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13-14 母のいる日常


「お疲れ。なんだか面白いことになってたんだって?」


「面白いかどうかはわかりませんが、一時はどうなるかと思いました……」


 あのあと、シーラさんといつの間にか来ていたムっちゃん(今日初めてお会いしましたけど、さん付けで呼ぼうとしたら拒否されました)の二人のおかげで、すぐに解散になりました。

 なのでようやくバトルデイズに来ています。

 部屋に入るなりレイチェルさんから労われました……。


「そっちの二人が調子に乗ったのね」


「「えっへん!」」


 何故か胸を張るマリーシャとメグルさん。もう息ぴったりになってます。

 でもそんな事すると……。


「マリーシャ、あとで話があるわ」


「「ごめんなさい!」」


「この二人は似なくていいところで似てるっていうか、“らしい”ところで似てるっていうか」


 シーラさんに睨まれて反射的にあやまるマリーシャ。と、何故かメグルさん。

 ムっちゃんは帰りましたので、二人を止めるのはシーラさんだけです。

 でもメグルさんにも効果があるようなので、これでいいんでしょう。キイさん呆れてますけど……。

 マリーシャもシーラさんもメグルさんとは初対面のはずですが、馴染むの早いです……。


「で、そちらが噂のシオンさんね。初めまして、バトルデイズ店長のレイチェルです」


「シオンと言います。イオン共々、どうぞよろしくお願いしますね」


「こちらこそよろしくお願いいたします。……それにしても本当にそっくりね……」


 何度も私とシオンを見比べるレイチェルさん。だんだん面白いものを見るような目になってきました……。


「話を切っちゃうけど先にいい? さっき修理に出しといたけど、今回は強化もよろしく。カウンターで預けたときに言うの忘れてたから」


「強化ね、やっておくわ」


 ダンジョンから帰ってきたキイさんとプルストさんは、さっき店頭で装備を預けてました。二人だけだったので結構破損したそうです。

 装備を預けて私たちはレイチェルさんに会いに奥の部屋に来ましたが、プルストさんは拠点に帰りました。このあと飲みに行くそうで。

 なのでこの場に居るのは私、シオン、マリーシャ、シーラさん、キイさん、レイチェルさん、メグルさん。それとぐりちゃんです。


「装備といえば、キイさん今の服も似合いますね。先ほどのチャイナも素敵でしたけど」


「あ、ありがとうございます」


 シオンに褒められて、キイさん少し照れてます。

 そんなキイさんの今の服は、膝丈のジーンズにノースリーブのブラウス、それとサンダルです。ゲームの中も徐々に暑くなってきてるので、夏らしく涼しそうな格好です。


「それもこちらの商品ですか?」


「商品というか、装備修理中の代用品です。バトルデイズは装備を買ったお客様の一部に、無料でこういうのを用意してくれるので」


 そういえば、マリーシャたちと装備を作りに相談しに来たときに話してましたっけ。

 あのときは在庫が無かったそうなので、新しく作ってもらったんでしょうね。横でマリーシャが『私とシーラも貰いましたー』って言ってますし。

 メグルさんは『えっ、あの、私のは? いつも買ってるのに、私のは? ……あのーっ!?』って言ってますけど……。


「無料ということは高価なものじゃないですよね。防具としての機能は無い、普通の服ですか?」


「そうですね。性能を無視すれば安く抑えられますから」


「こういった普通の服は店頭にあまり並んでませんでしたけど、並べてないのはやっぱり需要が無いからですか。デザインでこだわるならまず装備でしょうし、修理中くらい初期装備でいいという人がほとんどですよね。欲しい人は自分から相談してくるから、既製品を並べるよりもオーダーメイドのほうが利益も出ますし」


「……仰る通りです」


 急に仕事の話になってきたせいか、レイチェルさんが真面目な表情というか、少し警戒するような顔になってきました。

 でもシオンが意味も無く警戒させるわけないですし、何をする気でしょう?


「別に変なことを言うつもりはありませんから安心して下さい。私はまだゲームを始めたばかりでお金があまりないので、安く服を作ってもらいたいだけなんです。今のところ戦闘はしないつもりなので、性能は必要ありませんし。今日はその辺を相談させてもらおうと思いまして」


「そういうことでしたか」


 それがお店に来る用事だったんですか。


「先程言ったように性能は必要ありません。なので問題はデザインについてですが」


「どういったものにしましょう?」


「今イオンが着てる装備と、同じデザインで作ってもらうことは出来ますか?」


「ホントに注文した!」


「もしかして丁寧に躱されたかと思ったらホントにやりましたよ! シオンさんパないですよ!」


 やっぱりですか……。

 マリーシャとメグルさんは驚いてますけど、私はすると思ってました……。


「……申し訳ありませんが、これはイオンさん用に作った物なので、他の方には」


 一瞬悩んだようですが、レイチェルさんはきっぱりと断りました。

 こっちも何となく予想してました。一点物のつもりで作った場合、数を作ることには抵抗があるんじゃないかな、と。


「えーっ!」


「なんでですか! イイもの見られますよ間違いなく!」


「私もそう思うんだけど、ダメよ。例え双子レベルでそっくりでも、よく見ると違いはあるわ。それに何より、イオンさんとシオンさんじゃ雰囲気が全然違う。そこまでそっくりな本物の双子だったなら、作ってたかもしれないけどね」


「うぅ、反論できない……」


「ダメですかぁ……」


 マリーシャは雰囲気とかその辺の違いに一目で気付きましたからね、すぐに納得しました。

 『見た目は似てるけどやっぱり中は違いますね!』って、挨拶しただけで言ってましたし。


 でもあっさり諦めてくれて良かったです。

 レイチェルさんは断りましたし、マリーシャも納得してメグルさんも渋々ですが納得してくれそうです。

 何が『イイもの』なのかはわかりませんが、何となくイヤな予感がします。

 服がなければそんな未来もないわけですし、ひとまず安心で……


「それでは全く新しいデザインで作ってもらうことは出来ますか? 最初から二人分セットで。もしよかったらデザインもお任せしますし。あ、イオンの分のお金は私が出しますから」


「そういうことなら喜んで」


 …………あれ?


「本当に好きに作っていいのでしょうか? もちろん倫理的にダメな物は除きますが」


 あの、レイチェルさん? 声は落ち着いてるように聞こえますが、表情は思いっきり嬉しそうなんですけど……。


「最低限の条件として、現実世界で着てもおかしくない物であること。それとあらかじめデザインをチェックさせてもらえるならこと。これらを守って頂けるなら大丈夫です」


「それらを守って許可を頂きさえすれば……」


「はい。なーんでも、おっけーですよ」


 恐る恐る聞くレイチェルさんに対して、シオンはものすごく楽しそうな顔で返事をしました。


「シオンさんありがとうございます!」


 レイチェルさん、ものすごく目が輝いてるんですが……後ろ向いてものすごく力の入ったガッツポースしてるんですが……。


「あっ、そういうことならあたし希望出していですか!」


「私も私も!」


 ま、マリーシャ? メグルさんもどうしてそんなに元気なんですか?


「そういうことならあたしも首突っ込もうかなー。前々からもったいないって思ってたし」


「そうですね。口を挟むだけならタダです」


 どうしてキイさんとシーラさんまで……。


「コホンッ、皆様そこまでにするですの。お姉様が困ってますの」


 ぐりちゃんっ、頼りになります!


「そういえば、契約精霊にも装備を持たせられるんですよね?」


「ええ、できます。ここには居ませんがアヤメのフミちゃんには首輪代わりに鈴を着けていますし、スカーフを巻くこともできました。ただし武器は持たせられなかったりと、いくらか制限があるようで、なんでも自由にとはいきませんでした。その辺については、まだ把握しきれていません」


「制限ですか。ではそれさえクリアできれば、ぐりちゃんの服を変更することも可能かもしれない、ということですね」


「はい。グリーンさんとイオンさんとシオンさんの三人で、お揃いも可能かもしれません」


「……お姉様とお揃い……ですの? 本当ですの? ……それなら……」


 ぐりちゃんが嬉しそうで何よりです……。


「……イオン、やっぱり服関係はイヤ? シオンさんが用意するわけだから、イオンは着るだけなんだけど。それ以外、何かするとかは無いですよね?」


「ありません」


「っていうことだし、一度くらいはどうかなーって……」


 マリーシャが恐る恐る勧めてきました。

 真っ先に話に乗ってましたけど、ここで私が『イヤ』と言えば、すぐに引き下がってくれるはずです。

 引き下がってくれるのはシオンもです。

 私が本気で嫌がれば、それ以上無理には勧めてきません。

 なので、私はそれを言えばいいだけ……なんですが……。


「もしかして状況がよくわかってないのって私だけなんですかね? そんなわけで空気読まずに聞いちゃいますけど、もしかしてイオンさん、ファッションとかそういうの苦手でした? オシャレするのに抵抗があるとか」


 マリーシャへの返事をどうしようかと悩んでいると、メグルさんからほぼ答えともいうような質問が飛んできました。

 こっちも『その通りです』と答えるだけです。

 だけ、なんですが……。


「あら、結構悩んでますね。しかも良い方向に」


 シオンの明るい、ともすればからかうようにも聞こえる声。

 でもその声色は、どこか嬉しそうでもありました。


 シオンの言う通り、悪い方向には悩んでないと思います。

 今までこういった場合に悩むとしたら『どうやって断ろうか』の一択でしたが、今回は『服に振り回されるのはイヤだけど、でもすぐに断るのも……』という感じになってます。

 自分の中で何があったのかはわかりませんが、後ろ向きには悩んでいないみたいなんですよね……。


「……よしっ、地雷を踏むのはあたしの役目っ、ズバッと聞いちゃおう! そもそもなんでイオンがそっち方面苦手なのか教えて!」


 そんな私の悩みに気付いたのか、マリーシャがかなり踏み込んだ質問をしてきました。

 今までは私がすぐに嫌がってましたから、ここまで聞かれることもありませんでしたが……。


「……そんな大した話じゃないですよ? 面白くもないですし」


「いーから聞かせて!」


 珍しく引く気がないらしいマリーシャ。目を逸らさず、じっと見つめてきます。

 話すこと自体は特に抵抗もないので、そこまで本気にならなくても話すつもりでしたけど……とにかく話してみましょう。


 でも本当に大した話じゃありません。

 小学校の低学年の頃、休みの日にクラスのみんなで集まる機会がありました。確か、運動会か何かで優勝したお祝いとかで。

 当時から服とか興味なかった私ですが、お祝いだからお洒落をしてくるようにって言われました。それで私なりにお洒落したつもりでしたが、どうも駄目だったようで。

 当日はそのことで色々言われて、それから苦手意識がついたんですよね……。


「泣いて帰ってきたとか、そこまでではなかったはずですけど、多分それが原因かなと……」


「うんわかった。まずそいつらボコボコにしてくるから小学校の卒アル見せて」


 顔は笑ってますけど尻尾がペしペしソファーを叩いてますよマリーシャ……。


「っていうか何そいつら! 自分たちから言っておいていざ見たらそれ!? バカじゃないの!?」


 爆発しました……。


「マリーシャ落ち着きなさい。小学生にそんなこと求めるほうが間違ってるわよ」


「わかるけど許さーん!!」


 今更ですからやめて下さい……。


「こう言っちゃなんですけど、苦手意識がついちゃう典型的なパターンですね。しかも人によっては一生(トラウマ)ものの」


「小さい頃の苦手意識が大変っていうのはわかるなぁ。あたしも小さい頃に一輪車で転んでから……っていうか吹っ飛んでからしばらく乗れなかったし。数年して乗れるようになったけど」


「一輪車で吹っ飛ぶって、何をやったのよキイ……」


「階段の上から、ちょっとね」


「もういいわ」


 キイさんそんな事したんですか……。


「シオンさん、そんなイオンさんに何もしなかったんですか? 泣いて帰ってきたわけじゃないなら気が付きにくかったかもしれませんけど……」


「出張に出てまして、帰ってきたのは二週間後でした」


「なんて最悪なタイミング……」


 あの頃はまだ一緒に住んでましたが、偶然出張だったんですよね。


「ちなみに、新しい服が欲しいって言うので一緒に買い行きましたし、当日どんな格好をするかも知ってました。服を選んだのはもちろんイオンです」


「えぇっ!?」


「そこまで知ってたのになんで止めなかったんで……って、もしかして……」


「その通りです。その時のことを聞いて回りましたが、色々言ったのは男の子だけ。当時イオンと仲の良かった子が中心ですね。女の子はみんな庇ってくれてたそうですよ。女の子からすると、『少し気合い入りすぎに見えたけど凄く良かった』だそうです」


「「「「「うわぁ……」」」」」


 皆さんから何か言いたそうな目で見られてますが……私だって今ならわかります。男子のみんなも、悪気があってしたことではないことくらい。

 私は当時から、服とかそういうことにはあまり興味がありませんでした。

 小学校は制服があったので、毎日気にする必要もなかったですし。

 でも学校の外でクラスのみんなで集まることになって、頑張ってお洒落してきてねって言われて、よくわからないけど自分なりに頑張ってみて、その結果がああでした。

 元々興味があるほうではなかったので、ショックを受けたというより『やっぱり私には駄目なんだ』という方向に受け止めたんだと思います。

 ファッションというか、自分を着飾ること全般でしょうか。そういったことに、興味を持てなくなったんですよね……。


「どうしてこうなったのかはわかりましたけど……でもやっぱり何かできたんじゃないです? 何ができるって言われるとわからないですけど……」


「いくつか理由が有りますが、一つは私が遠方へ異動することになったからです。お父さんもそっち方面は苦手ですし、やはり男親だけでは限界がありますから」


「うっ、それは厳しい……」


「居ないんじゃどうしようもない……」


「もう一つは、ワザと放っておいたからです」


「いやいやどうして放っておくんですか! 花の乙女がアレでソレな格好ばかりですよ!」


「うわー、そのへん聞きたくないですねー」


「家の中ではずーっとツナギですね。室内用じゃなくて仕事用の。それから外出用のジーパンはお父さんのを裾上げして穿いてるとか……」


「やーめーてー!!」


「軽くは聞いてたけどそこまでか……」


「休日のロロだってそこまで酷くないわよ……」


 メグルさんは悲鳴を上げて、キイさんとレイチェルさんも溜め息吐きました……。

 ツ、ツナギは慣れると楽だと思うんですけど。……お手洗いを除けば。


「話を戻して放っておいた理由ですが、想像してみて下さい。今のイオンを本気で飾って、駅前に立たせたらどうなるか」


「「「「「…………あぁ」」」」」


 な、なんで皆さん納得するんですか?


「まず、どこからともなく有象無象が寄ってきそうですね」


「それを容赦なくぶった切って屍の山が出来上がって」


「知らないうちにトラブって恨み買ってー」


「勝手に盛り上がる頭の面白い人が湧いてきそうですねー」


「面白いどころか頭の可哀相な害虫も寄ってきそうね」


 言っている内容はよくわかりませんが、とにかく面倒なことになるというのはわかりました……。


「当時からこんな外見に育つとわかっていたわけではないんですが、私とあの人の子ですからね。性格的にそういう(恋愛)方面は疎いというか、興味を持たないだろうというのは予想できてました。なのでそういう方面の対処をきっちり教えるつもりだったんですが、私の異動とそれ以外の理由も重なったりで、そういうわけにもいかなくなりまして。なので、そもそも男性からそういう意味で狙われないようにすることにしたんです。異動だけなら、頑張ってなんとかしてたんですけどね」


 シオンの異動はどうしようもありませんでしたし、離婚することになったのもその時期でしたし。

 本当にタイミングが悪かったようです……。


「というわけで今までは危険から遠ざける方向でしたが、いつまでもこのままというわけにはいきません。イオンも薄々そう考えてるから、本当は嫌だけど断るのもどうかと思ってるんじゃないですか? 興味が出てきたというほどではないけど、頑なに拒否しなくてもいいかな程度には改善しているようですし」


「……多分、そんな感じです」


 少なくとも、今でも興味がないのは変わりません。

 でも“なんとかしないといけない”なんて、ほぼ義務感程度には考えてるだけでも、私としては変わったほうだと思います。


「そこで、VRゲームの出番というわけです」


 ……ゲームの出番?


「ここならお金をかけずにいくらでも失敗できますからね。練習というか、訓練にはうってつけです」


「おー、なるほどー」


 確かにお金はかからないです。

 ゲームの月額利用料はかかりますし、ゲームの中でのお金も必要ですが、現実でお金を消費して失敗することに比べれば抵抗がありません。


「でもシオンさん、それならこんなファンタジーじゃなくてもっとリアル志向のゲームがよかったんじゃないですか? コスプレ癖がつくかもしれないですよ」


 コ、コスプレする癖は付けたくないですね。

 でも確かにゲームの格好に慣れてしまうと、そういう方向にばかり考えてしまうかもしれませんが……シオンは『大丈夫です』と言ってますね。


「ファンタジー的な服ではなく普通の服を作ってもらうつもりなので大丈夫です。レイチェルさんはそういう方向も作れるようですし。幸い、今の装備もそういった方向ですしね」


「先ほどの確認はそのためでしたか」


 今の装備は普通のシャツとズボン。形状もそこまで変わったものではありません。

 どちらも無地で、シャツに刺繍がしてある以外はごく普通に見えます。

 現実で着ていても、そこまでおかしくない……と思います。多分……。


「それにファンタジーゲームのほうが自由度が高いので、どんな格好をしてても“浮く”ことはありません。マリーシャさんの和服ドレス風な装備とか、現実で普段着てたら間違いなく二度見されますよね」


「あたしが見たら『今日どっかでお祭りでもあるのかなー』って思いますね間違いなく」


「今が夏だからそうだけど、冬だと純粋に驚かれるわね」


「その辺、ファンタジーなら寛容です。驚かれることはあっても変な目で見られることはありませんし、多少変だったとしても『ファンタジーだから』で見逃してくれます。いろんな服を着ることに抵抗を感じにくいでしょう」


「そうですね。ファッションの苦手な方はどうしても他人からの視線が気になりますし、いざ冒険したら変な目で見られた、なんて二度と立ち直れなくなりそうです。そう考えると悪くないですね」


「イオンは他人の視線は気にしないほうですが、全くというわけではありませんから」


 見られていることくらいはわかるつもりです。その内容まではわからなくても。

 ファッションを頑張っているときに視線が集中したら、そちらの方向で意識してしまっても不思議ではありません。多分、マイナス方向で捉えてしまいます。

 そういうのが無いというのは、精神的にものすごく助かると思います。


 それと『いろんな服を着ることに抵抗が少ない』。

 言われてから気付きましたが、私が服に対する抵抗が弱くなっているのは、多分この辺が大きな理由になっているのかもしれません。

 なんだかんだで着替える機会があるんですよね、ゲームをしてると。

 初期装備と今の装備。それと修理中用の替えの服も二着ありますし。レイチェルさんのおかげで。

 だから違う服を着る、となっても、抵抗が薄れてきてるんじゃないかと思います。


 それとですが、この世界は本当にいろんな格好の人が居るんですよね。

 全身が鎧に包まれて顔も見えない人が居たり、かと思えば上半身裸に近いような人も居たり。

 レイチェルさんみたいなメイド服の人が歩いてたり、シーラさんみたいな和服の人も居たり。

 そんな光景を見てるので、『ここなら自分もいつもとは違う服を着ても大丈夫なのかな?』という風に考えてしまうというか。

 もしかしたら、そういうのもあるかもしれません。


「余程のネタ装備でなければ許容される世界です。和服も洋服もカジュアルもフォーマルも関係ありません。なので普段は着ない服の練習にも使えます。パーティドレスなんて、機会が無ければなかなか着慣れませんし」


「「わかります……」」


 キイさんとメグルさん、頷く姿に実感こもってます……。


「なんて色々言いましたが、当面はイオンに何か覚えてもらうとか、努力してもらうことはほとんどありません」


 ……あれ?

 てっきりこれから講義でも始まるかと思ったんですけど……。


「イオンは練習するとかファッションの勉強するとかではなく、それ以前の問題です。色んな服を見て、着て、それを覚える。それだけです」


 要するに……先ほどレイチェルさんにお願いしてた服を着るだけ、ということでしょうか……?


「小さい子が親から用意してもらった服を着る段階と同じということです。今のイオンはまだそのレベルなので」


 そ、そうでしたか。本当にその通りですが……。


「自分で選んだり考えるのはまた次、今はいろいろな物を知って、お洒落に興味を持つという段階です。焦る必要なんてないんですから、小学生からゆっくりやり直していけばいいんです。それなら簡単ですよね?」


 用意された物を着るだけですし、それが変な物でなければ簡単です。

 今までレイチェルさんに作って頂いた物はどれも大丈夫でしたし、それが今後はシオン主導になって、シオンやぐりちゃんとお揃いになるというだけです。

 特に嫌がる理由はありません。


「それなら、大丈夫かもしれません」


 私の答えに、安心したように柔らかく微笑むシオン。

 他の皆さんも、どこかホッとしたような表情になりました。

 もちろん私も一安心。


 ……しましたが、すぐに気を取り直しました。

 シオンの笑顔を見てると、まだ何か続きがありそうな気が……。


「それではレイチェルさん、今後はよろしくお願いしますね」


「こちらこそお願いします。堂々とイオンさんを着せ替えできる権利を手に入れたようなものですから、あらゆる意味で美味し、こほん、素敵な関係になれそうです」


 美味し……?


「ありがとうございます。皆さんも要望があれば言ってくださいね。検討しますから」


「「やったー!」」


 声に出したのはマリーシャとメグルさんだけでしたが、何故他の皆さんまで嬉しそうに……。


「レイチェルさんへのお願いはこれで大丈夫として、次はマリーシャとシーラさんですね」


 やっぱりまだありました……。

 二人が現実での知り合いというのはバトルデイズに来るまでに話しましたので、それでこの二人なんだと思いますけど。

 そのことが、また不安を煽ると言いますか……。


「私たちですか?」


「なんでもやりますよー!」


「それではお言葉に甘えて。夏休みのあいだにイオンに肌や髪のケアを叩き込んでおきますので、夏休み後は厳しく指導してあげてください」


 叩き込む……。


「ん? スキンケア? あのーシオンさん。聞くの怖いんですけど、まさかそこもサッパリなんてことが……?」


「完全放置のうえ、お父さんと同じボディーソープとシャンプーを平然と使い続けるくらいにはサッパリです」


「「「「「えええぇぇぇぇぇ!!!!」」」」」


 そ、そこもダメでしたか。


「ゲームの中だから補正が効いて綺麗になってますけど、現実だと皆さん悲鳴を上げたくなりますよ」


「見たくないいいいい!」


「逆に現実知っててこっちを見るとものすごく嬉しかったですけどね!」


「仕事の手伝いで手は荒れ放題だし髪も伸ばしっぱなしですし。あと、当然ですがメイクのメの字もありません」


「ツナギと聞いて薄々気付いてたけど、やっぱりそっち系の仕事までしてるの……」


「そういう職場じゃお洒落しにくいかもだけど、それにしても……」


 冬はあかぎれしますが夏の時期は大丈夫なので、今の時期はそれほど荒れてはない……と思ってたんですが、違うんですね……。


「十代だからまだなんとかなってますが、今後は下り坂を転がっていくだけです。男性だったら多少荒れてても“職人”として見てもらえますが、残念ながら女性の場合は怠慢として捉えられてしまうことが多いですからね。こればかりは絶対に覚えてもらわなければいけません」


 そうなんですか……。


「接客のある仕事をしているのに、みっともない姿でお客様の前に立つつもりですか?」


「……いえ」


 さすがに、仕事に関わってくるのであれば気にしないわけにはいきません……。


「って脅すように言いましたけど、実際はそこまで難しくありません。まずは自分の肌に合ったボディーソープを探す。髪も同様、あといくつか基礎化粧品を揃える程度です。増える手間はそれを探すということだけ。走行状況に合わせてタイヤを選択するのと一緒ですよ」


「……言いたいことはわかりました。わかりましたが……」


「なんですか?」


「さっきから、思いっきり落としておいてから簡単な方法を提示するフリして誘導してますよね。もういっそのこと全部言ってください……」


 服については昔のことも混ぜて気分を落としていたところに改善案を提示して、スキンケアについては今後は酷くなる一方ということを示しつつ仕事に必要なことだと言って、でもやることは簡単ですよーなんてハードルを下げて……。


「バレましたか。このままメイクのお勉強まで引っ張れるかなと思いましたが、思ってたより早かったですね」


 もしかしてとは思いましたが、まだありましたか……。

 さ、さすがにもう無いですよね……?


「元々、メイクについては来年にするつもりでしたけどね。状況次第ではと思ってましたが。そんなわけでマリーシャさんとシーラさんもメイクまでは教えなくていいので、日常のケアがしっかりできているか監視して欲しいんです。無理に押しつけるとまた嫌がりますから」


「そーゆー事なら喜んで!」


「わかりました。私でさえ言いたいことがいくつもありましたので、それくらいなら」


 シーラさんまで納得したなら逃げ場がないです……。

 ここまできて逃げるつもりはないですが、夏休み明けは大変そうです……。


 でもマリーシャとシーラさんにお願いしたことで、シオンが今までにない長期休暇を取って帰ってきた理由がわかりました。

 私にお洒落することを覚えさせる、その下地を作ろうとしてるんだと思います。

 昨日の買い物中、お洒落についての質問をしておきながら特に何も言わなかったのは、多分今の私の反応を見たかったとか、そういう下調べ的なことだったんだと思いますし。

 マリーシャとシーラさんに会いたいと言ってたのは、二人にこの件をお願いするためですね。間違いなく。

 ということはきっと今回だけで終わるはずがないわけなので……。

 今年の夏は、何かと大変そうです……。


「あ、でも髪くらいはなんとかできません? 下手な散髪屋さんじゃないみたいですけど、さすがにそれくらいはどうかなーって」


「まさかの散髪屋さん……ッ!」


「涼しくしたいからバッサリしたって言ってたっけ……」


「そんなの見てたら叫んだ自信があるわね」


「実際マリーシャが叫びました」


 あの時は大騒ぎになりました……。


「その件ならもうすぐ状況が変わりますので、お店を変えるしかありません」


 お店を変えるしかない……ですか?


「通ってる散髪屋さん、今年で閉店するそうです。年齢を理由にそろそろ引退したいとうことでした」


 それならどうしようもないですけど……残念です……。


「でも閉店後しばらくは五十メートル離れたところにある息子さんの美容室を手伝うそうなので、そこならイオンも問題ないですよね? 話を聞く限りでは、腕も悪くないようですし」


「ホントですかっ」


 そういうことならそちらに通います。散髪屋のおばさんとのお話しは楽しいので。


「言い出しといてあれだけど、シオンさんホント凄いなぁ。そんな事まで調べてあるとか」


「言い方は悪いけど要求を全て飲ませてるわね。しかも抵抗させずに」


「さすがお母様ってことですねー」


 シオンの言うことは基本的に私のことを考えてるものですから、他の人に比べれば抵抗が少ないのは事実です。

 とはいえ聞いた瞬間は抵抗感を示すはずです。

 それも無しにすんなり納得させられるのは、もう“シオンだから”としか言いようがありません……。


「ありがとうございます。でも大したことじゃありませんよ。世の中の大抵のことはどれだけ事前準備をしてあるかで結果が決まります。“段取り八分”なんてよく言いますよね。それをしっかり実践していれば、これくらいはできるようになりますから」


 段取り八分。シオンがよく言ってます。事前の準備がしっかりできてないと、仕事の結果に大きく影響するって。

 車の整備だって準備の積み重ねです。

 作業前に部品が揃っているか確認できているか。部品を揃える前に、現車の状態は正しく確認できているか。そもそも整備内容がお客様の希望と合致ししているか。料金説明はできているか。日程は確認できているか。代車の準備は必要か……。

 当たり前といえば当たり前のことです。

 でも当たり前のことをしなかったら、当たり前の結果を得ることはできません。

 本当に、準備は重要です。


「ムっちゃんも言ってたんでそれはわかりますが……」


「正直、まだまだ真似できる気がしないわ」


「突き詰めるとここまですごいのか……」


「あ、それは違います」


 感心するレイチェルさんたちに訂正を入れたのはもちろんシオンですが……。

 違うって、何か違うとこありましたか?


「違う、ですか?」


「はい、突き詰めた場合は段取り八分ではありません。本当に突き詰めた場合は、始まる前に全ては決しているのですから」


 ……もしかして、あれを言うつもりですか。


「え、じゃあなんですか?」


「段取り八分のような言い方ではないんですけどね、偉大なる先人の言葉を借りるとこうなります」


 前に一度だけ聞きました。

 私に対して言ったものではありませんでしたが、それを聞いた相手は微妙な顔してましたっけ……。

 多分、今回もそうなりますが。


「“お前はもう、死んでいる”です」


「「「「「……………………」」」」」


 やっぱりでした……。



10/2誤字修正しました。


プチ夏休みデビューのフラグ?

でも男と絡めようとすると当時の男子が出てきてざまぁされるシーンしか思い浮かばない……。



最後のはこれ大丈夫かなぁと思いつつ、でも入れたかったので入れてみました。

マズそうだったら修正します……。



※このあとであったかもしれない会話


メグル『私にも修理中のオシャレ服ください!』

レイチェル『メグルは予備装備をいくつも持ってるから必要ないでしょ。しかも全部細かくデザイン指定した可愛いのを』

メグル『それとこれとは別ですよ私だって戦闘用以外の服が欲しいんです! いくら似合ってるからって二十四時間スーツ着てたいキャリアウーマンなんて居ません!』

レイチェル『そこでその例えを出したことには突っ込まないけど、それじゃあ用意してあげるわ』

メグル『やったー!』

レイチェル『コスプレ担当が欲しかったのよね。何着てもネタになるキャラってありがたいわ』

メグル『やっぱりそんな扱い! でも可愛かったら文句言いませんのでお願いします!』

マリーシャ『私にもお願いします!』

レイチェル『さすが。そこで躊躇しない二人ってホント最高よね』

二人『やったーほめられたー!』

シーラ『褒め言葉なの……』


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