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13-12 母のいる日常。

本日二本目。


「キイさん無茶しますねー。もしイオンさんが『気に入らないんで吹っ飛ばしましょう』とか言ったらどうするつもりだったんですか」


「まだ一か月程度の付き合いだけど、そんなこと言わないってわかってたし。もし言ったとしたら、まぁその時次第?」


「考えているように見えても最後は場当たりなアバウト思考! そんなところがエスらしく見えるのは私だけではないはず!」


「ほんと、イオンがエスに入っててよかったぁ……」


 エスらしからぬ発言も、結局はエスらしいものだった。

 メグルもマリーシャも、そのことに素直に安堵した。


「というわけで周りが気にしてるであろうことをバンバン聞いちゃうね。そしたら憶測だけで物言うやつも減るだろうから。まずはトンネルは向こうが先に見つけたーって言って優先権主張してるけど、その辺どう思う?」


「優先権って、新しく見つかったダンジョンとかを優先的に挑戦したり調査できる権利……なんですよね。必要なことはもう調べてあるというか、ただのトンネルですしそんなの必要ないんじゃないですか? キイさんもプルストさんもいりませんよね」


「いらないな。戦った魔物の感想聞かせろって程度ならともかく、それ以上の調査とか専門じゃないからわからん」


「あそこ、地味に遠いしねー。歩くのは面倒だし馬車に乗るのもヤだし」


 プルストもキイも、優先権をあっさり放棄。ここには居ないがバルガス、アヤメ、エリス、それからロロも放棄するだろう。

 ロロも含めて全員戦闘職、調査や細かいデータ取りは苦手な部類。バルガスならある程度こなせるだろうが、本職には及ばないし、これ以上は進んでやりたいとは思わない。

 作成に関わったホーレックとトンネルに関する情報資料も、『今後の攻略に十分“役に立つ”内容』ではあるが、完璧にはほど遠かったりする。


「あ、念のため確認ですけど、一番に見つけた報酬とかも無いんですよね? あと一番だったことを確実に証明する方法もないんですよね?」


「どっちも無いよ。このゲームは実績システムとか無いし、あくまで状況証拠かな」


「それなら一番かどうかなんてどうでもいいです。誰も損しないんですし、証明だってできないんですから」


 誰も損をしないからどうでもいい。

 エスにとって優先権など必要ない。というか必要なことは既に終わらせている。

 報酬など無いのだから、無理に一番を主張する意味も無い。

 誰にとっても、損などしていなかった。


 きちんと現実的な理由を検討したうえで、結局は『どうでもいい』に落ち着くあたり、シオンとのやり取りを嫌でも思い出してしまうマスグレイブとセレック。

 あまりに似ている発言内容に、昨日のことも含めて“ヤラセ”とか“仕組まれた”といったことを考えてしまうが、少なくともイオン自身は本気でアライズのことを知らなかった様子だったので、その線は難しい。

 むしろあのような巧みな話術を展開したシオンなので、本当にヤラセを考えるなら、あるいはイオンを騙るつもりで発言していたのなら、それと感じさせない言葉を選んでいたはずである。

 では、昨日は一体どんな意図があってあのようなことを口にしたのか。

 どれだけ考えを巡らせても、まるで見当が付かない。


 見当が付かないが、二人は親子なのだから、考え方もどこか似通っているのかもしれない。

 あの時は本当に『第三者の無責任な立場』として、シオン本人の考えをそのまま口にしていただけだったとしたら。

 そう考えると、実にシックリくる。


 いや本当はもっと何かあるのではないか。

 だがシンプルに考えたほうが納得できる。

 そんな微妙な疑心暗鬼に囚われて、マスグレイブはなんとも言えない気分になってしまっていた。


 しかし昨日のシオンの発言を思い返してみると、嘘の言葉があったようには思えなかった。

 本人がどう考えているかについては、嘘があったかどうかの判断はできない。

 だがイオンのつもりで挨拶してみれば『人違いです』と言われたし、何度も『本人ではない』と口にしていた。

 イオン本人を騙るつもりなら、もっとそのように振る舞っていたはずである。

 名前を聞けば、正直に答えてくれた可能性もあった。


 何故自分から名乗らなかったのかという疑問は残るかもしれないが、一文字しか違わない名前では、あの状況で名乗っても偽名扱いされるのが関の山。

 ステータス表示を可視モードにして見せれば証明できるのだが、あの時のセレックは初対面の相手に絡んで突然騒ぎ出すという、シオンの立場からするとハッキリ言って危険人物にしか見えない相手である。

 本人ではないのはわかった→でも似過ぎだろう→イオンの血縁なのでは?→イオンと関係がある?→だったらイオンを出せ!

 危険人物を相手にこのような流れを警戒するのは、何もおかしいことではない。 


 突っ込まれたら名乗る。しかし自分からは名乗らない。いや名乗ったら暴走セレックに燃料を追加してしまうだけなので、名乗れない。

 嘘をついて乗り切ろうにも、バレてしまった場合炎上する恐れがある。

 しかも、イオンを巻き込んで。


 嘘を言わず、全てを正直に話し、それでいて自分とイオンを守りつつ、被害を最小限に乗り切る。

 それを昨日のあの場だけではなく、今日このような場のことまで想定して動いていたとしたら……。


(どこまで本当かどうかなんて、それこそどうでもいい。こんな底の見えない人は、絶対敵にしない)


 マスグレイブは、そう心に決めた。


(それよりその手腕を勉強させてほしい。敵にはしたくないが絶対参考になる。……やり過ぎだけには、本気で気をつける必要がありそうだが……)


 ただ距離をおいて危険から逃げるのではなく、近づいて理解しようとする。

 無謀と見るか、正しい危機管理と見るか。

 判断の難しいところだった。


「じゃ次ね。トンネル封鎖についてはどう思う? 鳥族の練習場が見つかったのに、そのせいでまだ誰も行けてないみたいだけど」


「それについては、正直残念だとは思いますけど……」


「どうしてそこで私が見られてるんでしょう?」


 キイと話しているはずのイオンの視線は、何故かメグルに向けられていた。


「メグルさんと一緒に飛ぶのはきっと楽しいだろうなと思ってたんですけど、それがしばらく先になってしまうのは、やっぱり残念なので……」


「な、なんですとー!? イオンさんから名指しで一緒に飛んでみたいとか下手な告白よりよっぽど嬉しいんですが私は落ち着いてます! 落ち着いてるんで聞いてみますが私でいいんですか!!」


「はい。ご迷惑でなければ」


「迷惑なんて言葉は生えてくる前に雑草共々抜いて燃やして処分場送りにしたんでどうぞご安心下さい!! やったーーーーー!!」


 思いっきりガッツポーズして全身で喜びを表すメグル。今にも小躍りしそうなほど喜んでいた。


「一緒に飛んでみたいのってメグルだけ? 他には居ないの?」


「いえ、居ますよ」


「え゛」


 どうやらご指名は自分だけだと思っていたらしい。イオンの肯定を聞いたメグルはガッツポーズのままフリーズしていた。


「と言ってもロロさん一人だけですけど。なので機会があれば三人で」「是非飛びましょう絶対飛びましょう!」


 相手がロロならいいらしい。メグルは即座に復活して、イオンの手を握って約束していた。


「なので封鎖は少し残念ですけど、いつまでも調査してるわけじゃないんですし、それくらいは待ってあげても良いんじゃないかと思うんです。アライズにとってはクランとしての初仕事なわけですし、折角の門出に水を差すのはどうかなと思うので。自分は飛べるからそんな風に思うんだと言われてしまえば、その通りかもしれませんけど……」


 既に飛べる者としての余裕。そう言われてしまえば返す言葉がないと言うイオンだが、自分たちはどうだったのか。

 クランの初仕事を邪魔するのは無粋。自分たちは、先輩クランとしてそんな余裕を持った考え方をしていただろうか。

 アライズ排斥の空気にあてられて騒いでいた者たちは、今更ながらに考えさせられていた。


「だから、早くホーレックに行きたいという人がアライズと衝突するのは仕方がないんじゃないですか? 私だって飛べなかったらそこに加わってるかもしれませんし」


「そこは止めないんだ」


「私にとっては空を飛ぶこと自体が最重要事項なので、それを邪魔されれば不機嫌にもなります。そんな私がそれに関することを平和的に解決しましょうなんて言えませんよ。協力するつもりもありませんけど」


「だよねー」


 不機嫌そうなイオンというのを想像できないギャラリーたちだが、先日のトンネル北口イオンマジギレ事件を目の当たりにしているキイとプルストからすると、全く冗談には聞こえていなかった。


「……ところで今更ですけど、なんで封鎖なんてしてるんですか? 他のプレイヤーの方が居ても調査とかできると思うんですけど……」


「普通のダンジョンだとその場の人数によって魔物の出現パターンに影響してくるからね、攻略情報作成の邪魔になっちゃうの。だから影響が出ないように入り口に一人残ってて、今アタック中だからちょっと遠慮してねーって言うのが、見つかったばかりのダンジョンのいつものお約束なわけ」


「トンネル内に魔物は居なくても、どう影響するかわからないから封鎖してるというわけですか」


「そ。もしかしたら隠しダンジョンとか魔物部屋とか有るかもしれないしね。あと、トンネル抜ければだだっ広い草原フィールドだったでしょ。人が多くなれば魔物が予想外の動きとかしてくるかもしれないし、無駄な影響は避けたいはず。あそこ、そこそこ強い魔物が多かったし」


「そういうことですか。なんの理由も無しに閉め出しているというわけではないんですね」


 トンネルの北側は広大な平原フィールド。

 イオンは空を飛んでいたため特に意識していなかったが、歩きで踏破するにはなかなかに大変な距離があった。

 しかも障害物も何も無い平野のため魔物から狙われやすく、イオンのように延々ワイバーンに狙われ続ける可能性もある。

 そんな場所を越えなければならないので、実はトンネルを越えたら簡単にホーレックに行ける、というわけではなかったりする。

 出現する魔物の種類や傾向、その分布図があれば、踏破できる確率は格段に上がるだろう。

 アライズは、そういった調査も行っていた。


「でも……それなら他の皆さんが早くホーレックに行きたいというのも仕方ないですね。トンネルはダンジョンじゃないですし、確か通常フィールドの魔物は人数に影響されないんですよね」


「うん、されない。それもあってさっさとトンネルを通せって言われてるわけ。アライズは戦闘職ばっかで調査も得意じゃないはずだし、うち(エス)と大差ない情報しか出てこない可能性があるわけだから」


「な、なるほど……」


 調査に時間がかかっている一番の理由は、専門家集団ではないから。

 もしよろずやが担当していたら、よろずやが把握しているそういう調査が得意な者たち全員に声がかかり、総動員で調査に当たっていただろう。

 そうなっていれば、ホーレックに行くついで程度で作ったエスの情報などすぐに質も量も上回り、日曜の時点で完了報告が上がっていても不思議ではなかった。

 調査するのは構わないが、それをアライズが担当するのはどうなのか。

 叩かれている理由には、そういう理由も含まれているのだった。


「さて、それじゃあ最後。メンバーの引き抜きについてはどう思う?」


「それについては何も言えないと思うんですけど……。エスから引き抜きがあったわけじゃないですし、完全に部外者なので……」


 まだエスから引き抜きがあったかどうか確認していないイオンだが、するまでもないだろうとイオンは思っていたし、実際誰も引き抜かれてなどいない。

 アライズの方針に、エスのメンバーが魅力を感じるはずがない。

 イオンも、それくらいはわかるようになっていた。


「まぁそうだけど。でも思ったこと言うくらいはいいんじゃない? ねぇメグル、マリーシャ」


「どうせイオンは控えめなことしか言わないんで、特に問題ないと思いまーっす」


「ていうか問題あると思う人、怒らないから手ぇ上げてー!」


『…………』


「全会一致で問題なし! というわけでどうぞ!」


「は、はい……。えっと、私がクランというものをまだよくわかってないせいかもしれませんけど、なんとなく会社に近いのかなと考えてるんです。それで、会社だったらお給料のいい職場を見つけたからそちらに移ったとか、やりたい仕事を見つけたから転職したとか、そういうことがあっても不思議じゃないと思うんですよ。ご本人から話を聞いたわけではありませんので、無責任な感想ですけど」


「あー職場と一緒な風に考えるっていうのは私わかりますねー。今の職場に不満が無くても、新しい職場に魅力を感じてしまえばそっちに行ってしまうのも不思議ではないでからねー」


「ただまぁ、突然辞められてしまった側としては、思うところがあって当たり前だと思いますし、辞めるにしてももう少し穏便にできたのでは……とは思いますけど。なので多少のイザコザは仕方ないんじゃないですか? むしろ、一度はぶつからないと収まらないと思いますし」


 職場だったらより良い職場を求めることは不思議ではないし、突然辞められた側が憤りを感じるのも当たり前。

 不満に思うのも当然なのだから、いっそ思いっきりやり合ってしまったほうがお互いスッキリするかもしれない。

 全く同じものとして扱うことはできないが、仮に例を挙げるとしたらそのように考えるイオンだった。


「そっかそっか。結局のとこイオンとしてはアライズに対して思うところはないし、どうこうするつもりもない。ついでに、揉めるのはいいけど自分たちだけでやってねと」


「はい、そんな感じです」


「それならよし。じゃあプルスト、あとは締めて」


「ほとんど言われてんのに最後俺かよ。まぁいいけどな。エスとしてはホーレックとトンネルの情報を提供しただけだ。それを使ってどうするかとか、俺たちにしてみれば本気でどうでもいい。あとのことはそっちで勝手に騒いで決めてくれ。んで俺たちを巻き込むな。売られたケンカはいくらでも買うし、バカは蹴散らす。以上だ」


「爆弾の作り方を知ったとしても、それを工事に使うか戦争に使うかは手に入れた人次第! みなさーん、エスがわざわざこんなこと言うってことは結構アタマにきてるってことですからねー、本当ならスルーし続けるだけですからねー。これ以上煽ったりする人は本当に吹っ飛ばされること前提に動きましょうね! 『ムチャしやがって』とか誰も思ってくれませからね!」


 メグルの言葉に顔を青くさせる、エスを煽っていた一部のギャラリーたち。

 エスとしてもイオンとしても、ただ情報を提供しただけ。

 それをどう使おうが知ったことではないし、興味もない。

 誰かから直接ケンカを売られたのならともかく、そんな事実もないのだから何かをするつもりもない。

 騒ぐのなら、騒ぎたい者だけでやればいい。

 鬱陶しいヤツには、いつも通りの対応をするだけ。


 エスは相変わらずエス。

 イオンは間違いなくエスの一員。

 そんな当たり前のことを、改めて認識させられるのだった。


さらにもう一本行きます。

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