13-9 母のいる日常。
「「よろしくお願いします! シオンさん!」」
ルドルフさんと巌さんにシオンを紹介するだけのはずが、気が付けば果物貰ったり、よくわからない不思議な事態になってしまいました。
――何と言うか、凄い方ですわね……。
そうですね……。
ログインして、ゲームの中でも私とそっくりなシオンに溜め息して、気を取り直してぐりちゃんに紹介して、結界石の広場から出たらルドルフさんと巌さんから果物を頂いて、何故かシオンがお二人と仲良くしています。
仲良くというか、上司と部下みたいな感じですけど……。
いつものこととは言え、一体何をどうしたらこんなことになるんですか……。
――い、いつもなんですの?
はい、いつもです。
あ、いつもというのは普通の会話から始まってもいつの間にか不思議な結果になってることだけで、少し話しただけで相手を部下のようにすることではないです。
――そ、そうですわよね。たったあれだけ話したくらいで相手を部下にしてしまうなんてこと、普通ないですわよね。
そっちは今までに二回、これが三回目ですね。見たことあるのは。
――それでも二回はあるんですのね……。
はい。
前に見たのは少々厄介な……いえ、はっきり言ってしまうと、かなり悪質な相手に対してでした。
どう考えても言いがかりなクレームを付けてお金を要求してくるお客様と、怪しいを通り越して間違いなくアウトな商品を売りつけようとしてくる営業さんと。
そういう方に対して、自衛の意味も兼ねて。
もちろんですがそういったことをしてくる相手であれば誰にでも、というわけではありません。
相当悪質な場合に限ります。
簡単なクレームにかこつけて何か要求する人とか、ちょっと怪しげな商品を売りに来る人とか。残念ながら、そういったことは仕事をしていればそれなりに経験します。
でもそういうのは相手だって本気ではない場合も多いです。『とりあえず言ってみて要求が通ればラッキー』、くらいだったりとか。
そんな人にまであんなことしてたら、本当にキリがありません。
なのでどちらかというと普通の人の範囲に入るはずのルドルフさんと巌さんにもそういうことをするのは、少し意外なんですが……。
何かしらシオンの基準には引っ掛かったんでしょうね。そこまではわかりませんけど。
――いいんですの……?
それが、一度こうなってしまうと相手の方も嫌ではないようなんですよね……。
『紫さんのおかげで仕事が上手くようになったんで、せめてものお返しです!』とか言いいながら、普通のお客様のように整備していったりとか……。
恐ろしい上司である一方、自分にもメリットがあるので離れられないような……。
ギブアンドテイクの関係……ではないですよね。上手く使い回してるというか……。
――ある一面を見ると恐ろしくても、別の面を見ると魅力的な存在。逆らわなければ自分の益にもなるから、離れられなくなってしまうんですのね……。
多分、そんな感じです……。
――やっぱり凄い方ですの……。
そうですね、何度見ても凄いです。
私もあんな風にできたらいいんですけど……。
――あんな風に他人を従えたいんですの!?
そういうわけではないんですけど、でも私にもできたら、シオンに頼らなくてもいいかなぁと。
シオンだってあんな関係作りをするのは、本当にごく一部の人だけですし。
――……そういうことなら、いい、ですの?
相手も喜んでますし、こっちの仕事も上手く回りますし、いいんじゃないですか?
誰にでもやると破滅の一途だそうですけど。
――やっぱりダメですわ! お姉様は覚えてはいけませんの!!
昨日、少しだけ教えて貰いましたよ? 効果的な弱みの使い方の、さわりの部分だけ。
――よりによってそんな部分ですの!?
弱みについては匂わすだけで、ニッコリ微笑んでれば勝手に相手が警戒してボロを出してくれるとかなんとか。
――すぐに忘れるですのー!
この世界でするつもりはありませんから安心して下さい。
――本当ですの?
今後どうなるかわかりませんし、今のところは?
――正直すぎて不安ですわ……。
悪いことしそうになったら止めて下さいね、ぐりちゃん。
――ひっぱたいてでも止めるですの!
では、これで安心ということで。
――丸め込まれましたわ!?
あ、本当ですね。意識してませんでしたけど。
――早くも不安ですわ……。
私としてはぐりちゃんが止めてくれるので安心です。
――見た目だけでなく行動まで似てしまったら、それこそどっちがどっちだかわからなくなるですの……。それにしてもどうしてこんなに似てますの? せめて髪型だけでも変えるなりして、見分けを付きやすくしたほうがいいのではないですの?
いくつか理由は有ると思いますけど、間違えやすいと今後が楽なんです。
私達にとっては、ですけど。
――どうしてですの?
一度間違えたら次から気を付けようと思うじゃないですか。Aさんのつもりで話しかけたらBさんだったって、場合によってはものすごく恥ずかしいことになりますし。
これについては私とシオンの現実での名前と一緒ですね。
私の名前である『碧』を、『アオイ』ではなく『ミドリ』と読まれたり。他にも『アオ』とか『ヘキ』と読まれたこともありました。
シオンの『紫』という名前は『ユカリ』と呼ばれることが多いそうです。
でも一度間違えたら大抵覚えてもらえます。
特に、最初に確認せずいきなり間違えた読み方をして、こちらから訂正した場合はほぼ間違いなく。
それと同じことを考えたんでしょうね。
同じ外見のプレイヤーがいると知っていれば、会う度に必ず確認するようになる。
一度目は間違えられても、二度目以降はその心配はなくなる。
一目では判別しづらい差を作るくらいなら、いっそ似せてしまってその都度確認したほうが、相手からしても安心。
だから、わざと私に似せたんだと思います。
――なるほどですの。
というのが建前ですね、きっと。
――建前ですの!?
このゲームの中での容姿は、自由に変更することはできません。
基本的には現実の自分の外見通り。それをシステムが補正した結果が、ゲームの中での自分となります。
その補正もプレイヤーからは変更できませんので、どんな外見になるかはほぼシステム任せ。
なのに、私とシオンは知り合いから見ても間違えられるくらいにそっくりです。
どうしてそこまで似ているのか。
答えは簡単ですね。
現実世界でもそっくりだからです。
以前から姉妹と間違えられるなんて当たり前で、身長が追いついてからは双子と間違われたこともあります。
お父さんも私とシオンが並んで座ってるのを見て『最近益々アレだな』なんて言ってましたけど、アレというのは『似てきたなぁ』という意味だったはずです。
何故かしみじみと、良い意味でも悪い意味でも、といった感じだったですけど……。
……決して、私が“老けてきた”という意味ではないはずです。シオンがものすごく若く見えるだけです。
まだ三十代ですし。年がわからないとかよく言われてますし。
だから間違いありません。絶対に。
絶対にっ。
……こほんっ。
とにかく、元々が似ている私とシオンなので、システム補正が働いても似たままになった、ということだと思います。
そういったわけで私たちが似ているのは半分はシステムのせいなので、わざと似せるも何もありません。
ですが髪型や髪の色など、一部はプレイヤーの意思で変更することができます。
ロロさんのように翼の色を変更することだってできますから、本当は一目で区別を付けられるようにすることだって、できたはずです。
それでも敢えて似せた理由。
一応、聞いてみました。
『やけに似てますね?』
『だって、このほうが面白いじゃないですか』
……と、ものすごく楽しそうな笑顔で言われました。
多分相手に気を付けてもらえる云々よりも、こっちの理由が大きいと思います……。
その答えは予想してましたし、だからシオンを見た瞬間、溜め息を吐いてしまったわけですけど……。
あ、一応ですが私とシオンは完全に同じというわけではありません。
一つ目は先ほどルドルフさんと巌さんにも言いましたが、シオンはスクエアフレームのメガネをかけています。
さっきシオンに聞きましたが、キャラクターの作成時にメガネの有無を選択できるそうなんです。私はそんな項目があることにすら気が付きませんでしたけど、そういえばシーラさんもメガネをかけてましたっけ。
メガネと言えば私が暗視機能付きメガネを買ったときですが、スクエアフレームを除外したのはこれが理由です。現実でのシオンは、いつもスクエアフレームのメガネをかけているので。
同じのが嫌、というわけではなく、二人して同じ形のメガネをかけたら紛らわしいかなと思ったからです。
あの時はシオンとゲームすることなんて考えてませんでしたけど、メガネと聞いたら真っ先にシオンを思い出して、その考えに至ったので。
結果的には大正解でしたね。
二つ目は、私とシオンでは髪と瞳の色が若干違います。
私のはどちらも単純に青ですが、シオンのはほんの僅かに紫がかった青です。
ひと目ではわかりにくいと思いますが、光の加減によってはすぐ判別できるはずです。
他はほぼ私と一緒ですね。髪の長さも一緒ですし、翼の色も私と同じ白ですし。
装備を同じにしたら間違い探しになりそうです……。
――見分けるのは相手に任せて、自分は自分の好きなほうを選ぶ。結局は自分のやりたいようにしているだけという辺りは、さすがお姉様のお母様。よく似てますの。
その辺は全く否定しません。『最後は自分の好きなほうを選びましょう』というのは、小さい頃から言われてましたからね。お父さんからも。
――お姉様が今のようになったのは、当然の流れだったですのね……。
そういうことです。
それはそうとシオンのほうも話が終わりそうですね。
ルドルフさんと巌さん相手に、フレンド登録ついでにいろいろ話をしてたようですけど。
そういえば私はお二人とフレンド登録してませんでしたっけ。この際ですから私も登録したほうがいいでしょうか?
「では、何かあったら連絡お願いしますね?」
「「わかりました!」」
やっぱり上司と部下のようになってます。
どうにも話に入りにくいので、フレンド登録はまた今度にしましょう……。
――ところでいいんですの? こんなところでいつまでも話をしていて。
今居るのは結界石の広場のすぐ近く。人通りの多い、道の真ん中です。
そのためかなりの数の人に注目されていますが、今回はこれで正解のはずです。
ある程度注目されれば、自分たちでシオンのことを説明して回らなくても、この話を聞いた皆さんが勝手に話を広めてくれる、と思うので。
勝手に広めてもらえるほど自分が有名かどうかは知りませんけど、でも公式イベントのリレーもありましたし、それを見ていた人たちは私のことを覚えていても不思議ではありません。
そんな人たちは『私は空を飛べる』ということを覚えているかもしれませんが、残念ながらシオンは空を飛べないとのことでした。
そんな大きな違いがあるのに何もしないでいると、変な誤解をされるかもしれません。
だから効果のほどは置いといて、何かしらの手を打っておこう。
それくらいはシオンも考えてると思いますよ。それ以上はわかりませんけど。
――納得はしましたけど……やはり場所が悪かったと思いますの。
どことなく不安、それと声が硬くなるぐりちゃん。
私も安心しきっているわけではないので不安なのはわかりますけど、警戒しているような感じはなんでしょう?
――人が集まるということは、何も良い人ばかりが集まるというわけではないですの。
警戒感が露わになった声に引っ張られてぐりちゃんと同じ方向に視線を向けてみると、その理由はすぐにわかりました。
公式イベントの会場で私が初めてセクハラ通報をした、その相手の方がそこに居ました。
確か……名前はジークフリート・フォン・ヴァレンシュタインさん、だったはずです。あんなことがあったので、うろ覚えですけど。
――あんな男の名前なんて覚える必要ありませんの。
あまり否定できませんけど、危険を回避するためにはむしろ覚えておくべきです。
――そう言われるとそうですわね。では早く危険を回避するですの。
ヴァレンシュタインさんはさっきのルドルフさんたちと同じように、こちらを見て驚いた顔をしています。
まだ距離もありますし驚いて足を止めているので、今なら簡単に逃げられます。
顔も見たくない、というほどではありませんが、近づきたいわけでもありません。
「あの野郎……」
「いい度胸してるな」
シオンとの話が終わって、私の視線の先に気付いたらしいルドルフさんと巌さん。
ヴァレンシュタインさんに気付いた瞬間、敵意を見せています。
そういえばお二人はあの現場に居ましたね。だから嫌ってるんでしょうか? お二人はいわゆる硬派……と言っていいんでしょうか、な人だと思うので、ヴァレンシュタインさんとはウマが合わないかもしれませんし。
揉め事を起こしたいわけではありませんし、早めに退散しましょう……。
「イオン、そんな警戒しなくても大丈夫ですよ」
この場で一人だけ警戒していないらしい、シオンです。
「あの人は先日の件を謝りたいらしいです。それでここ最近、結界石の広場でずーっと待ってたみたいですよ。しかも正座で」
謝りたいから待ってた、ですか?
そういえば結界石の広場には最近来てなかったでしたっけ。
基本的に拠点にログインしますし、先週はホーレック方面に向かうことが多かったので、拠点から直接向かってましたし。
それ以前も、違う街へ行くとわかっていた場合は、その街へ直接ログインすることが多かった気がします。
全く利用しなかったわけではありませんけど、会わなかったのは時間が合わなかったからでしょうね。さすがに二十四時間待ってたわけではないと思いますし。
となると、タイミング悪くかなりお待たせしたかもしれないですね……。
「……そういうことなら、お話を聞いてもいいでしょうか」
「本気か!?」
ポツリと口にした途端、咎めるような声をあげるルドルフさん。巌さんも同じことを言いたい様子です。
気持ちはわかりますし、私も乗り気なわけではありませんが……。
「さすがに、謝罪の機会まで潰してしまうのはどうかと思うので」
先日のことはまず驚きましたし、嫌な思いもしました。
だからセクハラ通報なんてしたわけですし。
ですけど、相手の方が謝ろうとしてるのにその機会まで潰してしまうということは、謝った先の未来も潰してしまうということになります。
それは相手の未来だけではなく、その相手に関わる自分の未来も潰すこということでもあります。
その未来が良いものになるかどうかはわかりません。
でも謝罪の言葉を聞いている最中に、少しくらい垣間見ることはできると思います。
適当な謝罪で本気じゃないことがわかれば、その場で『二度と関わらないで下さい』と言って終了です。
真面目な謝罪だったら、たまに話をするくらいはいいかもしれません。
もしかしたら、自分にとっても良い未来に進むかもしれませんしね。
それと今日はヴァレンシュタインさんお一人というわけではなく、女性と一緒というのも話しても大丈夫かなと思える理由です。
真っ赤なドレスのような装備に魔法使いらしき杖。ドレスも杖も装飾が多くて、なんだか一目で『高そう』という感想が出てきてしまいます。
装備だけではなくご本人も赤いです。ウェーブがかった髪も、フワフワな耳と尻尾も。
猫族の方でしょうか。耳も尻尾も豊かにフワフワしてるので、まるで血統書付きの高級種のようです。
そんな仲間の女性の前では、さすがにこないだのようなことはされないと思いますし。
それにあの時は、なんというか突然すぎて、驚きのほうが大きかったというのもあります。
そのせいなのか幸いにも……と言っていいのかわかりませんが、顔も見たくないほどヴァレンシュタインさんのことを嫌っているわけでもありません。
「なので、お話を聞くくらいはいいかなと」
そういう考えに至るわけです。
あと普段の仕事の影響もありますね。
仕事で何かミスがあったら、お店としては当然お客様に謝罪しなければいけません。
それを聞いてもらえなかったら、取り付く島もなかったら……と思うと、他人事ではない気分になってしまうので……。
「だがな……」
「そんなに気になるなら、イオンの後ろで睨みを効かせたらどうですか? さすがにその状況で何かするのなら、もう庇いようがありませんし」
まだ少し納得がいかないというお二人に、シオンから提案が入りました。
「なるほど! 向こうが手を出した瞬間にぶっ飛ばしてやるから安心しろ!」
「何があろうと守ってやる」
お二人にとっては関係ないことのはずなのに、即座に了承の言葉が聞こえてきました。
申し訳ない気はするんですが、助かるのも事実です。
ヴァレンシュタインさんと話をするのに、なんの不安もないといえば嘘になるので……。
「……本当にいいんですか? お二人に関係ない、面倒なことに巻き込んでしまうんですが……」
「「問題ない!」」
本当に助かります……。
「ありがとうございます。こういうとき男性に付いててもらうのは心強いですし、お二人には本来関係ないことなので恐縮ですけど、よろしくお願いします。後ろで見てもらってるだけでいいので……」
「「任せろ!!」」
お二人に助けてもらえることになったので、本当に心強いです。
実際にお二人の力が必要ないとは思いますが、そこに男性が居る、というだけで相手はプレッシャーになると思いますし。
お二人とも優しい方で助かりました……今度何かお礼しませんと。
考えてばかりではいつまで経っても終わりませんね。そろそろ行きましょう。
ヴァレンシュタインさんが話しかけてくるのを待たず、こちらから話しかけます。先に話しかけたほうが会話の主導権を握りやすいので。
道の端に居るヴァレンシュタインさんに、表面上は平然としたまま近づきます。
でも会話をするには少しだけ遠い距離で足を止めました。さすがに話を聞く前に近づきたくはありません。
「こんにちは、ヴァレンシュタインさん。先日は名乗る前にあんな事になってしまいましたので、まず名乗らせて下さい。クラン・エスに所属しているイオンと言います。よろしくお願いします」
「あっ、ああ。暁の不死鳥、の、ジークフリート・フォン・ヴァレンシュタインだ……いや、です……」
私が名乗ると同時に、私とシオンを見比べて『えっ』という顔になるヴァレンシュタインさんと、その隣の女性。
なんとか返事してくれましたが、言葉がつっかえるほど驚いてます。
……ですが……何かその反応に違和感があるような……。
現実世界でも何度かありました。私かシオンのどちらか片方だけを知っていて、あとでもう一人の存在を知って見比べながら驚く、ということは。
何故かそれとは反応が違う気がするんですよね……。
……そういえば、なんでシオンはヴァレンシュタインさんが私に謝りたいということを知ってたんでしょう?
シオンことなのでよくわからない情報源があっても不思議ではありませんが……思い返してみれば、ルドルフさんと巌さんもこのお二人と似たような反応をしてた気がしますね。
シオンはキャラクターの作成を既に完了してました。
ということは、今日が初めてのログインではないはずです。キャラクターの作成からゲームの開始まではセットになっていたので。
……もしかして、シオンが皆さんに会うのは今日が初めてではないんじゃないでしょうか?
ルドルフさんと巌さんに対しては『初めまして』と言ってましたが、その部分だけ変に強調してました。
お二人はその辺について何も言いませんでしたが、あれが『今日が初めてということにして下さいね?』という意味だったら、なんとなく納得がいきます。
その後のお二人の、どこか緊張するような反応からしても。
またシオンが何かしたのかと問いただしたい気分ではあるんですが……ルドルフさんと巌さんは何も言いませんでしたし、シオンも今日が初めてということにしてしまったので、今更聞いても多分何も答えてくれないですね……。
気にはなりますけど、話を聞くのはあとにしましょう。今はヴァレンシュタインさんのことです。
仮にシオンがヴァレンシュタインさんと会って私に謝りたいということを知ったのなら、それに合わせて動けばいいだけですし。
「勘違いでしたらすみません。私に声をかけたそうに見えたので、私のほうから声をかけさせていただきました」
まだ驚いてる二人に、私のほうから踏み込んでみます。
そんなことすると相手を慌てさせてしまうだけですが、ヴァレンシュタインさんがいつもの調子になると、前回の二の舞になるかもしれませんし。
「えっ、あ、その、なんというかだねっ、あー今日はいいてんゴホッ!」
思いっきり慌てたヴァレンシュタインさんを見かねたのか、隣の女性がキツめに肘を入れました。
ついでに小声で何か言ってますね。多分『落ち着きなさい』とかそういうことだと思いますけど。
それに対するヴァレンシュタインさんも、痛がってはいますけどなんとか頷いてます。
そんな光景を見てると、なんというか、思ってた印象とは違いますね。ヴァレンシュタインさん。
てっきりもっと女性を下に見て軽く扱うような方かと思ってたんですが、女性の言葉も聞いてくれるみたいです。
正直に言って、自分の考えを一方的に押しつけるだけの人かも、と思ってたんですが……。
――謝りに来てるのも渋々ではなく、自分で納得して来てるのかもしれませんわね。でも油断はできませんの。
ですね、気を付けましょう。
「す、すまない。今日は、先日私がしでかしたことについて、謝りたくて会いに来た、いや、来ました」
慎重に話を聞こうとする私と同様、ヴァレンシュタインさんも一つ一つ確認するように、慎重に話し始めました。
「あの時は、君のことを何も考えず、私の感情だけを、一方的に押しつけてしまった。その結果、君を不快にさせ、多大な迷惑をかけてしまった。心から反省している。本当に、申し訳ない」
私とシオンのあいだを行ったり来たりしていた視線を、私だけにしっかりと固定。
そのうえで丁寧に言葉を重ね、最後まで言い切ると同時にヴァレンシュタインさんは頭を下げました。
「私はマルグレーテと言います。ジークフリートと同じクラン・暁の不死鳥のメンバーです。同じクランに所属するものとして、失礼があったことをお詫びさせて下さい」
それに合わせて隣の女性、マルグレーテさんも頭を下げました。
二人とも腰を九十度折った、丁寧なお辞儀です。そのうえすぐに頭を上げたりせず、そのままで私の言葉を待っています。
……さっきの言葉がどこまで本気かはわかりませんけど、少なくとも適当な気持ちで来ているというわけではなさそうです。お二人とも。
ヴァレンシュタインさんが喋っている最中、お二人とも私の目を見たままで、途中で逸らしたりなんてしませんでした。
言いにくいことを口にしている最中も目を逸らさないでいるのは、ものすごく大変なことです。
真剣に向き合っているか、反対に全くなんとも思ってないかのどちらかでないとできません。
ヴァレンシュタインさんは気をつけの姿勢から頭を下げましたが、両手はしっかりと体に押しつけられていました。
まるで、震えそうになる体と声を押さえつけるように。
今この状況に対して、ものすごく緊張しているのは間違いないと思います。
先日初めて会ったときの、あの演技がかったというか、そのノリが通常運転のようなヴァレンシュタインさんとは全く違います。
私の目には、真剣に謝罪しているように見えます。
シオンにはどう見えているのか気になりますけど……シオンも大丈夫そうですね。冷たい目になってませんし。
これなら、完全に拒絶する必要はなさそうです。
「ひとまず、頭を上げてもらえますか?」
私の声に恐る恐るといった感じで頭を上げる、ヴァレンシュタインさんとマルグレーテさん。
「おっしゃりたいことはわかりました。しっかり反省されてるようですし、私もあのときは驚きすぎて過剰に反応してしまったということもあります。なので、たまにお話しするくらいは問題ないと考えます」
「ほ、本当か!」
「ですが」
喜びそうになるヴァレンシュタインさんですが、もちろん釘は刺しておきます。
「あのことは決して良い気分ではなかったのは事実です。二度と、あんな事をしないように気を付けてください」
「き、肝に銘じてっ」
「私たちも二度とさせないように注意します」
もう一度背筋を伸ばして頭を下げる、ヴァレンシュタインさんとマルグレーテさん。
これくらいしておけば多分大丈夫でしょうか。マルグレーテさんたちクランの人も気を付けると思いますし。
ダメだったらまた通報ですけど。
「ありがとうございます。私からは以上です。これからはよろしくお願いしますね」
最後は場の空気を変えるために、軽めの挨拶。
謝るのも謝られるのもまだまだ慣れません……こんな空気は変えてしまうに限りますが、私ではマリーシャほど上手くはいきません……。
では誰も空気を変える人が居ないかと言われれば、そうでもないんですが……。
「それでは、今度は私の番ですね」
よりによってここに居るのはシオンですからね……一体何をすることやら……。
「先日は名乗りもせず失礼しました。私はシオンと言います。よろしくお願いしますね」
「は、はい。よろしくお願いします……」
やっぱり会ってたんですね、シオン。
「あの、ありがとうございました。イオンさんに会わせて頂いて」
「いえいえ、正確にお約束したわけではありませんし、私は特に何もしていませんから、お気になさらず」
しかもマルグレーテさんとそんな約束を……と思ったら違うようです。
私がいつ頃ログインするかとか、それを伝えた程度くらいかもしれないですね。
「ところで見た目でわかってもらえるかもしれませんが、私とイオンはゲームの外でも仲良しなんです」
何やら始まりましたね……。
「それはもう本当に、ものすごーく、誰よりも仲良しなんです。そこはいいですね?」
「え、あの。はい」
なんで突然そんな話をするのかわからないといったお二人。私もわかりません。
「なので、もしイオンに何かあったら、私は落ち着いてなんていられません。それこそ相手を粉微塵に叩き潰すまで止まりません。ついでに北の海でちょっとだけ大変な仕事をしてきてもらうようお願いするかもしれません」
そう話が繋がるんですか……。
「もちろん冗談ですけどね?」
「「…………」」
シオンは笑顔で言ってますけど、対するお二人は顔が真っ青です。冗談という言葉自体が冗談にしか聞こえないと思います。
「でもそれくらい本気ということです。ですので、もしまたイオンに何かあったら……」
「あ、あったら……?」
「本気で怒りますから、覚悟、して下さいね?」
そう言ってにっこりと笑うシオンと、頭をブンブンと音が鳴りそうなほど縦に振るお二人。
シオンのあの顔は間違いなく本気です……。
どうやってゲームの中で北の海まで行くのかとか、まさか現実での話なのかとか、現実だったらどうやって相手を突き止める気なのかとか、色々気にはなりますが……。
あの顔をするシオンは、本気でやります。絶対に。
前に一度だけあんな顔を見たことがありますが、あのときは…………怖かったです。
――そ、そんなに恐ろしいんですの?
はい……上手く言えませんが……。
――か、構いませんの。そんな恐ろしいことは忘れるに限るですの。……ほんわかしてるように見えるのに、怒ると怖いところも似てるんですのね……。
こないだのエレノアさんの件もありますし、あまり否定できません……。
でもどうして今日になってシオンが一緒にゲームをしようと言い出したのか、その理由の一つはわかりました。
ヴァレンシュタインさんとマルグレーテさんに、シオンからも釘を刺したかったんでしょうね。
過保護と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、今回のことはそれだけシオンも怒っていたということだと思います……。
でもこれで一段落付きました。
ヴァレンシュタインさんたちも今後は気を付けてもらえるということになりましたし、二回もシオンを紹介したので、周りの人にシオンの宣伝(?)も出来ました。
それではもうこの場に居る必要は無いですね。
ルドルフさんと巌さんにお礼をして、それからこの場を失礼して、次に行きましょうか……。
なんて、上手く話が進んだことで気が抜けて、のんきにこれからのことを考えてた辺り、私はまだまだなんだと思います。
というのも……。
「イオンさん! 何やら騒ぎに巻き込まれてると聞いて…………え?」
慌てた様子でセレックさんが駆け寄ってきて、
「なんだこの人だかり。今日ってなんかあったか?」
「あたしは知らないけど、ってイオン? ……が、二人? …………なんで?」
結界石の広場からプルストさんとキイさんがやって来て、
「お、プルスト。用事があったんだ丁度いい……なんだこの騒ぎ…………マジか。あの言葉、マジだったのか……」
それを見つけたマスグレイブさんも寄ってきて、
そして終いには……。
「「私のイオンさんにちょっかい出そうってのはどこのどいつだーっ!! って増えてる!?」」
マリーシャとメグルさんが、全く違う方向からほぼ同じ言葉を叫びました。
――なんというか、ワケのわからないことになったですの。
ヴァレンシュタインさんとの話が終わるまでは真面目な空気で固定されてましたが、セレックさんが現れて動き始めて、キイさんとプルストさんとマスグレイブさんが来てどうしていいかわからない雰囲気になって、マリーシャとメグルさんが全て壊して微妙な空気が流れ始めました。
……この状況、どうしたらいいんでしょうか……。
9/15誤字修正しました。
9/15本分一部修正、カニ→北の海に変更しました。
後書きを若干修正しました。話の流れに変更はありません。
少しやりすぎかなとも思いましたが、しっかり謝らせることにしました。
手にキスしただけで責められすぎ? と思わなくもないかもですが、リアルで見知らぬ人にいきなりそんなことされたら即アウトだよね、ということで。
イオンが勇者を名前で呼ばないのは普段というか仕事の癖だからで、嫌ってるからというわけではないです。
他の人からは名前しか聞いてない(そもそも名前しか設定してない)ので名前呼びしてるだけで、名字を聞いてたら最初はそっちで呼びます。
北の海? もちろんゲームの中でのことですとも。ええ。
そして最後にいつもの人に出てきていただいたので、次はアレです。既に予想された方もいらっしゃいましたが。
どどっどどどドウヨウなんてしてませんよ?