13-11 母のいる日常。
すいません大変お待たせしました……。
イオンの言葉を聞いた瞬間、その場の全員が『えっ!?』という目でイオンに注目。
それを見て、どうも場に合わない発言だったことはイオンも理解したらしい。
さすがに少し慌てて周囲を見回していた。
「ああ、そういえばイオンには何も話してなかったっけ」
イオンの発言を最初に理解したのはキイ。
先日のホーレックについての情報公開後、早めのログアウトを勧めてから一度も会っていないことを思い出していた。
当然、その時点では何も話していない。
「え、まだ話してなかったんですか?」
「だってイオンってば今日までログインしてこなかったし」
土曜日は仕事で、日曜日は家のことで疲れていたため、イオンはどちらもログインしていなかった。
話そうにも話す機会が無かったのだ。
「ちなみに掲示板を見ない派ですよ、イオンは。私も友達から聞かなきゃアライズのこと知らなかったですけど」
「もちろん私も話してません」
「あぁ~。それじゃ何も知らないわけですねー」
キイとマリーシャとシオンの補足により、イオンが本当に何も知らないと理解する一同。
キョトンとした顔のイオンだけが置いてきぼりにされていたので急遽予定変更。イオンにここ数日のことを説明することになった。
金曜夜、アライズという新クランが発足したこと。
構成メンバーは多数のクランから引き抜かれたプレイヤーであること。
所信表明演説は多数のクランにとって挑発的な内容だったこと。
トンネルの情報を公開。トンネルを一番に発見した者の責務として、これから調査を進めるという宣言があったこと。
その一時間後、イオンが鳥族に対してホーレックの情報を公開。メグルの手により全体へも公開。
公開のタイミングがアライズと近く、多数のプレイヤーが混乱したこと。
アライズの公開した情報は、トンネルを見つけたということだけ。
トンネルの情報を公開したというよりは、クランの活動内容を発表しただけに近いもの。
一方イオンの公開した情報は、トンネルからホーレックまでを一通りカバーしたもの。入念に調査されたものではないが、今後の攻略に十分役に立つ内容。
情報を受け取った側にとって、どちらが進んだ内容に見えるかは明らか。
アライズは本当に一番にトンネルを発見したのか。
アライズはトンネルを調査する必要があるのか。
メンバーの引き抜き、演説の内容、トンネルの封鎖。
それらの条件が重なり、アライズに不満を持つプレイヤーが増加。
対するアライズも、頑なな姿勢を崩そうとしない。
そういった事情から、ゲーム全体がピリピリした雰囲気に包まれているということがイオンに伝えられた。
そしてその話の内容に引っ張られて、この場の雰囲気もどこか重いものになっていった。
……などということはなかったりする。
解説を担当したのはメグルとマリーシャ。
せっかく盛り上がったこの場の空気。それを壊すような真似を、この二人がするはずがないのだ。
『あの演説、内容はともかく演出は微妙だと思ったんですけど私だけですかメグルさん』
『いやー私も思いましたよ。あれなら暁の不死鳥のダンジョン突入前の寸げ、じゃなかった、決意を語るシーンのほうがよっぽどカッコイイですよ。本気のやつは魔法で舞台効果入れたりして気合い入ってますからねー』
『ふっ、そこまで言われれば、この場で披露するのもやぶさかでは』
『ケツカッチンだから巻いてってカンペが来たんでまた今度でお願いしまーす』
『ど、どこからカンペが……?』
先ほど釘を刺したばかりの暁の不死鳥を早速ネタに使ったり、
『トンネルってひたすら真っ直ぐらしいんで百メートル走とかできそうだなって考えたんですけど、ルドルフさんやりません? 種族混合競馬的なのを』
『構わんが、つまらなくなっても知らんぞ』
『その心は?』
『俺たちが負けるはずがねぇ』
『素晴らしい自信だ!』
『イオンにあっさり抜かれたのに!』
『イ、イオンは空を飛ぶのに助走が必要だろう。百メートル走なら勝つ、はずだ……』
『昔は電車対人間のリレーとか車対飛行機の競争とかあったらしいですけどそんなノリですね!』
『でもホースメンが得意なのって中長距離じゃないですか。短距離だとそこら辺のクランにも負けたりして』
『ぐっ……』
『ところで妨害は有りのほうがいいんですかねー? ゲームらしく』
『そこは欲しいですよねー』
『そういうことなら、俺たちの出番か』
『暴れ過ぎてトンネル壊したらダメなんで、やるとしたらレギュレーションガッチガチですけどね!』
『…………』
一般的には硬派キャラとして知れ渡っているはずのルドルフと巌もネタにしたり、
『そういえばセレックさん、こないだ空を飛ぶためにあらゆる方法を試したって言ってたと思うんですけど、アレもやったんですかアレも』
『あ、アレですか……』
『メグルさん、アレってなんですか?』
『高いとこからアイキャンフラーイって呪文を叫びながらするアレです』
『あー、ピンチの時こそ力に目覚めるって方向のアレですか』
『そうです。『自分は特殊な力を秘めた特別な存在なんだ!』とかって思い込まないとできない系のアレです』
『い、いや。それがフラグになってる可能性もあったので、そこまで言うほどのものじゃ……』
『つまりやったんですか!』
『やったんですね!』
『…………やりました』
『勇者だ!』
『ある意味真の勇者だ!』
『むっ、新しい勇者の誕生か! 歓迎するぞ!』
『違いますよ!』
当然のようにセレックまでネタにされていた。
それからもちろん、
『ホーレックは鳥族どうこう関係無しに早く行ってみたいなー。木の家とか住んでみたい!』
『ファンタジー感全開でたまりませんよね! あんな家に住むのは夢見る乙女として憧れますよ!』
『キイさんもう行ったんですよね、どんな感じでした?』
『なんであたし? まぁいいけど、でもその前に装備を何とかしたほうがいいかも』
『え、装備ですか?』
『特にマリーシャ。メグルは色々持ってるって知ってるからいいけど、今日のだとアウトだし』
『せっかくの新装備が!』
『今日のだとダメってどういうことです? ああ、可愛い装備だとナンパされるってことですか!』
『それは仕方ないですね!』
『じゃなくて、幹の外側に付いた螺旋階段とか、枝から枝への橋とかね』
『『ふんふん』』
『床板? が結構スカスカなところもあったからさ、下からスカートの中が……』
『『乙女のピンチ!!』』
自分たちもしっかりネタにしたあたり、さすがと言えるだろう。
ピンチとは言っているが、二人ともスカートの中は完全防御されている。
二人は前衛で直接攻撃をする戦闘スタイルなので、派手な動きをすることは最初から想定済みなのだ。
が、正直にそれを言っても面白くないし、何より防御しているとはいえ、スカートの中を見られること自体に抵抗がある。
ネタにはされたいがヨゴレにはなりたくない二人。女性プレイヤーに向けて対策するように喚起して、ついでに男性プレイヤーに向けて釘を刺すのだった。
『有罪判決された者は女性プレイヤーから制裁が加えられますので、覚悟するように』
『ただしイケメンに限るなんて言葉は存在しないので、覚悟するように』
『ハイ!!』
男性プレイヤーにとってホーレックは、非常に居づらい街になるかもしれなかった。
とにかくそんな調子で、ピリピリした雰囲気などまるで感じさせないまま話は進められたのだった。
「とまぁこんな感じですね。この週末の出来事は」
本来ならかなりの緊張感をはらんでいるはずの、この三日間の危険な話題。
一歩間違えればすぐに暗黒面が顔を覗かせ、不満を抱いているプレイヤーが騒ぎ出してもおかしくない今の状況。
しかしメグルとマリーシャという能天気コンビにより、そんな雰囲気は空の彼方へ全力投球。
無事、イオンに伝えられた。
何故そんな伝え方をしたのかといえば、メグルとしては揉め事を起こしたくなかった、というのが一番の理由だ。
アライズのやり方はどうかと思っているメグルだが、よろずやを含めて特に被害は無かったので、無理に敵認定する必要はない。
なんでも屋という多数のクランに関わりがある立場なので、特定のクランに肩入れするということはなるべく避けたいし、逆もまたしかり。
揉め事の原因を作るようなことはしたくないのだ。
マリーシャにはそういったクランのしがらみはないが、暗い雰囲気にはしたくないという点で考えが一致。
メグルの持って行こうとする方向を敏感に察知して、全力で乗っかっていたのだった。
「なんというか、色々大変だったんですね……」
そんな影の苦労の末に伝えられた情報に対してのイオンの感想は、たったの一言。
あまりに纏められ過ぎているうえに本人の表情もいつもとあまり変わらないので、理解しているのかいないのか、周囲も判断が難しかった。
「そんな状況だと混乱してるクランも多いんじゃないですか? メグルさん、依頼の急なキャンセルとかもあったりすると思うんですけど」
「おわかり頂けますかっ!!」
一応、全く理解してないわけではないらしい。なんでも屋クランという、ただでさえお客の都合に影響されやすいクランが、今の状況では影響するどころか引っかき回されているだろうと心配していた。
「ドタキャンの嵐かと思ったら緊急依頼が立て続けに入ったり約束の時間に待ち合わせ場所に行ったら相手居なくって連絡してみたら『メンバーが抜けちゃって色々慌ただしいんで来週にして下さい』とか言われて最悪ですよ! 何が最悪ってスケジュール組んでるムっちゃんの機嫌が! マッハで急降下どころか墜落して爆発して地面の下からストレスという名のマグマがこんにちは状態ですよヤバいんですよぉ!!」
「本当にご苦労様です……」
あまりの必死さに、心の底から心配するイオンだった。
アライズによる被害はよろずやには無かったのではないか? と思われるかもしれないが、スケジュールの急な変更は日常茶飯事なのがよろずやというクラン。
その程度で被害などと言っていたら、なんでも屋などできはしない。
ムっちゃんの機嫌がヤバめなのは事実だが、それ以外はプチ修羅場が来たな、という感覚だったりする。
「いやいやイオン、メグルの心配するのはいいけど状況わかってる? あっちはイオンの情報なんかガン無視、『お前の情報なんか信用ならん』って言われてるようにも受け取れるよ?」
「キイさん!?」
様子の変わらないイオンに突っ込みを入れたのはキイ。イオンに解説するにも慣れてきているので、容赦なく突っ込んだ。
だがあまりにストレートな発言にさしものメグルも驚いた。
キイの発言をシンプルに言い換えると『ケンカ売られてるけど、どうする? 買っちゃう?』と言っているようなものである。
ギャラリーがこれだけ集まっている今の状況で、まるでアライズとの対立を促すようなキイの発言。
イオンの返答次第では、即開戦もあり得た。
「いえ、それは違うんじゃないですか?」
だがそんな周囲の不安は杞憂に過ぎなかったらしい。
イオンは、しっかりとした口調で異を唱えた。
「っていうと?」
「私はゲームを始めてまだ日が浅いんですし、信用できないの当然です。むしろ全てをそのまま信じてしまうほうが困りますよ。情報はあくまで情報です。参考にするならまだしも、そのまま“答え”として扱うほうが間違ってます」
情報は答えに辿り着くための道しるべでしかなく、答えそのものではない。
どんなに答えに見えようとも、答えとして提供されたものではないのだから、間違っている可能性を想定して動くべきである。
メグルも含めキイの発言に慌てた者たちは、イオンのしっかりとした返答を聞いて落ち着きを取り戻した。
「まぁその通りだけどさ。公式の攻略情報じゃないんだから、鵜呑みにしないで自分で確かめるべきだし」
「私もそう思います。でも私よりキイさんたちこそどうなんですか? しっかりとした経歴があるのに信用されないなんて、そっちのほうが問題だと思うんですけど」
ホーレックとトンネルに関する情報はイオンが提供したことになっているが、その作成にはエス全体が関わっていると言っても過言ではなかった。
そもそもゲームの攻略情報に関わるなど初めてのイオン。どんなデータが必要なのかサッパリわからない。
特に足りていなかった地上の魔物関係の情報など、キイやプルストたちによる情報も多数含まれているし、そのことは最終的に公開したメグルの手によりきちんと明記されている。
イオンが提供した情報、というよりは、エスが提供したとも言える内容に仕上がっていた。
「いや、あたしは信じてもらえなくてもどうでもいいし」
「俺もどうでもいい」
キイとプルストは魔物関係の情報作成に関わっていたのだが、そんな苦労も何もかもひっくるめて『どうでもいい』の一言で切って捨てた。
イオンを除くエスのメンバーは、全員がゲーム初期の種族特性や魔力操作に関するアレコレで散々疑われた経験がある。
そんな状況でも気にせずプレイを続けていたプルストたち。全員が、『プレイヤーが提供する情報なんて間違いの可能性があって当然。信じたい人だけ信じればいい』というスタンスを地で行っていた。
今回だって、無理に信じてもらう気なんてサラサラないのである。
「私だってそうですよ。私は聞かれたから答えただけですし、アライズの方に聞かれたわけでもありません。確かに状況だけ見れば『信用ならない』と言われてるように見えるかもしれませんが、そう見えるだけです」
「アライズは何も言ってないし?」
「はい。本当はどう考えてるなんて知りませんけど、私自身に対して明確に否定されたわけではないんですから、否定された事実なんてありません。クランのほうにもそんな話は来てないですよね?」
「うん、ないよ」
「なら、否定はされた事実はどこにも無いということですね」
アライズは、何も言っていない。
イオンの公開した情報をどう思うか? とアライズの者に問いただしても、どうにも曖昧な返事が返ってくる程度で、はっきりした返答は誰も聞いていなかった。
しかも話を聞けたのはアライズの一般メンバー。肝心のランドルフはアライズの拠点に籠もったまま姿を現さないので、まだ誰も話を聞けていない。
つまりクランとしての正式なコメントは、まだ何も無いのだ。
「じゃあなんでアライズはイオンの情報を無視するような格好して、トンネルから向こうの調査を進めてるとんだ思う?」
「……自分たちの力を試したいから、とかどうでしょう? 設立したばかりで、自分たちがどこまでやれるかわからない。だから私の情報は見ないようにして調査を遂行、結果を出すことで自分たちの力を把握したい。それを周囲に示したい、とか」
「結構不評買ってるっぽいけど? クラン戦しかけそうなとこもあるみたいだし」
「わざとそうしてる可能性、いえただ単に気にしてない可能性もあるんじゃないですか? よそのクランを怒らせて、クラン戦を経験したい、とか。気にしてないほうはエスと同じですね。やりたいようにやってるだけです」
「前半はバトルマニアなクランならあり得るし、後半は耳が痛いなぁ」
情報を無視するのも、相手を怒らせるような行動も、全ては自分たちの力を確認したり、周囲に示すためのこと。
クラン戦は双方に被害の無い模擬戦形式にはできないため、するからには本気でなければならない。
攻略を優先するクランとして戦闘職ばかりが集められていることは周知の事実のため、考えられない話ではなかった。
「……というかキイさん、さっきから煽るようなことばかり言ってませんか? そんな気もないのにそんなこと言ってると、本当に対立してるように見えてしまうと思うんですけど」
「おっと、バレちゃった」
いたずらがバレたように反応するキイと、イオンの指摘に驚く“対立しているように見ていた”ギャラリーたち。
アライズは、イオンが公開した情報に対してなんのコメントも出していない。
対するエスと、情報公開に関わったよろずや、そしてロロも何も言っていない。
イオンに対して煽り立てるようなことを言っていたキイにしても、その発言内容はハッキリと断定したものではなかった。
少なくとも表向きは、対立している事実などどこにも無いのだ。
「べつに本当にエスとして対立したいわけじゃないですよね?」
「そのつもりだけど、どうしてそう思う?」
「そんな無駄で面倒で面白くないこと、皆さんがなんの理由も無しにするはずありませんから。もちろん私もですけど」
無駄で、面倒で、面白くない。
身も蓋もない、だが真実そのままの指摘に、キイとプルストは思わず笑ってしまっていた。
「ごめんごめん。イオンがどう思ってるのか聞いてみたくて、つい意地悪に聞いちゃった」
「それはいいんですけど、どうしてこんな人前で?」
「人前でハッキリ言っておけば、変に煽ってくるバカも居なくなるだろうなーって」
そう言いながらギャラリーを見渡すキイ。
心当たりのある者たちは、一斉に視線を逸らしていた。
その心当たりのある者の中には、実際にキイたちエスのメンバーに対して、対立を煽るようなことを直接言いに来た者たちもいたりする。
『仲間であるイオンさんが蔑ろにされてるのに放っておいていいんですか!』というイオンをダシにしたものや、『あいつらエスを差し置いて最強気取りなんで、立場ってモンをわからせてやって下さい!』という、ただアライズが気に食わないからエスに頼みに来たというものもあり、キイたちはそういう連中が鬱陶しくてたまらなかった。
アライズのしたことについては、何も思わないというわけではない。
だが自分たちには直接的な被害はないのだし、頭にくるようなことを言われたわけでもない。
目の前に立ち塞がるなら遠慮なく叩き潰すが、わざわざ足を運んでまでケンカするほど血に飢えているわけではない。
むしろ、鬱陶しいのはアライズよりも、状況に流されて騒いでいる第三者たち。
そのため、イオンの考えを街中で言わせるついでに、『エスはアライズにケンカを売る気は(今のところは)無い』アピールをしようという話になっていた。バルガスの提案で。
こんなにギャラリーが集まる状況までは想定していなかったが、エスとしてはむしろ好都合。躊躇なく実行に移したというわけだった。
10/2誤字修正しました。
後でもう一本行きます。