を出せば大抵のものは手に入ると思うのです。
「リカの薬草はとても高価なんです。とても僕にそんなお金は……」
「そうですか。ちなみにいくらくらいなんですか?」
「200,000ゼルと言われています……お願いします! もうあなただけが頼りなんです!」
プレーンドーナツ千個分ですか。
さすがに高いですね。
「そうですか。分かりました」
「ありがとうございます!!」
「220,000ゼルいただけるなら行ってきます」
「……は?」
代金を言いましたが、聞こえなかったようですね。
「行ってきますので、代金として220,000ゼルお願いします」
薬草代と、手間賃として10%。
特に問題ないと思います。
「おっ、お金を取ると言うんですか!?」
「当たり前ですよ」
労働したら対価が発生する。
宿を経営してる人が知らないはずないと思うんですが。
「人が苦しんでいるんですよ! なのにお金なんて!」
「お金を払えば苦しみが終わるんですよね。いいことじゃないですか」
「だから僕にはそんなお金なんて無いと言ったでしょう! 貴方はそんな僕からお金をむしり取ろうっていうんですか! お前には心が無いのか!」
「お金が無いなら自分で採りに行くしかないですね」
対価が払えないなら自分で動けばいいだけです。
そうすれば行きと帰りの食料代といった程度で済むんですから。
「僕は冒険者じゃない! 戦う事なんてできないんだ! 死にに行けって言うのか!」
「じゃあ、あなたは一体何をしているんですか?」
「何をって、彼女が苦しんでいるというのに、僕に何をしろって言うんだよお前は!」
いろいろできると思うんですが。
お金が無いなら宿の営業を頑張ってお金を貯めればいいですね。
なのに彼女が気になって仕事にならないと言う。
自分で採りに行けばいいのに危ないから行きたくない。
なのに他人に行かせるのは問題なく、代価すら払おうとしない。
そもそもそんな危ないところにアーニャさんを連れて行ったのは誰なんでしょうね。
雑貨屋の奥さんからは、アーニャさんは最後まで反対していたと聞いていますが。
つまるところ、自分から始めたことで迷惑を被った人がいるのに何の対応もせず、しかもその後何の責任も取ろうとしないという事ですね。
こういう人のこと何て言えばいいんでしょうか。
どうでもいいですね。
呆れてものも言えません。
「代金が払えないなら私にできることはありませんね。失礼します」
ここに居るのも嫌なのでさっさと帰りましょう。
後ろで何かわめいていますが知ったことではありません。
通りに出たところで雑貨屋の奥さんと目が合います。
ダメでしたと首を振れば、奥さんもやっぱりねという感じで肩をすくめます。
もしかしたら気が変わってお金を出すかもしれないからと、奥さんからも頼まれたので行ってみましたが結局は時間の無駄でした。
私のような冒険者が訪ねても、誰一人として依頼を受ける者はいないそうです。
当然ですね。タダ働きなんて誰もしたくありませんから。
村の人達も彼の自業自得という事も知っているため放っておかれているそうです。
とはいえアーニャさんのことまで放っておかれているわけではありません。
アーニャさんは早くにご両親を亡くされ一人暮らし。
ベッドから起きれない彼女のために交代で世話をするのはもちろん、村の人達が出し合ったお金で雑貨屋の旦那さんが遠くの街まで薬草を買いに行っているんだそうです。
お金は少なかったそうなので買えない可能性が高いとのことでしたが。
ちなみに彼は心配するだけでアーニャさんのお世話も何もせず、薬草のお金も出さなかったそうです。
うちにそんなお金は無い!、と言ったそうですよ。
一体何がしたいんでしょうね、あの人は。
雑貨屋の奥さんから話を聞いておいてよかったです。
聞かずに行っていたら真面目に怒っていたかもしれないのでもっと時間を無駄にするところでした。
あんな人にはそんなことする方が無駄と言うものです。
更生させたいわけでもありませんし。
だからと言って私が何もしない理由にはなりませんが、完全に部外者なので手伝う理由もありません。
毒についても命に別状はないもので、三か月から半年で抜けるそうなので、村の人達もそこまで無理に治そうとはしてません。
アーニャさんも寝ていれば直るからお金なんて使わないでほしいと、自分に使う時間があるなら畑を世話してほしいとまで言っているそうです。
なのにあの男はうじうじグダグダと……。
あぁダメですね。
落ち着いて話を聞いたつもりでしたがかなり頭に来てます。
ルフォートまで思いっきり飛ばして少しさっぱりしましょう。
ログアウトしてさっさと寝ます。
やれやれです。
一応補足。
イオンは仕事の手伝いをしている関係から、仕事には対価があって然るべきと考えています。
今回は緊急性もないということもあって、そんなに薬草が欲しいなら自分で採ってこい、責任は自分で取れ、というスタンスです。
表現が難しいです……。