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13-8 母のいる日常。


 月曜日に予定がある、という者は多いだろう。

 仕事にしろプライベートにしろ、世間が動き出す月曜日である。何もおかしくはない。

 この、睨み合う二人のように。


(くそっ、また巌とかち合うとはな……)


(ルドルフめ……邪魔をしてくれる……)


 先日に引き続き顔を合わせてしまった、ルドルフと巌。

 双方の予定は言わずもがな。当然のようにカブっている。

 だが二度目ともなると、顔を合わせただけで頭に血が上ることはなかった。

 それどころか冷静に相手の戦力を読み取ろうとしてさえいる。

 さすがに、どちらもクランのリーダーをしているだけはあるようだった。


「……巌、何を言ってもお前はどかないだろうな」


「貴様とてそうだろう、ルドルフ」


 初手で冷静さを見せつけ、精神的優位に立とうとするも引き分け。


「なんならこの場で決着を付けるか? 新しい装備も試したいからな」


「俺は構わないが、新しいスキルにまだ慣れてなくてな。やりすぎても怒るなよ?」


 力を見せて武力的優位に立とうとするも、こちらも引き分けに終わった。

 ここまでは過去にも同じ事があった。

 だがここからが違った。


「「……ッ」」


 膠着。

 普段なら即座に場所を変えて戦闘に入っていたが、今日はそういうわけにもいかない。

 何故なら、今日はイオンと会える日。

 土曜、日曜は過去の失敗(トラウマ)が何度もフラッシュバックするほど、二人は苦しむことになった。

 その呪縛から今日、ようやく解放される。

 そんな重要案件を前にして、今からケチを付けるわけにはいかない。


 何より、前回はとんでもない失敗をしてしまった。

 人生でもトップスリーに入る失敗をしたのだから、無意識に衝突よりも回避を選んだのだった。


「……巌、提案がある」


「……聞こう」


 その膠着を破ったのは、ルドルフの提案だった。


「いつもなら力でねじ伏せるところだが、お互いそういうわけにもいかねぇ。だったら、向こうに選んでもらうというのはどうだ?」


「なるほどな。だがどうやって選んでもらう?」


「簡単だ。先に名前を呼んでもらえたほうが先に話す」


「……ほう」


 名前を呼ばれた者が、先に話す。

 立場の同じ人物が二人並んでいたら、どちらの名前を先に呼ぶかなど特に意識することはない。

 言い換えれば、無意識レベルで片方を優先したということ。

 名前が短いとか、言いやすいとか、たまたま運が悪かったとか、そんなレベルでも構わない。

 いずれにせよ、優先されたということに変わりはないのだから。


「両方呼ばれなかった場合は?」


「名前が出るまで交互に話す。出た瞬間にそいつの勝ちだ」


「いいだろう。だったら、最初にどちらが話すのか。それを決める方法は俺から提案させてもらおう」


「おう、どうする?」


「今日はどの装備を付けているかだ。普段の装備か、初期装備か。言い当てた者から話しかける」


「……わかった、それでいい」


 最後は運で決める。

 そのことに合意した二人はどちらの装備を選択するか話し合い、その結果ルドルフが普段の装備。巌が初期装備を選んだ。


 そして始まった二人の勝負。

 決着は、すぐについた。


 結界石の広場らから出てきたばかりの、イオンの姿。

 どう見ても間違いなかった。

 勝利を、確信した。


「「俺の勝ちだな」」


 一つしかないはずの勝利宣言は、何故か二つあった。


「「…………」」


 理解が追いつかないルドルフと巌。

 そして改めて目をこらす。

 何度見ても間違いはない。


「「…………」」


 何言ってんだコイツという意味を込めて相手を見るが、相手も全く同じ目で見返してくる。

 そこでふと冷静になった二人。

 一度目を閉じて、再び顔を前に向ける。

 やはり間違いはない。

 間違いはないのだが……。


「「……? ッ、――――!!!!」」


 気付き、驚き、声にならない叫び声を上げることになった。


 いつもの装備を纏い、肩に契約精霊を乗せたイオン。

 初期装備に眼鏡をかけたイオン。


 それらのイオンが二人同時に(・・・・・)歩いてきたのだから、その反応は至極真っ当なものだろう。


 周囲のプレイヤーたちも似たり寄ったりな反応である。

 何度も目をこする者。

 夢だと思い自分を全力で殴ってダメージを受ける者。

 外見を変えるスキルかアイテムが見つかったと思い込む者。

 サーバーエラーが出てないか運営に問い合わせる者。

 通信障害が発生したと考え慌ててログアウトする者。

 そして、ルドルフと巌のように口を半開きにしてフリーズする者。


 二人のイオンが並んで歩いているのに片方しか目に入らなかったのは、『この装備で来る』と思い込んでいたからである。

 思い込みすぎて一人しか目に入らなかったのだ。


 だが気付いてしまえば目を離すことなんてできない。

 会えるのを心待ちにしていたのだから当然だろう。

 しかもそれが、二人。

 数が二倍になったからといって二倍嬉しくなるものかと言われればそうではない。だが本人と会えたのは素直に嬉しい。

 どうして二人になったのか疑問は尽きないし、でも会えたんだからどうもでいいかと思ってしまう自分が居る。

 嬉しいのかなんなのか、よくわからない感情に襲われながら呆然としているルドルフと巌。

 そこでふと、ある疑問が頭をよぎった。


((……先日会ったイオンは、どっちだ!?))


 そのことに思い至った瞬間、ルドルフと巌は一気に慌てることになった。

 今日は“あの失敗を無かったことにしてくれたイオン”と会うことを前提にシミュレーションを重ねてきたのだ。

 先日失敗するときまで考えていた“久しぶりに会うイオン”とのシミュレーションは全て破棄されている。

 しかも今日はイオンが二人。想定外どころか妄想が現実になったとすら言える状況。

 何をどうすればいいのか、サッパリわからなくなってしまったのだ。


 ルドルフと巌とイオン(?)にとって、先日のことは表向き無かったことにされている。

 だから何も気にせず一から始めればいいだけなのだが、この二人がそう簡単に割り切れるはずがない。

 これが、荒野系としての二人の限界なのだった。


 そんな二人がフリーズしているあいだにも、当然事態は進行している。

 具体的にはイオンx2が徐々に近づいてくる。どういうわけか真っ直ぐ向かってくる。

 結果、フリーズが治りきらないままイオンx2と対面することになってしまった。


「こんにちは。ルドルフさん、巌さん」


 そんな二人の状況を知らないイオン(普段装備)は、いつもと変わらない挨拶をする。

 それに対してフリーズから復帰しきれていない二人は、揃って『ああ』と一言返しただけ。

 かろうじて表情を取り繕うことはできていたが、適当にというかぶっきらぼうにというか、相手に興味がないかのような一言だけの挨拶。

 そう口にしたルドルフと巌はこれまた揃って『終わった……』と考えたが、イオン(普段装備)にとっては気にかかることではなかったらしい。

 小さく笑っただけで、そのまま話し始めた。


「ごめんなさい驚かせて。こちら、私の知り合いでシオンと言います。名前も見た目も紛らわしいですけど、シオンはいつもスクエアフレームのメガネをかけてますから、その辺で区別して下さい」


「シオンです。“初めまして”」


 初めまして、の部分だけをやけに強調して挨拶する、イオン(初期装備)改め、シオンと名乗るイオンのそっくりさん。

 その挨拶の仕方に体をビクリと震わせるルドルフと巌。

 まじまじとシオンを見ると、いかにも訳知り顔で微笑んでいるではないか。


「お二人は有名なクランのリーダーさんだと思うんですけど、よければご本人から名前を伺ってもいいですか? “間違えていてもいけませんし”」


「「――!!」」


 再度、一部だけ強調するシオン。

 『初めまして』と『間違えてもいけませんし』の、二つの強調された言葉。それと先日のことから導き出される、一つの答え。

 二人は、ついに理解した。

 シオンと名乗る人物こそ、先日会ったイオンだったのだと。


「ル、ルドルフだ。クラン・ホースメンに所属している」


「……巌という。クラン・黒帯だ」


 それに気付いてようやく再起動した二人。つっかえながらもなんとか返事を返した。


「ルドルフさんと巌さんですね。よろしく(・・・・)、お願いします」


「「!? ハイ!」」


 ごく普通の返事をするシオン。

 なのに何故だか二人には一部が強調されているように聞こえたし、どういうわけだか背筋がピンと伸びるような感覚を覚えてしまっていた。

 まるで、『あの時のことは無かったことにしてあげますから、いろいろとヨロシクお願いしますね? 暴露されたくなかったら、ですが』と、脅迫でもされている気分だったのかもしれない。

 二人は自然と、上司に対するような畏まった返事を返していた。


「……シオン、一体何をしてるんですか」


 その光景を見て、半ば呆れるようなイオンの声。

 一人だけ蚊帳の外だが、なんとなく不穏な気配を察知して口を挟んでいた。


「何って、ただの挨拶ですよ?」


 初対面の男性二人を怯えさせるような挨拶をしておきながら、何が『ただの挨拶』なのか。

 疑いの目を向けるイオンだが、当のシオンはそんなものなどどこ吹く風。

 『何もありませんよー?』とでも言いたげな、どこかわざとらしい笑顔を返すシオンに、イオンは溜め息を吐くしかできなかった。


「ところでルドルフさんと巌さん、何かイオンに用事があったんじゃないですか?」


「「っ!?」」


 イオンとシオン、その二人からの注目が逸れ、少しだけ精神的余裕ができたところにまさかの不意打ち。

 しかも、まるで先日の失敗を蒸し返すようなセリフ。

 その言葉からは、ルドルフと巌を嘲り、破滅へ誘い込むような響きが含まれているように聞こえた。

 ルドルフと巌は瞬時に警戒した。だが既に遅く、シオンから続きの言葉が飛んできてしまった。


「さきほど、イオンに話しかけたそうに見えたんですけど」


 事情を知っている者からすると非常にわざとらしいセリフにも聞こえるが、実はそうでもない。

 ルドルフと巌はイオンを見つけた瞬間に勝利宣言し、即座にイオンに向かって踏み出していた。

 勝利宣言が二つあったところで足を止めたが、周りから見ればイオンに向かって近づこうとしていたように見えても不思議ではない。


「そういえば私ばかり話してましたね。失礼しました。何か用がありましたか?」


 そのため、それを見ていたらしいイオンもあっさりとシオンの言葉を信じて、ルドルフと巌に視線を移した。


「あ、ああ……」


「用事と言うほどでも、ないのだが……」


 それにつられて、ルドルフと巌はつい正直に返事をしてしまっていた。

 ここで『見かけたから挨拶するだけのつもりだった』とでも言えば無事に話は終わっていただろうが、そこまで頭が回らないのが荒野系。

 本来の目的を思い起こし、そのまま口にしてしまったのだった。


 当然それを聞いたイオンは続きの言葉を待つことになるのだから、口にしてしまった以上、その『用事』を実行しないわけにはいかない。

 だがアドリブで実行するのは二人にとっては難易度が高すぎるうえ、シミュレーションのことも完全に頭から抜け落ちてしまっている。

 結果、『失敗』の二文字しか頭に残らない二人。あるいは『玉砕』や『撃沈』。『負犬』もあるかもしれないが、とにかくそういった感じだ。

 成功する未来など、欠片も想像できなかった。


「?」


 用事があるはずなのに、なかなか続きの言葉が出てこない二人に『あれ?』と思うイオン。

 その疑問を顔に出すことも、まして急かすような表情もしていないのだが、二人にとっては逆にプレッシャーとなってしまっていた。

 せっかくのチャンスどころか、お先真っ暗な二人。


((もう、どうしようも(死にに行くしか)ない……))


 自爆覚悟で特攻するしかないと腹を括ったルドルフと巌。

 だが、救いの手は意外なところから差し伸べられた。


「すぐに話せる用事ではないようですね。準備が出来るまで、先にイオンと話しててもいいですか? 言い忘れてたことがあったので」


 こんな状況を作った張本人、シオンである。

 しかも先ほどの言葉を都合良く解釈すれば、『時間がかかりますよね? どこにも行かずに待ってますから、その間に覚悟を決めて下さいね』などという意味に捉えることができる。

 失敗させて嘲笑いたかったのではないのか? と真っ先に疑う二人だが、続く言葉にまたしてもわからなくなってしまった。


「イオン、言い忘れてましたけど、とあるアクセサリーショップの優待券がもうすぐ切れるんです。近いうちに一緒に行きましょうね」


 先日渡そうとした、ルドルフと巌のアクセサリーアイテムを見たからのセリフであるのは明らかだろう。

 まるで、自分たちが渡しやすいように下地作りをしているような言葉だが……。


「いえ、欲しくありませんので」


 欠片も興味ないと言わんばかりに、たった一言で容赦なく切り捨てるイオン。


「そう言わずに。ネックレスもブレスレットも、一つも持ってないじゃないですか」


 ネックレスはルドルフが、ブレスレットは巌が渡そうとしていた物である。

 またしてもわざとらしいセリフだが、ルドルフと巌にとっては聞き捨てならないセリフだった。


((一つも持ってないだと!?))


 イオンの現実の年齢は知らないが、本人の立ち振る舞いから低くても中高生以上、高くても二十代前半を想定していたルドルフと巌。

 その年齢層の女性なら、アクセサリーの一つや二つ当然のように持っていると考えていたのだ。

 ゲーム内でアクセサリーを持っていないというならまだわかる。無駄なアイテムは持たない主義というプレイヤーはそれなりに居るからだ。

 だが今の会話は恐らく現実でのことだろうと、二人にも推察できた。

 まさか、現実でもアクセサリーを持っていないとは想像すらしていなかったのだった。


「使う機会がありませんし、仕事の邪魔です。私が興味ないって知ってるじゃないですか」


((機会がない! 邪魔! 興味もない!?))


 年頃の女性にあるまじき暴言の如き言葉の数々。しかもそれを口にするイオンの表情は『硬い』の一言で表現できるほど。

 イオンの言葉に思わず焦る二人だが、間一髪で生き残ったことも理解した。


 見せていたら、間違いなく断られていた。


 盛大に冷や汗を流しつつも、内心で安堵の息を吐くのだった。


「じゃあ私だけ買うから付いてきて下さい。来てくれたら……そうですね、夏らしい果物とか食べたいですね。桃とか食べたくないですか?」


「行きます」


 アクセサリーから果物へと話が変わり、食いつきもまるで変わるイオン。


「もちろん一個丸々ですよね?」


「当たり前です。少し早いかもしれませんが葡萄とかもあればいいですねぇ。良さそうなのが無かったら、お店に入ってフルーツ盛り合わせでも食べましょうか」


「ほんとですかっ」


 しかも自分から要求を吊り上げるほどの食いつきぶり。

 アクセサリーの話をしていたときとは全く違うテンションで、表情もまるで別物だった。


「では、今度行きましょうね」


 そしてそんな話を振ったシオンはといえば、イオンと話をしながらチラッチラッとわざとらしい視線をルドルフと巌に送っていた。

 そこまでされれば、いくら荒野系の二人だって理解できる。


 下地は整えられた。

 どうすればいいかもわかった。

 ならばあとは踏み出すだけ。


「あー、イオン。いいか?」


「あ、はい大丈夫です。すいませんこちらだけで話をしてしまって」


「いや、構わん。それよりだが……こないだとあるダンジョンで果物素材を手に入れたんだが、よかったらどうかと思ってな」


 そう口にしながらルドルフからストレージから取り出したのは、ピンク色の蜜柑のような果物。


「あ、味は悪くないんだが、数が多くてな。処分するのもなんだから、どうしようと思ったんだが……」


「そういうことですか。おいくらですか?」


 言い訳しながら渡そうとするも、なんとイオンはお金の話を始めてしまった。

 ゲーム内でアイテムをやり取りする際、プレイヤー間でお金のやり取りが発生するのはおかしいことではないので、ゲームとしては正しい行動だろう。

 が、今のルドルフにとってはそれではダメなのである。

 これはあくまで先日のお礼。代金に値するものは、既に受け取っているのだから。


「い、いや。店で売ってもあまり高くなかったからな、金はいい。大体意味が……ではなく……あっ、アレだ、前にドーナツもらっただろう、アレのお返しだ!」


 ストレートにそのまま言うわけにもいかず、なんとか言い訳をこねくり回しているうちに思い出した、イオンと出会ったときのこと。

 あの時はぶつかりかけただけでドーナツをもらったのだから、それを言い訳にするのはこの場合間違ってないと考えた。


「あのときはぶつかってもないのに、腹が減ってたからついもらってしまったからなっ。代わりって訳じゃないが……なんだ、貰ってもらえると俺も助かるっ」


「そんな事、気にしてもらわなくてもよかったんですけど……でもそういうことなら、少しだけ頂いてもいいですか?」


「ッ! あ、ああ! いくらでも持って行っていいぞ!」


 つっかえながらも必死に言い訳を重ねるルドルフ。

 何故そこまで必死なのかはイオンはわからないが、言い訳の内容自体は受け入れられるものだったらしい。

 案外あっさりと果物を受け取ってもらえることになり、その勢いで次々とストレージから取り出して『少し』ではない量を渡すことに成功した。


 そんな状況を微笑ましく見ながら、やっぱりシオンはチラッチラッと視線を送っていた。

 視線の先はもちろん巌。『この流れを逃しちゃだめですよ?』と言わんばかりである。

 ルドルフと違い、巌はイオンと数言交わした程度の経験しかないのでまだ二の足を踏んでいたが、今この状況でそこまでされれば、さすがに動かないわけにはいかない。


「イ、イオン。実は俺も果物素材が余っていてな、押しつけるというわけではないが、貰ってくれると助かるのだが……」


「えっと、嬉しいですけど、いいんですか?」


「大丈夫だ! 全く問題ない!」


「そ、そうですか。それなら……」


 既にストレージから出して、あとは渡すだけという準備万端の状態。

 話の流れ的に巌だけを断るというのは難しい状況だったこともあり、こちらも渡すことに成功した。


 ちなみに二人が果物素材を持っていた理由だが、当初はアクセサリーアイテムではなく、お菓子系の物を渡そうと考えていたからだ。

 二人は目に付いた果物類を片っ端から集めていた。何が必要かはわからないが、全部職人に渡せばなんとかなるだろうと考えて。

 だが当の職人に依頼しに行ってみると困ったことになった。


『こないだスゴイの作ったばっかりだから少しマッタリしたいんだよねー。だから個別依頼は受け付けてないんだー』


 お高いパフェを作ることで有名な某職人の所へ行くもすげなく断られ、途方に暮れた。

 他の職人に依頼しようかと考えたが、この方面ではこの職人が一番だという噂。その他の職人も十分凄い物を作ってくれるだろうが、出鼻を挫かれたため何となく気が乗らない。

 だったらいっそ別のものを……と考えた結果、一気に飛んでアクセサリーになった、というわけだった。


 そんなわけで、果物素材に限れば質も量もそれなりに持っているルドルフと巌。

 ついでにコッチも、ならコレもと集めたものを次々と渡していった。

 だがさすがに無理があったのか、途中から気にするような顔になるイオン。


「見かけは凄いですけど美味しいですね。こっちは蜜柑で、こっちはキウイみたいな感じでしょうか。イオンも好きだったですよね」


「ホントですかっ」


 しかし横から手を出して一つずつ食べていたシオンの言葉を聞いた瞬間、表情が一転。申し訳なさそうにしつつも、嬉しそうな顔をするのだった。


「あの、いいんですか? 本当に貰ってしまって」


「「もちろんだ!!」」


 ここまで来たら押し切ってしまうのみ。

 普段と同じ威勢のいい声で肯定する。


「ありがとうございます!」


 今度こそ渡せたと確信する二人。

 と同時に、イオンから向けられる素の笑顔を見て思うのだった。


((生きてて良かった……ッ!))


 一時は精神的自殺にまで追い込まれそうだったのに、まさかの大逆転。

 渡すつもりだったアクセサリーは渡せなかったが、むしろそれ以上に喜んでもらえる物をプレゼントすることに成功。しかも笑いかけてもらえるという最高の特典付き。

 なんという幸運。なんという運命の巡り合わせ。

 勝利の余韻に浸る、ルドルフと巌だった。


「ふふっ。よかったですね、三人とも(・・・・)


「「ッ!?」」


 だがその気分を容赦なくぶち壊すのは、勝利の立役者シオン、その人だ。

 本来ならタダで果物素材を貰ったイオンだけに向けられるはずの『よかったですね』という言葉が、何故かルドルフと巌にも向けられている。

 それはルドルフと巌が喜んでいる理由に気付いているからに他ならないし、もっと言えばこの状況は幸運でも運命でもない。全てシオンの作った話の流れによるものだ。

 有り体に言えば、手の平の上で踊らされていたようなもの。

 そのことに気付いた瞬間、二人は全身から血の気が引いた。


 前回のトラウマ的な失敗という弱みを握られているうえに、自分たちの宿望まで把握されている。

 それをフル活用して繰り出される、飴と鞭。

 今のところ鞭らしいものは何も無いのだが……


「ふふっ」


 嬉しそうなイオンと話をしつつも、時折こちらに向けられるシオンの意味ありげな微笑みを見ていると、何故だか背筋の震えが止まらない。

 故に、二人にはわかるのだ。


 逆らえば、死ぬ。


 だが恭順にはそれなりの見返りがあるということもわかる。

 シオンがアクセサリーについて言わなければ間違いなく失敗していたし、果物の話をしなければ何を渡していいかもわからなかった。

 要所要所で話題を提供し、間を空け、水を向ける。

 敷かれたレールを進むだけで、最高の結果にまで導いてくれるのだ。


「それでは改めて、今後ともよろしくお願いしますね」


 それを理解したうえでそんな事を言われれば、どうするか?

 もちろん答えは決まっている。


「「よろしくお願いします! シオンさん!」」


 ルドルフと巌は、揃ってイイ返事をした。




9/13誤字修正しました。


予定よりもう一日空いてしまいましたごめんなさい……。


夏になると、毎年一度は桃を丸々一個、皮だけ剥いて丸かじりしたくなる衝動に襲われます。

へ、変な病気じゃないんで!



Q:アクセって仕事の邪魔なの?

A:事故に繋がるので基本的に禁止です。金属系は感電するし車に傷が入るし、そうでない物も引っ掛かったり巻き込まれたり。服の下に隠しとけばーとか思うかもしれませんが、何があるかわからないから事故になるわけで。というか死にたくなければ外せ、です。



ネタばらしはまだ続きます。


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